第0話 社畜×マリアージュ
マリアージュ。
フランス語で結婚を意味するこの言葉は、料理界ではしばしば理想的な組み合わせということを指す。
個性の違う2つが、まるで最初からひとつになる宿命だったかのような取り合わせがこの世には存在するらしい。
どんな尖った個性でも、お互いを惹き立て合うように、時には包み込むように。
……しかし、ここにその宿命の輪から外れてしまった女が1人。
彼女は深夜の薄暗い小部屋で、たった1人でカップラーメンを啜っていた――。
◇
……なんだか誰かに私の悪口を言われていた気がするんだけど。
まぁ、いいか。
もしどこかの物好きな神が私を見ているのだとしたら、堂々と自己紹介をしてあげる!
ふふふ、聞いて驚くがいい。
なにをかくそう、私は紛うことなき正真正銘の社畜なのだ!!
まぁ私は病院勤めだから、会社っていうより社会の家畜かな?
ふははは! どうだ、まいったかチキショウ!?
なんだか自分で言ってて悲しくなるけど、これが独身アラサー女子である私の現実。
さらに属性をトッピングするならば、オギャーと生を受けてからはや29年。
恋人なんてできたことがない、寂しいボッチ女子である!!
……はぁ。
いや、ね? ボッチに関してはちゃんとした理由があるのよ。
残業も夜間当直ばっかりだし、病院って土日祝日も関係ないじゃない?
だから気軽に友達とも遊びに行けないんだ。
あ、「アラサーで……女子?」ってツッコミ入れようとした人いるでしょ?
そんなイケナイ子は後で〆るから覚えておいてね☆
――ご、ゴホン。
えぇっと、なんの話だったっけ。
……あぁ、そうそう。
社会に飼い殺しにされているそんな私だけど、それでも絶対に譲れないモノがあるんだ。
いやいや、難しい話じゃないんだよ?
人間だったら、生きる上で大事なこと。
そう、それはね――。
『私のメシを邪魔するものは絶対に赦さん!!』だ。
許さない、じゃなく赦さない。
これを犯す者はたとえ神様だって赦せない、一番の大罪なのだ!
三大欲求の睡眠欲、性欲なんて取り敢えず捨て置いていい。
私はひたすら美味しいご飯を食べるために生きている。
それこそ、命を懸けていると言ってもいいよ。
そうじゃなきゃクソみたいな上司の言いなりになんてなったりしないし、理不尽な扱いにトイレで泣きながら耐えたりしていない。
あれもそれもこれも、全ては仕事が終わった後に美味いメシを食うためなのよ!!
ちなみに、高級でお上品なご飯が食べたいわけじゃないんだ。
私はラーメン、牛丼、バーガーみたいなジャンキーなフードも大好きだし、自分で家庭料理を作ったりもする。
忙しくて時間が無ければ、スーパーのお惣菜やコンビニ弁当にだってお世話になっている。
ただ、それらを卑下することなく、美味しく食べることが出来るよう工夫したり、研究し続けることが私の信条なのだ。
たぶんそれって当たり前の話なんだけど、ちょっと理由があって私には普通にご飯が食べられることが本当に嬉しいの。
だから、食べたいものを食べられることの有り難味を身に染みて理解している。
だから私は私による、私の為のメシ道を探究する。
この世にマリアージュから外れた存在があるならば、私が相手を見つけ出してやる。
私がこの世のありとあらゆる美味しいものを食べて、あわよくば私にもマリアージュを。
そう、この記録は――私、飯野紫愛が人生を美味しく味わうためのレシピ集なのだ。