魔族襲来
「おいおい、マジかよ。あれは魔族だよな。なんで、地上に出て来てるんだよ。」
無精髭を持った冒険者風の男が、蒼白な顔でそう呟いている。天界と地上、魔界は自由に行き来出来ない。通常その相互の入り口が開く事は無いのだ。アークスが天界から地上に帰れなかった理由がこれになる。
マザードラゴンという世界の管理者の1柱が特殊な魔法を使う事で入り口を広げた。魔族にも管理者たる魔族の神が居れば可能だが、数百年前に龍族により魔界深くに封印されたと聞く。最もその争いの中で、龍族も数を大きく減らし、マザードラゴン、母さんも力の大部分を失ってしまったらしいが。
魔族の管理者である魔神が居ない今、世界の壁は通れない筈。皇女の話を聞いた時嫌な予感がしていたが、遺跡は間違いなく世界を分かつ壁のトンネルの役割を果たすのだろう。そうでなければ、この魔族の女がこの地上にいる説明が出来ない。
「私の部下が遺跡内に居たハズです。彼らをどうしたのですか!!!」
クリスティナ皇女は、悲壮な顔で魔族に問い掛けるが、魔族の女はクスクスと笑いながら余裕の笑みで答えて来た。
「ああ、あのダニ供ですか、、我々の子供達を殺して回っていた様ですので、お引き取り願いましたわ。」
「そこら辺に転がっているのではなくて?」
「ああそれと、これは差し上げますわ」
そう言うと魔族の女は手に持っていた頭を此方に放り投げて来る。頭はコロコロとクリスティナ皇女の足元に転がり、皇女と目があった。その顔は恐怖に歪んでおり、今なお絶望の中にいるかの様であった。
「よくも、よくも私の部下を、、許さない!」
そう言うなり皇女は、その手に持つ剣に願いを込めて魔法を唱える。
「自由な風の王たる精霊シルフよ、我が声に耳を傾け、その力を寄り集めて、我が眼前の敵を切り裂け。」
《エアリアル・スライサー》
それは意味を持つ言葉。
魔宝具を介して、世界の理を捻じ曲げる。
物理法則すら捻じ曲げる奇跡としか言い様のない現象。元の世界では考えられない理がこの世界を支配している。
言葉を鍵とし魔力をエネルギーとして、この世に力として現出させる。俺達はこれを魔法と呼ぶ。
クリスティナ皇女から放たれた魔力が周囲の空気に混じり密度を増していく。魔力によって超高圧力が課され、風は一つに纏まり高密度に圧縮されていく。極度に圧縮された風は幾筋の刃の化して、魔族を討ち滅ぼさんと凄まじい速さで飛んでいく。
幾重にも重なった風の刃が魔族に襲い掛かる。このタイミングでは普通に考えれば避けられない。だが、、、
「ヌルいわね。」
そう魔族が呟くと、その手を一閃した。
すると壁の様な物が魔族を取り囲み、壁の刃を遮断する。風は壁に当たると、その勢いを失い、霧散してしまった。
「そ、そんな。。」
クリスティナ皇女は呆然としている。
言葉も出ない程、自失してしまっている様だ。
「冥土の土産に教えて差し上げます。わたくしの名は七魔将が一人、爆炎のファーミル」
「此処で出会えた記念に、このわたくしが魔法という物を教えて差し上げますわ。」
「原初の火よ、我が眼前の愚かなる敵に裁きの罰を、地獄の炎に抱かれ燃え尽きよ。」
《ヘル・プロミネンスノヴァ》
魔族の膨大な魔力が注ぎ込まれた種火は瞬く間に巨大に、そして青白い炎に変じていく。灼熱太陽の如く、近づく全ての物は燃え尽くさんと言わんばかりに圧倒的な威容でもって襲い掛かって来た。
「そんな、、こんな魔法知らない。しかもこの魔力、上級の上、もしかして古代魔法なんじゃ。。。」
「姫様、お逃げ下さい!」
シュタイナー男爵や騎士エリス、他の冒険者風の者達がクリスティナ皇女を守る様に前に立った。
「ダメ、、もう逃げられない。。」
誰だろうかそう呟いた時には、炎は皇女達を燃やし尽くさんと目の前にまで迫っていた。何処からかクトゥグアの笑う声が響いてくる。肌が焼け、熱気に耐えきれず思わず目を閉じ、皆が死を覚悟した。
だが悲壮感漂う人間達の中でただ1人冷静な者が居た。
「いきなり魔族が出てくるとはなぁ。母さんの言う通りだったか。それにこの人達は俺の命の恩人だからな、守らせて貰うよ。」
「レーヴァテイン!いつまで眠っている?」
「俺の力の半分はお前が持ってるんだ。いい加減力を貸しやがれ。」
その時、ずっと後ろにいたアークスが目の前に飛び出してくる。皇女が、アークスを止めるべく手を出すが間に合わない。
「アークス君、何をっ!!」
そこから先は一瞬の出来事だった。
ただ目の前のアークスが血よりも深い色をした刀身を持つ剣を鞘から引き抜いた。
そしてその刃を地面に突き刺す。紅い刀身が光り輝き、目の前に眩い光のカーテンの様なものを現出させる。襲い掛かる地獄の炎を防ぐかの様に、優しくアークスやクリスティナ皇女達を包み込んだ。
光のカーテンは地獄炎の直撃を防げる。防ぎ切れない余波の影響か、漏れ出た炎は周囲の空気を奪い去る。皇女達は、朦朧とし始める意識の中で、自分達を守る少年の背中がまるで大きな竜である幻影を見た気がした。
そして程なく意識を手放したのであった。
*
「ふふふ、跡形もなく消し飛びましたか、人間は本当に脆弱な生き物ね。」
自身が放った炎は人間達では防ぎようがないと判断する。事実、辺りは黒く焼き焦げた大地のみが広がっている。そこには黒以外の色が存在しなかった。
「さて、他の魔将達も地界に来ている頃、合流しないとね」
そう呟くと、すっと飛び上がり南の空に消えて行った。
クトゥグアが飛び去ってから数刻後、、
「もう大丈夫みたいだな。」
黒一色かと思われた漆黒の大地に多くの色が現れ始めた。その姿は揺らいでいて、徐々に安定した形に収まっていく。
「地上に降りて早々に、何か厄介なトラブルに巻き込まれた気がするなぁ」
気絶したクリスティナ皇女と取り巻き5人を物陰に移しながら、盛大に溜息を吐くのであった。
~皇都ハルデイン~
「それは誠なのか?」
皇帝ランドール・アルフォネア・グリムランドル13世は、思わずそう呟かずにはいられなかった。
帝都に一番近い遺跡が突如崩れ、魔族が出てきたという、衝撃的な報告がもたらされた。
「急ぎ各国と連絡を取れ、他の遺跡の状況を確認するのだ」
「嫌な予感がする、、杞憂であれば良いのだが。」
竜王暦357年5月18日
この日を境に世界は、長い魔族との争いの時代に突入していくのであった。