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青き炎のヴァリアント  作者: シベリウスP
53/70

52 激突の白竜

戦いに入ったザールと偽王ザッハーク。ザッハークは自らを分離し、破壊竜アンティマトルをバビロンに差し向けた。ザールとその仲間たちはどう戦うのか?

その頃『女神の騎士団』は誘拐されたオリザの奪還に動いていた。

さらに加熱する『女神アルベド篇』、ゆっくりとご堪能ください。

【主な登場人物】


 ♡ホルン・ファランドール…『死の槍』と『アルベドの剣』を持ち、辺境で名を上げた女槍遣い。前国王の娘で王国の現状に改革を志す。翠の瞳と銀の髪を持つ。26歳。


 ♧コドラン…シュバルツドラゴンのこどもで、生き別れになった母を探すためにホルンとともに旅をしていた。小さいが気が利く、ホルンの良き仲間である。15歳程度。


 ♤ザール・ジュエル…“東方の藩屏”トルクスタン侯国の世子で『白髪のザール』の異名を持つ。ホルンとともに王国の改革を志す。白髪に緋色の瞳を持つ。23歳。


 ♡リディア・カルディナーレ…ザールの幼馴染でジーク・オーガの王女。接近戦では無双の強さを誇る。額に角を持ち、茶色の髪に茶色の瞳をしている。21歳。


 ♤ジュチ・ボルジギン…ザールの幼馴染で『この世で最も高貴な一族』であるハイエルフの首領の息子。頭脳明晰で魔力に長けるがチャラい。金髪碧眼の美青年。23歳。


 ♡ロザリア・ロンバルディア…ザールに一目ぼれして仲間に加わった魔族の女性。冷静冷血で魔術に長けている。黒髪と黒曜石のような瞳を持つ。21歳。


 ♧ガイ・フォルクス…26年前にスケルトン軍団から国を滅ぼされたアクアロイドの王族。頭脳明晰で冷酷非情だが仇討に協力したホルンに恩義を感じている。29歳。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 ザールは短く答えた。


「僕はホルンを助け、みんなを救う」


 それを聞いて、ザッハークは、黄金の兜で顔を覆いながら言った。


「よく分かった小僧。それではお互い、力を尽くして自分の正義に殉じようではないか」


 ザッハークはそう言うと、一瞬でザールとの距離を詰め、ハルバートで横殴りの一閃を放つ。


 チィィン!


 けれど、ザールは微動だにせず『アルベドの剣』でハルバートを受け止めて、その緋色の瞳を持つ右目を見開いて叫んだ。


「『魔竜の業火(フローレムヴァルカン)』!」

 ズドドン!

「ぐわっ!」


 ザッハークは、超高温の衝撃波をまともに受けて、鎧のあちこちから煙を噴きながら吹き飛ばされる。ザールはそれを追って跳躍し、


「『魔爪の剔抉(フローレムソード)』」

 ザシュッ!

「ぐふっ!」


 ザールの長く伸びた『魔竜の爪』は、ザッハークの鎧をぶち抜き、背中にまで飛び出した。ザッハークは黄金の兜が脱げ、その唇から血が滴っている。


「ぐぐぐ……ザール・ジュエル、この程度で余を倒せるなどと勘違いするな?」


 ザッハークはそう言うと、『魔力の揺らぎ』を一気に噴出させた。


 ズバン!

「おっ!」


 ザールは『アルベドの剣』を持ったまま、ザッハークから20ヤードほど離れる。ザッハークの胸の傷は、みるみるうちに塞がった。


「よいか小僧、余はプロトバハムートを倒し、女神アルベド様と共に新世界の創造主となる運命なのだ。そなたがどう足掻いても勝てぬ。そのことを思い知らせてやる」


 そう言うと、ザッハークは背中の翼を大きく広げて、


「『魔竜の火炎(ドラコフレイム)』!」


 そう、灼熱の炎を全方位に噴出させた。


「ぐっ!……『魔竜の業火(フローレムヴァルカン)』!」


 ザールはその魔力に押され気味になりながらも、自らも『魔力の揺らぎ』を叩きつけて対抗する。


 グワンッ!


 二人の『魔力の揺らぎ』は、ぶつかり合った境界線上で巨大な火の玉を生み、それは地面に落ちて炸裂する。


「いかん、このままここで戦えば、バビロンや周辺に暮らしているみんなにも被害が及ぶぞ」


 ザールはそうつぶやくと、とっさの決心でザッハークにつかみかかった。


「やっ!」

「おうっ! 何をする気だ小僧」


 ザッハークはザールを振り払おうとしたが、ザールはその瞬間、


「二人きりで心置きなく戦おうじゃないか」


 そう笑って言うと、『転移魔法陣』を発動させた。



「くっ! 遅かったか……」


 ザールたちがどこかに移動した直後、近くの丘の上にジュチたちが姿を現した。ガイはザッハークの姿がないことに唇をかむ。


「ふむ、かなりの魔力だね。ザールのことだ、ここで戦ったら周囲に被害が及ぶことを心配したんだろう」


 ジュチがそう言うと、リディアが遠くを眺めて言う。


「女神アルベドと女王様はあそこにいる。あちらの勝負も結構凄まじそうだね」

「じゃが、私たちは私たちで何とかせねばならぬ……」


 決意の眉を寄せてロザリアが言う。

 ジュチはそんな三人を眺めながら、静かに言った。


「……神とドラゴンの戦いだ。ボクたちで何とかできるとは思わないが、それでもザールや女王様の力になることはできる。誰がどちらに加勢する?」

「アタシはザールに手を貸すよ」

「私も、ザッハークには遺恨がある」


 リディアとガイが言う。ジュチはロザリアを見た。ロザリアはまだ青白い顔をしていたが、気丈にも、


「私はお師匠様が気にかけておられた、女神ホルン様の降臨を見届ける役割があると思っておる。女王様のもとに行こう」


 そう言う。ジュチは微笑して答えた。


「分かった。ではボクも女神様にお目通りしよう」


 その時、ジュチの額に翠色の光を放って『信仰の契印(フィデス・スティグマ)』が現れた。そしてリディアの額にも、紅蓮の光を放つ『希望の刻印(スぺス・スティグマ)』が出現していた。


「どうやら、ボクたちの出番もあるらしいね。みんな、無理しないようにいこう」


 そう言うとジュチは『転移魔法陣』を発動する。四人の姿は翠色の光に包まれていずこかへ消えた。


   ★ ★ ★ ★ ★


「みんな、『魔力の揺らぎ』で気配を消して!」


 『神聖生誕教団騎士団』のシャロンが、低い声で鋭く命令する。後に続いていた騎士たちはすぐさま魔力を発動して姿を消す。

 シャロンたちは、ゾフィーからの『オリザは北の山』という情報を受け取り、ひそかに部隊を北の山へと発向させた。


「……私の力不足でオリザ様を女神アルベドに連れ去られてしまった。オリザ様を取り返し、ザール様のもとに無傷で連れ帰ることこそ、今私にできる精一杯のことだ」


 シャロンはそうつぶやきながら、自分たちの存在が敵に知られていないかを確認するように目を細めて前を見つめる。


「団長、この先には敵はいません。女神アルベドの魔力もここまでは届いていません」


 先鋒として偵察任務も兼ねていた副団長のジョゼフィーヌが、急いで戻ってきて報告する。シャロンはうなずいて言った。


「よし、さらに先に進むわよ。もう少ししたらオリザ様の姿を見つけられるかもしれないから、その時は遅滞なく報告して」

「分かりました」


 ジョゼフィーヌがそう答えて先鋒部隊に戻ろうとした時、


 ズガーン!

「くっ!」

「きゃっ!」


 すぐ近くに高温の火の玉が落ち、それが爆発してシャロンたちの部隊にも襲い掛かって来た。物凄いエネルギーを持っていたらしく、足元もぐらぐらと揺れていた。


「……何でしょう、今のは?」


 ジョゼフィーヌが恐る恐るシャロンに聞く。シャロンは空を見上げて言った。


「ザール様たちだわ」


 ジョゼフィーヌが空を見ると、ちょうどザールがザッハークに掴みかかって行くところだった。しばらくもみ合っていた二人だが、白い光が輝いたかと思うと、次の瞬間、ザールたちの姿は消えていた。


「消えちゃいました!」


 ジョゼフィーヌがびっくりしたように叫ぶ。シャロンは笑って言った。


「びっくりすることはないわ。ザール様はきっとこの場で争って周囲に被害が広がることを懸念されたのよ。どこかの空間に転移されたに違いないわ」


 そして、ジョゼフィーヌの目をしっかりと見つめて、


「だから、後は女神アルベドだけを注意していればいい。急いでオリザ様を探すのよ!」


 そう言うと、キッと前方に広がっている丘を睨み据えた。


   ★ ★ ★ ★ ★


「ゾフィー殿! しっかりしてください!」


 ホルンは、女神アルベドから斬られて自分の腕の中にいるゾフィーの小さな身体を抱きしめて、耳元でそう叫んだ。ゾフィーはうっすらと目を開けて、微笑とともに言う。


「何も悲しまんでよい。むしろ私はこの時を待っておった……女神ホルンの『知識の時』は、私を受け止めた時にそなたのものになる」


 そう言い終えると、ゾフィーの身体は金色に輝き始めた。身体に斜めに走った傷からは金粉のような光のチリが舞い上がり、それはホルンの全身を包み込んだ。

 そして、ゾフィーの姿が消え、ホルンの周囲には金色の粉がキラキラと光を反射しながらたゆたう。その中で、ホルンは優しく懐かしい声を聞いた。


“ホルン、目覚める前にあなたが知らねばならないことがあります。それは女神たちの確執であり、この運命の輪を転がし始めた理由です。アンティマトルはノイエスバハムートに任せていて何も心配ありません。それよりあなたは、運命のつながりを知り、運命の輪を斬り裂き、さまざまな人たちを解放せねばなりません。心の準備はいいですか?”


 ホルンは、光り輝く空間の中で、その声に答える。


「分かりました。わが運命の行く末はいかなるものか、それを知らずしてこの後の戦いは出来ないということなのですね?」


 ホルンは、決意を眉宇に表わしてうなずいた。



 遠い昔、女神アルベドはいつの間にか、世界の主宰者として君臨することを夢見始めていた。

 “ともに力を合わせ、プロトバハムートを倒して世界の摂理を手に入れよう”というアルベドの誘いを拒絶した英雄ザールは、女神ホルンとともに女神アルベドと戦うことになった。それもまた、運命だったかも知れない。

 その戦いの中で、女神ホルンは英雄ザールに言った。


「ザール、あなたには止めを刺してもらわなければいけません。それまで、魔力と体力を温存して、私たちの戦いに加わってはいけません。いいですね?」


 そしてホルンはザールを『魔竜の護り(ドラゴンシールド)』の中に入れた。


「さあ、アルベド、プロトバハムート様のもとに戻りなさい!」


 女神ホルンは緑青色の『魔力の揺らぎ』を燃え立たせて言った。


「面白い、やってごらんなさい、ホルン」


 女神アルベドは、額に禍々しいどす黒い文様を浮かび上がらせて言った。それを見てホルンは眉をひそめて、


「……『破壊の誓約(デストルクティオ)』……アンティマトルの烙印がアルベドの額に……」


 そうつぶやくと、厳しい顔でアルベドを見て言った。


「あなたがそのつもりなら、私は何としてでもあなたを封印して見せる」


 『破壊の誓約(デストルクティオ)』、それは破壊竜アンティマトルが持つ魔力を象徴したもので、すべての『物質』生成の根幹をなす力でもある。


 女神ホルンは、その力に対抗するため、自らに与えられた『根源への回帰(レスレクティオ)』を開放した。その額に透き通った青い刻印が浮かぶ。

 それを見て、女神アルベドはその美しい顔に氷のような笑みを浮かべながら、『アルベドの剣』を抜き放った。


「ホルン、あなたの力が私に通用するか、見せてもらうわね?」


 そう言うと、女神アルベドは女神ホルンに斬りかかった。


「やっ!」

「はっ!」

 バンッ!


 女神ホルンは、両手に集めた『魔力の揺らぎ』で、女神アルベドの鋭い斬撃を叩き払いながら、


「アルベド、あなたは私と同じ意識から生まれたのに、なぜプロトバハムート様に叛逆しようとするのですか?」


 そう訊く。アルベドは『アルベドの剣』を揮いながら、


「私は、この世界の仕組みが気に入らないのよ。この世界には、この世界に相応しい生き物が君臨すべきなのよ」


 そう言うと、『アルベドの剣』を捧げ持ちながら女神ホルンからサッと距離を取り、


「ねぇ、ホルン。この『アルベドの剣』を見て? あなたの『クリスタの剣』と同じ生まれなのに、この剣は幾度もの戦いを潜り抜け、幾人もの敵を斬り、そしてこれほどの武器になったのよ? あなたの『クリスタの剣』はどう?」


 そう笑って言う。女神ホルンは翠色した瞳を持つ目を細めて答えた。


「剣は人を斬るためではなく、我が身を守るためにあります。女神アルベドともあろうお方が剣の斬れ味を自慢するとは、私は悲しい気持ちになります」


 それを聞いて、アルベドはムッとしたように言う。


「力が全てよ! 力がなければ、自分の思いを何一つ実現することはできないわ。だから私は見えない『愛』やら胡散臭い『優しさ』なんてものは信じないのよ。ザールだって同じよ、あれだけの強さを持ちながら、地上だけの支配で満足するなんて、とても英雄じゃないわ」

「ザール様の悪口はおよしなさい! それ英雄とは時流に遅れず、行ってひるまず、億兆の人民を指揮する気概を持った者。その気概とは単に人々を畏怖させるだけでなく、人々の崇敬を集める思想と行動です。ザール様はそれをお持ちです、あなたの言う蛮勇とは次元が違います!」


 アルベドはホルンの言葉を、苦虫を噛み潰したような顔で聞いていたが、『アルベドの剣』を構えながら吐き捨てた。その緋色の目が憎悪に染まっていた。


「……ホルン、やっぱりあなたと私は理解わかり合えないわね。あなたのその正義の味方面、私が二度とできないようにしてあげるわ」


 その言葉が終わらないうちに、アルベドはホルンに斬りかかってきた。ホルンは何を考えているのか、悲しそうな顔でアルベドを見つめながら、ザールの周りを守っていた『魔竜の護り(ドラゴンシールド)』を解いた。


「女神ホルン様、危ない!」


 ザールが叫ぶ。しかしホルンは笑ってザールに言った。


「あなたと、『クリスタの剣』の出番です」

 ズシャッ!

「うっ!」

「女神ホルン!」


 ホルンの身体を、『アルベドの剣』が存分に斬り裂いた。


「あっ!」


 その時、ホルンの『根源への回帰(レスレクティオ)』の刻印が温かい光を放ち、アルベドを包み込む。


「何、何するつもり? 離しなさい!」


 ホルンは、しっかりとアルベドを抱え込みながら、ザールに命令した。


「ザール、『世に光明をもたらす糸杉』よ、私とともにアルベドを刺し、封印しなさい」

「女神ホルン様!」


 ザールは悲痛な叫びを上げたが、憎悪をむき出してホルンの呪縛から抜け出そうとしているアルベドを見、微笑んでうなずくホルンを見て、


「やあああーっ!」


 ザールは、女神アルベドの背中に、『クリスタの剣』を叩き込んだ。


「ぐえええええーっ!」


 女神アルベドは、恐ろしい叫び声を上げると、ザールを血走った目でにらみ、


「忘れぬぞ、私は忘れぬぞ、この仕打ちを! ホルン、ザール!」


 そう女神とは思えぬしわがれた声で言うと、


「やっ!」

「ぐっ!」

 ブシュッ!


 女神アルベドはホルンを頭から真っ二つにすると、力尽きたように『クリスタの剣』が刺さったまま地面へと落ちた。


 二つになったホルンの身体は、一つは光に包まれて東へと飛び去り、もう一つはその場で光のチリになって拡散した。



“その光のチリとなって虚空に拡散したのが、私じゃ”


 ゾフィーの声がホルンに語りかける。


“私は女神ホルンの『智慧の力』、そなたに『智慧の時』を授けるために、今まで長い間生きてきた”


 ホルンは、目を閉じたまま、ゆっくりと『糸杉の剣』を握り直す。


“さあ、ホルンよ、女神の翼を広げるが良い”


 ホルンは、光の中でゆっくりと目を開ける。そして背中の翼をゆっくりと広げた。それまでの右翼だけの『片翼の黒竜』は、いまや美しい羽毛に包まれたフェザードラゴンの両翼を、虚空いっぱいに広げていた。


   ★ ★ ★ ★ ★


「シャロン様、あそこに赤い光を放つ物体が見えます!」


 ジョゼフィーヌが知らせてきた。シャロンは急いでジョゼフィーヌの部隊に追いつくと、その『赤い光を放つ物体』を見てみる。

 確かに、山の中腹に、薄く光を放つものが見える。かなりの『魔力の揺らぎ』を感じるので、十中八九、探していたものに違いない。


「油断せずに近づくわよ。近くに罠があるかもしれないから、何を見つけても急がず、慌てず、常に周りを警戒するのよ。着実にあの物体の傍まで行ってみましょう」


 シャロンはそう言うと、『魔力の揺らぎ』で身を覆って、ゆっくりと赤い物体に近寄り始めた。


 やがて、100ヤードほどまで近づくと、それは球形の魔力で編まれたカプセルのようなものであり、中には女の子が入っているのが見えた。その女の子は金髪で、眠っているように見える。


「あれは、オリザ様!」


 シャロンはそう言うと、素早く辺りを見回す。別に何も罠は仕掛けられてはいないようだ。

 しかしシャロンは、なにか違和感を覚えて足を踏み出せないでいた。


「シャロン様、早くオリザ様を救い出しましょう!」


 フランソワーズがそう言いながら、オリザを捉えている光球へと歩き出した。


「待って、フランソワーズ!」


 シャロンがそう叫んだときは遅かった。


「えっ? あっ!」

 ズドゥム!

「フランソワーズ!」


 フランソワーズは、足元で起きた大爆発に巻き込まれ、十数メートルもふっ飛ばされてしまう。


「シャロン様、敵です!」


 その爆発に誘われるように、何千ものゴブリンが武器を持って集まってきた。


「くっ! ジョゼフィーヌ、迎え撃つわよ!」


 シャロンはジョゼフィーヌとともに、ゴブリンとの戦いを開始した。シャロンがざっと数えてみると、相手は約5千もの兵力がある。こちらは2千だ、乱戦になってはまずい。

 シャロンは情勢を判断して、まずは防御態勢を指示した。


「全軍、円陣を取れ!」


 シャロンは、オリザのいる光球への接近を後回しにし、とにかく騎士団の混乱を鎮めて損害を少なくするような命令を出したのだ。あの光球には特殊な魔法がかかっている、ゴブリンたちはあの光球を移動させたりはできない……シャロンは、ゴブリンたちが自分たちへの攻撃行動だけを取り、光球に手を出さないのを見て、そう判断したのだ。


「ジョゼフィーヌ、そっちはどう?」


 シャロンが、陣内に躍り込もうとしていたゴブリンを斬って捨てながら言う。


「大丈夫です、団長! みんな、あの集団をやっつけるわよ、突撃っ!」


 ジョゼフィーヌも、指揮下の騎士とともに、固まっていたゴブリンたちに突撃をかけて叫ぶ。


「邪魔をしないで!」


 不意を打たれたとはいえ、流石に『神聖生誕教団』が誇る騎士団だった。最初の混乱をシャロンとジョゼフィーヌがうまく切り抜けると、二人は息を合わせてゴブリンを圧倒しだした。


 けれど、2倍を超える敵である。中には自らの部隊の損害を顧みず、がむしゃらに突っ込んでくるものもいた。


「ウオオオオーッ!」


 そんな向こう見ずなゴブリンたち500匹ほどが、シャロンの間近まで突進してくる。


「団長!」


 ジョゼフィーヌが叫ぶ。シャロンの周囲には100人ほどしかいない。自分の部隊も今は目の前の敵で精一杯で、とてもシャロンの援護には回せない。


「来い!」


 シャロンも決死の覚悟で剣を構えた。けれど、ゴブリンの横合いから、一人の騎士が突っ込んだ。


「あなたたちなんかに、団長には指一本触れさせないわ!」

「フランソワーズ!」


 突っ込んでいったのはフランソワーズだった。フランソワーズは、先の爆発で致命傷を負っていたが、最後の力を振り絞って立ち上がり、剣を回してゴブリンたちに戦いを挑んだのだ。


 フランソワーズは、頭に重傷を負い、身体は爆風の影響で血まみれだったが、剣を振り回し、群がるゴブリンをなで斬りにし、突きまくり、獅子奮迅の働きをしていた。

 ゴブリンたちは、フランソワーズの身を捨てた攻撃に突進を止められたが、


「グウアアッ!」


 何匹かのゴブリンがフランソワーズに斬撃を浴びせかけた。


「うぐっ!」


 それで動きが止まったフランソワーズの身体に、ゴブリンたちは次々と剣を突き立てていく。


 ブシュ、ズバッ、ドシュッ!

「がっ! ぐっ! うっ!」


 フランソワーズは剣に身体をえぐられるたびに、うめき声を上げていたが、


「こんのやろ〜っ!」


 彼女は畢生の『魔力の揺らぎ』を放って、そこかしこにいるゴブリンたちの動きを止めた。


「団長、早くこいつらに止めを!」


 フランソワーズが口から血を吐きながら叫ぶ。もはや彼女の生命はそう長くは持たない。フランソワーズ自身もそう悟っているだろう。ならば、彼女の奮戦を無駄にしないよう、ゴブリンたちにとどめを刺そう……シャロンはフランソワーズの顔を見て、悲痛な表情でうなずいた。


「フランソワーズ、あなたの奮戦は忘れないわ。やあーっ!」


 シャロンは、ありったけの『魔力の揺らぎ』を乗せて、剣を真一文字に振り抜いた。


 ぶううん!

 ズバババッ!

「ゴオオッ!」


 シャロンの斬撃波は、フランソワーズもろとも、数百体のゴブリンを叩き斬った。


「ガアッ!」


 シャロンに斬られたモノの中に、ゴブリンの隊長がいたのだろう、ゴブリンの兵たちは慌てて逃げ散り始めた。


「ジョゼフィーヌ、追撃して!」


 シャロンの命令に、ジョゼフィーヌは自ら率いる1千の部隊に号令をかけた。


「第2大隊は追撃、我に続け!」


 ジョゼフィーヌの大隊は、フランソワーズが壮烈な戦いを繰り広げていたことを目の当たりにしており、全員が血走った目でゴブリンたちを追い回した。


「フランソワーズの仇ッ!」

「思い知りなさい!」


 騎士たちは叫び声を上げながらゴブリンたちを追い払っていく。


「今よっ!」


 シャロンはそう言うと、光球の近くまでダッシュする。そして光の球を覗き込むと、思っていたとおり中にはオリザが立っていた。目を閉じているが、ゆっくりと肩は上下しているので、眠っているらしい。


「……さて、どうやってオリザ様を助け出すかだわね」


 シャロンは眉を寄せてそうつぶやいた。


   ★ ★ ★ ★ ★


「いかん、このままここで戦えば、バビロンや周辺に暮らしているみんなにも被害が及ぶぞ」


 ザールはそうつぶやくと、とっさの決心でザッハークにつかみかかった。


「やっ!」

「おうっ! 何をする気だ小僧」


 ザッハークはザールを振り払おうとしたが、ザールはその瞬間、


「二人きりで心置きなく戦おうじゃないか」


 そう笑って言うと、『転移魔法陣』を発動させた。


「ぐうおおおお!」


 二人の周りで時空が歪み、物凄い圧力で耳の奥がキーンと鳴る。やがて二人は、『蒼の海』の真上へと姿を現した。


「さて、ここならお互いどれだけ魔力を開放しても、誰にも迷惑が掛からない。いくぞ、ザッハーク」


 ザールが『アルベドの剣』を構えて言う。

 しかし、ザッハークは何やら含み笑いをして黙っている。


「……何がおかしい?」


 ザールが訊くと、ザッハークはハルバートを構え直しながら答えた。


「ふっふっふっ、まだそなたは甘いなと思ってな」

「……僕たちの戦いに無関係な人たちに被害を及ばないように配慮することは当然のことだと思うが?」


 ザールの言葉に、ザッハークはさらに笑いを大きくして言う。


「これは戦いだ、全力を尽くすのは当然のこと。その戦いで周囲に被害が及ぶのは致し方ないこと。そなたはその優しさで身を滅ぼすだろう」


 そう言うと、いきなりハルバートで斬りかかって来た。


「むっ!」

 キーン!


 ザールはその斬撃を軽く受け止めると、目の前で笑っているザッハークに、


「……たとえそうであろうと、僕は貴様には負けない」


 そう言って『魔力の揺らぎ』を開放する。


 ヴォンッ!

「おおっ!」

 ブシュッ!


 ザールは、『魔力の揺らぎ』を開放しながら、『アルベドの剣』を横殴りに斬り払った。ザールの魔力に押されて少し後退したザッハークの腹部を、『アルベドの剣』がざっくりと斬り割った。

 思わずハルバートを取り落としたザッハークに、ザールはものも言わず斬りかかる。


「がっ……くおっ!」


 ザッハークは辛くもザールの二の太刀を外し、上へと跳んだ。ハルバートははるか下の『蒼の海』に落ちて、水しぶきを上げた。


「だっ!」

「おうっ!」

 ガキン!


 ザールもザッハークを追って上へと跳び、下から摺り上げるように左脇腹を狙ったが、その剣はザッハークの大剣に遮られた。


「むっ!」

「ぐっ」

 キキンッ!


 ザールはそのまま剣を押し、二人の剣はかみ合って鋭い刃鳴りを上げる。

 ザッハークは、瘴気を噴き出しながら傷口を治しつつ、


「余は、無敵じゃ!」


 そう叫んでザールに瘴気を叩きつける。


「がっ!」


 ザールは瘴気をまともに食らって、『アルベドの剣』を振り払いながらザッハークから間合いを取る。


――くっ、肺が熱いし皮膚が痛い。ヤツの瘴気はかなり毒性が高いな……。


 ザールは咳き込みながらそう思った。


「覚悟ッ!」

「だっ!」

 ガイン!


 咳き込む隙を狙って斬りかかって来たザッハークの大剣を、ザールの『アルベドの剣』が弾く、そして、


「やっ!」

「ぐおっ!」

 ザシュッ!


 ザールの斬撃は、ザッハークの左肩から右脇腹にかけてを存分に斬り裂いた。


「がああああっ! おのれええっ!」

「むっ⁉」


 苦しさと痛さに、大剣を滅茶苦茶に振り回すザッハークから、ザールは再び間合いを開けて、


「これでどうだっ! 『魔竜の業火』!」

 ゴウウッ!

「ぐあああっ!」


 ザールの灼熱の『魔力の揺らぎ』が、ザッハークを捉えた。


「ぐ……余は、余はこのくらいでは負けはせぬ!」

 ドウンッ!


 ザッハークは、『魔竜の業火』の中でどす黒い『魔力の揺らぎ』を噴き出し、『魔竜の業火』を吹き飛ばした。

 そして、


「余は、余は世界の主であるぞーっ!」


 そう叫んで、ザールに斬りかかって行った。



「さすがに、神話に伝わる戦いだけあるな」


 『蒼の海』の畔に姿を現したガイが、はるか上空で戦っているザールとザッハークを仰ぎ見てつぶやく。二人の姿は豆粒ほどにしか見えないのに、そこから放たれる『魔力の揺らぎ』は辺りの空気を揺るがし、温度を上げ、そして水面や地面を揺らしていた。


「確かに……あれでまだ二人ともドラゴンじゃないんだよね?」


 リディアが隣で真剣な顔をして言う。ドラゴンとしての力を開放しきっていない状況で戦って、これほどの魔力の噴出である。二人とも神話にある巨大なドラゴンへと変化すれば、どれほどの被害が出るかは想像すらできない。


「……ここに戦いの場所を移したのは正解だったね。さすがはザールだよ」


 リディアが感心したように言うと、ガイは海の色をした瞳をリディアに当てて首を横に振った。


「感心しているのもいいがな、どうやってあの戦いに加わる? あれで二人ともドラゴンになられたら、私たちの出番はないに等しいぞ?」


 リディアは少し考えていたが、額の『希望の刻印(スぺス・スティグマ)』が光を失っていないのを感じて言う。


「大丈夫だよ、きっと。アタシたちがザールを助けなければいけない時は来るし、その時アタシたちはちゃんと戦いに参加できるから。それまで見守っていようよ?」


 そしてリディアは『レーエン』を肩に担いで、ザールたちの戦いへと視線を戻した。


   ★ ★ ★ ★ ★


――余は、いつだって父上の言葉に従い、兄上のために努力してきた。そしてこの国のために力を尽くしてきたつもりだ……なのに、運命はあまりにも余に厳しすぎたのではないか?


 大剣を揮うザッハークの心に、長年にわたって秘めに秘めて来た思いがふつふつと湧き上がって来た。


 ザッハーク・ジュエル。王国暦1527年に時の国王シャー・エラム3世の第二子としてこの世に生を受けた彼は、母親が王妃ではなかったため、次の年にサームが生まれると王位継承権はサームの次とされた。

 エラム3世は、歴代の国王の中でも開明的な王であり、王太子のローム、ザッハークそしてサームらを不当に差別することはなかった。皆に当代一級の教師をつけ、文武兼ね備えた戦士となるように鍛えさせ、その能力に応じて期待もしていたのだ。


 『ジャー・エラム3世一代の失策』と言われた『ロームとザッハークの名を持つ王子たちの確執』についても、ザッハークの王位継承権が低いこともあり、心配はしていなかったものと思われる。現にザッハークは三人の王子の中では最も武断的ではあったが、物事の道理をよく理解しており、性格的に激しいところは見受けられたものの、お付きの者たちの意見もよく聞き、その評価は好意的だったからだ。


『ザッハークはロームの良き片腕となり、サームとともにこの国をますます盛り立ててくれるだろう』


 これは、崩御する前年にエラム3世が語っていたザッハークへの評価である。


 けれど、ザッハークには、表面的なその態度とは裏腹に、幼い時から鬱屈した感情があった。

 最初に違和感を覚えたのはザッハーク6歳の時、5歳のサームと遊んでいた彼は、


『ああ、王子様、ここにおられましたか。もうすぐローマン語の先生がおいでになりますよ』


 と、サームを探していた召使がそう言った後、彼に対しては、


『御曹司も、早く部屋に戻ったがいいですぞ』


 と話しかけてきたことだった。

 その明らかな態度の違いに、不思議に思ったザッハークはそのことを母に話すと、彼女はしばらく不憫そうにザッハークを見つめていたが、やがて笑って言ったのである。


『ザッハーク、何事にも一生懸命に頑張りなさい。そして国王陛下には従順にあれば、あなたは何も恥じ入ることはないのです』


 ザッハークは、その当時、その意味がよく分からなかったが、やがて物事が少しずつ分かってくるにつれて、母の言ったことと、その言外の意味に気付くようになっていったのである。


――つまり、私は余計者か。


 ザッハークはそう思いながらも、王族として産まれた者の責任を果たせるように、早く一人前になりたいとの思いで文武に精を出した。

 おかげで、生来愚鈍ではなかった彼は、ロームやサームにも劣らぬ教養と武勇を身に着けた男となったのである。

 その彼が、ロームに信頼され、アルメニア伯との領土問題解決、マウルヤ王国との『キスタンの戦い』での活躍をへて西方軍司令官に抜擢されたことは、既に述べたとおりである。


 その彼が変わり出したのは、やはりティラノスとパラドキシアの二人を側近として召し抱えた頃からだったろう。

 ティラノスの先見と智謀、パラドキシアの決断と策略を手に入れた彼は、何事にも自信ができて来た。それまではロームやサームに心のどこかで遠慮していた部分があったのだが、二人の献策によりさまざまな事態を切り抜けていくにつれて、


――私は、遠慮しなくてもよいのだ。


 そんな気持ちが強くなっていったのである。

 人間というものは、自信がつけばそれが態度に現れ、それを魅力と感じる者たちが周りに集まってくる。

 ザッハークの場合も、例外ではなかった。ましてや彼は、順位は低いと言えど王位継承権を持つ身である。彼の周りにはローム3世の『内を先にし、外を後にする』という経済的な富国策に対して、積極的に対外関与をして国威を発揚しようという強硬策を信奉する者たちが増えていたのである。


 ザッハークが王位を簒奪したのも、ある意味ではそう言った強硬派の意見に後押しされたところもあるし、実際にザッハークの即位を歓迎した者たちも多くはないが存在したのである。

 もちろん、そのような雰囲気を醸成したのはティラノスとパラドキシアたちであったのだが、それでも、ザッハークは夢にまで見た王位を手にし、最初は張り切っていたものである。


『余が兄王を弑したという声もあるが、兄王よりも良い政治を行えば、そのような声は消えて行くはずだ』


 ザッハークはそう信じ、当初こそ兄王の治世を支えていたボーゲンやトジョーと言った老練な者たちを重用し、おおむねロームの治世を引き継いだ政治を行っていた。

 その頃までは、王国はうまく回っていたが、ティラノスとパラドキシアに、


『女神アルベド様が降臨されるためには、その前に破壊と災厄がなければならない。災厄が大きく、破壊が決定的であればあるほど、人々は女神様の降臨を待ち望み、女神様を信頼する気持ちが厚くなるからだ』


 そのような考えがあったため、だんだんとザッハークは政治に興味を失い、ボーゲンやトジョーもそんなザッハークに愛想をつかして離れていった。

 その後は、皆の知るとおりである。辺境は見捨てられ、威令は届かず、そのような状況を見て心ある家臣たちは離れていき、それがまた国威を落とす……破滅への負の連鎖が始まったのである。


 けれどザッハークは、その頃には女神アルベドの言葉を信じ、ティラノスとパラドキシアに政治を任せきりにしていた。それが王国の栄光を招来すると信じていたのだ。


『たとえ一時国威を落とすことになろうとも、女神アルベド様が降臨されれば、余の王国は世界の人民を救う王国として栄光に包まれるのだ』


 ザッハークは、そのような考えを信じない者たちを軽蔑し、憎んだ。

 その憎しみと、積年の怒りがないまぜになり、ザールへと向けられていたのだ。


「ザール、そなたに余の大望は分からぬ!」


 ザッハークはそうつぶやき、大剣を揮ってザールに躍りかかった。


   ★ ★ ★ ★ ★


 ザールとザッハークは、いつ果てるとも知れない戦いを続けていた。それをリディアとガイは地上からなすすべもなく眺めていた。


「あのままでは、勝負がつかんぞ」


 ガイが言うと、リディアもうなずいて


「そだね。人型ドラゴンとしての力は伯仲しているね。となると、早めに勝負を付けた方がザールにとってもいいかもね」


 そう言って続けた。


「ザールと話をしてみる。下手なタイミングで話しかけたらザールの集中力を削いじゃうから、ちょっと状況を見てみよう」



「やっ!」


 ザールの『魔力の揺らぎ』を乗せた『アルベドの剣』は、白い炎を上げてザッハークをかすめる。


「おうっ!」


 ザッハークの大剣も、赤黒い『魔力の揺らぎ』と瘴気をまとい、ザールをかすめて虚空を斬り裂く。

 お互いに疲れを知らぬように、手元に飛び込んで剣を振り抜き、それをかわしては斬撃を放ち、それを受け止め、あるいは弾いてカウンター攻撃を繰り出す……その反応速度や読みは完全に人間のそれではなかった。


「おおーっ!」


 ザッハークが翼を広げてザールに斬りかかってくるが、


「エイッ!」

 ジャリンッ!


 ザールもさるもの、四翼を広げてザッハークとの距離を詰め、『アルベドの剣』でその攻撃を軽くいなした。どちらも相手に剣先が届かず、空中ですれ違い、約50ヤードで向き合った。


 両者の距離が開いた。リディアはその時を待っていたようにザールに話しかける。


“ザール、アタシたちもここにいるよ!”


 ザールは頭の中に響いてきたリディアの声に、チラリと声がした方を見る。目の端に、『蒼の海』の畔でこちらを見ているリディアとガイが映った。


 ザールの額に、『慈愛の聖約(カリタス・スティグマ)』が白く浮かぶ。ザールは頭の中でリディアに訊いた。


“そこにガイ殿もいるのか?”

“うん、アタシとガイで加勢に来たよ。ジュチとロザリアは女王様を助けているよ。心配しなくていいからね?”


 それを聞くと、ザールは躍りかかってくるザッハークの大剣を『アルベドの剣』でいなして、大きく四翼を広げた。


「むっ⁉」


 ザッハークは、四翼を広げたザールの姿を見失い、慌てて周囲を見回す。ザールはザッハークの後ろに姿を現して、


「どこを見ている?」


 そう言いながら振り向いたザッハークの顔面に強烈な蹴りを叩き込んだ。


 ドムッ!

「うぐっ!」


 ザッハークは、一声うめき声を上げると地面へと叩きつけられる。


 ズガーン!


 恐るべき土煙が上がる。その土煙の中から、


「おのれっ、ザールっ!」


 ザッハークが土煙を巻いて飛び上がって来た。

 けれど、その動きはザールに読まれていた。


「待っていたぞ」


 ザールはザッハークの顔面に、『魔竜の業火』を叩きつける。


 ドウンッ!

「ぐへっ!」


 再び地上に落下するザッハーク。彼は地面にめり込んだ身体を引きずるようにして立ち上がり、上空にいるザールを睨みつけていたが、不意にニヤリと笑って言った。


「ザール、貴様の大切な者どもは、余がすべてあの世に送ってやる」


 そう言うと、ザッハークの身体から500メートルもの高さに『魔力の揺らぎ』が噴き上がり、それは巨大な翼を持つドラゴン、終末竜アンティマトルとなって飛び立った。


「あの方向は、バビロンかっ! 待てっ!」


 ザールがその後を追おうとした時、地上から瘴気を含んだ『魔力の揺らぎ』が放たれ、ザールの前方で炸裂した。


「ぐっ……これは?」


 ザールは胸を焼く瘴気に、腕で鼻と口を覆って下を見る。ザッハークがニヤニヤ笑って突っ立っていた。


「余とアンティマトルは一心同体、そしてどちらもわが存在。余とアンティマトル、同時に倒さぬと意味がないぞ」


 ザッハークはそう言って笑う。ザールは一瞬、自分も同様の手を取ろうかと考えたが、薄れゆく煙の向こうにリディアとガイの姿を見て、考えを変えた。


「そうか、では僕はアンティマトルをプロトバハムート様のもとに還そう」


 ザールがそう言うと、ザッハークは憫然と笑って言う。


「聞こえなかったかザール? 余とアンティマトルを同時に倒さぬと意味がないと言ったのだぞ? そなたがアンティマトルの相手をするのなら、余は誰が倒すというのだ?」


 その声に、鋭く答える声がした。


「ガイ・フォルクスがそなたの相手をしてやる。覚悟しろ!」

「リディア・カルディナーレ、ザールの代わりに偽王ザッハークの首をいただくよっ!」

「おおっ!」

 ジャンッ!


 ザッハークは、いきなり名乗りかけて討ちかかって来たリディアとガイに、完全に意表を突かれた。ザッハークは、ガイの蛇矛『オンデュール』を弾きながらリディアの『レーエン』を避けるという身のこなしを見せたが、ドラゴンとしての魔力のすべてをアンティマトルに振り分けたため、空を飛ぶことができなくなっていた。

 ザールは、左右からザッハークを攻め立てるリディアとガイを見つめて、


「頼んだぞ」


 そう一言言うと、体長200メートルをはるかに超えるドラゴン、ノイエスバハムートとなって、アンティマトルを追い南へと飛び去った。


   ★ ★ ★ ★ ★


「やあああーっ!」


 シャロンの気合が籠った叫び声が響いた。そして次の瞬間、


 ドゴンッ!


 凄まじい火花と爆風が辺りを包み、土煙はもうもうと舞い上がる。


「……今度はどう?」


 シャロンが汗にぬれた金髪をかき上げて、土煙を見透かすように凝視する。

 やがて土煙が収まると、そこにはオリザを捕えている光球が傷一つつかずにそこにあった。


「……やっぱりダメか……魔力の強さが半端ないわね」


 シャロンは、赤く妖しく輝く光球を見て、そう悔しそうにつぶやく。中にオリザがいるのは見えているのに、手を出すことも話しかけることもできない。それほどこの光の檻は強力で忌々しかった。


「法王様のお力をお借りしてはいかがでしょう?」


 ゴブリンたちをすっかり掃討したジョゼフィーヌが言うと、シャロンは少し考えるそぶりをする。それにジョゼフィーヌは重ねて進言する。


「相手は女神アルベド、私たちの魔力では質も量も、そして精緻さでも敵いません。けれど、女神ホルン様の祝福を受けた『光と闇の転換護符』なら、アルベドの魔力で魔力の編み上げを斬り破ることができるかもしれません」


 シャロンは頷いて言う。


「そうね、そのとおりかもしれないわ。でも、ここには余っている『光と闇の転換護符』がないわ」

「私の護符をお使いください」


 ジョゼフィーヌが、自分の首に下げていた護符を外し、シャロンに差し出して言う。シャロンは、ジョゼフィーヌの手のひらにある銀色で長方形をした護符を見つめていたが、


「それではあなたの身を守るものがなくなります。私のものを使いましょう」


 そう言って自らの護符を外そうとした。


「お待ちください。護符を使えば必ずこの結界を破れるとは限りません。まずは私の護符で試すことをお許しください」


 ジョゼフィーヌはそう言うと、シャロンの返事も待たずに、


「天の摂理に従うプロトバハムート様の英知を受けた女神ホルンよ、その慈愛を我らに注ぎたまい、聖なる乙女を光の牢獄から救いたまわんことを!」


 そう呪文を唱えると、自らの護符を光球へと投げつけた。


「伏せてください!」

「みんな伏せてっ!」


 ジョゼフィーヌとシャロンの声に、騎士たちは一斉に地面に伏せる。その刹那、ピカリと透き通った白くて暖かい光が辺りを包み、その一瞬遅れて辺り一面を薙ぎ払うような轟音と爆風が吹き抜けた。


 ズドドーン! ピン!

「今だっ!」


 何か硬いものにひびが入るような甲高い音が響く。それを聞いたジョゼフィーヌは、剣を抜いて立ち上がり、光球に入ったひびに沿ってすかさず斬り付けた。


 ジャンッ! パーン!

 ズシャッ!

「うぐっ!」


 ジョゼフィーヌの苦しげな声が聞こえた。シャロンは慌てて立ち上がり、ジョゼフィーヌの姿を探す。ジョゼフィーヌは、もといた位置から20ヤードほども飛ばされて、地面に叩きつけられていた。


「ジョゼフィーヌ!」


 シャロンはすぐさま駆け寄って息をのむ。鋭い光球の破片がジョゼフィーヌの胸を刺し貫いていたからである。護符があれば、この程度の破片など食い止めえたであろうが、今は悔やんでも仕方がない。

 ジョゼフィーヌはすでに光を失いかけた瞳をシャロンに向け、わななく唇から血を流しながら言った。


「団長、早く、オリザ様を……」


 そう言い終えると、ジョゼフィーヌはがくりと首を垂れた。シャロンはだんだんとぬくもりを失っていくジョゼフィーヌの手を握って言った。


「ありがとうジョゼフィーヌ。あなたの犠牲は無駄にはしないわ。絶対にオリザ様を無事にザール様のもとに送り届けるわ」


 シャロンがジョゼフィーヌの手を胸の上で組ませ終わった時、ジョゼフィーヌの次席に当たる騎士が駆けてきて告げた。


「団長、オリザ様はご無事です。ただ……」


 口ごもった騎士に、シャロンはいぶかしげな目を当てて訊いた。


「ただ? オリザ様がどうかしたの、レベッカ?」


 レベッカは言いにくそうに答えた。


「……何も、覚えておられません。ご自分のことも、何もかも……」


 それを聞いて、シャロンの顔から血の気が引いた。思わずシャロンはレベッカをその場に置いたまま、オリザのもとに走る。


――そんな、ジャンヌやフランソワーズ、ジョゼフィーヌの犠牲は何のためだったの?


 シャロンは、周りを『女神の騎士』たちに囲まれて茫然としているオリザに、


「オリザ様、ご無事で何よりです。さ、ザール様のもとに戻りましょう。私たちがお守りいたしますのでご安心ください」


 そうゆっくりと話しかけてみた。

 けれど、オリザは金髪を揺らして首をかしげ、ペールブルーの瞳に脅えの色すら浮かべてシャロンに言った。


「あなたは誰? ワタシはザールなんて人、知らないわ。ワタシに何する気なの?」


 シャロンは青い瞳を細めて静かにいう。


「あなた様は、オリザ・サティヴァ様と申されて、このファールス王国で“東方の藩屏”と崇められていらっしゃるサーム・ジュエル様のご息女です。お兄さまには『白髪の英傑』と呼ばれたザール・ジュエル様がいらっしゃいます。今、あなた様はお兄さまと同様、この国の正統なお世継ぎであるホルン・ジュエル女王陛下とこの国の人々のため、兵を率いて立ち上がられたのです。お忘れですか?」


 オリザはシャロンの話を心配そうな顔をして聞いていたが、話が終わると首を横に力なく振って言う。


「思い当たることが何一つないの……ただ、ザールって名前を聞くと、何かここら辺がうずくけれど」


 そう言って胸のあたりに手をやった。シャロンは頷いて言った。


「私は『神聖生誕教団騎士団』の団長、シャロン・メイル。とにかくあなた様に危害は加えないことは約束いたしますので、私たちとともにバビロンまで来ていただけますか?」


 それを聞いて、オリザはやっと落ち着いた様子でうなずいた。


「うん。そこに行けばワタシのことについて何か分かるかもしれないしね? よろしくお願いします、シャロン殿」


 そう輝くような微笑で言うオリザを見ながら、シャロンは眉を寄せて考えていた。


――きっと女神アルベドがかけた『忘却の彼方(ク・セ・ジュ)』の影響ね。でも、ザール様に会っていただければ、何か思い出してくださるかもしれない……。


 『神聖生誕教団騎士団』は、オリザを守ってゆっくりと移動し始めた。


   ★ ★ ★ ★ ★


「アンティマトル、ここで勝負だ!」


 ノイエスバハムートとなったザールは、グロス山脈を越えた辺りでアンティマトルに追いついた。


「ふん、かつてプロトバハムートと互角に戦った余に、そなた程度で叶うかな?」


 アンティマトルは巨大な翼を広げて言う。その翼には恐るべき『魔力の揺らぎ』がたゆたっている。

 けれど、ノイエスバハムートは緋色に光る右目をアンティマトルに当てて言った。


「私を舐めるなよ? 私はプロトバハムート様の現身だからな」


 そう言うと、いきなりその姿が消えた。


「むっ⁉」


 アンティマトルはすぐさま自分の周りに魔力のシールドを張った。


 ズドム! バアアーン!


 間一髪、シールドにノイエスバハムートの『魔竜の業火』が弾かれて、グロス山脈の中腹辺りに弾着し、大きな爆炎を上げた。


「ふふふ、ノイエスバハムートよ、舐めるなとは余のセリフだ。『魔竜の散弾』!」


 ズドドン!

「ぐっ!」


 ノイエスバハムートも間一髪、シールドを張って直撃は免れたが、それでもアンティマトルの魔力はそのシールドにひびを入れるほどのものだった。


――なるほど、さすがに神話に残るだけはある。けれど僕だってプロトバハムート様と女神ホルン様の祝福を受けている。絶対に負けられない!


 ノイエスバハムートは心の中でそうつぶやくと、6枚の翼を広げてアンティマトルへと突進していった。


「ふむ、命が惜しくないらしいな……『絶対零度の揺籠(コールドスリープ)』!」


 アンティマトルは、ノイエスバハムートに向けて氷結竜の技を放つ。その魔力が通過する場所は、すべての原子が基底状態になり、空間が凍り付いた。


「何ッ⁉」


 ノイエスバハムートは意外な技に驚き、急いで軌跡を変えようとするが、


 ゴウウッ!

「ゔっ!」


 絶対零度の魔力に捕らえられ、冷たい霧の中に捕らえられてしまった。


「ふふ、ノイエスバハムートよ、そなたはそこで凍り付け」


 アンティマトルは笑ってそう言うと、再びバビロンへと飛び去って行った。


(51 激突の白竜 完)

この物語も、女神アルベド&終末竜アンティマトルとの戦いを残すのみになってきましたが、なかなかどうして簡単には決着がつかないようです。

次週日曜9時〜10時には、『53 決戦の白竜』をお送りします。

お楽しみに。

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