兄心(琉依視点)
水曜日、僕は自分の部屋で仕事をしている。昨日は会社に行ってまた昇に酷い量の仕事を押し付けられた。すぐにできるだろうから別に構わないけど面倒だな……。
仕事のことより昨日昇たちに言われたことの方が気になる。昇と小林くんと木村くんに一昨日会った美香ちゃんのことを話した。そしたら不思議ちゃんだと言われ、僕が楽しそうに女の子のことを話すなんて恐ろしいことの前触れな気がするとも言われた。どういうことだろう。木村くんは経理をしてるからその見直しを始めたし小林くんはお祓いに行こうと計画を立て始めたし昇は今の内だと言っていつも以上にいろんなところから仕事を受け始めた。なんだか失礼なことをされてる気がするんだけどどうしてだろう。
「ねー琉依兄ー出掛けよー」
「え、出掛ける?」
今日もノックをしないでいきなり開け放たれたドア。出掛けるってどういうこと、と振り向く。すると優菜の隣に美香ちゃんがいた。
「あれ?美香ちゃん?いらっしゃい」
「い、じゃなくてお邪魔してます」
「いらっしゃいましたじゃないんだ」
一昨日は面白かったなと思い出し笑いをする。赤くなってうつむく美香ちゃんが真っ赤のまま顔をあげる。ドキッ。あれ?なんだろう?
「琉依兄車だしてよ」
「もう、なんなの?通販くるんじゃないの?」
一瞬の出来事に疑問を持ちながらも話す。
「こないよ。買い物に行くから早くして」
あいかわらず困った妹だな。そう思っていると美香ちゃんが慌てて優菜の肩を揺する。
「優菜、お兄さんに話しててくれたんじゃないの?」
「言ったよ。明後日は家にいてねって」
「そういうことならそうって言ってよ」
昔からこういうところ変わらないなと思っていると美香ちゃんと目が合う。困った顔をしている美香ちゃん。困らせたいわけじゃないんだけど。
「行っても良いけど優菜僕運転上手くないの知ってるでしょ」
「普通に走る分には問題ないでしょ。細い道とか小さい駐車場が苦手なだけじゃん」
「父さんがいる時に乗せていってもらえば良いと思うけど」
「今日買い物したいの。今日たくさん買い物する気でいるんだから!!ね、美香!!」
「え、う、うーん……」
優菜に言われてぎこちなく頷く美香ちゃんに普段から優菜に振り回されてるんだろうなと思った。
「ほら!!たまには引きこもってないで出掛けようよ!!」
「引きこもってるわけじゃないんだけどまあいっか」
仕事は帰ってきたらやれば良いかな。美香ちゃんはほっとした顔をしたあと嬉しそうに笑ってくれた。美香ちゃんには困った顔より笑顔が似合う。
2人に部屋の外で待っててもらって着替えてから家を出る。車のそばまで行くと後部座席のドアを開ける。
「はい、どうぞ」
「あ、あああありがとうございます」
すごく慌てながらペコペコと頭を下げながら車に乗る美香ちゃん。やっぱり面白い子だなと思いながら運転席に座って車を出す。
「美香、今日は数字なんでしょう」
「えっと、11でしょ」
「ば……合ってる」
馬鹿なのにと言う優菜。なんの話かわからないけど女の子の話はなんだか微笑ましい気がする。
「優菜の意地悪ー!!私そんなにお馬鹿じゃないのよ!!」
「すごいすごい」
「棒読みー!!」
楽しそうだなと思っていると信号で止まったタイミングでミラー越しに美香ちゃんと目が合った。だけどすぐに逸らされてしまった。
「美香、琉依兄は昨日仕事行ってたんだよ」
「お仕事ー?」
「そ、去年友達と学生起業したんだ」
「すごーい!!」
「そんなにすごいものじゃないよ。大学には他にも起業してる人いるし」
「琉依兄は国立大行ってるよ」
「わー!!そうなんですね!!かっこよくて頭も良いんですね!!」
「ありがとう」
そんなに手放しで褒められるとなんだかくすぐったい。美香ちゃんは素直でとても可愛らしいな。
「でも琉依兄は引きこもりだから基本的には家で仕事してるんだよ」
「今日も仕事してたんだよ、一応」
「え!?お仕事の邪魔しちゃってごめんなさい!!」
ほら、そうやって慌てるところも感情に素直だ。
「そんなに急ぎの仕事じゃないから全然大丈夫。それで、今日は何を買うの?」
僕が聞くと優菜と美香ちゃんが買いたい洋服や雑貨のことを教えてくれた。ファッションとか流行りとか僕はあまりわからないけど2人が楽しそうに話すから聞くのが楽しかった。そしてショッピングセンターについた。
2人が目当てのお店に入る。洋服のお店だ。優菜はすぐにスカートを2つ選んで僕に見せてきた。
「ねー琉依兄こっちとこっちどっちが良いと思う?」
「そうだねー……そんなに短いスカートはいてたら父さんに怒られるよ。こっちにしたら?」
父さんはいかにもな感じの厳格な父親だ。顔も怖いし。母さんが母さんらしくいられるのは日本じゃなくてアメリカだと言う僕と優菜の話を頑なに聞いてくれない父さんだけど僕は嫌ってるわけではない。役には立たないけど母さんが好きなんだというのはわかるから。いつも眉間にシワを寄せてるか優菜に嫌いうざいと言われると分かりにくく落ち込んでる父さんが母さんを見る時だけ表情が和らぐ。アメリカに帰したくないのはそれだけ好きだからということなんだろう。だからいろいろ言いたいことはあるけど父さんは言葉にするのが苦手なんだという母さんに免じて及第点だ。きっと僕は父さんみたいな仏頂面の父親にはならないと思うけど。
「パパ煩い琉依兄も煩い。ね、美香はどっちが良いと思う?」
「んーこっちが優菜に似合うと思うわよー」
「じゃあこっちにしよっと。美香は?洋服も買うの?」
「見てたら買いたくなっちゃうよねー」
「わかるわー」
「美香ちゃんは優菜と違って落ち着いてるよね」
優菜と違って美香ちゃんの服装はなんというか安心する。これは親心というものかな?いやいや、優菜も美香ちゃんも5つ下。そう、兄心かな。
「美香ももっと肩とか出したら良いのに」
「えー恥ずかしいよ」
「試しに着てみたら良いのに。試着だけしてみたら?ほらほら」
そう言って有無を言わさず優菜に持たされた服と一緒に試着室に入る美香ちゃん。横からじっと見てくる優菜。
「どうかした?」
「いやーなんでもないよ」
「そう」
またろくでもないことでも考えていそうな妹にため息をつく。
「美香ー着たー?」
「う、うん。着たよー」
そう言って試着室が開く。優菜が手渡した時に重ねられていてよく見えなかったけど上も下も露出が多すぎる。可愛いけど。でもこれは兄心で止めてあげないと。
「可愛いじゃん」
「そ、そうかなー?」
「琉依兄もそう思うでしょ?」
「うん、可愛いよ」
「え、可愛い……ですか?」
「それも可愛いけどこういうのも似合うと思うよ」
僕は近くにあった美香ちゃんに似合いそうなロングスカートを美香ちゃんに手渡す。そしてそれに着替え直した美香ちゃんはそれはそれは可愛かった。
「可愛いね」
「あ、ありがとうございます」
さっきのも可愛いけどこっちの方が安心して見てられる。
美香ちゃんは試着したロングスカートを買うことにしたみたい。会計をして店員さんから袋を受け取ろうとするところですっと僕がそれを受け取る。
「え?え?」
「持つよ」
「はい、琉依兄私のもー」
「はいはい」
優菜も会計が済んでそれと一緒に持つと美香ちゃんは噛みながらお礼を言ってくれた。
お昼ご飯を食べようということになってレストランに入った僕たち。優菜と美香ちゃんが話してくれる高校の話を聞きながらご飯を食べる。
「きゃっ」
すると隣のテーブルにいた年下らしい女の子が小さく叫んだ。スープが溢れて洋服にかかったらしい彼女のそばにハンカチを持って行く。
「お怪我はないですか?」
「え、えっと……はい」
「これ、使ってください。少し待っていてくれますか?」
「は、はい」
僕はハンカチを渡して店員さんにふきんを借りてテーブルに戻る。さっきの子がおずおずとハンカチを差し出してくる。
「ごめんなさい、これ」
「大丈夫です。悲しそうな顔をしないで。せっかく可愛い顔なのに」
「え、かわ……」
女の子は顔を赤くして口を開けたり閉じたりする。あ、またやってしまったと思う。昔から母さんに女の子には優しくするようにと言い続けられてレディーファーストを強要され続けてそういうことが自然になった。昇たちには女たらしだって言われるけどなにも考えないでやってしまうものを気を付けようがない。自分で言うのもなんだけど僕はモテる。立ってるだけでも声をかけられるのにこういうことをしてるから余計に言い寄られてしまう。僕は騒がられるのが苦手だ。木村くんには嫌みだって言われるけど静かに目立たないで過ごしたい。元人間不信でこれだと陰気なやつだと竜二さんに言われるけど僕は疑い深いだけでそこそこ社交的だと反論する。竜二さんは1つ年上だけど友達の1人だ。
と、いよいよあの、と言葉を続けられそうで僕はその子からハンカチを受け取るとさっさと自分が座っていたテーブルに戻る。
「琉依兄は昔からああいうのほっとけないよねー」
「隣で起きれば誰でもそうするよ」
「でもすごいです。なかなかできません」
「そうかな」
そういえば、と美香ちゃんの尊敬の眼差しらしい目と楽しそうな顔を見て思う。一昨日からの優菜の不可思議な行動と美香ちゃんの様子に思い当たる。
「はい。お兄さんは優しいですね」
美香ちゃんは僕が好きなのか。そう思ってすぐに言われたお兄さんという言葉に違和感を感じて首をかしげる。そっか、確かに友達の兄だもんな。けど普段みんなから名前で呼ばれるから不思議な感じだ。
「琉依で良いよ」
「え……」
「いや、優菜も琉依兄って呼ぶし名前で呼ばない人いないから。逆に不思議な感じ」
「そうよー。本人にお兄さんだなんて言わないよ」
「え、そうなの?そっか……えっと、琉依さん」
そう言って顔を赤くする美香ちゃん。やっぱりそういうことか。
「美香、ニヤニヤして気持ち悪いよ」
「ひどーい!!だってね、男の人下の名前で呼ぶの初めてで」
「え、そっち?」
「うん、お兄ちゃんはお兄ちゃんって呼ぶし今まで男の子と仲良くお喋りしたことないから下の名前で呼んだりもしたことないし」
あれ?違ったのか。いや、違うわけではないよね。自惚れじゃないけど僕はそういうのがありすぎて勘が働く。美香ちゃんはやっぱり変わった子で不思議ちゃんだな。
「美香は馬鹿だったわ」
「どうして馬鹿なのー!!」
「優菜、友達に馬鹿馬鹿言ったら駄目だよ。美香ちゃんは可愛いね」
「うう……可愛いですか?」
「うん、すごく」
僕がそう言うと美香ちゃんは口元を緩めて両手で頬を押さえた。美香ちゃんはわかりやすい。
「琉依さんはとってもかっこいいです」
「ありがとう」
そのあと2人の買い物に付き合い美香ちゃんを家のそばまで送ってその帰り道。
「優菜、友達と遊ぶのは良いけど友達で遊ぶのはやめなよ」
「遊んでるわけじゃないよ。でもわかった?美香わかりやすいもんねー」
車の中で優菜があははと笑う。
「どう?美香。面白いでしょ」
「面白いけど知ってるでしょ」
「はいはい。でも琉依兄も美香なら好きになるかなって思ったんだよね」
「わからないよ。でも期待されても応えられないから煽るのはやめなよ」
「それこそわからないわよー。応えられるかもしれないじゃん。っていうかそう言ってる時点で今までと違うよ」
「だから……」
「ねーねーそういえばさー」
そう言って自分の話をしだす優菜の話を話し半分で聞く。
僕は優菜と違ってこれまでそれなりに真摯に付き合ってきた。告白されて忙しかったりなかなか会えないとかだと断ることもあるけど付き合うことにしたら大切にしようと思ってるししてる。付き合ってる時に告白されて断ると食事だけでもとか買い物に付き合ってほしいと頼まれるから行くことはあるけど。
でも好きだと思うことはなくて振られても特になにも思わない。優菜のことを言えないくらい僕も酷いとは思うけど思えないものは思えないんだから仕方ない。だから美香ちゃんは可愛いとは思うけど申し訳ないから他の人を好きになってほしい。僕もそれくらい良心がある。
そう思いながら話を聞きながら運転していたら家についた。車を降りると優菜に呼ばれる。
「琉依兄もさ、そろそろ私とかママのためじゃなくて自分がしたいことしたらどう?」
「え?」
「あーお腹すいたーママ今日は帰るの早いって言ってたよね。ご飯の前に一緒にお菓子食べよっと。琉依兄も一緒に食べよー」
「もう……さっき昼食べたばっかりなのに」
家に入った僕は母さんにも引き止められて特に断る理由もないから2人のお菓子タイムに付き合うことになった。