第182話 帰るまでが遠足
蘭とリュイは、弄りながらも俺を励ましてくれる。凄くありがたい。だけど、たまにはかっこつけたかっな……あれ? アナスタシアが口を開けて固まってるな。あっハエが口の中に入った、汚え……。
『うげっ! ペッペペ! あり得ないなんで、なんで彼奴が……!』
彼奴? アルテミスの事か?
「アナスタシア、お前どうしたんだ?」
アナスタシアは俺の声に反応し
『どうしたもこうしたもないわよ! さっきの女! 月の女神じゃない! なんであんな大物が……』
次の女神? 先ず彼奴は女神じゃないから訂正しないと。
「アナスタシア落ち着け、彼奴は女神じゃない。糞ビッチだ、わかるか? 糞ビッチだぞ?」
アナスタシアに言い聞かせるように言うと
『そうね、糞ビッチ……ってバッカじゃないの! あのね、あの女神はこの世界だけじゃなく、全ての世界の月と夜を総ているのよ? それがどれだけ凄い事かわかっているの?』
どれだけ凄いって言われてもな、俺は地球とこの世界しか知らんのだぞ。
「まあよくわからん事は置いておこう。アナスタシア、俺って人間か? なんか脳足りんみたいな名前の奴が、人間の中に入って人間との間に産ませたらしいんだが」
アナスタシアは、額に手を当てため息をつく。なんなんだ? やっぱり人間じゃないのか? せめてそこだけでもハッキリさせたいんだけど
『地球でのあんたの事なんて知らないわ』
そりゃそうか、俺と蘭はアルテミス経由だしな。
「そっかまあそうだよな」
俺の足を蹴り、痛がるアナスタシア。こいつは学習しないのか? 涙目じゃないか。
『痛ーい!! もう、最後まで話は聞きなさいよ! 地球でのあんたは知らないけど、私の世界に来てからのあんたは知ってるわよ! 無礼で、馬鹿で、スケベで、悪賢くて、意地悪で、童貞で、泣き虫で……優しくて、人の為に行動できる、私の世界の人間よ!』
私の世界の人間、俺がこの世界の人間……?
『なに不思議そうな顔をしてんのよ! どんな事情かは別に興味ないけど、あんたは向こうで死んで、こっちで子供にされたとしても、今ここで生きてるでしょ? あんたの魂はここにあるんでしょ? あんたが死んだら私が輪廻の輪に戻してやるわよ。女神としてね』
歯に噛みながら、サムズアップして笑うアナスタシア。
「ありがとうございます」
嬉しくて涙が……
『なになにー? 感動しちゃった? 泣いちゃう? 泣いちゃう?』
うぜえええ!! なんなんだよこいつ! 人がせっかく素直に御礼を言ったらこれだよ! 鼻を膨らまして、ドヤ顔しやがって!
「くらえ!」
アナスタシアの鼻に指を突っ込む。
「必殺洋一式、鼻フックデストロイヤー!!!」
説明しよう! 鼻フックデストロイヤーとは、相手の鼻の穴に指を突っ込み持ち上げる恐ろしい技だ!
『ほんぎゃあああああああ!!!』
「ワハハ! どうだアナスタシア! 俺の必殺技!」
『あんた最低! 鼻めちゃくちゃ痛いじゃない! 広がったらどうすんのよ! 私の美貌が崩れたら責任取りなさいよ! で、これからどうすんの? 月の女神をき「いかん! 絶対にいかん!」あっそう……じゃあケリュネイの神殿に行く? 瘴気は無さそうだけど』
ケリュネイの神殿か、まあ瘴気が無いなら行っても意味がない気はするが、一応行くか。
「大和さんはどうします?」
大和さんがついて来てくれないと、ケリュネイがもし起きたら困るんだけど……。
「んー色々めんどくせえ名前が出て来たからなあ。まあケリュネイも運ばなきゃならんだろうから、一緒に行くとするか」
そう言うと大和さんは、片手でケリュネイを担ぐ。
「ああ、その前に。破っ!」
大和さんが首に向けて、気合いの入った掛け声と共にデコピンの仕草をする。
強烈な風が吹いたと思ったら、プロジェクターとかしていた首が粉々になる。
「ちゃんと後始末はしとかないと、気持ち悪いからな」
「デコピンの風圧だけで首が……」
「違う、違う。指弾って言うんだよ。知らないか? 小石を爪で弾いたんだよ。わざわざケリュネイを担いだまま戻るのが、めんどくさかったからな」
小石で頭が弾けるの!? 大和さんはなんでもありだな。
「ほれ行くぞ。葵はそこの男を引きずってこい、めんどくさかって殺すなよ?」
「はーい」
めちゃくちゃ気のない返事だが、言われなかったら、始末する気だったのか? 師匠、恐ろしい子!
神殿の前に戻ると、大和さんはケリュネイを放り投げ……えっ投げた!?
━━ズンッ!
ケリュネイを投げた衝撃波で、虎次郎がアナスタシアと一緒に吹き飛ぶ。
「重い! それにケリュネイ、お前もう気がついてんだろ?」
『……乱暴者目。試練を越えた男と、神獣、それとアナスタシア様、貴方達だけ神殿に入る事を』
大和さんが鋭い目をしながら
「俺達もいいよな?」
ケリュネイの言葉を遮り、不適に笑う。怖いよ大和さん……。完全に脅しだよ。
『グッ……不本意だが仕方ない。神殿を壊さない事を誓え、絶対に傷つけるんじゃないぞ』
弱々しく言うとケリュネイは俺達の前から消えた。
「よーし、点呼をとるぞー。皆んないるかー?」
『はーい! アタチいるよ!』
『僕もいるよ!』
アースもう回復したのか? 回復したならよかったんだが、二人とも何故、俺のポケットから出ないんだ?
精霊の二人が元気よく手を挙げて返事をする中、蘭と師匠は露骨に嫌そうな顔をしている。
『私と虎次郎もいるわよわ!』
『ガウッ!』
アナスタシアが返事をした後、大和さんが俺をめちゃくちゃ見ている。
「ひっ柊洋一、いまーす」
めちゃくちゃ恥ずかしい。
「後二人!」
蘭をジッと見つめる大和さん。
「はあ。蘭います……」
蘭が羽根を挙げて返事をする。蘭良くやった! 恥ずかしいよな、だけどすまん大和さんは、誰にも止められないんだ。
「後一人!」
師匠は顔を逸らして返事をしない。
「後一人!」
大和さんは師匠の前に行き、師匠の手を無理やりあげさせる。
「痛い痛い!! わかったよ! 葵いるよ!」
大和さんは、師匠から手を離し満足そうな笑みを浮かべ
「よし! いいか? 帰るまでが遠足だからな!」
遠足なのか? しかも神殿に入るだけだぞ?




