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青き炎のヴァリアント  作者: シベリウスP
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4 悪意の代償

 ある村の長からドラゴン退治の依頼を受けたホルン。村長はホルンを下にも置かずもてなすが、村人たちの表情が冴えない。ホルンは村人から、長をはじめとした村の上層部は元山賊で、ドラゴンの卵を盗み高く売ることで利益を得ていると知る。卵を盗むのは村人の役割で、盗めばドラゴンから殺され、盗まねば長から殺されるという。その話を聞いたホルンが取った行動とは。ホルンの相棒、ドラゴンのコドラン登場。

 小さな村を見下ろす峠の上で、一人の美女が足を止めて一息ついた。彼女は、銀色の髪を肩のところで緩く括り、翠色の瞳で村を静かに見つめていた。

 峠を吹き上げる風が、ぼろぼろになった緑のマントを翻す。彼女は若いながら、かなりの修羅場をくぐってきていることが、そのマント一つで分かる。そして、革製の胸当てに鍛鉄を縫い付けた籠手、革製の腹巻や横垂、そして膝当ての付いた底の分厚いブーツなど、その装備を見れば彼女がただの旅人ではないことも分かる。

 ここは、ファールス王国のいわゆる“辺境”と呼ばれる地域だ。この王国では25年前に時の国王から異母弟が王位を簒奪するという事件が起きた。それ以来、王威は辺境まで届かず、今や辺境は盗賊や魔族、化け物などが跳梁する何でもありの事態に陥っていた。

 それでも、辺境にも人は住んでいる。経済活動も行われている。旅人や交易商人を守り、人々の暮らしの安全を確保するため、『用心棒』という商売が現れていた。彼女はその用心棒だったのである。

「あの村がドラクね」

 彼女は、小ぢんまりとして簡素な村を見つめていたが、何かしら重い雰囲気を感じ取って眉をひそめた。

「依頼はドラゴン討伐だったけど、村には目に見えて被害はないみたいね。けれど、あの重苦しい雰囲気は、私の思い過ごしかしら?」

 彼女はしばらく村を見つめていたが、

「とにかく、行ってみるか」

 そうつぶやいて、峠道を降り始めた。


 村に入ってみると、いぶかしさはさらに募った。彼女はとりあえず交易会館を兼ねているという食堂に入ってみたが、会館の職員は今回の依頼を把握していなかった。

 さらに不思議なのは、彼女が『ドラゴン討伐』の話をした途端、職員の顔色が変わり、それ以上何を聞いても「分かりません」の一点張りになったことだ。結局、誰がこの依頼をして、どのようなドラゴンからどのような害を被っているのか、彼女が知りたいことは何一つ分からなかった。

「不思議ね……」

 ここにいても埒が明かないと感じた彼女は、とりあえず会館を出て宿を探すことにした。村のメインストリートは小さかったが、それでも掃除が行き届き、特にドラゴンの被害の痕跡すらも見受けられなかった。

「お姉ちゃん、もしかして用心棒?」

 彼女が宿を探して歩いていると、12・3歳くらいの男の子が話しかけてきた。手には木剣を持っている。

「ええ、そうよ」

 彼女が答えると、少年はあからさまに軽蔑の表情をして言った。

「女なんかが用心棒になれるのかい? お前なんか、アロー兄ちゃんにかかればコテンパンだよ」

 彼女はそれを聞いても温顔を崩さずに少年に答えた。

「そうなの? 私もそのアローお兄さんに稽古をつけてもらいたいな」

「バカヤロー、アロー兄ちゃんは『王の盾』になりたいって一生懸命なんだ。お前なんかと対戦なんかしてやるものか」

 少年の怒鳴り声を聞きつけて、近くの家から17・8歳の青年が出て来た。手にはやはり木剣を持っている。青年は、怒っている少年に声をかけた。落ち着いた声だった。

「サンバ、何を怒っているんだい?」

「あっ、アロー兄ちゃん聞いてよ。この女、用心棒なんだってよ! 笑わせるよね」

 サンバと呼ばれた少年が、青年を振り返って言う。青年は深い海の色をした瞳で彼女を見て、顔色を変えた。

「サンバ、口を慎め!……すみません、私の弟が失礼なことを申し上げました。私はアロー・テル、剣術遣いの見習です。あなたはもしかして、ホルン・ファランドールさんではないですか?」

 ホルンと呼ばれた女性は、ニコリと笑ってうなずいた。

「はい、私はホルン・ファランドールです。あなたも弟さんも、なかなか筋が良さそうですね」

 そう言われたアローは、パッと顔を輝かせて言った。

「恐れ入ります。私は『王の盾』になりたくて修行している身です。ぶしつけなお願いですが、よければ一手ご指南願えませんか?」

 ホルンはうなずいた。


 三人は、近くの野原に出向いた。最初元気だったサンバは、何が何やら分からない様子だったが、それでもアローの様子から『この姉ちゃん、もしかして強いのか?』と思っている様子だった。

 アローとホルンは、それぞれ木剣を構えて10ヤードほどの距離で向き合った。

「お願いします!」

 アローが言うと、ホルンも

「お願いします」

 そう答え、晴眼につけていた剣先をすっと自らの身体の後ろに回した。

「?」

 アローは戸惑った。あれでは剣で防御ができない。いわばホルンは『どこからでも斬り込んでおいで』と誘っているようなものだ。相手の剣が速ければ、ホルンはなすすべもなく敗れるだろう。

 しかし、アローは動こうとして悟った。ホルンはアローの動きを見て、微妙に剣の位置や身体の向きを変えていたのだ。しかも、ホルンは左手にいつでも『魔力の揺らぎ』を開放できるよう準備していた。恐らく、アローが斬り込んでも左手の魔力で剣は止められ、そのままホルンの剣は自分を切り裂くだろう。

「さすがは……」

 アローはそうつぶやく。すでに彼は汗びっしょりだった。

「来ないの? じゃ、こちらから行くわね?」

 ホルンがそう言った途端、アローの木剣は宙を舞った。何をされたのかも気付かないくらいの早業だった。

「ま、参りました」

 アローはへたり込むと、潔く負けを宣言した。ホルンは笑って言う。

「私の『魔力の開放』を気にしていたわね? あれが見えるということは、あなたも魔力の修練はやっているのね。エレメントは『水』かしら?」

 アローは笑ってうなずいた。

「ええ、私はまだまだですね。どうすれば強くなれますか?」

 その問いに、ホルンは困ったように笑って答えなかった。その時、

「な、なんだお前! アロー兄ちゃんはそんなに弱くないぞ! たまたま勝ったからって調子に乗るな!」

 サンバが目に涙をためてそう叫ぶ。アローはサンバを鋭くたしなめた。

「サンバ、この方は『無双の女槍遣い』と言われている方だ。それにファランドールという姓は『王の盾』よりも格式の高い『王の牙』筆頭だったデューン・ファランドール様と同じ。ホルンさんはひょっとして……」

「私は、デューン・ファランドールの娘です」

「やはり! 道理で強いと思った。段違いの強さだった。そのような方に稽古をつけていただき、光栄です」

 二人の会話を聞いていたサンバは、すすり上げながらアローに訊いた。

「そのお姉ちゃん、そんなに強いの?」

 アローはうなずいて言った。

「ああ、王家の戦士たちに匹敵する強さだ。並みの剣士じゃまず勝てまい」

 それを聞いて、サンバは少し笑って言った。

「なんだ、そんな強いお姉ちゃんなら、アロー兄ちゃんが負けても仕方ないんだね? アロー兄ちゃんが弱くなったんじゃないんだね?」

 アローはサンバの頭をなでながら、ホルンに訊く。

「ところで、ホルンさんはどうしてこの村に?」

「私は、ニルスの町の交易会館で、この町からの『ドラゴン征伐』の依頼を見てやって来たの。しかし不思議だわ、ドラゴンの被害の跡すらないし、村人も何か隠しているみたい。あなたたち、何か知っているなら教えてくれる? 依頼主には内緒にしておくから」

 ホルンの言葉を聞いて、サンバは顔色を変えたが、アローは目をつぶって何かを考えていた。そして目を開けると、

「その依頼は、村長からでしょう。村長は村人にドラゴンの巣から卵を盗み出させ、それを高値で売りさばいている盗賊団の団長です。村人は村長の手下たちから強要されてドラゴンの巣に出かけますが、卵を盗んだらドラゴンから殺され、盗めなければ手下たちから殺されます。近ごろ、ドラゴンの巣に大きなシュバルツドラゴンが巣食っていて、誰も近寄れないためにそんな依頼を出したのでしょう」

 そうはっきりと言った。

「兄ちゃん、しゃべったことが知られたら、兄ちゃんが奴らにやられるよ」

 サンバが慌てて言うが、アローはサンバを優しく見て言う。

「サンバ、村人たちの苦しみに義憤を感じなければ、剣術遣いとしては失格だ。剣は人に勝つためにあるのではない、自分の弱い心に勝ち、正義を通すためにあるんだ」

 それを聞いてホルンが微笑んで言った。

「ありがとう、これで謎がすっきり解けたわ。アローさん、その心がけなら自ら信じる努力をすれば必ず強くなれるわ」

 そう言って踵を返したホルンに、アローが問いかける。

「あっ、ホルンさん、どちらへ?」

「村長のところよ。依頼は依頼として話は聞かないとね? この話にどんな始末をつけるのかは私次第だけどね」

 ホルンは振り返りもせずにそう言った。その声の冷たさに、アローとサンバは思わず凍り付いた。

                    ★ ★ ★ ★ ★

「いやあ、よくおいでくださいました。この村の長でリバイと言います。あなたみたいな方なら、この村をドラゴンから救ってくださるでしょう」

 ホルンが村長に訪いを入れると、最初は女だとして胡散臭い目で見られたが、ホルン・ファランドールだと名乗ると、村長たちの態度ががらりと変わった。傍で見ていて可笑しいほどの豹変ぶりだった。

 村長はホルンを機嫌よく招き入れ、食事や酒などあらゆるもので歓待した。

「事情をお聞きしましょう。どんなドラゴンで、どんな被害が出ているのか。被害が出たのはいつごろからなのか、まあ、そういったところをお聞きしたい」

 ホルンが言うと、村長は急に顔をしかめて答える。

「この村は、ドラゴンの巣が近くにあることもあって、以前から小さな被害は出ていました。作物を荒らされたり、村人が殺されたりね。しかしそれも数年に1件程度でした」

 そこで村長は酒をなめて、

「しかし、2か月ほど前にシュバルツドラゴンが巣食ったようです。以来、2か月で15人もの村人が襲われ、うち12人が殺されました。このままでは私たちの村はドラゴンに潰されてしまうでしょう」

 そう、沈痛な顔で言う。

「それで、私はそのシュバルツドラゴンを退治すればいいのかしら? それともドラゴンを悉皆、退治すればいいのかしら?」

 ホルンが訊くと、村長はびっくりした顔で慌てて言う。

「い、いえ、全部退治する必要はありません。私たちにとって厄介なシュバルツドラゴンだけ退治していただければ」

「そう。でも、私がシュバルツドラゴンと戦えば、周りのドラゴンたちもきっと私に向かってくるわ。そうなったら相手しないと仕方なくなるけれど、その点はご容赦願いたいわね? それと、仕事が終わった後にそちらで結果を確認していただくわね。報酬はその後に頂戴するわ」

 ホルンが言うと、村長は仕方なく首を縦に振った。ここでホルンの言うことを飲まなければ、ホルンはきっとこの仕事を断るだろうと思ったのである。

「じゃ、私は宿に戻るわ。準備に2・3日かかるから、出発する前には知らせるわね」

 ホルンが立ち上がると、村長はびっくりして言った。

「えっ! この屋敷にちゃんと部屋を準備しておりますが」

「……村長さん、ご厚意はありがたいけれど、用心棒って用心深いの。自分で納得した場所でしかくつろげないのよ。そう言った習性は知っておいた方がいいわよ?」

 そう言うと、ホルンはニコッと笑って部屋を出て行った。


 ホルンが帰った後、村長は人相の良くない男たち数人と何やら相談していた。

「あの女、用心棒にしては美人だったな。惜しいな、用心棒を辞めて俺たちの仲間に入ったら、たんと可愛がってやるんだが」

 村長がそう言って下卑た笑いを上げると、隣に座っていた顔に刀傷がある男が注意した。

「お頭、あいつを見くびっちゃいけない。かなりの腕だ。俺は見ていて寒気がした」

「それは分かっている。あの美貌で、しかもあの年で用心棒稼業を続けているってことだけでも、並の腕じゃないことは分かる。しかし、他のドラゴンまで傷つけられたら困りものだな」

「下手をすると、ドラゴンたちが驚いて巣を変えちまう可能性もありますぜ」

 頭の毛がままならない男がそう言う。

「しかし、シュバルツドラゴンが居座っている限り、卵を盗み出すなんてことは不可能だ。なあに、巣を変えたとしても場所さえ突き止めれば、幾らでも卵は盗れる。とにかく、天下に名高い『無双の女槍遣い』ホルン・ファランドールの健闘を祈ろうじゃないか。相手はシュバルツドラゴン、あの女がどれだけ強いか知らないが、思い上がっていられるのも今のうちだ。相討ちになってくれれば最高ってもんだ」

 村長が言うと、手下が訊いた。

「お頭、見分はどうします?」

「そうだな、あいつも立ち合いを要望していたな。仕方ねえ、俺とアインとゼロ、三人で行くか。大人数だと目立つし、ドラゴンから目を付けられても困るしな」


 そのころ、ホルンは宿にいたのではなく、すっかり日が暮れた山道を歩いていた。行先は村長から聞いていた『ドラゴンの巣』である。ドラゴンの巣窟に行くというのに、ホルンは槍の鞘も払わず、背に負ぶったままだ。

「もう少しね。あの稜線の向こう側ってことだったわね」

 ホルンはそう言って足を速める。そんなホルンの前に、一匹の仔ドラゴンが現れた。

『待て、人間。この先はドラゴンの所領と知っているか?』

 ドラゴンが猛り立ってそう話しかけてくる。もちろん、普通の人間にはドラゴンの声と言えば「ギャー」とか「グエエ」としか聞こえないが、ホルンには産まれつきドラゴンの言葉が分かったのである。

「ええ、知っているわ」

 ホルンが答えると、ドラゴンはびっくりしたように問いかけてきた。

『え? 人間、ぼくの言葉が分かるの? さてはおぬしもドラゴン?』

 するとホルンはクスリと笑って言った。

「そんなわけないでしょ? 私は見てのとおり人間よ。あなた、シュバルツドラゴンね? あなたの一族の主にお会いしたいんだけれど」

 ホルンがドラゴンの頭をなでると、ドラゴンは気持ちよさそうに目を細めたが、はっと気が付いてブルブルと頭を振り、急に威儀を正して言った。

『ば、バカなことを言うな! この所領に住む同胞が麓の人間たちに卵を盗まれて困っていると聞いたので、我らシュバルツドラゴンの一族が出てきたのだ。きさまも卵泥棒の一味か?』

「違うわね。その卵泥棒のことで、相談があるのよ。だから主に会わせてくれない?」

 ホルンが言っても、仔ドラゴンはそっぽを向いたままだ。

「……私はホルン・ファランドール。あなたの名前は?」

『ぼくの名前を聞いてどうするんだい?』

「だって、名前を知らないと呼びにくいわ。こちらが勝手に名前を付けるのは失礼だし」

 ホルンがそう言うと、仔ドラゴンはびっくりした目で見つめて言った。

『変わった人間だね。ぼくが飼われていた時は、勝手に名前を付けて、勝手に扱いやがったんだけどな……。ぼくはコドランって言うんだ』

「そう、いい名前ね。コドラン、私をあなたの主のところに連れて行ってくれないかしら?」

 ホルンは翠の瞳を輝かせてコドランに頼んだ。とともに、ホルンの身体からいい匂いがする微風がそよぎ出て、コドランの身体を包んだ。

『え、え? なんかいいきもち……いいよ、ついておいで』

 コドランはそう言うと、とろんとした目でホルンを連れて前へと進み始めた。


『コドラン、なぜ人間を連れてきた? それでもお前は斥候のつもりか?』

 ホルンは、コドランの後についてやすやすとシュバルツドラゴンの主のところにたどり着いた。途中で様々なドラゴンにあったが、彼らは皆、ホルンの『風の子守唄』という魔法で眠ってしまっていた。

『え、え、棟梁、ごめんなさい』

 ドラゴンの棟梁から叱責されて、コドランの魔法が解ける。コドランはいつの間にか自分とホルンが棟梁の前にいることにびっくりしていた。

「ごめんなさい、私がコドランちゃんに魔法をかけて、ここまで案内してもらったの。途中のドラゴンたちにはみんな正規の意味で眠ってもらったわ」

 ホルンがそう言うと、ドラゴンの棟梁は眉を寄せて訊く。

『お主からは猛々しい感じが見受けられぬ。人間よ、何のために我が前に来た?』

「私は、ホルン・ファランドール。前のファールス王国『王の牙』筆頭、デューン・ファランドールの娘です」

 ホルンが名乗ると、ドラゴンの棟梁はそれまでの緊張を解いて、やや優しい声で言った。

『デューン・ファランドールの娘御だと? なるほど、道理で魔力も胆力も強いはずだ。王の牙の縁者なら、卑怯な真似はしまい。わしの名はグリン。誇り高き王の戦士の縁者よ、ここに来た訳を聞かせてくれ』

 ホルンは微笑して訊いた。

「グリン殿は、麓の村人がドラゴンの卵を盗み出すことはご存知ですね?」

『当たり前だ! それを防ぐために我が一族がここにいるのだ』

「私は、麓の村長から、あなたを討伐してほしいと依頼を受けました」

『なんと! それではお主は敵ではないか? 良くものこのことここに来たものだな』

 訝しげに言うグリンに、ホルンは笑顔で言った。

「その依頼主である村長が、卵泥棒の黒幕と言ったらどうします?」

『……何か裏がありそうだな。ホルン殿、詳しく聞こうか』

 グリンが言うと、ホルンはこれまでのことを残らず話した。

「……ということです。その黒幕さえいなくなれば、ここのドラゴンたちは平和に暮らせます。もともと、あの村の人たちはドラゴンを恐れ、手を出さなかったそうですからね」

『ふうむ、そこはホルン殿の言うとおりだ。しかし、その黒幕をどうやって倒すのか?』

 グリンが訊くと、ホルンは満面の笑みで言った。

「村長は私がドラゴンを討伐したら、その見分にやってきます。そこで、こうしていただければ、村長たちは安心してドラゴンの所領に入ってくるでしょう。村長たちはそちらの心のままにしてください」

 ホルンの計画を聞いて、グリンは

『それは面白い。退屈しのぎができそうだな。ちょっと演技が難しそうだが、そこはホルン殿がよしなに取り繕ってくれ』

 そう言って笑った。

                    ★ ★ ★ ★ ★

「お頭、ホルンから連絡です。『今日0点(午後6時)にドラゴンの巣に向かう。村長さんは1点(午後8時)ごろにドラゴンの巣においで願いたい。報酬を忘れずに』とのことですぜ」

 ホルンがグリンと話をした次の日、村長宅では頭の毛がままならない男――ゼロがそう村長に報告していた。

「そうか、いよいよだな。ゼロ、アイン、刀と槍を持っていくぞ。あの女が生き残ったとしても、ドラゴンたちとの戦いで息も絶え絶えだろう。引導を渡してやろうか」

 リバイはそう言って笑った。


 一方ホルンはというと、

「ホルンさん、もう閏7点(午前10時)ですよ」

 ホルンは、静かに叩かれるノックの音と、柔らかな声で目覚めた。

「ありがとうアローさん。あの手紙は村長に届けてくれたかしら?」

 ホルンはベッドから起き上がると、ドアの外に問いかける。ドアの向こうからは

「はい、ちゃんとサンバが届けてきました」

 と返ってきた。

「サンバくんなら、相手は怪しまないわね。いい仕事をしてくれたわ、アローさん」

 そう言ってゆっくりとベッドから立ち上がった。

「ご飯ができています。お着替えが終わったらおいでください」

 アローはそう言ってドアの前を離れた。

 なぜ、ホルンがアローたちの家に泊まっているかというと……。


「さすがに、こんな時間に開いている宿屋なんてないわね……」

 グリンと何やら打ち合わせたホルンが、ドラクの村に戻ってきたのは、もう明け方近くだった。しかし、宿屋が見つからないってことは、この稼業では別段珍しいことでもない。慣れっこになっているホルンは、適当な木の上で少し睡眠でも取ろうと、木を物色しながら歩いていた。その時である、

「あれっ、ホルンさんじゃないですか?」

 そう声をかけてきたのは、アローだった。

「アローさん……だったわよね? どうしたの? こんな時間に」

 不思議そうに訊くホルンに、アローは、

「それはこっちが訊きたいですよ。私は朝練の帰りですが、まだ5点半(午前5時)ですよ?」

 そう訊く。ホルンは一言、

「仕事で時間取っちゃってね、宿が取れなかったのよ」

 そう言うと、再び木を物色し始める。

 アローはため息を付いて

「それで、木の上で寝ようということですね? それより私のうちに来てくださいませんか? 稽古をつけてもらったお礼もしたいですし、あなたみたいな剣士と知り合ったって言えば、母も喜びます」

 そう誘う。

「悪いけど、あなたに迷惑はかけられないわ。お気遣いなく」

 ホルンはにべもない。

 しかし、アローも諦めなかった。

「ホルンさん、実は私の祖父は『王の盾』の一員でした。名前をヴィレムと言います」

 そう言った。ホルンはヴィレムの名に記憶があった。

「ヴィレム……ヴィレム・テル……。“閃光のヴィレム”!」

 ホルンがそう言うと、アローは少し誇らしげに頷いた。

「はい、父は祖父に憧れて王家の軍に入隊し、『王の盾』に選ばれましたが、弟が生まれた年にアルカディアの戦いで戦死しました。私は祖父や父の遺志を継いで、『王の盾』の一員になり、ゆくゆくは『王の牙』の一員になりたいと思っています」

 ホルンはその話を聞いて、頷いた。

「分かったわ。あなたの家がそういう名誉ある家であるなら、私も一宿一飯の恩義に預からせていただくわ」

 ……そういった経緯があったのである。

 ――アローさんのお母上も、立派な方だった。5点半という非常識な時間にお邪魔しても、温容に接して下さったし、ヴィレム様の話も、デューン様に聞いていた話と同じだった。それに、久しぶりにベッドで寝ることができたのも、今日のことを考えると、確かに良かった。

 ホルンは、久しぶりに脱いだ篭手や胸当てや腹巻き、横垂を見ながらそう思った。

「おはようございます。お母上」

 ホルンは髪と服の乱れを直すと、ベルトに帯剣で階下に降りた。そこにはアローの母がサンバの勉強を見ながら掃除をしていた。

「あら、おはようございます。もう起きたの? ホルンさん。昨日は遅かったんだから、もう少しゆっくり寝ていればよかったのに」

 サンバの母は、そう笑顔で言う。ホルンも笑顔で答える。

「突然お邪魔したうえに、そんなにご迷惑はかけられませんから」

「迷惑なんてとんでもない。アローに稽古をつけていただいたんでしょう? おかげでアローも自分の未熟さに気がついたみたいで、稽古も以前に増して真剣に取り組むようになりました。あのままで行けば、王家の軍には入れなかったでしょうし、運良く入れたとしても、つまらない結果になったことでしょう。感謝しています」

 そういった居住まいを正す母に、ホルンも真面目な顔で言った。

「アローさんには、確かに戦闘センスがあると思います。惜しむらくは、剣技や体技、そして魔法のそれぞれがまだ熟達の域に達していないことでしょう。あと2年か3年修行されれば、その才能が開花するでしょう」

 ホルンの言葉をうなずきながら聞いていた母は、ニッコリと笑いながら言った。

「達人の言葉はみんな同じですね。以前、ティムール殿が見えられたときも、同じようにおっしゃってました」

「ティムール殿ですか。私も以前お会いしたことがありますが、まだまだ腕にお年は召されていないようでした」

 ホルンが言うと、母はハッと気がついたように言った。

「おお、朝食もまだでしたね? 話し込んですみません。早くお上がりになって、お風呂もお使いください。せっかくお美しいんですから。女はどんなときでも美しくあらねばなりませんよ?」

 ホルンは苦笑しながら頷いた。


「ホルンさん、湯加減はいかがですか?」

 サンバの母が聞いてくるのに、ホルンはため息のような声で答えた。

「ちょうどいいです。とても安らぎます」

 実際、ホルンのような暮らしをしていると、お湯に浸かって心も体もゆっくりと緊張をほぐすなんてことは、年に何度もあるわけではない。

「ホルンさん、不躾だけど、お歳を聞いてもいいかしら?」

「……25です」

「そう、私の夫がアルカディアで戦死したとき、私は25だったわ。早いものね、あれからもう12年も経つなんて」

「そうですか……。でも、アローさんやサンバくんの将来が楽しみですね?」

 ホルンはそれだけ言った。

「ええ……ただ、二人とも王家の戦士になって私に楽をさせたいと思っているようですが、父や夫のことを考えると、この村で平和に暮らしてもらいたいとも思います。平凡でも構わないので」

 母の言葉に、ホルンは何も言えなかった。自身も幾多の修羅場を越えてきている。いつかアイニの町で出会った少年たちには、戦闘の厳しさを実際の経験をさせることで教えたホルンだったが、今にして思えば少年たちには惨いことをしたと反省するホルンだった。

「すみません、愚痴を言ってしまって。ホルンさんも早くいい人を見つけて幸せになってください」

 ホルンの沈黙に、母は慌ててそう言った。ホルンは小さな声で答えた。

「……はい」


 風呂から上がったホルンは、母に礼を言うと与えられた部屋に戻り装備を整えながら思った。

 ——戦士という職種は、本当はない方がいいものだ。けれど、それがなければ普通の暮らしすらできない場合がある。なぜ、私たちは戦うのだろうか?

 ホルンは、15歳の時から用心棒という暮らしを続けて10年。その間、大小の戦闘を重ねてきたが、できるなら命を奪わないことを優先させてきたつもりである。それでも、彼女が覚えているだけでもかなりの数の人や化け物を屠って来たのは事実である。

 ——歳を重ねるたびに、その重さを感じてきた。いつまでこうした暮らしを続けるのか、続けられるのかは分からないけれど、いつまでも続ける稼業じゃないわね。

 ホルンは心底そう思った。母親として、息子たちの思いを嬉しく感じながらも、そのことに心配を抱えているアローたちの母の気持ちがわかるような気がした。

 ――とにかく、まずはこの村の人達を救わなきゃ。自分のことは後でいいわ。

 ホルンはそう思い、すっかり装備を整えた自分を姿見に映して見てみる。そこには華奢ではあるが鋭い目をした銀髪の自分が映っていた。

「私って、美人なのかしら?」

 思わずそうつぶやくと、

「はい、私は美人だと思います!」

 そう、断言する声に、ホルンはハッとして振り向いた。そこには剣を左手に持ったアローが立っていた。顔が心なしか赤い。

「……い、いえ、すいません。ノックはしたんですが返事がなく、何やらブツブツと声が聞こえたんでつい……」

 慌てるアローに、ホルンは優しく笑って言う。

「……お恥ずかしいところをお見せしましたね? ありがとうございます、私のことを美人と言ってくれて。でも、今夜のドラゴン退治に加勢は無用です」

「でも、相手はシュバルツドラゴン、ドラゴンの中のドラゴンです。私が行っても足手まといなのは分かっておりますが、何かお手伝いをさせてください」

「アローさん、お気持ちはうれしいですが、いまご自身でおっしゃったとおり、足手まといになると思っているなら、ここでお母様に親孝行してあげてください。はっきり申し上げます、今夜はついて来ないでください」

 ホルンは、酷だとは思ったが、心を鬼にしてそうきっぱりと言った。

「……分かりました」

 アローは傍から見てもわかるくらいしょげかえって部屋を出ていった。プライドを傷つけられたようだ。

 けれど、これは遊びじゃない。本当の相手はドラゴンではなくてこの村を牛耳る悪党たちだが、変な加勢が入って話が妙な方向に行ってもつまらない。ホルンはアローの心を思いやり、出発の時間である0点(午後6時)にはまだ早かったが、9点(午後4時)に誰にも告げずに家を出て、そのまま『ドラゴンの巣』に向かった。


 一方、ホルンから加勢をにべもなく断られたアローは、仕方なくいつもの練習をしようと野原に来ていた。しかし、剣を振っていてもホルンの面影が脳裏にちらついて離れない。

 ――くそっ、こんなことでどうする!

 そう自分を叱ってみても、心はいつの間にかホルンの長い銀髪や翠の瞳を思い出して苦しくなるのだった。

「こんなんじゃ、私はいつまでたってもホルン殿に追いつくどころか、いっぱしの戦士にもなれない。忘れろ、ホルン殿のことは忘れるんだ!」

 アローはそう言いながら、がむしゃらに剣を振り続けた。


 やがて、彼はくたびれたのか、ごろりと横になった。

 ――私は、ホルンさんのことが好き……なのか?

 そう思い至ったとき、彼は苦笑しつつ思った。

 ――彼女は王家の戦士とも互角に戦えるだけの力がある。私は彼女に釣り合わない。

「……だから、彼女にふさわしい戦士にならないといけない。それは私や母のためにもなる。もっと、もっともっと修練して、きっと彼女にふさわしい戦士になってみせる!」

 アローはそうつぶやくと、再び立ち上がり、剣を握った。

 ふとアローが村の方を見ると、リバイたちが来るのが見えた。

 ――村長たちが、今度はどんな悪巧みをしているんだ? 剣や槍なんか持って。

 アローはそう思って、背の高い草に身を沈めた。

「お頭、もうすぐ0点ですぜ」

 頭が禿げ上がったゼロが、懐から懐中時計を取り出して言う。

「そうか、もうホルンはドラゴンの巣に出発した頃だな」

「一時(2時間)で方がつきますかね?」

 隻眼のアインが言うと、リバイは

「一時でかたがつかなければ、それだけホルンが苦戦しているってことだ。討ち取りやすくなるってもんだ」

 そう言って笑う。

「お頭も人が悪いっすねえ。さんざん働かせておいて代金をバックレるのみならず殺っちまうなんてねえ」

 そう言ったのはゼロである。

「人にはそれぞれ利用価値がある。そして人の価値ってのはどれだけ利用価値があるかで決まるんだ。王だろうと俺にとって利用価値がないなら無価値だ。あの女の価値はシュバルツドラゴンを倒した時点で償却されるんだよ。利用価値がない者をいつまでも大事にするなんざあ、俺からすると酔狂すぎて訳がわからんな」

「じゃ、見分には斬れ味のいい武器を用意しないとですね」

 ゼロの言葉に、三人とも笑った。

 ――このままじゃいけない。今飛び出すか?

 アローはできるならこの場で三人とも斬り捨てたかった。しかし、アインもゼロも、剣や槍を取っては王家の軍にも勝ると思われている。

「妄動は避けよう。あいつらを見張っていれが、チャンスは有るはずだ」

 アローはそうつぶやいて、三人の後をつけ始めた。

                    ★ ★ ★ ★ ★

 ホルンは、ちょっと早いが、『ドラゴンの巣』に向かっていた。やがて昨日の山道に差し掛かると、コドランが目敏く彼女を見つけて近づいてきた。

『あっ、ホルンさん。もうおいでになったんですか?』

 コドランがそう訊くと、ホルンは微笑んで言う。

「ええ、やっぱり私は町中より、こんな自然の中が落ち着くみたい」

『ぼくもそうだよ? 自然っていいよね? あれ? ホルンさん、今日はなんだかいい匂いがするね』

 コドランが言うと、ホルンは顔を赤くして

「そ、そうかしら? 昨日、久しぶりにお風呂に入ったからかな?」

 そういう。そんなホルンに、すっかり打ち解けたコドランは、目を輝かせていう。

『ねえ、ホルンさん。この仕事が終わったら、ぼく、ホルンさんと一緒に旅をしようと思うんだ。棟梁にはまだ話してないけど、きっと許してくれるよ』

 ホルンはびっくりして訊く。

「え、どうして旅なんか。ドラゴンの群れの中で一緒にいたらいいのに。親御さんは許してくれたの?」

『前に言ったかもしれないけど、ぼく、人間に飼われていたんだ。ぼくの父さんは密猟者に殺されて、ぼく一人だけ生き残ったから。だから、ぼくはどこかにいる母さんを探したいんだ。それが、ぼくが旅に出たい理由だよ』

 それを聞いて、ホルンは寂しげな顔でコドランに謝った。

「ごめんなさいね? そういった事情も知らないで」

『あ、謝ることなんてないよ。ぼくも人間に飼われた理由なんて話してなかったから、ホルンさんがそのことを知ってるはずがないでしょ?……ねえ、一緒に行っていい?』

 コドランはニコニコ笑って言う。ホルンは優しく笑って頷いた。

「いいわよ。でも、私と旅をすると、いろんな事件に巻き込まれたりするかもよ? それでもいいかしら?」

『冒険できるなら願ったり叶ったりだよ。やったあ~、これでぼくは旅に出られるぞ!』

 嬉しくて宙返りするコドランを見て、心の底が暖かくなるホルンだった。

「……そろそろ時間ね。コドラン、私を棟梁のところに連れて行って」

 ホルンが顔を引き締めて言うと、コドランも真面目な顔で答えた。

『わかりました。ホルンさん、どうぞこちらへ』

                    ★ ★ ★ ★ ★

「ホルンのやつ、本当にシュバルツドラゴンを討伐してますかね」

 1点(午後8時)ごろ、ホルンが登った山道を、リバイたちが登っていた。

「あのアマもいっぱしの用心棒だ。引き受けた仕事はきっちりこなすだろう。見ろ、あっちこっちの岩が崩れて、あの峠の上にあったはずの木も丸焼けになってらあ」

 片頬に刀傷があるアインの言葉に、リバイがそう言って山の上のまだくすぶってる木を指差して言う。

「……シュバルツドラゴンもそうとう反撃したようですね」

 頭の毛がままならないゼロもそう言う。その言葉に、リバイは嬉しそうに答える。

「そうだな、この分じゃ、ホルンも無傷では済まないだろうな。お前たち、ホルンが怪我していたら、そのまま引導を渡してやれ。抜かるなよ?」

「分かりました」

 ゼロとアインがそう答えて、剣や槍を取り直す。

 やがて、三人は山嶺を越えた。そこには、

「おお……」

 巨大で真っ黒な塊と、緑のマントを翻す小さな影が見えた。シュバルツドラゴンとホルンだ。ホルンは倒したばかりのシュバルツドラゴンの上で、槍を支えに立っていた。

「あいつを一人で倒すとは恐ろしい女だ。しかしやはり、かなり苦戦したみたいだな」

 リバイはそう言うと、アインとゼロに目配せした。合図を受けて、二人はゆっくりとホルンに近づいた。

「やあ、ホルンさん。流石ですな、シュバルツドラゴンをソロで倒せる戦士は、この国でもまれでしょうな」

 リバイがそう言うと、ホルンは息を整えて答えた。

「なかなかの強者だったわ。こんなドラゴンを死なすには惜しいわね。約束のものは持ってきてる?」

「はい、これがお約束の報酬です」

 リバイがそう言った途端、アインとゼロが槍と剣でホルンを攻撃した。

「ちっ!」「くそっ!」

 しかしホルンは二人の攻撃をやすやすとかわし、『風の翼』に乗ってシュバルツドラゴンから飛び降りると、そのままリバイに皮肉な笑いを見せていった。

「……仕事が終わったら用心棒は用なし、よくあることよ。ここまでで冗談としてちゃんと報酬を支払えば良し、マジってことで私を消しに来るのもよし。けれど後者の場合の代償は、きっちり支払ってもらうわよ?」

「何をやってるふたりとも! 早くそいつを始末しろ!」

 リバイが叫んだ。それを聞いてホルンは薄く笑った。

「……では、違約金をいただきましょうか、ハッ!」

 そのとき、ホルンを追って飛び降りてきたアインとゼロが、両側から槍をつけてきた。それをホルンは難なくかわす。けれど、二人の槍はしつこかった。次々と連携の取れた攻撃に、ホルンは防戦一方だった。ホルンと知って挑むだけあって、二人ともさすがに腕は立ったといえる。

 そこに、

「おい! ホルンさんは約束を守ったってのに、依頼者が約束を反故にしてどうする? ホルンさん、加勢します。アロー・テル、義によって推参!」

 そう叫んでアローが剣を片手に山麓から駆け下りてきた。彼はいてもたってもいられず、リバイたちの後をつけてきたのだ。

 それを見て、ホルンはまずいと思った。下手をしてアローが人質にでもなったら、あちらの立場が強くなる。

「おい、兄ちゃん。女の前だからといって無茶なことはすんな」

 そう言ってアローの前に立ち塞がったのは、槍を持った30代と思われるスキンヘッドの男――ゼロだった。

「うるさい。お前たちはドラゴンの卵を村人に盗ませて売りさばくだけでなく、シュバルツドラゴンの退治をホルンさんに依頼して、その代金もなかったことにしようなんて、それでも人間か!」

 アローが叫ぶと、リバイは唇を歪めて言った。

「おいアロー、貴様は言っちゃいけないことを言ったな? そのことを知られたからには、ホルンも是が非でもあの世に行ってもらわなきゃならなくなった。野郎ども、遠慮せずにやっちまえ!」

 リバイの言葉が終わらないうちに、ホルンにはアインが、アローには髪の毛がままならないゼロが槍をつけた。

「くっ」

「ほらほら、お前の剣にはハエが止まってそうだな、アロー。そんな腕で『王家の戦士』になりたいだなんて笑わせるぜ」

 ゼロはそう言って、余裕綽々とアローをあしらっている。

 それを見たホルンは、

 ――ヤバイわね、アローじゃあの電球頭の相手にはならないわ。

 そう思い、キッと自分の相手であるアインを見据えた。ホルンの身体からは緑青色の光が揺らめきだしている。

「残念だけど、いつまでもあなたのお相手をしておく訳にはいかないの」

 そう言うとともに、ホルンは目にも止まらない速さで『死の槍』を突き出した。アインは受けもかわしもできぬまま、その胸板を突き通されて倒れた。

 ホルンは槍を構えたまま跳躍し、アローを追い詰めていたゼロの後ろに降り立った。

「次はあなたかしら、違約金を払ってくれるのは?」

 ホルンに後ろを取られたと知ったゼロは、ためらいなくアローを捨てて跳び下がり、二人を相手にできる位置を占めた。こいつの方が確かにアインよりも腕が立った。

「アロー、あなたは下がってなさい」

 ホルンがそう言ってゼロに槍をつけようとしたときである。ホルンは歴戦の勘が教えるところに従い、身体を少し右に傾けた。それと同時に、ホルンの頭の左側を矢が通り過ぎた。

 ホルンが驚いて後ろを見ると、リバイがニヤニヤしながら次の矢を弓につがえるところだった。

「ホルン、用心棒ってのは用心深いんだってな? 弓を準備しないとでも思っていたのか? どこを射てやろうか?」

 リバイはホルンに狙いを定めながら言う。

「飛び道具はちょっと厄介ね」

 少しも厄介とは思っていないような声でホルンが言った途端、

「うわっ!」

 リバイの弓が、突然何かに叩き折られた。

「くそっ! ドラゴンか!」

 リバイが空を見上げてみると、小さなドラゴンが宙に浮き、自分を睨みつけているのが見えた。その時、小さなドラゴンが、

「グエエ、グエッ、グアアーッ!」

 そう、谷中に響き渡るような声で叫んだ。

 そのコドランの声は、ホルンにはこう聞こえた。

『棟梁! ホルンさん! 谷のドラゴンを呼び戻しました!』

 それを聞いた途端、ホルンは『風のエレメント』を発動させ、緑青色の光りに包まれながらアローのところへ跳んだ。

「早くつかまって! 跳び上がるから」

 ホルンはアローの手を取って跳び上がり、ゆっくりと身体を起こしたグリンの肩に降り立った。いつの間にか、この谷にいたドラゴンだけでなく、シュバルツドラゴンたちまでもがリバイたちを取り囲んでいたのである。

「な、なんだ! 生きているじゃないか? ホルン、貴様俺を謀ったな!」

 リバイが叫ぶのに、ホルンがなにか言うより早くグリンがブリザードのような声で言い放った。

「最初にホルン殿を謀ったのは貴様の方だ! ホルン殿は慎重であっただけだ。その慎重さがこの谷のドラゴンたちと、麓の人間たちを救ったのだ。貴様には我が王国でしっかりとこの悪意の代償を贖ってもらうぞ。者共、あの醜悪な人間どもを引っ捕らえよ!」

 グアアッ! ドラゴンたちは雄叫びを上げて、リバイたちに覆いかぶさった。

                    ★ ★ ★ ★ ★

 次の日、ホルンはアローやサンバに見送られて、ドラクの町外れにいた。

「お姉ちゃん、僕、お姉ちゃんみたいな用心棒になるんだ」

 サンバがそう言って笑うと、ホルンは目を丸くして訊いた。

「あら? 王家の戦士になるのはやめたの?」

「うん。だって用心棒って、王家の戦士よりも自由で、色んな人を助けてあげられるからね。だからお姉ちゃんみたいな用心棒になるんだ」

 そう答えたサンバの頭をなでながら、ホルンは

「そうね、サンバちゃんなら自分が思うような自分になれると思うわ。頑張ってね」

 そう激励する。そんなホルンに、アローは頭を下げて謝った。

「ホルンさん、昨日はすみませんでした。私の独りよがりのせいで、ホルンさんまで危ない目にあわせてしまいました!」

 そんなアローを冷たい目で見ながら、ホルンは冷たい声で訊いた。

「アローさん、あなたは本当に王家の戦士になりたいの?」

「はい、私は未熟ですが、もっともっと修練して、きっとホルンさんにふさわしい戦士になってみせます!」

 ホルンは頬を染めて聞いていたが、いきなりアローの頬をひっぱたいた。

 パシン!

 乾いた音が響き、アローもサンバも凍りついた。

「何寝ぼけたことを言ってるの? あなたは戦士を甘く見てない? 戦士の心構えはまず死なないこと、そして大義に殉ずることよ。お姫様と騎士の恋物語みたいなことを思っているのならば、戦士になるのは諦めたほうがいいわ。あなたは王家の戦士になれる素質を持っていると思ったから、最初に会ったときも手合わせを承諾したのよ? そんなあなたには、私みたいな女に恋い焦がれて、自分の可能性を無駄にしないでほしいわ!」

 ホルンは一気にこれだけのことを吼えた。それはまさしく戦場での雄叫びのようであり、サンバはビビってお漏らししそうな顔をしていた。

 じっと下を向いてホルンの叱責を聞いていたアローは、やがて吹っ切れたように顔を上げてホルンに言った。

「私が考え違いをしていました。確かにホルンさんのおっしゃるとおり、私は戦士としての心構えが甘かったと思います。私は、ホルンさんのことが好きです。でも、しばらくはその思いを封印して、まずはホルンさんのような、一人前の戦士だと胸を張って言えるようになることを誓います!」

 アローの言葉を、心なしか頬を染めて聞いていたホルンだったが、

「私の気持ちを分かってくれて嬉しいわ」

 ただ一言言って、『ドラゴンの谷』へと歩き出した。


 ホルンは、アローの気持ちが嬉しくないわけではなかった。けれど、アローの母が言った

 ――「ただ、二人とも王家の戦士になって私に楽をさせたいと思っているようですが、父や夫のことを考えると、この村で平和に暮らしてもらいたいとも思います。平凡でも構わないので」

 その言葉が耳から離れなかったのだ。心配してくれる家族がいるアロー。ならば、自分は先輩の戦士として、アローをなんとか一人前にしてあげねばならない……そんな気持ちだったのだ。アローはこのことを母に喋るかもしれない。けれど、あの母ならば、自分の気持ちを酌んでくれるだろう。

 それともう一つ、ホルンの胸に刺さった言葉があった。それは、

 ――「ホルンさんも早くいい人を見つけて幸せになってください」

 という言葉だった。愛する人がいる幸せを知っている人から出た言葉だけに、ホルンは『私は誰を、どのように愛することができるだろうか?』と思ったのである。物心ついたときから旅の中で暮らし、旅の中で大事な人を失ってきたホルンである。ふっと気がつくと、自分の周りには血塗られた戦場だけがあった。

 ――私は、誰も愛する資格なんてないのかもしれない。

 そう、考えに沈んでいたホルンに、

『あっ、ホルンさん!』

 そう言ってコドランが飛びついてきた。

「コドランちゃん。棟梁のお許しは出たの?」

 ホルンはホッとして訊いた。心が沈んでいきそうな考えが浮かんできたときに、その考えにとらわれてしまったらろくなことにならない――長い孤独な暮らしの中でホルンが体験してきたことであり、コドランの登場はありがたかった。

『うん、棟梁は最初、渋っていたけど、ホルンさんの手紙を見せたら許してくれたよ。ホルンさん、ありがとう。ぼくまだちっちゃいけど、足手まといにならないように頑張るね?』

 コドランがはしゃいで言うのに、ホルンも優しい目をして答えた。

「私も、コドランちゃんが早くお母さんに会えるように頑張るね」

 コドランはニコニコして、ホルンの周りを飛び回る。ちょっと前のホルンだったら、その態度をうざったく思ったかもしれない。けれど、今はなぜかそんなコドランに癒やされている自分がいることを知って、少し安心したホルンであった。

 そして、ホルンはグリンが言った言葉を思い出した。

『我らシュバルツドラゴンは、義兄弟のローエンが率いるヴァイスドラゴンの一族とともに、ドラゴンの王であり、ドラゴニュート氏族の源流である始原竜・バハムート様の眷属である。最初にそなたに会ったとき、ドラゴニュート族と同じ魔力の質を感じた。だからわしはそなたを信じた。わしはそなたがただの人間とは思えぬし、そなたには、そなたが知らない秘密があるようにも感じる。いつか来るときに向けて、わしが言ったことを覚えておけばいい』

 ――私の知らない、私の秘密……か。そんなこと、今はどうでもいいわ。

 ホルンは、何か得体の知れない焦燥感に駆られながら、それでも自分を強いて落ち着かせるためにそう思い、自分にじゃれて来るコドランを優しく見つめるのだった。

                              (4 悪意の代償 完)



 最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 前話でホルンを探しに旅立ったザールたちとの邂逅は少し先のことになります。ホルン自身も仲間が増えていくでしょう。今後の二人の軌跡を見守ってください。

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