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フロレアル  作者: 保月 結弦
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悲しき夜


 月明かりが差し込むその窓は一部が割れて、埃と泥で濁った窓。窓の淵には汚いカビが生えており、光が当たると特殊な発光をする苔が映えた。廊下には月明かりが照らしたガラクタ同然の金属類と片足が無い椅子が転がっている。

 蛾や蝿といった生き物はいない。無論ネズミの様な小動物もいない。涼しげな風が割れた窓の一部から流れ込んでくる。決して暖かくはない涼しげな風が。


 「た...た、のむ」

 

 湿気が院内を覆いつくし、カビと金属の匂いが充満する。その中を通り抜ける風は何処までも続くように院内を駆け巡る。


 「許してくれ...たのむ」


 静謐な空間に一吹きの風の音。切り裂くように、滑らかに、決められた道を通るように風は吹き続ける。


 「たのむよ...もう、止めてくれ、たのむよ...たのむ、から」


 風の向きは変わらずに一方向に進み続ける。結末は決まっているから。


 「もう、だしてくれよぉ!」


 一瞬の沈黙の後、木製のドアが独りでに開くと月明かりは差し込む事を止める。誰もいない院内を移す物は何一つ無くなった。ただ静寂の黒が院内を取り囲む。窓のカビも、ガラクタの金属も、風も(・・)...


 「っつ、っは、はぁ、はぁ...なんだ、終わったのか...は、この、終わったんだ......終わった、終わったぞぉぉ!」


 落ち葉が舞う。踊るようにクルクルと宙に舞う。楽しそうにクルクルと。ドアの前で踊りだす。


 「ようやく終わった、やった、ざまぁみろ、終わったんだ、これで俺は生き残った。...帰ろう、帰って今日の事を...」



 ―ゴトリ



 再び月明かりがカビと苔の生えた窓を照らし出す。カビは窓際に着いており、苔は月明かりに当たると特殊な光で発光し映えている。片足の無い椅子の横には、ガラクタの様な金属がゴロゴロと転がったまま。立ち込めるカビの匂いと金属の悪臭。

 ここには蟻や蚊といった()()()は存在しない。ましてや、小鳥などもいるはずがない。


 床には二つの肉塊が一体、横たわっているだけだ。


 小さな肉塊と大きな肉塊、どちらからも鉄の様な金属臭を発生させ、床を赤く染めていた。木製の壁や床にはその赤い液体が十分に染み込んだ。そして月明かりが再び無くなる。黒に包まれた院内はまた静謐を取り戻す。

 風がまた院内を駆け巡った。


 


            Germinalジェルミナール / Ⅷ   オールド・ハンバーク精神病院  



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