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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

それは泡沫の夢にして、一時の奇跡。 金色の夢は儚くて。けれど、確かに存在していたユメ。

作者: Abel




 帝国による王国への襲撃。

 急を告げる事態を解決するために、秘密裏に帝国へ向かうことを承諾したアルジェント・ヴァンピールとアルラウネ・アオバ。

 これは、二人が共和国――サクラノミヤを訪れる、少し前の物語。


 語るは誰か。


 それはアルジェント・ヴァンピールではない。

 それはアルラウネとして転生し、想い人と再会したアオバではない。

 それはきっと、語りたかった友人の代行者(トラブルメイカー)だ。




   +




「アルジェさん。起きてください」


「むにゃ……あと三十時間と十八時間……」


「二日間眠るつもりですか!?」


「ふぁ……おはようございます。アオバさん」


「あ、はい。おはようございます」


 気怠そうに意識を覚醒させたアルジェント・ヴァンピール――アルジェは、同行者であるアルラウネのアオバの言葉によって目を覚ます。

 一時の雨をアオバが生み出した葉で凌ぎ、共和国まであと一日かそこらと行ったところだろう。

 寝起きではあったが、さすがのアルジェもその異常事態にすぐに気付いた。


「壁、ですか」


「壁、なんです」


 馬は足を止めており、アルジェとアオバはひとまず降りることにした。

 連日走らせたからか消耗している馬たちを労うと、改めてアルジェたちは目の前にそびえ立つ【壁】に向き直る。


「こんな所に壁なんてありましたっけ?」


「アルジェさん、そもそもここはだだっ広い草原ですよ? こんなあからさまに人工物な壁なんて、あるわけがないじゃないですか」


「……それもそうですね」


 まるでアルジェたちの進行を防ぐようにそびえ立つ壁に、アルジェたちは見覚えがあった。

 それは彼女たちの前世――転生前の世界ではよく見掛けた建造物だったからだ。

 左右を見れば、壁はどこまでも続いている。

 この世界には不釣り合いな、灰色の壁。

 ここを越えなければ共和国には行けないというのに。

 壁は障害として、二人の前に立ち塞がる。


「コンクリート、ですかね」


「ご丁寧に扉までありますよ」


 アオバの指差す方向へ顔を向けると、確かに鉄格子のようなデザインの扉が存在していた。

 つい前世のことを思い出し、アオバの表情は苦くなる。

 だが当のアルジェはあっけらかんとした表情で扉をコンコン、とノックした。


「すみませーん」


「アルジェさん!?」


「いえ、誰かいるなら通らせてもらわないと」


 あまりにもマイペースなアルジェに驚きつつも、アオバはアルジェを守るように後ろに並び立つ。

 数回のノックの後に、ゴゴゴ、と引きずるように扉が手前に引かれた。

 扉の外から見ても、中には誰も、いなかった。


「……誰か、いませんか?」


 恐る恐るアオバが一歩を踏み出した。

 続けてアルジェも室内に一歩を踏み出すと、中には懐かしい匂いで溢れていた。

 干した草の香りである。それでいてこの懐かしさ。

 単純な自然の干し草とは違う、手の入った匂い。


「畳、ですね」


 室内は外観とは裏腹に和室となっていた。

 広そうで少し狭くも感じる六畳ほどの室内に、二人は戸惑いを隠せない。

 真っ直ぐ奥へ視線を向けると、もう一枚木製の扉が存在していた。

 あそこを開ければ、壁を通り抜けれるかもしれない。

 アオバは危険がないか確かめるために、一人でそっとその扉を開いた。

 開こうと、した。

 だがドアノブはびくともせず、いくら力を込めても回りはしなかった。


「おや。誰かの気まぐれ――ああ違うか。ようこそアルジェント・ヴァンピール。と、アオバ……だったね」


 少女の声が、室内に響いた。

 聞き覚えのない声にアルジェもアオバも視線を見つめ合わせ、部屋中の気配を探った。


「安心するといい。危害を加えるつもりはない」


 だが声とは裏腹に、今度は入ってきた鉄の扉が音を立てて閉まってしまう。

 すぐに駆け出したアオバだが時既に遅し。

 閉ざされた扉はアオバがいくら力を込めても開くことはなかった。


「閉じ込められた!?」


「シャトルの中に隠れたわけじゃないんですけどね」


 異常事態に戸惑っているアオバとは対照的に、のほほんとしているアルジェ。

 閉じ込められたことを理解した二人に、再び声が掛けられる。


「オーケー落ち着くといい。そこはある条件を満たした場合にのみ脱出することが出来る特別な部屋さ」


「特別な条件、ですか」


 抑揚のない声に返事をしたアルジェは、ふと部屋の片隅にあるモノへ視線が向いた。


「あ、あれは……!」


「気付いたかい」


「お布団……!」


「アルジェさんダメです、絶対に罠ですよ!?」


 だがアオバの制止も空しくアルジェは部屋の隅に敷かれた布団へと潜り込んでしまう。

 何しろアルジェにしてみれば懐かしい物なのだ。この世界では決して味わえなかったふかふかでふわふわの布団。明らかにアルジェたちの世界で作られたであろう高級布団だ。

 掛け布団は羽毛だろう。柔らかく、それでいて軽い。

 枕はオーダーメイドでもしたのだろうか。アルジェの頭をしっとりと受け止める。

 敷き布団も硬すぎず柔らかすぎず。極上の弾力がアルジェを包み込む。


「もう一生ここで暮らして良いですか?」


「ダメに決まってるじゃないですか!」


「はっはっは。気に入って貰えたようで何よりだ」


 声の主は楽しそうに語りかけるも、あまりにも声に感情が籠っていない。

 まるで、アルジェを観察しているような。


「……それで、ここから脱出する条件とは何なんですか?」


「アオバ。急いては事を仕損じる、とは君たちの世界の言葉だろう? 今は布団でぐっすりしてる寝顔でも堪能したほうがいいのではないか?」


「そんなことしてる余裕は――!?」


「むにゃ……?」


 声に従うわけではないが、己の欲望には抗いきれなかったのだろう。

 ちらりと布団で眠るアルジェの寝顔を眺めようと視線を向けたアオバ。

 だがその寝顔を見た瞬間にアオバは硬直してしまった。

 何事かと、さすがのアルジェも微睡みの中から意識を引きずり出す。

 わなわなと身体を震わせながら、アオバはアルジェを指差していた。


「アオバさん、どうかしましたか――って、あれ?」


 意識を覚醒させたアルジェもまた、驚愕の表情を浮かべた。

 視界に入ってきた女性は、アルラウネの女性、ではなかった。

 アオバの視界に入ってきたのも、銀色の少女、ではなかった。


「銀士……さん?」


「青葉、さん」


 それは、お互いにとって見慣れた姿――前世の姿だった。


「あーあー。細かいことは抜きにしよう。その姿は一時の奇跡。泡沫の夢。有り得なかった想いの結晶――って、聞いてないか」


 頭上から聞こえてきた声は、青葉の耳には届いていなかった。

 無言でアルジェを――銀士を抱き締めた。銀士もまた、胸に当たる豊満な弾力に戸惑いつつも、触れ合った暖かな感触を味わっていた。


「ぎ、んじさん。ぎんじ、さ――」


「はいはい泣くなって。どうせ夢だ」


「あ――」


 突然の不可思議な力に二人は引き剥がされる。

 互いに名残惜しそうな表情をしながらも、銀士は天井を見上げた。


「もしかして、ロリジジイさんのお知り合いですか?」


「一緒にされるとちょっと悔しいというか私はもっと上位の存在で――いや、語る必要はないか。ああそうだとも。そういう方向で考えておいてくれ」


「わかりました。ロリバアさん」


「雑に思いついただろ?」


「はい」


「……まあいい。私は懐が広いからね。ましてや創作世界の子供に何を言われても眉一つ動かさないさ、うん」


「ロリバアさん、どうすれば出して貰えるんですか?」


「銀士さんちょっと落ち着きすぎじゃないですか!?」


「だって慌てたところで何も変わらないでしょうし」


 銀士としては今の光景がロリジジイ――所謂神様による光景であると理解した。

 ならば自分たちにあらゆるチート能力を与えてきたように、時間が掛かってもどうにかしてくれる、という算段をしていた。

 だから慌てる必要はないと、青葉に丁寧に説明した。


「た、確かにそうですね。なんで私たちがこんなことになってるかはわかりませんが」


「それは説明しただろう。お前たちが『あること』をしたら脱出できると」


「わかりました。じゃあその『あること』って何なんですか?」


 ちらちらと高級布団へ視線を投げながら銀士は問う。

 ようやく本題に入れると、少しだけ頭上からの声にも喜びの感情が見て取れた。


「お前たちには、膝枕をしてもらう」


「え?」


「膝枕、ですか?」


 銀士も青葉も思わずきょとんとした表情を浮かべる。

 声は煽るようにはやし立てる。どこからか手を叩く音まで聞こえてきた。


「ほらはーやーくー。ひーざーまーくーらー」


「……膝枕すれば、ここから脱出出来るんですか?」


「もちろんだとも」


「わかりました」


「ぎ、銀士さん?」


 声に従い、銀士は青葉に振り向いた。

 互いに衣服は身につけているものの、青葉はどちらかというと短めのスカートを履いていて。

 青葉は恥ずかしそうに、スカートの裾を掴んだ。


「あー、僕がしましょうか?」


「ちなみに青葉がしないと私は解放しないからな」


「……だそうです」


「~~~っ!」


 青葉の顔が真っ赤に染まった。茹で蛸やリンゴもびっくりなほどに。

 青葉の表情がこれでもかとめまぐるしく変わる。百面相と言わんばかりに様々な表情をすると、やがて観念したのか顔を真っ赤にしたまま「……どうぞ」と膝を差し出した。


「あの、その……失礼します」


 銀士としても複雑な心境である。

 だがここから脱出するためにも、羞恥に悶えている青葉を解放するためにも、と意を決して青葉の太ももに頭を乗せる。

 柔らかい感触が、銀士を受け止めた。


「あ……」


「い、痛いですか!? ごめんなさい銀士さんこんなもうにじゅうああ言わせないでくださいごめんなさい不愉快ですよね早く終わらせてー!?」


「すっごい、落ち着きますー……」


「ぎ、銀士さん?」


「くぅくぅ……」


「ね、寝たんですか……?」


 聞こえてきた寝息に呆然とする青葉。顔を向ければ、胸で少し隠れてしまうもそこには大切な人の寝顔がドアップで――。

 青葉の頭から湯気が出てしまうのではないかと思うくらい、紅潮する青葉。

 だが銀士はすやすやと気持ちよさそうに眠っている。極上の枕を味わうように、頭を膝に擦り付ける。


「あんっ……も、もう」


 恥ずかしそうにする青葉だが、少しずつ落ち着いてきたのだろう。

 眠っている銀士の前髪を弄ると、愛しそうに額を撫でる。

 眠る銀士は幸せそうに眠っている。自分の膝が銀士に安眠を与えていると感じると、青葉の表情もほころぶ。


 前世において、鉄格子によって隔たれた、銀士と青葉。

 言葉は交わした。気持ちも少しは交わした。

 けれども触れ合うことだけは、なかった。

 語り合うことは出来たけど、積もる思いを告げることは出来なかった。


「……銀士さん」


 愛おしそうに、青葉は何度も銀士の頭を撫でる。

 心地よさそうに眠る銀士はなんとも幸せそうに眠り続ける。

 大切な人の寝顔を眺めながら、青葉の意識も微睡んでいく。

 幸せだ、と青葉は感じる。

 願わくば、この時間が永久に――。




 頬を撫でるそよ風で青葉は目を覚ました。


「あ、あれ?」


「むにゃむにゃ……クズハちゃん。もう食べられないですよー……」


「ぎんじ――アルジェさん、アルジェさん」


「ふにゃ……?」


 覚醒した意識で青葉は周囲を見渡すと、確かにあったはずの壁は消えていた。

 畳の匂いも、鉄格子も、何もかもが消えてしまっていた。

 あれは――なんだったのだろうか。


「どうかしましたか、アオバさん」


「え、え。アルジェ……さん、ですよね?」


「そうですが、どうかしましたか?」


 何事もなかったかのように、馬の上で眠っていたアルジェはアオバに視線を向ける。

 きょとんとした表情のアルジェを見つめながら、アオバは先ほどまで確かに膝に感じていた熱を思い浮かべる。


「夢じゃ……なさそう、ですけど」


「アオバさん?」


「い、いえ! なんでもありません。さあアルジェさん行きましょう。共和国はもうすぐですよ!」


「……?」


 昇る朝日を眺めながら、馬はゆっくりと歩を進めた。

 自らの緑の肌が少しだけ熱いことを、アオバは自覚していた。

 肌色だった自分の肌。

 男性だった想い人。

 全てがあまりにも鮮明で。

 夢ではなく現実だったのではないかと思ってしまうほどの――熱い、感触。


「……アルジェさん」


「はい。どうかしましたか?」


「全部が終わったら、膝枕をさせてもらえませんか?」


「え?」


「いいですよね? いいですよね? いいですよね!?」


「は、はい」


 アオバの迫力に負けたアルジェは頷いてしまうも、どこか嬉しそうに微笑んだ。

 その微笑みがまた、アオバを紅潮させる。


「~~~っ。さあ、行きますよ!」


 誤魔化すように、アオバは先を行く。アルジェもアオバを追う。

 瑠璃色の空の下、二人の旅路は続いていく。


 そして、二人は共和国へ――。
















   ***




「あーるーじーさーまー」


「おいおい、どうしたんだ?」


 静かな湖畔に立てられた、小さなロッジ。

 金の少女はぐったりした様子で銀の少女に抱き締められている。


「勝手に力を使っちゃ、めっ、です」


「いいじゃないか。私がやりたかったのだから」


「だーめーでーすー。……あるじ様、まだ起きたばっか何ですから。他の物語に干渉するだなんて、負担が大きすぎます」


「まあ、そうなんだが」


 ロッキングチェアの上で、銀の少女は抱き締める腕に力を込める。

 金の少女は、銀の少女の柔らかな身体に埋もれながら、想いを馳せる。


「お身体に触りますから。……また、眠っちゃうの、やです」


「わかったよ」


 抱き締める腕に手を当てて、優しく撫でる。

 銀の少女は金の少女の髪に顔を埋めて、ぐりぐりと擦り付ける。


「あるじ様を癒すのはマクラの使命なんですから!」


「わかってるよ。私を癒やせるのはマクラ、お前だけだ」


「ん~~~~。あるじさまぁーっ」


 嬉しそうに頬ずりしてくる銀の少女を愛しく想いながら、金の少女はゆっくりと瞳を閉じる。


「私の役目は終わった。あとは余生を過ごすだけ。語り部は英雄が継いだから」


「あるじ様?」


「いや、なんでもない」


 金の少女の脳裏に浮かび上がるのは、自らを越えた青年の後ろ姿。

 暗闇の中で手を伸ばして、少女は笑う。


「旅を続けろ、銀の吸血鬼。我が英雄と同様に――私たちにとって、君は子供のようなものだから」

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