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青き炎のヴァリアント  作者: シベリウスP
34/70

33 死闘の開幕

王都イスファハーンに迫ったホルンたち。

しかし、『七つの枝の聖騎士団』が立ちふさがる。

本作中盤最大の決戦の火蓋が切って落とされる!

【主な登場人物】


 ♡ホルン・ファランドール…『死の槍』と『アルベドの剣』を持ち、辺境で名を上げた女槍遣い。前国王の娘で王国の現状に改革を志す。翠の瞳と銀の髪を持つ。26歳。


 ♧コドラン…シュバルツドラゴンのこどもで、生き別れになった母を探すためにホルンとともに旅をしていた。小さいが気が利く、ホルンの良き仲間である。15歳程度。


 ♤ザール・ジュエル…“東方の藩屏”トルクスタン侯国の世子で『白髪のザール』の異名を持つ。ホルンとともに王国の改革を志す。白髪に緋色の瞳を持つ。23歳。


 ♡リディア・カルディナーレ…ザールの幼馴染でジーク・オーガの王女。接近戦では無双の強さを誇る。額に角を持ち、茶色の髪に茶色の瞳をしている。21歳。


 ♤ジュチ・ボルジギン…ザールの幼馴染で『この世で最も高貴な一族』であるハイエルフの首領の息子。頭脳明晰で魔力に長けるがチャラい。金髪碧眼の美青年。23歳。


 ♡ロザリア・ロンバルディア…ザールに一目ぼれして仲間に加わった魔族の女性。冷静冷血で魔術に長けている。黒髪と黒曜石のような瞳を持つ。21歳。


 ♧ガイ・フォルクス…26年前にスケルトン軍団から国を滅ぼされたアクアロイドの王族。頭脳明晰で冷酷非情だが仇討に協力したホルンに恩義を感じている。29歳。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 王国暦1576年花散り初める月(5月)5日に行われたファールス湾海戦の結果は、ダマ・シスカスにいるザッハークに大きな衝撃を与えた。


「……あのテゲトフが敗けた……だと?」


 ザッハークは、玉座の上でそうつぶやくと、しばらくは茫然自失の態だった。


「リアンノンが艦隊を『アトラスの海』に回してきたときのために、ダマ・シスカスにある工廠の建艦を促進させています。また、商船を緊急徴用し、とりあえず200隻ほどの艦隊を整備しております」

「イスファハーンには『七つの枝の聖騎士団』がいてホルンたちとの決戦に備えておりますし、敵の主力軍への備えとしてはバビロンに第1軍支隊、第6軍、第7軍を集中配備して、計10個軍団20万を配置しております」


 ザッハークが左右の腕と恃む執政参与ティラノスと軍事参与パラドキシアがそう状況を報告するが、ザッハークは蒼い顔のまま喚き立てた。


「手ぬるい! 余に刃向かうものはどんな手段をもってしても叩き潰せ! パラドキシアよ、そなたの育成した魔軍団の出撃を許可する。奴らを、特にホルンとザールを絶対に仕留めよ!」

「はっ!」


 パラドキシアはそう言って頭を下げると、その顔をニヤリとゆがめた。


「パラドキシア」


 ザッハークの前を下がったティラノスは、前を行くパラドキシアに呼び掛けた。パラドキシアは振り返りもせずに答える。


「何だいティラノス。魔軍団の出撃に関しては陛下が直々にご命令なさったことだよ? 今さら反対なんて野暮なことは言わないよね?」


 ティラノスは苦笑しつつ言う。


「ふふ、いつぞや言ったぞ? 私はいつもいつもそなたの意見に反対しているわけではない、とな。今回はそなたに忠告だ。魔軍団は『七つの枝の聖騎士団』の指揮下で戦わせた方がいい。今までの『七つの枝の聖騎士団』の戦い方を見ていると、きっと彼女たちはホルンやザールと1対1の勝負をしようとするだろう」


 それを聞いて、パラドキシアは立ち止まり、振り向いて訊く。


「それじゃいけないのかい? 私はアイラたちのやりたいようにやらせようと思うけれどね? 今までだってそれで満足な戦果を挙げてきているじゃないか」


 するとティラノスは、首を振って言った。


「そなたにも報告があっていると思うが、副団長の『色欲のルクリア』は消滅している。相手はハイエルフのジュチ・ボルジギンという男だそうだ。ホルンやザールは、この国でも指折りの猛者たちを仲間に引き入れている。1対1の戦いをすれば、恐らく敗ける」


 パラドキシアは途端に噴き出した。


「はっ! 私が見込んだ『七つの枝の聖騎士団』が敗ける? 冗談は休み休み言っておくれよ。あいつらは『戦闘魔族』だ。ザールのようなお坊ちゃんやホルンのようなお嬢ちゃんに負けはしないよ」


 それだけ言うと、パラドキシアは冷えた目でティラノスを見つめて吐き捨てた。


「ティラノス、私はあなたの智謀には敬意を払っているけれど、この戦いは智謀がその真価を発揮する段階を過ぎているのよ。強いものが勝つ、もうそんな段階に入っているんだから、あなたは陛下と共にホルンが死んだ後のことでも考えておきなさい」

「……パラドキシアは、死ぬな……」


 足音荒く立ち去っていくパラドキシアを、暗然とした目で見つめながらティラノスはそうつぶやいた。


   ★ ★ ★ ★ ★


「さて、今後の作戦はどうしたらいい?」


 王国暦1576年花咲き誇る月30日、ホルンの率いる遊撃軍は、ついに王都イスファハーンを指呼の間におさめる場所……カーシャーンの町まで進出していた。ここからイスファハーンまでは一山越えて約110マイル(この世界で約200キロ)に過ぎず、主力軍が目指しているナーイードまでは100マイル(約185キロ)であった。

 いつものとおり、ジュチがニコニコしながら言う。


「普通に考えれば、ここから南東60キロにあるバードという町から山脈を越えてフボルト経由で王都に入るのが常道だ。けれど、バードからの山越えは他の峠と比べて緩やかで道幅も若干広い。当然、王都を守る第1軍もここを固めているだろう。そこで……」


 ジュチは隣に座ったロザリアをチラリと見てホルンに訊いた。


「上・中・下、三つの策があります。王女様はどれを採られますか?」


 ホルンは笑って言う。


「その三つの策を聞かせてくれないと、選びようがないわ」


 するとロザリアが笑って説明し始める。


「確かに仰るとおりじゃ。説明もせずにどれを採られるか訊くとは、とんだバカエルフもいたものじゃ。上策はここから南30キロにあるカムサルから山を越えてメーメに入り、電光石火フボルトを取るというものじゃ。王国軍も険しいカムサル道まで兵を割いてはおらぬじゃろうから、この作戦は十中八九上手くいくと思うがの」


 そしてロザリアは向かいに座ったリディアをチラリと見て続ける。


「中策は、バードからさらに南東30キロにあるアルデスターンから山を越え、クーパイを落として主力軍を待つという策じゃ。敵の面前で便々と待つのも考えものじゃが、こちらにはヘパイストス殿もおるし、主力軍も花散り初める月の中頃までにはナーイードを取るじゃろうから、そう心配は要らぬと思うぞ。むしろ敵前に居座ることで、王都の守備隊を漸減させられるじゃろう」

「それで下策は?」


 ホルンが訊くと、ロザリアは肩をすくめて言う。


「ナーイードの町を先に取り、主力軍を待つというものじゃ。安全策じゃが南からの力押しになるじゃろうから、あまり褒めたものではないじゃろうな」


 するとホルンは、ザールの顔を見て訊いた。


「ザール将軍、あなたならどの策を採る?」


 ザールは笑って答えた。


「上策一択だね。ロザリアがあそこまで言うからには、峠に敵兵がいないことは確認済みなんだろう?」


 するとジュチが笑って言う。


「キミには何も隠せないね。まあ、メーメまではボクたちを遮るものは誰もいないよ。その先のフボルトは分からないけれどね?」

「ザッハークはもう王都にはいないんでしょ? だったら、敵軍も王都を守ってはいないんじゃないかな?」


 リディアが言うと、ガイが首を振って言う。


「それはない……純粋に軍事的に言うとリディア殿の言うとおりだが、仮にも王都を一戦もせずに我らに明け渡したら、その後王女様が即位されたときに政治的に大きなダメージを受けるからな」


 ジュチも真剣な顔で言った。


「ボクもガイ殿の意見と同じだよ。王都で王女様がホルン女王様として即位されたら、それだけで国民の心はザッハークから離れてしまう。ボクは、『七つの枝の聖騎士団』の奴らが出てきていてもおかしくないと考えている」

「私もそう思います」


 末座からシャロンがそう言う。シャロンはホルンに似たその顔を曇らせながら続けた。


「と言いますのも、教団から送られてきた情報では、『七つの枝の聖騎士団』たちの姿がダマ・シスカスから消えているそうです。よほどのことがない限り、彼女たちは常にザッハークを守っています。その彼女たちがザッハークの側にいないということは、王女様を狙って出撃しているということにほかなりません」

「……ということは、僕たちは『七つの枝の聖騎士団』もいると考えて作戦を進めねばならないね。ジュチ、ロザリア、君たちのことだ、先の策はそのことも織り込み済みだろう?」


 ザールが言うと、ジュチは笑って答えた。


「王女様が上策を採られるのであれば、何も変更はないよ。むしろメーメ辺りで奴らと決戦するのなら、王都や他の地域に被害が及ばなくて済むかもね」


 その言葉を聞いて、ホルンは決断を下した。


「分かりました、それでは上策を採りましょう。みんな、『七つの枝の聖騎士団』が出てきたら返り討ちにしてやりましょう」


 その言葉に、ザールもジュチも、そしてリディアやロザリア、ガイやヘパイストスやシャロンも顔を固くしてうなずいた。



 『七つの枝の聖騎士団』の6人は、王都の北に位置するフボルトの町に近い自分たちの居城で戦闘準備を行っていた。


「団長さん、誰がホルンたちに遣いすればいいかしら?」


 全員が集まっている部屋で『バルムンク』を手入れしている『怒りのアイラ』に、『嘆きのグリーフ』が訊いてきた。アイラは『バルムンク』のしっとりとした刃を翠の瞳で見つめながら言う。


「……全員で行こうか」


 『嘆きのグリーフ』は、うねるような赤い髪を揺らして笑う。


「団長さん、今回はお誘いに行くのよ? ()()()()みたいに闘志満々だったら、その場で戦いになだれ込んじゃうかもしれないわよ?」

「聞き捨てならないね。『誰かさん』って、誰のことだい?」


 黒いニカーブの中から漆黒の瞳を光らせて、『傲慢のスーペヴィア』が刺々しい声で訊く。けれど『嘆きのグリーフ』はその刺々しさを全く気にせずに言う。


「あなたのことよ、『傲慢のスーペヴィア』。そりゃルクリアの仇はすぐにでも取りたいでしょうけれど、その場で戦いになだれ込んだら1対1どころじゃなくなるわよ?」

「上等だ。アタシは1対2千でも構わないよ」


 そう吐き捨てるスーペヴィアに、『嫉妬のインヴィディア』が優しく言う。


「スーペヴィア、気持ちは分かるけれど、それで奴らを取り逃がしたら話にもならないでしょ? そう言うことならあなたはここに残っておく?」

「相手の様子を一目見ておけば、後の戦いが楽になるよ?」


 『強欲のアヴァリティア』が言うと、『怒りのアイラ』は頷いて


「そうね、そのとおりよ。だからスーペヴィア、戦闘開始はもう少し後ね?」


 そう、緋色の瞳で『傲慢のスーペヴィア』を見つめる。スーペヴィアはその瞳を見て怖気を振るったように答えた。


「わ、分かりましたよ。決して奴らに手出しはしませんから、怒らないでくださいよ、団長」

「それならいいわよ」


 『怒りのアイラ』は翠色の瞳で笑った。


「えー、あたしは行きたくないなぁ~。うんどーするとお腹減るし~。ねー、だんちょーさん、代わりにセバスちゃんに行ってもらっちゃダメ?」


 『貪食のグーラ』が小脇に抱えた袋から砂糖菓子をつまみながら言う。アイラは笑って答えた。


「あなたはゴーレムに乗って一緒に来ればいいじゃない」


   ★ ★ ★ ★ ★


 ホルンは、カーシャーンの町で夕日の中、西にそびえる山塊を見つめていた。


『いよいよイスファハーンだね、ホルン』


 肩に止まったコドランが、緊張した声で言う。ホルンもうなずいて言った。


「そうね……私が生まれた町ね。そして、父や母が暮らしていた町なのよね」

『ホルンはイスファハーンに来たことはあるの?』


 ホルンはかぶりを振る。


「私はずっと辺境にいたわ。大きな町と言えばダマ・シスカスやカンダハールくらいしか知らない。それも郊外だったけれどね? 物心ついてからずっと旅の中にいて、ずっと辺境を旅していたわ」

『そう言っていたね』


 ホルンは、コドランの顎の下をなでながら言う。


「……いろいろな運命の導きがあったけれど、父や母、そしてデューン・ファランドール様の無念を私の手で晴らすことができるって考えると、私が辺境で暮らした日々は無駄じゃなかったって思うわ」

『うん、ぼくもホルンのために頑張るよ』


 コドランは気持ちよさそうに目を細めて言う。


「ありがとう、コドラン。すべてが終わった後でも、私たちは友だちよ」

『もちろんだよ! ホルンのおかげで面白いことがたくさん体験できたし、大きくもなれた。ぼくはホルンを乗せて国中を飛んで廻ってあげるよ』


 翼を広げて言うコドランに、ホルンは笑って答えた。


「ありがとう、楽しみだわ……?」


 ホルンは、後ろから聞こえてきた声に気付いて振り返る。ザールが笑いながら近づいて来るのが見えた。


「ああ、王女様、ここにおられたんですか」


 ザールはホルンの側まで来ると、そう言って続けた。


「急に幕舎からいなくなるんで心配しましたよ。ジュチたちも探し回っていますよ」


 ホルンは笑って


「それは悪かったわ。あの山の向こうにイスファハーンがあるって思ったら、ついね?」


 そう言うと、また西の山塊を見つめる。ザールも神妙な面持ちで山塊を見つめながら


「そうですね、いよいよです。イスファハーンを落としたら、王女様には女王として即位していただくことになるでしょう」


 そう言う。ホルンは夕焼けに顔を輝かせて言った。


「……女王、か……正直、私は自分が女王だなんて信じられないし、似合わないかもって思っているわ。けれど、それが運命なら、受け入れなくちゃね?」


 ザールは首を振って言う。


「いえ、今の時代はホルンのような為政者が求められていると思うよ? 似合う似合わないではなく、ホルンが女王位を受け継ぐのが正しいことだと思う」

「うん、ありがとう。そう言ってもらうと少し安心する。同時に責任の重さも感じるけれどね」


 ホルンはそう言うと、さっとザールの方を見て真剣な顔で訊いた。


「ザール、私はあなたにずっと助けられてきたけれど、これからもずっと私のことを支えてくれる?」

「もちろん、そのつもりです。この国のために、そしてあなたのために」


 ザールが力強く即答すると、ホルンは頬を緩めた。

 そこに、ジュチたちが走ってくる。


「おお、こんな所にいたのかい、ザール。王女様を見つけたのなら、すぐに幕舎にお連れしないとダメじゃないか」


 ウザったく伸びた金髪を形のいい人差し指でいじりながら、ジュチが言う。言っていることとは違って、その顔は笑っていた。


「明日には行動を開始するんだから、今王女様に何かあったらどうすんのさ、ザール」


 リディアもそう言って笑う。ホルンもザールも当代一級の戦士だ。その二人が揃っていて万に一つも心配はない、リディアはそう信じている顔だった。

 けれど、ロザリアだけは本気で心配している顔だった。彼女は


「まったく、先ほども『七つの枝の聖騎士団』が来ているかもって話をしていたばかりではないか。王女様もザール様も、感傷に浸っている場合ではないぞ? とにかく幕舎に戻られるといい」


 そう言ってザールの腕を取り、来た道を引き返し始める。


「ちょ、ちょっと待ってくれロザリア。そんなに引っ張ったら腕が痛いぞ」


 そう言って牽かれていくザールを見て、ホルンたちは顔を見合わせてクスリと笑うと、後を追って歩き出そうとした。その時、


「そこにいる者、姿を見せたらどうだ!」


 そう鋭く言いながら、ガイが姿を現した。その手には長大な蛇矛『オンデュール』が握られていて、その切っ先はすでにある一点に向けられていた。

 ガイの誰何を聞き、ジュチ、リディア、ザール、ロザリアはすぐにホルンを守るように取り囲んだ。


「ふふっ、さすがに王女様の護衛だけあるね」


 そんなあどけない声とともに、ガイから20ヤードほど離れた空間に、一人の女の子が現れた。その女の子は、身長150センチ足らずで、白髪に翠の瞳をした切れ長の目を持ち、灰色のブラウスに黒いショートパンツ、灰色のニーソと黒い靴を履いていた。その背中には自身の背丈より長い剣を負っている。ガイの蛇矛はちょうど彼女の胸にピタリと照準を合わせていた。


「……『七つの枝の聖騎士団』の団長、『怒りのアイラ』だな?」


 ガイがそう言うと、アイラは翠の瞳で彼を見て、思い出したように言う。


「ああ、いつぞや陛下を狙って宮殿に忍び込んだアクアロイドだね。うん、あの頃よりは確かに腕を上げていそうだね」

「……その時の勝負をつけに来たのか?」


 ガイが訊くと、アイラは人懐っこそうな笑いを浮かべて言った。


「違うよ? 戦うのは少し後だよ。今日は君たちに、1対1の決闘を申し込みに来たんだよ。『七つの枝の聖騎士団』全員でね?」


 すると、アイラの周りに5人の女性が現れた。


「一人一人自己紹介させるよ」


 アイラが言うと、黒いニカーブに黒いチャードルで全身を覆った女性が、静かな闘志を湛えた声で言う。身長は170センチ程度で、非常に身軽そうだった。武器は持っていないが、チャードルの下に何を隠し持っているかは未知数だ。


「アタシは『傲慢のスーペヴィア』。あんたたちとやり合うことを楽しみにしているよ。首を洗って待っときな」


 『傲慢のスーペヴィア』がそう言って下がると、亜麻色の波打つ髪と琥珀色の瞳をした女性が前に出た。上下ともぴっちりとした黒い革のジャケットを着こんでいる。身長は180センチくらいで、ハスキーな声をしていた。


「アクアロイドさん、お久しぶりね?」

「……確か、『嫉妬のインヴィディア』とか言ったな?」


 ガイの言葉に、インヴィディアはうなずいて言った。


「覚えていてくれて光栄だわ。坊や、今度こそ、ちゃんと決着をつけましょうね?」


 インヴィディアの次に出てきたのは、『強欲のアヴァリティア』だった。彼女は金髪に碧眼を細め、上下ともデニム地の黒い服を着ている。


「お久しぶりね? 今度こそあなたたちの息の根を止めてあげるわ」


 そして、次に現れたのは薄い茶色のふわふわした髪を伸ばし、くりくりとした瞳を持つあどけない少女だった。身長は140センチ足らずで、パステルカラーのワンピースを着て、小脇には紙袋を抱えている。彼女はその紙袋から砂糖菓子をつまみ出しては口に放り込んでいた。


「あたし、『貪食のグーラ』っていうの。なんかみんなおいしそう~。ね~、だんちょーさん、ごあいさつはこれでい~い?」


 振り向いてそう訊くグーラに、アイラはニコリと笑ってうなずいた。

 次に出てきたのは……


「あなたは……死んだはずじゃ……」


 思わずホルンがそう言った。そこには赤い髪を長く伸ばし、琥珀色の瞳をした『嘆きのグリーフ』がいたからだ。


「ふふっ、残念なことに、私はまだ生きていたのよ。ホルン、今度は私があなたに引導を渡して見せるわ。覚悟しておきなさい?」

「望むところよ!」


 思わず『アルベドの剣』に手をかけたホルンを、ザールが押し留めて言う。


「ここではマズい。奴らの指定する場所を聞いてみよう」


 ホルンとザールの様子を見て、せせら笑いながらグリーフが下がると、再びアイラが前に出てきて言った。


「一通り自己紹介も済んだから、私から決闘の時間と場所を提案するね? 時間はあさっての7点(午前8時)開始。場所はメーメの北10マイルの草原。それでどう?」


 ホルンは全員の顔を見回した。ザールも、ジュチも、リディアもロザリアも、そしてガイもその顔に答えが出ていた。『異議なし』と。

 ホルンはアイラにうなずいて言った。


「了解したわ。あさって7点、メーメの北10マイルの草原で会いましょう」


 その答えを聞くと、アイラは人懐っこい顔で笑って言いながら消えた。


「じゃ、あさってね? ザール、君と戦うのを楽しみにしているよ」


 その瞬間、アイラの眼が緋色に輝き、白い顔にどす黒いタトゥーのような文様が浮かんで消えるのを、ホルンは見逃さなかった。


――あの模様、どこかで見たような?


 ホルンはそう考えたが、その時は思い出せなかった。ザールが真剣な声でみんなに言ったからだ。


「奴らを倒せば、この戦いは半分勝ったも同然だ。みんな、それぞれ奴らの特長を推察したと思う。奴らへの対策と今後の指示について話し合おう」



「誰が誰をやっつけるの? 団長さん」


 『嘆きのグリーフ』が訊くと、『怒りのアイラ』は緋色の目を輝かせて言う。


「誰が何と言ったって、ザールは私が仕留めるわ。異論ないわよね?」


 宣言するように言うアイラに、団員は何も言わなかった。『嘆きのグリーフ』は苦笑して言う。


「団長さん自ら宣言しちゃったら、収拾がつかなくなりそうじゃない。相手の特徴を見極めて相手を決めなきゃ。ということで、私はホルンを仕留めることにするわ」

「……じゃ、私はジュチ・ボルジギンとやらせておくれ」


 『嫉妬のインヴィディア』の言葉に、グリーフはうなずいて言う。


「いいんじゃない? あなたも術式は得意だし」

「じゃ、アタシはガイ・フォルクスを仕留める」


 『傲慢のスーペヴィア』が言うと、それにもグリーフはうなずいた。


「同じアサシン同士の戦いね。期待しているわよ、楽しみだわ」

「じゃあ、あたしはあの魔族を食べちゃうよ」


 『貪食のグーラ』口をもぐもぐさせながらが言うと、グリーフは笑ってうなずいた。


「ロザリア・ロンバルディアねぇ……どちらも操作術式が得意そうね? まあ、あなたに敵う者はそうそういないと思うけれどね?」

「……そうなると、私は『炎の告死天使』が相手になるのかしら? 一番嫌な相手だけれど」


 『強欲のアヴァリティア』が言うと、グリーフは笑って言った。


「戦闘力だけで物事を見たらだめよ、アヴァリティア。あなたの得意な幻術があるじゃない。リディアは単純だから、あなたの能力なら十分、仕留められるわよ」


 グリーフに励まされて、アヴァリティアは


「グリーフがそんなに言うなら、相手してみるわ」


 と首を縦に振った。


「団長さん、それぞれの相手は決まったわよ?」


 グリーフが言うと、アイラは白髪を逆立て、緋色の眼を輝かせながら全員を見回して言った。


「みんな、自分で選んだ相手よ。責任もって仕留めてちょうだい。またここでみんなと会うことを楽しみにしているわ」


 アイラの言葉が終わるとともに、『七つの枝の聖騎士団』の面々は部屋から消えた。


「……ザール、貴様を必ず仕留めて見せる」


 一人残されたアイラは、身体中にどす黒いタトゥーのような文様を浮かび上がらせながら、虚空を睨んでいた。


   ★ ★ ★ ★ ★


「奴らと1対1で戦うなんて、とんでもありません! ぜひ、私たちも連れて行ってください」


 ホルンは、自分たちがいないときの作戦を委ねるためシャロンとヘパイストスを呼び出した。ホルンたちが『七つの枝の聖騎士団』と1対1の勝負をするということを知らされたとき、真っ先に反対したのはシャロンだった。


「私たちの『神聖生誕教団騎士団』は、こういう時のために結成された騎士団です。ぜひご一緒させてください」


 シャロンは強硬に申し入れたが、ザールも


「相手も世に知られた戦士、卑怯な真似はしないだろう。それに僕たちだけで戦えば、余計な犠牲は出さずに済む。シャロン殿、ぜひご理解いただきたい」


 そう言ってシャロンをなだめる。ヘパイストスはじっとリディアを見ていたが、リディアの決意が翻りそうもないと知って、笑って言った。


「分かった、『白髪の英傑(ザールの旦那)』よ。あなたたちを信じて条件付きで俺は部隊指揮を仰せつかるよ」

「その条件って何だい? ヘパイストス」


 リディアが訊くと、ヘパイストスはホルンとザール、そして最後にリディアをじっと見つめて言った。


「あなたたちが絶対に奴らに勝って帰ってくるってことが条件だ」

「うん、アタシは約束するよ」


 リディアが真剣な顔で言う。それを見て、ヘパイストスは顔を歪めて笑って言った。


「そ、そう来なくちゃな。リディア、こちらのことは心配するな。ちゃんとシャロン殿を助けて主力軍に合流させてやるから」


 その様子を見て、シャロンもため息と共に言った。


「……致し方ありません。けれど、各部隊の副将格には、皆さんから十分に言い聞かせておいてください。そして……」


 そう言いよどむと、シャロンはホルンとザールを見つめて続けた。


「絶対に、無事にお戻りください」



 ザールが自隊で副将のバトゥとトゥルイに今後の指示をしていると、突然、天幕の中に金髪美少女が飛び込んできた。


「お兄さま、勝手なことをしないでください!」

「オリザ」


 ザールは、血相を変えて飛び込んできたオリザにまくし立てられる。


「お兄さまはトルクスタン侯国の後継ぎで、王女様が即位されたら重臣中の重臣になられる方なのよ? それが『七つの枝の聖騎士団』なんていう奴らと決闘なんかして、もし何かあったらお父様や王女様がどれだけ悲しむと思っているの? 決闘なんてやめて、軍団を引き連れてやっつけちゃえばいいじゃない!」

「オリザ……」


 ザールは、オリザのペールブルーの瞳に涙が浮かぶのを見て、何も言えなくなった。そんなザールに、オリザはさらに言う。


「ワタシだって、ワタシだって、お兄さまがいなくなっちゃったら、生きていけなくなっちゃうよ!」


 そう言って身体を震わせるオリザの頭を、ザールは立ち上がって優しくなでながら


「ありがとうオリザ、心配してくれて。けれどオリザに一つ訊きたい。僕はそんなに弱く見えるか?」


 そう訊く。オリザは頭を振ってつぶやいた。


「見えない……でも、心配だもん」


 ザールは優しい声で言う。


「心配させてすまない。けれど、僕は絶対に勝つ、そのことは信じていてほしい。そして、シャロン殿の陣で大人しく待っていてくれ」



「ふむ、そう言ったいきさつなら止めはせぬが……」


 ロザリアの陣では、心配顔のマルガリータと共に話を聞いていたゾフィーがそう言って不思議な笑いをする。


「師匠、私は何か間違ったことをしているのじゃろうか?」


 身長140センチ程度で、どう見ても14・5歳の少女にしか見えないゾフィーに、ロザリアは心配そうな顔で訊く。ゾフィーは笑って答えた。


「間違ってはおらん。『七つの枝の聖騎士団』は叩くべきじゃし、それを叩けるのは王女様やザール殿をはじめとしたそなたたちしかおらんし、1対1で余人を交えず戦うのも余計な死傷者を出さぬから理に適っておる」


 そこでゾフィーはコーヒーを一口すすった。この師弟はコーヒー、紅茶と趣向は違っているが、この優雅な時間を大事にしていることはよく似ている。


「しかし、場所がのう……」


 そう言うゾフィーに、紅茶のカップを置きながらロザリアが


「場所?」


 とオウム返しに訊く。ゾフィーはうなずいて言う。


「奴らの才能はさまざまじゃが、最後はそれぞれの本性を現した形での勝負となろう。その時、自分や相手の力が暴走することを考慮に入れておくことじゃな」

「……ふむ、では『11次元空間』で戦えば」


 ロザリアのつぶやきに、ゾフィーは笑って言う。


「それでは足りぬ。そなたはザール殿やアイラの力を見くびっておるようじゃな?」

「では……」


 顔色をなくしたロザリアに、ゾフィーはいとも簡単に言った。


「そなたに『空間術式М』を授ける。あのハイエルフはこの術式を使えるようじゃが、奴らを食い止めるためには二重張りしても足りんかもしれん」

「く、『空間術式М』……23次元空間じゃと?」


 絶句してしまったロザリアやマルガリータを楽しげに眺めながら、ゾフィーはさらにロザリアに問いかける。


「ロザリア、そなたはザール殿のことを心底愛しておるか?」

「へっ⁉ し、師匠、今そのようなことを訊いてどうするのじゃ?」


 顔を赤くして慌てるロザリアに、ゾフィーは真剣な顔で畳みかける。


「伊達や酔狂で訊いておるのではない。大切なことじゃ、心して答えよ。そなたはザール殿のことを心底愛しておるか?」


 あまりに真剣なゾフィーの様子に、ロザリアは顔を真っ赤にしてもじもじしながらも


「と、当然のことじゃ。ザール様がいなければ、私とてこの世にいたくはない」


 そう言った。

 ゾフィーはその言葉を聞くと、不意に右手を上げてロザリアの額に触った。


「!」


 ロザリアは想念の中で視た。二匹の巨大なドラゴンが相打っているのを。

 二匹とも真っ白いドラゴンだった。一匹は透き通った青白い鱗を持ち、それは日の光に反射して鮮烈な白さを輝かせていた。こちらのドラゴンには四枚の翼があった。


 もう一匹も負けず劣らず白いドラゴンだったが、こちらの鱗は透き通った薄い赤色だった。そして大きな二枚の翼を持っていた。

 どちらのドラゴンも恐ろしいほどの大きさで、身体中を恐るべき『魔力の揺らぎ』で覆っていた。二匹が相打つたびに、空気は震え、大地も震動した。その近くは信じられないほどの高温であり、近づくものは一瞬で蒸発した。


 やがて二枚翼のドラゴンは、その鋭い爪で四翼のドラゴンの左目を突き刺す。四翼のドラゴンは天地に響き渡るような咆哮を上げた。それとともに、四翼のドラゴンはしなやかなしっぽに『魔力の揺らぎ』を乗せて、二翼のドラゴンの胴を薙ぎ払った。二翼のドラゴンは苦しげな咆哮を上げて地面に叩きつけられた。


 そんな光景を見ながら、ロザリアは震えていた。今までロザリアが経験したこともないスケールでの戦いだったのだ。大きさも、速さも、そして空間の温度や密度も……。ロザリアは震えながらも、


「ザール様、たとえドラゴンであろうと、私はザール様を愛し抜く」


 そうつぶやくと、血を噴いて立ち上がった二翼のドラゴンに両手を向けて叫んでいた。


「そこまでじゃ!」


 ロザリアはゾフィーの声でハッと我に返った。ロザリアの身体は燃えるように熱く、心臓がドキドキしている。びっしょりと汗をかいて、肩で息をしていた。隣ではマルガリータが信じがたいものを見るような目でロザリアを見つめている。


「し、師匠……あれは、何じゃ?」


 あえぐようにロザリアが訊くと、ゾフィーは鋭い顔で答えた。


「そなたが何を見ていたのかは知らぬ。けれど、今度の戦いでそなたに必要なものはすべて授けた。鏡を見てみよ、それがそなたの真実の姿じゃ」


 ロザリアは手鏡を見て息をのんだ。長く伸びたつやつやした黒髪が、まるで切り分けたように頭頂部から左側だけ白髪になっていたからである。


「……そなたはレプティリアンの血が混じっていると苦しんでおったようじゃが、それはドラゴニュート氏族の血だったようじゃのう」


 手鏡を食い入るように見つめているロザリアに、ゾフィーは優しくそう言った。


「私が、ドラゴニュート氏族……うれしい……」


 涙と共にそうつぶやくロザリアに、ゾフィーは力強く励ました。


「行ってくるがいい、ロザリア。そなたの愛する心が、今回の戦いの帰趨を決めるかもしれぬ」


 その言葉を聞いたロザリアは、涙でぬれた顔を上げてしっかりとうなずいた。



 次の日の朝、ホルンたち6人は、カムサルの町でシャロンとヘパイストスに預けたそれぞれの部隊がバードの町へと進軍を開始するのを見送った。


「さて、私たちは私たちの戦場へと急ぎましょう」


 部隊が遠く霞むころ、ホルンがそう言って皆を見回した。


「そうだね。『怒りのアイラ』は僕に任せてもらう」


 ザールが白髪を風になびかせ、『糸杉の剣』の柄を叩きながら言う。


「では、私は『傲慢のスーペヴィア』をいただこう。私と同じ色をしていたからな」


 ガイが灰色のマントの下で目を光らせて言う。


「アタシは因縁がある『強欲のアヴァリティア』と戦うよ」


 重さ82キッカル(この世界では約2・78トン)もある大青龍偃月刀『レーエン』を引っ担いで、リディアが笑えば、


「では、私は同じ匂いがする『貪食のグーラ』と遊ぼうかのう」


 と、真っ白いストールを頭に巻いたロザリアが言う。


「ふん、ボクは『嫉妬のインヴィディア』か。まあ、結構強そうだから退屈はしなさそうだね」


 ジュチはそう言って朝風になびく金髪をかき上げた。


「私は、今度こそ『嘆きのグリーフ』を仕留めて見せるわ。そして、女神アルベドと女神ホルンの関係の謎も聞き出してやる」


 ホルンは『アルベドの剣』をなでながらそう言うと、『死の槍』を高く振り上げて号令した。


「みんな、行くわよ。私たちとこの国の未来へと!」



 バードの町に行軍する遊撃軍では、シャロンがジャンヌとフランソワーズのところに行って命令していた。


「フランソワーズ、悪いけれどこの書簡を急いでダマ・シスカスにいらっしゃる法王様に届けてほしいの。今度の戦いは特に『怒りのアイラ』と『嘆きのグリーフ』を押さえなければならないし、その結果がどうであれ女神アルベド様を封印する必要もあるわ」


 そしてシャロンはチラリとオリザを見て


「ジャンヌの負担が大きくなってしまうけれど、オリザ様はザール様が格別心にかけていらっしゃるお方、しっかりお守りしてね」


 そう言うと、パッと顔を輝かせるオリザを横目に見ながらジャンヌはうなずく。


「では隊長、私はすぐに発ちます」


 シャロンから書簡を受け取ったフランソワーズは、『神聖生誕教団』の旗を高く掲げてモアウで走り去った。


「頼んだわよ、フランソワーズ。女神ホルン様、彼女が間に合いますように」


 シャロンは、遠くなりつつあるフランソワーズを見ながらそう祈っていた。


   ★ ★ ★ ★ ★


 ホルンたち6人は、カムサル道を進んでいた。ここはかなり険しい峠道で、乗っているのが剽悍なモアウでなければひやひやものだろう。山にへばりつくようにして造られた山道の片側は山肌がほぼ垂直にそそり立ち、反対側は目も眩むような崖である。


「もうすぐ峠だよ」


 先頭を進むリディアがそう言うと、一行にホッとした空気が流れる。やがて一行は、切り通しになった峠へとたどり着いた。ここから南南東に薄く霞んではるかなイスファハーンが望見できた。


「あれが……イスファハーン」


 峠から遠く王都を臨んで、ホルンがそうつぶやく。


『いよいよだね、ホルン』


 ホルンの肩の上で、コドランがそう話しかけた。ホルンは風に銀色の髪をなぶらせながら、じっと翠色の瞳で見つめ続けている。


 その時、ガイが鋭い声を上げながら、峠の切り通しに向かって棒手裏剣を放った。


「そこの曲者、姿を現せ!」


 すると、キィィンという音と共に棒手裏剣が弾かれ、そこに一人の女が姿を現した。


「ふふふ、さすがは『紺碧の死神』、ガイ・フォルクスだね」


 切り通しの崖には、黒いニカーブで顔を隠した『傲慢のスーペヴィア』が、抜き放ったカットラスを構えてそう笑っていた。彼女は驚いたことに重力を無視するように地面と平行に突っ立っていた。


「ふん、『傲慢のスーペヴィア』か。お互いやり合うのはメーメ辺りではなかったのか? そう言う約束だったと思うが」


 ガイが言うと、『傲慢のスーペヴィア』は、ニカーブの奥の目を細めて言う。


「アタシたちは別だよ、ガイ。お互いアサシンじゃないか、油断は禁物だよ」


 それを聞くと、ガイも紺碧の瞳を持つ切れ長の目を細め、


「ふむ、面白い。ではそなたとここでゆっくり決着をつけようか」


 そう言うと、モアウに乗っていたホルンたちに向かって笑って言った。


「そう言うことです。先に約束の場所へとお急ぎください。王都でお会いしましょう」

「分かったわ。ガイ、待っているわよ」


 ホルンはそう言うと、『傲慢のスーペヴィア』に一瞥をくれるとモアウで峠道を下り始める。ザールたち4人もそれに従った。


 ホルンたちが十分に安全な距離まで離れたと見て取ったガイは、深い海の色をした長い髪を波打たせながら、スーペヴィアに問いかけた。


「……そなたは、ホルン様が前国王シャー・ローム陛下の正統な後継者であられることは知っているか?」


 スーペヴィアは静かにうなずいて答えた。


「もちろんさ。けれど、今の陛下だって26年の間、この王国をうまいところ治めて来られたじゃないか。正統だの異端だの、そんなことはアタシにとってどうでもいい事さ」


 それを聞いて、ガイはうなずくと


「なるほど……それでは仕方ない。お互いの正義を通すしかないな」


 そう言ってサッと両手を上げるとともに、その姿が消えた。


「チッ!」


 シャリン、カーン、キーン!


 スーペヴィアは襲い来たおびただしい数の棒手裏剣を両手のカットラスで弾くと、崖をダッシュしてガイがいた地点へと跳ぶ。地面に降り立った彼女は、サッと崖を振り向く。黒いチャードルが空気をはらんでふわりとふくらんだ。


「……なかなかやるじゃないか」


 スーペヴィアは左手のカットラスを咥えると、チャードルの中から棒手裏剣を取り出して地面へと捨てた。棒手裏剣には青い液体がべったりとついていた。


「……そなたもな」


 先ほどまでのスーペヴィアと同じように、崖に突っ立ったガイは、頬に薄くついた傷を歪めて言う。


「今まで戦った中で最高の相手だね。楽しめそうだよ」


 スーペヴィアがそう言うと、ガイも同意して言った。


「私もそう思う。相手にとって不足はないぞ、『傲慢のスーペヴィア』よ」



 メーメの北10マイルの草原を目指すホルンたちは、峠から5マイルほどのところまで来ていた。ここから山道が少し緩やかになり、九十九折りとなりながらもその間隔は広くなる。


「次は誰が出てくるかしら?」


 ホルンがつぶやくと、前を走っていたザールが言う。


「奴らだって戦士だ、約束を反故にすることはない。メーメの北10マイルの草原に待っているのは『怒りのアイラ』か『嘆きのグリーフ』だ。かかってくるならそれ以外の奴だろう」


 そのザールの言葉を聞いていたリディアが、モアウを止めて言う。


「ザールの言うとおりみたいだよ?」


 その声を聞いたホルンとザールは、リディアの前方約20フィートの所にニコニコとしてたたずむ金髪碧眼の女性を見てつぶやいた。


「あれは『強欲のアヴァリティア』か」


 『強欲のアヴァリティア』は、微笑を浮かべたまま腰に手を当てて言う。


「さて、誰が私の相手をしてくれるの?」


 それを聞くと、リディアが静かにうなずいて言った。


「アンタの相手はアタシだよ……ザール、姫様、先に行ってください」

「分かった、王都で会おう。リディア、油断するなよ」


 ザールがホルンを守りつつリディアに言う。リディアは可愛らしい顔で笑って答えた。


「うん、分かってる。ザールたちこそ油断しないでね?」


 そしてリディアは、ザールたちが峠道を下り平原へと出たことを確認すると、身長2・5メートルの“真実の姿”へと戻り、虚空から偉大な青龍偃月刀『レーエン』を取り出して身構えた。


「……さて、とっとと勝負をつけようじゃないか?」


 百錬の鏡のような眼光で自分を見つめるリディアに、アヴァリティアは碧眼を細めて、


「さすがに地上最強の戦闘種族だわね。私も今度は全開で行かしてもらうわね」


 そう言うと、アヴァリティアの身体が赤銅色に輝き始めた。そしてその輝きが収まった時、アヴァリティアは3メートルほどの身長となり、刀身は2メートルを優に超えるツヴァイヘンダーを構えていた。


「……へえ~。アンタ、ティターン族だったわけかい。相手にとって不足はないよ」


 リディアがそう言うと、アヴァリティアも薄い唇を歪めて言った。


「私もだよ、『炎の告死天使(リディア)』。お互い力の限りやり合おうじゃないか」


 そう言うとアヴァリティアは巨大なツヴァイヘンダーを振りかぶり、リディアに向かって突進した。



 リディアとアヴァリティアが双方の得物を構えて対峙した時、ホルンたちはメーメへと続く平原へと降り立っていた。


「……さて、ザール。奴ら、今度はボクに用事があるらしいよ?」


 ホルンの右側を守っていたジュチが、亜麻色の髪をなびかせて立っている『嫉妬のインヴィディア』の姿を見つけてそう言った。


「結構な『魔力の揺らぎ』だ。ジュチ、無理はするな」


 ザールは左手で『糸杉の剣』の鞘を握ったまま言う。ジュチはウザったく伸びた金髪を左手でかき上げると、笑って答えた。


「ふふ、相手は名にし負う『七つの枝の聖騎士団』だ。あのくらいでないと楽しくない。それよりザール、キミこそ奴らと戦う時には優しさは捨てるんだ。でないときっと奴らに乗ぜられる。これは忠告しておくよ」

「分かった、気を付けておくよ。王都で会おう」


 ジュチは、ホルンたちが自分の後ろを駆け抜けていくのを見送ると、『嫉妬のインヴィディア』にゆっくりと近寄った。


「……アンタが『ハイエルフの智将』ジュチ・ボルジギンだね? 『色欲のルクリア』の仇は取らせてもらうよ」


 『嫉妬のインヴィディア』は、ハスキーな声でジュチにそう呼びかける。ジュチは立ち止まると冷え冷えとした目でインヴィディアを見つめて言った。


「どういたしまして。ボクこそ至高の一族であるハイエルフの仲間の命を奪ったキミたちを許せないのでね? 残念だけれど返り討ちってやつにしてあげるよ」


 そう言った瞬間、ジュチの足元の地面にぽっかりと穴が開く。けれどジュチは慌てもせずに笑って言った。


「いきなりのご挨拶だね。けれど、想定内だよ」


 そしてジュチは呪文詠唱もなしに『空間術式М』を発動させた。二人の周りにはどこまでも白い世界が広がった。


「……ふむ、『23次元空間』だね? 思ったよりも厄介な術式を遣うね、さすがはハイエルフだね」


 インヴィディアはゆっくりと辺りを見回すと、薄い笑いを浮かべて肩をすくめた。


「……まあ、この空間の解き方はアンタを血祭りに挙げてからゆっくりと見つけることにするわ」


 インヴィディアの言葉が終わらないうちに、ジュチの周囲の空気が急速に氷結し、ガラスの破片のような鋭い刃がジュチに降り注ぐ。けれどその刃がジュチを切り刻む前に、ジュチは翠色の光と共にアゲハチョウの群れとなって拡散した。


「ちっ!」


 インヴィディアは舌打ちをしたが、とっさに自らの身体に青白い『魔力の揺らぎ』をまとわせると、自分に群がって来たアゲハチョウたちを吹き飛ばした。


「なかなかやりますね。まあ、そのくらいでないとお相手しても楽しくないけれどね?」


 インヴィディアは、自分の背後からジュチにそう呼びかけられ、びっくりして振り返った。ジュチは拍手しながら続ける。


「それと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ。そのことは先に教えておくよ」


「そりゃご丁寧にありがとう」


 インヴィディアはジュチを忌々しげに見つめて吐き捨てると、両手をポケットに入れて笑って言った。


「けれどね、私だって負けるわけにはいかないんだよ?」



「ふむ、次は私の出番のようじゃ」


 ジュチが『嫉妬のインヴィディア』との戦いに入ったころ、メーメの北10マイルの草原まであと5マイルの地点で、ロザリアがそうつぶやいてモアウを止めた。


「どうしたの、ロザリア?」


 ホルンもモアウを止めてロザリアに問いかけるが、ロザリアは真っ白いスカーフの下からのぞく黒曜石のような瞳を輝かせて答える。


「姫様は気にせずに先に進まれるとよい。ザール様、早くここを離れてください」


 ロザリアがそう言った途端、ホルンたちの周囲の空間がざわめき、地面から人型をした何かが現れた。その木偶たちはゆらゆらしながらホルンたちの包囲輪を縮めてくる。


「ふん、『操作術式』か。そなたの相手は私じゃ」


 ロザリアはそうつぶやくと、左手を肩の高さで開いて、閉じた。すると木偶たちは一体残らず紫の煙を上げて朽ち果てた。


「姫様、ザール様、ここは私に任せて早く!」


 ロザリアが叫ぶと、ザールはうなずいて言った。


「頼むぞロザリア。ホルン、早く行こう」


 ザールの言葉を聞いて、ホルンはロザリアに


「ロザリア、気を付けてね。王都で会いましょう」


 そう言い残すと、ザールと共に一目散にメーメへ向けてモアウを走らせた。


「あ~あ、あのドラゴン、せっかく美味しそうだったのに」


 ホルンたちが草原の陽炎の中に見えなくなったころ、そう言いながら『貪食のグーラ』が現れた。グーラは5メートルほどのゴーレムの肩に座り、小脇に抱えた紙袋から砂糖菓子をつかみだしては食べている。


「でも、あなたも美味しそうね」


 グーラはロザリアを上から下まで眺めまわすと、そう言ってニタリと笑った。その笑顔は見た目と違ってひどく年寄りじみて見えた。


「ふむ、そなたも魔族じゃな? それにしては面妖な所もあるが……」


 ロザリアはそう言うと、身長140センチ足らずの少女へと変貌した。魔族の血が動き出したのだ。そしてロザリアは、すぐに後ろへと跳んだ。今までロザリアがいた場所に、地面から剣が突き出された。そのままいたら串刺しになっていただろう。


「鋭いなぁ~。セバスちゃん、あの魔族と遊んであげてぇ~」


 グーラがそう言うと、ゴーレムの陰から歯車とゼンマイの音を響かせながら、一体の執事の服装をした人形が姿を現した。その人形の身長は180センチ程度でタキシードを着ており、目の位置にはガラスがはめ込まれていた。


「……ふむ、自動人形オートマタか。それも魔力で動く」


 ロザリアがそう言うと、グーラはニタリニタリと笑いながら言う。


「ちょっと違うなぁ~。わたしのセバスちゃんは自律的魔人形エランドールって言うんだよ?」

「⁉」


 グーラの言葉が終わると、執事人形はいきなりロザリアに向けて斬りかかって来た。それまでのギクシャクした動きが嘘のような敏捷さだった。

 それとともに、ロザリアの足元からまたもや剣が突き出されてきた。


「やった!……と思ったけど、ちょっと甘かったみたいだねェ~」


 ロザリアが剣に突き刺され、執事人形から真っ二つにされたと思ったグーラは一瞬目を輝かせたが、執事人形の剣は空を切って地面に突き刺さり、地面から出て来た剣は執事人形の腹部を抉っているのを見て、残念そうに言い換えた。


「……思ったよりもすばしこいのう」


 ロザリアはそう言うと、右手の指をパチンと鳴らす。すると地面から執事人形の剣を頭に突き刺したまま木偶が立ち上がり、紫色の瘴気と共にボロボロと崩れ去った。


「セバスちゃんはそのくらいじゃ倒せないよ~?」


 グーラがそう言うと、執事人形はゆっくりと立ち上がってロザリアに正対した。抉られた腹部はゆっくりと復元していく。


「ふむ、ただの自動人形ではないということか」


 ロザリアは一つうなずくと、次々と姿を現す木偶たちを慌てもせずに見つめていた。



「ここだ。奴らが指定していた場所は」


 モアウを止めたザールはそう言うと、油断なく辺りを見回した。


「周りには何もない……本気を出して戦っても誰にも迷惑がかからないということね」


 『死の槍』を握りしめてホルンが言うと、


『ホルン、凄い『魔力の揺らぎ』を感じるよ! 注意して!』


 上空100フィートで周囲を警戒していたコドランがそう叫ぶ。


「……おいでなすったようだよ」


 ザールはそう言うと、ゆっくりとモアウから降りて前へと歩き始める。ホルンもモアウから降りてそれに続いた。


「コドラン、もういいわ。降りてきて」


 ホルンは禍々しい『魔力の揺らぎ』を感じ取ると、コドランにそう言った。コドランはおとなしくホルンの肩に止まって、耳元でささやいた。


『今まで感じたことがないくらい強大で、凶悪な魔力だね』


 ホルンは頷いて、


「でも、負けるわけにはいかない」


 そう自分に言い聞かせるように言って、唇をキュッと引き結んだ。


 やがて、陽炎の向こう側に二人の陰が見えた。一人は白髪で身長150センチ足らず、もう一人はそれよりずっと背が高く、赤い髪をしていた。言うまでもない、『怒りのアイラ』と『嘆きのグリーフ』である。


「やあ、時間ぴったりだね。さすがは『白髪の英傑』と『片翼の黒竜』だね」


 アイラはホルンたちを見ると機嫌よくそう言って、チラリとグリーフを見た。グリーフはアイラの視線を受けて笑って言う。


「戦いを始める前に、私たちから提案があるんだけれど、聞いてもらえるかしら?」

「……建設的な提案であれば、聞いてみてもいいわ」


 翠色の瞳を持つ目を細めてホルンが答える。ザールとコドランは油断なく周囲に注意を払っているようだ。

 グリーフはホルンの答えを聞くとニコリと笑い、そしておもむろに真剣な顔になって言った。


「私たちは別に誰が国王であろうと構わない。私たちが望むのは女神アルベド様の復活と降臨であり、女神様の思し召しによる福音を広く世の中に知らしめることだから……」


 グリーフはそこで言葉を切って、アイラの白い秀麗な顔とザールの緋色の瞳を交互に見て続ける。


「ザール殿とアイラが戦えば、どちらかは必ず消滅するわ。予言にもあったでしょ?」


 それを聞いてホルンは少し動揺する。けれどそれを感じ取ったように、ザールが静かな声で言った。


「だったらお互いに妥協できるところを話し合えばいい。けれど、今までの経緯を考えると、それは難しいだろうな。そうだろう、『怒りのアイラ』よ?」


 するとアイラは翠色の瞳をザールに向けて言う。


「君がおとなしく私に倒されてくれれば、それ以上は何も望まないよ?」


 そう静かに言ったが、何が彼女の癇に障ったのか、アイラは突然、瞳の色を緋色にし、白い顔にどす黒いタトゥーのような文様を浮かび上がらせて


「それがイヤなら、ホルンの命ももらう。女神アルベド様も喜ばれるだろうからね」


 そう吐き捨てる。それを見て、ホルンはハッと思い出した。


――アイラの顔に浮かんだ模様、幼いザールの顔に浮かんだものに似ている。

「……面白い、僕におとなしく命を差し出せというワケだな?」


 アイラの殺気に反応して、ザールの左腕から真っ白い『魔力の揺らぎ』が噴き出してくる。その腕はすでに『竜の腕』と化していた。

 ザールの言葉を聞いて、アイラは首を振って言った。


「ちょっと違うな。私が勝ったら、ザール、君は永遠の命を得ることになる。もしも君が勝ったら……そうだね、私がどうなるかは想像つかないけれどね」


 そしてアイラは、ゆっくりと『バルムンク』を抜きながら言った。


「グリーフ、残念だけれどザールの様子を見ていると、どうやら話し合いでは折り合いがつかないようだよ? 半分不本意だけれど、戦わないといけないようだね?」


 それを聞いて、グリーフもため息と共に言った。


「まあ、仕方ないわね。女神アルベド様の思し召しやあなたのこと(団長さんの秘密)を話していいのなら、まだ望みはあったんだろうけれど」


 ホルンも『死の槍』を構え直して言った。


「……戦わなくて済むならそれに越したことはないけれど、その代償がザールの命だというのなら、私はそれに同意は出来ないわ」


 そしてザールも『糸杉の剣』をゆっくりと引き抜いて言った。


「……プロトバハムート様やローエン様が仰っていた、僕の使命というものを果たさないといけないらしい」


 ザールの言葉が終わるとともに、グリーフは『アルベドの剣』を抜いてホルンに襲い掛かり、アイラは『バルムンク』を振りかざしてザールに斬りかかった。


 ファールス王国の歴史に残る、伝説的な戦いの幕開けだった。


   (33 死闘の開幕 完)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

いよいよ『七つの枝の聖騎士団』とのガチ勝負です。

次回『34 冷徹の死神』は来週日曜日、9時から10時の投稿予定です。

お楽しみに。

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