01 どう見てもマイキャラなんだが?
(……んあ?)
目を覚ますと、真っ白な天井。
むくりと体を起こし、周りを見渡す。しかしどこまでも天井と同じ光景が広がっていた。
(どこだ、ここは)
確か、自分の部屋でAWをプレーしていたはずだが。
……そのはずだが、最後の記憶が無い。
何かが起こったような……。
しかし間もなく、体に違和感を覚える。
周りを見回しているときに、何かが顔に当たるのだ。
それを掴んでみると、髪の毛だった。
黒い艶のある、さらさらとして透き通るような髪。
「な、なんだこれ……ってうおっ!?」
思わず声が出てしまうが、その声も『俺』の声ではなくてさらに驚いてしまう。
――意味が分からない。あーあー、と声を出してみるも、やはり違う。
まるで少女の、鈴を転がすような声だった。
何が起きたのか分からず混乱しているところ、拍車を掛けるかのように眩い光が襲う。
手で顔を覆っていたが、次の瞬間見知らぬ女がこちらを見つめて立っていた。
「だ、誰だ!?」
「……驚かせて申し訳ありません。星井篤士さん」
「……そうだが、どうして俺の名前を? どこかで会ったか……?」
まるで外人のような金髪ストレートロングの持ち主で、しかも白い布を身体に巻いたコスプレのような衣装をしている。少なくとも、こんな女と知り合いになった記憶はなかった。
というか、パッと見は痴女である。胸とか大事な部分を覆っているだけだし。できれば近寄りたくない類の人物だ。
「いえ、違います。その前に私の紹介からしましょう。といっても名前というものは持ち合わせていないのですが……。そうですね、転生を司る者といったところです。女神、とも呼ばれることがありますが」
「……は?」
何を言い出すのかと思えば、訳の分からないことを抜かしやがる。頭でもぶつけてしまったのだろうか?
混乱する俺を余所に、女はそのまま続ける。
「星井篤士さん、大変申し訳ありません。本来あなたをお迎えする予定ではなかったのです」
「……すまん、言っている意味が全く分からないんだが?」
「間もなく寿命が尽きる方をお迎えするつもりだったのですが、こちらの手違いのせいです」
さらに訳の分からないことを言い出す女に、もはや頭が付いていかない。ちょっと待てと言おうとしたが女は話を続けた。
「本来あなたではなく、寿命の尽きる方をお迎えする予定だったのですが、こちらの手違いであなたをお迎えしてしまいました」
「……お迎えって一体なんだよ? 何がどうなってるんだ?」
「……有り体に言いますと、間違ってあなたを死なせてしまいました。……申し訳ございません」
「……………は? 死なせ……た?」
「大変申し訳ございません」
そう言って女は頭を下げた。
言っている意味が分からない。死んだっつったって、俺はここに……。
「私のミスが原因です。そしてあなたをその姿にしたのは、私の判断です」
「な……」
女にそう言われ、今一度自分の体を確認する。これはどう見ても『俺』の身体ではない。というか、これはどう見ても男の『俺』ではなく、女である。
そこでようやく、この女の言っていることが本当なのではないのかと思い始めた。
自分の身に起こっているありえないことが、それを証明していたのだ。
「み……ミスだったんなら元に戻せるんだろうな?」
「それはできないのです。一度お迎えした方を生き返らせることは、規則に反する行為ですので……」
「そんなこと言ったって、あんたのミスで起こったことだろうが。今すぐ戻してくれ。……折角いいところだったんだぞ、どうしてくれるんだよ!」
話しているうちに最上位レア確定のガチャ途中だったことを思い出して、怒りが込み上げてきた。しかし女の顔は晴れず、伏し目がちに口を開いた。
「……申し訳ございません。戻そうにももうどうにもならないのです。あなたの身体は雷を間接的に受けて感電死してしまいました。落雷の衝撃でお住まいも燃えてしまい、もう何も残っていないのです……あなたの身体も焼失しています」
女のその言葉を聞いた瞬間、俺の怒りは頂点に達した。
☆☆☆
「はー……それで、俺は一体どうなるんだ」
散々怒鳴り散らした結果、息が上がってしまってその場に座り込むことになってしまった。
息を整えていると少し頭が冷めてきたようだ。このまま怒っていても何もならない。
この女に今後どうすればいいのか、尋ねることにした。
「はい。まず、あなたの今の姿なのですが……」
女が目の前で両手をかざすと、円形の光が浮かび上がった。
それはどうやら鏡のようで、そこに映し出されていたのは――。
「これが……俺……?」
先ほどから違和感があったのは、これのせいだ。
そこに映っていたのは、どこか見覚えのある姿。間違えるはずもない。この姿は――。
「おい、これ……プリルじゃねーか!!」
「はい、そうです」
プリルをそのままそっくりコピーしたかのような、可愛らしい少女が映っていた。
右手を挙げると鏡の中の少女も右手を挙げ、左手で髪を掴むと少女も同じ動作をした。
……信じたくもないが、その少女は自分自身の姿らしい。
「なんで、こんな姿になってんだ……?」
「その姿に特別な想いを抱いていらしたようなのですが……間違っていましたか?」
「いや、あー……」
女にそう言われ、返事に困ってしまう。こいつの言っていることが、百パーセント間違っているわけではなかったからだ。
……とはいえ、到底承服できることではない。
「いや待て。答えになってないだろうが。別にこの姿にする必要はないだろうが」
「それには理由があるのです」
「は? ……なんだよ理由って」
「事故の際、あなたの魂にまでダメージが及んだため魂ごと再構成する必要があったのです。ただダメージの影響が深刻で、あなたの心に強く残っていたその姿に固定するのが精一杯だったのです」
「な、なんだと……」
女の言葉に、体の力が抜けてふらついてしまう。地面へと倒れ込む前に女が支えてくれて事なきを得た。
大丈夫ですかとの声に、俺は支えてもらっていた手を振り解く。一瞬優しい奴かと思ってしまったが、こうなったのは全てこいつのせいだ。騙されてはいけない。
「再構成の際に、最大限そのまま近づけるように配慮しました。ですので、その姿のあなたは思った通りのことができる能力を持っています」
「……どういう意味だ」
「あなたが心の中で思い描いていた姿で再構成しましたので、その姿でできていたことをそのまま引き継いでいます」
「……なんだかよく分からんが……。……AWで使っていた能力がそのまま使えるってことなのか?」
「AW……ええと、その姿の元になった世界のことですよね。そういうことです。その姿であなたが居た世界に再度お送りするというのはできません。ですのでその姿にあった世界へお送りしたいと思います」
「それはAW……あんたが言ってたこの姿の元になった世界ってことか?」
「はい、それに可能な限り近づけた世界です」
納得はいかない。しかし元に戻れない以上は、この女の言うことに従うしかない。俺自身ではどうしようもないし、受け入れるしかないのだろう。
俺はそこで少し考えてみる。このキャラは、心血を注いで育て上げたキャラクターだ。レベルは上限まで上げてあるし、数多くのスキルも持っている。
AWでは、プリルは圧倒的な強さを誇っていた。……つまり、その世界でも俺は敵なしに近いということだ。
そして俺はとある考えを思い付く。この姿ならば、きっと――。
そう考えると、これは決して悪くない状況ではないのかと思い始めてきた。
「あの……何か表情が怖いのですが……?」
怪訝な顔をした女からそう言われてハッとする。姿見が映し出す俺の姿は、美少女らしからぬ歪んだゲスい顔をしていた。いかんいかん、折角の美少女の顔が台無しだ。
咳払いをして、俺は表情を戻した。
「あー、分かった。仕方ないならこの姿でもいい。ただいくつか聞きたいことがあるんだが……」
「はい、何でしょうか」
☆☆☆
それから確認しておきたいことを聞いた俺は、遂にその世界へと向かうことになった。
「……それでは、この度はご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。星井篤士さんの今後の人生に幸ありますようお祈りしております」
「ああ」
御辞儀をした女を見つめていると、徐々に白い光が視界に広がっていく。そして目の前が真っ白になり、意識が途切れた。