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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

机の落書き

作者: 雛木景太郎

 僕はいじめられている。

 なんでいじめられているのか僕には分からない。


 最初は友達だっていたし、うまくやっているつもりだった。

 気づかないうちにクラスのカーストに抵触してしまったのだろうか。


 考えても仕方がない。きっと深い理由なんてないのだろう。


 教師たちにも期待などしてはいない。この学校は3年前もいじめによる自殺者を出したそうだ。ニュースで見る大人たちは皆みっともなく責任逃れをするのみ。いじめに気がつかなかっただと。ふざけるな。気づこうとしなっただけだろうが。気づきたくなかっただけだろうが。



 学校に登校した僕を迎えるのは、おはようなんてあいさつではなくいつも罵倒。罵倒、罵倒、罵倒。そして酷い悪口が落書きされた僕の机。

 僕はこの落書きを朝のホームルームまでに消さなければならない。そうしなければいじめがあるとばれてしまうからだ。


 なぜ被害者の僕が加害者たちの尻拭いをしなければならないのか。

 しかし、僕はいじめられていることを母に知られたくない。

 昔は母のことが嫌いだった。口うるさくて暴力的。何度も詰られたし、何度も殴られた。だが、そんな母も父が死んでからはとても優しくなった。母一人、子一人、全幅の親愛をかけて僕を育ててくれた。

 母に心配はかけたくない。被害者である僕までいじめの周囲を渦巻く隠蔽体質に取り込まれている事実に辟易する。


 机の落書きは僕が消しやすいようにシャーペンや水性ペンで書かれている。ありがたい配慮だがその配慮はもっと別のところで使うべきだと思う。筆箱から消しゴムを取り出して隠滅を始める。


「ほら、手伝ってやるよ」

 濡れた雑巾が投げつけられた。……、ありがたく使わせていただこう。

 妨害とありがたくもない手助けを受けながら手を動かし、机の汚れを消し去っていく。


 すると、机に書かれた悪口の中に奇妙な赤い文字を見つけた。


『復讐したいか』


 したいに決まっているだろうが。僕はこんな惨めな思いをするためにこの学校に来たのではない。


 気がつけば僕はシャーペンを握り、『はい』と返事を書いていた。


 自分で仕事を増やしてどうする。冷静になった僕は自分の愚かさに思わず目を瞑り、頭を抱えた。

 作業を続けよう。閉じていた瞳を再び開き、先ほどの文字を探した。

 しかし、なかった。そこには先ほどとは別の文字が書かれていた。


『だれに』


 全身から汗が湧くのを感じた。呼吸が乱れる。目の焦点がずれる。


 昔こっくりさんで遊んだ時のことを思い出す。当時はオカルトなんて信じてなかった。だから、適当にやった。

 しかし、間違って儀式を行った報いが来た。

 参加した友達の一人は翌日、交通事故にあって入院した。

 それだけなら偶然といえた。

 参加したもう一人の友達も翌日、階段から落ちて死んだ。

 僕だけが無事だった。だが、僕の代わりに僕の父が死んだ。


 辺りを見渡す。僕をいじめてきた連中の顔が見える。

 ダメだ。書いてはダメだ。手が震える。背筋が凍える。答えてはダメだ。


『僕をいじめたみんな』


 ダメだった。書いてしまった。

 今まで誤魔化してきたから気づかなかった。僕はあいつらを呪いたい。僕をいじめてきた奴らを殺してしまいたい。


 再び机に文字が浮かぶ。


『どうやって』


 僕は迷わず腕を動かした。


『殺せ』


 もうそれ以上文字は浮かばなかった。




 そして翌日。

 いつも通り学校に向かう。今朝は母が起こしてくれなかったから少し遅れての登校だ。

 朝起きたら電気もついていなかったから少し驚いた。おそらく先に仕事に行ったのだろう。そろそろ親離れをしろというお達しなのかもしれない。


 人が少ない。僕を罵倒する声は聞こえない。すがすがしい朝だ。

 僕は上機嫌のまま教室に向かう。机に落書きはない。やった、皆死んだのだ。


 このクラスで始業時間までに登校したのは僕を含めて3人だった。

 生徒の代わりに学校には一日にして多くの訃報が届いた。大人たちは混乱している。ざまあみろ。

 それにしても、クラスに人間が30人もいて、僕をいじめたことがないのが2人だけだったとは、ずいぶんとすっきりしたものだ。この教室も。僕の心も。


 結局、学校は臨時休校となった。それもそうだろう。

 しかし、早く帰ったがやることもない。

 そうだ、たまには親孝行をするのもいいかもしれない。今夜気持ちよく眠れるように母の布団を干してやろう。ふとした思い付きで母の部屋の扉を開ける。

 するとそこには冷たくなった母の亡骸が横たわっていた。その瞳はまるで怪物を見たかのように大きく見開かれ、死に顔は恐怖に彩られていた。




 母が死んだ。それから半年間、最愛の人を失った僕は荒れに荒れた。

 僕をいじめるものも皆死んだ。僕をいじめるものはいなくなった。むしろ周りの人間は僕を恐れるようになった。

 皆僕を見ておびえる。それがむかつくから、あるいは心地よかったから。殴ってやった。蹴ってやった。罵ってやった。それでも誰も僕に逆らわない。

 こちらを睨みつけている奴がいる。確か同じクラスだった奴だ。イラつくからあとでぶん殴ってやる。目が合ったことに気づいたのか。そいつは机に突っ伏し、腕を小刻みに震わせている。




 あの日から僕は自由になった。

 ふと懐かしくなって、久しぶりにかつて使っていた教室にやってきた。今では使われていない教室には僕の使っていた机がそのまま置かれていた。

 この机に浮かんだ赤い文字、あれは何だったのだろうか。まさか、毎日落書きをされたこの机の怨念ということはあるまい。

 そうなるとやはり、3年前にいじめで自殺した生徒がこの机を通じて助けてくれたのだろう。


 あれからも何度かこの机を見にきたことがあるが、再び赤い文字を見かけることはなかった。

 今回もきっと何も書いてないだろう。僕は机に視線を落とす。

 すると机に何か赤い文字が書かれていることに気がついた。

 僕はなんだか嬉しくなって、その赤い文字を読んでみた。


『死ね』


 振り返れない。

 後ろからギチギチという不快な音がする。

 寒い。まるで冷凍庫の中にいるようだ。それなのに、滝のように流れる汗は一向に止まる気配をみせない。

 体が恐怖に打ち震えている。それでも。それでも勇気を出して振り向こうとした、その僕の瞳には何も映らなかった。ただ、僕の頭の潰れる小気味のいい音だけが耳朶に残った。




「む、こんなところに落書きか。まったく悪趣味な落書きをしやがって」

 教師が立ち去った机には、生徒の消し忘れた落書きが残っていた。


『死んでしまえ』

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