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03 はじめの街で一悶着

(よ、ようやく着いたぞ……)


 周囲がレンガのようなもので囲まれた、集落のような場所が眼前に広がっていた。

 あのあと散々歩き回り、ようやく目的の街へと辿り着いたのだ。

 あの妖精、街の方向を教えるのを忘れやがって。

 プリルの背丈ほどの長さがある(スタッフ)を地面に突いて、大きく息を吐いた。


 道中では魔物とは全く遭遇しなかった。一応警戒していたが、やはりゲーム通りだったようだ。

 AWと同じ世界ならば、魔物と呼ばれるものが存在する。

 MMORPGでお馴染みのあれである。それを倒すことによって経験値を得て、それが一定値に達するとキャラクターのレベルが上がる。

 とはいえこのキャラクターはすでに最大レベルまで達しており、どれだけ経験値を得てもレベルが上がることはない。


 最初のエリアはいわゆる魔物も出現しない設定だったが、それもゲーム通りだった。

 仮に現れたとしても、こちらはレベル最大。序盤の魔物から攻撃を受けたとしても、ダメージはゼロである。

 しかし念のため警戒していたが、取り越し苦労だったようだ。


 街への入り口の門に差し掛かるが、誰もいない。AWだと、案内キャラクターが突っ立っていたのだが。

 まあ俺のキャラ設定が違っているところもあったし、完全なるコピーではないのだろう。

 俺は気にせずに門をくぐり、街へ入った。


(中は……ああ、こうなっているのか)


 背の低い街並みを望んで、息を吐く。

 高層ビルに囲まれた、元いた世界とは大違いである。

 AWの世界観としては、MMORPGでよく見掛ける中世をモチーフにしたものだ。街並みを眺めるだけでも文化レベルは元いた世界のそれを大きく下回るだろう、と容易に想像が付いた。

 科学技術の代わりに、魔法などといった技能(スキル)が発展しているのだ。


 AWでは、この街でチュートリアル的な説明を受けられる。

 そしてプレイヤーは冒険者として、各地へと旅立つのだ。

 AWと同じ世界であるならば、やることは変わらないだろう。


(まずは……定石どおりならギルドへ行くべきか?)


 AWでこの街を訪れたあとは、はじめにギルドと呼ばれる場所へと向かう。

 そこではチュートリアルを兼ねた簡単なクエスト、依頼を引き受ける。

 クエストをこなすことによって、アイテムやお金を得たり、経験値を得たりする。

 それを繰り返してレベルを上げ資金を貯め、装備などを充実させていくのだ。


 ただ、今の俺にはそういったことは不要である。レベルは最大であり、アイテムも揃っている。道中でアイテムを確認してみたが、AWで持っていたものは全て引き継いでいたようだ。――ただ一つ、衣装類を除いて。

 だがこの世界の勝手がまだ分からないので、ここはゲーム通りに進めていくべきだろう。


(……なんか、やたら視線を感じるな)


 途中何人か街の住民らしき人とすれ違ったが、じろじろと見られたような気がしていた。

 ……この格好、どこか変なところはあっただろうか。

 自分の姿は確認していたが、おかしなところは見当たらない。かわいい猫耳の少女がいるだけだった。


 そう言えば気付いた点がある。どの景色も、なぜかやたらと高く感じるのだ。

 どうしてだろうと考えつつ歩いていると、ガラス張りの店の前に差し掛かる。

 ふとそこに目を移すと、光に反射してプリルの姿が映し出されていた。

 そこでようやく分かった。プリルの身長が低いためだ。


 AWでプリルのキャラメイクをしたとき、身長は年齢より少し低めに合わせた。

 俺は元々一八〇センチほどあったのだが、プリルはそれよりも低い。たぶんだが、頭一つ分ぐらいは低いような気がする。

 プリルになってしまったことの影響は、こんなところにも出ていたようだ。なんだかまだ色々と問題が見つかるような、そんな感じがする。

 俺は大きく溜息を吐きながら、その場をあとにしたのだった。


 ☆☆☆


 そしてギルド前に歩き付いた。あの女神とやらに文字や言葉について予め訊いておいたのだが、心配は不要だったようだ。ギルド前の看板は見慣れない文字のはずなのに、当たり前のように読めてしまったからだ。

 ギィとドアを開けると、色んな声や音が一斉に耳の中に入ってきた。思わず両手で頭の上の耳を塞ぐ。この耳、ガヤガヤとしたところは苦手のようだ。

 入り口正面の奥に受付があり、他のスペースには多くの木のテーブルが設置されている。


 さてAWではギルドの受付員に話し掛けて冒険者登録をし、初めのクエストを受注するのが一連の流れである。

 早速……と思い受付へ向かう途中、傍のテーブルから怒鳴り声が聞こえた。足を止めてみると、何人かの連中の一人が小さな子に対して何か言っているようだった。

 無視しても……と思ったのだが、足を止めてしまった手前そのまま放置するのもなんだか嫌な気がした。


「……何かあったのか?」

「ん? 猫の嬢ちゃんには関係ない話だ、子供はあっちに行ってな」


 いかにもガラの悪そうなおっさんはそう言い、手を仰いであっちへ行けとのジェスチャーを取ってきた。

 その行動にイラッとしてしまうが、何とかとどまった。子供と言われて何とか気付いたが、自分の今の姿を見ればそう言われるのも仕方ない。

 あの女のときには思わずキレてしまったし。――元の世界で営業していたときにも、ムカつく野郎に当たることはあったのだから、それと同じだ。今後は抑えなければ。


 しかしまあどっか行けと言われた手前そのまま去ってもよさそうなんだが、そのまま引くのは馬鹿にされたような気分で癪に障った。

 そしてふとひらめく。おっさんにそう言われたのならそうしてやればいいのだ。


「お、おじさん、その子のこと泣かせたの……?」


 声色を変え、本当に子供のような演技をしてみる。

 ――ヤバい。自分で()っておきながら、これは破壊力が高い。

 ちなみに、本当に泣いているかどうかは分からない。ちらっと見たが俯いたままだったので、表情まで伺い知ることはできなかった。

 するとおっさんの近くに居た連中がおっさんに『そこまでやらなくても』やら『周りが見てるぞ』など言ってきた。


「うっ……ち、違うんだ、こいつに飲み物をぶっかけられて服がダメになったから、弁償してもらおうと思ったんだが、金がねえと抜かすんだよ」


 椅子に座ったおっさんが、しどろもどろになりつつそんなことを言う。

 おっさんが指差した先の布服に、べったりとシミが広がっていた。色の付き具合から、これは洗ったとしてもシミが残ってしまうだろう。

 こいつ、と呼ばれていた子はどうやら女の子のようだ。プリルと身長は同じぐらいで、茶色のショートカットをしている。


「……その服、いくらしたの?」

「ああ? ……そうだな、これぐらいだ」


 おっさんはそう言うと、人差し指と中指を立てた。

 この世界での通貨の概念は妖精から聞いていたが、大したことのない額だ。


「……」


 ここまで首を突っ込んでおいて、このまま女の子を無視して去るのはさすがにできない。

 こんな状態の子を見て何もしないのは、男が廃るというものだろう。もう身体は男ではないが、心は男だ。

 妖精から説明を受けた通り、頭の中で出したいモノを想像しながら布の道具袋の中に手を突っ込む。そうすることで、インベントリ(持ち物)にあるモノや金が瞬時に出せるようになっている。

 ぺらぺらの道具袋なのに、あの量のアイテムや金がどうやって――まあ考えても仕方がない。

 道具袋から2枚の硬貨を取り出し、おっさんに手渡した。


「おいアンタ、これ……」

「……足りなかったの?」

「いや…………何でもねえよ」


 おっさんはそう言うと、傍に居た仲間らしき連中とそのままどこかへと行ってしまった。

 残ったのは周りのギャラリーと、女の子だった。

 多くの人に囲まれて視線が痛い。早めに立ち去った方がいい気がする。というか、あんな演技をしたせいで死ぬほど恥ずかしい気分だった。

 先にギルド登録をしたかったが、ほとぼりが冷めた後で出直せばいいだろう。

 そうして女の子に背を向けたところで、後ろから声を掛けられた。


「あ、あの……これのお返しは」

「ん? ……ああ、大した額じゃないから別にいいぜ。それよりもあんなのに絡まれないよう気を付けるんだぞ」


 振り向いて女の子を見ると、中々可愛い顔をしていた。表情は曇っていて目には涙を浮かべていて、一層庇護欲をかき立てられる。

 俺はそう言い再び背を向けたが、女の子に待って下さいと引き留められた。


「いえ、さっきのお金、桁が一つ違ったんです……」

「は? ……ああ、多かったのか。まあ、ホントにはした金だから問題ないぞ」

「あの金額がはしたお金……。すごいお金持ちさんなんですね」

「……」


 金持ち、と言われればそうなのかもしれない。ゲームで持っていた金額をそのまま引き継いでいるようだから、たとえレア装備をいくら買ったとしても所持金が底を尽くことはないだろう。


「あ、あの! お名前を聞いても良いでしょうか……」

「うん? あー……」

「……?」


 名前と言われて、そういえばそれを決めていなかったことに気付く。

 少しだけ考えたのちに、口を開く。


「プリルだ。……きみの名前は?」

「あっすいません! わたしはノーチェと言います! あの、何かお礼がしたいのですが……」

「……別に気にしなくていいんだが……」


 そう言うがノーチェは「このまま何もせずというのは……」と渋る。どうやら本人の気が済まないらしい。

 とはいえ、お礼をしてもらうにしても何がいいのか。金のかかることはたぶん無理だろう。

 どうしたもんか少し考えたあとに、良い案を思い付いた。


「おーそうだ。頼み事を聞いてくれるか?」

「なんでしょう? わたしに出来ることだったら何でもします!」

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