幕開け 利を示し続ける
柊洋一は、鷹匠として活動している。現在では害獣駆除や、農作物荒らし、動物が起こす糞害を防ぐのが主だった仕事だ。
鷹が現れると、付近の野鳥達は逃げて行く、更に野鳥は鷹が現れると生存本能からか、その付近には現れなくなる。依頼主は、農家等が多い。
鷹匠とは、今や失われつつある日本の伝統狩猟だ。古くは仁徳天皇が居た時代から続き、武道の1つとされ、織田信長や徳川家康も重宝したとされている。
♢
俺は、10歳の頃から遠縁でもある師匠の側で鷹匠としての修行をつんでいく。
贔屓目に見ても、可愛げの無い子供だったと思う。
俺は目つきも悪いし、口も悪い、おまけに超問題児。
そんな俺に、師匠がよく言っていた言葉がある。
「鷹に対して人は、利を示し続ける事が重要だ。鷹との信頼関係が築け無ければ、一流にはなれぬ」
修行は辛く何度も弱音を吐き、挫けかけたが、俺に諦めると言う選択肢は浮かばなかった。
俺にとって、鷹匠はどんなヒーローよりも誇り高くカッコイイ者だったから。
パートナーを選ばせて貰えたのは、16歳の夏。
それまでは師匠の活躍を眺めていたり、鷹の世話をしたり、修行漬けの毎日を過ごしていた。
「今は少なくなったが、クマタカと言う種類だ。コイツは、頭が良い。修行しているお前をずっと見守っていたからな。ただ忘れるな?」
蘭の瞳はオレンジ色をしていて、凄く綺麗な目をしていた。一目惚れとは、この事だろう。
「利を示し続ける事が重要だ、でしょ?」
「そうだ。蘭よ、洋一と共に歩んでくれるか?」
蘭と呼ばれたクマタカは、「ピーッ」っと一鳴きするとグローブを付けた俺の左腕に停まり、頭を俺に擦り付けてきてくれた。羽の感触が凄く気持ち良い。フワフワでサラサラ、いつまでも触っていられる。
「宜しくな! 俺、頑張って師匠より凄い鷹匠になるからさ」
それから俺は蘭と共に修行に励み続け、年月をかけて、諏訪流の試験にも合格した。
蘭と共に害鳥駆除の仕事や、大会にも出場した。蘭は、頭が良く俺の指示を良く聞き、サポートをしてくれている。
蘭と過ごす日々は、俺にとって毎日が宝石のように輝いていた。
♢
母も叔父さんも他界し、家族は今や蘭だけとなった。
鷹匠だけでは、生計が成り立たない為、俺は役場の仕事をしている。本当は鷹匠だけで、食っていきたいのだが……。
鷹匠となり24年が過ぎ俺は、ベテランの域に到達している。
役場に青いツナギを着た堺さんがやってきた。
堺さん相変わらずムキムキだな、肌も浅黒いしこの辺じゃ見ない顔立ちで、海外の俳優でも通りそうな整った顔立ち
をしていて正直羨ましい。役場の女性からもモテモテだ……。
役場はガラガラなのに、わざわざ俺の前に来たって事は、鷹匠としての依頼かな?
「柊君、赤山の方からカラスが降りてきて困ってるんだ。それに今は繁殖期だろ? 奴等普段より凶暴になってるんだよ。果樹園の方にも被害が出ているし、何とかならないかな?」
赤山は森林開発業者と村人との間でよく問題になっている、その問題とは森林開発の余波を受け、害獣被害が相次いでいるからだ。
「任せてください! カラスの数にも依りますが何とかなりますよ!」
「ありがとう! 柊君と蘭ちゃんなら安心だ」
堺さんは、自分でも獣退治ができるが、俺に仕事を振ってくれる。そう言えば、堺さんが猟銃を使っている姿を見た事がない。蘭は何故か、堺さんが来ると距離を取り近づかないんだよなあ……堺さん良い人なのに。
役場には偶に、堺さんの様に、害鳥や害獣の駆除を俺に直接依頼をしてくる人達がいるのだが……本来は役場でする話ではないが、田舎故町民達の憩いの場にもなっているから仕方ない。
俺としては鷹匠として活躍できる場面だし、村人に頼られている事が誇らしくもあり、凄く嬉しい。
♢
依頼された次の日の土曜日、蘭と共に車で赤山に行く。
赤山は、昔は野生動物も多かったが、開発の為に山をかなり削っている。
その為か、野生動物達が餌を求めて、人里に来てしまう。
今回の依頼も赤山から餌を求めて降りてきている害鳥駆除。
「蘭、今日もよろしくな。気を引き締めていこう」
俺は蘭に声をかけて、山の中へ行く。最近のカラスは、ゴミ置き場だけでなく民家の洗濯物を荒らしたり、時には人に危害を加えたりしてしまう。カラスの足は鋭利で、何針も縫う怪我をした人もいる。
カラスの取れる、餌が少なくなったから山から降りてきてるんだろう。人間のせいで、山に住む動物達が住む場所を無くす。頭では理解しているけど、心では……。
余計な思考を隅に追いやり、少し開けた場所に移動し、蘭を放つ。
「蘭、上から探してくれ頼んだぞ!」
そこから、蘭が飛んでいるのを下から見つつ、双眼鏡で辺りを隈なく確認していると
━━カー! カー!
カラスの鳴き声がする。
「蘭、頼むぞ!」
カラスの集団が蘭を警戒し威嚇しているが、蘭は大きな鳴き声を上げながら空を飛び、カラス達を山の方へ追い立ていく。
暫くするとカラスは辺りからいなくなり、俺は呼子を吹き蘭を呼び元す。
「流石蘭だ! 疲れてないか? 大丈夫か?」
蘭は照れて、そっぽを向いている。蘭が、嬉しい時に見せる仕草だ。褒めた時は、ああしていつもそっぽを向いている。
「しかし最近害獣駆除の依頼が急に増えた気がするなあ。蘭無理してないか? きつかったらちゃんと教えてくれよ」
依頼が増え蘭にかなり無理をさせている気がする。
俺にはもう蘭しか家族はいない。こいつは俺が護らなきゃ、例えどんな事があっても。
俺は、この後起きる事を予想もしていなかった……。