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青き炎のヴァリアント  作者: シベリウスP
38/70

37 魔族の相克

戦いに入ったロザリアと『貪食のグーラ』。グーラの自律的魔人形や破壊魔術に翻弄されるロザリアに勝機はあるのか?

ホルンとその仲間たちVS.『七つの枝の聖騎士団』、第4ラウンド!

【主な登場人物】


 ♡ホルン・ファランドール…『死の槍』と『アルベドの剣』を持ち、辺境で名を上げた女槍遣い。前国王の娘で王国の現状に改革を志す。翠の瞳と銀の髪を持つ。26歳。


 ♧コドラン…シュバルツドラゴンのこどもで、生き別れになった母を探すためにホルンとともに旅をしていた。小さいが気が利く、ホルンの良き仲間である。15歳程度。


 ♤ザール・ジュエル…“東方の藩屏”トルクスタン侯国の世子で『白髪のザール』の異名を持つ。ホルンとともに王国の改革を志す。白髪に緋色の瞳を持つ。23歳。


 ♡リディア・カルディナーレ…ザールの幼馴染でジーク・オーガの王女。接近戦では無双の強さを誇る。額に角を持ち、茶色の髪に茶色の瞳をしている。21歳。


 ♤ジュチ・ボルジギン…ザールの幼馴染で『この世で最も高貴な一族』であるハイエルフの首領の息子。頭脳明晰で魔力に長けるがチャラい。金髪碧眼の美青年。23歳。


 ♡ロザリア・ロンバルディア…ザールに一目ぼれして仲間に加わった魔族の女性。冷静冷血で魔術に長けている。黒髪と黒曜石のような瞳を持つ。21歳。


 ♧ガイ・フォルクス…26年前にスケルトン軍団から国を滅ぼされたアクアロイドの王族。頭脳明晰で冷酷非情だが仇討に協力したホルンに恩義を感じている。29歳。


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「あ~あ、あのドラゴン、せっかく美味しそうだったのに」


 ホルンたちが草原の陽炎の中に見えなくなったころ、そう言いながら『貪食のグーラ』が現れた。グーラは5メートルほどのゴーレムの肩に座り、小脇に抱えた紙袋から砂糖菓子をつかみだしては食べている。


「でも、あなたも美味しそうね」


 グーラはロザリアを上から下まで眺めまわすと、そう言ってニタリと笑った。その笑顔は見た目と違ってひどく年寄りじみて見えた。


「ふむ、そなたも魔族じゃな? それにしては面妖な所もあるが……」


 ロザリアはそう言うと、身長140センチ足らずの少女へと変貌した。魔族の血が動き出したのだ。そしてロザリアは、すぐに後ろへと跳んだ。今までロザリアがいた場所に、地面から剣が突き出された。そのままいたら串刺しになっていただろう。


「鋭いなぁ~。セバスちゃん、あの魔族と遊んであげてぇ~」


 グーラがそう言うと、ゴーレムの陰から歯車とゼンマイの音を響かせながら、一体の執事の服装をした人形が姿を現した。その人形の身長は180センチ程度でタキシードを着ており、目の位置にはガラスがはめ込まれていた。


「……ふむ、自動人形オートマタか。それも魔力で動く」


 ロザリアがそう言うと、グーラはニタリニタリと笑いながら言う。


「ちょっと違うなぁ~。わたしのセバスちゃんは自律的魔人形エランドールって言うんだよ?」

「⁉」


 グーラの言葉が終わると、執事人形はいきなりロザリアに向けて斬りかかって来た。それまでのギクシャクした動きが嘘のような敏捷さだった。

 それとともに、ロザリアの足元からまたもや剣が突き出されてきた。


「やった!……と思ったけど、ちょっと甘かったみたいだねェ~」


 ロザリアが剣に突き刺され、執事人形から真っ二つにされたと思ったグーラは一瞬目を輝かせたが、執事人形の剣は空を切って地面に突き刺さり、地面から出て来た剣は執事人形の腹部を抉っているのを見て、残念そうに言い換えた。


「……思ったよりもすばしこいのう」


 ロザリアはそう言うと、右手の指をパチンと鳴らす。すると地面から執事人形の剣を頭に突き刺したまま木偶が立ち上がり、紫色の瘴気と共にボロボロと崩れ去った。


「セバスちゃんはそのくらいじゃ倒せないよ~?」


 グーラがそう言うと、執事人形はゆっくりと立ち上がってロザリアに正対した。抉られた腹部はゆっくりと復元していく。


「ふむ、ただの自動人形ではないということか」


 ロザリアは一つうなずくと、次々と姿を現す木偶たちを慌てもせずに見つめていた。



――ふむ、グーラ本人には戦闘力はないのじゃろうか? 木偶たちや執事人形だけに戦わせて、本人はゴーレムに乗ってお菓子ばかりを食べておる……はて、どこかで聞いたような?


 ロザリアはそう思うと、木偶たちに向けていた右手をそのままに、いきなり左手をすっと伸ばしてグーラに『魔力の揺らぎ』を開放する。紫色の閃光が走ったが、それはゴーレムの右腕に阻まれた。


「……わたしを攻撃しようとしたね? でも、ゴーレムくんがいるから無駄なことだよ? セバスちゃん、そいつを壊しちゃって!」


 グーラは、気分を害したような声でそう言い放つ。それとともに、執事人形が不気味に両目を輝かせながら剣を振り上げて突進してきた。執事人形の動きに合わせるように、周りを囲んでいた木偶たちもロザリアに飛び掛かる。


「止まれっ!」


 ロザリアは身体から紫色の『魔力の揺らぎ』を放出しながら、大声で叫んだ。これは一度に多数の敵の動きを止めることができる『魔女の雷鳴(クライストップ)』という技である。


「くっ!」


 しかし、執事人形はロザリアの技を意に介せず斬りかかって来た。


「……『魔女の雷鳴(クライストップ)』が効かぬというのは珍しいの」


 ロザリアは執事人形の鋭い剣先を躱しつつつぶやく。現に他の木偶たちはロザリアの大声で立ち止まり、『魔力の揺らぎ』で身体をボロボロに崩されたが、


――ふむ、この『自律的魔人形エランドール』には、何か秘密がありそうじゃな。


 ロザリアは漆黒の目を細めて執事人形とその先にいるグーラを眺めてそう思った。思ったのと、行動するのが同時だった。

 ロザリアはサッと右手を振り上げる。その途端、ロザリアとグーラの間に、まるでトンネルのように『毒薔薇の牢獄』が地面から立ち上がった。ロザリアはその茨に囲まれた道をグーラに向かって突進する。


「わわっ! ゴーレムくん、この垣根を取り払って!」


 グーラは慌ててゴーレムを操り、周りを取り囲む毒薔薇を薙ぎ払った。ゴーレムの身体は毒薔薇の瘴気で表面から崩れ始めている。

 しかし、ロザリアはニヤリと笑うと左手をサッとグーラに向け、『魔力の揺らぎ』を解き放った。


「食らうがいい! 『魔女の槌(ウィッチストライク)』!」

「ひっ⁉」

 ズボシュッ!


 ロザリアが放った『魔女の槌(ウィッチストライク)』は、ゴーレムを粉々に爆散させ、それに乗っていたグーラの小さな身体を空中に放り上げ、地面へと叩きつけた。それとともに、グーラが握っていた砂糖菓子の袋から、バラバラといろいろな色と形の砂糖菓子がこぼれる。


「……いたたた……あーっ! わたしのお菓子がぁ!」


 グーラは地面に叩きつけられたお尻をさすっていたが、地面にぶちまけられた砂糖菓子を見てそう言うと、ロザリアを睨みつけて言った。


「わたしのお菓子をよくも……許さないから!」

「むっ⁉」


 ロザリアは、次の攻撃をしようと身構えていたが、グーラの周りを包む『魔力の揺らぎ』が急にその量と猛々しさを増したのを見て、とっさに防御へと魔力を切り替えた。


「『死の香り』!」


 ロザリアの周りを包むように、紫色の瘴気と共に防御魔法陣が浮かび上がった。


「食べ物の恨みぃ~!」


 グーラはそう言うと、目を赤く輝かせて右手を上げた。その途端、地面に転がっていた砂糖菓子が一つ残らず一斉に爆発する。


 ズドドン!

「うえっ⁉」


 その爆風に巻き込まれ、ロザリアは宙を舞った。


   ★ ★ ★ ★ ★


「さて、ボクにもちょっと用事がありましてね? あなたともっと遊んでいたいのですが……」


 ジュチは、身体中に翡翠色の『魔力の揺らぎ』をまとわせながら、碧眼を細めてインヴィディアに笑って言った。


()()()()()()()()()()()()()、ボクたちハイエルフを敵に回したこと、キミの団長たちにも思い知らせて差し上げますよ」


 そして、ジュチは背中のオオミズアオの羽根を大きく広げた。


「くそっ、負けるものかっ!」


 インヴィディアは、その姿を不意に消した。けれどもジュチは慌てもせずに微笑を湛えたまま見えない敵に呼びかける。


「キミたち、『七つの枝の聖騎士団』で、実体を伴っているのは団長のアイラと副団長のルクリア、そしてグリーフとか言う女の三人だけだ」


 ジュチの広げたオオミズアオの羽根は、翠色の光をだんだんと強めていく。それに合わせるように、ジュチはまた口を開いた。


「キミと手合わせして、ピグリティアやアヴァリティアと戦った時の違和感を思い出したんだ。キミたちは大きな魔力を持っているが、その魔力のよりどころとなる核がない。それがどうしても不思議だった……」


 ジュチの言葉を聞いて、空間にピクリとさざ波が走る。それはほんの少しの揺らぎだったが、ジュチにははっきりと感じられた。

 ジュチは左手人差し指をそのポイントに向け、


「隠れても無駄だ。ここはボクの空間だよ?」


 そう言うと、パチンと指を鳴らした。


「隠れていないで出ておいで、『永遠の回廊(エンドレスコリドー)』」


 すると、ジュチたちのいる茫漠たる光に満ちた空間の一点がぐにゃりと曲がり、そこにどこまでも続く廊下が現れた。

 そしてその空間の歪みに押し出されるように、インヴィディアが姿を現した。


「くそっ、どこまでもしつこいヤツだね」


 インヴィディアは、琥珀色の瞳を持つ目を細め、両手をポケットに入れたままだっだが、そのうねるような髪の毛はすべてうごめく蛇に変わっていた。

 その姿を見て、ジュチはうなずくと言う。


「なるほど、キミは他の団員と違うなと思っていたが、キメラだったわけか……それと、あの『貪食のグーラ』とかいう()()は、ちょっと変わっているね。彼女はそう、まさに実体のない人形のようだよ」


 ジュチの言葉から、何かを悟ったインヴィディアは、哄笑しながら言う。


「アッハッハッハッ……本当にアンタってヤツは頭が切れすぎるよ。敵ながらほれぼれしちまうね」


 そして、琥珀色の目を光らせながら訊いてきた。


「私がキメラなのはともかく、その口ぶりではグーラの正体も見破っているようだね?」


 ジュチはうなずくと、さらりと答えた。


「グーラの正体は、人形遣いなどではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()。アイラやルクリアを除くキミたちは、自らが命を落とした時のために、魔力の核を集めてグーラと言う団員を創り上げた。彼女がいれば、何度でも復活できるからね?」


 するとインヴィディアは、目を細めて訊く。


「あら、じゃあなぜ『怠惰のアーケディアとピグリティア』は復活しないのかしら? あなたの考えだと、二人とも復活してこの戦いに参加していていいはずよね?」


 ジュチはニコリと笑って言った。


「ふふ、そこがキミたちの盲点であり、グーラと言う魔力集合体の弱点だよ。思い出してみたまえ、アーケディアたちが姫様から止めを刺されたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()ことを」


 インヴィディアは、その言葉に黙り込む。ジュチはさらに続けて言った。


「グーラに預けたキミたちの『魔力の核』は、同じ時間軸の上でないと作用しない。つまり、この空間の中で止めを刺されたキミは、決して復活することは出来ない……それが、ボクが導き出した答えさ」

「くわーっ!」

 ボシュンッ!


 ジュチの説明を聞いていたインヴィディアは、突然叫び声を上げるとジュチに跳びかかって来た。ジュチはそれを難なくかわすと、空間の歪みから飛び出してきたインヴィディアの右手を爆砕した。

 そして、ジュチは背中のオオミズアオの羽に集まった魔力を開放した。羽は翠色のまばゆい光でインヴィディアの動きを止めた。


「くっ! どうしたんだ? 動けない!」


 インヴィディアのあがきを見て、ジュチは憫然と笑って言った。


「右手を使うのなら、あのメンヘラな技の『離れない絆(ワタシノアナタ)』を使うべきだったね……さて、インヴィディア、キミにはそろそろ消えてもらうよ」


 ジュチはそう言うと、サッと右手をインヴィディアに向けて叫んだ。


「逝きたまえ、静寂の彼方に! 『真空への誘い(トンネル効果)』!」


 その途端、オオミズアオの羽はジュチから離れ、最後のあがきをしているインヴィディアを包み込んで輝きだした。


「ぐっ、あ、熱い、あt……」


 インヴィディアはそう叫びながら、チリのような輝きを残して消え去った。


 ジュチは、しばらく『永遠の回廊(エンドレスコリドー)』の空間内に意識を集中していたが、ハッと目を開けると真剣な顔でつぶやいた。


「……これは、ロザリアの方に加勢が必要かもしれないな……」


   ★ ★ ★ ★ ★


「『死の香り』!」


 ロザリアの周りを包むように、紫色の瘴気と共に防御魔法陣が浮かび上がった。


「食べ物の恨みぃ~!」


 グーラはそう言うと、目を赤く輝かせて右手を上げた。その途端、地面に転がっていた砂糖菓子が一つ残らず一斉に爆発する。


 ズドドン!

「うえっ⁉」


 その爆風に巻き込まれ、ロザリアは宙を舞った。


――あの砂糖菓子は爆弾? いや、そんなことはない。グーラの能力の一つじゃろう。

「ぐっ!」


 地面に叩きつけられてうめき声を上げたロザリアだったが、すぐに跳ね起きて自分の周りに防御魔法陣を張る。間一髪、執事人形の斬撃と、グーラが放った魔弾が、そのシールドに弾き返された。


「わたしのお菓子を返せ!」


 グーラはそう叫びながら、次々と魔弾を放ってくる。その威力は凄まじく、爆風だけでロザリアを吹き飛ばすほどのものだった。


――これは……ヤツはただの魔族とは違うぞ。それにエランドールの方も明らかに魔力が増大している。普通のオートマタなら充填された魔力を消耗するのじゃが、魔力が増大するということは、エランドール自身も何かの魔力を生み出す仕組みを持っているのかのう?


 ロザリアは宙を舞いながらそう考えると、地面に降り立った瞬間に


「おぬしはしばらくそうしておれ!」


 と、『毒薔薇の牢獄』を発動して執事人形をその中に閉じ込めた。

 毒薔薇の毒は何に対しても有効だ。その物体を構成している重要な物質を侵す性質を持っているからだ。ただの木偶なら無暗に毒薔薇に触れて自ら崩れていくだろうが、エランドールと言う魔人形なら、そのリスクに対してどのような反応を示すかも見ものだった。

 そしてロザリアがグーラに顔を向けた時、


「くっ!」

 ズドン!


 ロザリアは、ゴーレムの打撃を間一髪で避けた。ゴーレムは『毒薔薇の牢獄』からグーラを救い出すときに表面を毒に侵されたが、ロザリアがグーラの魔弾を受けている間に復活していた。


――これは、あの執事人形が戦線に戻ってくる前に、グーラを仕留めた方が良さそうじゃな。あの手を使うか。


 ゴーレムの攻撃とグーラの魔弾を華麗に避けながら、ロザリアはそう思った。今のところグーラ自身の魔力は高いものの、その攻撃パターンは驚異的なものではない。


――他の能力も持っているかもしれぬが、その能力は発動条件や制約があるものかもしれぬ。とりあえずやってみるか。


 ロザリアは、まだ『毒薔薇の牢獄』の中にいる執事人形や、次の攻撃態勢を取っているゴーレムを目の端に捕らえると、こちらを向いてひっきりなしに魔弾を放っているグーラを見て、ニヤリと笑った。


「えっ⁉」


 グーラは、20ヤードほど先の空中でこちらを見て笑うロザリアの姿が突然消えたことに驚いた。そして首筋にヒヤリとした感覚を覚え、グーラは反射的に前へと跳んだ。

 しかし、


「無駄じゃ、往生せい」


 ロザリアの声が耳元で聞こえた。少女の姿からは想像もできないほど艶めかしい声だった。

 そして、グーラは自分の首筋に『毒薔薇』の棘が刺さる感触と、その棘から流れ込んでくる身体中を燃やすような熱い毒の感触に、思わず叫んだ。


「いやっ! わたしは死ぬのはいやっ! まだお菓子をたくさん食べたいのっ!」

 ボシュン!

「なっ⁉」


 ロザリアは、グーラが自らの首から上を粉々に吹き飛ばしたのを驚きの目で見ていた。そして、地面にぱたりと倒れたグーラの小さな胴体から、ゆらゆらと赤黒い『魔力の揺らぎ』が噴き出るのを見て、


「……やはり奴は、ただの魔族の人形遣いとは違うようじゃの」


 そう言いつつ、執事人形の『毒薔薇の牢獄』を補強するとともに、ゴーレムも『毒薔薇の牢獄』の中へと捕らえた。


「……あなたのせいで、お兄さまが復活できなくなっちゃうじゃない」


 グーラがそう言いながら立ち上がる。着ているパステルカラーの服は胸元まで血潮に濡れていたが、新たに復活したその顔を見てロザリアは驚いてつぶやいた。


「あれは……『怠惰のアーケディア』の顔ではないか? どういうことじゃ?」


 そう、グーラの顔は最初の子ども子どもしたものではなく、エルフ特有の耳を持つ、浅黒いものに変わっていた。それとともに性格や魔力の質も変化したらしく、


「まあ、あなたを捕まえて()()()()()()()()()()()()()()よね? 待っててねお兄さま、すぐにあいつを捕らえて砂糖菓子にして見せますわ」


 そう言うと、サッと右手をロザリアに伸ばす。ロザリアの目には、グーラの手から放たれた捕獲網と言うべき『魔力の揺らぎ』が見えていた。


「ふむ、そういうことか」


 ロザリアはそれで理解した。なぜかは分からないが、グーラは他人の魔力をその身に宿すことができるようで、その『魔力の核』によって何度でも復活できるらしい。


――ならば、その『魔力の核』を消滅させてやればよい。


 ロザリアはそう考えると、再びグーラの後ろへと回り込んだ。

 しかし、今度はうまく行かなかった。グーラが笑いながらこちらを向いていたからだ。


「同じ技、効かないわよ?」


 グーラは歪んだ微笑を浮かべつつ、毒薔薇の棘を握ったロザリアの右手を捕まえる。そして、物凄い力でロザリアを『毒薔薇の牢獄』へと投げつけた。


「ぐわっ!」


 ロザリアは背中一面に『毒薔薇の牢獄』の棘が突き刺さって呻いた。そのままでは全身が毒に侵されて崩れ去ってしまうだろう。


「致し方無い!」

 ババババシュンッ!


 ロザリアは、背面を自ら吹き飛ばし、毒の侵入を防いだ。その代わり、着ていた白いワンピースは血に染まり、ロザリア自身の魔力も目に見えて削がれてしまった。


「へえー、毒を中和するかと思っていたのに、あなたもその手を使うしかないなんて、その毒は恐ろしく剣呑なものなんだね」


 グーラは瞳を青く輝かせて言う。その眼光はとても禍々しかった。

 ロザリアは肩で息をしながらやっとのことで立ち上がると、


「……中和剤で中和できる毒なぞ、私には用がないのでな」


 そう言うと、頭を覆っていたヴェールを始めて外した。右半分は漆黒で、左半分は雪の輝きを示す長髪がさらりとなびく。

 それを見て、グーラは驚いて立ち止まると訊いた。


「あなた、たしか魔族よね? けれどどうしてザールと同じ匂いがその髪からするのかしら? 前は真っ黒だったし、ドラゴンの匂いなんてしてなかったくせに……」


 そして、息も絶え絶えのロザリアをじっと見つめると、笑って続けた。


「……まあいいわ、あなたには砂糖菓子になってもらって、グーラを慰めてもらわないとね。魔族にしてはいい戦いぶりだったわ」


 そしてグーラは右手をロザリアに向けると、巨大な魔弾をロザリアに叩きつけた。


「うおーっ!」


 ロザリアの叫びが轟いた。


   ★ ★ ★ ★ ★


「どうした、リディア殿」


 リディアは、そう呼びかけられてハッと気がついた。彼女は『レーエン』を支えにしばらく気を失っていたらしい。


「……あ、ガイ。スーペヴィアは倒したんだね」


 リディアは『レーエン』を虚空にしまうと、身長150センチの『乙女モード』になる。そんなリディアを見ながら、ガイも静かに言った。


「そなたも、アヴァリティアを見事に始末したようだな」

「うん、なかなか強かった。さすがは『七つの枝の聖騎士団』って感じだよ。ちょっと疲れた……」


 そう言って道端の石に腰を下ろすリディアに、ガイもイスファハーンの方面を臨みながら言う。


「私もだ。私らしくもなく戦いの後しばらくは動けなかった。やっと動ける程度にまでスタミナが戻って来たので、他の仲間たちの加勢をしようとここまで来たが……」

「……なかなか入り込む余地がない……ってところだね?」


 そこに、金の巻き毛が麗しいジュチが、やや疲れた表情で現れて言う。そしてリディアやガイを見て薄く笑うと言った。


「これはボクも含めての話だけれど、まずは魔力の回復を待った方がいい。今のボクらが加勢しても足手まといになるだけだ。それに、キミたちには『取りこぼし』を始末するのを手伝ってほしいんだ」

「『取りこぼし』? どういうことだ?」


 ガイが訊いたが、その時、リディアが驚いて立ち上がった。


「アヴァリティア! アンタ、死んでなかったのかい?」


 それを聞いてガイも辺りを見回す。そして、


「……スーペヴィア……なぜだ、貴様にはきっちりとどめを刺したはずだ」


 そう言って身構える。

 けれどジュチは、さらに姿を現したインヴィディアすら無視して、二人に説明した。


「驚かなくていい。これがボクが言った『取りこぼし』さ」

「アタシたちはまだ奴らをやっつけていなかったって言うの?」


 リディアが訊くと、ジュチは首を振って答える。


「奴らをよく見たまえ。実体がないだろう? もともと奴らは半実体ともいうべき存在だった。アイラとルクリア、そしてグリーフを除いてね?」


 そう言われて、二人は目を凝らす。確かに、『魔力の核』と言えるものが見えない。


「……その実体が、グーラというワケだな」


 ガイが言うと、リディアが頭に『?』マークをつけて訊く。


「どうしてそうなるの?」


 ガイは『分かり切ったことを』と言う顔をしたが、それでも自分の考えの種明かしをした。


「簡単な消去法だ。『七つの枝の聖騎士団』プラス『嘆きのグリーフ』のうち、アイラとグリーフとルクリアは実体。すでに滅んだ『怠惰のピグリティア・アーケディア』はノーカウントだから、今見えている3人の半実体の元は、グーラにある」

「なるほど」


 感心するリディアに、ジュチが碧眼の流し目をくれながら付け加えた。


「グーラが来た時を覚えているか? あいつだけゴーレムに乗っていた。そのゴーレムも自動人形オートマタではなく、それ自身が魔力を生み出していた」

「……魔力を生み出す自動人形オートマタ? そんなのがあるの? 普通の自動人形って、操作者が込めた魔力を消費するもんでしょ?」


 リディアの言葉を聞いて、ガイがふと思い出したようにつぶやいた。


「グーラそのものも、実体のある生命体ではないかもしれぬな」


 ジュチはその言葉にうなずいて言った。


「ボクもガイの意見に至極同感だ。恐らく女神アルベドが造らせたと言われる『エランドール』の一種だろう。その本体はエネルギーそのものだろう、神話では、『エランとは、光の如く、風の如し』と言われるからね」

「で、こいつらはどうすりゃいいのさ? うっとうしいけど」


 周りをうろついているアヴァリティアたちをにらみながら、リディアが虚空から『レーエン』を呼び出して構える。けれどジュチは笑って言った。


「こいつらは、現段階では実体ではない。恐らくグーラがロザリアと戦っている中で魔力を暴走させてから現れた幻影だ。こいつらが実体を持つのはグーラが倒された瞬間だよ。その時、すかさずこいつらを倒せば、こいつらもグーラも、二度と蘇っては来ない」

「……では、その時を待とうか」


 ガイはそう言うと、身体の力を抜いた状態で立つと、ゆっくりと目を閉じた。


   ★ ★ ★ ★ ★


「……まあいいわ、あなたには砂糖菓子になってもらって、グーラを慰めてもらわないとね。魔族にしてはいい戦いぶりだったわ」


 そしてグーラは、巨大な魔弾をロザリアに叩きつけた。


「うおーっ!」


 凄まじい爆風の中、ロザリアの叫びが轟いた。

 やがて爆煙が少しずつ薄れていく中、グーラはニヤニヤ笑って言った。


「あれだけの魔族だから、かなり美味しいに違いないわ。楽しみだなぁ~」


 しかし、グーラは執事人形とゴーレムを捕らえている『毒薔薇の牢獄』が少しも魔力を失っていないことを見て取ると、途端にキッと鋭い目で爆煙の向こう側を透かすように見つめて唇をかんだ。


魔女の槌(ウィッチストライク)!」

「はっ!」


 グーラは、爆煙が小さく渦を巻いたのを見て、ロザリアの生存と攻撃を見抜き、その鋭い攻撃を辛くもかわした。そして、攻撃が来た方向にもう一度魔弾を放つ。


「ぐわっ!」


 しかし、その爆風に乗って、ロザリアはグーラに攻撃を仕掛けて来た。その攻撃によってグーラの頭部は縦に四つに割かれる。傷口から血と脳漿が噴き出た。


「私がそう簡単に参るとでも思っていたか」


 ロザリアが、ゆらゆらと立っているグーラにそう吐き捨てるように言う。ロザリアは爆風によってお気に入りの白いワンピースを吹き飛ばされていたが、


「ふむ、これはこれで動きやすいものじゃな……ザール様以外の男性には見せたくはないがのう」


 と、黒いインナーとスパッツと言う自分の装いを見てつぶやく。


「……あなたも、ただの魔族じゃないみたいね」


 グーラはそう言うと、今度は黄色い『魔力の揺らぎ』に包まれた。そしてその光が収まった時には、四つに割けたアーケディアではなく、『強欲のアヴァリティア』の顔をして立っていた。身長も140センチ程度から170センチほどへと伸びている。


 それを見ると、ロザリアは躊躇なく『空間術式М』を発動させた。ロザリアとグーラの周りには、白い光に満たされた、それでいて茫漠たる空間が広がった。

 そして、その中にさらに2体、執事人形とゴーレムが『毒薔薇の牢獄』に捕らえられたまま現れる。それを見て、ロザリアは確信したように言った。


「なるほど、『自律的魔人形エランドール』とは、女神アルベドの玩具おもちゃのことじゃったか……どこかで聞いたことがあるとは思っておったが」


 すると、グーラも感心したように言う。


「この23次元空間と言い、その知識と言い、あなたってホントに厄介な女だわ。あなたみたいな女に『白髪の英傑』の奥方にでもなられたら、女神アルベド様の出番はナシね」

「ふん、悪いが、私はその『白髪の英傑(ザール様)』の奥方の座を射止める運命を持っておる。女神アルベドには悪いが、御座所で大人しくしておられよと伝えよ」


 そう言うと、ロザリアの姿が消えた。


「⁉」


 グーラは驚いて自分の後ろを振り返る。しかし、ロザリアはグーラの真正面に姿を現して言った。


「同じ技は使わぬぞ?」


 そう言うと、グーラの胸に『竜の腕』と化した右手を差し込んだ。


「ぐはっ!」


 グーラは、ロザリアの『竜の爪』が自分の心臓を引き裂く前に後ろに跳んだが、


「そう簡単に逃がしはせぬ! 女神アルベドの名を口にしたのならなおさらじゃ!」


 ロザリアはそう叫び、左手をパチンと鳴らした。


「おっ」


 グーラは、いつの間にか自分の右腕に、ロザリアの左手から伸びた鎖が絡まっているのを知って驚いた。ロザリアはその鎖を引き寄せて言う。


「そなたたち『七つの枝の聖騎士団』を創り上げたのは、ザッハークの右腕たるパラドキシアと言う魔女。しかし、そなたたちがパラドキシアから『試しの試練』として飲まされたのは魔女の血でも、ドラゴンの血でもない。()()()()()()()()じゃ! グーラ、そなたの正体は、神話に言う最初の自動人形、『エランドールのグーラミ』であろう」


 それを聞くと、グーラは低い声で笑っていたが、やがて


「はっはっはっはっ!」


 空間を揺さぶるような声で哄笑した。

 そしてひとしきり笑うと、グーラは左手を上げて振り下ろす。


「むっ⁉」


 ロザリアは驚いた。執事人形とゴーレムを捕らえていた『毒薔薇の牢獄』が消えたからだ。そんなロザリアに、グーラは涙の残った眼で笑って言う。


「何も驚くことはないわよ? あなたの薔薇は下の次元に繰込んだだけだから」


――ふむ、次元の結節や時空の編上げまで知識として入っているというワケか……これはそんじょそこらの魔戦士1個軍団より手が焼けるかもしれないのう。


 ロザリアはそう思い、左手の鎖から手を放した。途端にグーラの右腕に絡まっていた鎖も消える。


「あら、私を自由にしていいのかしら? ()()()()()()()()さん?」


 グーラが言うと、ロザリアは吐き捨てるように言う。


「執事とゴーレムまで相手にせねばならんのであれば、そなたと仲良しこよしで手をつないでいるわけにもいかんじゃろう」


 その時、ロザリアにはある考えが閃いたが、すぐに首を振って


――ふむ、私の思うとおりなら、ここから先は一瞬も気が抜けぬ戦いになりそうじゃな。私の『ドラゴニュート氏族の血』の覚醒が早いか、ヤツが私の首を引っこ抜くのが早いかじゃな。


 その時、グーラがチッと舌打ちしてつぶやいた。


「……スーペヴィアもアヴァリティアもやられたようだわね。インヴィディアはあのジュチ相手に善くやってるみたいだけれど、こっちもそんなに持たないかな?」


 そしてロザリアを見つめると、


「……悪いけれど、早いとこあなたと決着をつけて、仲間を元に戻してあげなきゃいけないのよ。あなたがドラゴンになる前に、砂糖菓子にしてあげるわね?」


 そう言うと、グーラの姿がいくつにも分裂した。アヴァリティアの『未観測の幻影(シュレディンガーの猫)』である。


「むむ?」


 ロザリアは、自分を包囲したグーラたちの中に、実体が一人もいないことを見抜いていた。とすると、どうやって攻撃するのだろう?

 そんなロザリアの疑問は、すぐに氷解した。自分の右前に迫ったグーラから、いきなりすさまじい魔力を感じからである。


――これは、途中で実体化するのか。


 ロザリアは実体のグーラからの攻撃をかわしながらそう思った。そして、


「かかったわね、ロザリア!」


 ロザリアの目の前に、剣を掲げた執事人形と攻撃態勢を整えたゴーレムがいた。


   ★ ★ ★ ★ ★


「女神アルベドの復活、女神ホルンの覚醒、そして女神同士の戦いと、『闇と復活の神話』どおりのことが起ころうとしておる。恐らく、ここ数か月のうちな」


 ゾフィーの言葉を聞くと、ソフィア法王と二人の枢機卿の顔が厳しくなった。


「シャロン司教も戦いの中でそれを感じ取っているはずじゃ。シャロン司教からの手紙の中身、恐らく『光と闇の祈り』についての話じゃろうと思うがの」


 ゾフィーはさらりとそう言うと、法王に歩み寄って笑った。


「私は長い間この時を待っていたのじゃ。法王猊下、今後のことについて話し合うため、少し時間をいただけないかのう?」



「法王猊下」


 ゾフィーとフランソワーズを見送った後、大聖堂で一人祈りを捧げていた法王に、ジョゼフィン枢機卿が呼びかけた。法王はゆっくりと振り返って答える。


「心配しなくても、ゾフィー殿なら何とかしてくれるでしょうし、カッパドキアに遣わしたシルビア枢機卿も、大きな働きをしてくれることでしょう。それよりジョゼフィン枢機卿、あなたにも重大な役目をしていただきたいのですが?」

「何なりと、法王猊下と女神ホルン様の御心のままに」


 枢機卿が言うと、法王は頷いて


「あなたならそう言ってくれると思っていました。では、ジョゼフィン枢機卿、そなたは『女神の騎士団』の第2・第3分団を率いて、至急バビロンに遣いし、守将であるイリオン将軍を説いてバビロンから市民や兵士たちすべてを退去させなさい」


 そう命令する。ジョゼフィンは腑に落ちない顔をした。法王の命令は、ザッハークを売り渡せと言っているようなものだからだ。


「私たちは軍事的なことや政治的なことは分かりません。しかし、女神ホルン様の御心を通じて、この世界の創造主であり守護神でもあるプロトバハムート様の正義が行われるようにしなければなりません」


 法王の言葉に、枢機卿はうなずく。それはこの教団の基本的な事項だからだ。


「イスファハーン近くで、この国の正統な継承者である王女様たちと『七つの枝の聖騎士団』たちが決戦を行っていると聞いています。その戦いは凄まじいものでしょう。けれど、その戦いを凌ぐ嵐が、バビロンを襲うことでしょう。女神同士の戦いの決着は、『竜都バビロン』と『封印のカッパドキア』でつくことでしょう」


 法王はそう言うと、腑に落ちた様子を見せるジョゼフィンに微笑んで続けた。


「封印はシルビア枢機卿が準備します。あなたは『竜都』が壊滅しないように、しっかりと人々を守ってあげてください。人心が荒んでしまったら、王女様がいかに聖女であろうと統治には苦労することでしょうから」


 しっかりとうなずくジョゼフィンを見て、安心したように法王は言った。


「これで、私は心置きなく『光と闇の祈り』にかかることができます」



 ゾフィーとフランソワーズは、ダマ・シスカスからナーイードの町まで『転移魔法陣』で戻って来た。2回目とはいえ、かなりの距離をつなぐ亜空間にすっぱり酔っぱらったフランソワーズは青い顔をしていたが、ゾフィーに励まされて何とかシャロンに首尾を報告することができた。


「ゾフィー総主教様、本当にお世話になりました。総主教様のご同道がなければ、フランソワーズもこんなに早く使命を果たすことは出来なかったと思います」


 けれど、ゾフィーは笑って首を振る。


「ふふ、シャロン司教、大変なのはこれからじゃ。相手は女神アルベド、破壊と死を司る神じゃ。恐らく、ザッハークの周りには女神アルベドの復活を望む輩が集結し、先王に背かせ、この国を少しずつ退廃と腐敗へと導いていったのじゃろう。ホルン・ファランドールという正統の王女がおられなければ、この国はレミングの群れのように破滅に突き進んでいたことじゃろう」

「そうですね。無事お帰りになられるといいですが……」


 シャロンがはるかイスファハーンの方を向いて心配そうに言うと、ゾフィーはにこやかに励ます。


「その点は心配ない。王女様の周りの人士は素晴らしい方たちばかりじゃ。わしの愛弟子ロザリアもおるし、何より『白髪の英傑(ザール殿)』がおられる。どれだけ苦戦しようが『七つの枝の聖騎士団』や、次に来る嵐には負けまいて」

「次に来る……嵐?」


 シャロンが聞きとがめて訊く。ゾフィーは笑って答えた。


「そなたも心配していたことじゃ。『光と闇の相克』、つまり女神ホルン様と女神アルベド様との戦いじゃ。その時には、そなたたち『女神の騎士団』にも力を尽くしてもらうことになるじゃろう」


   ★ ★ ★ ★ ★


 遠い遠い昔、

 まだこの世界すらなかった昔。


 ある瞬間に、ほんのわずかな位相のずれが、時間もなく、空間もなく、物質もなかった『無』を変えた。


 位相のずれは、巨大なエネルギーを生みだした。それは混沌として、時間も空間も物質もまだ形作られていなかったが、それでもエネルギーはそこにあった。


 そのエネルギーが、さらなる位相のずれによって急激に膨張し始めた。

 その膨張スピードは、光をはるかに超えるものだった。


 膨張するにつれて、エネルギーの温度は下がり、やがて物質ができ、物質には質量が与えられ、相互作用も生まれ始めた。



 この世界は、まだ光が乱反射して、何も見えない世界だった。そこに産まれたのが、始原竜・プロトバハムートである。


 プロトバハムートは、光子の性質を変えた。そのため、光が真っ直ぐに走るようになり、空間は透明になった。その時にプロトバハムートが、光子の性質を変えるために使ったのが『アルベドの剣』である。


 プロトバハムートが『アルベドの剣』を揮うと、空間に濃淡ができ、その濃淡が星々を生み始める。やがて空間には様々な物質が生まれた。



 しかし、当初のエネルギーは、プロトバハムートを生んでしばらくすると、別の生物を生んだ。双子の破壊竜コスモスとガイアである。


 この双竜は、始原竜を亡き者にし、世界を元の木阿弥にしようと言う気持ちであふれていた。『無』を懐かしみ、『有』故に起こりくるさまざまな軋轢や苦悩、苦しみや悲しみというものから永遠に逃れ去ることを望んだのである。


 けれど、エネルギーは拡散するが収束はしない。片付けた部屋がいつの間にか散らかり、散らかった部屋はいつまでも散らかったままでいるように、収束させるためには別の力が必要である。ひとたび解き放たれたエネルギーを一点に収束させるためには、


――エネルギーであるプロトバハムートを逆位相転移させればいい。


 双竜たちはそう考えた。つまり、プロトバハムートを殺してすべてを反物質にしようと企んだのである。



 けれど、プロトバハムートは強かった。

 プロトバハムートは双竜を退治すると、兄のコスモスは空間に不足する物質を補給するため、素粒子へと分解して空間に散らし、弟のガイアはその身体で生物が生息するための足場である『大地』を作った。

 そして頭部はその上空に置いて、『海』と呼ばれる水たちの満ち引きを監視させることとした。

 こうして、生物が生まれる状況が整った。


「この世に光が生まれたのは、生きとし生けるものを育むためである」


 プロトバハムートはそう言うと、まず草花や樹木を茂らせた。草花たちは季節ごとに色とりどりの花を咲かせ、樹木は実りの季節にたわわに実を生らせた。


「花は愛でられるためにある。木々はその実りを感謝されるためにある」


 プロトバハムートはそう言うと、昆虫や動物を作った。昆虫たちは草花と共生し、動物はその草花や木々の実りを糧に、大地の上で増えていった。


 プロトバハムートの業を助けたのが、双竜を退治した時にその意識から生まれた双子の女神アルベドとホルンである。

 アルベドはコスモスに似て、力があり破壊することに長けていた。大地を引き裂き、盛り上げ、生き物の多様性を確保するために力を揮った。

 一方のホルンはガイアに似て、知恵があり再生の能力を持ち合わせていた。動植物に、その生態に似合った再生の能力を与えたのがホルンである。



 ある日、双子の女神はプロトバハムートに訊いた。


「私たちに似せた生き物は創らないのですか?」


 プロトバハムートは、女神たちに訊き返した。


「何のためにそのような生物を創る必要がある? 今、地上は豊かで、バランスが取れ、それぞれの生き物が生を謳歌しているではないか?」


 けれど、女神たちは言った。


「確かに仰るとおりです。けれど、地上を統括するものが必要ではないですか? 様々な生き物たちの生態を理解し、その利害を調整するような、万物の霊長は必要ないでしょうか?」


 プロトバハムートは、その言葉を目を閉じて聞いていたが、やがて眼を開けると女神たちに訊いた。


「その新しい生物たちに、そなたたちはどんな祝福をする?」

「私は勇気と力を」

「私は知恵と優しさを」


 女神たちはそう答えた。

 それを聞いてプロトバハムートは、笑いながら言った。


「では、いくつかの生物を創ろう。そなたたちの創意で、それぞれに見合った能力と知恵を与えてみよ」


 こうして、人間や魔族が生まれた。


 魔族はアルベドの祝福が多く与えられていたため粗野であり、そのためその力に見合った土地に集められた。

 一方で人間にはホルンの祝福が多く与えられていたために、プロトバハムートは、


「これこそ地上を統べる種族である。知恵と慈悲に長けた種族よ、正しき心を持ちて地に満ちよ」


 そう言って、人間は全世界に散らばっていくことを許された。

 そして、アルベドとホルンの祝福を均等に受けた種族――エルフ、オーガ、ドワーフなど――は、人間の側で暮らすことを許されたのだった。



 けれど、女神アルベドは、自らが祝福した種族が地上を統べる種族とならなかったことに嫉妬した。そして、人間たちの行動が堕落していくのを見て、プロトバハムートに言った。


「ご覧ください、人間はプロトバハムート様の正義を忘れ、利己心の塊となっています。地上は汚され、他の生物たちは絶滅に追い込まれています。どうなさいますか?」


 するとプロトバハムートは


「正しき人間とそうでない人間とを分けよう。正しき人間にはそれと分かる験を天に浮かべよう」


 そう言うと、地上に妖しく光る箒星を遣わした。


「これは、世が滅ぶ前兆ではないか?」


 それを見た正しき人々は行いをさらに正しくし、正しくない人々はますます刹那の快楽に浸るのだった。

 プロトバハムートは、正しき人々だけに伝わるやり方で、それらの人々を地下の洞窟に避難させ、そして地上に『終焉への咆哮(カタストロフ)』を放った。


「新たな地上を統べる種族として、正しき人々と余の血を交えた種族を創り出そう」


 プロトバハムートはそう言うと、自らの血を女神ホルンに飲ませ、それによって生み出された竜の子が地上に遣わされた。その名をザールと言う。そしてザールを始祖としてつくられた里がドラゴニュートバードであった。



 そのザールは、女神ホルンと女神ホルンの助けを得て、地上最古の王国と言われる『ファルス王国』を建国した。


 ザールは、彼自身が非常に優秀な戦士だっただけでなく、彼には武勇においては女神アルベドが貸し与えた『アルベドの剣』があり、エルフの参謀、オーガの部将などの仲間にも恵まれていた。


 女神ホルンは、表立って彼を助けることはなかったものの、ザールの智謀と慈愛はまぎれもなくホルンが祝福したものであり、それによってたくさんの人々の心を掌握したことが、その後の王国の振興にもつながっていくことになる。


 ザールもそのことを理解しており、王国成った後、女神ホルンと女神アルベドを並立して国の神としたのであった。



 けれど、女神ホルンがたった一度、表立って彼を助けたことがある。それは、王国成って1年目、ザールから女神ホルンと同列に扱われることに不満を持った女神アルベドが放った刺客に襲われたザールは、刺客は倒したものの自らも瀕死の重傷を負った。


 そして女神アルベドに看取られて息を引き取ったザールを、女神ホルンは神の御業『オール・ヒール』で蘇生させた。


 ザールは、自らを襲った危難が、実は女神アルベドの策略だったことを知り、女神ホルンとともにアルベドに戦いを挑んだ。


 神との戦いは苦しく、激しかった。アルベドは眷属のワイバーンたちを集合させ、王国のあちこちを襲わせたが、女神ホルンも眷属たるヴァイスドラゴンやシュバルツドラゴンを呼び寄せ、それらを撃退した。


 最後は、プロトバハムートの力により女神アルベドはカッパドキアに封印されたが、女神ホルンも長い戦いの中で力尽き、その亡骸はヴァイスドラゴンやシュバルツドラゴンが守るドラゴニュート氏族の里に葬られた。


 それ以降、ドラゴニュートバードの人々は『女神ホルン様が眠る里』と『ドラゴンの血を引く一族であること』を誇りとして、長い歴史を誇っていた。



「遠い遠い昔の話じゃ。しかし、それと同じことが今まさに起ころうとしておる。私もこの世にあること久しいが、やっと女神ホルン様の転生に出会うことができるのであれば、長く退屈な日々にも意味があったというものじゃ」


 ゾフィーは、神話の中の話を思い返し、そうつぶやいて幕舎の外を見つめた。


   ★ ★ ★ ★ ★


 グーラから『未観測の幻影(シュレディンガーの猫)』を仕掛けられたロザリアだったが、その幻影の中で実体へと変化したグーラの攻撃を見事にかわした。


 しかし、グーラは勝ち誇ったように叫んだ。


「かかったわね、ロザリア!」


 ロザリアの目の前に、剣を掲げた執事人形と攻撃態勢を整えたゴーレムがいた。


――しまった、グーラの実体を見破ることに気を取られて、こいつらの存在を失念しておった!


 ロザリアが後悔のほぞをかむ間もなく、執事人形の鋭い剣先がロザリアの胸に食い込んできた。


「ぐふっ!」


 ロザリアが口から血を噴くのと、


「ぐがっ!」

 パーン!


 ゴーレムの重い拳がロザリアの頭部を砕くのとがほぼ一緒だった。

 頭部を失ったロザリアの身体は、首と心臓からおびただしい血をまき散らしながら地面に叩きつけられるように倒れ込んだ。


「やった! でかしたわセバスちゃん、ゴーレムくん!」


 グーラがそう言ってぼろきれのように横たわるロザリアに駆け寄ろうとした時である。


 ゴリッ!

「ガーッ!」

「ゴーレムくん!」


 ゴーレムが、突然現れた巨大な『竜の腕』につかみ潰された。そして、


 ガシャンっ!

「セバスちゃん!」


 同じ『竜の腕』によって執事人形が叩き潰される。

 ゴーレムとセバス、両腕に等しい2体が手もなく叩き潰されるのを見ていたグーラは、背後から凄まじい『魔力の揺らぎ』を感じると、サッと前へと跳んだ。


 着地して振り返ったグーラが見たものは……。


「なかなかいい攻撃じゃったのう」


 白と黒のツートンに分かれた長髪をなびかせながら、腕を組んでいるロザリアだった。今のロザリアは、身長160センチ程度。つまり少女ではなかった。それでもなお、少女形態である時以上の『魔力の揺らぎ』がその身を包んでいた。


「……『現身』? それにしてはこの死体からもわずかに魔力を感じるのは?」


 グーラがロザリア(少女)の首なし死体を足で蹴飛ばして言うと、ロザリアは紫紺の瞳を持つ目を細めて言う。


「私の可愛い骸じゃ。足蹴になぞしたら痛い目に遭うぞ?」


 その言葉と同時に、グーラの足元のロザリア(少女)が炸裂した。


 ズバゴン!

「おうっ!」


 グーラはその爆風で身体を粉々に砕かれたが、そのうちの頭部が凄まじい『魔力の揺らぎ』を放出した。


「……ほう、今度は誰の『魔力の核』を台無しにするつもりじゃ?」


 ロザリアが腕を組んだまま笑っていると、グーラは琥珀色の瞳と亜麻色のウェーブがかかった髪を持ち、身長180センチ程度の姿となって再生した。


「ふむ、今度は『嫉妬のインヴィディア』じゃな? いろいろな敵と戦わせてもらえて面白いのう」


 そう言うロザリアに、グーラはニヒルに笑って言う。


「アンタを見くびっていたよ。私はアンタがただの魔族で、操作術式と放出術式をよく使うと聞いていたが、まさかドラゴンの血を引いていたとはね」


 そして、右手を腰に当て、左手の指を鳴らして、


「悪いが、セバスちゃんは私の相棒だから、復活させてもらうよ」


 そう言うと、バラバラになって吹っ飛ばされていた執事人形の部品があちこちから集まり、自分で組み上がっていく。


「それは別に構いはせぬよ……」


 ロザリアは、不思議な笑いと共にそうつぶやく。その時、ロザリアの長い髪が風を受けてふわりと広がったように見えた。


 やがて、執事人形は元どおりに組み上がり、最後に赤いガラスの目がはめ込まれると、ガタガタと歯車やばねの音をさせながらグーラの側に歩いてきた。


「グーラ、そなたは、というよりエランとしてのそなたは、私と同じ魔族じゃったようだが、どうして『七つの枝の聖騎士団』なぞに入ったのじゃ?」


 ロザリアが訊くと、グーラは軽蔑したような目でロザリアを見て言う。


「答える義理はないね。敵に話すことなんて何もないよ」


 ロザリアは一つうなずくと、静かな声で言った。


「私は、レプティリアンの血も混じっている。そのことでつらい目にも遭った。そなたの魔力を視て、何か昔の私に通じるものを感じるのじゃ」


 そこでロザリアは声を張り上げる。


「……が、敵に話すことなど何もないというそなたの言うことも分かる。私もそなたの過去は問うまい。しかし、その代わり手加減する理由も消えた」

「⁉」


 グーラは、この空間の空気が急速にロザリアに向かって収束していくのを感じていた。思わずたじろいだグーラに、ロザリアの声が飛ぶ。


「忘れておるかもしれぬが、この『空間術式М』は、()()()()()()()()()()()()()()()()()。そのことは覚えていてもらおう」


「くっ! 私だって負けるものか。行け、セバスちゃん、あいつを壊せ!」


 グーラの声とともに、執事人形は剣を掲げてロザリアに突進する。しかしロザリアは透き通った紫色の『魔力の揺らぎ』とともに、


「止まれっ!」


 と、『魔女の雷鳴(クライストップ)』を繰り出した。今度はその魔力に一瞬、執事人形は壁にぶち当たったかのように立ち止まり、そして再び歩き出した。


「なぜ? なぜ突進しない、セバスちゃん!」


 慌てたように叫ぶグーラに、ロザリアは冷たい瞳を当てて言い放った。


「私はもう魔族のロザリアではない。ドラゴニュート氏族のロザリアじゃ」


 グーラは、さらに空気が加速してロザリアの周辺で渦を巻くのを見た。そしてロザリアの紫紺の瞳と目が合うと、驚愕したようにのけぞってつぶやく。


「り、竜眼……」


 ロザリアの左目は竜眼と化していた。そして、右は黒髪、左は白髪と真ん中から綺麗にツートンカラーになった長い髪は、収束する風にあおられてふわりと広がっていた。


「そなたの力が私を圧倒するよりも、私の血が覚醒する方が早かったようじゃの」


 ロザリアは薄く笑ってそうつぶやくと、ゆっくりと両手を広げていった。


   (37 魔族の相克 完)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

本作の第一の山場、ホルンとその仲間たちVS.『七つの枝の聖騎士団』も折り返し地点です。

次回『38 魔竜の覚醒』は来週日曜日9時から10時までに投稿予定です。

お楽しみに。

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