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青き炎のヴァリアント  作者: シベリウスP
7/70

7 髑髏の哄笑

王国一の金鉱の町に足を踏み入れたホルン。その町は近くに巣食ったスケルトンの軍団に支配されていた。月に決められた量の金を上納しなければ、村人が一人殺されるというのだ。ホルンが討伐を申し入れるが、村人たちは脅え、ホルンの申し出を断っただけでなく、ホルンに町を出て行けと勧める。副軍団長のカイロスは時間を止める能力があるらしい。ホルンとカイロスの激突の顛末は。

 燃える、燃える。

 いつもならば青く澄んだ水を茜色に染めて、燃える。


 ごった返す道には、敵味方の軍勢がひしめいている。しかし、まともに戦っているのは敵軍だけだ。軍装をした髑髏――スケルトンの軍勢は、逃げ惑うアクアロイドたちを容赦なく馬蹄で踏みにじり、槍で突き、剣で切り刻んでいる。


 燃える、燃える。

 阿鼻叫喚の地獄絵図の中、私は父王の悔しそうな、そして疲れ果てた顔を見ていた。


『良いか、ガイ。お前は生き残り、必ずや父の無念を晴らせ。相手はクロノスやカイロスではない。この国を簒奪したザッハークだ。アクアロイドの誇りにかけて、父と先王シャー・ローム様の無念を晴らすのだ』


 父王はそう言い残すと、わずかばかりの供回りを従えて打って出た。

 ――そして、帰らなかった。


 燃える、燃える。

 いつもならば青く澄んだ水を茜色に染めて、燃える。

 燃え上がる茜色は、私の最も大事なものも飲み込んでいった。


 それから、何年経っただろう。私は、私の故郷があった場所に帰ってきた。

 父の無念を晴らすため、そして、私の王国を取り戻すために……。

 青く広がる湖は、その形を変えてはいなかった。そこにあるはずの都市が跡形もなくなっていたのを除いては……。


       ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 ファールス王国は、天然資源に恵まれている方だといえるだろう。各国に輸出されているものとしては、燃える水が国の西部や北部の『蒼の海』の西岸で、鉄が国の西部と中央部の山岳地帯で採掘できる。

 そのほかの貴金属や宝石に関しては、金銀、琥珀、瑪瑙やトパーズ、そしてラピスラズリと水晶の大きな鉱山が国の中央部から東部にかけて散在する。特に国の北部にあるガラーバードという町は近くに金の大きな鉱脈があり、潤った都市であった。その近くにはレズバンシャールという湖があり、そこには20数年前までアクアロイドの都市があったと伝わっているが、今はその跡形もなくなっていた。


 この辺りは砂漠にも近く、特に道路はガラーバードの南には通っていない。金を含む巨大な山塊が、人々の通行を阻害しているのである。その代わりに北側は平坦で、砂漠を越えれば東はサマルカンドや西はヒッタイト地方という北部鉄鉱石の採掘地帯へと抜けることができた。


 その砂漠の道を、一人の女性が歩いていた。

 この王国では、今から25年前に時の国王を異母弟が暗殺し、王位を簒奪するという事件が起きていた。それ以来、国の辺境では悪党や怪物が跋扈し、一人旅などとんでもないという状態ではあった。

 しかし、手の足りない軍隊に代わり、交易商人の護衛や悪党・怪物退治などを専門に請け負う『用心棒』という職業に就く者も出てきており、それなりの護衛が付けば旅は可能になっている。


 その女性は、ボロボロになった緑色のマントを羽織っている。マントの生地は厚手の織物なので、女性がかなり旅慣れていることが分かる。マントのフードからは銀色のサラサラした髪と、ハッとするほど色白の顔には、翠色の瞳を持つ切れ長の目、そしてきりりと結んだ意志の強そうで形のいい緋色の唇がのぞいている。

 その装備も、革製の胸当てに鍛鉄を縫い込んだ籠手、革製の腹巻、同じく革製の太ももを守る横垂を付け、そして膝当ての付いた底の厚い革製のブーツを履き、刃渡りは60センチもあろうかという長大な穂先を付けた長さ1.8メートル程度の槍を背中に負っていた。

 その女性は、強い風が巻き上げる砂塵にかすむ先にある城壁を、手をかざして見つめていたが、


「あれがガラーバードの町ね」


 そう、透き通った心地の良い声でつぶやくと、町へと歩き始めた。



 その女性は、町の城壁を抜けた時に、不思議そうな顔をした。翠色の目は何物をも逃さないような鋭い光をたたえ、瞳に焼き付いた状況を彼女の鋭い勘とこれまでの知識・経験で濾過している。


「たいそう立派な城壁なのに、城門がない……。この町は金の発掘と精製でにぎわっているはずなのに、町の中に人の気配がない……。まだ9点(午後4時)だというのに、不思議だわ」


 ガラーバードの町は、金鉱夫や精製に従事する職人だけでも1万人、その家族を含めると5万人になる。当然、それらが消費するものを扱う商店などもあり、総人口は8万人と言われていた。この時間なら、早上がりの鉱夫たちが居酒屋などでとぐろを巻いていても不思議ではない。


 彼女はとりあえず、交易会館に行くことにした。交易会館とは、その町の商人たちが作っている会館で、商売の情報だけでなく街道の安全情報や宿屋の手配、そして用心棒のあっせんまで行っている。そこに行けば地元の用心棒も幾人かはいるだろうし、そこで何かしらの情報が手に入ると彼女は期待した。


「おかしいな、この時間なら、まだまだ町には人がいそうなものだけど」


 誰も、それこそ人っ子一人通らない通りを歩きながら、彼女はそうつぶやいていた。


「まあ、交易会館に行けば、誰かはいるでしょ」


 彼女はそう言いつつ期待したが、交易会館もガランとして閑古鳥が鳴いていた。


「会館の職員もいないだなんて……おかしいわね」


 町の人もいない、会館の職員もいないこの状況では、この町に足を踏み入れてから抱え続けている疑問を解消するすべがない。

 誰かに聞くことを諦めた彼女は、とりあえず掲示板を見てみる。そこには普通なら用心棒を依頼する表示が、折り重なるように掲示されているはずだった。


「……依頼票が1件もない。金を運び出すはずだから、護衛の依頼もそれなりにあっていいはずだけれど……」


 彼女がそうつぶやくと、会館ホールの隅っこにいた女性が声をかけてきた。旅の女性はビクリとして、そちらを向く。ホールは薄暗く、話しかけてきた女性はそれまでピクリとも動いていなかったのだから、見落としていたとしても仕方がない。


「この町には用心棒の出番はないよ。残念だけれど、悪いことは言わない、早くこの町を出て行くんだね」


 椅子に座った女性は、再びそう言った。


「私たち用心棒の出番がないほど平和なら、それはそれで嬉しいことですけれど、私にはとてもそうには見えないわ」


 旅の女性は、声をかけて来た女性の側に歩み寄りながらそう言った。声をかけて来た女性は、だらしなく椅子に腰を掛けている。ぷんと酒の匂いがした。


「この町にはあんたたちの出番はないよ。もう一回言うよ? 悪いことは言わない、早くこの町を出て行くんだね」

「この町は結構賑わっていると聞くわ。でも、こんなに町が寂しいのはなぜ?」


 旅の女性が聞くと、椅子に座った女性はうつろな目でぼんやりとつぶやく。


「昔はよかったんだよ、昔はね。あいつらが来るまではね……」

「あいつら? どういうこと、話してもらえないかしら」


 彼女は、女性にそう言ったが、女性はもう酔いつぶれてしまったらしい、テーブルに突っ伏すと、そのままいびきをかき始めた。


『ホルン、ホルン。なんかこの町の雰囲気はおかしいよ?』


 突然、彼女と女性のほかには誰もいないはずの部屋で声がした。もっとも、この声を聞いた人間には、「グアアッ」とか「グエッ」とかいう怪物の悲鳴のようにしか聞こえなかったことだろうが。


「そうね。どうしようかしら……」


 ホルンと呼ばれた女性が困ったように首をかしげると、


『雰囲気的には、関わり合いにならない方がいい気がするな~』


 そう言いながら、ホルンの側に小さな仔ドラゴンが姿を現した。


「コドランの言うとおりね。けれど、私は用心棒の端くれだから、この町の人たちが何か困っているのなら力になりたいとは思うわ」


 コドランと呼ばれた仔ドラゴンは、ニコリと笑って言う。


『まあ、それがホルンの性格だからね。ぼくはどっちでもいいよ? とりあえずご飯が食べられれば』


 コドランの意見を入れて、ホルンはとりあえず腹ごしらえをすることにした。この町で何かの事件に関わるにしても、交易会館にいた女性の言うとおりこの町から出ていくにしても、まずはそれからだと思ったからだ。



 食堂はすぐに見つかった。と言うよりも、この町には食堂がごまんとあった。1万人からの肉体労働者がいるのだ、その食欲はすさまじいものだろう。


 ホルンは、酒と肉料理が食べられる、見た限りでは最も荒くれ者が集まりそうな雰囲気の酒場に入った。ドアを開けると、4・5人の男たちが陰気に酒を飲んでいる。

 ホルンは男たちの視線の中、怖気づくことなく最も出口に近いボックス席に陣取った。すぐさまウエイトレスがお冷を運んでくる。


「この子にも、お冷をいただけないかしら?」


 ホルンが、肩に止まったコドランを指さして言うと、ウエイトレスは一瞬、ぎょっとした顔をしたが


「かしこまりました」


 と答えて奥に戻って行く。


『ホルン、ぼくは姿を隠さなくていいの?』


 小声でコドランが訊くのに、ホルンは笑って答える。


「仔ドラゴンにびっくりする程度の人たちは、金鉱山で働かないわ。この手の鉱山で働く男たちは、度胸もあり腕っぷしも強いし、気っ風は清々しいものよ」


 ホルンの声が聞こえたのか、奥で飲んでいた男たちがこちらを向いて親指を立てて笑っている。ホルンはそれに軽く手を振って答えた。


「お冷です。ご注文はお決まりですか?」


 ウエイトレスが戻ってきて言う。ホルンは手早く肉料理を頼んだ。


「お待たせいたしました」


 驚いたことに、そんなに待つことなく料理が出される。ホルンとコドランの前には、鶏のから揚げが載った皿2つ、ローストビーフが載った皿2つ、そしてビーフステーキ2枚とパン2個が並べられた。


『すごい、ぼくのすきなおにくだぁ!』


 コドランは目をキラキラさせて、ビーフステーキにかぶりついた。


『んぐんぐ、これ、ほっへほひゅーひーらー、んぐっ。こっちのから揚げは……もぐっ、ん~、ほくほくして、んまい~』


 休むことなく食べ続けるコドランを優しく見つめながら、ホルンはローストビーフ1皿とパン2個で食事を済ませる。


『あれ、ホルン。もう食べないの?』

「私はもういいわ、あとはコドランが食べて。コドランの食べっぷりを見ているだけで何か幸せだわ」


 ホルンがそう言うと、コドランは嬉しそうに顔から幸せオーラを放ちながら、


『えっ? じゃあ遠慮しないよ? 後でなんか言っても遅いからね?』


 そう何度も念を押しながら、料理を平らげてしまった。

 二人が食事を終えたと見て取るや、奥で飲んでいた男たちがホルンのテーブルまでやって来た。


「よう、姉ちゃん、この辺じゃなかなか見かけない別嬪さんだが、何しにこの町に来なすった?」


 男たちのリーダーと思しき40代くらいの筋骨たくましい男が、そう訊いてくる。


「私は用心棒をしているけれど、この町では仕事にあぶれたみたいね? これだけ大きな町なのに、交易会館に一つも依頼票が出ていないなんて初めてよ」


 ホルンが言うと、最初に話しかけて来た男の後ろから、20代前半のいかにもチャラい感じの男が声をかけてきた。


「仕事にあぶれたんなら、俺と一晩付き合わねぇか? 姉ちゃんみたいに別嬪で良い身体している女なら1デナリ出してもいいぜ」


 その言葉に、ホルンは顔はにこやかだが翠の瞳に殺気を込めて若い男を見やり、


「用心棒は槍で敵を突くのが仕事、自分が突かれる趣味はないわ」


 そう言う。見る人が見たら、彼女の周りを緑青色の『魔力の揺らぎ』がまとわりついているのが見えたことだろう。案の定、若い男はビビッて、頭をかきながら退散する。


「お姐さん、あんた、随分とできるね? 俺もこんな稼業で斬ったハッタは随分とやらかしたが、お姐さんみたいな奴にはまだお目にぶら下がったことはねえ」


 自分とこの『若い衆』が一瞬のうちに病み犬のようにしょげ返ったのを見た男は、どすの利いた声でそう言うと続けた。


「俺は、このガラーバードで金鉱夫の元締めをやっているプサイ・イスマイールという者だ。俺が取り締まっているのは北区で、総勢は3千人。お姐さん、よろしかったら俺の宿に来ていただけないか?」


 ホルンはプサイの目をまっすぐ見つめて名乗った。


「丁寧な名乗り、承りました。私は槍遣いの用心棒、ホルン・ファランドールです」

「え、ほ、ホルン・ファランドール? あんたがあの“無双の女槍遣い”?」


 びっくりするプサイに、ホルンはさらに重ねて訊く。


「プサイさん、私は交易会館で少し気になることを聞き込んだんですが、それについて答えてくれますか?」


 するとプサイは明らかに狼狽した顔色で言った。


「ホルンさん、悪いがそれは俺の口からは言えねえ。聞きたいのは奴らのことだろう?」


 そう言うと、少し間を開けて、


「……もうすぐ9点半(午後5時)だ。知りたきゃ、中央広場に行ってみなさるといい。だが、誰にも見つからないところにいて、そこで起きることに手を出しちゃいけねえ。生きていたいならな? 奴らには、いかにホルンさんでも敵いっこねえからな」


 そう言うと、酔いもさめ果てた顔でホルンにひきつった笑顔で言う。


「あいつらは魔物の中の魔物だ。一刻も早くこの町を出て、ここであったことは忘れてしまいなせえ。俺が言えるのはそれだけだ」


 ホルンは目を細めてうなずいた。



『ホルン、ここで何があるんだろう?』


 プサイたちと話をした後、ホルンはガラーバードの中央広場に来ていた。プサイから言われたとおり、広場の端っこに立っていたが、コドランの“透明になる”能力を使って人からは見えないようになっていた。


 ——あの度胸があるプサイさんがあれだけ脅えるとなると、よっぽどのことが行われているに違いないわ。


 ホルンはそう思い、『魔力の揺らぎ』を見ることができる相手がいた場合を考慮して、念のために柱の陰になるようにはしていた。


「分からないけれど、あれだけの男がビビるんだから、かなりの相手だとは思うわ」


 ホルンがそうささやくと、広場がどよめき始めた。馬蹄の響きと馬のいななきが聞こえるので、どうやら騎馬隊か何かが町の南門から入って来たようだ。それとともに、町の人たちの悲鳴や怒号が聞こえてきた。それは確実に広場に向かって来ている。


「今日は北区と南区の割り当てだな! 割り当てのものをここに持ってこい!」


 そんな叫び声とともに、10騎ほどの槍騎兵が現れる。しかし、馬に騎乗していたのは人間ではなかった。


「あれは、スケルトン」


 ホルンはそうつぶやいた。スケルトンはいわゆる『モンスター』に分類される種族であるが、高い戦闘能力と社会性を持った恐るべき種族である。その中には人間と同じような社会組織を持ち、人間と同じような生活を営んでいる部族も存在した。面と向かって敵対できる種族はオーガかレプティリアンくらいであろう。そんな恐るべき種族が、この町とどう関わり合いがあるのだろうか。


 ホルンが見ていると、南北それぞれの区の責任者が、配下の者に大きな箱を運ばせてきた。北区の責任者は、先ほど話をしたばかりのプサイだ。あの快活で気の強そうな男が、心配そうにそわそわしている。

 やがて、スケルトンの騎兵の何騎かは下馬し、男たちを督励して箱の重さを量り始めた。どうやら測定しているのは金らしい。


「よし、南区は2,000ポンドを超えているな。ご苦労だった、帰って良いぞ」


 騎兵の隊長がそう言うと、南区の責任者は連れて来た男たちとともにほっとした表情で帰りだす。


「何だ、北区は3,000ポンドを超えていないではないか! 全部で2,650ポンドだと? 350ポンド足らぬぞ!」


 騎兵の隊長がヒステリックに叫ぶのに、プサイは静かに釈明を始める。


「わが北区の鉱脈は、この鉱山で最初に発見されたものです。ここ数年、産出量が減っているので、他の坑道を開発しているのですが、まだ大きな鉱脈には当たっていません。もうしばらく待っていただければ、必ず1日3,000ポンドの金を産出できるようにします」


 プサイの言葉が終わるやいなや、騎兵隊長は槍の柄でプサイの横っ面を張り飛ばした。


「100ポンド足りなければ1人を殺す……我がクロノス将軍がそう布告されているよな? 今回は350ポンド足らぬ。生贄を4人出せ!」

「ですから、私の鉱区はどうあがいても新しい坑道を掘り終わるまでは産出量を増やせないんです……ぐがッ!」


 騎兵隊長は、釈明をするプサイのみぞおちに槍の石突をめり込ませた。プサイは腹を抑えて倒れ込む。


「くだらん言い訳はよせ! 新しい坑道を早く掘り上げれば済むことではないか! さあ、生贄を出せ。出さんというなら、こちらで適当に選ぶぞ」


 そう言いながら、隊長はぐるりと辺りを見回すと、


「あいつらにしよう。あのガキどもをここに引っ立てて来い!」


 隊長が言うと、部下の騎兵はサッと馬を駆り、逃げようとしていた子どもたちを引っ立てて来る。


「離せ! 僕らが何をした!」


 一番年かさの男の子がそう言って隊長を睨むが、隊長は涼しい顔で


「お前たちは何も悪くはないさ。ただ、無能な大人の犠牲で命を落とすことになっただけだ。諦めてお前たちの町に住んでいる大人たちを呪いながら死んでいくといい」


 そう冷たく言い放つと、槍でその子の胸を突こうとした。その時である。


「ガッ!」


 隊長が、どこからともなく飛来した槍に喉元を貫かれて落馬する。


「隊長殿! ぐはっ!」「うげっ!」


 一瞬の出来事に固まってしまった騎兵たちが状況を正確に把握する前に、ホルンは風のように広場に駆け込み、『アルベドの剣』で2匹をたちまちのうちに斬って捨てる。そして、隊長を貫いていた『死の槍』を引き抜くと、残りの騎兵たちに向かって突進した。


「私はホルン・ファランドール。この町の人とは関わりはないが、子どもたちに手をかけようとする悪逆非道の者たちに対し、義によって推参する。覚悟しなさい!」


 姿を現したホルンを見て、残りの7騎は女であるホルンを軽く見たか、


「相手は一人だ、押し包んで討ち取れ」


 と、数を頼んで攻勢に出てきた。


 しかし、ホルンは彼らが思っているより——恐らく、この場面をハラハラしながら見守っている町の人々が思っていたよりも強かった。7騎の騎兵は、すべてホルンの『死の槍』の餌食となった。



「大丈夫だった?」


 ホルンが年かさの子にそう言うと、その子は泣きべそをかきながらホルンにお礼を言い、他の子どもたちとともに人ごみの中に消えて行った。

 しかし、ホルンがプサイに話しかけようとすると、プサイは脅え切った表情で


「ほ、ホルンさん、あんた、なんてことをしてくれたんだ」


 そう力なく言う。


「ご迷惑だったかしら?」


 ホルンが言うと、プサイはうなずいて語った。


「これで、奴らの軍団がこの町に乗り込んでくる口実を与えちまった。あんたはこの町を早く出て行ったがいい。でないと、俺たちの手であんたの首をクロノスに捧げなければならなくなる」

「あなたほどの人がそこまで言うなんて、相当に残忍な相手のようね?」


 ホルンが言うと、プサイは引きつった笑いを浮かべて言う。


「これまでも、ホルンさんのようにこの町のためを思って奴らに挑んでくれた用心棒や旅の剣士はいた。けれど、一人として奴らに勝った人はいない。そのたびにクロノスはその人たちの首とともに軍団をこの町に襲い掛からせて、叛逆の意思ありということで何百人かを殺している。それも女子どもばかりをだ。頼む、ホルンさん、今回は初めて奴らの使いを全滅させたから、クロノスがこのことを知るのは少し後だろう。その間に逃げてくれ。あいつらには、関係ない用心棒が勝手に起こした事件だから、町の皆でそいつを追い出したとでも言っておくから」


“ホルン、今回はこの人が言っていることに従った方がいいと思うよ?”


 コドランの声が頭の中に響く。ホルンはニコッと笑ってプサイに答えた。


「そんな裏を知らないで、私の個人的な感情で動いちゃって、町の人たちにはご迷惑をかけたわね? 分かったわ、私は出ていくけれど、本当に大丈夫?」


 プサイはほっとした表情で言った。


「悪く思わないでくれ。そうしてくれれば、俺たちも申し開きが立つ」


 ホルンはその言葉にうなずくと、その場から北の方角に脱兎のごとく駆けだした。どうせ逃げるなら、町の人たちが言い訳しやすいように遠くにいた方がいい。そう考えたのだ。


“ホルン、ぼく、そのクロノスってやつがどういうやつか、調べてみるよ”


 コドランがそう言って飛び立つ気配を感じたホルンは、


「分かったわ、気を付けてね」


 そううなずいた。


       ★ ★ ★ ★ ★


 ガラーバードの町の南には、鉱山となっているアタチュルク山系が聳えていた。その山の麓近くに、石造りの城砦があった。この城砦は、古くこの王国が創られたとき、魔族との戦いに使われていたが、現在は皮肉にも、魔族の巣窟になっていた。

 ただし、その“魔族”は単なるモンスターとは違っていた。ここにいるスケルトン種族であるクロノスは、その弟カイロスとともに、ファールス王国から将軍位をもらい、金山の監督を正式に任された一族だったのである。


 クロノスとカイロスがそのような厚遇を受けたのは、現国王ザッハーク即位時に、ザッハークの登位を認めずに兵を集めていたアクアロイドのフォルクス一族を壊滅させた功績が認められてのことだった。

 そのため、ガラーバードの人々も表立ってクロノスの一族に反抗できなかったのである。

 その砦の中で、クロノスは眉をひそめた。


「……金の受け取りに送った部隊がまだ戻らないな」


 クロノスは玉座を模した椅子に腰かけている。その制服はザッハークが制定した新軍装で、襟に光る階級章は“旅団指揮官”である。


「大方、ガラーバードの町で楽しいことを見つけたんだろうよ。兄者、そんなに気にせんでも、もう四半時(30分)もすれば戻ってくるさ」


 クロノスの弟であり、この部隊の副指揮官であるカイロスが言う。こいつの襟には“連隊指揮官”の階級章が光っている。

 ここで内情をばらせば、“旅団”とか“連隊”とかの階級を得てはいるが、クロノスたちの軍団は全部で500騎程度であった。ただし、全員がフォルクス一族壊滅作戦時からの生え抜きであり、恐るべき戦士であったことには違いない。


 そのクロノスたちのもとに、ガラーバードの町人から、派遣した部隊の全滅が報じられた。町人たちは騎兵の馬をクロノスたちに引き渡すとともに、その馬で『上納金』の金をわざわざ運んできたのである。


「……で、その用心棒は、もう町にはいないんだな?」


 カイロスが訊くと、プサイは青い顔でうなずく。


「なぜ、そいつをただで追い出した? そいつを町に留めておいて、俺たちに知らせるべきだったのだ!」


 プサイは額に汗をにじませて言う。


「そ、それはそうですが、そいつがあまりにも素早くお城の兵たちを倒しちまって。俺たちでは手も足も出なかったんです」

「本当にそいつは人間か? アクアロイドとかじゃないだろうな」


 カイロスが疑い深そうに訊くが、プサイは首を横に振って言った。


「確かに人間です。それに、昔ならいざ知らず、こんな乾燥した地帯ではアクアロイドなんて住めませんよ」

「……とにかく、俺たちの可愛い部下に手を出したとなると、そいつは放ってはおかれぬな。それに、そいつに加担した町の人間たちもだ!」


 吠えるカイロスに、プサイは哀願する。


「本当です、本当に勝手にそいつが動きやがったんで。町の人間には、あなた方に手を出そうなんて言う不埒でもの知らずなものはいません。お許しください」

「……カイロス、それくらいにしておけ」


 クロノスがゆったりとした声でいきり立つカイロスを止める。


「しかし兄者!」

「カイロス、我々の強さがどの程度のものか、町の者たちはもう十分骨身に染みているはずだ。いまさら町の奴らが用心棒を雇って我々に刃向かうなど、笑止千万。こいつが言うとおり、命知らずでもの知らずなお節介野郎が勝手に手を出したんだろう。あいつらはそう言う生き物だからな」


 そこで言葉を切って、クロノスはプサイを見つめて続ける。


「そなたも、わざわざ金と馬を届けてくれてご苦労だったな。その苦労に免じて、金が少ないのは見逃してやる。ただし、次はないぞ?」

「はい、ありがとうございました!」


 プサイは、額を地に擦り付けんばかりにお辞儀をして去った。



「……兄者、どう思う? 俺はアクアロイドの奴らの仕業だと思うが」


 ほっとして帰路につくプサイたち一行を、苦々しい顔で見送ったカイロスは、玉座に腰かけて目を閉じているクロノスに言う。


「……人間ごときに我々が負けることはない、という訳だな。その気持ちは分かるが、もし人間だったらどうする?」

「ありえんことだ」


 鼻で笑うカイロスに、クロノスは重々しく言う。


「カイロス、人間にもいるのだ。エレメントが覚醒し、魔法が使える者が。わしは20年前にティムールと言う男と戦ったが、勝負はつかなかった。あの男のような戦士、そう、『王の牙』レベルの戦士であれば、我々を赤子のようにあしらうだろう。この国が乱れているので、我らが好き勝手し放題だが、それを快く思わん人間が現れたのかもしれんな」

「だったら面白い、この俺が相手してやる。俺の『時の呪縛』に逆らえる人間がいるとは思えんがな。兄者、そいつを見つけ出して、首をねじ切る役目は俺にさせてくれ」

「好きにするといい。だが、くれぐれも言っておく、油断はするな」

「分かった」


 カイロスはそう言うと、『謎の戦士』捜索隊を組織するため部下のもとに走り去った。


「……ガイ・フォルクス、まさか貴様が生きているのではあるまいな?」


 クロノスはそうつぶやくと、ゆっくりと目を閉じた。



『ホルン、この敵はヤバいよ! 物凄い奴に手を出しちゃったかもだよ?』


 コドランが戻るなりそう叫ぶ。いつもは柔和で見ている人間を癒すような可愛い顔が、恐怖に青ざめていた。

 ここは、ガラーバードの町から東に5マイル(この世界では約9キロ)離れた小高い丘のてっぺんである。ホルンは、この丘が木々に覆われていて身を隠すのに都合がよかったことと、雨露を凌げる洞穴があったことから、一時的にここに身を寄せていた。それに、ガラーバードの町からあまり離れたくなかったのである。相手の正体が判明次第、ホルンはスケルトンの軍団に勝負を挑むつもりであったのだ。


「どうしたの、コドラン? いつものあなたらしくないじゃない」


 ホルンが図嚢から取り出した堅パンとベーコンを、ナイフで切ってコドランに渡す。コドランはそれを受け取って、もぐもぐと食べていたが、食べ終わったとたんにホルンに言う。


『あいつらは、この国の王様から特別にあの金山を任されているんだ。それに、王国の将軍位ももらってる。あいつらに楯突いたら、王家に楯突いたことになるんだ』

「……なるほど、それであの町の人たちが何もできなかったってわけね。ただ強いだけじゃないと思ったわ」


 ホルンが堅パンを頬張りながら言う。


『それに、あのクロノスたちは、並の強さじゃないよ。25年前にはアクアロイドの軍団2万を、あいつら2千騎で壊滅させているんだ』


 コドランはそう言うと、ぶるっと身震いした。


「アクアロイドは水中種族の中ではピカ一の強さ。陸上での戦いってハンデを考慮しても、それを10分の1の兵力で壊滅させるのは凄いわね」


 ホルンはあくまで人ごとのように呟いている。


『ホルン、人ごとじゃないんだよ? そいつらがホルンを鵜の目鷹の目で探しているんだ。もっと遠くに逃げないと、ホルンだってやられちゃうよ?』

「プサイさんたちは、どうなったかしら?」


 その言葉に、コドランはジリジリしたのか、手足をバタバタさせながら顔を真っ赤にして言う。


『ああもう! 他人のことを心配している立場じゃないよ! プサイさんたちはホルンのことをボロクソに言ったから、クロノスたちからのお咎めはなかったみたいだよ?』

「そう、それはよかったわ」

『だーかーらー! 余裕かましている暇はないんだって! 一刻も早く、一マイルでも遠くに逃げないと、奴らに捕まったら最後だよ』

「しっ! 黙って!」


 ホルンが鋭く言った。自分たちがいる洞窟の外で音がしたのだ。ホルンは素早く薪に灰をかぶせる。コドランはすぐにホルンとともに透明化した。


「いたか?」


 洞穴の外で声がする。どうやら複数人で捜索しているようだ。今は0点半(午後7時)だ。あの町を出てきたのが9点半(午後5時)だったから、たった2時間でここまで捜索範囲を広げているのはさすがと言ったところだった。


「いや、何処にもいないな」

「この方面には来ていないかもな? こちらは湖から遠くなる。もし、相手がフォルクス一族の生き残りなら、水から離れることはないだろうからな」


 ——ははあ、今回の犯人をアクアロイドの一族の復讐って考えているわけね。


 ホルンはそう思った。その時である。


「何者!? ぐはっ!」「ぐげっ!」


 捜索隊の二人の声が響き、続いてカラリと乾いた骨が崩れ落ちる音がした。

 ホルンとコドランは、その音で二人の捜索隊が何者かに倒されたことを知った。しかし、誰がやったのかは想像もつかない。自分たちを探している相手を倒すのであれば味方かもしれないが、そうとは限らない。単にスケルトンたちに意趣を含んでいる者かもしれないからだ。ホルンとコドランは、透明化を解かずにゆっくりと洞穴の入り口まで近づいて外を見た。そこには、崩れ落ちたスケルトンたちを固いブーツの踵で踏みにじっている青年の姿があった。


「ふん、思い知ったか。わが一族の恨みは必ず返すぞ」


 月の光に照らされたその青年は、まごうことなきアクアロイドだった。透き通った青い肌、切れ長で青く無機質な瞳を持つ目、耳の代わりをするひれ、髪の毛は青く揺らめき、手の甲には鱗が見え、そして指の間には水かきが青く透明に広がっている。

 青年は、スケルトンたちの身体が跡形もなく消滅するまで踏みにじると、青い月の光の中に溶けるようにいなくなった。


『今のは、アクアロイドだね』


 コドランが言うと、ホルンはうなずいて言った。


「あなたが調べてきてくれた、スケルトンに壊滅させられた一族の生き残りの一人かもね? 結構腕が立ちそうだったわね」

『あの人と共同戦線が張れれば、何とか希望があるかもよ?』


 コドランの言葉に、ホルンは笑って首を振った。


「アクアロイドはエルフと同じで誇り高いわ。あの戦士も、自らの力だけで種族の仇を討とうとしているわ。おそらく、私が申し込んでも、一緒には戦ってくれないわ。コドラン、戦士はね、自らの力のみを頼りにするものよ」



 一方、スケルトンの砦では、カイロスが苦り切っていた。


「10方向に出した捜索隊が一人も帰って来ぬだと? 我々を倒せるやつがそんなにのさばっているというのか?」


 イライラしているカイロスに、クロノスが静かに語りかけた。


「カイロス、お前はいつもイライラしている。だから『魔力の揺らぎ』に気づかないのだ」


 怒った顔でこちらを見るカイロスに、クロノスは続けて言う。


「大きな『魔力の揺らぎ』が二つ見える。最初はあまり気にもとめなかったが、どちらもここ数日、ガラーバードの町の周辺から動いていない。町の東側と北側だ。おそらく、このどちらか、あるいは両方が、我々に敵対している人物だろう」


 それを聞くと、カイロスは機嫌を直してクロノスに言った。


「おう、さすがは兄者だ。それでは俺が東にいるやつに当たるから、50騎を北にいるやつに当てよう。兄者、今度こそ土産を期待していてくれ」


 そうやって出撃しようとするカイロスに、クロノスは目を上げていった。


「忠告する。東にいるやつを今回早めに仕留めねば、お前は其奴のせいで命を奪われることになる。勝てるとなったら必ず息の根を止めろ。その自信がなければ、今回は関わるな。関わらなければ、其奴とそなたの運命は、ここ数年は交わらぬ」

「分かった、兄者は運命が見えるからな。絶対に仕留めてみせる」


 そう笑って出撃した。



『ホルン、あいつらが動き始めたよ! 50騎くらいのスケルトンがガラーバードの町の北側に向かっている』


 カイロスたちの動きは、すぐにコドランによって察知された。


「北側……そこに昨夜のアクアロイドがいるのかしら?」


 ホルンがそう言うと、コドランは怒ったように


『ホルンったら! これは逃げるチャンスなんだよ? あいつらは町での出来事もあのアクアロイドのせいだって思い込んでいるし、今ならホルンは知らん顔でスルー出来るんだ。プサイって人も言ってただろ? この町のことは忘れてしまえって。相手は国王お墨付きだよ、ならず者でも相手になればホルンが国から追われることになっちゃうよ?』


 肩をそびやかしてそう言う。ホルンは微笑んで言う。


「分かったわ。コドラン、私のことを心配してくれてありがとう」

『じゃ、今から逃げよう? サマルカンド方面に行けば、相手は追ってこないと思うよ』


 ホルンは、コドランが自分を心配してくれるのを見て、いったん引くことを決意した。いったん関わった事件を中途半端にするのは性に合わないが、今回は撤退した方がプサイたちの厚意にも応えることができると思ったのだ。


 ホルンとコドランは、今までいた洞窟の中の生活の痕跡を消し、丘の北側をゆっくりと降り始めた。しかし、幾らも行かないうちに、洞窟から大きな爆発音が響いた。


「おい、出てこい! 俺が近づいているのは分かっていたんだろう?」


 爆発音とともに、そのように叫ぶ猛々しい声が聞こえた。


「奴らだわ」


 ホルンはそう言うと、足元がおぼつかない斜面であるにも関わらず、コドランを連れてダッシュする。『風の翼』を持つホルンにとって、このくらいの斜面は行動の障害にはならない。


「おい、逃げるな。せっかくお目にかかれたんだ、少し遊んでいけ」


 目ざとくホルンを見つけたカイロスは、即座にホルンを追跡する。こちらも足は速かった。


 ——速い、さすがに町の人たちが震え上がるだけあるわね。


 同時に、カイロスも心の中で唸った。


 ——速えな。奴が人間だとしたら、兄者の言うとおりエレメントが覚醒しているな。どのくらい速いか、試してみるか。


 そして、さらに速度を上げる。


「速度を上げて来たわね。競走ってわけね」


 ホルンはそう言うと、7割程度にエレメントの開放度を上げた。速度は時速50マイル(この世界では約90キロ)に達する。しかし、驚いたことにカイロスはそれに食らいついてくる。


「あんなに速く走れるなら、わざわざ騎兵でなくてもいいのにね」


 ホルンはエレメントを通常の戦闘時の開放度、8割に上げる。それで速度は時速80マイル(この世界では約150キロ)に一気に跳ね上がった。


 ——やべぇな。あれだけの加速を出せるのなら、ヤツのエレメントは『風』だ。そんならスタミナ切れはないってことか。このままじゃ逃げられるな……。


 一気に加速して、自分をぐいぐいと引き離していくホルンの後姿を見ながら、カイロスはそう思った。


「……仕方ねぇ」


 そうつぶやいたカイロスの身体が、一瞬光った。その光速で広がったパルスがホルンを捕らえる。


「えっ!?」


 ホルンは面食らった。光のパルスに捕らえられた一瞬、『風の翼』が消えたのだ。正確には、『風の翼から魔力の揺らぎが消えた』。それはほんの一瞬だったが、ホルンの体勢を崩すには十分だったし、その躓きは、カイロスをしてホルンに追いつかせるに十分だった。


「やっと追いついたぜ。おや、そちらさんは女性でしたか。これは失礼しました」


 カイロスはホルンに追いつくと、そう言って笑う。髑髏の笑いは無機質で、不気味なことこの上なかった。


「いきなり追いかけられたら、女じゃなくても逃げるわよ? 何の用かしら?」


 ホルンはゆっくりと相手の指呼の間から外れながら言う。カイロスはいきなり洞窟を爆破した男とは思えないほど丁寧に訊いてきた。


「あんたみたいな素敵な女性が、あんな洞窟に何の用でいたのかをお聞きしたくてね?」


 ホルンは肩をすくめて答える。


「無粋なことを訊くわね? 男と逢引するなら別の場所を選ぶわよ。ガラーバードの町で仕事にあぶれて野宿した挙句、知らない男から追いかけられるなんてついてないわ」

「なるほど、それはついていなかったな? あの町から産出する金を首都まで護送するのは、俺たちの役目だからな」

「それにしても、交易商人なんかの護送の仕事くらい残しておいてほしかったわ」


 ホルンがすねたように言うと、カイロスは不気味な目を光らせて笑って答える。


「それは失礼した。かわいらしい用心棒からそう言った要望があったとわが兄者にも伝えておこう。でないと町の中で暴れられてもかなわないからな?」

「っ!」


 言い終わるや否や繰り出してきたカイロスの鋭い斬撃を、ホルンは『死の槍』で受け止めた。ホルンもすでに『死の槍』の鞘を払っていた。


「見事な腕前だな。人間でそれほどの素早い反応を見せたのはあんたが初めてだ。他の用心棒や剣士はハエが止まるほどトロかった。!」


 ホルンは押し合いの最中、急に槍を引いて跳び下がりながら『死の槍』を真っ向から振り下ろす。それをカイロスは難なく左に避けて突きを繰り出したが、その突きはホルンの槍で払われる。今度はカイロスが指呼の間から外れて、感嘆したように言った。


「なるほど、それだけの腕があれば、俺の部下たちを一人も逃さずに始末できるってわけか。俺の名はカイロス・カリグラ。あんたの武勇に敬意を表して、あんたの名前を聞いておこうか」

「私はホルン・ファランドール、槍遣いです」


 ホルンの名乗りを聞くと、カイロスはうなずいて言った。


「なるほどな、“無双の女槍遣い”だったら納得するぜ。結構あんたの名はこの国でも高くなっている。部下を殺されていなくても手合わせしたいと思っていたぜ」


 そう言うと、カイロスは剣を構えた。右手で握った剣を垂直に立て、そのまま右腕を真横に伸ばす。一種変わった構えだった。しかし、ホルンの目にはカイロスを覆ったどす黒い『魔力の揺らぎ』がさらに分厚く揺らめきだすのが見えた。


“ホルン、ぼくはどうしたらいい?”


 コドランの声が頭に響く。ホルンは無言で答えた。


“どこかにいるあのアクアロイドを、この場に誘導してきて”


 そして、ホルンはその答えを待っていなかった。カイロスの『魔力の揺らぎ』が襲ってきたからだ。


 ズドドン!


 カイロスの『魔力の揺らぎ』は地響きを立てて天空へと噴き上がり、そのまま大きな塊へと分裂しながら降ってくる。ホルンはその魔法をドレイン系の一つと見た。あの塊の一つにかすりでもしたら、おそらく魔力を随分と吸い取られるだろう。


 カイロスは自分の繰り出した『ドレイン流星群』ともいうべき技には頓着せずに、次々と剣を繰り出してくる。一方ホルンは『ドレイン流星群』を避けながら相手の攻撃を受け流さなければならない。圧倒的にホルンに不利だった。


 カイロスが驚いたことには、そんな不利な状況であるにもかかわらず、ホルンの攻撃の鋭さが増してきていることだった。カイロスにも、ホルンを包む緑青色の透き通った光が厚さと輝度を増してくるのが分かった。


 槍と剣、そしてお互いの魔法での火を噴くような攻防が続く、カイロスの剣は幾度かホルンの腕や足をかすったが、ホルンの槍もカイロスの首や胸を幾度かかすめた。


「驚いたよ、ホルン。あんたさすがに世間で言われるだけあるな」


 打ち合いが100合に達し、カイロスはいったん間合いを取って言う。さすがのカイロスも息が少し上がっている。


「どういたしまして。あなたもかなり手ごわいわ」


 ホルンも、途中で邪魔になった緑のマントを脱ぎ捨てていた。カイロスは、ホルンが後ろに佩いている剣を見て思った。


 ——あの剣を抜かれたら勝てないな。少しチートだが、仕方ねえ。

「ホルン、悪いがこれ以上遊んでいる暇はない。次は決めさせてもらう」


 そう言うと、先ほどと同じ構えを取った。


「望むところよ」


 ホルンがそう答えて槍を構えた瞬間、カイロスの身体がぼうっと光り始めた。


 ——なに、これ? 身体が?


 カイロスの光を受けて、ホルンの身体が硬直した。いや、身体を動かしている感覚はあるのだが、身体が動いていないのだ。


 ——これは、どういうこと?


 ホルンが戸惑っていると、カイロスは剣を鞘にしまい、ゆっくりとホルンに歩み寄りながら言った。


「悪いが、俺には時間を止める魔法が使えるんだ。あんたとは徹底的に剣でやり合いたかったが、そうも言っていられなくてな?」


 そう言いつつ、ホルンの顔面を拳で殴りつけた。ホルンは衝撃で槍を手放し、5メートルほど吹っ飛ぶ。


 ——あの光はそう言うことだったのね。最初に足が止まったのも……。

「ぐっ!」


 ホルンは、近づいて来たカイロスから腹部を蹴り上げられてうめく。今度は3メートルほど浮き上がって、地面に叩きつけられた。腹部の革製腹巻が丈夫だったからよかったが、そうでなければ内臓が破裂していただろう。


「……しかし、この『時の呪縛』を俺に使わせたのは、あんたが二人目だ。一人目の奴も敬意を表して切り傷はつけずに楽にしてやった。俺だってそれくらいのことはするぜ」

 ——それは人が苦しむのを見て楽しんでるだけじゃないの?


 ホルンはそう思ったが、言葉にはできなかった。ただ、うめく声だけが出せたのが不思議だった。


 ——動こうとは思える。体に力も入っている。でもなぜ動かないの!?

「ぐはっ!」


 今度は地面に転がったまま、固く重いブーツで頭を踏みつけにされる。それでもホルンは動けなかった。


「そんな胸当てや腹巻をしていたら、苦しむ時間が長くなるだけだぜ?」


 カイロスはそう言いながら、ホルンの頭を踏みつけたまま剣を抜き、胸当てと腹巻の結束帯を切り裂いて、ホルンの腹を思いっきり蹴飛ばした。


「がはあっ!」


 ホルンは5メートルほど吹っ飛ばされた。胸当てと腹巻は空中で外れて、地面に叩きつけられて動けないホルンの側に転がった。


「さて、これからがお楽しみの時間だよ。あんたみたいないい女に何もせずに始末するのはもったいない気がするけれどな?」


 カイロスはゆっくりと歩いてきて、地面にうつぶせになっているホルンの髪を掴むと、頭を引っ張り上げて耳元でそう言いつつ、ホルンの尻をなでた。ホルンはあまりの屈辱に体が熱くなり、なんとも言えない気持ちの悪さ——いわゆる虫唾が走った。


「おや、虫唾が走っているな? ふん、そうやって俺たちを気味悪がっているといい」


 ホルンの身体がブルっと震えたのを見て、カイロスは明らかに気分を害した。そして髪の毛を離す。ホルンの顔は地面に叩きつけられた。鼻血が噴き出る。


「げえっ!……ぐふっ!」


 ホルンは脾腹を蹴り上げられ、苦しそうにうめきながら地面に叩きつけられた。その口からは血が噴き出す。今度はまともにダメージを受けたのだから、いかに鍛えているといっても防御がある時とは比べ物にならなかった。


「それっ!……それっ!……どうだっ!……気味悪がれっ!……それっ!……どうだっ!」


 カイロスは無茶苦茶にホルンを蹴り上げ、踏みつけ、そしてまた蹴り飛ばした。そのたびに血を噴きながらホルンは呻いていたが、やがてホルンの声はしなくなり、地面に叩きつけられてもぼろクズのように伸びているだけとなった。


「……もうくたばったか? 手間かけやがって」


 カイロスはそう言うと、ホルンを靴で蹴飛ばして仰向けにした。その肩がまだ動いており、息をしていることを確認したカイロスは、ホルンの腹を踏みつけ、剣を抜いて構えた。


「さて、ホルン・ファランドールよ、いよいよ楽にしてやるぞ」


 カイロスがホルンの心臓に剣を突き立てようとした時である。


『よくもホルンを~ッ!』

「おおっ!?」


 カイロスは、いきなり放たれたファイアブレスに対応しきれず、まともにそれを受けて吹っ飛ばされる。地面に叩きつけられたカイロスが跳ね起きざまに見たものは、横たわっているホルンを守るように飛び回るコドランだった。


「くっ!」


 カイロスは、コドランに向けて『時の呪縛』を放ったが、コドランはそれに構わずファイアブレスを放ってくる。


「くそっ、この魔法はドラゴンにも効くはずなのに、なぜあいつには効かない?」


 それとともに、ホルンは気が付いた。


「……あれ? 身体が動く?」

『あっ、ホルン! 気が付いた? ぼくが守っているから、早く逃げよう』


 コドランが油断なくカイロスをけん制しながら言う。ホルンは口から血のあぶくを吐きながらも、あちこち痛む身体を引きずって、『死の槍』を掴むと、それにすがって何とか立ち上がる。


「まだ生きていたか、さすがだな。だが、お前を逃がすわけにはいかん」


 カイロスの身体がまたぼうっと光る。それを浴びたホルンは、また体を動かせなくなった。その時である。


「隙があるぜ、カイロスさんよ!」


 そう叫んで何者かがカイロスにとびかかるのと、


「ぐおおーっ!」


 というカイロスの苦しげな悲鳴が上がるのが同時だった。


「久しぶりだな、カイロスさんよ? もっとも、テメェはオレを覚えちゃいないだろうがな。なんせ25年も前の話で、俺もまだ三つのガキだったからな」


 それは、スケルトン2匹をあっという間に始末したあのアクアロイドだった。彼はもぎ取ったカイロスの左腕を振り回しながら続ける。


「けれどな、オレの目の前で膾にされた父上の恨みは、忘れちゃいねぇぜ?」


 そう言うと、彼の右手に握られていたカイロスの左腕が、青い水のようなものに包まれ、あっという間に溶けてなくなった。


「くそっ! 貴様はガイ・フォルクスだな?」


 カイロスはその男に『時の呪縛』を放ったが、その男は光を受けても動じずに笑って言った。


「そうさ、覚えていてくれて光栄だぜ、カイロスさんよ。それじゃ、オレも技を出すぜ?」


 驚いたことにガイは二人になった。動けなくなった身体をまるで抜け殻を脱ぐように脱ぎ捨てると、


「そりゃあ!」


 ガイは拳でカイロスを吹き飛ばした。そのカイロスが地面に叩きつけられる前に、ガイはカイロスに追いついて、ずいっと顔を寄せて言った。


「よう、お前は時を止められるんだって? 奇遇だなぁ、オレもそうさ」


 そして、カイロスの襟首をつかんでいるガイの手首のひれから、一本の管が伸びてカイロスの首に突き刺さった。


「ま、オレの場合は、神経毒なんだけれどな?」


 そう言って掴んでいた手を離す。カイロスは身体中が痺れたのか、力なく崩れ落ちた。


「アンタはあのお嬢さんをえらくいたぶっていたな? まあ、アンタたちらしいけどな。オレはアンタたちとは違う。いただけるものはいただいた後に楽しむタチだ」


 崩れ落ちたカイロスを感情の揺らぎのない冷たい瞳で見ていたガイは、そう言うとためらいなくカイロスの首を手刀で斬り落とした。


「そこのドラゴン、お嬢さんをどこかに連れてって手当してあげな」

『え、あ、ありがとうございます』


 コドランが言うと、ホルンも『死の槍』にすがって立ち上がりながら、苦しい息で言う。


「助けていただき、感謝します。私はホルン・ファランドール。あなたの名前を聞かせてください」


 するとガイは、ホルンの何かに気付いたのか、急に顔つきも女性らしくなり、言葉遣いも丁重になった。


「はい、私は25年前にクロノスたちから滅ぼされた一族の末裔で、ガイ・フォルクスと申します。ホルン殿がこいつを相手していただいたおかげで、仇の片割れを討つことができました。まずは、私の隠れ家へご案内いたします」


 その言葉を聞きながら、ホルンは気が遠くなった。

   (7 髑髏の哄笑 完)

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

今回は初めて1エピソードを2部に分けました。というのも、戦闘描写を少し丁寧にしてみたかったこともありますし、相手も2人一組ですのでいっぺんにストーリーが進められないところもありましたので。

まだ、ホルンとザールの軌跡は交差しませんが、この回と次回がホルンにとって一つの転換になります。

次回もお楽しみに。

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