出会い(琉依視点)
玄関のチャイムが鳴る。何度も鳴ってふと気付く。そうだ、今誰もいないんだった。仕方ないなと思いながら部屋を出て玄関に行き荷物を受け取る。
今日はどっちかなと思ったら宛先は優菜だった。今日は優菜だったかと思いながら、僕の部屋にはノックもしないで入ってくるのに自分の部屋には自分がいる時に自分が良いって言わないと入っちゃ駄目だと言うから居間のテーブルに受け取ったその小さい荷物を置く。
優菜は妹だ。僕は佐々木琉依。母さんと父さんと妹の4人家族。ごく普通の4人家族だけど世間にとってはごく普通ではない。この田舎では特に。それは母さんが日本人じゃなくアメリカ人だから。父さんは三男だけど地主の息子でこの田舎で知らない人がいない有名人だ。そんな家にアメリカ人が嫁いでくるなんてと当時はみんなが反対していたそうだ。当時はというか今も全員が好意的とは言えないけど。
居間を出て2階の部屋に戻ろうとするとちょうど玄関のドアが開いた。友達と遊びにいってくると言っていた優菜だ。
「おかえり優菜、また通販届いたよ。テーブルに置いてるから。あれ?お友達?いらっしゃい」
母さんも優菜も通販番組が好きで頻繁に買う。それでいてほとんど家にいないから受け取るのはたいてい僕。受け取るだけだから構わないけどたまには自分で受け取ったらどうかと少しだけ咎めるように言うけど優菜の後ろに女の子がいて遊んでた友達と一緒だったのかと余所行きの笑顔を浮かべる。
「そうそう。新色の化粧品が発売してさー」
「高校生が化粧ねえ」
僕の言葉の真意を知ってはぐらかす優菜に苦笑いしてしまう。
「あ、琉依兄、美香よ。美香、琉依兄」
そう言って家に上がった友達を紹介してくれて僕は家にいながら外での表情をする。
「いらっしゃい。優菜の兄の琉依です。ゆっくりしていってね」
「は、はい!!いらっしゃいました!!」
「じゃあね琉依兄、美香はお馬鹿さんだからもう行くわー」
その子はすぐに優菜に背中を押されて2階へと上がっていった。
呆然としていた僕だけどいらっしゃいました、と自分で小さく口に出してみてふっと笑う。
「いらっしゃいましたって何?」
面白い子だなと思いながら僕も部屋に戻る。パソコンのロックを解除してさっきまでしていた作業の続きをする。これを今日中にやってくれと昇から言われている。
僕は1年前の大学2年の時に高校時代からの親友、昇と大学に入ってから仲良くなった小林くんと1学年下の木村くんと一緒にIT企業を創った。高校の時から会社を創りたいと言っていた昇だからって僕を巻き込まないでほしいと思って断り続けていたけど僕はプログラミングしていれば良い、家にいながら会社にはたまに出てきてくれれば良いといくつも言われてしぶしぶ了承した。僕はただプログラミングが得意なだけだ。外にいるのが嫌いで家にいて暇潰しで朝から晩までやっていたから。だからそんな起業なんてものに興味はなかったけど昇に一生の頼みだと言われて仕方なく付き合うことにした。
「ねー琉依兄ー」
「優菜、何度も言ってるけどノックして」
無駄だとわかっていながら一応ノックしないでいきなりドアを開けて入ってきた優菜に注意する。
「ねーお菓子とジュース持ってきて」
いつも通り無視して用件だけ言う優菜にため息をついてから言う。
「自分で持ってくれば良いでしょ」
「今忙しくてさ。ね、可愛い妹の頼みでしょ」
そう言って僕が喋る前にさっさと部屋を出て自分の部屋に戻る優菜。困った妹だなと思いながら立ち上がってしまうのは昔から変わらない。台所に行って言われた通りお菓子とコップに注いだジュースをおぼんに乗せて優菜の部屋に向かう。ノックをしてから声をかける。
「入るよ」
そう言って部屋に入るとただお喋りしているだけの2人。まあ忙しくないだろうとは思っていたけど一応言う。
「全然忙しそうじゃないんだけどまあ良いや。持ってきたよ」
「あー待って待って。琉依兄も食べていってよ」
「良いよ」
机におぼんを置いてすぐに部屋を出ようとすると優菜に引き止められる。腕を引いて床に座らせようとする優菜にまた困った妹だなと思いながら座る。
「良いって言ったんだから食べてよ」
「そっちの良いじゃないんだけど。仕方ないね」
隣に座る優菜の友達を見る。由香ちゃんだっけ?美紀ちゃんだっけ?
「えっと、何ちゃんだっけ?」
「美香だってば」
「あ、あの、藤井美香です」
「そう、美香ちゃんね。妹は無茶苦茶で大変でしょ」
「そ、そんなことないでふ」
噛んだ。今度は声を出して笑ってしまう。赤くなって恥ずかしそうにしている美香ちゃんを見ながら面白いと思っていると優菜が今度は腕を引いて僕を立ち上がらせる。
「はい、もうオッケー。琉依兄出ていって良いよ」
「もうなんなの?」
「良いから良いから。これあげるから」
そう言って僕の手にお菓子を乗せて背中を押してくる優菜に困った妹だなと思いながら部屋を出て自分の部屋に戻った。そして仕事の続きを始めた。
そういえば優菜が友達を連れてくるなんて小学生の時のホームパーティー以来だな、と思う。5つ下の今年高校生になった妹は母さんにそっくりだ。僕も母さんに似てるけど男よりやっぱり女の子の優菜の方が似てる。ダークブラウンの癖のついた髪は胸元まで伸ばしていて顔は目鼻立ちが整っていて特に青色の瞳はとても澄んでいる。155センチで小柄だけどそのスタイルの良さから存在感のある美女だ。僕も175センチで髪も短いという違いがあるくらいでたいして変わらないけど。でも僕の場合は瞳の色が青だったり茶色だったりする。それに僕は自分の容姿をあまり意識しないけど優菜は高校生なのにお化粧するくらい自分を着飾ったりするのが好きだ。
そんな優菜は昔からハーフだからと苛められてきた。母さんを受け入れられない親戚や周りの人たちが子供も仲良くさせないようにしてその子供自身も自分たちと違う優菜を受け入れられなかったんだろう。
母さんは明るくて元気で細かいことを気にしない豪快な人だ。親戚にも周りの人にも悪口を言われたり苛められたりしてるのに仲良くしようと日本語も伝統も全部覚えてめげずに話しかけるのを止めない。子供の時の僕はそんな母さんが理解できなかった。アメリカ人だというだけで自分たちと違う容姿をしているだけでそこまで邪険にされるのにどうして受け入れてもらおうと必死になってるのかわからなかった。母さんは馬鹿みたいにいつも笑って言う。人生は明るく楽しく、一度きりの人生だから楽しむの、と。そんなこと言ってるならアメリカに帰った方がよっぽど楽しく過ごせるだろうと思って僕は優菜と一緒に小さい時から母さんをアメリカに帰そうとお金を貯めている。けど最近これは意味のないことだったのかもしれないと思っている。母さんの努力が少しずつ周りを変えて全員とは言えないけど受け入れられているから。今日もママさんバレーというものに行っている。だから意味のないことかもしれないけどなんとなく止め時もわからずに続けている。
僕はというとアメリカの血が濃いのに母さんと優菜のように苛められることはなかった。母さんに女性には優しくするものだと言われて女性に優しく接していたから親戚たちは僕の扱いに困った。困りながら琉依くんは良い子ねと褒めた。そして少しだけ母さんのことを褒めた。育て方が良いのねと。僕は良い子にならないといけなかった。母さんを守るために。気が強くて反発して余計に反感をかってしまう優菜を守るために。僕と優菜が母さんをアメリカに帰してと言っても何も言わず首を横に振るだけの父さんは役に立たないから僕が家族を守らないといけないと思った。だから外にいる時は直接母さんと優菜に関わらないとしてもどこで誰が見て聞いて2人を苛めるかわからないからと、僕は良い人でいる。表面的には好意的にしていても裏では僕たち家族を悪く言ってる人もいて、僕はそういう人たちが嫌いだ。良い人の仮面を被りながらそういう人と接し続けた。こういうのを人間不信というんだろう。高校で昇という僕の胸の内をさらけ出せる親友ができて大学で昇を含めて6人の信頼できる友達ができたから過去形になるけど。というか父さんの付き合いで子供の時から家族でパーティーに連れ回されてるから顔の広い人間不信ってなんだって昇たちに言われるけど。
母さんが少しずつ受け入れられているのと同じく優菜も周りに受け入れられてきている。まあ優菜の場合は男をとっかえひっかえして自分で周りの評価を落とすようなことをしていたのも原因だろうけど。それも僕しか知らない理由があるんだけど。でもそれを優菜だと受け入れられたんだろう。高校に入って優菜様と呼ばれるようになったと悪い顔で喜んでいたけどそれもまあ苛められて苦しんでいた優菜を知っているから良いことだと思うことにしている。気が強くて自由奔放な優菜が初めて自分から家に誘った友達か。美香ちゃんのことを思い返して自然に笑ってしまう。
「ねー琉依兄ー」
「優菜……ノックしてってば」
「もうしつこいな。別に良いでしょ」
いつも通り急に部屋に入ってくる優菜。僕は考えながらも仕事をしていた手を止めて振り向く。
「僕が着替えてたりしたらどうするの」
「彼氏の裸見てるのに身内の裸なんてもっと特にどうもしないけど?」
「もう……明け透けだなあ。そうだ、今朝また元カレが優菜に会わせてほしいって家に押し掛けてきたよ。いつもいつも運命だって突っ走って1週間2週間で違ったって別れて……」
「もーパパみたいにぐちぐち言わないでよ。パパは必要な時になにも言わないくせにそういう時だけ煩いんだから」
「父さんも僕も優菜の破天荒に困ってるんだよ」
「1人1人真剣に付き合ってるんですー」
「じゃあ別れるのも真摯に話し合って相手が納得するようにしてよ。それに別れたらその人のことなにも興味なくなっちゃうんだから……」
「運命じゃなかったからどうでも良くなっちゃうんだよねー」
「まったくもう……」
優菜はこういうところがある。悪気があるわけじゃないけど周りからみたら悪女だという子だろうな。困った妹だ。
「でも今付き合ってる人は本当に運命だと思うんだ!!」
「明後日も同じこと言えるかな」
「大丈夫よ。もう1ヶ月も付き合ってるもの。最長記録」
「1ヶ月が最長記録……」
「ねえねえ、それより明後日暇?暇だよね?」
「なに?また通販買ったの?たまには自分で受け取ったら?」
「ふふふ。ね、琉依兄昨日彼女と別れたでしょ」
「話逸らさないでよ……。昨日そう言ったよ。1ヶ月が最長の優菜と違って半年付き合ってたけどそれがなに?」
「なにもー。琉依兄が別れてから新しい彼女ができるまで2週間空いてるよねって思っただけ」
「なに?特に意味はないけど」
悪い顔をして笑う優菜。楽しそうにしてる優菜を見ていると安心するけどまたよろしくないことでも考えてるんだろうな……。
「ふふふー。琉依兄美香がいるのにいつも通り話してたよね」
「え?どういう意味?」
「じゃあねー明後日は家にいてよねー」
そう言ってすぐに部屋を出ていく優菜に呆然としていたけどふと思う。僕は外にいる時は良い人に思われようと相手にも母さんや優菜にも丁寧に接してる。外聞を気にして余所行きの笑みを貼り付けて。だけど最初こそ外での笑顔で優しく話しかけたけど優菜の部屋での僕は家にいるのと同じように優菜に効かない嫌みを言ったり声を出して笑ったりした。家族と昇たち以外初めてだ。どうしてだろう。なぜかわからないまま母さんが帰ってきて父さんが帰ってきて夕食を食べながらいつも通り母さんと優菜が喋ってばかりな賑やかな時間を過ごした。




