04 才能ナシ
「ええと、向こうの方に見える森です!」
先導するノーチェがこちらの方を向きつつ、指を指す。その先は、様々な木が生い茂ったエリアだ。
――AWの世界は知っているが、現実となったこの世界のことはよく分かっていない。なので、初めの依頼を引き受けてノーチェに案内してもらいつつ、この世界のことを色々と訊いておこうと思ったのだ。
「プリルさんは魔導士の方、なんでしょうか?」
「んー、まあそんなところだ」
「だけどギルド登録がまだだったなんて。身形がよかったので、経験を積まれた方かと思いました」
「まあ、色々あってな……」
「お金もたくさん持ってるし、何か商人の……あっ、すいません! あんまり訊くと失礼ですよね」
「あー、その辺りは訊かないでおいてくれると助かる」
俺が質問していたのに、気が付けばノーチェ側から矢継ぎ早に質問を受けていたり。
その様子はちょこちょこと動き回る小動物のようでかわいらしい。
そんなノーチェは、腰に剣を携えていた。ほぼ間違いなく剣士職だろう。
布でできた質素な服装、胸当てと装備しているものは初心者向けのものだった。
さて初めのクエストは、郊外の森へ薬草を採取してくることである。
それ以外の達成条件はとくにない、チュートリアル的な依頼だ。
冒険者が通る道というのは、だいたい決まっているらしい。その道は草が少なく、人が頻繁に往来しているというのが一目で分かった。
森の中は木々の間から陽の光が差し込んでいて雰囲気もよく、さながらピクニックに来ているかのよう。
まあそんな暢気に感じているのも、この森には弱い魔物しか居ないということが分かっているからである。あくまでAWでの話だが。
「あっ、魔物です」
そんなことを考えていると、ノーチェが声を落としてそう伝えてきた。
ノーチェが指差した先には、頭に一本のツノが生えたウサギのような動物。
この森に出現する魔物は、小型の動物系のものだけだ。
AWで見覚えのある魔物である。初心者がまず初めに相手をする魔物だ。こいつはレベル一の初心者でも、まず負けることのない相手である。
「わたしが相手をします」
「ああ。任せた」
ノーチェが鞘から剣を抜くのを見て俺は一歩下がり、傍観することにした。
俺は一度も魔物と戦ったことがないし好都合だ。口振りから慣れてそうだし、ノーチェの戦い方を参考にさせてもらうとするか。
☆☆☆
「……大丈夫か?」
そう声を掛けた先は、顔から草むらに突っ込んだノーチェの姿があった。
あれから魔物と戦うノーチェを眺めていたのだが、一向に攻撃を当てられないでいたのだ。
まるで剣に振り回されているかのようで、とても戦いになっていなかった。
魔物はあちらから襲ってくるタイプではなく、剣を当てられず傍で倒れ込むノーチェに驚いて逃げて行ったのだった。
剣を持ったまま倒れたら身体を怪我するんじゃないか、とハラハラするほど。
「なあ、その剣ってそんなに重いのか?」
「そ、そんなことはないです!」
「……ちょっと貸してくれ」
そう言って半ば強引に、ノーチェの手から剣を奪い取ってみた。その剣は刃渡り五十センチほどのもので、おそらく剣士職の初期装備であるショート・ソードだろう。剣士職もサブキャラで経験はしていたので見覚えがあった。もちろん、こんなものを実際に手にするのは初めてだが。
手で持った感じは一、二キロぐらいだろうか。俺が持ってもずっしりと重いような感じがする。
ものは試しにと一振りしてみるが、難なく行うことができた。
ただ少し違和感を覚えたが、すぐにそれが何か分かった。体が変わったせいだろう。男だったときに比べ、腕はかなり細くなっている。ステータスの補正がなければ、ノーチェと同じように剣に振り回されるはめになっていただろう。まあそもそも、魔導士は剣を持つことはないのだが。
――しかし、振るった際に胸がぶるんと大きく揺れたのは大いに気になるところだ。これ、激しい動きとか無理なんじゃないのか。
俺は剣をノーチェに返すが、ノーチェは押し黙ったままだった。少し気まずいような、そんな空気が流れる。
「……なあ、一つ訊いて良いか? 魔物と戦ったこと、あるのか?」
不安に思ったことをノーチェに尋ねる。確信はなかったが、おそらくこれは戦ったことがないんじゃないかと。
「……いえ、ないです。今が初めてです」
「……剣を持ったことは?」
「ないです。故郷を出るときに譲り受けたものですが、実際には」
「……それでなぜ剣士になろうとしたんだ?」
「わたしが幼い頃、危険な目に遭ったときに救ってくれたのが剣士のお姉さんだったんです」
そう言ってノーチェは俺に語り始めた。
故郷の集落に住んでいたが、ある日家族とともに隣街へ訪れてその帰る途中にはぐれてしまい、運悪く魔物と遭遇してしまったらしい。
恐怖で腰が抜けてしまったときに、助けてくれたのが剣士だったらしい。
自らを冒険者だと名乗ったその剣士は、ノーチェを集落まで送り届けてくれた。
その経験から将来は剣士になると心に決めて、つい最近故郷を出てここへ来たとのことだった。
引き受けてきた依頼も、採集などが中心で戦闘とは関係のないものだったらしい。
「話は分かった。……とはいえ、剣もろくに振るえないんじゃなあ」
「そ、それは……」
そう言って再び押し黙ってしまう。うーむ、どうしたもんか。
おそらく、ノーチェは剣士には向いていないだろう。剣に振り回されているようじゃ、誰だってそう思うに違いない。
しかし向いていないと言うのは簡単なことだが、それを言ってしまうとノーチェの心を折りかねない。
「あー……。その、なんだ。……とりあえずやることやって街に戻るか」
「……」
俺の言葉を聞いたノーチェは無言で立ち上がり、俺の横へと付いた。
そのあと無事に目的の薬草を見つけて採集し、街へと戻ることになるのだった。