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Prologue

(今日も疲れたな、っと)


 自宅アパートのドアの前。鍵を取り出して解錠し、少し錆びた鉄製のドアを勢い良く開く。

 真っ暗な中、予備灯を頼りに照明のスイッチを入れる。

 シーリングライトの昼白色の灯りが、室内を明るく照らし出した。


 ビジネスバッグを放り投げ、手早く部屋着に着替えてPCデスクのゲーミングチェアへと腰を落とす。

 そしてコンビニで買ってきた夕飯の袋に手を付けながら、オフにしてあったモニタの電源ボタンを押す。

 そこに映し出されるのは、頭で思い描いていた画面――ではなく、とある街が背景となっているIDとパスワードを入力する画面だった。


(はっ? おいおい…………あー、臨時メンテあったのか。しかも午前かよ……)


 即座にサブモニタで公式サイトにアクセスすると、臨時メンテナンス完了の記載を見つける。

 書かれている内容を読みながら、買ってきたコンビニ袋の中を漁る。


(折角放置してたのに、勿体ねえ……。補填アイテムは……ガチャチケットか。あとで回すか)


 サブキャラでのクエストの都合でわざわざログイン放置していたのに、丸々半日分が無駄となってしまった。

 だが起こってしまったものは仕方ない。コンビニ袋から取り出したペットボトルに口を付け、一息。気を取り直してログインをし直し、キャラを選択。

 ローディング画面のあとに映し出されたのは、これまで複数育てたうちの一キャラ。

 一番初めにメイクし、最も時間を掛けて育て上げたマイキャラだ。


 ギルドメンバーとの会話をそこそこに、マイキャラを操作し街の外れへと移動する。

 そのエリアには、プレイヤーごとの自分の家(マイハウス)が建てられている。

 システムの都合上、それら全てが表示されているわけではない。

 『自分の家(マイハウス)へ入りますか』とのメッセージが現れ、マウスカーソルではいをクリック。

 ローディング後に部屋の一室へ。部屋の端にある棚をクリックすると、収納されている衣装類の一覧が表示される。何ページにも渡るリストを眺めながら今日はどの衣装を着せようか、と頭の中で想像を始めた。


△△△


 アトラクティブ・ワールド――通称AW。一年ほど前に彗星のごとく現れ、圧倒的支持の元にMMORPG界の頂点に君臨したオンラインゲームだ。その人気の理由はキャラメイクの多彩さ。全身の体型から四肢のパーツや顔のパーツ、ホクロに至るまで設定することができ、実質無限大の通りのキャラを作成することができると言われている。

 ゲームそのものも開発チームによる綿密なデバッグや調整がされており、ゲームバランスは絶妙な加減となっている。運営体制も昼夜問わずサポートデスクが機能していて、不具合はすぐに対応してくれる。この辺りの対応が適当な運営会社が多い中で、プレイヤーの間でもかなりの支持を得ているのだ。


 俺、星井篤士(ほしいあつし)はそのゲームを見つけるや否や、すぐに手を出した。会社と家の往復で日々だらだらと過ごしていた中で、何かビビッとくるモノがあったのだ。

 キャラメイクの多彩さに驚くも無料で使えるメイクパーツは一部だけだったので、すぐにコンビニへ走り電子マネーを購入し――数時間掛けて自分好みの見た目のキャラメイクをした。

 ちなみに、キャラクターの性別は女を選んだ。ムサい男キャラクターを使うより、華やかな女キャラクターを使いたいと思ったからだ。

 このゲームは種族も選べるが、数ある種族の中から猫人族を選んだ。腰まで届く長い髪の毛や頭の耳、尻尾に至るまで黒で統一している。イメージとしては黒猫の擬人化である。物静かな雰囲気を出したかったので、顔付きなどもそれにプリセットしてある。

 プリルと名付けたこのキャラクターから、俺のAW生活はスタートしたのだった。


△△△


 二十七歳、大学を卒業して就職してから五年目である。仕事は大変だったものの、持ち前の口の良さで営業の成績はよく、給料はそれなりにもらっていた。趣味らしい趣味は家でのゲームぐらい。金の使い道は飯とパソコン、ゲーム以外にはなかった。

 なので限定の衣装などがランダムに手に入るガチャにも惜しみなく金を突っ込み、欲しいものは全て手に入れてきた。


 自分の家(マイハウス)の衣装棚には、ほぼ全ての衣装やアクセサリが揃っている。その大半は防具性能よりも、見た目を重視した――可愛らしいものだ。

 勿論、狩り用のガチ装備は揃えてある。が、それを装備することは稀だ。すでにレベルキャップまで育て上げた上に、欲しいアイテムもない。所持金も潤沢だ。

 ときには睡眠時間を削り、ごく稀にドロップするアクセサリのためにエナジードリンクを飲みながらひたすら同じMOBを狩るなど、文字通り心血を注いで育て上げたキャラである。思い入れも一入(ひとしお)だ。


 そんなわけで、現状は狩りへ行く必要がない。レイドボスなどから手に入るレアアイテムもほぼ全て手元にある。ガチ装備を使うのは、せいぜいギルド内の狩りイベントなどのとき装備するぐらいだ。もっとも、そのときもネタ装備で行くことが多いのだが。

 あとやることといえば、サブキャラの育成ぐらいか。まあこちらは重要ではないし、気が向いたときぐらいにしか動かしていない。

 ギルド同士で戦うイベントもあるが、そちらには参加していない。以前は参加していたが、色々とあって今はもう隠居状態である。それよりもマイキャラを愛でている――多少語弊がある――方がよっぽど有意義なのだ。


 ザアアアと言う物音を聞き、窓際へ移動してカーテンを捲る。大きな雨粒が窓を濡らしていた。バケツをひっくり返したような雨、というのはこういうのを指すのだろう。帰りに雨に降られなくて良かった。


(ああ、そういえば空がゴロゴロ鳴ってたしな……)


 家へ帰る途中、夕焼け空の向こう側にどす黒い雲の塊が見えていたのを思い出した。

 ――雷が酷いようならば、ゲームを止めてパソコンの電源を切らなければならない。ゲームができなくなるのは残念だが、落雷や停電でパソコンが壊れてしまうよりはマシだ。


 それはさておきマイキャラを眺めつつ、割り箸に手を取る。パキンという乾いた音が部屋に響き、焼きそばに手を付ける。

 夕飯に悩んだときは、いつもこの焼きそばを食べている。独特な油っぽさのある、コンビニのこれが好きなのだ。

 焼きそばを啜りながら、サブモニタを観てゲームファンサイトの掲示板トピックスをザッピング。現在行われているゲーム内イベントの不具合が報告されていた。恐らくすぐに修正されるだろうが、あとでチェックしておくか。


(そういや、ガチャチケットが配布されたんだったな)


 持ち物(インベントリ)をふと見て、そのことを思い出した。折角だし引いておくか。そしてガチャチケットをクリックする


(おっ、これは……)


 金色のガチャマシンが中央に鎮座した画面へと切り替わった。この演出が入った場合は、最上位レアが確定しているときである。


(どうせなら限定衣装の色違いが出てくれよ)


 ガチャで出る衣装そのものは揃えてあるものの、色違いのものまではコンプできていない。染色アイテムを使えば揃える必要はないのだが、そのアイテムは課金アイテムなのである。できれば色違いのまま所持していた方がいい。


(おおお、これはきた!)


 ガチャマシンから吐き出されたカプセルが開くと、最上位レア演出である黄金の光とともに装備品のテクスチャがゆっくりと表示されていく。

 しかしそのテクスチャが完全に表示される寸前、強烈な眩い光とともに体に強い衝撃を受け、そのまま意識を失った。

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