第12話 逃亡×遭遇
私の祖母である、加寿子お婆ちゃん――みんなにはオカズ婆って呼ばれていた――が今年のお盆過ぎに亡くなった。
葬儀が終わった昨晩、唯一の家族となってしまった母と晩酌をしていたんだけど……。
「んふふ。大路せんせぇ、こんなオバサンを口説くんですかぁ?」
酔い潰れたお母さんが、寝言でこんな爆弾発言をかましてきたのだ。
それもよりによって私の想い人に口説かれている、というトンデモないセリフ!
ムニャムニャと寝言を言い続けるお母さんをどうにか部屋に運び終わった後、私は自室のベッドの上でゴロゴロ転げまわった。
クタクタに疲れているはずなのに、心の中に湧きおこるモヤモヤの所為でなかなか寝れなかったよ……。
そして翌日の朝。
まだ眠い目をグシグシと擦りながら、若干アルコール臭の残るキッチンへと向かう。
昨晩はグデグデに酔い潰れていたはずのお母さんは、今はもうキビキビと朝食の準備をしていた。
「おはよぉ……朝から良くそんなに元気だね……」
「おはよう、紫愛ちゃん! そういう貴女は今日までお仕事休みだからって、ちょっと弛み過ぎよ? さっさと顔を洗ってシャキッとしてきなさい~」
むむむ。なんだか納得がいかない。
昨日は私が酔ったお母さんを介抱したのに。
最大まで冷たくした水道水で、寝不足な間抜け顔をバシャバシャと洗う。
うーん。二日酔いではないハズだけど、なんだか頭がぼーっとするや。
「ほらほら、情けない顔しないの。今日はだし巻き卵と納豆よ。お酒を飲んだ後だからシジミのみそ汁にしておいたわ」
「うぅん。ありがとぉ」
飯野家の朝ごはんは割としっかり食べる派だ。
おじいちゃんとお父さんが建設関係の仕事で体力を使うし、ガツガツ食べる人達だったので、オカズ婆とお母さんが朝から一生懸命作ってくれていた。
だから私がこの家に居てご飯に困ったことは殆どない。
……それはともかく、今はご飯の話題よりも気になっている事がある。
「ねぇ、お母さん。昨日さ、お酒飲んでた時の事なんだけど」
「んん~? なぁに?」
機嫌よく鼻歌交じりに納豆をシャカシャカとかき混ぜるお母さん。
あぁ~。この調子だと、昨晩の事は全く覚えていないっぽいね。
「お母さん、酔っぱらって大路先生に告白されたって言ってたよ? それって……本当?」
あ、お母さんが箸を握ったままフリーズした。
これは……うん。ガチだな。
「わ、私が? そんなこと……言っちゃってた? ……ホントに?」
「うん。ガッツリ言ってた。あのさか、お母さんと先生ってどんな関係なの?」
動揺を隠せないのか、動き出したかと思えば洗濯機みたいに高速で納豆をグルグルさせている。漫画だったら目も一緒にグルグルしているだろな~。
かくいう私も、さっきから何度もだし巻き卵に大根おろしを乗せたり降ろしたりしているくらい落ち着いていないけれど。
……なんだよもう、誤魔化さないでこの際ハッキリしてよ。
「いや、その……ね? 私は全然そんなつもりは無かったんだけど、先月の院内の飲み会での帰りにね? ちょっと酔っ払ってたオジちゃんを介抱してたら手を握られて……うん。まぁ」
――ギルティだわ。これはギルティだね、うん。
脳内の紫愛達が一斉に有罪判決を下す。
この人はまったく。本当に無自覚で男を堕とすんだから。
しかも今回は……よりによって大路先生だなんて。
「いや、本当にオジちゃんとは何にもないんだって。ちゃんと断ったし!!」
「ねぇ……さっきから大路先生の事、愛称のオジちゃんって言ってるし。お母さん、動揺してるのバレバレ」
「うぐっ……!!」
ほら、証拠は揃っているんだ。被告人、友子よ。さっさと認めたまえよ。
「はい……たしかに酔った流れで告白紛いのことはされました。でも私はパパがいるし、大路先生だって……」
「まぁ、そこは二人とも大人なんだし。今はお互い独り身なんだから好きにしたらいいと思うよ。それが例え娘の想い人だったとしてもさぁ」
「紫愛ちゃん……」
「ごちそうさま。私、出かけてくるね」
「あっ、ちょっと!」
なんだろう。
お父さんが死んじゃってからも、まだ若いのに再婚もせず女手ひとつで私を育ててくれたお母さん。
そんなお母さんが新しい恋をするのなら、唯一の家族として全力で応援したい。
だけど……こんなのってあんまりじゃない?
「あ~ぁ、最近ツイてないなぁ。明日はもう仕事って考えるとホント憂鬱……」
幸いなのは当分お母さんと大路先生に会わなくて済むってことかな。
たぶん目の前で二人が仲良くしてるところを見ちゃったら、平常心を保てる自信が無いや。
「う~ん、ちょっと気分転換に地元を散歩してみようかなぁ」
なんにせよ、家でこのままグダグダと悩んでいるのは良くないよね。
久々に帰省したのに、最近はゴタゴタしていてゆっくり出来なかったし。
休みの最終日の今日ぐらいは、休みを思いっきり満喫しようっと。
そうと決まればさっそく出掛けよう!
ということで、白のシャツにデニムジーンズに着替えて持って外に出る。
デートでもないのに、地元を歩くだけでオシャレなんかしても仕方ないしね~。
メイクも最低限のベースだけだし、靴なんてペッタンコのサンダルだ。
身長が170cmもあるから、男の人とあんまり変わらないし……ヒールなんて履いたら、威圧感が出て余計に男が逃げちゃう。
「んん~、本日は晴天なり。さぁって、どこに行きますかね!」
夏の日差しが、病的に白い私の肌をジリジリと焼いていく。
お盆は過ぎたけれど、この茹だるような暑さはこれからもまだ続くんだろうな~。
せっかく外に出てみたけれど、アスファルトの道路が蜃気楼のようにユラユラ揺れているぐらい熱い……。
「どこか涼しくなれそうなところがいいかなぁ」
あっ、そうだ。
今年は海を見れなかったし、海岸沿いを散歩してみようかしらね。
私の地元は漁港のある田舎町で、人もそんなに多くないから海がきれいに見えるんだ。
小さい頃から何かあるとそこで波の音を聞いたり、海に向かって叫んだりしてストレスを発散してたんだよね。
昔を懐かしみながら15分ほどペタペタとサンダルを鳴らしながら歩いていくと、磯の香りが風に乗ってやってきた。
そうそう! これだよ、これ!
友達からは白い目で見られるけど、私は魚介が食べたくなるこの磯臭さが堪らなく好きなんだ。
匂いに誘われて更に歩みを進めると、地平線まで一面に広がる大海原が見えた。
ふふふ。この解放感はやっぱり内地では味わえないんじゃないかなぁ。
右見て、左見て、もう1回見て……うん、人は居ないみたいだね。
よぉ~っし、じゃあ久々に叫んじゃうぞ~!
すうぅぅぅ……。
「SNSのプロフのリンクに『私の相棒です』とか『未来の奥さんです』なんて載せてんじゃねぇぞリア充どもがぁああ!! その鍵アカウントの中で一体なにやってんのか教えろやぁああ!!」
……ふぅ。いいね!
取り敢えず、肩慣らしはこんなもんかな~?
まだまだネタは尽きないからね。
よーっし。今回は恋愛ネタで陽が沈むまでいってみよう!
――だが、しかし。次のお題を叫ぼうと口を大きく開けたその瞬間。
海を向いていた私の背後から、2つの影が近づいてきて……。
「し、しーちゃん……だよな?」
「シア先輩? なんでここに!?」
急に呼びかけられた声にビックリした私はグギギギ、と首を鳴らしながら、その声がした方へと振り返った。
声の主を探すと、そこにはとても見慣れた顔をした男性が2人。
こげ茶色の髪と顎ヒゲをしたイケメン細マッチョと、子犬の様にふんわりとした黒髪に麦わら帽子を被った少年のような男。
対照的な見た目の2人が揃って釣り用の竿を片手に持ちながら、妖怪でも見たような驚愕の表情で立っていた。
――あ、まずい。
これは……私のキャラ崩壊の危機かも!?




