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06 お風呂という名のピンチ

 ――ど、どうしてこうなった。いや、よく考えていれば分かったことのはずだ。

 うっかりしていた、で済む話ではない。

 俺は今、最大のピンチを迎えていた。


「早速入りに行きましょう、お風呂!」

「…………」

「……? プリルさんどうしたんですか?」

「ちょっと……やることがあるから、先に入ってもらえる? あとで行くから」

「そうなんですか。分かりました、待ってますね!」


 「早く来て下さいね」と念押しされ、部屋を出て行くノーチェを見送る。

 部屋のドアが閉まったことを確認してそのままベッドに座り、頭を抱える。


(うおおやばいやばいやばい……! 風呂ってことは、裸になることだよな……)


 一緒に風呂へ入るということは、当然ながらお互い裸になるということである。

 すなわち、ノーチェも裸になるということである。


(おいおい……女の子の裸なんか見たこと……)


 元の世界で二十七年生きてきたが、残念ながらそういった経験などなかった。

 こうも唐突にそれが訪れると慌てるのである。

 さらに言うと、自分の裸も見ることになるわけで。未だどうなっているか確認していない、女の子の身体を。


 ――この宿は温泉を使った風呂があるらしく、受付時にそれを聞いたノーチェは大層喜んでいた。

 部屋は分けて取るつもりだったが、お金が勿体ないからと半ば強引に同じ部屋にされてしまった。部屋は普通に空いていたというのに。

 まあ百歩譲って、ベッドは別れているのでよいことにしよう。しかし風呂は色々とまずい。あまりにも刺激が強すぎる。

 プリル――俺自身の裸すらまだ見ていないのに、それに加えて他の女の裸まで見ることになるのである。胸やらなにやらが見えてしまうその情報量が、二倍なのである。

 しかし、待っていると言われた以上行かないわけにもいかず。俺は腹を括り、部屋を出たのだった。


☆☆☆


「あっ、遅かったですね! 待ってましたよ!」


 そんな声が浴場の中に響き渡る。ノーチェは浴槽の中で、のんびりと浸かっていたようだった。

 部屋を出て、脱衣所に入ってからの記憶があまりない。とにかく素早く衣服を脱いで、ここまでやってきた。右手に布を持ち、胸と股を隠して見えないようにして。

 浴槽はだいたい五、六人は入れるだろうか。そこまで大きいものではないにしろ、ふたりだと足を伸ばせるほどの広さはある。

 俺はノーチェを見ないようにしてかけ湯をし、浴槽へと体を沈めた。


「……どうしてそんなに離れているんですか?」

「そ、その……恥ずかしくて……」

「……? 今はわたしたちしか居ないですよ?」

「いや、そういう訳じゃなくて……」

「あっプリルさん、お風呂の中に髪を入れちゃダメですよ!」

「えっ……ああ……うっ!?」


 そう言うノーチェがこちらへ寄ってきて、俺の髪を頭に巻いてくれた。のだが、そのときにノーチェの上半身をばっちりと見てしまった。凹凸の少ない体付きだった――。

 やばい、ノーチェの顔が見られない。そのまま隣で湯船に浸かったノーチェを見ないよう、真っ直ぐ前を見たまま口を開いた。


「あ、ありがとう」

「プリルさん、髪が綺麗だから気を付けないとダメですよ。ここの温泉は分からないですけど、髪を付けたら傷めることもあるみたいですから」

「う、うん。わかった……」


 冷静に返答した。ノーチェの方は見ていない。しかし、さっきのノーチェの裸が目に焼き付いていた。

 ノーチェはそんな俺のことなど全く気付いていない様子で、しばらくはお風呂なんて久しぶりだとか、高いだけあっていい宿だとかそういったことを話していたのだが――。


「あ、そうだ! 髪を洗ったあとにお背中流しますよ!」

「うえっ!? べ、別にいいから……」

「それぐらい御世話させてください!」


 そう言うノーチェに押し切られ、浴槽から洗い場へと連れて行かれる。

 そして椅子に座ってさあ髪を洗おう、としたのだが。


(……この長い髪ってどうやって洗うんだ?)


 普通に考えてこれだけ長いと洗うのは大変だよな、と思いつつ水の槽から汲んできた木桶におそるおそる手を突っ込んでみる。先ほどまで冷たかった水が、浸かっていた温泉と同じぐらいの湯温になっていた。

 何やら魔法の道具らしく、これで汲んだ水は程良い温度になるらしい。なかなか便利なものだなこれ。

 そのお湯を使い適当に髪を洗い流していると、同じように髪を洗っていたノーチェから声を掛けられた。


「プリルさん、普段からそういう洗い方されてたんですか?」

「えっ……」


 ノーチェにそう言われ、答えに窮する。どう言えばいいんだろうか。

 ここで誤魔化しても――仕方がないよな。


「え、えっと……周りに教えてくれるひとが、居なくて」

「……本当ですか? ……ああでも、山奥で暮らしていたって仰ってましたし……。なるほど、だからお風呂でも気にせず髪を付けてたりしたんですね」

「え、あ、う、うん」

「……分かりました! 私が洗い方を教えてあげます」


 それから、ノーチェから洗い方講座を受けることとなった。

 とにかく洗うだけで時間がかかる。面倒でしかないが、プリルがプリルであるために必要なことな気がしたので、真面目に手ほどきを受けたのだった。


☆☆☆


 そうしてようやくそれが終わったあと、本題だった背中流しに。ノーチェに背を向けると、失礼しますねという声をともにノーチェは背中を洗い始めた。


「痛くないですか?」

「うん、大丈夫よ」


 そう答えるとノーチェは「よかったです」と嬉しそうに話した。――絶妙な力加減で優しく洗ってくれているのが分かる。

 人に背中を流してもらうなんてことなかったよなあ。背中って自分だと洗いにくいし。

 そう思いつつ、前は自分で洗う。目線を下げると大きな双丘が二つ。その下は、それが壁になって見えなかった。

 ひとりのときだったら色々と確かめるのだが、それはできそうにもない。

 心を無にして、布を優しく肌に滑らせるのだった。


「あの、プリルさん。尻尾も洗いますか?」

「……うん、お願い」


 あらかた洗い終わったあと、ノーチェからそんなことを言われる。

 そういえば猫人族だから、頭の耳の他に尻尾もあるんだったな。

 そんなことを考えていた次の瞬間、強烈な刺激が尻尾を襲う。


「ふぎゃっ!?」

「わわっ!? ぷ、プリルさん!? 大丈夫ですか!?」


 その刺激が体全体に広がったあと、ふにゃふにゃと体の力が抜けて倒れ込みそうになる。すんでのところをノーチェに支えてもらった。な、なんだ今のは……。


「……尻尾は、そのままでいいから。お湯を掛けてくれればそれで」

「わ、分かりました」


 そのお湯掛けでも微妙に刺激が走って、びくびくと体が震えてしまった。猫の尻尾ってこんなに敏感なんだな……。

 なんだか体中がおかしくなってしまったような気がして、そのあとはすぐ風呂場から出ることになったのだった。


☆☆☆


 部屋にもどったあと、姿見の前にて。

 ノーチェが髪の毛をタオルで丁寧に拭き取り、櫛を通してくれた。

 色々と世話して貰って悪い気がしたが、それをノーチェに言うと「これぐらい御世話させてください!」と意に介さない様子だった。

 今は膝まで丈のある、ワンピースのようなゆったりとした寝間着――ネグリジェというらしい――を羽織っている。ノーチェも同じものを着ていて「お揃いですね!」とはにかむ様子は、また可愛らしかった。


 それからしばらく今日のことを話し合っていたのだが、ノーチェが欠伸をし出したので切り上げて床に着くことにした。


「おやすみなさい、プリルさん」

「おやすみ、ノーチェ」


 それぞれのベッドに入って、言葉を交わす。

 俺も疲れが溜まっていたのか瞼が重く感じ、すぐに眠りに就いたのだった。

次話は2/5の7時に掲載予定です。→延期します

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