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第10話 慟哭×後悔


「おばあ、ちゃん……私、花嫁姿見せられなくて、ごめん。こんな、不孝者ふこうものでごめんね……」


 お通夜つやと葬儀が終わり、私は小さな骨になってしまった加寿子かずこおばあちゃんをかかえながら、真っ暗な和室で独りで泣いていた。


 まだまだ、一緒に居れると思っていた。

 もっともっと、長生きしてくれると信じていた。


 自分が心臓の病気にかかって大変だったときも、独り暮らしを始めた私を心から心配してくれた。

 私がお嫁にいく時の為に、(わず)かな年金を少しずつこっそりとタンスの中に貯めてくれていた。

 誕生日にあげたブランケットを、夏でも大事そうに抱いて微笑んでいた。


 やさしい、とても優しいおばあちゃんだった。

 私は持ち主の居なくなってしまったブランケットを腕に抱きながら、仏壇ぶつだんの前で声を上げて涙を流す。


 もう、私の家族は2人っきりになってしまった。

 ねぇ。どうして、みんな私を置いて居なくなってしまうの?

 どれだけ頑張って医学を勉強しても、この手から命が簡単にすり抜けていってしまう。

 なんで、どうして……?


「うっうぅっ。くやじい……ぐやじいよぅ!!」


 見えもしない神様なんてクソ喰らえだ。

 どうせ誰も助けてくれない。

 どいつも、こいつも。

 みんな、みんな大っ嫌い――。

 こんな世界なんて。こんな人生なんて――!!


紫愛しあ……」

「くうぅ~ん」


 真っ暗な和室でわめいていた私を心配したのか、お母さんが犬のシュト君をかかえて様子を見に来てくれた。

 いやだ、いい歳して、こんな姿、親にだって見られたくない。


「なに……?」

貴女あなた、昨日からほとんど何も食べていないじゃない。そのままじゃ身体を壊しちゃうわよ?」

「……食べたくない」


 もう、どうだっていい。

 どうせ私やお母さんだって、何をどれだけ足掻あがいたっていずれはあっけなく死ぬ。


 ……ははは。

 今まで健康に気を遣って運動や食事をしていたのが、ここまで来たら馬鹿馬鹿しくなってきた。

 せっかく大路おおじ先生に治してもらったこの身体だけど、いつまでつかなんてどうせ誰にも分からないんだし。

 ……なのに。


 ――ぐうぅ。


 ……やめてよ。

 心はメチャクチャで頭もグルグルなのに、どうしてお腹なんかが空いちゃうのよ。


「そうやって落ち込んでたって身体は正直なのよ? ほら、お葬式で貰ったオニギリがあるからキッチンにいらっしゃい」


 お母さんはシュト君を床に降ろすと、和室の電気をけてからキッチンへと戻っていった。


「くーん」

「シュト君……。ごめんね。お腹、空いたよね」


 主人に元気がないと分かってくれるのか、トコトコとそばに寄ってくると、自分の頭を私の脚にこすりつけてくる。

 いや、ただ構って欲しいだけなのかな。それとも、本当にお腹が空いただけなのかな。


不甲斐ふがいないご主人様でゴメンよぉ。せめてお前が天寿てんじゅまっとうするまではちゃんと生きるからさ」

「わふぅん……」


 あごの下を撫でていた私の手を、シュト君が愛おしそうにペロペロ舐めてくれる。

 ふふふ、キミはまるでお姫様に忠誠を誓う騎士様だね。


「ありがとう、シュト君。……取り敢えず、お母さんのところに行こうか」

「わぅん!」


 痺れてしまった足を無理矢理動かして立ち上がる。

 うぅん……お腹は空いているけれど、どうにも頭と口が食べ物を受け付ける気がしない。

 だけど無理やりにでも食べて寝ないと、明日の仕事に支障が出ちゃうからなぁ。

 何より家族にこれ以上心配掛けてられないし。


 小さな騎士のシュト君と一緒に、足を引きずりながら廊下をトコトコと歩く。

 クールな顔をした彼は「グダグダ考えていないでさっさと行け」と急かしているようだ。

 分かったよ~、と宥めつつ、お母さんがいるキッチンへと入っていく。

 お母さんはいつもと変わらず柔らかな背中をこちらに向けて、手際よく料理をしている。

 テーブルの上には、夕飯だと思われるおにぎりが山のように積んであった。


「うわぁ、凄い量。でも、何だかおにぎりって気分じゃないんだよなぁ。具が梅だったら食欲が出るかもしれないけど?」

「そう言うと思って、とっておきを用意したの。ほら」


 お母さんは私のことなんてお見通しだったみたいで、何か秘策を用意してくれていたらしい。

 キッチンの冷蔵庫をガパッと開けると、奥に収納されていたタッパーを取り出して私に差し出してきた。

 でも、とっておきってなんだろう?


「じゃじゃーん。どう? これなら食欲も出ると思うんだ」

「なに? 漬け物とか?」


 パキッ、という音を立てながら、お母さんはまるで宝石箱を開けるように仰々《ぎょうぎょう》しくふたを外した。

 ツンとした匂いと共に、そこから顔を出したのは……。


「こ、これってもしかして……!!」




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