07 計画
(……美少女に汚物を見るような目をされながら踏まれたい)
いつからだろう、そう思うようになったのは。
パソコンやゲーム機で保有しているギャルゲーは、そういう嗜好のものが多い。
手に取るものが女性優位なもの、そして普通のものでもSなキャラが好みであるパターンが多い。
アニメにおいても、気の強い女の子が登場するものを好んで観ている。
……M、と言われればそうなのかもしれない。
ただし、これはあくまで二次元での話である。
三次元の女にそうされたい、と思ったことはない。そういう方向は、俺は求めていない。実際にされると恐らく痛みを伴うだろう。自分自身へのリョナ趣味は持ち合わせていない。
二次元と三次元の区別は、しっかりと付けているのである。
だから決まってそういった欲求を晴らしていたのは、ギャルゲーなりアニメなりだった。
そんな中、AWと出会ったのだ。
AWには色んな動作があり、その中には階段を上るようなものがある。片足を挙げた状態で止めるとちょうどよい具合になるのだ。
カメラワークを駆使して下から覗き込むような位置に合わせると、まるで踏まれているかのような視点で見ることができるのだ。
AWは下着までしっかりと作り込まれていて、衣装によってそれが替わったりする。それを眺める楽しみ方も確立しているのである(運営側はそれらに関して推奨したりなどはしていないが)。実際にファンサイトの一部では、下着のスクリーンショットが大量にアップロードされていたりする。
――それはさておき、AWは完成度の高いシステムであるが一点不満がある。動作のときは、表情がそれに合わせたものに固定されてしまうのだ。
くだんの動作は、とくにこれといった表情がない、いわゆる無表情なのである。どうせならゴミを見る目をしていてほしいのだが、それはシステムの都合上できないのである。
そして趣味を詰め込んだプリルに踏まれればなあと思っていたが、それは絶対に叶わぬ夢。妄想の世界だけでしか果たせぬことだった。そんな中、俺は半ば強制的にプリルへとなってこの世界へと降り立った。
自分自身がプリルになろうとは、当然思いもよらぬことだった。しかし自身の姿が理想になったのはいいものの、逆に俺の欲望を満たすことは不可能となった。自分の足で自分の顔を踏むことはできないからだ。……体操選手のように体が柔らかければできるのかもしれないが、そういう話ではない。
プリルとなってしまったからには、自分自身に踏まれることは叶わない。
しかし、あのとき別の閃きを得た。圧倒的な力を持つこのプリルならば、力で相手をねじ伏せ踏まれることを命令することができるのではないか。どんな美少女でも、従えてしまえばこっちのものだ。相手に従わされるのは嫌だし、痛い目には遭いたくない。あくまで踏まれたいだけなのだ。
リアルでは決してそうは思わなかったが、この姿になってからそうされるのも悪くないのではと思ったのだ。
プリルは幸いにも、ちょっとやそっとじゃダメージを受けるようなキャラではない。実際に踏まれたとしても痛い思いをせずに、被虐心を満たすことができる。最高の条件が整っているのである。この機を逃してはならない。そして計画実行までの道筋を思い描いたのだった。
△△△
「ぁ、おはようございますー……もう起きてらっしゃったんですね」
「……おはよう、ノーチェ」
部屋の窓から朝焼けに染まる街を臨んでいたところ、少し間延びした声でノーチェから声を掛けられた。
……まだ眠そうな顔をして欠伸をしているノーチェだが、そんな様子も含めてやはり美少女である。こんな子を組み敷くことになると考えると心が痛む。もしかしたらそんなことをしなくても、踏んで欲しいと頼めば踏んでくれそうな気はするが。白い目で見られそうだがそれはそれで――いや、焦ってはならない。まだそのときではない。なんにせよ計画のためには、いずれ犠牲になってもらわなければならない。
それから顔を洗って目を覚ましたところで、着替えに入る。
昨日脱衣所で脱ぎ捨てそのまま持ってきていた衣装が、いつの間にか綺麗に畳まれていた。ノーチェがやってくれたんだろうな。
その上着を持ち上げてふと思う。
――そういえばこの衣装、上の下着は着けてないんだよな、これ。
男のときはシャツを着ていたが、女の場合は…………どうなんだ?
「プリルさん、どうかしたんですか?」
「な……な、何でもないわ」
上着を持って固まっていたところで声を掛けられ、何気なくその方を向くとノーチェが下着姿だった。慌てて顔を戻してなんとか返事をしたのだった。
……まあ元々着てなかったんだしいいか、と考えないことにした。
ネグリジェを脱ぐと、その弾みで胸がぷるんと揺れた。それを見ないように衣装を身に着けていく。昨日の今日で身体に慣れることはないが、早めに慣れなければならない。
しかし昨日着ていた服に袖を通していると、替えの服が欲しいと思ってしまう。この衣装が汚れたとか悪いとかではなく、同じものを着続けることに少し抵抗があった。
だが、その替えの衣装はここにはない。持ち物の中身にもないことは昨日確認した。それがない理由はすぐに分かった。AWと同じであるならば、衣装は全て自分の家に収納されているからだ。
そこまでいけばいいのだが、自分の家がある街はここから遠く離れている。歩いて行くと、どれだけ掛かるのだろう。見当も付かない。
AWには空間移動のスキルが存在するのだが、プリルは習得していなかった。というわけで現状では衣装はこの一着しかない。どこか店で買うという手もあるのだが、一般の店売り衣装だとこのレア衣装のような各種耐性を備えていない可能性が高い。プリルのステータスならば、そこはあまり気にしなくてもいいかもしれないが――。
まあどうにか洗濯などして使うとしても、替えの下着ぐらいは買わないとまずいだろう。ゲームでは下着は固定だったが、現実はそうはいかない。しかしどうやって買いに行けばいいのか……。
そんなことを考え頭が痛くなりつつ、着慣れない衣装に苦戦するも無事に着替え終わった。
そのあと姿見に座らされ、昨日と同じくノーチェが櫛を通してくれた。寝癖もなくて本当に綺麗な髪ですね、などと褒められた。
「今日はどうしましょうか?」
「うーん……そうね、ノーチェのことを先に考えようかしら」
「わたし、ですか?」
櫛を通しつつそう言いながら何のことだろう、と笑顔のまま首を傾げるノーチェ。……どこかで見たような顔だな。
ちょっと言うのは心苦しいが、やはり言わなければならない。意を決して口を開く。
「ノーチェの職業の話。言おうか迷ってたけど……はっきり言うとノーチェは剣士としては向いていないと思う。残念だけど、剣に振り回されてるようではね」
「ううっ……」
櫛を通していた手が止まり、姿見の後ろでは項垂れたようなノーチェの姿が見えた。
ショックは受けるだろうが、やはりこのままではノーチェ自身にとってもよくないことだと思う。
「どうしても剣士以外は嫌、というのなら剣を扱えるように体を鍛えるしかないと思うけど。ただ冒険者はそれ以外の職業もあるのだから、ノーチェが向いているものは必ずある、と思う。だからそれが何かを探しにいく、というのはどうかしら。もちろん強制はしないけど……」
「……」
計画の実行までにノーチェをどうするかは分からないが、今のノーチェをひとりで放り出すことはできない。少なくともこの辺りの魔物を対処できるぐらいにならなければ、おそらく冒険者として生きていくことはできないだろう。
しばらく下を向いていたノーチェ。やはり言うべきでなかったか……と不安になったが、その状態のまま口を開いた。
「……向いてないってこと、薄々分かっていたんです。わたしは昔から体力がなかったですから。それでも剣士になりたくて故郷を飛び出してきたんですけど、結局こんなのですし。でもこのままでプリルさんの足を引っ張ってしまうのなら……」
「うーん、私のことは気にしなくていいからね。そういうつもりで言ったのではないから」
「でも……」
目を伏せて言葉を詰まらせたノーチェ。
どうするかと少し考えたものの、解決策をすぐに思い付くはずもなく。
「……そうね、それじゃあ今日一日探してみてまた考えてみましょう。焦って決める必要はないから」
「……分かりました」
あまり気が乗らないような印象だが、ひとまず了承をしてくれたノーチェ。色々と思うところはあるだろうが――よい方向へ向かえばいいのだが。