12 衣服店にて
「プリルさん、今日の予定は何でしょうか?」
翌朝のこと。いつものように髪の手入れをしてもらっているとき、ノーチェからそう尋ねられる。
少しだけ考えたのちに、俺は口を開いた。
「いいえ、何もないわ。今日は休みにするつもり」
昨晩寝る前に、今日のことを考えていたのだが。
ノーチェは昨日から精霊術士として歩みはじめたばかり。目標があるとはいえ、急いでやることではない。そして今すぐにお金を稼ぐ必要もない。
そんなわけで休息も必要だろうと考えて、今日は休みにしようと決めたのだった。
「あっ、でしたら……プリルさんと行きたい場所があるんです。一緒に行きませんか?」
「行きたい場所?」
「そうです。ちょっと、買い物をしたくて」
「買い物、ねえ……」
そういえば、まだまともに買い物とかしてなかったよな。昨日パーティーを組んで、外へ出る前にはちらっと店に寄ったけど。あとは、料理屋で飯を食ってたぐらいか。
……ショッピングだなんて休日ならではのイベントだ。休息にはちょうど良いかもしれない。
「いいわよ。候補もあるみたいだし、付き合うわよ」
「やった! そうしたら、朝ご飯を食べたら向かいましょう」
行きたいところがあるならと気軽な気持ちでOKを出したのだが、朝食後に連れてこられた先は――。
△△
「プリルさんってその服しか持ってないんですよね? 折角ですし買いに行きましょう」
「うぇっ!? い、いいわよ……今持ってないだけだから……」
「というかプリルさん? 下着の替えすら持ってないとか……さすがに女の子としてどうかと思いますよ……?」
「……」
△△
そんなやり取りがありノーチェの言葉に何も言い返せなくなってしまい、街の中心部にある衣服店へと引きずられていったのだった。
(右見ても左見ても女物の服だらけだな……。うわ、あんなの着るヤツ居るのか……ってそういう職業があった気がするな……。露出の多い衣装を着る職業にしなくてよかったな)
そんなことを思いつつ店内を練り歩く。はじめの街に相応しく、ここに置いてある戦闘向けの装備品は防御力とかそういったものはほとんどない。布を縫い合わせただけのものだとか、正直お粗末である。その分、初心者でも手の届く値段にはなっているが。
だが俺たち、とくにノーチェが目的にしているものはそういうものではなく。
そのコーナーからは外れて、普段着などが置かれているコーナーを中心に攻めている。はじめの街では初心者は台所事情であまり目を向けないのだが、ここにはなかなかよさげなものが置かれている。
いかにも町娘が着ていそうな素朴なエプロンワンピースや、生地が映えて少し高級感のあるロングスカートなど。丈が短く派手な柄ものもある。なお、これらの防御値はほぼゼロである。
――正直なところ、ここにあるものをわざわざ買う必要はない。なぜなら、これよりも可愛い衣装なんて山のように持っているからだ。
あくまで自分の家まで行けば、の話だが。
なので改めて買う必要はないのだが――。
自分の家の事は伏せて、今は別に要らないとは伝えた。
「だめです! プリルさんそういうところ無頓着なんですから……。折角可愛いのに、もったいないですよ」
ノーチェにそう言われ、なんとも言えない気分になる。
……まあ、プリルが可愛いのはキャラクリを頑張ったので当然である。
しかし服のコーディネートまでは分からない。もちろんゲーム上で装備品の組み合わせなんかはしばしば行っていたのでわかる。だが、現実はそうでもない。休みで家に居るときは、常時スウェットを着回してたぐらいだからなあ。
そう悩む俺のことなどお構いなしに、すでに隣ではノーチェと店員がやいのやいのと騒ぎながら相談している。
これはもう逃げることはできなさそうだ。……覚悟を決めるか。
「……はあ、分かったわ。ならノーチェが選んでくれる?」
「はい! かわいいのを探しますね!」
そう言うとノーチェは、少し離れたところに居た店員を連れてやってきた。何かと思ったら採寸を先にとのことらしい。
身体を触られるのはなんだか慣れないが、店員が若い女なのでよしとする。
「うわ、プリルさんやっぱりスタイルいい……」
採寸をしながら数字を読み上げる店員を横目に、ノーチェからそんな声が聞こえる。まあ、ノーチェは――だからなあ。プリルはキャラクリでこうしたのであり、はじめからこういったプロポーションなので仕方がない。許して欲しい。
そんなことを思っているうちに採寸が終わり、店員とノーチェはコーナーの衣服をチェックし始めた。
すでに俺は蚊帳の外だ。まあ、今これに興味がない俺が参加しても仕方ないだろうし。ほったらかされた方が気は楽だ。だが、あの様子だと何だか長くなりそうな気がする。
手持ち無沙汰になった俺はインベントリの中身を確認でもしようか、と思って店のベンチに腰掛けて一息吐いたのだが。
「プリルさん、まずこれを着てみてください!」
いつの間にか目の前に来ていたノーチェ。片手で差し出されたのは、女物の上下一式。そしてノーチェのもう片方の腕には、高く積まれたたくさんの衣服が。……おい、もしかしてそれ全部着させる気か。
「いいのを選んで、一緒に街を歩きましょう!」
満面の笑みでそう話しかけてきたノーチェに、少し鬼気迫るものを感じる。目をきらきらと輝かせて、俺を見つめている。
――俺はしばらくこれに付き合わなければならないことを悟り、足取り重く試着室へと向かったのだった。