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青き炎のヴァリアント  作者: シベリウスP
11/70

10 殺戮の平原

若くして槍遣いとしての名声が高くなってきたホルン。彼女から仲間を殺されたことを恨み、亡き者にしようと画策している輩がいた。『タルコフ猟兵団』である。偽の依頼でホルンを呼び出した『タルコフ猟兵団』は、タラの平原でホルンに決闘を挑む。決戦の行方は?

 タラ平原は、見渡す限りの荒野である。少ない水でやっと生き延びているような背の低い木々があちらこちらに日陰を作っているが、日中の温度は40度を超えることも珍しくない。


 そのタラ平原で、今にも血闘が起ころうとしている。

 片方は、一人の女性だった。彼女は日差しを避けるように緑のフード付きマントを着ている。マントの下にはサラサラとした銀髪と、切れ長の翠の瞳を持つ目が見える。そして分厚い革の胸当て、鍛鉄を縫い付けた籠手、腹部を守る革製の腹巻を身にまとい、太ももを守る革製の横垂をつけ、膝当ての付いた底の分厚いブーツを履いていた。

 更に、彼女が構えている槍が異形だった。長さが1.8メートルと言うのは手槍としては普通だが、その穂は全長の優に3分の1、60センチはあったのだ。また、前からは見えないが、刃の長さ60センチほどの剣も履いている。


 もう片方は、武装した5百人からの男たちだった。


「ホルン、お前にやられた仲間たちの無念、晴らさせてもらうぜ」


 男たちの首領格がそう言って、ホルンと呼ばれた女性を包囲している男たちに鋭く命令した。


「やっちまえ!」


 男たちは喚声を上げながら、ホルンにおめきかかっていった。


               ★ ★ ★ ★ ★


 時は少し遡る。


“ホルン、やつらまでの距離は約1ケーブル(この世界で約185メートル)。人数は50人くらいだ。一列横隊で、端っこの10人ずつが弓を持ってる”


 ホルンの頭の中に、仔ドラゴンのコドランの声が響く。コドランはシュバルツドラゴンのこどもで、生き別れになった母親を探すためにホルンとともに旅をしている。ホルンの良き『仲間』である。今、コドランはホルンの上空100フィート程度のところで、戦場の全体像を俯瞰してホルンに伝える『鷹の目』の役目をしていた。


 “了解、こちらからも見えたわ。あっちは私のことに気付いているかしら?”

 “闇夜だからね。気付いていないみたいだよ? もうすぐここを通る獲物に気を取られているんじゃないかな?”

 “荷主直々の指名で加わった護衛だから、それなりの成果は見せないとね。じゃ、コドラン、私はそろそろかかるわ”

 “オッケー、気を付けてね”


 ホルンは、上空にいるコドランにハンドサインを送ると、暗闇の中をゆっくり移動し始めた。目標は、前方にいる盗賊団である。現在、ホルンはサマルカンドに塩を運ぶ車列の護衛を依頼されていた。国が使用する塩なので、護衛には当然、軍隊もついていたが、荷主がホルンの噂を聞きつけ是非にと乞われて参加した作戦だった。


 出発して2日目に、コドランが追跡してくる敵影を発見した。輸送隊につかず離れずついてくるのを知ったホルンは、触接部隊とは別に襲撃部隊が進路上にいることを看破し、コドランに輸送隊の前方を偵察してもらったところ、50人程度の盗賊を発見したのである。

 輸送隊の護衛指揮官は、それを排除する部隊を派遣しようとしたが、


「軍隊が動いたら、触接隊がすぐに警報を出すでしょう。そしたら奴らは逃げ散ってしまいます。ここで攻撃してくる部隊を叩かないと、いつまでも付け狙われます。そこで、私が奴らを叩きたいと思います。私が叩きこぼした奴らを、指揮官の部隊で始末していただければと思いますが」


 ホルンはそう提言し、それが護衛指揮官に認められたのである。


 ……ああ言った手前、恥ずかしい戦果じゃ駄目ね。


 ホルンは暗闇の中、神経を集中させながらもそう考えていた。

 やがて、距離が20ヤードを切るころには、盗賊たちが小声で話し合う声も聞こえて来た。


「隊長殿、そろそろ輸送部隊が通る時刻であります」

「そうか、それではそろそろ弓隊を前に出すか。今度は正規の軍隊が護衛で付いているらしいから、風のように襲撃して、風のようにかっぱらって、風のようにずらかるんだ。御者や敵兵なんかやっつける必要はないぞ」


 隊長らしい男の声でそう聞こえる。さらに、その男は、


「ジェシカ、俺の合図で矢の雨を降らせてくれ。10斉射してくれれば、それまでに俺たちは車列にとりつくから、そこで小休止だ。離脱時は俺の合図でまた10斉射だ。お願いするぜ」

「10斉射、小休止、10斉射ね。分かったわアムール」


 そう歩きながらしゃべる女の声も聞こえた。


 ……弓隊が中央にまとまってくれるのは好都合ね。ジェシカと言う女のあの声の聞こえ具合なら、10歩くらい前に出ているわね。


 ホルンはそう敵の隊形を読むと、折から吹いて来た強い東からの風の中でサッと立ち上がると槍の鞘を払って駆けだす。狙いは一番西側にいる敵兵だ。ホルンは西側から敵兵を薙ぎ払うつもりだった。

 敵は風の音でホルンの足音が聞こえなかったのか、ホルンの槍の最初の一薙ぎが襲うまで、敵陣には何の動きもなかった。


「げえっ!」「うぐっ!」「がはっ!」


 最初の一薙ぎで複数の断末魔の声が聞こえた。その中にアムールとか言う隊長も含まれていたらしく、敵はそれだけで浮足立った。


「敵襲だぁ!」


 そう叫んで逃げ惑う敵をホルンは確実に仕留めていく。しかし、敵もさるもの


「現場の指揮はジェシカ上級分隊指揮官が執るよっ! 総員、逃げるんじゃないわ」


 そういう声が聞こえてすぐに、


「弓を捨てろっ、抜刀して敵を叩けっ!」


 そういう声とともに、逃げようとしていた敵も踵を返し、刀を回してホルンにおめきかかって来た。しかし、あまりにも暗い中、敵は同士討ちを起こしているらしい。ホルンが無音無声で戦っているのであるから無理もない。


「こういう場合は、引くのが一番なんだけどな」


 ホルンはそうつぶやくと、騒ぎ立てる敵の中にまぎれて一人、また一人と槍の餌食にしていった。



「全滅だぁ? それはどういうことだ?」


 王家御用達の車列を襲った盗賊たちが全滅した次の日、一人の男が、引き返してきた部隊の報告を受けて喚いた。

 ここは現場から5マイル(この世界では約9.3キロ)離れたワデイ・アカリトという場所で、この男は『タルコフ猟兵団』という部隊の次席指揮官カツコフ大隊指揮官補である。


「はい、アムール小隊指揮官殿とジェシカ上級分隊指揮官殿の部隊は、塩を運ぶ輸送隊を捕捉するため襲撃地点でアンブッシュを準備中に、敵襲を受け壊滅しました。全員戦死ですので、詳しい状況は不明です」


 アムールは自分の部隊100人を率いていったが、そのうち50人を次席指揮官に渡して索敵・接敵部隊とし、自分が残りの50人を率いて攻撃部隊としていたのである。次席指揮官は予定の時刻になってもアムールの本隊から何の連絡もないため、接敵を切り上げて本隊を捜索し、無残な姿となった本隊を発見したのである。


 カツコフは勇猛だが粗野ではない。怒りを抑え込んだ彼は、輸送部隊の編成などを詳細に調べ始めた。もちろん、部隊と途中で出会った隊商らの噂も含めて、さまざまな情報を集めた。そして、『輸送部隊には“無双の女槍遣い”ホルン・ファランドールが護衛として加わっている』とか、『出発2日後に輸送隊を襲った盗賊たち100人が、ホルン一人によって全滅させられた』などの噂が飛び交っていることを知った。


「ふん、アムールたちはホルンにやられたか。闇夜に隊列を襲おうとしたのが裏目に出たな。相手は一人だ、無音無声で襲われたら、下手すりゃ同士討ちだからな」


 カツコフはそうつぶやくと、配下の百人隊長を集めて言った。


「今度は俺が直卒で王家の車列を襲う。真っ昼間の矢戦になるから、各員矢を一人当たり300本準備しておけ」


 そして、次の日カツコフは、自分の指揮する450人を整列させて、


「これからアムールたちの弔い合戦を行う。敵の車列に矢をぶち込んで物資を掠め取るんだ。突撃する必要はないが、手を出してくる敵は蹴散らせ」


 そう訓示すると、全員を騎兵として政府の輸送隊へ風を巻いて追撃し始めた。

 やがて彼らは輸送隊を見つけると、周りを囲んで矢の雨を降らせ始めた。各荷馬車にはこんなことを見越して御者や従卒が座る場所には盾が仕込まれていたし、幌馬車の荷台にも盾を仕込んでいたため、幸いにも負傷者は少なかった。


「ひるむなっ!」


 輸送隊の護送指揮官は、兵を叱咤して迎え矢を放たせる。その間に、荷車から予備の馬を外して即席の騎兵隊を編成し始める。やがて矢の応酬が四半時(30分)に及ぼうとした時、カツコフは自隊に命令した。


「全隊引けッ!」


 そして450騎をひとまとめにすると、サッと南の方角に引き上げていった。護送部隊指揮官が頃合いを見て、整列していた500騎に突撃命令を出そうとしていた矢先だった。


「見事な采配だったわね」


 隊列の最後尾にある荷馬車に乗っていたホルンは、カツコフの指揮を見てそう言った。

 カツコフとしては、相手には500人からの護衛兵と、予備の馬を使えば自隊を凌駕する騎兵隊ができることも先刻ご承知だった。しかし、1個小隊が全滅したくらいで500人からなる大隊がしっぽを巻いて逃げるのも、その後の士気を考えると心配だったのだ。


 ……敵をやっつけなくても良い、敵と互角に戦ったという実績が大事だ。


 カツコフはそのために、今では自隊より数が多い敵に昼間堂々と矢戦を挑んだのだった。


「くそっ、ホルン・ファランドールか、いつかはこの恨みを晴らしてやるぞ」


 カツコフは転進中の馬上でそうつぶやき、唇をかんだ。


               ★ ★ ★ ★ ★


 ホルンが国の輸送隊を護衛して3か月が過ぎた。

 そのころ、ホルンはガラーバードの町で、金鉱山を監督していたスケルトン軍団の悪辣な所業を暴き、同じくスケルトン軍団によって故郷を奪われたアクアロイドのガイ・フォルクスとともにクロノスをはじめとするスケルトンたちを倒した。

 しかし、そのクロノスたちは現国王のザッハークから公に金鉱山監督を任命されていたので、後々、問題が起こった場合のことを考えて“東の藩屏”と呼ばれるサーム・ジュエルの庇護を受けるため、東に進むことにしていた。

 ホルンは、


『まっすぐ東に進んだら、万一、国からの逮捕命令が出た場合、簡単に見つかってしまうんじゃない? 幸い、少し南にドワーフの村があるから、そこに行って情報と必要な資材を集めたがいいよ。その先には酷暑で名高い『タラ平原』もあるしね』


 というコドランの助言をもとに、まずドワーフの村を訪れた。

 ドワーフの村では、ホルンたちはとても歓迎された。と言うのも、彼らもクロノスたちの支配を受けていたからである。


「わしらは知ってのとおり機械工作や土木工事が得意じゃ。それに目を付けたクロノスたちは、わしらの若者たちにひそかに金を掘らせて細工もさせて居った。その上がりはすべて自分たちが吸い上げ、国王や側近たちにばらまいていたようじゃ。ホルンさんのおかげでわしらは以前のような平和な暮らしに戻れる」


 ドワーフの村長はそうホルンに語り、もし、ホルンが国からお咎めを受けそうになった場合は、自分たちの意見を述べて弁護してくれることも確約してくれた。


『よかったねホルン。これで少しは安心だね』


 村長の厚意で与えられた樫の木のうろを使った小部屋で、コドランが嬉しそうにホルンに言う。


「……」

『ホルン? どうしたの? ぼーっとしてるよ』


 コドランは、返事もせずに壁に寄りかかってぼーっとしているホルンに言う。その声にホルンははっと気が付いて、


「ゴメン、コドラン。久しぶりにお風呂に浸かって身体を休めたから、気持ちも緩んじゃったかな?」


 そう言って笑う。その顔があまりに赤いので、気になったコドランが手をホルンの額に当ててみる。


『熱い! すごい熱じゃないか! ホルン、早く横になって』


 コドランが慌てて言うのに、ホルンはぼーっとしながら笑う。


「そんなに大事無いよ。ちょっと身体に疲れがたまっただけだから………ゆっくり、眠れば……すう……」


 横になって眠ってしまったホルンに毛布をかぶせると、心配になったコドランはドワーフの村長に相談した。村長もびっくりして、この村一番の医術を使えるドワーフを呼び出し、ホルンを往診させた。


「ホルン殿はどうじゃ?」


 村長が訊くと、医師はニコリと笑って言う。


「近ごろ、かなりひどいケガをされたようですな。そのケガを治すのに使った『水』のポーションの残りが、『火』のエレメントを求めていたのですな。とりあえず、『土』のポーションを飲ませて差し上げましたので、それで『水』のポーションの残りは消滅するはずです。あとは、2・3日ゆっくりされれば熱も下がるでしょう」

『よかったぁ、ありがとうございました。村長さん、お医者さん』


 コドランは目をウルウルさせて村長たちにお礼を言った。


               ★ ★ ★ ★ ★


 その日は、雨が降っていた。


 一緒に旅をしていたアマルというエルフの女性が亡くなって5年。私は15歳になっていた。そのころには、私はアマルさんが私の母ではないことも知っていたし、いつも側にいて私を守ってくれるデューン・ファランドールという人も、自分の実の父親ではないことを知っていた。

 けれども、思い出の中では、やはりデューン・ファランドールは『お父さん』だし、アマル・ニンフエールさんは『お母さん』だった。


 私が10歳の時、王国の南側、海が見える場所まで来た私たち二人は、そのまま東への旅を続けた。物心ついてからずっと——ダマ・シスカスの郊外で暮らした数年間を除けば、旅にあった私は、今度の旅の終着点であるサマルカンドに着けば、本当に旅が終わるものと考えていた。


 10歳を過ぎたころ、デューン様の私に対する態度が少し変化した。それは、まず剣と槍を私に手ほどきしてくれたこと、そして、ある程度の腕になった時、それまでデューン様が佩いていた短めの剣を私に譲ってくれたことだ。


「ホルン、この剣はそなたの実の父上から預かったもので、私の命より大事なものだ。だから、この剣は決して手放してはいけない。そして、何かあった時はこの剣を頼るのだ。そなたはすでに、この剣を扱うに相応しい技量がある」


 デューン様がそう言って私にくれた剣だが、私にはどうあっても抜けなかった。


「でも、この剣は抜けないわ。錆びているんじゃないかしら?」


 私が言うと、デューン様は首を横に振って、真剣な顔で言った。


「この剣は、それなりの覚悟がないと抜けないのだ。そなたの血がその覚悟に達した時、おのずと剣を抜けるようになるだろう」


 その剣の名を『アルベドの剣』と言うことは、後々になってから知ったことである。



 その日は雨が降っていた。


 あと数日歩けばシェリルの港町に着くという日、私たちは山の中の打ち捨てられたような炭焼き小屋で夕食を摂っていた。このころになると、デューン様は槍の腕を生かして用心棒的な仕事を請け負っていたし、私もいっぱしの剣士気取りでデューン様の加勢をしていたものだ。このころの私は、デューン様の教えに従って槍ではなく棒術を使っていた。そして、いつの間にか私たちは、“凄腕の用心棒親子”としてある程度名を知られるようになっていた。


「デューン様、シェリルの町まで行けば、少しはゆっくりできますね」


 私が言うと、デューン様は優しい光を目に宿して


「うむ。実はシェリルの町にはアマルの友人が住んでいる。私はその人のところにお前を預け、サマルカンドには一人で行こうと思っている」


 そう言った。それは私にとって寝耳に水だった。


「どうしてですか? 私が足手まといですか? 今まで親子同然に旅をしてきたじゃないですか、どうして今更になって私を他人に預けるなんて言うんですか?」


 私が一息に言うと、デューン様はある決意をしたような瞳で私を見て


「シェリルの町で、私はそなたの生い立ちや、そなたの実の父上母上のことを話して聞かせようと思う。それを聞けば、そなたも私の意見に賛成してくれるはずだ」


 そう言って続けた。


「私は旅の中でそなたを、そなたの父上母上に恥じぬような人間に育ててきたつもりだ。アマルが生きていれば、そなたにも寂しい思いはさせなかったとそれだけが残念だ」


 デューン様は、そう言って少し遠い目をする。今ならば、それが尊敬していた人物や愛した人々を思い出している目だと分かるが、まだ15歳の私には、そこまで心の機微を感じることはできなかった。


「……素振りをしてきます」


 私は、デューン様があの目をするときには、何も話を聞くことができないことを嫌というほど知っていた。それで、日課の素振りをしようと、粗末な炭焼き小屋を出た。


 外は、夕方からの雨がすっかり上がり、青白い月が煌々と森の中まで光を差し込んでいた。ときおり、強い風に流されていく雲が月の光を遮るが、それもまたサッと風に払われ、雨を含んだコケやシダが鈍く光るのだった。


 私が、愛用の樫の棒を引き寄せて素振りを始めようとした時、“それ”を見た。

 “それ”は、この炭焼き小屋に続く道を、音もなく歩いてきていた。ボロボロのマントを夜風にはためかせているが、その音はシンとした森の気に吸い込まれたのか、私の耳には届かなかった。“それ”は、明らかに手槍を背負っており、その雰囲気はまだ私がダマ・シスカスの郊外に住んでいた時に会った男のそれと似ていた。

 いや、その不気味さは明らかにあの時以上であり、私は『死神がいるなら、あれがそうだ』と確信するほど、“それ”は禍々しくて、圧倒的で、そして哀しみに満ちていた。

 私はただ、恐怖と息苦しさに痺れた心を抱えながら、ただ突っ立っていた。


 デューンは、さすがと言うべきか、その“死神”がまだ50ヤードも遠くにいるのに、小屋の中から槍を執って外に出てきた。そして、“死神”に向かって静かに言った。


「……シュール、とうとうそなたが来たか」


 すると、シュールと呼ばれた“死神”は、ふわりと立ち止まり、隻眼をデューンに向けて思いのほか優しく、快い声で言った。


「デューン・ファランドール殿、王の命により……」

「承った。こちらの娘は?」


 デューンが訊くと、シュールは言いにくそうに続ける。


「王の命により……」


 すると、デューンの顔色が変わった。


「シュール、この娘に手をかければ、シャー・ローム陛下の血統は絶えるぞ。それでも王命を奉じるか?」


 ホルンは、早口ではあるがデューンとシュールの問答の中で自分のことが話されていることは分かった。しかし、その詳しい内容までは理解できなかった。


「王の命により……」


 シュールが再び言うと、デューンはもう何も言わなかった。ただ、黙って槍の鞘を払うと、ホルンに言った。


「お前はここから逃げよ」


 ホルンは、棒を構えながら言う。


「嫌です! 私もデューン様と共に戦います!」


 するとデューンは厳しい目をホルンに当てて言う。


「そなたの命は、そなた一人のものではない! 強いて戦うというのなら、私が倒れたのちにあの者に挑め。それまでは、我らが指呼の内に入ることまかりならん!」


 デューンがそう言った途端、ホルンは抗いようのない力で身体を押し出されるように、デューンたちから2・30ヤードも押しのけられてしまった。ここから見ると、ホルンにはデューンとシュールが、それぞれ赤と青の光に包まれているように見えた。



 先に動いたのはシュールだった。シュールはすすっと音もなく30ヤードの距離をデューンに近づくと、無造作に槍を突き出す。ただし、その速さが尋常ではなかった。実際はホルンが瞬きするほどの時間だったのだ。しかしその槍が貫いたのは、デューンの『魔力の揺らぎ』が形作った残像であった。

 デューンは相手の槍を右にかわし、『魔力の揺らぎ』を開放しつつ槍を突き出す。『魔力の揺らぎ』を乗せた槍は、シュールが穂先をかわしても、穂がまとった魔力によってシュールのマントに大きな穴を開ける。

 シュールはそれに構わずこちらも『魔力の揺らぎ』を乗せて槍で斬り払う。こちらは魔力の揺らぎがそのまま斬撃波となってデューンを襲うが、それをデューンは槍で斬り払うとともに、直接、シュールに『魔力の揺らぎ』を叩き込んだ。


「くっ!」


 初めてシュールが声を上げる。魔力のエレメントを見るとシュールが『水』でデューンが『火』。本来はシュールが有利なのだが、今回のデューンは今までになく速くかつ容赦なかった。続けざまに『魔力の揺らぎ』をシュールに叩きつけると、最後の『魔力の揺らぎ』とともに槍を相手の喉元に滑らせるように突き出す。

 シュールは『魔力の揺らぎ』をかわしていたが、デューンの槍が自らの喉を狙っているのを知って槍を回して弾こうとした。しかし、少し遅かったのか、デューンの槍はシュールの脾腹をえぐった。


「さすが『王の牙』筆頭……」


 シュールは跳び下がり、間合いを開けてそう言うと、自らの魔力を左腕だけに集めた。


「はっ!」


 矢声を上げて打ちかかってくるシュールの槍を、デューンは槍で左に受け流した。その時、シュールは自らの左腕をデューンの心臓めがけて突き出した。


「おっ!」


 デューンはシュールの左腕を自らの右こぶしで受け流したが、その代償にデューンの右の拳がちぎれて空を舞った。それを見澄ましたかのように、シュールは右手で持った槍をデューンの脾腹に突き刺そうと回し込む。

 デューンは相手の槍を右にかわすと、そのまま相手の腕を狙って槍を振り上げた。この攻撃は相手の意表に出たらしく、デューンの穂先は相手の右腕をかすった。

 だが、シュールは動揺をすぐに抑えて後ろに跳び、デューンがそれを追って前に跳ぶのを狙ったように槍を突き出す。デューンは右腕に『魔力の揺らぎ』をためて、それでシュールの穂先を止めた。止めたまま、デューンは槍をシュールの真っ向から斬り下ろす。それを今度はシュールが右手にためた『魔力の揺らぎ』で受け止めた。


 そのとき、デューンとシュール、二人は目を合わせて笑った。そして、二人同時に槍の魔力を開放した。


「水よ、わが主たる水よ。その命の源を開き、猛り狂う炎の舞を止めさせよ。『Homo Homini Lupus』(人は人にとって狼)なればなり!」

「わが主たる炎よ、その灼熱の破魔の力をもってわが敵たる魂に『Memento Mori』(死を思い出さ)せよ!」


 その時、ものすごい光が二人を包んだ。そして、ホルンは見た。光の中、デューンとシュールの二人の時間だけがゆっくりと流れているように、それぞれの槍の穂先はそれぞれの肉体をゆっくりとえぐっていく。デューンの槍の穂先はシュールの右手に押され、シュールの右足を太ももから切断した。

 しかし、シュールの槍の穂先は、デューンの右肩から左わき腹を切り裂いた。


「ぐっ!」


 デューンが痛手に耐え切れず地面に頽れる。


「デューン様っ!」


 ハッと気づいたホルンは、デューンにとどめを刺そうと槍を振り上げているシュールに、樫の棒を振り上げ、身体ごとぶつかって行った。しかし、振り下ろした棒はシュールの槍に切断される。シュールは先にホルンを仕留めようとでもいうように、ホルンに対して槍を突き出そうと身構えた。


 ……私、生きたい!


 ホルンはとっさに佩いていた剣の柄を握ると、思い切り抜き放った。すると、今までどれだけ力を込めても抜けなかったのが嘘のように、剣は鞘から離れ、ホルンの手に軽い手ごたえを残した。


「ぐ、……アルベ……」


 シュールはその一言を残して斃れた。


 ホルンがふと顔を上げると、そこには煌々と輝く剣があった。その剣は不思議なことに刀身が見えなかった。しかしそこに剣があることは、緑青色の揺らめく光がまとわりついていることで分かった。


「み……ごと、ホルン……」


 ホルンの斬撃を見ていたデューンが、そう言って誉める。しかし、その顔はすでに青白く、その命は尽きようとしていた。


「デューン様っ! しっかり、傷は浅いです」


 ホルンは慌てて『アルベドの剣』を鞘にしまうと、デューンの耳元で叫ぶ。しかし、デューンはもう意識がもうろうとしているようで、


「その……剣がそなたを守ってくれる……。ホルン、そなたは、一人では……ない。ホルンひ、姫……」


 そう言って息絶えた。


「デューン様っ、私はどうしたらいいんですか? デューン様っ!」


 ホルンはいつまでもデューンの亡骸を揺さぶり続けていた。


               ★ ★ ★ ★ ★


『ホルン、ホルンってば大丈夫?』


 ホルンは、自分を呼ぶ声でハッと目覚めた。ゆっくりと周りを見てみると、心配そうにしているコドランの顔が見えた。


「……あれは、夢だったのね」


 長いため息とともに、ホルンはつぶやく。そんなホルンを心配そうに見ながら、コドランが訊く。


『うなされていたよ。いやな夢だったんだね?』


 ホルンは浅くうなずくと、薄く笑って


「でも、目が覚めたらコドランがいてくれて、安心したわ」


 そう言う。コドランはホルンの額からずり落ちた濡らしたタオルを、またホルンの額に乗せながら言う。


『ぼくはいつでもそばにいるよ? ホルンだってぼくと約束してくれたじゃない? いつも一緒だよって』

「ええ、そうね。いつでも一緒よ」


 ホルンはそう笑うと、今度は安らかな思いで眠りについた。



 それから2日後、すっかり体調も回復したホルンは、ドワーフの村長たちに見送られて街道の近くまで来ていた。


「わが村は、『思い出の村』と言って、訪れた旅人にとってその時最も必要な思い出を思い出させてくれる場所があるのじゃ。ホルンさんにとって、つらい思い出だったかも知れぬが、それは必ず今後の役に立つ。達者で行きなされ」


 村長がそう言うと、医術のドワーフも、


「タラ平原までの間に、チタの村がある。そこの泉の水を補給しておきなされ。それから、チタには交易会館があったはずじゃ。寄ってみなさるといい」


 そう言って笑った。


 ドワーフの村からチタの村までは、ゆっくり歩いて1時(2時間)、身体慣らしにちょうどいい距離だった。ホルンたちはまず、泉に赴いて、心行くまで水を飲み、必要なだけ水筒に詰めた。この水は南の山脈に降った雨が長い年月をかけて濾過され、泉に噴出してくるもので、とても甘い水だった。


「甘露ってこのことを言うのね。甘いし、冷たいし、ここの水は最高だわ」


 ホルンはすっかりこの村が気に入ったようだ。しばらく泉を眺めていたが、


「さて、次は交易会館に行かなきゃ。いい仕事があればいいけど」


 そう言いながら腰を上げ、交易会館へと足を向けた。

 交易会館とは、今では辺境にはなくてはならない施設で、村や町の商人たちが共同で作っている。そこでは投機や作物の出来不出来などの情報から、街道の安全情報、宿屋や用心棒のあっせんまで行っている。

 そのため、用心棒たちは新しい町や村に着けば、まず交易会館に顔を出し、仕事の依頼の確認や他の用心棒たちとの情報交換を行うのである。


「あら? 指名依頼がある」


 ホルンは、掲示板に貼られた依頼票の中に、『ホルン・ファランドール指名』という依頼を見つけてつぶやいた。依頼の中には、依頼主の好みや依頼の性質により、依頼主が依頼する用心棒を指名することがある。この場合、通常の依頼よりも料金は高めであった。


 もちろん、指名された用心棒に必ず引き受けなければならない義務は生じないが、断る場合には代わりの誰かを指名するか、本人の推薦状を持たせる必要がある。


“指名されるなんて、ホルンってば凄いね”


 そう、コドランが頭の中に話しかけてくる。


“年に何回かは指名があるけれど、この指名ってのがなかなか曲者なのよね。中には私をおびき出すために指名した場合もあったわ”


 ホルンはそう言いながら、『指名依頼票』を掲示板から外すと、詳しい話を聞きに会館の事務所に向かった。

 その後ろ姿を、会館の奥に座った灰色の髪の男がじっと見つめていた。



『ホルン、どうするの?』


 会館の職員から詳しい依頼の内容を聞き取ったホルンは、受諾を一旦保留して近くの宿屋に来ていた。


「う~ん、依頼は金塊の護送だけど、ちょっと気になるのよねぇ~」


 ホルンはそう言って首をかしげる。コドランも首をかしげて訊いた。


『金塊の量は3千ポンド。荷馬車5台に御者5人と護衛が8人。シャークリフの町からサマルカンドまでの行程のうちタラ平原の入り口から出口まで。報酬は16デナリ……この条件で、そんなに気にかかることがあるの?』

「2点あるわ。最初は護衛の区間が『タラ平原だけ』ってのが気になるわね。その区間で何かが起こることが事前に分かっているのなら、その情報も聞きたいけど、会館の職員は知らなかった……。2点目は、この依頼人、カツコフって、どこかで聞いたことがある名前なのよね、思い出せないけれど」

『ふ~ん、ホルンが乗り気じゃないなら断れば? 断れるんでしょ?』

「断るのはいいけれど、代わりの用心棒を紹介しなきゃいけないしね」


 億劫そうなホルンに、コドランが優しい声で言った。


『報酬としてはいい部類みたいだし、会館で適当に声かけたら? 病み上がりだからあまり無理するのもよくないよ』


 コドランの言葉に、ホルンはニッコリとしてうなずいた。


「そうね。じゃ、会館に行ってみましょうか」


 ホルンが会館に着いた時、掲示板の前に一人の男が立っていた。栗色の髪を短く刈り込み、青い目が掲示板をじっと見つめている。着ているものは普通の服で、単に革の胸当てをして剣を佩いているだけだが、その精悍な顔立ちと威風堂々とした態度で、ホルンは彼が用心棒、少なくとも元軍人ではないかと思った。


「すいません、相談ですが」


 ホルンがそう話しかけると、男はホルンを見て笑って言う。


「おや、貴女はホルン・ファランドールさんではないですか?」

「え、はい、そうですが」


 ホルンが目を丸くして答えると、その男は丁寧にお辞儀をして言った。


「わたしはウラジミール・カツコフと申します。今、貴女が手にしておられる依頼票の主です」

「そうですか」


 ホルンは、折よく依頼主に出会ったので、自分が気にしていることを直接尋ねてみた。カツコフと言う男はいちいちうなずいて聞いていたが、


「そうですね。ホルンさんの疑問ももっともです。実は、私の隊商はいくつかの盗賊団に狙われているのですが、そのうち最も厄介な『タルコフ猟兵団』がタラ平原で襲撃を仕掛けてくるという噂を聞いたものですから、急遽、ホルンさんに護衛をお願いしようと思い立ったわけです。ガラーバードでのご活躍を耳にしたものですからね」


 そう答えて笑う。ホルンはうなずいた。


「分かりました。そう言うことなら、私がお役に立てるのであればご協力しましょう」


 ホルンが答えると、カツコフは喜色満面に、ホルンの手を取らんばかりに喜んで言った。


「そうですか! これで安心だ。では、3日後に『タラ平原』の入り口の町、ヴェストタラバードの郊外でお会いしましょう」


 ホルンはうなずきながらも、ふと、何かを見落としているのではないかと言う気持ちが浮かんできた。しかしそれも、カツコフの人懐こそうな笑顔にまぎれてしまっていた。


               ★ ★ ★ ★ ★


 ホルンは次の日、チタの村を出た。ここからヴェストタラバードの町まではゆっくり歩いて1日で着く。ホルンは急ぐともなく歩いていた。


「待ち合わせは、明後日の7点半(午前9時)か。ヴェストタラバードでゆっくりする暇はあるわね」


 そう言いながら、ホルンはふと、自分の気持ちが何やらざわついているように感じて押し黙る。


『ホルン、急に黙りこくっちゃって、どうしたのさ?』


 コドランが心配そうに訊く。ホルンの体調がまた悪くなったのかと思ったようだ。


「え? いや、何でもないわよ。ただ、昨日から私は、何かを見落としているような気がしているのよね」

『それは、今度の仕事に関すること?』


 コドランはホルンの顔の横に浮かんで、ホルンの顔色を見ながら訊く。


「うん、ドワーフの村にいた時から、なんか記憶があいまいな部分があって、そのせいかもしれないけれど」


 冴えない顔色のホルンを心配して、コドランがわざと明るく言った。


『まあ、町に着いたらおいしいもの一杯食べて、ゆっくりしようよ?』

「……そうね、答えの出ないことをいつまでも考えていても仕方ないから、コドランの言うとおり、ヴェストタラバードに着いたら、ご飯食べてゆっくりしましょうか」


 そしてその日の夕刻、ヴェストタラバードに着いたホルンたちは、早めに宿を取って、早めに食事を済ませ、ゆっくりと宿で休んだ。



 そして約束の朝。ホルンはいつもより早く起きると、軽い食事をとった。

 隊商と合流したらすぐに戦闘が起こるかもしれないので、仕事にかかった後は、お腹は常に空かしていた方がいい。お腹一杯の時に、腹にダメージを受けたら、場合によってはそのまま死につながることがあることを、用心棒たちは経験で知っているからだ。そのため、用心棒たちは、一日の食事をわざと5・6回に分けて摂り、一回の食事をできるだけ腹にたまらないものにしているのである。


「さて、行くかな」


 約束の7点半(午前9時)が近づくと、ホルンはそう言って槍を片手に部屋を出る。今度の仕事は、自分の行き先と同じなので、サマルカンドまで一緒に護衛でついて行ってもいいと思っているホルンだった。


『ホルン、ぼくは念のために先に郊外の様子を見に行くよ。何かあったら知らせるね?』


 コドランがそう言ってふわりと飛び立つ。この仔ドラゴンは良く気が付くし、戦闘能力も仔ドラゴンとしては破格に高い。


「ありがとう。いつも悪いわねコドラン」


 ホルンは笑ってコドランを見送った。



「いいか、今日はアムールやジェシカの弔い合戦だ。相手は凄腕だが女一人、こちらは500人から揃っている。必ずホルン・ファランドールの息の根を止めるんだ」


 ヴェストタラバードの郊外では、カツコフがそう言って配下の兵士たちに檄を飛ばしていた。彼らは、ホルンが来ればそこで馬車を待ち受けるであろうと予測される地点を俯瞰する、低い丘の上に陣取っていた。


「ホルンが現れたら、奴には見えないように稜線のこちら側を使って包囲する隊形に持っていく。俺が最初に奴と話をするから、その間に突撃準備を整えておけ」


 カツコフは、信頼する逞兵500人の顔一人一人を見ながら命令した。



「この辺りでいいかな」


 ホルンは、ヴェストタラバードの東門を抜けて5ケーブル(この世界では約925メートル)くらいのところで足を止めた。ここには、ヴェストタラバードから発する荷馬車のわだちと、遠く北方にあるシャークリフの町からの荷馬車のわだちが交差する場所である。


「そろそろ7点半ね」


 ホルンは北の方向を見つめていた。この辺りは北側はだだっ広く開けていて、かなりの遠くまで見渡すことができる。太陽が高くなってきているので、陽炎が立って地平線近くはゆらゆらと揺らめいて見えるところもある。


 ホルンは、しばらく北の方角を目を細めて見つめていたが、遠く平原が広がっているのに、人の姿一つ見えないことをいぶかしく思った。ホルンは上空にいるコドランに問いかけた。


「コドラン、そこから北側に馬車の列が見えない?」

『う~ん、さっきから見ているけれど、何も見えないなぁ。遅くなっているんじゃないかな?』


 その瞬間、ホルンははっきりと悟った。


“これは罠だわ! コドラン、姿を隠してちょうだい”

“えっ! わ、分かった”


 コドランはいきなりホルンが鋭い口調で言ってきたので、慌てて身を隠す。それと同時に周りをぐるりと見回してみたのはさすが気が利くコドランである。

 コドランは、ホルンが見ている北側ではなく、東側に何百と言う人間が蝟集しているのを見てびっくりした。どうして今まで気がつかなかったんだろう?

 人の群れは、明らかにホルンを狙っているように、丘の稜線を使ってホルンを包囲するような動きを見せていた。


“ホルン、東側に何百人もの人間がいる。今、北と南に展開中だよ。弓は持っていないみたいだけれど、みんな武装している”


 それを聞いて、ホルンはサッと槍を持ち直して、ゆっくりと東へと向き直った。ホルンの目に、丘を笑いながら降りてくる人物が映った。カツコフその人だった。


「来たわね」


 ホルンは、ゆっくりと槍の鞘を払った。そして、男たちが自分を包囲するのを冷たい目で見つめていた。


「あなたたちが『タルコフ猟兵団』ね?」


 ホルンは、この場にそぐわない静かな声で聞く。男たちの中から、指揮官と思しき人物が前に出てきて言った。


「よう、お久しぶりだな、ホルンさん」


 男はカツコフだった。この仕事をホルンに依頼した張本人である。それを見て、ホルンは目を細めて言った。


「……大体分かったわ。誰の意趣返しかしら?」

「おお、さすがに話が早えな。以前、俺の部下があんたにやられているんだ。なかなか筋がよくて期待していた部下だったが、ある仕事であんたに根こそぎやられちまった。50人もな?」

「……なら、これ以上何も言う必要もないわね? さっさと片づけましょう?」


 ホルンは言うと、さっと身構えた。カツコフもニヤリとして部下に下知した。


「やっちまえ!」



 カツコフの部隊は、非常に統制が取れていた。10人の小隊長がそれぞれ50人の部下を手足のように使い、前後左右から波状攻撃を仕掛けてくる。特に、後方にも100人ほどが回り込んでいるので、ホルンは全方位に気を配らねばならなかった。


「はっ!」


 ホルンは、完全に包囲されてしまった中で、次から次へと突っかかってくる敵を根気よくあしらいながら、相手の弱点を探した。現状で言うと、ホルンは周りすべてが敵なので、思い切りよく槍を振り回すことができる。しかし、敵は味方を傷つけることを恐れて、一斉に飛び掛かることができないでいた。その点だけがホルンのアドバンテージだった。


 ……しかし、これだけ統制が取れた動きをする敵だから、損害を恐れず一斉に突っかかってくることも戦法としてはアリだわね。


 ホルンは、周りを見ながらそう思う。カツコフは戦場の焦点を離れ、丘の中腹からこちらの動きを見ながら指示を出している。相手はホルンの動きが手に取るように見え、ホルンには相手の動きの全体像は見渡せない。


 ……と、そう思っているはずだわ。そこに付け入るスキがあるかも。


 ホルンは、じっとその時を待っていた。隙を見つけて包囲を破れば、また別の戦いようがある。今のように防戦一方で一瞬も気の抜けない状況からは抜け出せる。


「やあっ!」


 ホルンは、左手から三人が横並びに仕掛けて来たのを、相手の剣が届く位置に入る一瞬前に槍を払って三人同時に斬り伏せる。同時に後ろから斬り込んできた敵の剣を石突で払いのけ、そこに『魔力の揺らぎ』を叩きつける。


「ホルンが包囲を破るぞ! 第8小隊はすぐに第5小隊の後ろをカバーしろ!」

“ホルン、左手の敵の陣形が乱れた!”


 コドランが上空から見た敵の陣形をすぐさまホルンに知らせる。ホルンはニコリとすると、左手から来る敵の頭上を『風の翼』で跳び越える。


「えっ? ぐわっ!」


 目の前に突然現れたホルンにひるんだ敵を槍で突き倒し、そのまま包囲を破って丘へと駆け上がった。


「いかん、ホルンをもう一度包囲しろ!」


 カツコフが叫ぶが、既に包囲を脱したホルンは、カツコフの方に突進してくる。ホルンの突進を見て、


「待てホルン、尋常に勝負だ!」


 と、包囲していた兵たちが我先にと追いすがってくる。


「部隊長殿、下がってください!」


 カツコフを守っていた指揮班の兵たちが叫ぶ。指揮班のうち4・5人が、剣を抜いてホルンの方に駆けだした。

 しかしホルンは、それを見てニコリとすると、いきなり後ろを振り向いて『風の翼』を発動させ、自分を追いかけてくる部隊の最後尾まで、約2ケーブル(約370メートル)程度の距離を軽々と跳躍した。


「私は逃げたりはしないわよ。勝負したかったんじゃないの?」


 ホルンは、人間業とは思えない跳躍を目の当たりにして固まっている兵たちを、ショックから立ち直らぬうちに槍で突き倒し、薙ぎ払う。


「くそっ! 奴は人間か?」


 カツコフは、ホルンの人間離れした機動を見て歯噛みする。こんなに魔力が強いとは思わなかった。自分たちの想像をはるかに超えていた。


 ホルンは狡猾だった。兵の密度が薄いところを見つけ出しては、そこで槍を振り回し兵力を削る。敵兵が集まりだすとダッシュして兵たちをかき乱し、密度が低いところに躍り込んでは槍を振り回した。そして、敵が集まる気配を感じるとすぐに跳躍する。そうやって、カツコフの兵力を少しずつ削いでいった。カツコフの兵たちは、あちこちに飛び回り、逃げると見せて斬り、突くというホルンの戦い方に処置なしだった。

 ただ、少し離れたところからホルンの戦いぶりを見ていたカツコフは


 ……ホルンの戦い方にはいくつかのパターンがある。


 と見抜いていた。そして麾下の兵力が200人を割ったころ、カツコフは指揮班に


「私も戦闘に加わる。私の左右と後ろを守ってくれ」


 そう指令を出し、指揮班と共に丘を駆け下りた。



「そろそろ諦めて降伏しなさい。そしたら私も無益な戦いを止められるから」


 ホルンがそう言うが、敵兵は聞かない。もともとカツコフたちが所属する『タルコフ猟兵団』は、軍隊を基本として編成された部隊である。上官の命令がない限り、兵たちが自己の意思で戦闘を放棄することはあり得なかった。


「仕方ないわね。はっ!」


 ホルンが、何十度目かの跳躍をしようとした時である。


「逃がさぬぞホルン!」


 そうカツコフの声がすると同時に、ホルンは右の太ももの裏に熱い衝撃を感じた。


「きゃっ!」


 ホルンは空中でバランスを崩したが、さすがに無様に地面に叩きつけられることはなかった。左足から着地して右ひざをつく。ホルンはゆっくり立ち上がると、右足に突き刺さった棒手裏剣を抜き取った。幸いに、毒は塗られていないようだ。


「ちょっと油断したわね。まあ、戦い方のパターンがマンネリになっていたからしょうがないけれど」


 ホルンはそうつぶやくと、周りをすっかり包囲した敵をぐるりと見回して言う。


「……かれこれ半時(1時間)も戦っているわよ? そろそろ終わりにしない?」


 しかし、誰も答えない。兵たちは剣を構えたまま、じりじりと包囲輪を縮めてくる。ホルンはため息とともに言う。


「はあ、しつこいのは嫌われるわよ? これだけはやりたくなかったけれど。コドラン、お願い」


 ホルンがそう言うと、コドランは姿を現し、ファイアブレスを円状に放った。


「おおっ!」


 カツコフは、ホルンが傷付き、包囲輪に捕らえられたことで『よし、勝負はこれからだ!』と麾下の部隊に損害を顧みない一斉攻撃でホルンを仕留めるような命令を出そうとした。その瞬間に、コドランからの火炎放射で麾下の兵が全滅するのを見て、カツコフは悲痛なうめき声を上げた。


「……ホルン、俺が相手だ!」


 悲壮な顔色で部下たちの断末魔を見つめていたカツコフは、剣を抜いてそう叫んだ。ホルンは、槍を横に立てると言う。


「あなたは部下の弔い合戦だと言ったわね?」

「そうだ。俺の可愛い部下を皆殺しにしたお前を許さん!」


 カツコフが震える声で叫ぶと、ホルンはため息をついて


「最初からあなたと私の一騎討ちでよかったのよ。私はあなたの、部下を思う気持ちに免じてこの勝負を受けたのよ? それをいつまでもあなたが出てこないから、しなくていい戦いを半時もしちゃったじゃない」


 そう一気に言うと、再び槍を構えて言った。


「さあ、今度こそ人混ぜしないでの勝負よ」


 カツコフは、ホルンの言葉をうつむいて聞いていたが、やがて晴れ晴れとした顔を上げてホルンに言った。


「ホルン殿、面目ない。そなたの言うとおりだった。最初から俺があんたに挑めば、あたら部下たちを死なしたり傷つけたりせずに済んだんだ。その反省も込めて、いざ参る。他のものは手出し無用だぞ!」


 そう言うと、両手剣を大上段に構えてホルンに突進してくる。


「はっ」


 ホルンは、カツコフの剣を槍で受けようとしたが、勘に従い後ろに跳ぶ。カツコフは両手剣を軽々と操り、大上段から斬り下げると転瞬の早業で右に払った。


 ……迅い! こんなに速い両手剣遣いなんて初めて会ったわ。


 ホルンはそう思った。あのまま槍で受け止めようとしていたら、おそらく右への払いで胸か腹をざっくりとやられていたかもしれない。


「せいっ!」


 後ろに跳んだホルンを追うように、今度は左への払いが来た。そしてまた瞬きするほどの時間で左下からの逆袈裟が来る。カツコフは刃渡り1.5メートルもある長剣を、片手で操っていた。


 ……両手剣を片手で操るって、反則に近いわよね。


 ホルンはそう思うと、槍を引いてけら首近くを握り、カツコフに肉薄した。


「おおっ!」


 両手剣は、長くて重たいが、剣であるゆえに槍よりは近距離での扱いに優れる。しかも長いゆえに手槍程度であれば中距離でも互角に戦える。

 カツコフは、この特性を生かして


 ……槍では邪魔になる程度の距離感で戦えば、こちらが有利だ。


 と考えていた。しかし、ホルンが槍のけら首を握ったことで、『死の槍』は剣と同様の扱いやすさとなり、しかも両手剣の攻撃範囲のずっと内側、いわゆる懐に飛び込まれてしまったのである。


「くそっ!」


 とても槍対長剣とは思えない間合いで、ホルンとカツコフは火を噴くように斬り合った。両者の間は1ヤードも離れていなかったのだ。ここまで距離を詰めてしまったならば、逆に自分の本来の間合いに戻そうと距離を開けた方が不利になる。


「やあっ!」「おっ!」


 ホルンの『死の槍』がカツコフの左腕をかすった。このままでは速さで不利になると悟ったカツコフは、左袈裟を放つと同時に右足でホルンの顎を狙った。


「やっ!」


 ホルンは、間一髪でカツコフの蹴りをかわし、そのまま槍の間合いまで飛び退った。その時には通常の構えに戻っている。


「……さすがに簡単には討たれてくれないな。ホルンさん」


 カツコフは笑って言う。しかし、その額にはじっとりと汗がにじんでいた。


「それはお互い様ね」


 ホルンもそう言って笑う。若いホルンと言えど、1時間に及ぶ多人数との戦いの後だけに肩で息をしている。


「俺もあんたとの戦いをもっと楽しみたいんだが、そうもいかなくてな?」


 カツコフはそう言うと、いったん剣を鞘に戻し、目を細めて息を整えた。その右手は剣の柄を握っている。刀で言えば『居合』と同じく、一瞬の抜剣で勝負を決しようというのだろうか。

 ホルンは、カツコフの身体の周りを、紅蓮の炎が包んだように見えた。カツコフのエレメントは『火』らしい。『風』をエレメントとするホルンにとっては、嫌な相手だった。


 ……あの炎の揺らぎが止まった時に、来る!


 ホルンはそう悟り、『死の槍』を正眼に構えた。



 その時、

 カツコフが、

 消えた……。



 一瞬の後、互いに飛び違えた二人は、さっと相手の方を向き直った。


「ぐっ……」


 ホルンは、右肩から左脇まで切り裂かれて呻いた。ホルンの胸当てと腹巻が切り裂かれて地面へと落ちる。その下からは血に染まった服がのぞいていた。


「……恐るべき魔力だ」


 カツコフは、手ごたえから『ホルンを完全に捉えた』と確信したが、案に相違してホルンの傷は思ったほど深くはなく、むしろ自分の両手剣がぽっきりと中ほどで折られていたのにびっくりしてつぶやく。以前、ガイ・フォルクスが胸当てと腹巻に込めていた『水』の強化魔法の威力だった。


「しかし、次で俺の勝ちだ」


 そうつぶやいたカツコフの瞳が凍ったようになり、口からは一筋の赤い糸が垂れた。その糸はだんだんと太くなり、やがて


「ぶふぁっ!」


 カツコフが鮮血を噴くと同時にその革の胸当てがざっくりと二つになる。その傷口からおびただしい鮮血をまき散らしながら、カツコフはそのまま仰向けに倒れた。


「……す、すごい技だったわ」


 ホルンは『死の槍』で身体を支えながら、『アルベドの剣』を血振りして鞘に納めた。ホルンは『死の槍』でカツコフの剣をさばきつつ、『アルベドの剣』を抜き討ちにしたのだった。

 ホルンは、左手に『魔力の揺らぎ』を集めると、そのまま胸から腹にかけての傷に手を当てる。緑青色の優しい光が傷口をだんだんと癒していき、しばらくして出血が止まる。


「さて……」


 ホルンは肩で息をしながら立ち上がると、遠くで固まっているカツコフの部下たちに言った。


「この名誉ある戦士を厚く弔ってあげて。私が戦った中で最も手強かった戦士のうちの一人だったわ」


 カツコフの部下たちは、慌ててカツコフの遺体を抱えていずこかへと去って行った。



 ホルンは、遠ざかるカツコフの部下たちが見えなくなったころ、ゆっくりと腰を下ろして丘の中腹に寝転がる。今はとても身体がきつかった。病み上がりだということもあるだろうが、それ以上に、必要のない戦いをしてしまったという気持ちの方が、彼女を疲れさせたのである。


『ホルン、大丈夫だった?』


 コドランが側に来て訊く。ホルンは目を閉じたままうなずいた。


「大丈夫。ちょっと気を落ち着かせたら、元に戻るから」

「そうあっていただかないとね。ホルン・ファランドールさん」


 ふいにそんな乾いた声が響く。ホルンとコドランは声のした方を見てハッと身構えた。

 そこには、灰色の髪を長く伸ばした男が立っている。灰色のマントを地面に引きずるようにして着ており、やつれた顔に細く、狂気じみた光が宿った瞳をしていた。


「あなたは?」


 ホルンは油断なく『死の槍』を引き寄せながら訊く。男はヒッヒッと甲高い声で笑った後、乾いた声で言った。


「私はエミオット・ジル。王の命によりそなたの命を貰い受ける」


   (10 殺戮の平原 完)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。この回と次の回は、ホルンとザールの邂逅へと続きますが、戦いの連続で気が抜けません。

次回『運命の邂逅』は明日アップします。お楽しみに。

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