第0話 金髪痴女
俺は、相棒のクマタカの蘭と共に、農家に依頼された、害鳥駆除の依頼を済ませ、細い街道を車で走る。
一車線交互通行の細い道を走っていると、前からトラックがやって来る。
道を譲るスペースも無いので、俺は一旦止まろうとし、ブレーキを踏む。
トラックはスピードを緩めず、俺達に向けて迫ってくる。
クラクションを鳴らし、俺はトラックを避けようと、慌ててバックをするが間に合わない
蘭を抱き寄せ、身体を丸くする。
蘭、お前だけでも助かってくれ……!
━━ぐしゃり
その音は、俺が地球で最後に聞いた音だった。
♢
「うわあああああ!!」
俺は情けない悲鳴をあげて、尻餅を着いた。
「あっあれトラックは⁉︎ 蘭は?」
混乱している俺の額を蘭の嘴が突く。
「ピッ!」
「蘭、お前無事だったか……。良かった!」
蘭を左手に乗せて辺りを見回すが、なにもなく異質で無機質な空間。 蘭の肌触りと暖かさに癒され、心が落ち着いていく。モフモフしてて気持ちが良い。
おっと気持ちよくなってる場合じゃない。
「蘭、ここはどこなんだろうな? 俺達一体どうなったんだ? 」
俺が蘭に話しかけていると、バーンとでかい音と、派手な光が辺りを包む。目を開けると、腰から下まである金髪の長い髪、鼻は高く、青い瞳、口は小さく、海外のトップモデルの様なスタイル。出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでる。ボンキュッボンを絵に描いたような美女なんだが、白い薄布を肩からかけてるだけだから、正直色々なところが見えている。これが痴女か……。
「私が女神アルテミス……ってちょっとあんた痴女ってなによ! 美人とかグラマーとかなら分かるけど!」
どう見たって痴女だろう、逆に痴女じゃなかったら頭のヤバイ人だろうが。
「誰の頭がヤバイって! ちょっとあんた! 私神よ、女神! わかってんの!?」
「あれ? 今、口に出してたっけ?」
「あんたの心なんて、最初から、丸見えなのよ!」
痴女の上に人の思考を覗き見するなんて、ヤバイ本格的にヤバイ、危ない女過ぎる。こう言う女とは知り合いになりたくない。美女とは言え中身がヤバすぎる。
「むっかつくわねえ、あんた」
しかもキレやすい女だし。
「それよりそこの……蘭ちゃん。こっちに来なさい」
さっきまでキレてたのに、蘭に向けて急に猫なで声を出しやがる。情緒の振り幅、デカすぎだろ。
「蘭は知らない人のところに行くはずが……って蘭!?」
蘭は俺を無視して痴女の肩にとまった。なんであんな変態の肩に?
あの痴女に痛覚は無いのか? 蘭の鋭利な爪をあんな薄布で……まっまさか!? 奴はドMか!? おいおいおい、痴女、覗きで終わりにしてくれよ、ドMまでついたら本物の化け物だぞ。
「なにが化け物よ!! 私は、女神だからこの可愛い子が乗っても痛くないのよ。あー可愛い。主人があんなに、キモくて臭くてダラシないクソ人間だなんて、本当に勿体ないわ」
クソ人間ってお前は性癖モンスターじゃねえか。蘭も蘭だ。なんであんなモンスターに大人しく撫でられてるんだ? 神パワーか?
「蘭ちゃんのオマケで着いてきたバイキンの癖に。あー生意気な人間ね! ほんと異世界人って信仰の『し』の字も知らないんだから! 」
「うっ五月蝿え! 蘭だってなあ、鷹の中じゃ神様みたいなもんだぞ! 頭が高いんだよ!」
「あんたが、神様に対して頭が高いのよ!」
頭が高いだと!? なにが神様だ、痴女の癖に! 痴女がニヤリと笑い手の平を俺に向けて来る。
「あんたみたいなオッさんは、私の神域に相応しくないわ。子供に戻してやる!」
女神の右手から、紅い光が出る。まっ眩しい! 目が眩む!
「バルスっ! おっおい、何が子供に戻すだ! あっあれお前急にデカくなりやがっ……」
女神が、巨大化しただと! 超ピンチじゃね?
「あんたが縮んだのよ! 間抜け! 私に逆らうからだわ! 子供に戻しても、目付きは悪いし、生意気だし! 可愛くない!」
「ふざけんな戻せよ!」
「戻した所で、あんたは地球じゃ死んでんのよ! だから元の世界に居場所は、ありませーんだ! あんたなんかモンスターの餌になりなさい!」
あっかんべーとか古過ぎだろ! 歳いくつだよ! ギャーギャー喚きやがって!
突如俺の足元に漆黒の穴が開く。
「はっ!?」
俺は暗い穴に落とされかけたが、なんとか穴の淵に捕まる。ぐぬぬ! この手を離してなるものか!
「さっ蘭ちゃんは、どんな力にしましょうかねえ。神獣だしい、蘭ちゃんには魔法が似合うわ! 魔導神のスキルもあげるわ。後は後は〜蘭ちゃんとお話出来る様に、叡智をあげるわーーーそれ!」
スキル? 魔導神? 叡智? なんだそれ? それよりなんとかここから這い上がらないと。
「わっ私は……」
俺の耳にアルテミスとは別の声が聞こえてくる。
「きゃわあああ蘭ちゃんが喋ったわあ! 素晴らしい、素敵! オレンジがかった目も可愛い! ワンダホー! ブラボー!」
蘭が喋った!? じゃあさっきの声は蘭!?
「アルテミス様、力を頂いて感謝します。先程……洋一が失礼な真似をして、申し訳ありませんでした」
「あーあれ? あれは、貴女のせいじゃないから気にしなくて良いわ。もうあちらの世界に送ったからね」
あちらの世界とやらに送られてたまるかってんだ!
「アルテミス様、あちらの世界とは?」
「ああ、貴方達が転生する先の世界よ。貴方達は本来死ぬ運命じゃなかったのよ。なのに担当の馬鹿死神がさ、確認もしないで
『アレ死んでるじゃん。ラッキー仕事終わりー! 』
とか言いながら、魂を狩っちゃったのよ。だから地球に戻す訳には行かなくてね、とりあえずこちらに連れて来たって話よ」
えっ? あの事故って死神のせいなのか!?
「なっ成る程、なんと言うかその」
「あっごめんね? 大丈夫よ死神にはきついお仕置きしたからね? 許して? お願い!」
俺と蘭の命を奪っておいて、お仕置き程度で済ますとは……糞ビッチめ!
「地球と違う世界なんですよね?」
「そうよ魔法もあるし魔物もいるわ! だけど安心して。蘭ちゃんは、危険な事は万が一も無いわ。まっ向こうに行っても、貴女の力なら余裕なんだけど」
魔物がいる世界に俺を突き落とそうとしやがったのか!
クッ……やばい手に汗を掻いてきた! まだだ! まだ手を離すわけには……
「だめだここまでか……」
俺は腹に力を込めて大声を出す。
「蘭、幸せになってくれ! 糞ビッチてめえは許さねえからな!」
「洋一……?」
♢
最後に蘭が俺の名を呼ぶ声が聞こえだ気がしたが……。辺りを見回して見るが、さっきまでいた場所じゃない。辺り一面は森だし、更に痴女の話が本当なら魔物がいる世界。
「あの痴女まじで殺す気かよ……洒落になんねえぞ。ここで物語やゲームとかならステータスとか見えるんだろうけど……」
ステータスオープン、開けステータス! 色々叫んだり念じてみたが何も起きないし変わらない。
ステータスがダメなら魔法だ!
メラ、ファイヤ、ウォーター、アースニードル、ウインドアロー、風よ! 嵐よ! 竜巻よ! アバン○トラああしゅ! かめは○波ー!!
「なんもでねえええええ!!!」
夢も希望も魔法もない。あるのは若返った肉体と無駄に厨二ごっこをして、傷付いたハートのみ。
「はあ。とりあえず水だけでも探さなきゃ」
鷹匠としての経験で森や林や山は歩き慣れていたので、気を取り直してひたすら歩く。
「道が全然無い。ところどころに、謎の骨みたいなのはあるし、まさかモンスターとかいないよな?」
ひたすら歩いた。するとチョロチョロと水が流れる音がする。
「水だ!」
俺は一心不乱に音の方へ走る。するとそこには頭が異様にデカく、肌は緑色で腰蓑だけを付けた、頭髪がない小人みたいな2人? が小便をしているところに出くわす。手には棍棒? みたいな木の棒を持っている。
「あっハロー? こんにちは? あのトイレ中に、大変失礼な話なんだけど、水持ってません?」
クルリと振り向いた緑色の小人の顔は、目は黄色で吊り上がり、頭からは小さい角、口からは牙が生えている。漫画とかゲームに出てくるモンスターみたいだな……。
「ぐぎゃっ! ぐぎゃっ!」
「あーあれ? 言葉が通じてないのかな?ボンジュール?」
「ぐぎゃっ! ぐぎゃっ! ぐぎゃっ!」
「いやあの……ぐぎゃっ! じゃ俺には、なにがなんだか」
棍棒を振り上げ、地面を叩き威嚇してくる。
「怒ってる? あっあのすみません、トイレ中でしたもんね? あの怒りを鎮めてくださああああい!」
「ぐぎゃっー!」
いきなり緑色の小人が大声を出す。
「あっこれ……もしかしてやばいパターン? 仲間呼んじゃうパターン?」
奥から草木の擦れる音と、ぐぎゃっ! ぐぎゃっ! と聞こえてくる。
「げえっ! 先手必勝逃げるが勝ち!」
緑色の小人達に背を向け走り出そうとした時、頭にガツンと衝撃が走る。
「いっつつ」
緑色の小人達は、頭を押さえて転がる俺をみて確かに笑った。ああこれ終わった、喰われるパターンだわ。
蘭ごめんな、俺のせいでこんな訳の分からないクソビッチがいる世界に連れてきて……。神獣がなにかわからないけど、きっと悪い様にはされない筈。なんとか生きてくれ。生きて幸せになってくれ。風を切る音が聞こえる……いつも聞いていた、蘭が飛ぶ音によく似ている。
「ははは、最後の最後で幻聴かよ、俺は何処まで蘭に甘えて」
俺の言葉は続かなかった。何故なら俺の目の前に、蘭がいたから
「洋一 助けに来たよ!」
「らーん!!!」
「多重風槍」
蘭が何か唱えた、唱えたあれ? 蘭が魔法を使ってるうう⁉︎ 緑色の小人達の首が切り裂かれていく。
「グロい、おえっダメだ蘭、吐く」
蘭が倒したゴブリン達の切断面が非常に鮮やかでグロい……紫色の血が勢いよく溢れでて……めちゃくちゃ気持ち悪い。
「おええええ」
吐瀉物を吐き出し、フラフラになってしまう俺。
「洋一? 大丈夫? 回復魔法 」
蘭が、又なにかを唱えると暖かい光に包まれ、気分が良くなっていく。
「あでぃがどう蘭」
「全く困った相棒だよ」