第175話 フレアイグニッション
俺達が話をしていると、場にそぐわない子供がなんの前触れもなく現れる、子供の目に白目は無く漆黒でボーダー柄の半袖に短パン、髪は黒くボサボサで痩せ細っていた。
子供はケリュネイに近づくと口を大きく開け、ケリュネイの首を喰いちぎった。首を喰いちぎられたケリュネイの胴体から大量の血が噴き出す。
「あー! あー! あー!」
子供は喋れないのか、あー、あーと繰り返す。その声を聞くだけで恐怖を与えてくる。だが俺以外の誰もその異常さに気づかない、大和さんですら気付いてない。
あまりの恐怖に俺が瞬きをすると、ケリュネイの首は何故か繋がっていて、皆んな普通にしている。
俺が見た光景がまるで幻だったかのようにすら感じるが、俺が感じた恐怖感や、身体から出た冷や汗がこれは夢や幻ではないと物語っている。
自分の身体が、心が全力で警鐘を鳴らしている! やばい、早く皆んなに伝えなければ!
「皆んな! ケリュネイを護って! 変なガキが来る! ケリュネイの首が食べられる!」
俺の辿々しい言葉に蘭だけがなんの疑いもなく動いてくれた、蘭は直ぐにケリュネイの側に飛び防御結界を多重に展開する。流石蘭だぜ
『ヨーイチどうしたの?』
リュイが不思議そうにしているが、今はそれどころじゃない……
「柊君? なんの気配もしないが……いやケリュネイの首の側に揺らぎ……別次元か! 破ッ!」
大和さんがケリュネイ首の近くまで飛び、近くに拳を突き出す。突き出した大和さんの拳を掴む小さな手が見える。
「葵! お前は蘭ちゃんとガードに回れ! このガキ強ええぞ! オラッ! 離しやがれ……ってんだよ!」
強引に手を振り解く大和さんの拳からは血が流れていた。師匠はそれを見て直ぐに剣を構え蘭の横に行く。
俺とリュイと魔力切れで動けないアースは、その場に棒立ちになっている。
「あー! あー!」
「チッなんだコイツ! 葵か蘭ちゃん鑑定は!?」
大和さんが焦っている、それは大和さんでも対処出来ないほどの敵なのか!?
「辛うじて読み取れたのは……」
蘭が言い淀む
「名前だけしかわからない! 草薙勝利って名前らしい! 色々混ざってて読みにくいけど、多分それが彼の名前! スキルやステータスは見えない!」
師匠が大和さんに大声で叫ぶ。
「チッ混ぜられちまったのか!」
大和さんは盛大に舌打ちし大剣を鞘から抜く。
草薙勝利……それは俺達がかつて救えなかった子供の名前だが、顔が違う。あれは勝利君じゃない……認められない。服は似てるけど……それだけの筈。姿がぶれて見える、泣き叫ぶ勝利君の姿が
「洋一! 気をしっかりもって! リュイ様洋一を!」
『あの時の……』
人の魂が見えるリュイの言葉が、あれが勝利君だと裏付けてしまう。リュイも俺と同じ様に酷く狼狽ている。
「葵! 二人を護って! こっちは私がなんとかするから!」
「任せて! 蘭ちゃんも気をつけて」
師匠が俺達の前に立つ。
「しっ師匠……」
「護るんだろ? 護るって決めたんだろ? 選択肢を見誤るな。甘えるな、君が護るって言った中にリュイちゃんは含まれてないのか? 化け物になるって決めたんだろ! 前を向け武器を取れ! 戦いから逃げるな! 目を逸らすな!」
師匠は俺の方を見ずに強い言葉を投げかけてきた。俺は横目でリュイの方を見ると、青ざめて涙を流し震えている。小さな拳を強く握りしめながら。
アイテムボックスから紅夜叉を取り出す。フレアイグニッションはもう使えないが、リュイを護る事くらいはできる筈だ。
「おっ俺はリュイを護ります!」
抜けそうな腰に気合いを入れ、決意を込めて前を向く。
「めんどくせえガキだなあ! お前の意思はどうした? 心まで呑まれたか? 邪神の眷属を随分と混ぜられて、自分の魂すら見失なったか?」
大和さんが勝利君の動きを牽制しながら問いかける。
「あー! あー!」
不気味な笑みを浮かべて、呻くだけで返事をしない。それどころか大和さんを見ていない。
勝利君がニヤリと笑い大和さんに攻撃をしかける。勝利君が何処からか取り出した歪な黒い長剣を使い、斬撃を大和さんに飛ばす。
「そんな甘っちょろい攻撃じゃ効かねえなあ!」
大和さんはそれを簡単にいなす。
「あー」
勝利君の長剣が紅く光る。
「あれは……」
あれはまさか……
「その技は威力が高い! いなさないで避けてください!」
師匠が大和さんに大声で注意を促した瞬間
「フレア……イグニッション」
師匠君の剣から紅い斬撃が繰り出された。
「コイツはすげえな! 起きろ雷呀」
大和さんは笑い自分の剣を拳で軽く小突く。大和さんに紅い斬撃が迫っていく。
『こんなギリギリで起こしやがって……』
「いいからいくぞ!」
俺の天眼には大和さんがライオンの様な虎の様な不思議な生き物に話しかけているように見えた。
『「天空牙!」』
大和さんの技と勝利君の技が激突する、激しい音を立て辺りの空間を傷つけていく。
一際大きな音と光りが起きたと思ったら、勝利君が膝をついている。
「ふー危ねえなあ。その技未完成だろ? 使い手がもっと優秀で、武器が俺の雷呀クラスだったら俺を斬れたかもな。殺さない様に手加減をした俺に感謝しろよガキ」
大和さんは剣を肩に担ぎながら笑っていた。
「柊君、今見た事は内緒な。まさか見られるとは思わなかったんだが……さてどうしたもんかな。魔力耐性のスキルも持ってやがるしなあ」




