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紙神  作者: 雪見桜
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中編


「失敗作だな、晴明よ。碌な力も持たぬ上自我ばかりが強い、最低の式だ」

「失敗などではありません、父上。 ミコトは、主想いの良い式……っ! クッ」

「馬鹿者め。式に感情など不要だ。頭を冷やせ」


私は始まりからして人間からは厭われた式だった。

式神としての役割をろくに果たせず、自己主張ばかりする厄介な式神。

それでも主さまはそんな私を愛おしんでくれた。

初めて作りだすのに成功した式だからと、丁寧に補修を繰り返してくれた。

チチオヤに叩かれようとも殴られようとも、私を手放さず傍に置いてくれた主さま。


「大丈夫だ、ミコト。私はこれから強くなり地位を確立してみせよう。そうすればお前を蔑む者などいなくなる」

「ミコトは主さまに認めてもらえればそれで良いのですよ?」

「駄目だ。お前を蔑ろにする者は許さない。お前だけなんだ、私の孤独に寄り添い傍にいてくれたのは」


いつでも私達は一緒だった。

主さまの体が大きくなっても、住まいが数倍に膨れても、纏う人間が増えても、一緒。

ただの紙である私は少しずつボロキレに、主さまは少しずつ白く皺も増えていく。

それでも離れず傍にいた。共に死ぬのだと疑わず。

愛しいと、人間でもないのにそういう心を知った。

終わりはあまりに呆気なかったけれど。

ああ、そういえばあの後主さまはどうしたのだろうか。

独り寂しい想いをしなかっただろうか。


「会いたかったよ、ミコト。千年もかかってしまってすまない。これからはまたずっと一緒だ」

「主さま……そっか、ここはもう千年もあとの世界なのですね」

「ああ。見知らぬ場所で独り目覚めて心細かったろう。よくここまで来れたね」

「あのお屋敷は主さまのお屋敷ではないのですよね? たくさん式がいましたけど」

「……そう、やはりか。無事で本当に良かった」


背を柔く撫でられる。

紙の時の私を労わる主さまの癖。

主さまに触れられると、私はもう抗う意志も何もなくなりただただ主さまのことしか考えられなくなる。

そんな感覚もまた、久しぶりだった。


「早く帰ろう、ミコト。その姿も好きだけど、やはり私はお前を思い切り抱きしめたい」


少しだけ主様の声が湿っぽくなる。

主さまが禁忌を侵してまで私を人型へと作り替えた一番の理由。

いつだって主さまは、私を望んでくれた。


「主さまが望むなら、今すぐでも人型にっ」

「こら、落ち着きなさい。お前の愛らしい姿を低俗な人間達に見せるわけにはいかないだろう?」


張り切る私を再び背を撫でることでたしなめ、主さまが両手で私を閉じ込める。

真っ暗になった世界で、主さまの手のひらをパタパタと自分の手でつついてみるけれど、笑い声が聞こえるだけだ。

主さまの声色と言葉が一瞬恐ろしく冷たかったような気がして、首を傾げてしまう。

それに主さまの手だって、とても冷たい。


「主さま、お加減悪いですか?」

「いいや、すこぶる好調だよ。どうして?」

「だって、手がひんやりするから」

「いたって正常だ。ミコトは優しい子だね」


相変わらずくすくすと主さまが笑う。

指が一本だけ中に入って来てちょいちょいと頬のあたりを撫でられた。

その手はやはり冷たい。

昔の主さまの手はとにかく温かかったから不思議だ。


「私に熱があれば、温めてあげられるのに」


思わずぽつりと呟いて、ペタリと主さまの手のひらに吸い付く。

返事はない。


私は式神だ。ただの紙っぺら。

だから体温も食欲も睡眠も無い。

この身は脆弱で火にも水にも近づけない。

……人間に、なりたかった。

紙では理解できないことが、あまりに多かったから。

人でなければ、できないことだらけだったから。

共に起きて、共にご飯を食べて、寒い時には熱を分け合って、そうして共に眠る。

そうして主さまの見える世界、感覚の全てを、知りたいと思った。

楽しい時は一緒に楽しいと思えて、悲しい時は一緒に悲しめる、一緒に生きていきたいと思ってしまった。


『たかが式神のくせに』


結局そうやって欲張った末路など、酷いものだったけれど。



清隆きよたかさん」


……か細い声が、こちらを呼ぶ。

清隆? 違う、主さまの名前は晴明だ。

けれど主さまが振り返ったのが、手の振動で分かる。


「…………やはり、お前か」


その声色は今日聞いたどの声よりも低く冷たい。

聞いたことのないそれに思わず固まってしまうほど。

けれど返って来たのはクスクスとした笑い声だ。


「あら、やはり外へ出ていたのですね、その式。道端で破れかけて落ちていたのを拾い保護していたのですが。貴方が大事そうになさっていたので」

「嘘をつくな。私の部屋から勝手に奪い監視していたのだろう」

「まあ、酷いわ。婚約者に対して」

「……」


婚約者。妃に、なる人。

言葉を聞いて、しばらく考えが真っ白に弾けてとんだ。

どうしてだろう。私は主さまの式だ、主さまの傍にいられれば他はどうでも良いはず。

それなのに、体の中央が痛い。

呼吸など私に備わった機能ではないはずなのに、苦しい。

体を折りたたんで声が聞こえぬようにと縮まるのは、無意識だった。


「私のミコトに何をした」

「ミコト? ふふ、嫌だ、清隆さんったら式神に名前なんて付けているの?」

「質問に答えろ」

「何にもしていないわ。本当よ。ただ倉庫でお仲間と遊ばせてあげていただけ。何故だか抜け出してしまったようだけれど」


主さまの手の力が強くなる。

グググと重なり合う手の隙間が小さく音を立てる。


「清隆さんは陰陽師としての資質は申し分ないけれど、人としては残念よね。婚約者が出来たならば部屋に閉じこもってばかりではなくエスコートするものよ、普通」

「……」

「貴方、立場分かっているのかしら。貴方の家は力の強い子を産まねば陰陽師としての血筋が絶える瀬戸際だというのに。金銭援助までしている私の家を怒らせてはいけないと、子供でも分かるわ。これだから引きこもりは困るわね」


話の理屈は、まるで分からない。

この女と主さまの関係性についてだって、よく知らない。

けれど主さまが蔑まれたことだけは、はっきり分かる。

悪意を向けられたのだと知って、私はもう我慢がならなかった。


「主さまを馬鹿にするな!」


身を翻して主さまの手の内から飛び出る。

体は一瞬でぐんと伸びて、女と同じほどに。

体を纏う着物や帯が、随分重い。それでもかまわなかった。

いつもと同じくベシャンと崩れ落ちた私は、立ち上がって女を睨む。

「ミコト!」と、後ろで私を呼ぶ主さまの声にはようやく温度が戻った。

なぜだか焦っている様子ではあったけれど。

一方で、ベシャンと音を立てて崩れ落ちたのは女の方。


「な、な、人、型……? 清隆さん、貴方何ということを。禁忌に触れるなど、許されないわ! その程度のことすら分からないの!?」


酷く動揺した様子の女。

けれどなおも主さまを蔑むその言葉に応戦しようと前に出る。


「近づかないで! たかが式神のくせに、なに人間のように動いているのよ気持ち悪い!」


その言葉を聞いた瞬間に、私と女の間に影が入る。

同時に後ろでどさりと大きな音が立った。

その場所は、主さまがいるはずの場所。

思わず振り返れば、主さまが地に伏せ目を閉ざしている。


「主さま!!」

「こっちだよ、ミコト。駄目じゃないか、私以外を見ては」


叫んだ私に応えたのは、倒れた主さまからではなかった。

さっき私の前に入ってきた、影。

ふわりと体を持ち上げられて、思わず顔が上を向く。


「主、さま? え? でも、え?」


そこには、千年前の、主さまが皆から晴明さまと呼ばれていた頃そのままの姿があった。

混乱して倒れた主さまと私を抱きかかえる主さまを交互に見つめる。

主さまは、音もなくにこりと笑っていた。








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