第11話 秘伝×悲恋
急逝したオカズ婆の葬儀が終わった夜。
食欲も生きる気力も落ちかけた私を元気づけるため、お母さんが秘策として冷蔵庫から取り出したのは――。
「こ、これって! おばあちゃん特製のネギ味噌じゃない!!」
「そう。ちょうどオカズ婆ちゃんが倒れたあの日にね。青唐辛子を収穫して、作ってくれていたの。さっきまですっかり忘れていたけど……これもある意味形見になっちゃったわね」
オカズ婆が最後に作ってくれた、思い出のネギ味噌。
これをまた見ることが出来るなんて……涙が出ちゃいそう。
「今日はこれをおにぎりに塗って、軽く焼いて食べましょう」
「……うん!!」
私はこのオカズ婆ちゃんのネギ味噌が大好きなの!
材料は至ってシンプルなんだけど、青唐辛子の辛味とニンニクの風味、ネギと味噌のコクが何とも食欲をそそるのだ。
「じゃあ、紫愛ちゃんもお母さんと一緒に作ろう? これもオカズ婆ちゃんの供養になるだろうから」
「そう、だね。作ったらお供えもしようか」
2人でキッチンのイスに座り、スプーンでおにぎりにネギ味噌を塗っていく。
オカズ婆ちゃんの思い出を語り合いながら、時に泣き笑いながら。
アルバムに写真を貼るように、おにぎりの真っ白なキャンバスに丁寧に塗っていく。
茶色、浅葱色、新緑色だから見た目はちょっと地味で不格好。
でも、これでいい。
オカズ婆だって普段は田舎のお婆ちゃんってカンジの地味な恰好だったけど、中身は味のある素敵な人だった。
私も、あんなお婆ちゃんになりたい。
誰かが見た目の悪さを笑ったって、馬鹿にしたって構うもんか。
「うん、こんなものかな? それじゃあ早速、焼きますかね」
「じゃあお母さんは網を用意するわね。紫愛ちゃんは飲み物の準備をしてくれる?」
「はーい」
お母さんは戸棚から網を取り出してカチチチ、とガスコンロに火をつける。
コンロにセットした網にごま油をササっと塗れば、さぁ準備は完了だ!
じゅううぅぅ……。
ガスコンロの上に置かれた網焼き器の上で、ネギ味噌の焼ける音が耳を喜ばせる。
と、ほぼ同時に味噌とニンニクの香ばしい匂いが鼻孔を通り、脳を直撃した。
『ぐうぅぅう』
『クルルルルル』
聴覚と嗅覚を同時に責められて、母娘たちは思わず身体が反応してしまった。
でもだって、これは絶対にズルいよ。
ただでさえお腹の中は空っぽだったのに、こんなに容赦なく脳を揺さぶられちゃったら、そりゃあ身体も正直にもなっちゃうでしょっ!?
傍目から見れば、思考力と語彙力がいつも以上に低下した状態で、おにぎりに文句を言う女。
……自分の事ながら痛いなぁと思うけど、このお婆ちゃんが作ったネギ味噌が食べる前からこんなにも美味しいのがイケナイのだ。
パチパチパチと拍手を叩くような音をたてながら、手際よく焼かれていくおにぎり達。
すぐにお皿の上は素敵な変身を遂げた彼らで山盛りになっていった。
……おっと、今のうちにお婆ちゃんにお供えしよう。
小皿にヒョイヒョイとおにぎりを3個乗せて、湯呑みに生前好きだった玄米茶を注いでから仏壇に持っていく。
「オカズ婆ちゃん。結局私の手作り料理は振る舞えなかったけれど、お婆ちゃんのネギ味噌で焼きおにぎりを作ってみたよ。そっちでおじいちゃん達と一緒に食べてね」
目を瞑りながら手を合わせて、ちゃんと届きますように、と願いを込める。
――瞼の裏で、お父さんを入れた3人で取り合いをしながら楽しく食べている光景が映る。
「ふふふ。また今度も私が作った料理を持ってくるから、ちゃんと仲良く食べてね?」
もう居なくなっちゃった家族は多いけれど、何となく寂しくなくなってきた気がする。
それに、私にはまだお母さんも居るしね。
……よし、私たちもアツアツのうちに食べよう!
湯気がゆらゆらと楽しそうに揺れる仏壇を背に、私は急いでキッチンに戻る。
すでにお母さんは準備を終えてくれているし、後は実食あるのみだ!
「いっただきまーす!」
「いただきます、お婆ちゃん」
しっかりと手を合わせて、感謝を込める。
――よしっ、いただきます!
ちょっと不作法だけど、両手で持って食べちゃおう。
アツアツのおにぎりだから指先だけで持ちながら、思い切って齧り付く。
「あっちゅ! はふっはふふ。はふっ!」
ネギと味噌がちょっと焦げてパリッとしている外側と、ちょっと固めだけど柔らかさの残るお米の内側が口の中で合わさって、舌の上で優しくほどけていく。
そしてすぐに舌の上で味噌の濃いしょっぱさと、焦げたニンニクとネギの風味、そしてガツンとくる青唐辛子の辛味が主張してきた。
……まさに味の暴力。
その時の私はもう、さっきまで食欲が無かったことなんて忘れて、ただ夢中でおにぎりを貪る人形と化していた。
それはお母さんも一緒だったみたいで、いちいち言葉で感想を言い合うことも無く、ただ只管に目の前の獲物を貪っていく。
でも、このネギ味噌おにぎりはこれで完成じゃないんだ。
私はテーブルの上にあった器を味噌塗れの手で掴むと、それを口元に近付け――その中身を一気に口内へと注ぎ込んだ。
「んんん~っ!! んぐっ。むぐむぐ~!!」
熱いものを食べているのに、更に熱いものが追加される。
しかもこれは、灼けるような熱さも持っている液体だ。
そう、これの正体とは……。
「ぷはぁっ……やっぱりネギ味噌には熱燗が合うね、お母さん!!」
「然り……! いやぁ、一緒に用意しておいて良かったわ!! お酒もお婆ちゃんが倒れて以来だったし、余計に身体に染み渡るぅ~」
空いたお猪口に徳利からお代わりをカポカポ、トクトク。
それをお母さんと私で交代しながら次々と酌み交わしていく。
これもきっとお酒好きだったオカズ婆の供養になると思う!
晩年は流石に控えていたけれど、お婆ちゃんはみんなで集まって宴会を開くのが大好きだったのだ。
だから暗く湿っぽく過ごしているよりも、こうやって明るく送り出した方が喜んでくれる気がする。
「んふふふ、なんだかポカポカしてくりゅね~」
「えへ。紫愛ちゃんったら、呂律が回ってないわよぉ? でも暑くなってきたわねぇ」
あはは、お母さんの脱ぎ癖が出てきた!
どれだけ飲んでも外では絶対にハメを外さない人だけど、居るのが身内だけなら結構大胆になりゅんだよにゃ~。
お母さんは脱いだカーディガンを空いているイスに乗せると、身体のラインがクッキリと出る黒ニットのセーター姿になった。
……くそぅ、相変わらずお胸さまのボリュームが凄い。
「むぅ、やっぱりお母さんずるい。私の栄養は身長にいくばっかりで、育ってほしいトコロが全然育たないんだけどぉ」
「んふ~、大事な人ができたらきっと育つわよ~。たぶんねぇ~」
テーブルの上に二つの黒マシュマロをドデーンと乗せながら、私を挑発的な流し目で見てくるお母さん。
くっ、この魔性の女めぇ~!
きっとお父さんもコレの魔力にコロっとやられたに違いない。
トロン、とした顔でふんにゃりと笑う姿は娘の私でも可愛いと思ってしまった。
「ふふふ。お母さんは紫愛ちゃんがちゃんとお嫁に行くまで、頑張って若くいるからね?」
「お母さん……」
「せめて、私だけでも……紫愛が幸せに……まで……」
コテン、とお母さんはそのままテーブルに突っ伏して、すぅすぅと寝息を立て始めてしまった。
普段はこんなスイッチが切れたように寝たりなんかしない人だ。
なによりお母さんは喪主だったし、この半月ほどは本当に慌ただしかった。
ずっと気丈に振る舞っていたけど、きっと心労が溜まっていたんだろうな。
「……ありがとう、お母さん」
きっと私が寂しくないように、頑張ってくれていたんだよね。
……自分の親が亡くなって、お母さんが一番辛かったはずなのに。
「はぁ。まだまだお母さんには敵わないなぁ」
女としても、人間としても。
でも、だからこそ目指し甲斐があるってモンだ。
「私、仕事も恋も頑張って、お母さんに早く孫の顔を見せられるようにするからね」
「ふふふふ……」
ふふふ、楽しい夢でも見てるのかな。
私はオカズ婆のイスに掛かっていたカーディガンをお母さんに掛けてあげる。
体調に気を付けて、私が大好きな人と結婚するまでちゃんと長生きしてね?
「んふふ。大路せんせぇ、こんなオバサンを口説くんですかぁ?」
ははは、何か寝言を言って……えっ?
――大路先生《私が大好きな人》!?
お読みくださりありがとうございます!!
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