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青き炎のヴァリアント  作者: シベリウスP
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8 髑髏の絶唱

 ホルンはカイロスに叩きのめされたが、アクアロイドの戦士ガイにより救われる。ガイは失った王国の敵討ちのためホルンに共闘を申し出る。スケルトンの軍団長であるクロノスは予知能力と時間を巻き戻す能力を持ち万夫不当の強さを誇るらしい。ガイとホルンはスケルトンが巣食った古城に切り込むことになる。はたしてホルンは、そしてガイはこれまでにない強敵を前にどう戦うのか。

 私は、夢を見ていた。


 夢の中では私は10歳で、このファールス王国の西側にあるダマ・シスカスという町の郊外で、ひっそりと暮らしていた。

 丸太で作られた粗末な家だったが、父と母がいるだけで楽しかった。


 父はデューン・ファランドールといい、このとき37歳だった。亜麻色の髪に石色の瞳を持ち、槍の名手だった。山に入って獣を獲ったり、家の前の畑を耕作したりして生計を立てていた。貧しくてもこのころが一番平和で普通の暮らしに近かったと思う。


 母はアマル・シルフエールといい、このとき32歳だったと記憶している。エルフの種族で見た目は20歳と言っても通るほど若々しかった。私はこの、銀の髪と青空の色をした瞳を持つ母が自慢だった。母が優しい風を呼び、洗濯物を乾かしている側でよく遊んだものだった。


 私のエレメントが目覚めたのは3歳の時だったと聞いている。それ以来、母のアマルは私に風の遣い方を折にふれ教えてくれた。だから私は、随分後になるまで自分にはエルフの血が混ざっていると思い込んでいた。


 その日も、いつものとおり母から出された読み書きや計算などの課題も終え、母とともに家の畑でキャベツを収穫していた時だった。玄関に、一人の槍遣いが現れた。

 私は、その男の瞳を見てぞくっとした。

 それまでも旅の剣士や用心棒たちが道を尋ねたり、宿を借りたりするために家の前に立つことはよくあった。しかし、その男の瞳は違っていたのだ。


 その当時はよく分からなかったが、あれから15年たち、用心棒として10年を過ごした今なら分かる。あれは、ものすごい殺気だった。『噴き上がる』のではなく、『内に秘めてうごめく』という表現がぴったりと合ったもので、それだけにその男が数えきれないほどの修羅場をくぐって来た人間だということが、漠然とながら感じられたのだろう。


 母はその男を見て一瞬顔色を変えたが、すぐに元の優しい顔に戻って私にささやいた。


『ホルン様、お父様を呼んできてください。そしてこう言ってください。“王の牙が来た”と』


 それが、私が『王の牙』という言葉を聞いた最初だった。

 私は山へと駆けだすと、ちょうど父が生け捕りにした子鹿を担いで山を下りてくるところだった。


『どうしたホルン、そんなに急いで?』


 父はいつも通りの温顔で、優しく私に訊いたが、私が


『王の牙が来たって、お母さんがお父さんに伝えろって……』


 そう言いかけると、途端に父は真剣な顔をして私に言いつけた。


『アマルに、“山の入り口で待つ、と伝えよ”と言いなさい』


 そして父は、せっかく獲って来た子鹿の縄を解き、山へと返してやると、


『ホルンは、私が帰ってくるまでアマルと一緒にいなさい』


 そう言って、また山を登り始めた。

 私は父の言いつけ通り、走って母のもとに行き、母に父の言葉を伝えた。


『分かったわ。ホルン様、これからは私のそばを離れないで』


 母が言うので、私はこくりとうなずき、母のズボンにしっかりとしがみついた。母は私を連れたまま、ゆっくりとその男に近づくと、声をかけた。


『どちら様でしょうか?』


 その男は、静かな湖に小石を投げ込んだ時のような声で


『ここに、デューン・ファランドール殿がいらっしゃいますね?』


 そう、有無を言わさぬ様子で言った。ここに父がいることを確信している様子だった。


『はい、あなたは“王の牙”ですね?』


 母の言葉に、男はうなずく。それを確認して母は父の言葉を男に伝えた。


『かたじけない。結果がどうであろうと、そなたたちの安全は保障する。王のご命令のもとに……』


 男はそう言い残すと、すたすたと山の方へと登って行った。

 私はとても不安になった。父が何か悪いことをしたのだろうか? あの男は父をどうするのだろうか?——私が不安のあまり、母にそのことを聞くと、母は目に涙を浮かべながら私を抱きしめて言うのだった。


『ホルン様、何も心配しなくてもいいのです。あの人は、デューン様はとても強いお人ですから……』


 2時間ほどして、父はひどく疲れた様子で帰って来た。左の二の腕には、自分で巻いたのか包帯がしてあり、血が滲んでいた。


『せっかくここで静かに暮らせていたんだが……』


 父がそう言うと、母は笑って答えた。子どもの私が見ても、どこかあきらめが感じられる笑いだった。


『どこも住めば都よ。あなたとホルン様が居れば』


 その後、私たちは東に向かった。父の発案で、サマルカンドに向かうことにしたのである。ダマ・シスカスからサマルカンドなら、ヒッタイト地方を抜けて『蒼の海』の南を通るのが近道だが、途中はあえて遠回りして海沿いの道を通ることにした。


 そして、海を見る前に、母は亡くなった。

 病死だったが、父は最後まで母の手を握りしめていた。


 その後の父を思うと、この王国で25年前に時の王を異母弟が殺すなどと言う事件が起こらなければ、デューン・ファランドールと言う人はアマル・シルフエールと言うエルフ族の女性と結婚し、幸せな人生を送ったことだろう。

 ——私がいたばっかりに……。

 私は夢の中で泣いていた。


   ★ ★ ★ ★ ★


 ホルンは、何か自分を呼ぶ声が聞こえた気がして目を覚ました。意識が戻ってくるにつれて、自分が非常に心地よいベッドに寝かされていることに気が付く。

 ゆっくりと頭を回すと、外が見えた。壁は濃い群青色ではあったが、ガラスのように外が透けて見えていた。

 ホルンは、ぼうっとした頭で今までのことを思い出そうとした。誰もいなかったガラーバードの町、町の人たちを脅すスケルトン騎兵、脅えた表情のプサイ、身体が動かない恐怖、にやにや笑って近づいてくるカイロス……そしてその手が私の……。


「嫌っ! うっ!」


 思わず叫んだホルンだったが、そのとたん身体中を走る激痛でうめき声を上げる。その声を聞きつけて、コドランが飛んできた。


『あっ、ホルン! 駄目だよ、まだ傷口はふさがっていないんだから』

「こ、コドラン。無事だったのね……ここは?」


 痛みが落ち着いたホルンが訊くと、静かに歩み寄って来た女性が静かな声で答えた。


「私の家ですよ、ホルンさん。私のポーションもそのうちに効いてくるでしょう」


 その人物は、ガイ・フォルクスと名乗ったアクアロイドだった。ホルンを痛めつけたスケルトン騎兵の副隊長であるカイロスを、手もなく討ち取った凄腕の戦士でもあった。


『あれっ? ガイさん、男じゃなかったっけ?』


 コドランがびっくりしたように言うのを、ガイは無機質な目を細くして答える。


「我々アクアロイドは両性具有……というより中性です。時により男に、時により女になります。ホルンさんは女性、ですから私も女性化した方が落ち着かれるでしょう?」


 コドランは混乱したようだったが、何とか立ち直って言う。


『ガイさんがホルンに薬を飲ませてくれて、お姫様抱っこで運んでくれたんだよ。ねっねっ、ガイさん、ホルンは重かった?』


 コドランが無邪気に訊くと、ガイは無機質な目を細めて答える。


「別に、むしろ軽かったですよ。さすがは『風』のエレメントを持つ戦士、気を失っていてもエレメントは発動し続けていました」


 それを聞くと、ホルンはわけもなく恥ずかしくなり、


「す、すみません。私が未熟でご迷惑をおかけしました」


 そう言うと、ガイはぷいと奥に引っ込み、すぐにホルンの胸当てと腹巻を持って戻ってきた。


「私の用事を済ましついでに、これを回収してきました。私の『水』のエレメントからなる魔力を込めておきました。『風』は『火』に弱い。けれど『火』は『水』に弱い。誰かが、あなたを『火』のエレメントで圧倒しようとしても、その魔法はこの『水』のエレメントで破砕されるでしょう」


 そう言いながら、ガイはホルンに防御アイテムを渡す。


「どうも、そこまでしていただいて感謝します」


 ホルンが礼を言うと、ガイはかぶりを振って言った。


「礼には及びません。私があなたに協力してほしいがためにしたことです。私はクロノスを討ちたい。しかし、クロノスはカイロス以上の遣い手、私一人で掛かっても勝利はおぼつかない。そこで、あなたにご協力いただきたい」

「でも、私はカイロスの『時を止める魔法』に手も足も出ませんでした。私で何ができますか?」


 ホルンが言う。ガイは無機質な声を少し和らげて言う。


「そんなことはありません。あなたはもう少しでカイロスの魔法を破砕するところでした。時が止まっても、気持ちが動いたことは覚えていますか?」


 ホルンは、どうしても身体が動かせなかったのに、うめき声は上げられたし考えることもできたことを思い出した。

 思い当たることがあってうなずくホルンを見て、ガイは続けて言う。


「時間というものは、存在しません」

『えっ? で、でも、時計があって、昨日、今日、明日って時間は流れていくじゃないか? どういうこと? 時間というものがないって』


 コドランが素っ頓狂な声を上げる。ホルンもガイが言わんとするところが理解できなかった。それを見て、ガイはうなずいて言う。


「……少し理解しづらいと思います。けれど、『時間』というものがあって、それは昨日、今日、明日と連綿と続き、流れているという感覚は、我々生きている者が便宜的に感覚的なものとして共通の認識としたものです」

『センセー。もっと簡単にオネシャス』


 コドランが目を白黒させて言う。


「簡単に言うと、『時間と言うものは、生きている者が自分と他人の認識を共有するために使う物差しに過ぎない』ということです。つまり、個人個人の感覚に拠って立つ主観的な決め事です」


 頭を抱えているコドランに、ホルンが言う。


「私とコドランでも、時間の長さの感じ方は違うでしょう? それから察するに、時間と言うものは、私は私が、コドランはコドランが、それぞれ自分で決めているってことじゃないかしら?」

「まあ、そういう理解で結構です。そこでさらに言うと、カイロスの『時の呪縛』という魔法は、『対象者が主観的にかつ主体的に、他者に物理的影響を及ぼす事項だけ』に関して、その流れを止める——というものです」


 ガイがそう言うと、ホルンはすぐに理解した。


「だから、私がうめき声を上げるのも、思考するのも妨げられなかったのね?」

「その通りです。うめき声を上げることは主体的な行為ではあるが、他者に物理的影響は及ぼしません。思考することもそうです。それは主観的であり、主体的ですが、内的行為ですから」


 ガイが莞爾として頷く。


「そして、『時の呪縛』の欠点はもう二つ、魔法をかけられる対象者は1体に限られるということと、対象者を変更するには、対象者をある程度まで無力化していなければならないということです。そこで、私は自分の『魔力の揺らぎ』を利用して、主観的かつ主体的な自己をそこに投影することで、いわば囮を作って、『時の呪縛』を逆に縛り付けました」


 ガイの言葉に、ホルンがうなずく。


「では、私もそのすべを会得すれば……」

「はい、『時の呪縛』はクリアできます。しかし、そこまでして頂く必要はありません。ただ、雑魚どもを相手して、私がクロノスと戦うことに邪魔が入らないようにしていただければ結構です。雑魚とは言っても、スケルトン騎兵400騎はかなりの重労働にはなりますが」


 ガイのうなずきに、ホルンは考え込んだ。何とか方法を考えないと、クロノスが同じ魔法を使うことは十分に考えられる。


「私はクロノスのもとにカイロスの首を送り付けてきました。クロノスは必ず私たちを見つけようとするでしょう。でも、この部屋にいる限り、私たちは見つかりません。あなたの準備ができ次第、出撃してクロノスを倒しましょう」


          ★ ★ ★ ★ ★


 一方、ガイによって届けられたカイロスの首を見て、スケルトン騎兵たちは猛り狂っていた。カイロスは部下に優しく、面倒見もよかったため、ある意味クロノスよりも兵たちからは人気があったのである。


「将軍、カイロス様の仇を討ちましょう!」

「きっと敵は、何か卑劣な手を使ったに違いない。我らのカイロス様が敗れることなどありえない」


 兵たちの多くは歯噛みして悔しがっている。

 クロノスは、そう言った兵たちの気持ちはよく分かった。自分も衛兵から、カイロスの首が届けられたことを知ったとき、驚倒しそうになったからだ。


 ――あれほど注意したのに、やはり弟は戦いに淫する癖が抜けなかったか……是非もないこと。しかし、仇は取らねばならない。


 クロノスはそう思い、カイロスの首を届けてきた男を見たという兵たちから、その時の話を聞いた。それによると、男はアクアロイドらしく、非常に鋭い目をした油断ならない感じだったという。

 さらに、その男は、


『父の恨みを晴らすため、近い将来クロノスの首も貰い受ける。クロノスに首を洗って待っておれと伝えよ』


 とも言ったらしい。その言葉から、クロノスは相手が25年前に自分たちの手で滅ぼしたフォルクス家の生き残りだと悟った。


「アクアロイドは水中種族の中では最高の戦闘民族だ。相手にとって不足はない。者ども、このアクアロイドの生き残りを探し出し、カイロスの無念を晴らせ!」


 クロノスの号令一下、スケルトン騎兵たちは連日、“憎きアクアロイド”を探してガラーバードの町の周囲を徘徊していた。



 ホルンが、ガイの家で静養を始めて三日が経った。カイロスから散々に痛めつけられ、最初のころ、顔は腫れ上がってあちこちにあざや擦り傷があり、これがホルンだとは思えないほどのご面相になっていたし、内臓もかなり腫れ上がり、肋骨や胸骨にもひびが入ったのか、体の向きを換えるたびに痛がっていたホルンだった。

 けれど、ガイの特殊なポーションのおかげで、二日目には内臓の腫れや出血も止まり、三日目の今日には歩くことができるようになるまで回復していた。


「クロノスは、我々を総力を挙げて探しているようです」


 ガイはおかしそうにホルンにそう言って笑う。


「町の人たちには、迷惑が掛かっていないかしら?」


 ホルンが言うと、ガイは首を振って答える。


「最初の日は、ガラーバードの町人たちにも我々を匿っているのではないかという嫌疑がかかったようです。しかし、奴らが一軒一軒しらみつぶしに調べても、我々が見つからなかったため、それ以降は町には入っていませんね」

「そうですか、よかった」


 ホルンはニッコリと笑って言う。その笑顔を不思議なものを見るように眺めていたガイが訊く。


「ホルンさんは、ガラーバードの町と何かご関係がおありですか?」

「いいえ。あの町には初めて訪れたわ」

「では、あの町に誰か知り合いか何かがいらっしゃるのでしょうか?」

「いえ、特に知り合いはいません。どうしてそのようなことを訊くのですか?」


 今度はホルンが不思議そうに訊く番であった。

 ガイは、無機質な目に優しげな光をたたえて


「いえ、関係がない町の人たちのことで、よくあそこまで戦えたものだと感心しましてね。端的に言うと、ホルンさんはあの町の人たちが勧めたように、別の町に行ってあの町のことは忘れても何の問題もないと思いますが」


 そう言う。それにコドランが相槌を打つ。


『うん、ぼくもそれを勧めたよ? でも、困っている人たちを見ると力を貸さないと済まないのがホルンの性格なんだよね?』

「損な性格ですね。しかし、人間という種族の不思議なところはそこです。損だと分かっていても、負けると分かっていても戦う。そして時にはその予想を簡単にひっくり返す。私はそんな人間が持つ習性というか、非合理的なところが、人間を地上の支配者にした理由の一つだと思っています」


 アクアロイドにしては珍しく微笑を浮かべて言うガイに、ホルンは恥ずかしそうに言った。


「そ、そんなに褒められるほど大そうな事じゃないわよ? ただ、私はそういう性格に生まれついて、そう言う生き方をしてきただけってことなんだから。それより、あと数日で元どおり槍が扱えるようになると思うわ。ガイさん、その時が勝負ね?」


 それを聞いて、ガイは凛とした表情に戻って


「そうですか、あまり無理はしないでください。ホルンさんがあと数日で回復するという見立てであれば、私はその間に一つあいつらに計略を仕掛けましょう。出撃は1週間後としたいと思います」


 そう言って笑った。



「まだ見つからぬか……」


 クロノスは、自室で考え込んでいた。これだけ連日にわたり、手持ちの兵力の大部分を捜索に投じても見つけることができないのであれば、カイロスを倒した敵はそれだけに満足して一旦離脱したのかもしれない。それは戦略的には十分に合理的であり、その公算が高くなってきたと思っていたのである。

 しかし、深夜3点(午前0時)を回ったころ、突然、


「火事だぁ~っ!」


 城の城壁内部にある馬房でいきなり出火した。火は折からの風に乗って馬房全体を焼き尽くしたが、馬は城兵の機転で何とか被害を免れていた。

 この騒ぎに、クロノスは


「騒ぎに乗じて敵が城内に入り込んできているかもしれぬ。城内をしらみつぶしに探索せよ!」


 と、自ら城兵を連れて巡視したが、何も怪しいものは見つからなかった。


 次の日の夜、今度は城門の近くで、


「クロノス、貴様の首を申し受ける! 覚悟せよ!」


 という声とともに、わあっ! という鬨の声が聞こえた。

 それを聞いた城兵は


「おっ、ガイが攻めてきたか?」


 と、緊急に城兵を集めて防御態勢をとったが、それ以上何も起こらなかった。

 不思議に思った隊長は、選りすぐりの斥候を城外に放ったが、彼らは何も見つけられずに帰投した。


 そのようなことが次の日の夜も、その次の日の夜も続いた。そのたびに城兵は


「今度こそ奴が攻めてきた!」


 と大騒ぎするのだが、その度に緊急配備は空振りに終わった。

 そうこうしているうちに、城兵には睡眠不足になる兵があちこちに見受けられるようになった。

 そのため、各門の隊長は協議し、


『これは敵が退却するに当たって、追撃されないように我らの体力をすり減らそうとしているのだ』


 という結論に達した。

 その結果、各隊長たちはクロノスには無断で


『今後、深夜にあのような騒ぎがあっても緊急呼集はかけずに兵を休ませる。ただし、本当の敵襲でどこかの門が破られた場合は、近くの門の守備隊がすぐさま応援に駆け付ける』

 という取り決めをしてしまった。


 次の日、やはり


「クロノス、貴様の首を申し受ける! 覚悟せよ!」


 という声とともに、わあっ! という鬨の声が聞こえたが、城兵は


「また空騒ぎをしに来たな。ほっとけほっとけ、好きにさせておけ」


 と取り合わなくなった。



 ホルンが静養を始めて6日目、ホルンはすでに元どおり『風の魔力の開放』や『死の槍』を自由自在に使いこなせるようにまで体調を回復させていた。


「これなら大丈夫。明日は思いっきり暴れられるわ」


 ホルンは一通りのメニューで練習を終えた後、そうつぶやいてニッコリとした。

 コドランも、ガイから頼まれた攪乱作戦も終わり、


『明日はホルンの仇を取ってやらなくちゃな。ホルンをひどい目にあわせた分、奴らには倍にして仕返ししてやらないとな』


 と意気込んでいた。

 そんな二人を見て、ガイも


「これで勝てる!」


 と、勝利への確信を新たにしていた。



 そして、その日がやってきた。

 深夜0点(午前0時)、ホルンたちはスケルトンたちの城塞の近くに陣取っていた。


「では、これから攻撃を開始します。城兵は連日の私とコドランくんの“から騒ぎ”で、すっかり油断しています。昨夜は城兵が全然動きませんでしたしね。だから、城内への侵入は容易いと思います。その後は、ホルンさんとコドランくんとで城兵を処置してください。私はクロノスにかかります」


 ガイがそう言って部署を定める。ホルンとコドランは頷いて


「分かったわ、ガイさんもあまり無茶はしないでね?」


 そう言うと、ガイも笑って頷いた。


「では、行きましょうか」


 ガイの言葉で、それぞれに動き出した。



 その日の夜も、城兵たちはのんびりとしていた。昨夜もガイの襲撃らしい鬨の声が上がったが、城兵は相手にしなかった。そして、鬨の声が止んでも何も起こらなかったのだ。

 今夜は、まだ鬨の声は上がらない。上がったらみんなであざ笑ってやろうかと思っている城兵もいたようだが、


「奴ら、昨晩俺達が相手にしなっかたから、今夜は休みかな? それとも、もうどこかに退却したのかもしれないな」


 大半の兵はそう思っていた。

 そこに、


「カイロスにやられた意趣返しに、ホルン・ファランドール推参! 覚悟しなさい!」


 いきなり城壁の上でそんな声がして、何体かのスケルトンの死骸とともに、ホルンが『死の槍』を構えて飛び降りてきた。


「私をやすやすと城内に入れたのが、あんたたちの運の尽きよ。私の槍、見事受け止めてみせなさい! やっ!」


 ホルンは夜目にも鮮やかに緑青色の『魔力の揺らぎ』を身にまとい、城内狭しと暴れまわる。城内には400体からのスケルトン騎兵が詰めているが、何しろ狭いのでいっぺんに押し包むことができず、城兵の損害が目に見えて増えだした。


「全員、内城壁前の広場まで引けっ! 広いところでそいつを押し包め!」


 どこの隊長かはしらないが、そんな馬鹿げた命令を出した隊長がいた。城兵はその命令に従って広場に集う。約300体ほどが所狭しと蝟集した頃合いを見計らって、それを待っていたホルンが叫ぶ。


「コドラン、今よ!」

『待ってました! くらえ、ストームファイアブレス!』


 コドランのストームファイアブレスは、火柱の高さや射程距離が100メートルを遥かに超え、温度も2千度に達する。集まって押し合いへし合いしていたスケルトンたちは、コドランの攻撃で一瞬にして消滅した。


「コドラン、ナイスよ!」


 あっという間に内城壁までの進路を確保したホルンが、上空にいるコドランに親指を立てて賞賛する。コドランはニコっと笑って言った。


『お肉をいっぱい食べさせてもらってるからね』

「その調子よ。このまま内城まで押し通るわよ!」

『オッケー、ぼくは準備いいよ』


 ホルンとコドランは、一気に内城へと突っ込んでいった。



 さて、こちらはガイである。

 ガイは戦闘に有利な男性形態を取って、ホルンたちとともに城壁を越えたが、ホルンのように飛び降りたりせず、そのまま城壁を伝って内城へと突っ込んでいった。


「クロノス、どこにいる? 25年前の恨みを晴らしに、ガイ・フォルクスが推参したぞ! 尋常に立ち会え!」


 ガイは、前に立つスケルトンを拳や蹴りで叩きのめしながら、次第に城の奥へと肉薄する。そのさまを見て、クロノスの警護を主任務とするスケルトンたちすら恐れをなして逃げ出すような状況だった。

 クロノスは、300体もの部下が一瞬にして灰となり、主郭が裸同然になったのを知った。そこで、内城に突っ込もうとしているホルンに集められるだけの部下を向かわせ足止めし、その間にガイを仕留めることにした。ガイとホルン、両方を同時に相手する愚は避けたのである。


「私はここでフォルクスの小僧を待つ。お前たちは槍遣いに当たれ。せめて私がフォルクスの小僧を仕留めるまで引き止めておけ。あのチビドラゴンには十分注意しろ」


 クロノスはそう言って、100体ほどのスケルトンをすべてホルンとコドランに向かわせた。


「クロノス、どこだ!」

「おう、私は逃げも隠れもしない。ここまで来い、フォルクスの小僧!」


 叫びつつ突進するガイの前に、クロノスが姿を現した。ガイは突進を止め、クロノスをその青い瞳で見据えて名乗った。


「オレはガイ・フォルクス。25年前に貴様に討たれた父や一族の恨みを晴らす!」

「ふん、猪口才な。素手で勝てるとでも思っているのか?」


 クロノスは剣を抜き放ちながら鼻で笑ったが、次の瞬間、笑いを消した。ガイの姿が消えたのだ。


「!」


 ガイは瞬速の機動でクロノスの後ろを取り、腕にあるヒレでクロノスの首筋を狙ったのだが、クロノスは、とっさに前へと跳びながら右へと体を捻り、その運動を利用して剣を振る。ガイはその軌跡を目で追いながら、身体を沈めることで斬撃をかわした。


「それっ!」


 ガイはクロノスの腹に隙きを見つけ、今度は蹴りを繰り出す。しゃがんだままの態勢からの蹴りをコサックダンスのように連続して繰り出すが、


「やっ!」


 クロノスは左に身体を回しこんで、ガイの足を狙った。


「そうは行くか!」


 ガイはその剣を軸足を使ってジャンプすることで避ける。

 ガイが空中でバック転して着地するところにクロノスの突きが襲いかかるが、それはガイの想定内の攻撃だった。ガイは伸ばした足を縮めることで突きをかわし、逆に伸び切った剣の上に足をおいて、クロノスの攻撃を阻み、そのままクロノスの頭を目掛けて回し蹴りを放つ。


「なかなか面白い戦い方だ」


 クロノスは一気に後ろに跳んで、間合いを開けたところでガイにそう言った。


「まだまだこれからだぜ?」


 ガイがにやりと笑う。その笑いにクロノスも笑いで返しながら、


「そうか、お前にはこの手は使いたくなかったが……」


 と、『時の呪縛』を繰り出した。


「……その技は効かねえぜ?」


 ガイは自らの『魔力の揺らぎ』を使って作った囮から、まるで脱皮するように抜け出して、クロノスの首筋に手首のヒレでの斬撃を叩き込んだ。


「なん……だと!」


 首筋の血管を切断されたクロノスは、噴き出す血を左手で抑えながら呻いた。


「これで終いだぜ!」


 勝ち誇ったガイが、トドメの手刀を繰り出そうとしたとき、クロノスは、


「♪我が聖なる時の主よ。時を戻して祝福を♫」


 そう、不思議な旋律で歌を歌った。


「ぐっ!」


 ガイは、不思議な感覚に見舞われた。自分の周りだけ、一瞬世界がぼやけ、止まり、そして回るような気がしたのだ。


 ――何か得体の知れない術を使いやがった。ちょっと間合いを開けるか。


 ガイがそう思って後ろに跳んだとき、不思議な感覚はなくなった。しかし、ガイがクロノスを見たとき、彼は一瞬何があったのかが分からなかった。

 そして、ガイが再度、クロノスの首筋にトドメの手刀を叩き込もうと身構えたとき、彼は何があったかを悟った。クロノスの首筋から、さっきまで血を噴き出していた傷が跡形もなく消えていたのだ。


「? 何があったんだ」


 思わずそんなつぶやきを漏らすガイに、クロノスは笑って言う。


「君に話すのを忘れていたが、私は弟と同じ『時の呪縛」以外に、時を巻き戻す術が使えるんだ。悪いが何度攻撃しても無駄だよ?」

「そりゃご丁寧に教えてくれてアリガトさんよ」


 ガイは皮肉を込めてそう言うが、心の中では正直、焦っていた。


 ――時間を止めるだけでなく巻き戻すだと?


 その焦りがちょっとした『魔力の揺らぎ』に顕れたのだろう、クロノスは右手を伸ばしてガイを指差し、


「君の右腕、左足、そして右胸に、私の刃を贈ろう」


 そう言った途端、クロノスの姿が消えた。


「くっ!」


 ガイはとっさに今までの戦闘で培った勘の命ずるところにより、左後ろに跳んだ。その挙動があと0.01秒遅れていたら、ガイはそれで致命傷を負っただろう。


「ぐあっ!」


 ガイが叫んだ瞬間、彼の右腕と左足、そして右胸から鮮血がほとばしった。胸の傷はそうでもなかったが、右腕の傷は結構深かった。


「この『時の導き』で決められると思ったが、案外君の反射神経と勘は素晴らしいな」


 いつの間にかガイの後ろに立っていたクロノスがそう言う。そしてこちらを振り向いたガイに、また右手を伸ばして言う。


「ちゃんと防御し給え。今度は左腕と右足に私の刃を贈ろう」


 そう言うと、一瞬クロノスの姿が消えたと思ったら、また同じところに現れる。

 ガイは、クロノスの姿が見えなくなる瞬間、右に跳んだが、


「くそっ!」


 今度は左腕と右足から鮮血を噴き出しながら呻いた。

 クロノスは目を細めてガイに言う。


「この『時の導き』という技は、私の時間を圧縮するものだ。私が感じる1秒は、君にとっての30秒に匹敵する」


 そして、ガイに笑いかけて、


「だから君は私に勝てない。今度は特別に君に攻撃する権利を与えるから、私にどんな攻撃をしようと無駄だということを体感してくれ給え。そして、私を倒すなどという馬鹿げた妄想を捨て、おとなしく引き下がり給え」


 と言った。

 ガイは、


「今度は止めを刺してやるぜ。オレを見くびった報いを受けやがれ!」


 そう叫ぶと、あっという間にクロノスの後ろに回り、その首筋に手首のヒレから神経毒を注入した。


「これでどうだ!」


 ガイが快哉を叫ぶが、


「♪我が聖なる時の主よ。時を戻して祝福を♫」


 クロノスは、またもや不思議な旋律で歌を歌った。


「ぐっ!」


 ガイは、先ほどと同じような、不思議な感覚に見舞われる。そして、ハッと気付いたときには、クロノスは何事もなかったかのようにニヤニヤとして立っていた。


「だから無駄だと言ったんだ。おとなしく引き下がるなら、今回は見逃してやらんでもないぞ?」


 不敵に笑うクロノスに、ガイはありったけの憎悪を込めて言い放つ。


「オレと貴様は不倶戴天の敵だ! オレはどんなことがあっても貴様の首を父上の墓前に供えてやる!」


 それを聞いたクロノスは、首を振りながら不憫そうな表情を浮かべて言う。


「死に急がなくてもいいと思うが、それが望みとあらば仕方ない……我が刃を君の胸と、胸と、首筋に贈ろう!」


 ガイは、クロノスの姿が見えなくなる寸前で、逆に前へと跳んだ。


 ――胸を二回言った。胸の攻撃はフェイクだ。やつは首を狙っているんだ!


 ガイの読みは半分当たっていた。クロノスは胸も攻撃してきたが、ガイは跳ぶことで首筋への攻撃をかわした。


「ぐっ!」


 ガイは、呻くとともに膝をついた。

 首筋という致命傷は避けたが、胸への攻撃に対処したとき、クロノスの刃はガイの脾腹をえぐっていた。それまでの四肢への攻撃と合わせると、かなりの程度のダメージがガイの身体に累積していたのだ。


 ――これまでか……。


 ガイは鮮血に染まりながら、ふとそう思った。けれどすぐに頭を振って立ち上がる。


「これくらいの傷で参ってたまるか!」


 クロノスはそんなガイを見て呆れたように


「ふむ、君の執念には感服するよ」


 と言いながら、いきなりガイに向けて『魔力の揺らぎ』を放った。

 出血によって反応や身体の動きが鈍くなっていたガイは、その魔力を鱗のある腕で防いだ。そして顔を上げたガイの目に飛び込んできたのは、一瞬で距離を詰めてきたクロノスの笑い顔と、振り上げられた剣の鈍い輝きだった。



“ホルン、クロノスは時の巻き戻しと瞬間移動を使ってる! このままじゃガイさんが危ないよ!”


 『鷹の目』として戦況全般をみているコドランから、そういう報告がホルンに入った。ホルンはクロノスが差し向けたスケルトンたち100体を相手に戦って、ほぼその8割を倒していた。


 ――時を止めるだけでなく、巻き戻す? それじゃどんな攻撃をすればいいの?


 一瞬、そう思って途方に暮れたホルンだが、


「とにかく、こいつらと遊んでいる暇はないってことね!」


 ホルンはそう言って、“奥の手”を使うことにした。

 ホルンは、しつこく自分を包囲し続けているスケルトンたちを見つめながら、構えていた『死の槍』を右手で持って立てる。そして、左手で『アルベドの剣』を抜き放つと、目を閉じて、


「わが主たる風よ、ここに集う悪意の輩を地獄の烈風で殲滅し、その救いなき魂に審判を下すため、我が槍でもって『Memento Mori』(死を思い出さ)せよ!」


 そう叫ぶと、『死の槍』を頭の上でぶうんと振り回した。

 すると、ホルンの周りに大きな旋風が巻き起こった。想像もしていなかった鋭い無数の風の刃は、目を閉じているホルンにかかろうと突撃してきたスケルトンたちを無残なズタズタのボロクズにし、その他の城兵たちを上空高く吹き飛ばした。


「これで邪魔者はいなくなったわ。コドラン、先にガイさんのところに行って! 私もすぐ行くから」


 ホルンは、大きなため息を一つつくと、コドランにそう言って駆け出した。



「これでお終いだよ、フォルクスの小僧!」


 クロノスが哄笑しながら振り下ろした剣は、ガイを真っ二つにした……はずだった。


「むっ!?」


 しかし、クロノスはあまりの手応えのなさに、そう言って後ろに飛び退る。ガイの頭部は確かに縦割りになってはいたが、血が噴き出してこない。

 二つに割れたガイの頭部は、左右それぞれに薄笑いを浮かべていたが、やがてゆらゆらと輪郭がぼやけるとともにゆっくりと傷口が塞がっていった。


「くそっ! これがアクアロイドの奥の手、『流体化』か」


 吐き捨てるクロノスを見て、ガイは笑いながら立ち上がって言う。


「残念だったな? アンタもオレも、条件は一緒ってこった。お互い“不死身”に近い身体だ、楽しもうぜ?」


 その時、ホルンがこの場に到着した。


「ああ、ガイさん。無事だったんだね?」


 ガイはホルンを見て笑いを浮かべたまま


「お疲れさん。おかげでコイツと心ゆくまで一対一の勝負を楽しんでるぜ」


 そういう。

 一方、クロノスの方は焦り始めた。槍遣いがここに来たということは、部下が全滅したということでもあり、あのこうるさいドラゴンもここにいるということを意味しているからだ。

 クロノスはそれでも余裕を見せて、右手をガイに向けると、


「では楽しもうか。貴様の心臓に、我が刃を贈ろう。『時の呪縛』!」

「はっ!」「くっ!」


 クロノスはガイに技を繰り出すと同時に、いきなり身体を光らせた。ガイもホルンも、その光を浴びて身体が動かなくなったが、ガイは


「オレには効かねえって言ってっだろ……うぐっ!」


 囮の身体から抜け出したところを、滑るように突き出されたクロノスの剣がガイの胸にまともに突き立った。


「君があの技を使うときには、『流動化』ができないって分かったんだ。ちなみに、私が『時の呪縛』で狙ったのは君ではなく、あのお嬢さんだよ。さて、これで勝負は終わりにしようか? 流石に私も疲れたんでね」


 ガイは、口から血のあぶくを噴き出しながら、


 ――くそっ! せめて相討ちだっ!


 そう思い、最後の力を振り絞ってクロノスの首筋に、神経毒の管を差し込んだ。


「そんな攻撃は効かないって言ったろう?」


 クロノスはニヤリと笑うと、ガイの胸に突き刺した剣を、思いっきり横に払った。


「うおおおお〜っ!」


 肉を立つ嫌な音とともに、ガイの絶叫が響いた。ガイの胸からは噴水のように血が噴き出す。支えを失ったガイはゆらゆらしながらうつろな目で虚空を見つめていたが、右半身を血だるまにしてどうと仰向けに倒れた。

 そんなガイを笑ってみていたクロノスは、


「♪我が聖なる時の主よ。時を戻して祝福を♫」


 またもや不思議な旋律で歌を歌った。その歌を聞いていたホルンは、不思議な感覚に見舞われる。そして、ホルンがハッと気付いたときには、クロノスは何事もなかったかのようにニヤニヤとして立っていた。


 ――くそっ、いまのが『時の巻き戻し』ね。でも……。


 ホルンは、初めてクロノスの『時の巻き戻し』を見て、何か違和感を覚えた。それに気づく前に、クロノスがガイの首級を取りに動き出すのを見て、


“コドラン、やつを止めて!”


 そうコドランに頼む。


『分かった! ファイアブレス!』


 コドランが姿を現し、クロノスを攻撃する。


「おっと! そういえば君がいたね、ドラゴンくん。忘れていたよ」


 クロノスがそう言ってコドランに向き直る。コドランはガイの上で旋回し、


『ファイアウォール!』


 と、自分とガイを灼熱の炎の壁で守護した。


「ドラゴンくん、見事な守備だ……と言いたいが、そのままではフォルクスの小僧は出血で死んでしまうよ? それに、私が君のお仲間のお嬢さんを攻撃したらどうする?」


 嘲るように言うクロノスの顔が、突然凍りついた。


「その心配はないわよ?」


 なんと、『時の呪縛』で動けないはずのホルンがそこにニコニコして立っていた。


「な、なぜだ? 人間が私の『時の呪縛』を破るなんて」


 動揺するクロノスに、ホルンはニコニコしたまま言う。


「最初、あなたの弟さんにかけられたときは対処のしようがないなって思っちゃったけど、考えてみると大したことはないのよね。だって、『私の時間をなくせばいい』んだから」


 そう言うと、ホルンはいきなり『死の槍』をクロノスに突き刺した。それは見事にクロノスの心臓を貫いた。クロノスが避ける暇もないほどの早業だった。


「げっ!♪我が聖なる時の主よ。時を戻して祝福を♫」


 クロノスは、またもや不思議な旋律で歌を歌った。


「悪いけど、私、あなたの『時の巻き戻し』の秘密が分かっちゃったの」


 そう言うと、体の傷がふさがり、生命力が戻りつつあるクロノスを、再び『死の槍』の斬撃で真っ二つにする。


「ぐおっ!♪我が聖なる時の主よ。時を戻して祝福を♫」


 またもやクロノスは『時の巻き戻し』を使って復活しようとするが、身体、生命力、魔力の三者が完全に復活する前に、ホルンの『死の槍』の斬撃がそれを阻む。

 それを見て、コドランは度肝を抜かれた。

 『時の巻き戻し』が、まず身体を元通りにし、身体という入れ物が治ったところでそれを動かす生命力を戻し、それに刹那の時間遅れて魔力を復活させる――という三段階であることを、たった一回見ただけで看破したのもすごいが、


 ――なら、魔力がゼロになるまで殺し続ければいいわ。


 というホルンが取っている方策は、誰にでもできることではない。『時の巻き戻し』で復活するまでの時間は、それこそ0.01秒単位での出来事なのだから。

 それを実際やりつつあるホルンの早業を見て、


 ――ホルンかっけ〜!


 と、素直に感動しているコドランだった。


“コドラン、ファイアウォールはもういいから、ガイさんをヒールで治して! トドメはガイさんの仕事だわ!”


 ホルンがそう、コドランに頼んでくる。

 一瞬でも気が抜けない刹那の戦いをしているにしては、ホルンには余裕があった。


“分かった!”


 コドランは、今にも息絶えそうなガイに、大急ぎでドラゴンヒールをかけた。



「おお〜! 貴様はなんでそんなに疾い!」


 クロノスは、ジリ貧になりつつある自分の魔力の残りを感じて、恐怖とともにそう言う。こんな攻撃は人間業では望めないからだ。


「あなたと弟さんのおかげよ。『私の時間』という概念がなくなったとき、私の『思い』を妨げるものもなくなったわ」


 ホルンは、そう言って何百回目かの斬撃をクロノスに放った。


「ぐふっ!♪我が聖なる時の主よ。時を戻して祝福を♫」


 クロノスは、またもや不思議な旋律で歌を歌った。しかし、クロノスの復活にかかる時間は、明らかに遅くなってきていた。


 ――くそっ! 私は死にすぎている! なんという戦士だ、こんな戦士がいるとは。


 完全に打つ手を失ったクロノスは、ただなぶられるだけだった。



「う……オレはまだ生きているのか?」


 コドランのヒールで目を覚ましたガイは、そうつぶやいたあと、ハッと気がついてコドランに訊く。


「クロノスはどうしている!?」


 コドランは、笑って指差すと言った。


「あそこだよ。ホルンが『止めを刺して』って言ってるよ?」


 ガイは、コドランが指差す方を見て、茫然とした。ホルンの攻撃は、クロノスが完全復活する前に叩き込まれている。それは、経験を積んだ戦士だからこそ見定めることができる、超ハイレベルの高速戦闘だった。いや、『高速』ではなく、それこそ『光速』といっても過言ではない戦いだった。


「凄いな……」


 ゆっくりと立ち上がりながら言うガイに、コドランは能天気に答えた。


「凄いよね? ホルンが戦闘を始めてまだ3分位だけど、クロノスってば千回は死んでるよ? 速すぎて途中で数えるのを諦めたから、実際はもっと死んでると思うけど」


 そこに、ホルンの声がした。


「ガイさん、止めよ!」


 ガイは、表情を引き締めてクロノスに飛びかかった。もはや復活速度が目に見えて遅くなり、今やホルンの斬撃の傷も癒えないままにゆらゆらと立っているクロノスの首は、ガイの手刀の一閃で胴から離れた。


「……かたじけない、これで本懐を遂げた」


 クロノスの首を持ち上げ、人差し指で眉間にとどめを刺したガイは、ホルンにそう言った。その顔には感嘆の色が浮かんでいる。


「いいえ、あなたには借りがあったわ。これで借りが返せたってことよ」


 ホルンはそう言って笑った。


          ★ ★ ★ ★ ★


 2週間後、ホルンはガラーバードの町から北に少し離れた街道の分かれ道にいた。ガイ(女性)やプサイをはじめとする町の人達も一緒だった。

 町の人達は、スケルトンの軍団が壊滅したことで、今までの恐怖からは解放されたが、代わりに国からお咎めを受けることを恐れた。

 しかし、ホルンが


『クロノスたちの悪行を証明する証拠があります。それは砦に残された町の人達の遺品や、あいつらが違法に取り立てていた金なんかの財宝です。それを使ってクロノスたちを弾劾し、彼らを倒した英雄としてガイさんを監察官とするように、州知事に言ってご覧なさい。ついでに財宝の一部をこっそり贈ったら、効果てきめんよ? 私も用心棒として長く旅をしているけど、残念なことに、『財宝を愛するほどに正義を愛する』お役人サマって、めったにお目にかかったことはないから」


 そう笑って言ったので、試しにホルンの言うとおりにしてみたら、あっさり州知事は町の人達の言い分を認めたのである。


「ホルンさん、本当にお世話になりました」


 ガイ(女性)が名残惜しそうにそう言って、ホルンの手を握る。ホルンも、その手をしっかりと握り返すと、同じく名残惜しそうにしているプサイたちに言った。


「ガイさん……失礼、これからはリンさんだったわね? フォルクスの一族を再興するまでは、その名で雌伏しなければいけないのは辛いかもしれないけれど、プサイさんたち町のみんなと協力すれば、あなたの夢はきっと叶うと信じているわ。元気でね? プサイさんたちもお元気で、リンさんをよろしくね?」


 プサイが目をうるませながら答えた。


「ホルンさんこそ、お元気で。フォルクスの一族がこの街に残してくれた功績は、町の長老からよく聞かされていたもんです。まさかその一族の末裔の方が、ホルンさんとともにこの町を救ってくださるなんて……。ご心配なく、私たちガラーバードの町人はみんな、リンさんの味方です」

「よかったわ。今度私がこの町に来たときは、仕事にあぶれなくても良さそうね?」


 ホルンはそう笑って、ガラーバードの町を後にした。



『ホルン、これからどうする? 東に行く? それとも西?』


 コドランがワクワクした目で訊くのに、ホルンはちょっと考えてから答えた。


「今度の出来事で、私は王家から変に注目を集める事になったかもしれないわね? それなら、一度、この国で“東の藩屏”と言われて、世間の評判もいいサーム・ジュエル様がいらっしゃるサマルカンドに行ってみようかしら? 『白髪の貴公子』と評判のご子息とも手合わせしてみたいし」


 ホルンがそう言うと、コドランも頷いた。


『サーム様の奥方って、ウンディーネ様の妹さんなんだよね? その方に会ってみれば、ホルンがドラゴニュート氏族ってはっきりするかもね』

「だから、私は人間だって言ってるじゃない」


 コドランはホルンの言葉を聞いていない。一人で盛り上がっている。


「それに、『白髪の貴公子』だって、ホルンみたいな美人を見たら絶対放って置かないって。やった! ホルン、玉の輿に乗れるかも?」

「仮にも貴族のお坊ちゃまが用心棒風情と恋をするなんて、そんなことあるわけないじゃない。そんなのは小説か吟遊詩人の歌の中だけよ。コドランってばかね?」


 ホルンは顔を赤くしてそう言う。


『でも、ちょっとは期待してるでしょ? その貴公子にもドラゴニュート氏族の血が流れてるんだよ? 同じ氏族の血って、呼び合うものなんだよ?』

「ふ〜ん」


 ホルンは、そっけない返事をしながらも、コドランが言った『同じ氏族の血って、呼び合うものなんだ』という言葉が変に心に響いた。


 ――同じ氏族の血って、呼び合うものなんだ……か、ということは、私は呼ばれているのかもしれないわね?


 ホルンはそう思いながら、遥か砂漠の向こうまで続く道を眺めていた。


          ★ ★ ★ ★ ★


 ファールス王国の首都、イスファハーン。ここには、現国王のザッハークをはじめ、朝廷の官吏約1万人とその家族、近衛軍である『不死隊』1万人、王の直接護衛を承る親衛隊『王の盾』5百人とその家族、そして官吏や武官たちの生活を支える職人、商人などが住んでいて、人口は50万人と言われている。


 その宮殿の中で、ザッハークはクロノスたち『スケルトン騎兵団』壊滅の知らせを受けていた。


「何だと? 下手人は、余がこの国を治めることに反対したフォルクス一族の末裔だと? そのような者がまだ生きておったのか。すぐにサトラップ(州の軍政官で州知事を兼ねる)に下達し、その者をひっ捕らえよ!」


 ザッハークが『王の使者』と呼ばれる使いのものにそう怒鳴ると、『王の使者』は畏まって命令を受け、その場からガラーバードへと旅立つ。


「陛下」


 玉座に座るザッハークに、そう小声で言って静かに近づいてくる者たちがいた。

 一人は王の政治的な面を補佐する『執政参与』と呼ばれるティラノスという男性、もう一人は王の軍事的な面を補佐する『軍事参与』と呼ばれるパラドキシアという女性であった。この二人はもともとからザッハークに仕えていた腹心であるが、ザッハークの簒奪劇を周到に計画し、鮮やかに実行したのもこの二人であった。


 二人は、ザッハークに重用されて国の運営全般を取り仕切っていたが、元々はレプティリアンであるため情に乏しく、時には合理性に基づく血も涙もない施策や軍の指揮を見せ続けたため、人望を失いつつあった。ザッハークが国王となって25年、最初から『簒奪者』の汚名がついて回っていたザッハークが、近頃は両肩に蛇の頭を生やした姿で描かれるようになったのも、この二人のせいであった。


 そのうちの一人、パラドキシアが、ザッハークにこう告げた。


「陛下、先の王が崩御されたとき、先王の妃であるウンディーネ様が王女を産み落とされたという噂はお耳に入っておりますか?」

「うむ、そのような噂が流れておるのは知っておるぞ」


 ザッハークは至極簡単に言う。そんなザッハークに、パラドキシアは驚くべき報告をした。


「実は、その噂が事実ではないかとの懸念が生じました」

「それはどういうことだ? 詳しく申せ!」


 ザッハークは驚き、慌てた。先の王であるシャー・ロームは、国民からの信望が篤かった。その王の正統な後継者である王女が存在し、生きているとしたら、自分の体制など吹っ飛んでしまう懸念が生じたのだ。


「はっ! その王女の名はホルンと言い、デューン・ファランドールに育てられたと聞きます。デューンの死後は用心棒として国内各所で活躍し、近年とみにその武名が高くなっています。その者と実際に会ったという人間から話を聞くと、年頃やデューンが愛用していたという『死の槍』を持っているなど、共通点が多く、単なる噂とは思えません」


 ザッハークは、25年前のあの日を思い出す。反乱はうまくいった。兄王は不思議に思えるほど王都の守りを手薄にしていた。『不死隊』は戦わずして降伏し、『王の盾』は全滅。『王の牙』は王都に残った一人は自害したが、地方監察に出ていた8人は、そのままザッハークへの忠誠を誓った。


 ただ一人、『王の牙』筆頭のデューン・ファランドールだけが行方知れずになっていたが、ザッハークはデューンの動向よりもサーム・ジュエルの動向の方が気になっていた。

 義弟であるサームは、『赤髭の賢王』として土地の人々の信頼も厚く、『11人目の王の牙』と言われるほど剣や槍の腕も確かで、ロームへの忠誠も篤かったからである。

 それに、ロームやウンディーネの遺骸を見つけられなかったことも心に罹っていた。それらしい遺骸は『秘密の部屋』から発見されたのであるが、判別ができなかったし、お付きの者たちの話では王妃は出産直後だったとも言われている。


 さらに、王家伝来の『アルベドの剣』も行方知れずになっていたので、ザッハークは登極の正統性を証明するものを何一つ持たずに王となったのである。

 行方知れずの姫、そして聖剣、さらに随一の腕を持つ剣士・デューン、これらがもし、一つになって姫を今まで守ってきていたのであれば、そして、その姫が世の中に出てきたのであれば、これはザッハークにとっては『終わりの始まり』と言える出来事なのだ。

 ザッハークは、鋭い目でパラドキシアに命令した。


「その娘、ホルンという槍使いを見つけ出し、監視しろ。そして王家に関係するものと分かったら、即刻始末しろ! これはいちいち余の裁断を受ける必要はない。そなたたちの責任で処断してよい。分かったな」


 パラドキシアは、横に控えたティラノスを見た。ティラノスはこれも真剣な目で王を見ている。そして、パラドキシアの視線を感じてこちらを向き、うなずいた。それを確認して、パラドキシアは王に答えた。


「必ずや、王の御懸念になるようなものは一掃してお見せします」


 ザッハークは満足げな笑みを浮かべ、そしてヒステリックな声で笑い続けた。

   (8 髑髏の絶唱 完)

最後までお読み頂き、ありがとうございます。

そろそろ、ホルンとザールの運命がまた動き始めます。

現国王もホルンの存在を認識し、手を変え品を変えホルンを亡き者にしようと策を講じることになります。

次回もまた、1週間後の投稿になります。お楽しみに。

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