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青き炎のヴァリアント  作者: シベリウスP
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39 神話の秘密

ホルンと王国の未来が記された『終末預言』。法王ソフィアは預言と神話、そして聖典の記述から、今後を見据えようとする。

一方ホルンは、『嘆きのグリーフ』と激闘を続けていた。

盛り上がってきた『七つの枝の聖騎士団』編です。

【主な登場人物】


 ♡ホルン・ファランドール…『死の槍』と『アルベドの剣』を持ち、辺境で名を上げた女槍遣い。前国王の娘で王国の現状に改革を志す。翠の瞳と銀の髪を持つ。26歳。


 ♧コドラン…シュバルツドラゴンのこどもで、生き別れになった母を探すためにホルンとともに旅をしていた。小さいが気が利く、ホルンの良き仲間である。15歳程度。


 ♤ザール・ジュエル…“東方の藩屏”トルクスタン侯国の世子で『白髪のザール』の異名を持つ。ホルンとともに王国の改革を志す。白髪に緋色の瞳を持つ。23歳。


 ♡リディア・カルディナーレ…ザールの幼馴染でジーク・オーガの王女。接近戦では無双の強さを誇る。額に角を持ち、茶色の髪に茶色の瞳をしている。21歳。


 ♤ジュチ・ボルジギン…ザールの幼馴染で『この世で最も高貴な一族』であるハイエルフの首領の息子。頭脳明晰で魔力に長けるがチャラい。金髪碧眼の美青年。23歳。


 ♡ロザリア・ロンバルディア…ザールに一目ぼれして仲間に加わった魔族の女性。冷静冷血で魔術に長けている。黒髪と黒曜石のような瞳を持つ。21歳。


 ♧ガイ・フォルクス…26年前にスケルトン軍団から国を滅ぼされたアクアロイドの王族。頭脳明晰で冷酷非情だが仇討に協力したホルンに恩義を感じている。29歳。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 今から30年ほど前、レズバンシャールの湖のほとりに一人の隠者が生活していた。

 彼は、白いものが混じった、うねるようなエメラルド色の髪を持ち、身体は透き通ったブルーグリーンの鱗で覆われている……そう、アクアロイドだった。


 このころ、アクアロイドはレズバンシャール湖に最大のコロニーを形成していた。人口30万を超えるそのコロニーを統率していたのがガイの父シール・フォルクスである。

 その弟のジェダイは変わり者で、幼い時期から、


「女神様が見える」


 とか、


「女神様の声が聞こえる」


 などと口走り、波の音や風の音を聴き、星の動きを熱心に観察していた。

 その癖は、父から何度注意を受けても治らず、遂には父のもとから出奔し、いずこへともなく姿を晦ました。ジェダイが17歳の時である。


 次の年、父の死去を受けてシールが23歳でレズバンシャールの首領となったが、彼は亡き父が最期までジェダイの身を案じていたことを知っていたため、弟の消息を折にふれて探していた。


 それから10年。母もジェダイのことを案じつつこの世を去った。

 しかし、その消息は杳としてつかめなかった。

 シール自身も、ジェダイはこの世にはいなくなったのではないかと諦めていたある日、突然にジェダイはレズバンシャールの辺に舞い戻って来た。


「なに? ジェダイが戻ってきていると?」


 シールは、町の噂を聞きつけて来た臣下にそう訊く。臣下はうなずいて答えた。


「はい、この町の西側に小さな庵を建てて、そこで隠者のような生活を送っているとのことです。町の者たちは力のある魔術師と噂しております」

「その者がよくジェダイだと分かったな」


 シールが言うと、臣下は笑って答えた。


「はい、私自身がその者に会って参りました。私がお館様の臣下だと名乗ると、自らお名乗りになられました」


 それを聞くとシールは目を細めて笑って言った。


「そうか、よくやってくれたガウス。それにしても10年も何をしていたのか……明日にでも余自身で会いに行ってみよう」



 ジェダイは今年28歳になる。その風貌は長い旅の中で経験した様々な出来事で老成した雰囲気を出している。

 子どものころ、女神の声を聞いたジェダイは、父や母がさまざまに注意をしても、


――聞こえるものは聞こえるのだ。それを聞かないふりもできない。きっと女神様は私を通じて何かを世の中の人々に語りかけようとされているのだ。


 そう考えて、ますます風や水の声、星々の動きなどを解析し、神秘的な事象を解明することにのめり込んでいった。

 そんなある夜、ジェダイはいつものとおり星を見ていたが、


“やがて来るときに備え、あなたは私のもとに来なければいけません”


 不意にジェダイの頭の中で、そんな優しげな女性の声が響いた。ジェダイは驚いて辺りを見回すが、ここは3階のバルコニーなのだ。誰もいるはずがない。

 気のせいかと思ったジェダイが部屋に入ろうとした時、再びその声が聞こえて来た。


“時間がありません。まずドラゴニュートバードとカッパドキアへ……そこで見るべきものを見たら、ダマ・シスカスを訪ねなさい”


 その声を聞いたジェダイは、取るものも取りあえず屋敷を出た。もう父や母には会えなくなるかもしれない……そう思ったが、彼は頭の中に響く声に導かれたように足を進めた。10年に及ぶ放浪の旅の始まりだった。


 そして彼はドラゴニュートバードを訪れてローエンやグリンと巡り合い、カッパドキアでは女神アルベドの神殿で深い瞑想を続け、やがて彼はダマ・シスカスにある『神聖生誕教団』の本部にたどり着いた。彼は他の信者と同様、ズタボロのマントを着てハーモン山の中腹にある大聖堂へと登って行った。法王のミサを聞くためである。


 当時の法王はソフィア12世であった。

 法王は、ミサが終わると、特に彼が目立ったわけでもないのに彼の前に歩み寄り、その手を取って微笑んで言った。


「神の言葉を紡ぐ者よ、女神ホルンはそなたに知恵を授け給うであろう」


 この一事で、ジェダイは『神聖生誕教団』の一部に名を知られ始めた。そしてこのころから、彼は独特の四行詩で未来に関する預言を書き記すようになったのである。


 彼はその後イスファハーンに立ち寄り、再びドラゴニュートバードでローエンとグリンに巡り合い、その『迷いの森』で瞑想の修行を積んで、故郷へと足を向けたのだった。



 ジェダイは10年の放浪でやつれてはいたが、シールは一目見て彼だと分かった。


「ジェダイ、ジェダイか?」


 シールは臣下から聞いた場所にやってくると、そこに建っていた粗末な庵から出て来た男に呼び掛けた。男はシールを見て、驚いた様子も見せずにニコリと笑って答えた。


「もうそろそろおいでになるころだと思っていましたよ、兄上」


 そして、シールが連れているガウスを見て、笑顔のまま


「やあ、ガウス殿、兄上をご案内してくれてありがとう。兄上、レズバンシャールの未来について大事な話があります。むさくるしいところですが、お入りください」


 そう言うと、庵へと入って行った。

 庵は思ったよりも広かった。入口こそただ蓆のようなものを垂らしただけのものであったが、意外にも簡易なベッドや机と椅子もあり、天井からはランプも吊るされていた。


「父上と母上は、亡くなる寸前までお前のことを心配されていたぞ」


 席に着くと、シールは開口一番そう言った。ジェダイは悲しそうな顔で答えた。


「父上の訃報はドラゴニュートバードで聞いた。母上の訃報を聞いたのも奇しくもドラゴニュートバードでだった。すぐにでも戻りたかったけれど、どうしようもなかった。ここに戻ってすぐ、廟には参らせてもらいましたよ」


 シールはそれを聞くと、優しげな眼でうなずいた。


「そうか、それならよかった。お前の生きている姿をご覧になられたんだ、父上と母上もさぞ安心なされただろう」


 そう言うと、表情を引き締めて訊く。


「で、この里の未来についての大事な話とは?」


 ジェダイも真剣な顔になって、寝床の近くにあった古びた行李を開けると、一巻の羊皮紙の束を取り出して、机の上に広げて言った。


「女神ホルン様からお聞きした『預言』です。人は俺のことを予言者だと言うが、俺は別に未来を視てきているわけじゃない」


 シールは、何枚かの羊皮紙に目を通した。そこにはびっしりと細かい字で四行詩がいくつも書かれている。


「これは?……」


 読みながら呻くシールに、ジェダイは低い声で言った。


「レズバンシャールの運命は、この国の運命と連動しています。そしてこの国の運命は神話にある女神たちの相克に即して変わっていく。俺はそう、女神ホルン様から未来を告げられたのです」


 羊皮紙には、ジェダイが告げられたという『運命』が書かれていた。



 詩篇1『34の太陽は、偽なる太陽に襲われる。7つの春秋過ぎた春/太陽が自ら隠れる日、太陽の黒竜が産み落とされる。母の血と共に/黒竜は、冠絶する勇士とその恋人に育てられる。聖女王の名を持ちて/恋人は法を黒竜に伝え、戦士は魂を黒竜に伝える。その命と引き換えに』


 詩篇2『黒竜は白竜と出会い、偽王を討ちて国を興す。その仲間と共に/黒竜と白竜もし出会わば、我が元を訪え。(水の竜は子供に)始原竜はその子どもたちを誘う/幾多の仲間は黒竜に集う。白竜の名声の中で/九五の位は黒竜から白竜へとつながる。黒竜の願いと共に』(この詩篇は第2節以降が巷間に伝わっていなかった)


 詩篇3『聖女王の名を持つ片翼の黒竜、無頼の暮らしの中に育つ。その心はそのままに/片翼の黒竜、死をも恐れず慈悲もなく。その意志を遂げる中/乙女は乙女と扱われず、自ら四翼の白竜を求める。神のみ名のもとに/時を超えし受命の黒竜、命受けざる黒竜現れて、大きな混乱を憂う。自らの血のもとに』


 詩篇4『四翼の白竜、天下の同論を従えん。片翼の黒竜の召しの下/命受けざる黒竜と受命の黒竜、どちらも白竜を乞う。真なる竜の姿を知れ/受命の黒竜、真なる竜の姿に進む。その血の覚醒と共に/一つの光を失いて、片翼の黒竜は抱かれん。月の光の下で』


 詩篇5『蒼き水竜、時を止めるとき名を露さん。古き都の側で/赤き土竜、大地を焼くとき名を露さん。白き砂漠の中で/止翼の竜は四翼の竜と相打たん。正しき炎の中で/受命の黒竜は侍する黒竜に力を得ん。受けざる黒竜を飲み込むため(片翼の黒竜、四翼の白竜に抱かれん。月の光の中で/四翼の白竜、事成り片翼の黒竜のもとを去らん。紫紺の瞳と共に)』(この詩篇は後半がかっこ書きのように巷間に伝わっている)


 詩篇6『西の女神は破壊を願う。天の側で顔を隠し/東の女神は再生を求む。人々の中で長く眠って/西の女神は先に目覚め、天の側に位置を占める。嵐の中で/東の女神は三つの炎。言葉と剣と、知識の炎』(この詩篇は巷間に伝わっていない)


 詩篇7『東の女神の三つの炎/イスファハーンで生を受け/サマルカンドに産まれ出で、カンダハールに長くいる/三つの炎が竜都で落ち合う時、東の女神は目覚めるだろう』(この詩篇も巷間には伝わっていない)


 詩篇8『西の女神は悪魔を地獄に解き放つ。翼竜と疫病を従えて/その御稜威は蒼龍を砕く。水の竜の側で/その双腕は失われる。命受けざる黒竜と共に/西の女神を鎮めるは、受命の黒竜とその竜騎士。知識と言葉の犠牲のもとに』(この詩篇も巷間に伝わっていない)


 詩篇9『東の女神は蘇る。止翼の白竜成った後/言葉は大地を蘇らす。古き穀の名は消えて/片翼の黒竜、四翼の白竜に抱かれん。月の光の中で/片翼の黒竜、事成り四翼の白竜のもとを去らん。紫紺の瞳がある故に』(この詩篇は後半のみ巷間に伝わり、詩篇4と混じる)


 詩篇10『西の女神は眠りの中で、東の女神の夢を見る/その顔はつややかで、その声色は春の風/西の女神は一柱、眠りについた一柱/それすべて、始原竜の命のまま』


 筆者注)かっこ書きの部分は、巷間で伝わる際、口伝等ですり替わった部分です。



「これは……」


 『預言』を読んだシールの顔色が真っ白になる。それほどの衝撃を受けたのだ。ジェダイはうなずいて言う。


「この王国に、今までにないほどの嵐が来るようです。そしてそれは人意で惹き起こされるのではなく、神話にある女神たちの相克がもとになっている……女神ホルン様のお言葉はそうです」


 シールは、やせたジェダイの顔を眺めた。自分の弟とは思えぬほど、悟りきった眼の色をしている。ジェダイはその瞳で兄を見て言った。


「その時、レズバンシャールにも嵐が襲います」

「嵐とは?」


 上ずった声で訊くシールに、ジェダイは低く答えた。


「反乱です」


 そしてすぐに言い直す。


「と言うより、王家の反乱に与した輩が、レズバンシャールを襲います。それはここ数年のうちのことです。兄上、十分にご注意なさってください」


 言葉もなくうなずくシールに、ジェダイは厳かな調子で言った。


「俺は『預言』が成就しないことを願っている。けれど、慰めにはならないかもしれないが、『預言』が成就するとき、兄上の子どもたちが大きな役割を果たすように思えてならないのです。いい子どもを授かったみたいですね、兄上」



 ジェダイは1年ほどその庵に住んでいた。シールの娘リアンノンはジェダイに懐き、しばしば遊びに行っていたようだが、3年目の冬が過ぎた頃、ジェダイはいずこかに姿を消した。リアンノン6歳、ガイ2歳のころである。

 ザッハークがシャー・ローム3世を襲って王権を簒奪するのは、その翌年のことであった。



 ジェダイはその後、何度も女神ホルンからの啓示を受けるたびに詩篇を書き続け、いつしかそれを前述の10編にまとめて『終末の預言詩篇』とした。

 ジェダイの『終末の預言詩篇』は、ジェダイ本人が持っていた原本が『神聖生誕教団』に保管されていた。生前にジェダイは詩篇の散逸等を恐れて法王に手渡していたのである。以来、『終末の預言詩篇』は『神聖生誕教団』の研究対象の一つとして大切にされていた。

 しかし、口伝や写本として民間に流布されたものは、いくつかの詩篇を失いつつ、その順番さえ定かでなくなって、正確さを損なって行った。

 それだけでなく……



「何より問題なのは、その『預言』が『予言』として扱われていることじゃろう」


 法王ソフィア13世、ジョゼフィン枢機卿、シルビア枢機卿に、ゾフィーがそう言って首を振る。


「……本来は女神ホルン様のお言葉として我々に預けられた言葉が、ジェダイ本人の未来予知として捉えられている……ということですね?」


 法王はそう言って眉をひそめた。『預言』と『予言』、字面は似ているが、一方は神の意志であり、もう一方は個人の未来予測である。そして人々に与える影響も違ってくる。

 『預言』であれば、神の意志を忖度し、来るべき日のために心の準備をしておくことが大切になってくる。神の意思である、起こりえることは決まっていて、人々はその実現に力を貸すこともできる。


 しかし『予言』となると、その言葉を都合よく解釈するものも出てくる。それだけではなく言葉そのものを変えたり、順番を崩したりして、自分のために利用するものも出てくるのだ。

 実際、女神アルベドはそのようにしていた。女神ホルンの言葉を『預言』ではなく『予言』として流布させ、その『予言』によって自陣に取り込んだザッハークのもとにティラノスとパラドキシアを送り込み、さらにはザッハークを誘惑して『嘆きのグリーフ』までもうけ、王国の混乱とその後の神としての再臨を目論んでいたのである。


 この段階になると、法王を始め『神聖生誕教団』の幹部は、うすうすそのことに気付いていた。そのため、神話と『預言』を精査し、その後の行動を決めるため、ゾフィーは法王との会談に臨んだのである。


「みな、創世神話と建国神話、そして最後の黙示編を特に注意して精査するがよい」


 別れ際、ゾフィーはそう言って笑っていた。


   ★ ★ ★ ★ ★


「宇宙の始まりと物質の形成については、『創世神話』の前編に描かれています。我が教団では当初の『無』からエネルギーを生み出した『トンネル効果』のことを究極魔法『クリエーション・イベント』と呼んで研究しています」


 シルビア枢機卿が言う。彼女は教団の中で『神の魔法』を研究する集団を統括していた。


「プロトバハムート様は、最初の揺らぎの中で生まれた『根源意識』といったものであると解釈されています。プロトバハムート様そのものが被造物ではあるものの、『根源意識』であるがために、宇宙を形作る上で創造主のような役割を果たされた、というのが教団の見解です」


 ジョゼフィン枢機卿が言う。彼女は『女神の騎士団』の総括であり、どちらかというと武に秀でてはいたが、ことプロトバハムートのことになると途端に饒舌になる。


「プロトバハムート様が使った剣の名が『アルベドの剣』であることは注目すべきですね。今まで気づかなかったけれど、もともと『反射率』という意味の『アルベド』がここで使われているのに意味がありそうです」


 法王が言う。枢機卿二人は目を丸くして訊く。


「どういうことでしょうか?」


 すると法王は、ニコリと笑って答える。


「気付きませんか? 『空間が透明になった』のなら、『反射率』を意味する『アルベド』より、『透過率』を意味する『クリスタ』の方が相応しくないでしょうか?」


 それを聞き、二人は改めてその節を読んでみた。



 ……この世界は、まだ光が乱反射して、何も見えない世界だった。そこに相互作用から産まれたのが、始原竜・プロトバハムートである。

 プロトバハムートは、光子の性質を変えた。そのため、光が真っ直ぐに走るようになり、空間は透明になった。その時にプロトバハムートが、光子の性質を変えるために使ったのが『アルベドの剣』である。

 プロトバハムートが『アルベドの剣』を揮うと、空間に濃淡ができ、その濃淡が星々を生み始める。やがて空間には様々な物質が生まれた。……



 しばらくしてシルビア枢機卿が


「神話には『光子の性質を変えた』とありますが、実際は光子の性質は変わっていないのではないでしょうか? 光子は『すり抜ける性質』ではなくて『反射する性質』です。その反射を起こすものを取り払ったから、光が真っ直ぐに走るようになったのでしょう」


 と言う。それにソフィア法王はうなずいた。


「光の性質として大切なことかもしれません。なぜ『光子の性質を変えた』と書かれたのか……その謎が光の性質と『アルベドの剣』の関わりを伝えようとしているのかもしれません」



 その後三人は、『破壊竜コスモスとガイアの物語』、『女神アルベドとホルンの生誕』、人間などの生成神話について議論を重ねた。


「破壊竜と女神の誕生について、それぞれの破壊竜から女神アルベドと女神ホルンが生まれたような書かれ方ですが、私は少し疑問があります」


 法王が言うと、ジョゼフィン枢機卿が


「疑問、ですか?」


 と訊く。法王はうなずいて答えた。


「はい。そのことはもう少し読み進めてからにしましょうか」


 破壊竜たちと二人の女神の関係もなかなかに興味深かったが、人間生成の神話で人間をこの世に送り出そうとしたのがプロトバハムートではなく女神たちだったことに、特に法王は興味を示していた。

 その中で、三人が最も興味を持ったのが、次の一節である。



……女神アルベドは、自らが祝福した種族が地上を統べる種族とならなかったことに嫉妬した。そして、人間たちの行動が堕落していくのを見て、プロトバハムートに言った。


「ご覧ください、人間はプロトバハムート様の正義を忘れ、利己心の塊となっています。地上は汚され、他の生物たちは絶滅に追い込まれています。どうなさいますか?」


 するとプロトバハムートは


「正しき人間とそうでない人間とを分けよう。正しき人間にはそれと分かる験を天に浮かべよう」


そう言うと、地上に妖しく光る箒星を遣わした。


「これは、世が滅ぶ前兆ではないか?」


 それを見た正しき人々は行いをさらに正しくし、正しくない人々はますます刹那の快楽に浸るのだった。

 プロトバハムートは、正しき人々だけに伝わるやり方で、それらの人々を地下の洞窟に避難させ、そして地上に『終焉への咆哮カタストロフ』を放った。


「新たな地上を統べる種族として、正しき人々と余の血を交えた種族を創り出そう」


 プロトバハムートはそう言うと、自らの血を女神ホルンに飲ませ、それによって生み出された竜の子が地上に遣わされた。その名をザールと言う。そしてザールを始祖としてつくられた里がドラゴニュートバードであった。……



「なぜ、新たな種族を造る際に、プロトバハムート様は『自らの血を女神ホルンに飲ませ』たのでしょうか? 女神アルベドでもよかったはずです。女神たちは双子ですから」


 法王はそう言って二人の枢機卿を見る。


「何か、女神アルベドでは都合が悪いことがあったのかもしれません。双子とはいえ女神アルベドは『破壊と死』を司っていますから」


 ジョゼフィン枢機卿が言うと、シルビア枢機卿は首をかしげる。


「でも、生物の生成神話では女神アルベドは生物の生きる世界を創っています。そして人間の創造神話においては、女神ホルンとともにプロトタイプともいえる人間の創造にも関与しています。そのことから考えると、女神アルベドが相応しくなかったというより、女神ホルン様の方がより相応しかった、という言い方がしっくりきますね」

「私もそう思います。女神アルベドが造ったプロトタイプが、プロトバハムート様の意に添わなかったということで、女神ホルン様が創造した人間が人間として認められました。そのため、プロトバハムート様は新たな人間の創造に当たり、女神ホルン様をその依り代としてお選びになったのでしょう」


 二人の話を聞いていた法王が言うと、枢機卿たちはうなずく。

 さらに、三人は『建国神話』について精査する。


「この神話は、女神ホルン様と女神アルベド様との確執が語られているから、特に気を付けて検討を加えねばなりません。特に、女神たちの確執の本当の理由……それが分かれば、女神アルベドとどのようにして相対するかが決まります」


 法王はそう言うと、一心に神話を読みふける。


「分かりました」


 枢機卿たちも、今まで2時(4時間)にも及ぶ議論を重ねてきていて疲れてはいたが、これもまた神話を注意深く読み始めた。



 ……ザールは、女神ホルンと女神ホルンの助けを得て、地上最古の王国と言われる『ファルス王国』を建国した。

 ザールは、彼自身が非常に優秀な戦士だっただけでなく、彼には武勇においては女神アルベドが貸し与えた『アルベドの剣』があり、エルフの参謀、オーガの部将などの仲間にも恵まれていた。

 女神ホルンは、表立って彼を助けることはなかったものの、その祝福により王国は振興していくことになる。

 ザールもそのことを理解しており、王国成った後、女神ホルンと女神アルベドを並立して国の神としたのであった。


 けれど、王国成って1年目、女神ホルンと同列に扱われることに不満を持った女神アルベドが放った刺客に襲われたザールは、刺客は倒したものの自らも瀕死の重傷を負った。

 そして女神アルベドに看取られて息を引き取ったザールを、女神ホルンは神の御業『オール・ヒール』で蘇生させた。

 ザールは、自らを襲った危難が女神アルベドの策略だったことを知り、女神ホルンとともにアルベドに戦いを挑んだ。

 しかし最後は、プロトバハムートの力により女神アルベドはカッパドキアに封印されたが、女神ホルンも長い戦いの中で力尽き、その亡骸はヴァイスドラゴンやシュバルツドラゴンが守るドラゴニュート氏族の里に葬られた。……



「まるで女神アルベドが女神ホルン様に嫉妬したような書かれ方ですね」


 ジョゼフィン枢機卿が言うと、


「大事なことは二つあります。一つは英雄ザールの建国に際し、女神アルベドが積極的に関与していること、もう一つはそのザールに対し、女神アルベドは命を狙ったことです」


 シルビア枢機卿はそう言って考え込む。再びジョゼフィン枢機卿が訊いた。


「女神アルベドが英雄ザールに対し協力的だったのは、自らを国家建設の神として崇めてもらいたかったからでしょう。しかし、英雄ザールは女神ホルン様の血を享けている人間、その性質こそが国家建設の礎となったことを知っていて、女神ホルン様を女神アルベドと同列の神として崇めることにした。それが女神アルベドの逆鱗に触れた……ということではないでしょうか?」

「……そうとも取れるけれど、私は女神アルベドが単なる嫉妬で女神ホルン様や英雄ザールと敵対したとは到底思えない。この神話には何か秘められたものがあるように思えてなりません」


 シルビア枢機卿はそう言いつつ首を振る。何か釈然としないのだ。


――アルベド様もかりにも女神……双子の女神に対する扱いを嫉妬するという人間的な理由だけで、英雄ザールを殺めるなどと言う大それたことをするかしら? それに英雄ザールには女神のみならずプロトバハムート様の力が宿っていたはずだし……。


 考え込んでいる二人に、法王は真剣な顔でポツリとつぶやいた。


「先ほども言いましたが、私は、女神たちの出生に何らかの秘密があると思います。女神アルベドは破壊竜コスモスの、女神ホルンはその弟である破壊竜ガイアの魂から生まれている……そんな神話がありました。けれど、兄弟竜から生まれた二人が双子とはどういうことでしょうか?」


 枢機卿二人はハッとした顔をする。『双子』とは一人の母から多胎児が生まれることである。法王の言うとおり、『兄弟』の竜から『それぞれが』生まれたのなら、それは『双子』ではなく『姉妹』になるのではないか?


「では、女神たちは双子ではなく姉妹だと?」


 シルビア枢機卿が言うと、法王は首を振って答えた。憂鬱そうな顔だった。


「いいえ、私はそもそもプロトバハムート様と戦ったのは兄弟の破壊竜ではなく、コスモスとガイアを統合したような存在が破壊竜として存在していたのではないかと思うのです。そして二柱の女神はその魂から生まれた双子ではないかと思うのです」

「……終末竜アンティマトル……」


 ジョゼフィン枢機卿がつぶやくと、法王はうなずいて言った。


「そうです。終末神話である『黙示編』に語られている、始原竜と対になるドラゴンです。そもそも、創世期のコスモスとガイアは、終末竜と同じ考えをしています。とすると、神話の伝承の中で創世期のアンティマトルの存在がいつの間にか欠落したものと思われます。それに……」


 法王は二人を見て続けて言う。


「『終末の預言詩篇』の4と8に、対立する存在が出ています。同じ『片翼の黒竜』でも受命の黒竜とそうでない黒竜がいます。そして命を受けざる黒竜は西の女神の両腕と共に失われるということになっています」

「西の女神が女神アルベドでしょうから、『受命の黒竜』が命を受けるのは女神ホルン様からということですね?」


 ジョゼフィン枢機卿が言うと、法王は首を振って答えた。


「『終末の予言詩篇』は『それすべて、始原竜の命のまま』で終わります。すなわち、命を授けるのはプロトバハムート様だということです。その前提で、『黙示編』を精査してみましょう」


   ★ ★ ★ ★ ★


「……私は自分の姿を知らなかっただけです。自分が何者であるかを知った今は、自分に課せられた役割を果たし、自らの運命を決定するしかありません」


 『片翼の黒竜(ホルン)』はそう言うと、『死の槍』に祈りをささげた。


「我が主たる風が集い、わが友たる炎が依る『スナイドル』よ、汝は我が良き友として長き夜の訪れのように数多の悪鬼たちに『Memento Mori(死を思い出さ)』せ、おごれる敵にいつも『Et in Archadia Ego(死はどこにでもある)』ことを示してきた……」


 祈りの言葉とともに、『死の槍』の穂先は細かく震え、そして翠色と紅蓮に輝く『魔力の揺らぎ』がその穂先に集い始める。


「いま、私は汝に願う。その能力ちからをもって我が道を示し、わが良き仲間と共に我の戦いを助けんことを!」


 そしてホルンは、十分に力を集めた『死の槍』を、コドランに向けて投げた。


「コドラン、『死の槍』と共に私を助けて!」

『分かった! まっかしといて』


 コドランは、ホルンが何をしたいかを瞬時に理解し、自分目がけて投げられた『死の槍』を空中でつかんだ。

 その途端、『死の槍』に込められた力が解放された。それはコドランを覆いつくすほどのものだった。まばゆい光が辺りを支配し……


「うっ! 何をしたいんだい、『片翼の黒竜(ホルンのやつ)』め……うっ⁉」


 やがて、光に目が眩んだグリーフが目を開けた時、そこには20フィートほどのシュバルツドラゴンに乗った『片翼の黒竜』が、『アルベドの剣』を抜いてこちらを見つめていた。


「前にも言ったわ。半人前でも、私は負けない!」


 すると、ゆっくりと翼を動かしていたシュバルツドラゴンも、


「女神の娘や『片翼の黒竜』を騙る悪魔よ、このブリュンヒルデもホルン様のためにいます。覚悟しておきなさい」


 そう言って、琥珀色の瞳をグリーフに向けた。

 『嘆きのグリーフ』は、琥珀色の瞳を持つ目を細め、ニヤリと笑うと


「ふん、『命を受けざる片翼の黒竜』が、シュバルツドラゴンのお供を得て思い上がったってところだね。いいさ……」


 そう言いながら『アルベドの剣』を構え直して呪文を唱えだした。


「わが母なる女神アルベドよ、この剣に神の力を与え、わが前に立つ敵を悉皆破砕させたまわんことを!」


 その呪文が終わると、グリーフが持つ『アルベドの剣』は黄土色の『魔力の揺らぎ』に包まれて輝きだす。そして、呪文が終わると


「やっ!」


 グリーフは『アルベドの剣』をサッと横に払った。


『遅い! そなたの斬撃はその程度か?』


 50ヤードにも及ぶ『アルベドの剣』の斬撃を、背中に片翼の黒竜を乗せたまま軽々とかわしてブリュンヒルデが言う。

 そしてブリュンヒルデは片翼の黒竜(ホルン)の心の中に語りかけた。


“ホルン様、私が相手の注意を引きますので、その隙に相手にとどめを”


 片翼の黒竜(ホルン)は『アルベドの剣』を構えてうなずいた。


『ファイアボール!』


 ブリュンヒルデが続けざまにファイアボールを乱れ撃ちにする。火球の大きさは直径1メートル程度だが、その温度は数千度にも及ぶため、並の者なら10メートル以内に近づくだけで命を落としてしまう。

 けれど、グリーフは慌てもせずに自らも『片翼の黒竜』に姿を変え、火球を躱し、あるいは剣で払いのける。


『私の攻撃がそれだけだと思うな。行けっ、『スナイドル』よ!』

「おっ⁉」


 グリーフは、ブリュンヒルデの手から放たれた『死のスナイドル』の攻撃に一瞬たじろいだ。なぜなら『死の槍』は、グリーフに向かってくる途中で30ほどにも分かれ、それぞれが意志あるもののようにグリーフへと突進してきたからである。


「ちっ! 『踊る槍(マリオネットランス)』かい」


 グリーフは舌打ちすると、左手を前に出して叫んだ。


「哀悼の散弾!」


 すると、一つの魔弾がいくつにも分裂し、まるでショットシェルを撃ったように『死の槍』を弾き飛ばした。

 しかし、


 ザシュッ!

「げっ⁉」


 グリーフは後ろから頭を縦に斬られて叫んだ。その胸元からは緑青色の『魔力の揺らぎ』をまとった『アルベドの剣』がのぞいている。


「……またやってくれたね。これだけ離れていても実体の剣が届くということは、かなり腕を上げたじゃない? 『命を受けざる黒竜』、いや、ホルン・ファランドール」


 グリーフは、縦に割けた頭をぐるりと回してホルンを睨みつけて言った。ホルンはドラゴン化した右目を細めると、無言でグリーフを真っ二つに斬り裂いた。


「無駄だよ、私は女神の娘だよ?」


 グリーフはせせら笑うと、左右に分かれた身体をあっという間に元どおりにしてホルンに向き直る。そこに、


『隙だらけだよ!』


 ブリュンヒルデがその鋭い爪でグリーフの身体を抉ろうとした。


「止めて! コドラン、危ない!」


 ホルンがそう叫んだ時、ブリュンヒルデの爪はグリーフの身体にめり込んだ。


 ズドドン!

『ぐわっ!』


 グリーフの身体は巨大な火の玉となって炸裂し、その爆風でブリュンヒルデは地上へと叩きつけられた。ブリュンヒルデは魔力を失ってコドランの姿に戻ってしまう。


「コドラン!」


 ホルンが地上で目を回しているコドランを助けようとした時、背中に強烈な殺気を感じて振り向く。振り向きざま、襲ってきたグリーフの『アルベドの剣』を『アルベドの剣』でがっしりと受け止めた。


「なぜあなたが『命を受けざる黒竜』で、私が『受命の黒竜』なのかを話してあげるよ」


 剣で押し合いながら、向こう側からグリーフが言う。ホルンも負けじと押し返しながら言う。


「誰が『受命の黒竜』かなんてどうでもいいことよ」


 キキン


 二人の『アルベドの剣』が軋む。ホルンは片翼を大きく広げて叫んだ。


「私は自分が選んだ運命を突き進むだけだから!」


   ★ ★ ★ ★ ★


 終わりは、始まりあるものの必然である。始原竜プロトバハムートは終末竜アンティマトルとの戦いを避けられないのだ。


 終わりは突然にやってくるのではない。

 けれど、終わりの始まりは誰の目にも見えない。智慧あるもの、誠実なものだけがその兆しを感じられる。


 良き時代の後は往々にして悪しき時代であることが多いように、終わりの時代のすぐ前には、この世の春が世界に広がる。


 そして、春夏秋冬と巡る世の習いに反し、終わりの始まりは春の後の冬のように、突如として覆いかぶさる。


 賢王が退く、後には愚王が続く。

 豪胆な王の後には小心の王が、威風堂々たる王の後には貧相な王が、剛毅な王の後には惰弱な王が、それぞれ続くだろう。


 見よ、歴史ある都市にラッパが響き、忠実なものの不在を狙って小心な悪人は珠玉を手に入れる。そのとき、黒竜は生まれるが、長い間世に現れない。


 しかし、世に光を与える糸杉が、金に波打つ髪を持つ、赤銅色の髪を持つ二人の友と共に現れた時、黒竜は世にその名を現す。


 見よ、黒竜は死を思い出させる。

 見よ、黒竜は片翼である。それは、始原竜の血と神の血の混交。


 黒竜と出会い、糸杉は白竜の力を目覚めさせる。

 見よ、白竜は六翼である。


 武威の止翼と福音の四翼を持つ白竜は、二つの魂に引き裂かれる。一つは始原竜バハムートを、一つは終末竜アンティマトルへと向かうもの。

 見よ、白竜は互いに相手を自分のものにしようとするだろう。



 西の山に神が降臨し、疫病と悪鬼が地上を跋扈するとき、聖なる印の軍団が竜の軍団と共に竜都で大きな戦いを起こす。


 見よ、女神の名のもとに終末竜アンティマトルは翼を広げ、竜都と三日月を元の姿を想像できぬほどに叩き潰し、飲み下すであろう。


 アンティマトルは片翼の黒竜により傷を受け、止翼の白竜との戦いに臨む。

 その戦いは長く、生きとし生けるものの2分の1は死に、3分の1は病と傷に苦しみ、新たな時を待ち望める人は6分の1に過ぎない。



 そして東の女神は、三つの存在が一つになる時よみがえり、西の山の女神とこの世をかけての戦いを繰り広げることになるだろう。

 戦いは、激しい。先の戦いを生き残ったうち、3分の1は刈られ、3分の1は実らず、そして3分の1が新たな時を生き残る。


 見よ、止翼の白竜は始原竜の御業を放つだろう。都市は消え、大地は燃え、海や川は干上がり、その苦しみは13の昼と夜を分かつだろう。


 けれど、始原竜の咢が閉まる時、神の御業で大地も人々もよみがえるだろう。



「……わが教団の聖典ともいえる『詩篇』に含まれる『黙示編』はただこれだけの記述ですが、そこに述べられる光景は恐ろしいほどにジェダイが書き著した『終末の預言詩篇』に似ています」


 法王は厳しい顔で言う。


「……やはり、ジェダイ・フォルクスは女神ホルン様からこのような世界を見せられたのでしょうか?」


 ジョゼフィン枢機卿が言うと、シルビア枢機卿が静かにつぶやく。


「……我が教団の『詩篇』や『聖典』は天地創造と神への賛歌以外の部分は、たとえ教団の信者であろうと配付していません。『黙示編』の存在は司教レベル以上のきょうだいたちしか知らないことです。教団に属しないジェダイがこのようなイメージを一人で考え出すとは思えません。ただ、女神ホルンの御業だとしたら、なぜ教団内部の者にではなく、ジェダイにそのような預言を授けられたのかが分かりませんが……」


 法王はその言葉に首を振って言う。


「なぜジェダイだったのかはどうでも良いことです」


 そして続ける。


「この戦いは、われわれ人間が生き残ることができるかという問題ではなく、人間がこの世に生きるものすべての種族がそれぞれを尊重し合い、生きていくことができる世の中にするために、種族をつなぐ要としての役割を果たすことができるかを決めるものだと思います」


 法王は静かな、しかし決意のこもった声で言う。


「創造者プロトバハムート様は神話の中で仰っています。『地上の生命を統べるに相応しい新しい種族を造ろう』と、私たちはその意志を受けて生まれた種族であるはずです。そのことが今、試されようとしています」


 法王はそこで言葉を切るとすぐに、


「私たち教団も、できる限りのことはしなければなりません。女神ホルン様の覚醒と戦いの帰趨については、王女様や『白髪の英傑』、そしてゾフィー総主教にお任せして、その他の災いについては我らが力及ぶ限り協力する必要があります」


 法王はそう言うと、シルビア枢機卿に向かって言った。


「シルビア枢機卿よ、あなたに『女神の騎士団』の第4・第5分団4千を預けます。直ちにカッパドキアに向かい、女神アルベドが呼び出すという悪鬼たちや悪疫から、王国の人々を救う算段をしてください。頼みましたよ?」

「承知いたしました。すぐに出発いたします」


 シルビア枢機卿はそう言うと、法王の前から急いでさがり、騎士団の宿舎へとその足を向けた。『神聖生誕教団』がついに本格的に動き出した。


   ★ ★ ★ ★ ★


 ここは、カッパドキア。決して辺鄙な場所ではないが、この地域には人が敢えて近づかない、尖塔のような独特の形状をした山々が屹立する場所がある。


 その地域に、古びた城砦があった。恐らく王国建国時に建てられたと思しき城砦は、長くうち捨てられていたようではあるが、その一角には明かりが灯っていた。

 その明かりの下で、女がつぶやいた。


「……時が来たようじゃな」


 その女は美しかった。葡萄酒色の瞳を持つ彼女の葡萄酒色の髪は、彼女が放つ『魔力の揺らぎ』に乗って風もないのにうねっている。


 見た目は若い。20代の後半か30代の前半と言ったところであり、その声も若々しかった。彼女はハッとするほど白い肌に漆黒のドレスを着ており、机に向かって何やら古い本を読んでいたが、その中の一節を読むとクスリと笑った。


 彼女は立ち上がると、鉄枠をはめ込まれた窓の鎧戸を開ける。爽やかな夜風がさっと部屋に吹き込み、部屋の中に揺蕩っていた紫紺の煙を振り払う。


「『神聖生誕教団』が動き始めました」


 暗い部屋の隅、ランプの光も届かない闇の中から、そうくぐもった声がする。女は振り返りもせずにうなずくと、声の主に言った。


「ふん、『神聖生誕教団』か……何かといえば居もしないホルンの奇跡を祈ってばかりの奴らに何ができる。グライフ、こちらの準備はどうじゃ?」


 すると、闇の中でくくっと笑い声が聞こえ、


「万事順調です。今年はあちこちで水害が絶えませんので、疫病の蔓延にはもってこいの環境……半月もすればあちこちの都市でバタバタと人が死んでいくでしょう」


 グライフと呼ばれた声の主はそう答える。女はうなずくと、外を見つめたまま訊いた。


「ワイバーン軍団の方はどうなっておる? 相手は人間とはいえ、ホルンの側には魔剣士として名高いティムールやおサカナさん(アクアロイド)の奴らがついておる。中途半端な数を揃えても役には立たんぞ?」

「その点はご心配なく。カッパドキア中の眷属を集め、都合13個軍団を編成しました。いかなる都市にもすぐに出撃して消滅させられます」


 グライフの声には誇らしげな響きがあった。女はそれを聞いて声に棘を込めて言う。


「相手を見くびるでない。ティムールは老いてはおるがその魔力の強さは相変わらずずば抜けておるし、アクアロイドたちも今までの暴れようから海神ネプトレの寵愛を受けておることは確かじゃ。それにホルン……」


 不意に言葉を切った女に、グライフは不思議そうに問いかける。


「どういたしましたか? アルベド様」


 アルベドは、その声も聞こえぬげに


「……ホルン、『白髪の英傑』、そしてその仲間たち……。ホルンはまだ女神として目覚めてはいないようじゃが、『白髪の英傑』がアイラとの秘密を知った時が勝負になるようじゃな……」


 そうつぶやくと、初めてグライフの方に向き直って言った。


「少し早めに勝負を仕掛けた方がよいかもしれぬ。グライフ、そなたはワイバーンの軍団を率いてグロス山脈に至り、そこを越えてくるホルンの軍団を殲滅せよ。その際、必ずパラドキシアと行動を共にするのじゃ」

「パラドキシアも出陣しているのですか?」


 グライフが驚いたように訊くと、アルベドは頷き、重ねて言った。


「うむ、まれに見る国難じゃからのう。トロールやキメラなどの『魔軍団』を率いてホルンを討ち取るために出撃させておる」


 そこで言葉を切ったアルベドは、鋭い目でグライフを見て、鋭い声で命令した。


「そなたとパラドキシアの確執は知っておる。しかし、わらわがこの世を統べるか否かの大事な戦いじゃ。どちらも私情に捕らわれず、ただホルンを倒すことだけを考えて動くことじゃ、よいな⁉」

「はっ‼」


 グライフは平伏したが、恐る恐る顔を上げて訊く。


「こちらがそう思っていても、パラドキシアの方がどう思うか分かりませぬが……」


 それを聞くと、アルベドはぴしゃりと言った。


「パラドキシアにはわらわが話をしておく。繰り返すが、ホルンの一味は手練れ者ぞろい、決して内輪もめなどして隙を見せてはならぬ! 行けっ!」

「はい‼」


 グライフはそう言い残すと、闇に溶けるようにして存在を消した。

 アルベドはしばらく闇を見透かすように目を細めていたが、再び窓の外に目をやった。そこには尖塔のような山々が黒々と宵闇の中に浮かんでいる。


「ホルン、そなたの魂はこの手で引きちぎってやったはず……再び降臨することは至難の業じゃが、この胸騒ぎはそなたがわが命の近くにまで手を伸ばしているということか……」


 そうつぶやいたアルベドは、不意に笑いを浮かべて


「その時はその時じゃ。そのためにあいつがおるのじゃからな」


 そしてアルベドは窓を閉めると、急いで部屋を出て行った。



 同じころ、アルベドと同じように夜空を見つめている者がいた。ファールス王国指折りの魔導士であり、『神聖生誕教団』の総主教たるゾフィー・マールである。


「今回こそは、女神ホルン様の降臨まで持って行きたいものじゃな。今まで何度かそのチャンスはあったが、そのたびに不具合が起こって思うようには行かなんだ……」


 幕舎の中で、ゾフィーが独り言ちる。その顔は少女のようで、差し込む月の光を受けて玲瓏たる珠のように白く輝いていた。


「しかし、今回は違うようじゃな。『黙示編』と『ジェダイの終末預言詩篇』にあるような状況が起こりつつあり、王国の民の中にも変革が起こることを察知する者も出てきたようじゃ、女神ホルンは民の求めるところに顕現するという……確かに、女神の転生と言える人物にも出会うことができた。あとはその者たちが目覚めるだけ……私も長く生きてきたが、やっと時期に巡り合ったようじゃな」


 そうつぶやくと、ゾフィーはふと視線を天幕の一点に留め、何か考えにふける。

 やがて一つうなずくと、


「そのためには、アルベドの両腕を取り上げねばならぬが、その前に確かめておかんといかんのう……」


 ゾフィーは手鏡を取り出すと、それに呪文を唱えた。


「C’est murrero im sehern, sovak Doraconia um arkemista rofem」


 そして、しばらく鏡を見つめていたが、何か満足したようにうなずくとそれを閉じて笑った。その笑顔はいたずらを見つけられた時の少女のようにあどけなかった。


「うむ、さすがは我が弟子じゃ。ロザリアの覚醒は順調のようじゃな。『七つの枝の聖騎士団』の次はパラドキシアとティラノスを空に還さねばならぬ……そして、アンティマトルを引き連れたアルベドとの戦いじゃな」


 ゾフィーは天幕から出ると、その怜悧な顔を空に向けて微笑んだ。


「アルベド、一度は女神として人々の崇敬を集めたものでも、堕ちてしまえばプロトバハムート様のもとに戻るしかないのじゃ……お互いにな」


(39 神話の秘密 完)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

『ジェダイの終末預言』や『神聖生誕教団』の黙示編については、ホルンとグリーフ、ザールとアイラの戦いの前に記述しておかないとと思っていました。

預言の解釈の相違や、「予言の利用」のことは、今後も大切な場面で記述していきたいと思っています。

次回『40 破壊の誓約』は、ホルン対グリーフ、ザール対アイラの戦いが一気にヒートアップします。

来週日曜の9時〜10時投稿です。お楽しみに。

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