第230話 圧倒的な力 無力な自分
キモい顔って普通に傷つくんだけど……とりあえずこの2人に、なにかされない様に俺が前に出るしかない。さっきから蘭のアイテムボックスを使おうとしているが、空を切るだけだ。糞、戦う手段が無さすぎる。隙あらばリュイのそばに行こうとしているが、隙が無さすぎる……。
「まあ座りなよ」
男が言葉を発すると、立ち上がっていた俺やアナスタシアが強制的に座らされる。天虎の言霊だって俺には効かなかったはずなのに。
「言霊じゃないからね。そこの神獣ちゃんは、視えないまでも、存在は感じているみたいだね」
「鬼ですか?」
蘭の質問に男は、満足げに微笑む。
「正確には式神の前鬼、後鬼だよ。僕がもっとも使いやすい式神で、君達を座らせているんだよ。手前にいた3人を倒したのは、漠さ。3人共状態異常に耐性が強かったけど、まあ理が違うから関係ないけど」
バクって夢を食うとか言う、妖怪か?
「まあその話は良いや。先ずはこの世界と地球だけが、繋がりやすい理由はね、対の世界だから。鏡合わせ、コインの表と裏みたいなもんなのさ。君は神や神獣に対して違和感を持ったんじゃないかな? 名前、姿、何故異世界の神なのに、ここまで似通ったのか」
それはある。外なる神以外の神や神獣の特性や姿や、逸話が地球にある物と似通い過ぎている。
「世界創生の折に、創造神とアルテミスから世界を安定させる為に打診を受けて、僕が神獣に昇華したんだよ。そこからの絆や生きてきた歴史、影響された物迄は知らないけどね」
アルテミスだと? またあの糞ビッチか。
『世界創生って、あんたなんなのよ……それに創造神様が世界を造ったのは、なんとなく理解できるわ。だけど月の女神が関わっていたなんて話、聞いた事がないわ!』
「君達が無知なだけと切り捨ててもいいんだけどね。まあ説明するって言った手前見せてあげよう」
男が御幣を振るうと、創造神、糞ビッチ、目の前の男が2つの丸い球体を囲んでいる姿が映し出される。
「創造神が、生命と善なる部分、糞ビッチが、生命に知恵と悪意をそれぞれ与える。
創造神は世界の光として、糞ビッチは世界の闇として、世界を育んでいく。
目の前男は神獣に世界のバランスを守護する役目を与える。
創造神は精霊を生み出し、世界の成長を促す。
糞ビッチは魔を生み出し、世界の成長を促す。
こうして、世界は作られていく。精霊や神獣は、世界が育ち役目を忘れてしまったけどね」
男が、御幣を振ると見た事が無い男が2人が映しだされる。男2人は言い争っているみたいだが……。
「片方はアンラマンユ悪神さ。君達の敵だね、アンラマンユはね、2つの世界を壊そうとしている。2つの世界が壊れた時に手に入る負の力が欲しいからね。もう片方は君の父親ノーデンス。彼は悪神を監視し、どうにか破壊を止めようとしているみたいだけど、悪神はそれに気付きノーデンスを時の檻に幽閉した」
糞親父、捕まってんのかよ! もったいぶりまくって幽閉って……。
「悪神が手を出すまでもなく、この世界は終わるんだけどね」
えっ? 何故? 悪神のせいじゃないのか?
「驚いてるみたいだね。世界にも寿命があるのさ、地球が、この世界の寿命を蝕み過ぎた。地球は人が溢れ、緑が減り、動物が減った。住む場所がなくなり、人里に降り、人里に降りた動物はどうなるかわかるよね?」
俺や蘭には思い当たる話だった。こちらに来る直前に行った赤山も開発のせいで、生態系が乱れていたから。
「この世界を栄養にし、地球は生きながらえている。だから悪神がなにをしようがこの世界は終わるのさ。生かすすべはあるけど、それができる人間は既に他の世界を救って、礎になっているから事実上助かる道はない」
じゃあこの世界に住んでいる人達は、地球のせいで死ぬのか? そんな身勝手な事が許されるのか? こっちが上位世界だったんじゃないのか?
「確かに上位世界だよ。だから地球よりもエネルギーが豊富だったんだ。生命の循環も効率が良かったしね、戦いが常にある世界だから。アルテミスが邪神に狙われている理由も話そうか?」
糞ビッチの話はいらん! それよりもこの世界を守る方法だ!
ドアが不意に開かれた。
「紗香、どうして」
そこには紗香さんが、巫女服で立っていた。
「蘭ちゃんに、洋一君久しぶりね。初めまして、星冥様。私この世界の女神になった、元地球人の柊紗香と言います」
紗香さんは、星冥に頭を下げ、俺達の側までゆっくりと歩いてくる。星冥は目を細め笑う。
「私の力はもうお分かりでしょう? アルテミス様が封印した、魔力大活性、この力を神界で修練を積み、練り上げました。はるか昔世界を救った方と同じ様に、私がこの世界の礎になります。女神の座はアナスタシア様に御返し致します」
紗香さんがなにを言っているのか、理解したくない。
声を上げて止めたい、だが声もでないし、動けもしない。退け! 離せ! 糞鬼い!!
『ちょっちょっと紗香、貴女言ってる意味がわかってるの? 貴女この世界の為に死ぬって言うの?』
紗香さんは、アナスタシアの言葉に優しい笑みを見せ、俺の頭を撫でる。
「私は、私と洋一君の故郷の地球も、この世界も好きなのです。どちらも争いは有ります。人の愚かさや傲慢さも変わらないかもしれません、それでも私は2つの世界を護りたい。その礎になりたい」
「進んで生贄になると言うんだね?」
「はい」
紗香さんは星冥に対し、淀みない返事をしている。糞親父の力でも、邪神の力でも良い、この拘束を解いてくれええ!! 紗香さんを生贄させる訳にいかないんだ! 堺さんでも創造神でも良い! この状況を変えてくれよ!
「困った時の神頼み。邪神や外なる神に助けを求めるなんて、君は変わってるね。彼等が来たところで、なにも変わらないし、なにもできないけどね」
「━━洋一……今助けてやるからな……!」
フラフラとした足取りで豪爺いと師匠が入ってくる。
「柊紗香、君がなにかしたのかな? 漠の夢から引き戻すなんて、中々やるじゃないか」
「死ね!」
師匠が脱力した姿勢から、一気に斬りかかるが、星冥は御幣を軽く振るう。
パキンと小さな音を立てて、師匠の剣が崩れて行く。師匠は膝を突き倒れ、腕は、見るも無残な形になっている。
「戦いなんて無益だよ。君達じゃ朕には届かない」
「━━チッ葵! お前達は、動きを縛られてるのか……! ならやはり、貴様を叩く! 俺に宿る御使の力を命と引き換えに全て解」
豪爺いは続きを喋る事無く、血を吐きその場に倒れ伏す。
「命と引き換えなんて、君の命程度では御使の力にも届かない」
『葵! 黒岩さん! もうやめて……やめてよ!』
師匠が倒れ、豪爺いが倒れアナスタシアが泣いている。
「騒がしい女神だ、品が無い。後鬼締め上げろ」
アナスタシアが宙に浮き、アナスタシアの首からミシミシと音が鳴り響く。このままじゃアナスタシアが死ぬ?
俺の心臓が早鐘の様に鳴り出す。
「お……ま……えええ!!!」




