02 見覚えのある妖精(イラストあり)
(……ここは)
目を覚ますと、背中にふかふかのベッドのような柔らかい感触。
体を起こしてみると、見渡す限り広い草原が視界に広がっていた。
(夢じゃない……よな)
先ほどまでの光景が目に焼き付いていた。
手を見るとやはり俺のものではなく、黒のロンググローブがはめられた華奢な手だった。髪の毛も、頭の耳もあった。
あれは夢ではなく現実に起こったことだ。そして俺は、不本意ながらもプリルへとなってしまったのだ。
ふと顔を下に向けると、二つの膨らみがあった。
一瞬目が点になるが、プリルは女キャラなのだからあって当然だ、と自分に言い聞かせた。
プリルの年齢設定は十代半ば。しかし、胸の大きさは年齢よりもやや大きめに設定していた。
そして胸元を覆うドレスの隙間に、柔らかそうな白い双丘が顔を覗かせている。
――心の中でとある欲求がむくりと顔を上げた。
キョロキョロと周りを見渡すが、誰かがいるような気配はない。
ごく、と唾を飲んだ俺は手をゆっくりと膨らみの元へと持っていく。
(……ん?)
手がそこに触れる寸前、遠くから何かが羽ばたく音が聞こえた。
顔の横ではなく頭の上にある耳が、音の在処を知らせてくれた。
目視だと何も見えないが――どうやらこの耳は、遠くの音を聞き取れるらしい。
横に落ちていた、AWのときに愛用していた杖を手に取り、立ち上がる。
ふうと息を吸い込んで見ると、陽の暖かさや風が吹くときに漂う草の匂いなどがある。……ゲームではなく、この場に本当に存在しているということを思い知らされる。
(このままここに居ても仕方ないし、行ってみるか……)
そうして、目的の場所へと歩き始めた。
しかし歩くとき、揺れるものに違和感を覚える。
歩くときにヒラヒラと風に靡く、スカートが落ち着かない。……プリルに着せていた格好とはいえ、ミニすぎるだろこれ。
しばらく尻に手を当ててスカートが捲れないよう歩いてみたが、あまりに億劫で諦めた。
それにしても股間がスースーとして――これ、風が吹いたら丸見えじゃないのか。
(そういや、ゲームでも普通にパンチラしてたよなこれ……)
立ち止まって、改めて全身を見回してみる。
今の俺は、黒を基調とした衣装に身を包んだ美少女である。恥ずかしげもなく肩をさらけ出し胸元を包んでいる黒のドレス、膝上まである黒のブーツとプリーツスカートの間にある絶対領域と、二の腕の白い肌が映える。
こんな身形だが、防御力は申し分ない値を誇るレイドボスドロップのレア装備である。
各種状態異常の耐性が付与されているので、決して見た目だけでの装備ではない。
――当然ながら、自分で着ることになるなど思ってもみなかった衣装である。
女装趣味などはなかったし、着ようとも一ミリも思わなかったのだが。
(どうして俺がこんな目に遭うんだ……)
この境遇へ陥れた女に恨みを抱きながら、再びトボトボと歩き始めたのだった。
☆☆☆
「あっ遅かったね! 道に迷ったのかな?」
そこには、予想通りのキャラクターが居た。
ふよふよと空を漂う、手のひらサイズの妖精。質素な緑のワンピースを着て、花をあしらった髪飾りをしている。
こいつは、初心者にゲームの遊び方を紹介するNPCだ。
――歩いている間に気が付いたのだが、ここはチュートリアルフィールドである。
ここで一通りの操作を教えてもらったあと、指示された方へ向かうと最初の街へと辿り着くのである。
しかし目の前に居るこの妖精は、やはり――。
「なあ、あんた……さっきの女じゃないのか?」
「……何のことかな? 私は女神さまから派遣されたただの妖精だよ!」
一瞬の沈黙の後、妖精はそう答えた。
――怪しい。なにせ顔付きや髪などがあの女とほぼ同じなのだ。身体をそのまま小さくし、背中に羽を生やしただけにしか見えない。
じっと見つめるが、妖精は首を少しだけ横に傾けるだけである。いかにも『?』マークを浮かべたかのような。
とぼける気なのだろうか、こいつ。俺は溜息を吐いて妖精に声を掛けた。
「それで、アンタがここにいる理由は?」
「えっと、女神さまから貴方を案内するように言われてきたんだよ。さあさあ、まずは職業を決めてね!」
AWにおいて、はじめにどんな職業になりたいかを選ぶ場面がある。打撃武器を扱う前衛職、飛び道具や魔法を扱う後衛職を主としてその他細分化されていく。
プリルは後衛職の魔導士であり、ステータスやスキルやらもそれに合わせてある。わざわざ変更せず、そのままでいいだろう。
「……魔導士で」
「魔導士だね! それじゃあ……えいっ」
妖精が何やら念じて俺に手をかざしたかと思うと、俺の足元からぱあっと光が広がった。
淡い緑の光が身体を包みこむ。しばらくするとそれは止み、これで終わりと妖精は言った。
とくに何かが変わったような感じはしないが、確かAWでもこんな演出があった気がする。
「それじゃあ、早速その職業のスキルを使ってみよう!」
「……どうやるんだ?」
「ええと、念じれば自ずと使い方が分かる、らしいよ」
「……」
なんだか言い方が白白しい気がするが、もう気にしないことにする。
――とりあえず、一番最初に覚える魔法スキルを使うべきだろう。
火の玉を魔物にぶつけるファイア・ボールがそれだ。頭にそれを思い浮かべてみる。
すると頭の中でどのように扱えばいいか、忘れていたことを思い出すような感覚に襲われる。
知らなかったはずなのに、ずっと自分が使ってきたかのような、そんな感覚。このキャラでは数え切れない程使ってきたのだから、そのせいなんだろうか?
「……ファイア・ボール。……うおっ!?」
魔法の発動の瞬間、地響きとともに杖を向けた先の地面から火の柱が渦を巻いて舞い上がった。同時に風が吹き荒れ、砂埃が舞い目元を手で
暫く経ってようやくそれらが収まった。服に付いた砂埃を手で払いながらその地点に近付いてみると、そこには大穴がぽっかりと広がっていた。そっと覗き込んで見るが、底が確認できないほど深いようだ。……なんだこれは。
「おい、なんか火柱が上がったんだが。火の玉を出す魔法のはずなんだが?」
「うーん、どうしてだろうね?」
ゲームの中では、スキルそれぞれにレベルの概念があった。魔法スキルも例外ではない。ファイア・ボールはレベルを上げると火の玉の数が増えたり、威力が上がって与ダメージを増やしたりできる。ただ、火の玉の域を超えることはなかったし、ましてや火柱が上がるなんてことはなかった。
「女神さまは完全にコピーしたって言ってたけど、少し勝手が違うのかもしれないね!」
「……」
へらへらしながらそう話す妖精を横目に、不安が頭を過ぎる。
大丈夫なのか、これ。他にもおかしいところがあるんじゃないのか。
「もしかしたら、キミのステータスのせいかも?」
「……そうなのか?」
「うん。よかったら見てみる?」
「そんなの見られるのか?」
「女神さまの力をお借りして、頭の中でステータスを見せるよ」
妖精が何やらぶつぶつと念じたあと、頭の中で文字と数字が浮かび上がってきた。
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プリル
女 デミ・ヒューマン(猫人族)
Lv:300
HP:67341/67341
SP:27286/27286
力:4(+500)
知能:675(+500)
体力:150(+500)
精神:20(+500)
敏捷:7(+500)
常時発動スキル:SP回復Lv.MAX、魔法威力増大Lv.MAX、即死攻撃無効化Lv.MAX、状態異常耐性Lv.MAX、(非表示)
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頭の中で見たそのステータスに、俺は思わず吹き出してしまう。
レベルなどはそのままだったのだが、ステータスの補正があまりに大きすぎるのだ。
魔導士なので、ステータスが知能重点なのは間違っていない。装備などの効果でステータスは多少上がることはあっても、せいぜい50程度が限界である。+500などという馬鹿げたプラス補正は、ゲームバランスが崩れてしまうのであり得ないはずだ。
パッシブスキルにもおかしな点が多い。即死攻撃無効やら状態異常耐性やら、そんなものはゲーム中にはなかった。そして『非表示』とか……なんだこれ。なんで表示していないんだよ。
「……さっきの魔法がおかしかったのは、この変なパッシブスキルのせいじゃないのか」
「よくわからないね! ……あっ、女神さまはサービスで付けた、と言ってたような気がするかな!」
色々と突っ込み所はあるが、このステータスだと本当に敵なしの気がする。元のステータスでも十分に高かったのだが――計画の実行時には大きな力となるだろう。
☆☆☆
「それじゃ、私の役目はこれまでだね」
「なんだ、付いてきてくれねえのか」
それからいくつか説明を受けたあと、妖精が言い出したことに不満を言う。
折角ならもっと教えてくれて欲しいものなんだが。
「私はチュートリアル妖精だからね! 教えることももうないし」
「……そうか」
「あっ、女神さまから伝言を預かってたんだった! 幸運を、だって」
「……」
そうして妖精は手を振りながら一瞬のフラッシュのあと、忽然とその場から姿を消した。
さて、どうするか。AWの通りだと、そう遠くないところに街がある。とりあえずは、そこへ行ってみるべきか。どうなっているか気になるところだ。
(よし、行ってみるか)
そう決めた俺は、目的地へ向けて歩こうと決めたところで動きを止める。
(…………どの方角へ向けて歩けばいいんだ?)
かんむりさん(https://twitter.com/kannmuri0227)よりプリル&妖精のファンアートをいただきました! ありがとうございます!!