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紙神  作者: 雪見桜
1/3

前編


バラバラと、体が千々に破れる。

脆弱なこの身は、人の手ひとつであっさり壊れる。


「人間になど、なれると本気で思っていたの?」


嘲笑う声が聞こえた。

目はすでに塵と化し、その表情は見えない。


「たかが式神のくせに」


……ああ、そうだ。

私はたかが式神。紙っぺら。

人の都合で作り出され、人の都合ですぐに死ぬ。

空を飛ぶも、伝令を発するも、人の型を取ることだって、主の力無しには成しえない。

けれど、それでも。


「主さまをもっと愛したかったなあ」


恋してしまった。

人に作りだされた歪な心で、愛を求めてしまった。

声をあげた瞬間に、耳から裂けてビリビリと大きな音が響く。

心ごと私の全てが破れ塵となる。


「…………っ! ……っ!!」


……誰かの声が、聞こえた気がした。





「起きなさい、ミコト。起きるんだ」


長く眠っていた……と、思う。

千切られ破られ、私は塵となったはずだ。

役目を終えて紙に戻った式の末路など、焼かれて灰になるだけのはず。


「どうして、私」


どうして生きているのだろうか。

意識がはっきりとある。

両腕をパタパタとはためかせれば、目の端にヒラヒラと薄っぺらな透けかけの白い紙がうつった。

塵になったはずの体、千々になったはずの体。

真新しい綺麗な紙に元通り直っていた。

いや、これほど上質な紙などむしろ元通り以上だ。


「型、ひとつ。見知らぬ、型」

「主、不明。能力、不明。使途、不明。特異の、型」


ふいに周囲の式神達が呟く。

私よりも小さな体の、力の弱い式。

見渡せば、一型だけではなく数十もの数が辺りを舞っていた。


「ここは、どこ。主さまは」


声が聞こえたはずだ。

私は主さまに起こされたはず。

けれど姿はおろか気配すら感じられない。

人間の気には、敏感につくられているはずなのに。


「勝手、いけない。危険」

「……どいて。主さまを探します」

「危険、単独行動、不許可」


薄暗い倉庫のような場所、主さまを探すために出口を探せば周囲を囲む無数の型が一斉に私に被さり壁となった。

誰にどのような指示を受けた式神なのか、分からない。

辺り一面が真っ白になる。

ほのかに光るのは、どの式が行使した術なのか。


「……邪魔、です」


流石に煩わしくなり、身を翻す。

ろくな力を持たない私ではあるけれど、これだけは得意なのだ。

どすんと、重さに耐えきれず落ちた私の体は人間そのもの。

はた目から見れば本体が紙っぺらだなんて誰も思わない。

本来の型から数百倍にも膨れた人間姿の私、覆いかぶさる紙達を払うことなど造作もない。


「お前、危険。人型、禁忌」


なおも諦めずフワフワ浮く紙達は、そう言いながらも別の型を取ろうとはしない。

数枚、小鳥に変化したがその場でピィピィと鳴くばかりだ。

無視し出口を探す。

外はよほど快晴なのか、それはすぐに見つかった。

隙間から光が漏れているからすぐ分かる。


人の体で歩み寄り、隙間に手をかける。

左右に押し開こうとすれば、すぐにガチンと音を立てて阻まれた。

よく見れば、なにか鉄の鎖が絡みついている。

ならばと、開けるだけ隙間を広げて瞬時に紙へと戻る。

ひらりと隙間から抜け出し、外の世界へと飛び出した。


「危険、禁忌、危険」


扉の向こう側で相変わらず無数の式が騒ぐけれど、聞こえないふりをしてパタパタと腕を動かす。

目に映るのは随分と真新しい大きなお屋敷。

厳重に扉で封鎖された不思議な形のお屋敷。

……違う、ここは安倍の家ではない。

主さまは、どこだろうか。

ヒラヒラと空を飛び、辺りを見渡す。

無意識に人間の気配を避けて、パタパタ飛ぶ。

途中で一度強い風に吹かれ、流されるままどこかの塀へと着地すると、目に映った景色に絶句することとなった。


「なに、これ」


街並みがまるで知らない世界だったのだ。

土の見えない灰に満ちた地面。

凄まじい速さで駆け抜ける得体の知れない物体。

怨霊よりも鮮明で刺激的な色があちこちでチカチカと光っている。

それに人間達の肢体があられもなくさらけ出されている。

見たことのない、あまりに軽装すぎる出で立ち。

手に持っている小さく薄い箱は、一体何なのか。

なぜ箱に向かって話しかける人間がいるのか。

何一つまるで分からない。


「主、さま……?」


気配を辿り道を辿れば、主さまの元へ行けると思っていた。

安倍のお屋敷はとても有名で人が多く訪れていたから、すぐに辿れると思っていた。

けれど、ここは違う。

主さまのいた世界とは、ここはまるで違う。

私の知る世界では、なくなってしまった。


気配は相変わらず、掴めない。

体に力は溢れて来るのに、主さまの力を感じるのに、何故だか辿れない。

どこを探せば主さまがいるのかすら、まるで見当がつかない。

途方に暮れて、パタリと地面に伏せる。


「……やっと見つけた。ミコト」


声が届いた。

聞き覚えのない、声。

主さまよりも少し低くて、太くて、けれど主さまと同じ口調の声。

うっすらを視界を開けば、主さまよりも大柄のやはり見知らぬ男がのぞきこんでいる。

ミコト。

それは私の名前だ。

主さまが私に付けてくれた、主さまだけが呼んでくれた名前。


「……主、さま?」

「ああ、そうだ。お前はこの姿でも私を認識してくれるんだね」


パタパタと舞い上がりその手に着地する。

会いたくて、仕方がなかった。

私の存在意義は主さましかなかった。

離れたくなくてひしりと薄っぺらな紙のままその手にしがみつけば、主さまがふふと笑う。

見上げれば、目を細めとびきり綺麗に笑う、私の見知った主さまがそこにはいた。









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