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青き炎のヴァリアント  作者: シベリウスP
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3 運命の始動

 ファールス王国は王位の簒奪以来、威令が辺境に行き渡らなくなっていた。その中で、前王の実弟であるサーム・ジュエルが治めるサマルカンド周辺は、サームやその息子『白髪のザール』の努力により平穏を保っていた。

 ある日、父から『正統な王女がこの国を放浪している』と聞いたザールは、彼女を新しい女王とするため、仲間のハイエルフ・ジュチ、オーガ・リディアと共に旅に出る。

 ファールス王国、首都はイスファハーン。西は『アトラスの海』につながり、南には『ファールスの海』が広がり、東はインディスタンの大河を隔てて大国・マウルヤ王国と接している。


 北にはトルクスタンの砂漠やキルギスの高原が連綿と連なり、はるか彼方に大国・タイシン帝国やウラル帝国がある。


 現国王はシャー・ザッハーク。48歳の男盛りだが、この国王には即位当時から『簒奪者』の汚名がまとわりついていた。それは、先王であるシャー・ローム・ジュエルが稀にみる賢王だったこともあるだろう。

 先王のシャー・ロームは18歳で第35代国王として即位し、左右の賢臣であるボーゲン・レイーとトジョー・カーイの補佐を得て善政を敷いていた。


 それは国内の用水路などを整備して農業生産を充実させ、絹織物や革製品、そして刀剣などの工芸品生産を奨励するとともにそれらの交易を推進し、国力を増大させる施策を積極的に進めるものであった。

 また徴兵制度や武器体系、戦術の要領などを整備して精強な軍を作り上げて各地に駐屯させ、四方の守りとした。ただ、積極的な侵攻はせず、外交的にはまず話し合いを重視して無用な軋轢は避ける姿勢を取った。中には、この態度を見てかさにかかって攻めてくる国もあったが、その場合は容赦なく軍勢を繰り出して叩きのめした。


 王自身にも類まれな軍事的才能があった。特に即位5年目、23歳の時にマウルヤ王国が10万の軍で攻めて来た時、シャー・ロームは『王の盾』を含む7万余の軍勢で出陣し、『キスタンの戦い』では劣勢をものともせずマウルヤ王国軍を分断し、その本隊を両翼包囲に持ち込んで全滅させるという完全勝利を収めていた。これ以降、シャー・ローム在位中は敢えてこの王国を侵そうという国は現れていない。


 この年、勝利の余韻の中でシャー・ロームは王妃を迎えた。王妃はドラゴンの血を引く一族と言われるドラゴニュート氏族から娶った。王妃ウンディーネは賢婦かつ淑女で、王の施政に自らは口を出すこともなく、しかし、ボーゲンやトジョーからは諫言しにくいことについては、それとなく王を善導した。


 王には弟が二人いた。一人はサーム・ジュエルと言い、兄思いでありかつ国のことも真摯に考える真面目な気質だった。23歳の王はサームを信頼し、20歳のサームを遊牧民やマウルヤ王国との境を受け持つ『東の藩屏』としてサマルカンドに封じた。


 もう一人は異母弟でザッハークと言い、武断的な人物だった。『キスタンの戦い』では別動隊の司令官を務め、マウルヤ王国軍分断に軍功を立てていた。この弟も、王が23歳の時に21歳で西方の軍指揮官に任じられた。


 やがて王妃が懐妊し、世継ぎの王子又は姫が誕生すれば、王国は万歳であると国民すべてが信じていた。国は富み、武威は広がり、王と王妃の仲もよく、そして兄弟にも何も軋轢はない……はずだった。


 シャー・ローム25歳、即位して7年目の春3月、突如としてザッハークが反旗を翻した。王妃の出産間近ということで、出産の暁にはそれを祝うという口実のもと、ザッハークは配下の軍勢3万を連れて王都にやってきていたのである。


 王都には近衛軍である『不死隊』1万が常駐しているのだが、その日に限って近くの演習場へと出払っていた。その隙をザッハークは突いた。


★ ★ ★ ★ ★


 『その時』の数時間前、シャー・ロームは産室の前で落ち着かずにうろうろしていた。一国の王と言っても25歳の青年、そして愛妻の初産となれば、落ち着かないのは当然である。ウンディーネが産気づいてこの部屋に運ばれてからはや数時、シャー・ロームは一向に進まない事態にイライラしていた。


「陛下、もっと落ち着いてください」


 先刻からの王の様子を見かねた侍従長がそう言うが、


「これが落ち着いていられるか! しかし、戦であればやりようがあるが、こればかりはどうしようもないな」


 ロームはそう言って苦笑する。我ながら今の状況が可笑しかったらしい。


「致し方ない、ここは待つことに専念するか」


 ロームがそう言ってどっかとソファに座り込むのを、侍従長が優しげに見守りながら、


「御意、その方がよろしゅうございましょう。では、茶でも煎じさせましょう」


 そう言って立ち上がった時である。


「王様、王様、おめでとうございます!」


 産室のドアを開けて、侍女たちが喜色満面で飛び出してきた。


「産まれたか!」


 ロームが跳び上がるようにして立ち上がって訊くと、侍女たちは口々に言う。


「丈夫な王女様でございます」

「王妃様もお健やかでございます」

「陛下に似て、見目麗しい姫様でございます」


 そう言った声を聞きながら、ロームが産室に入ると、胸から下にケットをかけられたウンディーネが、幸せそうに赤子を抱いて乳を含ませていた。


「あ、陛下……」


 ウンディーネの姿を神々しいものを見るように目を細めて見守っていたロームを見つけて、ウンディーネはパッと頬を染めた。その顔には疲れが見えるが、一方では母としての誇らしさも垣間見えていた。


「ウンディーネ、でかしたぞ。元気な姫のようだな」


 ロームがそうねぎらうと、ウンディーネはうなずいて言う。


「はい、陛下に似て目鼻立ちがはっきりして、さぞ美人になることと思います」


「余に似たら、じゃじゃ馬で手が付けられなくなるわ。ウンディーネのような賢く、芯の強い姫になってくれれば、余は幸せじゃ」


 ロームはそう言って豪快に笑った。


 そこに産婆が近づいて、ロームに言った。


「のちの処理がございますので、そのあとに姫様には産湯をつかわして王妃様と共にお部屋にお戻りいただきます。済みましたらご連絡いたしますので、陛下も部屋にお戻りになられてください」


「うむ、分かった。よしなに頼むぞ。この度はご苦労であったな」


 ロームは機嫌よくそう言うと、自室に戻って行った。


★ ★ ★ ★ ★


 そして『その時』はやって来た。


 ザッハークは軍勢を二手に分け、2万で演習場にいる『不死隊』を急襲し、1万でイスファハーンの都城の中に突入した。


 もともと、王家の一員が率いる軍隊である。首都の防衛隊はすっかり油断していた。それでなくても首都防衛の中核である『不死隊』は都城内にはいない。城内警邏の小部隊がいくつかあっただけで、総数は2千人程度であった。


 しかも、戦闘は都城の中で突然に生起した。王が住まう内城の城壁が、いきなり最前線になったのである。この中には『王の盾』500人しか常備の兵力はない。


 急を聞いて、気が利いた隊長が率いる警邏部隊もいくつかが内城の中へと駆け込んだが、その数は1千人に満たなかった。


「反乱だ! ザッハーク殿下が乱心なされたぞ!」


 『王の盾』の隊長であるイヌマエル・クーチンはそう叫んで非常呼集をかけた。とりあえず彼は50人隊が揃うごとに内城の城門へと差し向け、


「我らで『不死隊』が来るまで城門を死守せねばならない。陛下には『王の牙』を呼集されて城外に逃れられるよう伝えよ!」


 そう伝令を走らせると、自らも直卒の50人隊を率いて最前線に討って出た。



「ザッハーク殿下が何ゆえの反乱だ?」


 都城の喧騒の中、槍を片手に本城へと急ぐ若者の姿があった。彼の名はデューン・ファランドール。『王の牙』の筆頭であり、このとき27歳であった。


 『王の牙』は全部で10人いるが、このときは折悪しく8名が王命によって国内巡察の任務に就いていて王都を留守にしていた。あとの一人は熱病に罹って床に臥せっていたのである。もし10人とも揃っていれば、反乱軍が1万であるといっても『王の盾』500人や警邏隊1千人と共に内城を持ち堪えられたかもしれない。何と言っても『王の牙』は文字どおり一騎当千の精鋭だったからだ。


 ——これは『王の牙』の名にかけても、私が陛下をお救いしなければ。


 デューンはその決意を胸に、王のもとへと走った。



「ザッハークが?」


 本城では、ロームが時ならぬ城下の兵乱に当惑していた。斥候を出したが戻って来ず、自ら様子を見に行こうとさえ思っていた時、『王の盾』からの伝令が到着し、ザッハークの反乱と内城包囲を知らされたのである。


「はい、隊長殿は、すぐさま陛下におかれては『王の牙』を召集され、詰めの城へと退避あそばされるようにとのことでした」


 革鎧に何本かの矢を突き立てたまま、伝令はそう言うと、


「では、私は隊長殿のもとに戻ります」


 そうロームに敬礼して走り去った。


「陛下……」


 侍従長が顔色をなくしてロームに言葉をかける。ロームはしばらく何かを考えていたが、ふっと笑うと侍従たちに命令した。


「余の鎧を持て!」


「はっ!」


 侍従たちは走り去る。ロームは次に侍従長に命令した。


「侍女たちの中に王妃を紛れ込ませて整列させよ!」


「は、はい」


 侍従長が走り去るのと入れ替わりに、左右の重臣であるボーゲンとトジョーが駆け付けて来た。二人とも腰に剣を佩いている。


「陛下、反乱です」


 トジョーが言うのに、ロームはニヤリと笑って答えた。


「分かっている、ザッハークだそうだ。理由までは余には分からん」


 そこに侍従たちが戻ってきた。鎧やマントなどを持っている。


「鎧を着せよ!」


「はっ!」


 侍従たちの手で軍装を整えている間、ロームはボーゲンに言った。


「デューンはまだ来ぬか?」


 ボーゲンは首を振った。それを見て、ロームは薄く笑って言う。


「デューンが来るまで、余はここにいる。ボーゲン、トジョー、その方らは文官だ。剣を外せ。そして侍従長と共に侍女たちを率いて城外へ逃げよ。ザッハークは女や文官には手は出さんはずだ」


「しかし、陛下……」


 言いかけるボーゲンに、ロームは大声でおっかぶせるように言う。


「侍女の中には王妃を紛れ込ませる。王妃をドラゴニュート氏族まで送って参れ。これは余の命令だ!」


「はっ! 陛下、ご無事で」


 ボーゲンとトジョーは、ロームに敬礼して走り去った。


「さて、デューンを待つとするか」


 ロームは自室から『アルベドの剣』を持ってくると、それを杖代わりに仁王立ちになって目を閉じた。



 デューンが遅れたのは、内城内に侵入してきた敵との戦いに巻き込まれたからである。約100名の小部隊ではあったが、こいつらが内城の城門を開けると勝負は決する。デューンは躊躇なくその部隊に躍りかかった。


「おう、何者だ!」


 小部隊の長が突然現れたデューンの槍の速さに驚いて叫ぶ。デューンはものも言わずに次々と敵を葬っていく。


「相手は一人だ、押し包め!」


 隊長が叫んだ時、


「お前たちの相手はこちらだ! 『王の盾』隊長、クーチン推参!」


 そう叫んでクーチンの部隊が横から突撃してきた。クーチン隊は遊撃隊としてあちこちに転戦し、今では30名ほどに数を減らしていたが、さすが『王の盾』の面々は強かった。


「デューン殿、早く陛下のもとへ! ここは『王の盾』にお任せあれ!」


 そう叫ぶクーチンに、デューンはうなずいて答えた。


「分かった、では押し通る」


 そして『死の槍』で敵兵をなぎ倒すと、脱兎のごとく本城へと駆けて行った。



「陛下!」


 ようやく本城に着いたデューンは、剣を杖にしてぽつねんとたたずむロームを見て声をかけた。その声を聞いて、ロームはニコリと笑って目を開ける。


「やっと来たかデューン。そなたに限って戦死はせぬと信じていたが、遅かったな」


「恐れ入ります。内城まで敵軍が入り込んできましたので、ここへ来る駄賃として撃退して参りました。『王の盾』が奮戦中です、すぐ退避あそばされますよう」


 デューンがそう言ったとき、内城の城門が破られた。


「『王の盾』隊長のイヌマエル・クーチンを討ち取ったぞ!」


 そんな声も聞こえて来た。デューンは眉を寄せて王を急かす。


「陛下、王妃様と共に早く!」


 その時、侍従長たちがやっと侍女たちを連れてやってきた。が、王妃の姿が見えない。


「ボーゲン、トジョー、王妃はどうした?」


「そ、それが、王妃様は陛下と共に逃げると頑なにおっしゃって」


 トジョーがそう言うと、ロームは眉を寄せたが、


「時間がない、是非もなし。そなたらは侍女たちを無事に外へ送り届けよ。その後は戦乱が収まるまでいずこかに隠れていよ。みんな、健やかにな」


 そう言って、デューンを連れて王妃の部屋へと駆けだした。



「ウンディーネ、なぜ余の言いつけを聞かん?」


 ロームは王妃の部屋に入るや否や、そう言って王妃をにらみつけた。ウンディーネは赤子を抱いたまま首を振って言う。


「私はもうだめです、陛下こそこの子と共にお逃げください」


 それを部屋の外で聞いていたデューンは、ロームに言った。


「陛下、私が命に代えてもお三方を守護いたしますので、早く退避あそばしてください」


 それを聞いてウンディーネは首を振って言う。


「おお、デューン。私は産褥の身で動くことがかないません。陛下とこの子を連れて早く逃げてください」


 見ると、ウンディーネの座る椅子の下には大きな血だまりができていた。後産の処置が上手くいかなかったのか、それとも騒ぎの中で傷が開いたかのどちらかだった。いずれにしても、その出血の量を見て、ウンディーネの命が旦夕にあることは確かだった。


 ロームもそう悟ったのだろう、静かに『アルベドの剣』をデューンに渡すと、厳かに命令した。


「『王の牙』筆頭デューン・ファランドールよ、余の剣と余らの姫をそなたに預ける。必ずこれらをサームのもとに無事に送り届けよ。そしてサームに伝えよ。『余の仇をそちが討て』とな」


「陛下!」


 デューンが叫ぶが、ロームは厳しい表情のまま王妃から赤子を受け取った。


「ウンディーネ、この子の名は何という?」


 ロームが訊くと、ウンディーネは静かに答えて息絶えた。


「ホルン……です。陛下、お早く……」


 ロームはサッと振り向くと、毛布にくるまれてすやすやと寝ている姫の顔をしばし眺めていたが、やがてデューンを差し招き、最後の命令を下した。


「デューン、頼んだぞ。余はウンディーネの亡骸をきゃつの目に触れさせたくない。心配するな、ご丁寧にこの首を敵に授けてやるほど、余はお人よしではない」


 そしてホルンと『アルベドの剣』を手ずからデューンに渡すと、ロームはウンディーネを抱えてさっさと『隠れの間』へと入り、中から鍵をかけた。


 デューンは、やがて『隠れの間』から火の手が上がるのを確認すると、ホルンと剣を抱えたまま脱出用の地下道へと駆け下りた。


★ ★ ★ ★ ★


「ううっ、ウンディーネ様可哀そう、可哀そうすぎるぅ……」


 ここは、東の辺境近く。王家の一員であるサーム・ジュエルの居城であるサマルカンドの都城の上で、三人の若者が話をしていた。


 一人は、ウンディーネの運命に涙している女性で、名前をリディア・カルディナーレという。ただし、人間ではない。彼女はオーガの族長の一族で、身長は2メートルを遥かに超えていた。身体つきは確かに女性らしくはあるが、それでも筋肉質でがっちりしている。


 そして、最も人間と違うのは、オーガには角が生えているということだった。もちろんリディアにも、額の上、茶色の髪の生え際のところに、短いが太い、白くて金属感のある角が一本生えていた。


「おいおい、見てきたように話してはいるが、それ100パーきみの作り話だよね?」


 優しげな声でそう言うのは、金髪の巻き毛が見ていて鬱陶しいほどの美男子だった。彼も人間ではない。彼はハイエルフの王族の一族で、名前はジュチ・ボルジギン。なんでも彼の一族はただのエルフではなく、自称『世界で最高に高貴な一族』であるそうである。


「さてね、小さい頃によく聞かされた話だよ。真偽のほどは分からないけれどね」


 そう言ったのは、年の頃20歳前後の男だった。彼には特徴があった。それは肩まで伸ばしている髪の毛が真っ白だということである。生まれた時から白髪だった彼の名をザール・ジュエルという。彼はこの城の主、サームの一人息子だった。


「小さい頃って、たしかザールのお母様の里でのことよね? ザールのお母様ってウンディーネ様の妹さんよね? 案外、真実に近いんじゃない?」


 リディアが言うと、ザールは微笑んで答える。


「そうかも知れないね。でも結局、今になっても姫様とデューン・ファランドールの行方は分からないんだよね」


「その時の姫が、今も生きているとしたら、ザールの従姉になるわけよね? ヤバっ! すんごい強敵(絶対有利な恋敵)じゃん」


 リディアが茶化して言う。けれど、ジュチが前髪を人差し指でいじりながら、気のない声で言った。


「姫様が反乱当日に産まれたってのはフェイクじゃないかな? そもそも、王妃が死んだから世を儚んだシャー・ローム様が自決するってのが気に食わないよね? 反乱を鎮圧したら新しい妃が選び放題じゃないか。ボクならきっとそうするね」


「アンタならそうするでしょうね。女ったらしのクズエルフが!」


 ジト目でリディアがジュチに突っ込む。ジュチは、はあっとため息をついてリディアに抗議する。


「どうしてこの世には性別があると思う? 男と女で恋をするためだよ? それに、リディア、君のために言っておくけど、その姫様がもし生きているとしたら25歳だよ。ボクとザールより3つも年上で、君より5つも年上だ。ザールだって若い娘の方が好きだろう? ボクだったらやっぱ、若い娘がいいな」


「アンタのしぐさは無駄にウザったいのよね。それにアンタは女の好みのストライクゾーンが広すぎるわよ。いつか言ってたわよね? 上は40歳から下は14歳までって。ここで『14』って中途半端な数字が出てくるところがキモいよね」


 リディアが身体をブルっと震わせて言う。


「まあまあ、リディア。ジュチは自分で言うほど女癖は悪くないから勘弁してやれよ」


 ザールが苦笑して言うと、リディアはポーっとした目でザールを見つめて言う。


「アタシのザールがそう言うんなら、勘弁してあげるわよ」


 そしてザールに身体を摺り寄せてくるリディアであった。


「おい、リディア、ザールがつぶれるぞ!」


 ジュチがそう言うと、途端にリディアは真っ赤になって立ち上がった。


「あーっ! アタシが一番気にしていることをっ! このっ、バカーっ!」


 リディアは見境をなくし、虚空から愛用のトマホークである『白炎斧』を取り出すと、殺気ばしった目でジュチに振り下ろした。


「やめてぇ~!」


 リディアの殺気による呪縛で動けないジュチが叫んだが、残念にも(?)ジュチが真っ二つになる音は響かなかった。ザールが『白炎斧(びゃくえんぷ)』を止めていたのである。


「リディア、城壁に傷がついたら、可愛い君が僕の父上から怒られるのなんて見ていられないよ。頼むからこの斧をしまってくれないかな?」


「ザール……ザールってやっぱり優しいのね。うん、斧しまうね?」


「おいおい、心配したのはボクじゃなくて城壁かい? まったくザールも人が悪いんだから嫌んなっちゃうよね」


 そうジュチがぼやくのを聞いて、三人で笑いあっていると、サマルカンドの中央広場から、正午の鐘が響いた。


「おや、もう正午か。定例の見回りの時間だな」


 ザールはそう言うと、ゆっくりと立ち上がる。それに続いてリディアが立ち上がって言う。


「ザール、今日はどっちに行くつもり?」


「父上の話では、西の砂漠に巨大なワームが巣食っているらしい。旅人も難儀しているようだから、ちょっと様子を見に行こうか? リディアも来てくれるかい?」


 ザールが訊くと、リディアは目を輝かせて答えた。


「もちろんよ! ザールが行くとこなら、アタシは地の果てだってついて行くわ!」


「じゃ、ジュチ、行こうか?」


「おいおいおいおい、ボクが行くことは既定の事実かい?」


 うざったく抗議するジュチに、ザールは笑って言った。


「オーガとは言ってもリディアは女の子だ。危ない目にはあわせたくないからね」


 それを聞いてリディアは乙女チックに頬を染めてつぶやいた。


「んもう、ザールったらあ。そんなこと言うからアタシ期待しちゃうんだよ?」


★ ★ ★ ★ ★


 半時(この世界では1時間)後、ザールたちはサマルカンドから西に10マイル(この世界では18・5キロ程度)離れた街道沿いの砂漠に立っていた。


「ここまで来てみたけど、別になんのことはないわね」


 リディアが『白炎斧』を抱えてつまらなさそうに背伸びをする。


 ちなみに、三人ともたくましいモアウにまたがっている。モアウは、肉食で獰猛だが飛べない鳥で、全高は約3メートル、肩高で2メートルもある。太くて長い2本の足で、地上をかなりのスピードで走ることができる。ダッシュ力やスタミナも大したもので、馬やロバ、ラクダと共にこの大陸での主要な交通機関の一つであった。


「化け物だって、いつから始終同じところにいるわけじゃないだろうからねえ」


 そうのんびりというジュチだが、それでも矢をつがえた弓を油断なく構えている。


「そうだね、一応、もう少し北の方まで見回ってみよう。この辺りが一番被害が多いところだから、気は抜くなよ」


 ザールがそう言ってモアウを向け変えた時である。


「ザール! 助けを呼ぶ声が聞こえる!」


 そう言うと、リディアがモアウを南に向けて疾駆させ始めた。


「まて、リディア! 一人で突出するな!」


「ふん、さすがは戦闘種族のオーガだね。1マイル先の物音が聞こえるってのは嘘じゃないな」


 ザールとジュチはそう言いながらリディアを追いかける。リディアが少しモアウの足を緩めて、二人と並走する形になって、


「襲われているのは4・5人のキャラバンみたいだね。ワームの方は少なくとも2・3匹はいるよ。犠牲者もいるみたいだ」


 と、情報を共有する。ジュチがザールに訊く。


「ザール、挟み撃ちするかい?」


 ザールはとっさに首を振った。


「いや、ワームは土の中では素早い。下手に離れて各個撃破されたらまずい。ジュチは最後尾に続いてくれ。ワームが見え次第、射撃していい。リディアは僕に続け」


 そう言うと、ザールは腰に佩いた剣を抜き放ち、モアウの速度を上げる。リディアはそれに遅れまいと続く。


「さて、と……」


 ジュチは弓矢を持ったまま、モアウの鐙の上に突っ立った。エルフはオーガほどではないが目がいい。ジュチの藍色の瞳に、商品や荷馬車も置き捨てて逃げ惑う人間の姿と、それを襲う土管の化け物のような異様な生物が映った。


「距離はギリギリだけど、人間さんたちを救うには仕方ないかな」


 そうつぶやくと、ひょうと最初の矢を放つ。そして続けざまに5本の矢を放った。


「ギッ?」


 突然、背中に突き立った矢のおかげで、化け物の動きが一瞬止まった。ジュチが4ケーブル(約750メートル)の距離から放った矢は、5本ともワームに命中した。しかし、距離が少し遠かったため辛うじて皮膚を破ったに過ぎない。


「ギギッ!」


 ワームは急速に近づくモアウの足音に気付いたのか、急いで土中に姿を隠す。


「ザール、ワームが土に潜ったわ! どこから出てくるか分からないから注意して!」


 リディアが後ろで叫ぶのを聞きながら、ザールはワームが潜った位置と商人たちが逃げている位置の間に割り込もうとモアウの進路を少し左に振った。そのとたん


「ギュエーッ!」


 突如、ザールのすぐ近くでワームが土から飛び出してきた。ザールがそのままモアウを走らせていたら餌食になっていたに違いない。


「逃がすかっ!」


 ザールは剣を振り上げてワームへと跳んだ。ワームは地面から垂直に10ヤード(9・3メートル)ほど体を持ち上げていたが、ザールはその背中と思しき辺りに剣を突き立てた。


「ギュエーッ!」


 ワームはあまりの痛さに背中から地面に倒れ込んだ。ズズーンという重い響きとともに、もうもうと土煙が上がる。


「ザール!」


 リディアは青くなった。ヤツの背中にはザールがしがみついていた。ザールが潰されたと思ったのである。


「ザールをよくも、これを食らえっ!」


 すかさず頭の方に突進していたリディアは、『白炎斧』でワームの頭を縦割りにした。すぐにモアウを降りて動かなくなったワームに駆け寄る。


「ザール、ザール、返事して!」


 泣きそうな声でリディアが叫ぶが、その声に答えたのはザールではなくジュチだった。


「リディア、すぐにモアウに乗れ! こいつはワームじゃない!」


「え?」


 それを聞いたリディアが自分のモアウを探す間もなく、モアウは突然現れた土管の化け物のようなものに飲み込まれてしまった。いや、1か所だけではない、次々と7匹も土中からゆらゆらと姿を現したではないか! そいつらはちょうどリディアを取り囲むように体を持ち上げている。


「何あれ? とっても気色悪いんですけどヤダー」


 リディアがそう言いながら『白炎斧』を構える。


 ジュチが矢を放ってリディアを援護しながら言う。


「オーガのお嬢さん、余裕かましてる場合じゃないようだよ? ほら!」


「キシャアア!」


 ジュチの矢はリディアにかぶりつこうとしていた土管の口から入り、喉に刺さった。たまらず土管は転げ回る。


「きゃっ!」


 リディアは転げ回る土管に危うく潰されそうになったが、とっさに後ろに跳んでそれをかわした。


「もう、危ないところだったじゃない」


 リディアがジュチに文句を言うが、


「リディア、後ろ!」


 ジュチが血相を変えてリディアに叫ぶ。リディアの後ろには土管が口を大きく開けて待ち構えていたのだ。


「!」


 リディアは覆いかぶさってくる土管を見て、死を覚悟した。


 ――ザール、助けて!


 リディアは目をつぶって心の中でそう念じた。


 ――あれっ? 痛くない?


 リディアは、覚悟した痛みが来ないのを不思議に思った。痛みを感じる暇もなくアタシは死んじゃったのかしら?


 恐る恐る目を開けたリディアが見たものは、縦に真っ二つになった土管と、剣に素振りをくれているザールの姿だった。


「ザール、良かった。生きていたのね」


 リディアは喜びのあまり、先程までの怖さが吹っ飛んでしまったようだ。


 ザールはそんなリディアを優しく見つめながら、


「心配かけてすまない。リディア、まずはこのヒュドラをやっつけよう」


 そう言って剣を振りかざして、こちらに向かってくるヒュドラに突進する。


「ヒュドラ? ワームじゃないの?」


 状況を見て、自らがすべきことを正しく理解したリディアは、『白炎斧』を構え直しつつザールと挟撃体制を取る。


「ギュアアアア!」


 ヒュドラの目に矢が突き立った。ジュチが頑張っているらしい。


「ジュチ、あっちのヒュドラを牽制してくれ!」


 ザールが叫ぶと、ジュチも嬉しそうな声で答えた。


「おお、ザールかい? 了解したよ」


「リディア、このヒュドラは頭を斬り飛ばしても脳が生きている限り再生する。だから脳にダメージを与えるんだ!」


「了解! やあっ!」


 リディアは持ち前の戦闘能力を活かして、一気に10メートルほどジャンプすると、ヒュドラを脳天から叩き斬った。さすがはオーガである。ちなみに彼女の身長は2.5メートルほどあり、180センチ近くあるザールでも、並べば子どもにしか見えない。


「上等だ、うまいぞリディア」


 ヒュドラを前から牽制していたザールがそう褒めて、


「一番向こうにいるヤツは、こいつらの親玉だ。あいつの首は不死だから、ジュチの援護が必要だな」


 そう言う。ザールのそばに寄ってきたリディアは、目を丸くして言う。


「不死? そんなの反則じゃん! どうやって倒すのよ?」


「まずは、あと残った四つのヒュドラを倒そうか、今のやり方で。ジュチ、援護頼む!」


 そう言うとザールは、次のヒュドラに向けて突進した。



「……結局、逃げられたね」


 激闘半時(1時間程度)、リディアは累々と横たわる7匹の土管――ヒュドラの死骸を眺めてつまらなさそうに言った。


「なかなか賢いヒュドラの親玉だったな。7匹目がやられかけたと見るや、飛んでいきやがったもんな。あの逃げ足の速さは他のヒュドラと比べても一級品だったな」


 ザールがそう言って、汗に濡れた髪をかきあげる。


「これは父上に報告して、なんとか手を打たなければな。今回は、キャラバンの商人が全滅を免れただけでも良しとしなければな」


 ザールは、先程生き残りの商人たち五人と話をして、出来る限り急いで南下し、早めにオアシスに入ることを勧めたのだ。サマルカンドからここまでには数カ所のオアシスがあり、一番近いオアシスまでは馬やラクダで10分も走ればたどり着ける。歩いたとしても30分あれば十分だ。


「ザールったら、あの商人から馬を借りたら良かったのに」


 リディアが言うが、ザールは首を振った。


「馬とラクダで商人たちの人数分しかいなかった。それにジュチならともかく、リディアだけを徒歩で行かせられないしね?」


「アタシはオーガだからね。アタシが乗ったら普通の馬なんてすぐ潰れちゃうからね。そこは仕方ないんじゃない? 気にしないけどなぁ。それより、なんでジュチをさっさと先に行かせたの?」


 リディアが心なしか頬を染めながら訊く。ザールは清々しいほど邪気がない透き通った笑顔で答えた。


「モアウは足が速い。ジュチにこのことをサマルカンドの防衛隊に報告してもらえば、僕たちも早く救援部隊と会えるからね」


「……ま、そんなことだとは思っていたけど」


 ちょっとがっかりしてリディアがつぶやく。


「えっ、どうしたんだい? リディア」


 ザールが訊くと、リディアは片頬で笑って言った。


「なんでもない。相変わらずザールは手回しがいいなあって思っただけよ」


「いや、とにかくヒュドラの親玉はまだ倒していないんだ。アイツが生きている限り、あの土管は何度でも復活してくるから、早いとこ何とかしないといけないって思っただけさ」


 残念ながら、リディアの気持ちは伝わっていなかったようだ。ザールは真面目な顔でそう言った。


 しかし、リディアはそんなことには慣れっこなのか、ザールの引き締まった口元や真剣な赤い瞳、そして生まれながらの“王者”の風格を感じさせる佇まいに見とれていた。そしてリディアはくすっと笑う。


「? リディア、僕は何かおかしいことを言ったかな?」


 ザールが訊くと、リディアはニコッと可愛らしい笑顔で答えた。


「ううん、ザールらしいなって思っちゃって。うん、やっぱりザールはサマルカンドの人たちやみんなの事を考えているときの顔が一番かっこいいって思うわ」


 それを聞いて、ザールは顔を赤くしていった。


「なんだよいきなり。リディアだっていつも僕に力を貸してくれているじゃないか。どれだけ僕はリディアに助けられたか分からないし、どうやってお礼をしたものかって、いつも考えているんだよ」


「そう、か……だったらいいんだ。お礼なんて気にしなくてもいいよ? アタシはザールとこうしていられることが大切なんだ」


 リディアはそう言って、笑顔を見せて続けた。


「あっ、ジュチが帰って来た。守備隊も一緒だね、助かった」


「やあ、お二人さん、お待たせしましたね」


 ジュチが手を振りながら近づいてくる。


「お疲れだったね。あのキャラバンの人たちはどうしただろうか?」


 ザールが訊くと、ジュチの代わりに一緒に近づいて来た守備隊長が答えた。


「私は北守備隊の第5分遣隊長です。殿下が救出されたキャラバンの者たちは、無事に保護してサマルカンドまで護送中であります」


「それはよかった。礼を言うぞ。この街道に出没していたのはヒュドラだった。早急に捜索して、退治しなければならないな」


 ザールが言うと、隊長は「はっ」と敬礼すると、やや間を空けて言った。


「サマルカンドから、御屋形(サーム)様の伝言が届いています。すぐに戻っていただきたいとのことでした」


 それを聞いてザールは眉を寄せたが、


「分かった。僕はすぐに戻ろう。隊長、ヒュドラの相手はまた今度になりそうだ。ヤツの本体は不死身の首を持っているから、決してまともに戦うなよ」


 そう注意して笑った。


★ ★ ★ ★ ★


 ファールス王国の“東の藩屏”と呼ばれるトルクスタン地方は、北は砂漠が広がり、東は峩々たる山脈がそびえている。西と南は平野になっているが、標高が高く空気も乾燥していて、農耕にはあまり向かない。一部の灌漑施設が整った地域では、小麦やライムギなどの穀物や乾燥に強い植物が栽培されている。


 このトルクスタン地方を実質的に統治しているのは、先の国王シャー・ロームの実弟であるサーム・ジュエルであった。

 今年47歳のサームは、赤茶けた髪とひげが特徴であり、先王と同様、この地方をよく治め、住民からは『赤髪の賢王』と呼ばれていた。彼は物静かであり、決して怒らず、慌てず、そして騒ぐこともなかった。かといって、文人肌でもない。槍と剣が得意で、特に槍の腕は『王の牙』に匹敵すると言われ、先王からは『11人目の王の牙』とまで呼ばれていたと一部では噂されている。


 今日は、その彼が珍しく興奮して、客人と話をしていた。


「その女性が持っていたのは確かに『アルベドの剣』に間違いないのですか?」


 サームは、自分の前に端然と座って静かにこちらを見ている老人に訊いた。老人はうなずいて答える。


「はい。その剣は刀身に周りの景色を映し込み、はた目には刀身がないように見えました。しかしその斬れ味は鋭く、持っている彼女の『魔力の揺らぎ』と見事に調和していました。あれは確かに『アルベドの剣』だと思います」


「ふむ……『アルベドの剣』は先の王が崩御あそばされた後、王室から行方不明になっているとの噂は聞いていた。その女性がどうして『アルベドの剣』を持っているのか、そもそもその剣を『アルベドの剣』と知っているのか……。どう思われる、ティムール殿?」


 サームと話をしているのはティムールという老人であった。今年67歳のティムールは、元『王の牙』の一人であり、現国王の即位にまつわる事情もうすうすは知っていた。


 ティムールはサマルカンドから東にあるアイニという小さな町で宿屋をしながら余生を楽しんでいた。そこにヴォルフたちの襲撃があり、それを旅の用心棒であるホルン・ファランドールと名乗る美女とともに撃退した。そのホルンが持っていたのが『アルベドの剣』だったという訳である。


 『アルベドの剣』は王室代々の神器であり、王位継承ができる者しか持つことは許されない。そして『剣自体に意思がある』と言われていて、自らを扱うにふさわしい者にしかその力は発現させられないと言い伝えられている。


「そうですな。ホルン殿は本人の言うところによるとデューン・ファランドールの娘とのことでしたが、槍や剣はデューンの直伝でしょうな。かなりの腕前でした」


「デューン・ファランドールのことは知っている。『王の牙』筆頭で、稀代の逸材だと聞いていた。先の兵乱時に『王の牙』を抜けたと聞いたが……彼は確かまだ結婚していなかったはずだが?」


 サームの言葉に、ティムールもうなずいて言う。


「はい、ホルン殿自身も養父と言っていました故、血のつながりはないと思います」


「デューンは先王と生死を共にすると熱く語っていた。誇り高き『王の牙』たるデューンが、自らの信念を曲げてまでその娘を育てたのは何故だろうかの?」


 ティムールは、ある噂を思い出していた。それは『先王と共に亡くなったウンディーネ王妃は、兵乱の当日に姫を産まれていた』というものである。


「サーム様、私はウンディーネ王妃にまつわるある噂を聞いていました。サーム様もご存知かと思いますが」


「そのことだ。もう10年も前になるか、ある者が私に会いに来て、あることを話していった」


 サームはそう言うと、つかつかとドアまで歩いていき、サッと扉を開いた。すると、


「おお、さすがは父上。存在を消していましたが、僕は未熟みたいですね」


 とザールが白い髪を揺らしながら笑って言う。しかしサームは真面目な顔のまま首を横に振って言った。


「いや、そなたの気配は感じなかった。よく修練しているようだな。私が感じ取ったのはそのオーガのお嬢さんとエルフの若者の気配だ」


「あら、アタシももっと修練しなければ、お父様に認めてもらえないかしらね?」


「さすがはザールの父君だ。しかし、ボクはエルフではない。エルフの中のエルフ、すべてのエルフの根源であるハイエルフだ。そこは間違えないでほしいな」


 姿を消していたリディアとジュチが、顕現してそう言う。ちなみにエルフもオーガも、自分の姿を人間に似せる魔法が使える。この時二人は、サームに謁見することに敬意を表してともに人間の姿になっていた。もちろんリディアの見た目は150センチくらいの美女になり、オーガの特徴である額の角も隠している。


 ザールはその場を取り繕うようにサームに訊いた。


「父上、急の呼び出しは何のご用でしょうか?」


 するとサームは、三人に厳しい目を当てて言った。


「これからお前たちが見たり、聞いたりすることは、時が来るまで秘密にしてもらわねばならん」


 一瞬きょとんとした三人だったが、ザールのうなずきを見て


「承知した、サマルカンドの主よ。ハイエルフの誇りに誓って秘密にしよう」


「アタシも、オーガの誇りにかけて誓うわ」


 ジュチもリディアもそう言った。


「ジュチ殿もリディア嬢も、それぞれの種族の中でも指導的立場におられる方のご子息、ご令嬢だ。その立場以上に、そなたたちの資質はわが愚息たるザールを導くにふさわしいと信じている。この国の大事となるかもしれんことだ。部屋に入ってザールと一緒に話を聞いてほしい」


 サームが厳かにそう言った。



「それは、10年前のことだ。私の許に『王の牙』の一人が来た。用事は『王の牙』の筆頭だったデューン・ファランドールの消息を掴むことだ」


 サームが話し出した。ドアは開けたままで、そこにジュチとリディアが廊下を見張りながら立っている。この話は『都市伝説』の類として国内のあちこちで語られていたが、その真実は限られたものしか知らないのである。その一人がサームであった。


「彼は、デューンの居場所は分かっていると言った。それ以上に大切なことを私に話して行った」


「シュールのことですかな? 当時の『王の牙』の筆頭だった」


 ティムールが言うと、サームはうなずいて続けた。


「彼は言った。『私が討とうとしているデューンは、先王にとって最高の忠臣です。わが友であったデューンをこの手で討つのは忍びないですが、私が武運拙く彼に負けた場合、このことを知っている者がいなくなります。そこで、“東の藩屏”たる殿にこの秘密を託して旅立ちます』と」


 そこまで言うと、サームはしばらく目を閉じてうつむいた。やがて顔を上げて、


「彼によれば、デューンはその当時、娘を一人連れていたらしい。その娘の名は分からんが、どうやらウンディーネ王妃が産み落とされた王女であるという」


 それを聞いて、ジュチとリディアは顔を見合わせた。やっぱりザールが子どものころに聞かされたというウンディーネ王妃の話は真実だった。


「……この国の正統な姫君は、本当にいたということですね? ここにティムール殿がいらっしゃるのは、その姫君と関係があるということですか?」


 ザールが言うと、サームは目を細めて訊く。


「ティムール殿はその姫君と会われたそうだ。姫君は、ホルン・ファランドールと名乗って用心棒をしているらしい。詳細はティムール殿から聞くといい……さて、ザール、この話を聞いて、そなたはどう思う?」


「……今のこの国は、私が『ドラゴニュートの里』で聞いていたのと違います。先王の統治時代は、もっと穏やかで、力強く、そして優しい国だったと聞きます。その姫様が立つことによってこの国が良くなるのであれば、“東の藩屏”たるわが家も姫様に力を貸すべきでしょう」


 しばらく考えていたザールは、その白髪の中からのぞく緋色の瞳を燃え立たせるようにそう言った。


「……私もそう思う。それでなくとも現王ザッハークはわが実の兄上であるシャー・ローム陛下の仇だ。ウンディーネ王妃もわが室たるアンジェリカの姉君だ。

 しかし、今は大っぴらに事を起こすには早すぎる。そこでザール、そなたを国内を巡る旅に出すことにする。姫君を見つけ出し、このサマルカンドにお連れせよ」


 そう言うと、サームは自ら佩いていた剣を外し、ザールに手ずから与えた。


「これは、『糸杉の剣』と言い、わがジュエル家に伝わる『王佐の剣』だ。先々代のシャー・エラム2世が、兄上には王者の剣たる『アルベドの剣』を、私には王佐の剣たるこの剣を授けられた。こうしたことがあった時のためだろう」


 そして続けて言う。


「私はもはや50に近く、この国に対する責任もある。そなたはいわば見習の身、既に22歳にもなり、やがてはこの国を背負って立つ立場になるものだ。見聞を広めるための旅なら世間的にも理由がつく」


「分かりました。では、明日にでも発ちます」


 凛とした声で答える息子に、サームは初めて優しい笑顔を見せた。



 次の日、ザールたち三人は、まだ朝も暗いうちにサマルカンドを発った。城壁から見送るサームに、ティムールは静かに語りかける。


「御曹司はすでに魔力も剣技も相当の者。そしてオーガやハイエルフたる彼らが一緒に参れば、何の心配もありません。ホルン殿が姫君であるならば、このわしも人生の最後に戦場でもう一花咲かせられるでしょうな」


「ティムール殿の雄姿をまた見られるとは思っておりませんでした。姫と共に戦う日が来れば、前線はザールに任せるつもりでおりましたが、ティムール殿のご加勢を得られれば心強いですな」


 サームはティムールに温かい目を当てて言う。やがて二人は遠ざかっていくザールたちを見つめ、それぞれがザールたちの前途に幸あらんことを祈るのだった。


★ ★ ★ ★ ★


「……勇んで出てきたのはいいですが、ザール、君には探す当てはあるのかい?」


 羽を付けたチロリアンハットに刺繍の付いた派手なマントを羽織り、背中にはリュートを負ったジュチが訊く。彼は旅の楽師を気取っているらしい。得意の長弓はえびらと共にモウアの鞍につけていて、腰には短剣だけを差していた。


「まずは、ホルンという女槍遣いが現れたというアイニの町に行ってみよう。ティムール殿の話のほかにも、何かヒントが得られるかもしれない」


 ザールは額に革のバンドをして、白いマントを翻している。革製の胸当てをして、腰には『糸杉の剣』を佩いている。ベルトの背中側には、カットラス1本と棒手裏剣5本を仕込んでいた。


「ザールが聞いていた昔話が本当だったなんて、すごいロマンを感じちゃうわ。どんなお姫様かな」


 リディアは一応、人間の形をしている。オーガの姿であちこち動き回れば目立つことこの上ないからである。その姿は非常に美しかった。額にはザールと同じように革のバンドをしているが、中央にチューリップの模様が刺しゅうされている。この額当てにはオーガ特有の角を隠す魔力が封じられているのである。そして赤いマントを羽織り、ザールとお揃いの革製胸当てを付けているが、これらの装備には魔力が封じられていて、人間の装備と違ってオーガの姿に戻ってもサイズがぴったりになるようにしている。


 なお、リディアは丸腰だったが、このサイズになっていてもオーガの魔力は使用でき、膂力も50パーセント程度までは発揮できる。つまり、素手でもたいていの人間や化け物は相手にできるということだ。


「姫様を探すってことは秘密だぞ? それよりもリディアは何か武器を持っていた方がいいかもな」


 ザールが言うと、不思議そうにリディアが訊く。


「なんで? アタシは素手で大丈夫よ。武器なんてかったるいもの、持ってられないわ」


 それを聞いたジュチが苦笑して言う。


「やれやれ……リディア、一応君に言っておくが、君は今、人間の姿でいるんだよ?」


「そうね。それがどうかした?」


「オーガの姿ならともかく、君は今、魅力あふれる美女として他の人間にはとらえられるだろうね。武器も持っていない美女が辺境を徘徊すれば、要らぬいさかいがあちこちで起きる。ザールはそれを心配しているんだよ?」


「……それはそうかもしれない」


 10秒ほどジュチの言葉の意味を考えていたリディアが、そう言ってザールを見る。


「ね、ザール。ザールから見てもアタシ、美人?」


「うん、君が心配になるから、とりあえず短剣でも武器を持っておいてほしいな」


 ザールが言うと、ジュチがまぜっかえす。


「ボクも、君にちょっかい出した奇特な人間が危篤になるなんてとっても不憫だから、とりあえず『白炎斧』を見せびらかしたら?」


 するとリディアはジュチをぎろっと睨むと、オーガの姿に戻り、


「はい、白炎斧よ♪」


 と、巨大なトマホークを虚空から取り出し、ジュチめがけて振り下ろした。


「うわっと! いきなり何をするリディア」


 辛くもそれを避けるジュチ。空を切った斧を見て、リディアは


「ちっ! 悪運の良いヤツだわね。斧を取り出すにはこの姿に戻るしかないのよ。せっかくザールに褒めてもらったのに、アタシのシアワセを返せ!」


 そうジュチに詰め寄る。


「まあまあ、リディア。ジュチだって君が可愛すぎるから、ちょっとからかっただけだと思うよ。そのくらいで許してやれよ」


 このままではマズいと思ったか、ザールが仲裁に入る。ザールの言葉を聞いてリディアは途端に機嫌を直した。


「えっ? んもう、アタシのザールがそう言うんなら、許してあげるしかないじゃないの……。よかったね、ジュチ。いい友達がいて?」


「あ、ああ……。ザール、ボクの気持ちを的確に言い表してくれて感謝するよ」


 イマイチ本当らしさが欠けた声でジュチは言った。


★ ★ ★ ★ ★


 ファールス王国の北東は、峩々たる山々がそびえたつ山岳地帯となっている。そこは標高5千メートルを超える山脈が続き、そこを越えればキルギスの平原へと出る。


 ここまでくればもうファールス王国の版図ではなく、かといってタイシン帝国でもない、点在するオアシスを中心に小さな村々が作られ、それ以外は広々としたステップが広がる遊牧民たちの土地になる。


「ふう、さすがにここまで来ると空気が薄いわね」


 一つのオアシスを見下ろす峠の上で、一人の美女が足を止めて一息ついた。彼女は、銀色の髪を肩のところで緩く括り、翠色の瞳で村を静かに見つめていた。


 峠を吹き上げる風に、緑のマントを翻し、革製の胸当てに鍛鉄を縫い付けた籠手、革製の腹巻や横垂、そして膝当ての付いた底の分厚いブーツなど、その装備を見れば彼女がただの旅人ではないことが分かる。


 彼女は背中に1・8メートルほどの手槍を背負い、前からは視認できないがベルトには刃長60センチほどの剣を佩いていた。


「今度の依頼主はちょっと変わっているわね。普通は交易会館に品物を預けるのに、わざわざこんな辺鄙な村まで呼び出すなんて。しかも旅費まであちら持ちで……」


 確かに、物の輸送は普通、依頼主が交易会館に依頼品を預け、引き受けた用心棒は交易会館から前金と荷物と送り先を書いた紙を受け取り仕事に及ぶ。仕事が済んだら相手か、送り先が交易会館の場合は受取先の交易会館から後金を受け取り、荷物を引き渡す——そういう段取りだ。


 ところが今回の依頼は、『旅費は依頼主が負担するので、依頼主の住所で荷物を預けたい』というものだった。こんな場合、依頼される荷物は武器とか麻薬とか、とにかく所持することや勝手に動かすことは禁じられている『ヤバいブツ』の場合が多く、彼女はこういう仕事は基本的に引き受けない。


 しかし彼女が引き受けたのは、依頼票にわざわざ『依頼する荷物は、武器や麻薬などの不法なものではありません』と書いてあったからだ。交易会館で依頼を引き受けるのとは違い、依頼主との対面での依頼の場合、依頼の案件や条件が自分の想定していたものと違う場合、用心棒側も断る権利がある。


 今回の場合、ここまでの旅費を諦めれば、ヤバい案件は断ることができる。この際、キルギスという場所の状況をこの目で直接見てみよう——という気持ちでもあった。


「よし、行ってみるかな」


 彼女はそう言うと、ゆっくりと坂を降り始めた。



 その村は小さかった。オアシスの泉は一周してせいぜい300メートルくらいで、深さも1メートル程度しかないようだ。この水量では、周囲で耕作して生活できる人数も限られてくる。彼女はその泉や周りの畑を見て、この村の人口はせいぜい500人もいればいい方だと見当をつけた。


 村に入ってみると、一応、遊牧民の襲撃を阻む柵はあったが、そのほとんどは朽ちかけていた。剽悍な遊牧民すら相手にしない程度の村のようだ。なるほど、村の家々はみんな同じように日干しのレンガを使って建てられていて、飛びぬけて大きい家はない。その家も、だいたい10人も入れは窮屈に感じられそうだった。そんな家が50軒ほど、肩を寄せ合うようにして建っている。


 けれど、彼女は違うものに目を引かれた。それは、どの家もしっかりと掃除されてはいるが、人気がないということだった。


「……妙だわ」


 彼女はそうつぶやくと、槍の鞘を払っていつでも遣えるようにした。その槍の穂は槍全体の長さの3分の1ほど、60センチはある。異形の槍というべきだった。


 やがて彼女は、たった1軒、明らかに人が住んでいると思われる家を見つけた。その家の軒先には収穫物や洗濯物が干されており、窓からは子どもの声が聞こえていたのである。


「ちょっとものを尋ねたいのですが」


 彼女は、玄関先に立つと、屋内にそう声をかけた。すると家の中から聞こえていた子どもの声がぴたりとやんだ。


「私は、フレアの町の交易会館に出されていた依頼票を見てここまで来たものです」


 彼女がさらにそう言うと、家の中から四十がらみの精悍な顔つきをした屈強な男が出てきた。その手には剣が握られている。


「あなたが、依頼を引き受けてくださった方ですか?」


 男は物々しい雰囲気とは似合わないほどの静かな声で訊いてきた。彼女はそれを意外に思いながらうなずいた。


「荷物をお預かりします」


 彼女が言うと、男はうなずいて


「そうでしたね、では……やっ!」


 男は荷物を取りに行くと見せて、いきなり振り向きざまに斬撃を放ってきた。そのことを予測していなければ、彼女は胸を一文字に斬り裂かれていただろう。


 その斬撃を、一歩左足を引いただけでかわし、彼女は右下から槍を振り上げ、強烈な逆袈裟を放つ。男は初撃で右に流れていた体の動きをそのまま生かし、右後ろへと跳んだ。そこに、女槍遣いの突きが入る。それを男は剣を回して弾き、逆に突いて来た。


「やっ!」


 彼女は弾かれた槍をそのまま回して、石突で男の右側を襲う。男は突きを戻して槍を剣で受けた。


「……見事ですな。あなたなら確かに荷物をお預けできそうですね」


「……腕試しをしなきゃいけないなんて、どういう荷物を私に預けるつもり? 合法なものじゃなかったの?」


 静かな男の言葉に、嫌みの混じった声で女性が答える。男は剣を引いて指呼の間から外れると、彼女に深くお辞儀をして言った。


「失礼しました。私はジャン・ダルムと申します。荷物は依頼票に記したとおり、違法なものではありません。宝石箱をある方に届けてほしいのです」


 それを聞いて、女性は槍を立てながら言った。


「私はホルン・ファランドール。失礼は重々承知であと二点聞いていいかしら?」


 すると男は、びっくりしたような顔で


「おお、あなたが『無双の女槍遣い』ですか……。なるほど、確かに巷の噂にはうなずける」


 そう言うと、笑って答えた。


「その宝石箱は私の妻のものです。妻はある方の姉で、エルフの一族です。私との結婚を反対され、二人で逃げるようにこの地に来ました。そしてここで静かに暮らしていたのですが、娘が生まれたことを機にある方に連絡を取ったところ非常に喜ばれ、今ではこの村はエルフ一族の避暑地となっています。私は、その方々の別荘をここで管理しています」


「たくさん家があって、きちんと掃除もされていたのに、住んでいる気配がなかったのはそういうことね」


 ホルンが合点したように言うと、ジャンは頷いて、家に入った。


 やがてジャンは、小さな古い宝石箱を持って出てきた。清楚で消え入りそうな雰囲気をしたエルフの女性と、くるくるとした目を持つ活発そうな女の子も一緒だった。


「妻のミルフと娘のアイダです」


 ジャンが紹介するとミルフは微笑んで頭を下げ、アイダは恥ずかしそうにミルフの後ろに隠れた。


「その宝石箱には、妹が小さい頃欲しがっていた母の形見の指輪が入っています。この形と同じです」


 ミルフはそう言って、自分の左の薬指にはまっている指輪を見せた。チューリップが象られ、花弁のところに琥珀がはめられている。


「妹には、母の遺言でこちらを譲ることにしました」


 ミルフが宝石箱を開けると、同じ指輪が入っていた。こちらには花弁のところにラピスラズリがはめてある。


「……ではもう一点。なぜあなた方で届けないのかしら? あるいは、その方が避暑に来たときに渡してもいいはずじゃないかしら?」


 そう言いながらホルンは、背中にとてつもない悪寒を感じた。感じたのと振り向いて槍を突き出したのが同時だった。


「!」


 ホルンは、突然吹いてきた強風に包まれ、視界を奪われたが、


「風の主よ、この風を司る悪意のもとを断ち切り給え!」


 そう叫ぶと、思い切り『死の槍』を歴戦の勘が教える方向――ミルフたちが出てきた家の中――へと投げつけた。



「そういった経緯がありました。風が止むと、ジャンさんもミルフさんも、アイダちゃんも消えていて、私の手の中にその二つの指輪が残っていました」


 ホルンは、不思議な経験をした日から10日後には、アイニの町でアルフと話し合っていた。アルフに会うなり指輪を見せると、アルフの顔色がサッと青ざめ、恐る恐ると言った風情で指輪に手を伸ばし、


『ホルン殿、この指輪を入手された経緯を話してくださらんか』


 と震える声で言ったのだ。


「この指輪の持ち主とお会いになったことはありますか?」


 話し終えたホルンがアルフに聞くと、アルフは頷いて


「ミルフはわらわの姉だ。人間に恋をし、人間との間に子どもも作った。風の便りにキルギスの何処かで幸せに暮らしていると聞いておったのだが……」


 そう、嗚咽とともにいう。


 ホルンは思い出した。風が収まると三人の姿が見えなくなっただけでなく、周りの景色も一変した。綺麗に片付けられていた家々は見る影もなく朽ち果てていた。50軒どころか一軒もまともな家はなく、ジャンの家すら荒れ果てたものになっていた。ホルンが『死の槍』を見つけに家に入ると、そこには恐らく随分前に遊牧民に殺されたのであろう三つの遺体があった。


「おそらく、私とアルフ殿のつながりを知ったミルフさんが、この指輪を届けてほしくて私を誘ったんだろうと思います」


 ホルンがそう言うと、アルフは涙を拭いて頷いて言った。


「わらわもそう思う。さぞ姉上様もお辛かったことだろう。ホルン殿、その集落の場所をわらわにも教えてくれ。姉上とジャン殿を一族の墓にお連れしたいのだ」


 ホルンは頷いたが、


「その御心だけでいいんじゃないかと思います。あの場所は、もう誰も訪れてはいけないような気がするんです」


 そう言って身体をブルっと震わせて、遠くの空を見つめるような目で言った。


「それに、あの場所は、もう風と砂で見えなくなっているでしょう。アルフ様、その指輪をもって姉君様とそのご家族の縁とされるがいいと思います」


「よほど怖い目にあったようだの……。分かった、そなたほどの戦士が言うのであれば、わらわも言うとおりにしておこうぞ」


 アルフは寂しく笑って言った。


 その顔を見ながら、ホルンは風の中で聞いた声を思い出していた。


『幾多の屍を越えてきた姫よ。わらわの願いを聞き届けてくれれば、近い将来訪れる運命の始動の後も、わらわの一族は姫を守るだろう』


 ――死者の言は当たると聞くわ。とすれば、来る運命の始動とは何だろう?


 ホルンはそう考えていた。


(3 運命の始動 完)

 最後までお読み頂き、ありがとうございました。いよいよホルンの運命が回りだしました。ホルンとザールの二人が出会うのは少し先になりますが、どちらも邂逅までに様々な人と出会います。お楽しみに。

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