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星草物語  作者: 東陣正則
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日輪洋行



     日輪洋行


 晶砂砂漠のオアシス・ギボで紛失した耐塩性火炎樹、その母種の売却話が塁京の相対する二つの大国、バドゥーナ国とゴーダム国に持ちかけられた。また同時に二国の政府宛に、日輪洋行なる団体から荷が届く。包みの中身は、衛星通信用の画像通信機と、売却申し入れの書状である。

 ノートサイズの画像通信機は、指定のキーを押すと、映像パネルに紫外灯を受けて青海色の蛍光色を発する母種の様子が映し出される。

 申し入れ状には、『当、日輪洋行は、耐塩性火炎樹の母種を入手、母種は一つにつき、塁京二都のどちらか一方に売却を希望。売却先の決定は、送付した通信機器による電子入札で行う。入札は都合二回、第一回は四日後の正午、最終入札はその翌日の正午とする。なお、最低譲渡額は二億ボル、それ以下での売却には応じない。支払いは、金銀貨もしくは宝飾品のみに限定。母種の受け渡しは、入札終了後一日以内に別途、当方から指示する』と、以上のことが明記されていた。

 入札条件は指定された公文書に政府代表のサインと国印を押して制作。指定した日時に、送り付けた画像通信機で送信。画像は当日輪洋行と、相対する互いの政府機関に、自動的に送付されるように設定してあるとのことだ。

 申し入れ状は、公平で明朗な譲渡交渉を期待すると結んであった。

 映像パネルに映し出された母種は、紫外灯を消すと白銀色の地の色にもどる。追加で送られてきた母種の小片に、実際に紫外線を当ててみると、確かに青海色の蛍光を発する。新種の火炎樹の母種が青海色の蛍光を発することを、ゲルバ護国は公表していない。その情報を手にしているのは、母種の獲得競争をしていた国の情報機関だけということからしても、日輪洋行が入札に掛けようとしている母種が、あの晶砂砂漠から持ち出されたものであるのは確かだ。

 会議室の片隅で、評議員全員が繰り返し画像を確認するさなかに、ゴーダム国の政府内に潜り込ませてある情報局員から、ゴーダム国政府にも、つい先程、バドゥーナ国側と同様の画像通信機と書状が届き、急きょ閣僚たちが招集されたとの情報がもたらされた。

 だがそんなことよりも、今回の売り込みが真偽を問うようなものでないことは、送りつけてきた画像通信機が貴重な古代の発掘品であり、数十万ブロシュはする物であるということからも分かる。衛星通信の可能な機材を二つの国に送りつけてきたということは、今回の交渉と取引を、迅速かつ正確に行うということの意志表示であり、また自分たちの居場所を特定できないようにするという狙いも兼ねてのことに違いない。

 対立する二つの国に同時に売却話を持ちかけてきたその手際からしても、この耳慣れない日輪洋行なる団体が、かなりの力を持った組織であることが窺える。初めて耳にする商会名だが、情報局の見解では、ドバス低地に巣喰う大手裏商人グループ五団体のどれかであろうと、推測された。

 強引な申し入れではあったが、とにかく塁京の二大国が天秤に乗せられた母種の公開入札の幕は切って下ろされた。

 おそらくゴーダム国側にも、バドゥーナ国の政府官舎内で母種の入札問題が討議されているということが、潜入している情報部員によって伝えられていることだろう。

 一個のラグビーボール大の母種の最低入札価格が二億ボル、つまり二百億ブロシュ、塁京の小国なら国が買えるほどの金額である。

 いったい母種一つにそれほどの価値があるものなのか。


 そもそも火炎樹の母種とは、どういうものか。

 元来が火炎樹とは、種を植えつけ、発芽生長後、約八年で樹脂の生産が始まり、六十年でその役割を終えて晶化枯死するという、植物様の擬似生命体である。火炎樹はその晶化の始まる直前に、百個ていどの固い殻に包まれた母種を、幹から直接ぶら下げるように実らせる。通常の火炎樹栽培では、その種から苗を作り、農園に植えつけて六十年後に再び母種を採取、そして次の世代の火炎樹を育てるという手順を繰り返す。

 ただこれでは、次の世代の種を得るまで、六十年を待たなければならない。そのこともあって、効率良く種を採取するために、火炎樹が樹液を生産する成熟齢に達した段階で、樹の樹冠を切り落とすという方法が取られる。樹冠を切除すると、火炎樹は樹冠を失ったストレスで、自然状態での結実のほぼ半数の実を実らせる。もっとも、この性質を利用した採種方法でも、母種を植えつけてから次の世代の種を得るまでに、十年近い年月が必要となる。そのため火炎樹の母種は、高価な物の代名詞とまでされてきた。

 火炎樹の母種をもっと簡便にかつ短いサイクルで生産し、安価に供給できないかと、多くの人や国が考えてきた。

 それが可能になった。三十年前のこと、ちょうど湿地性の火炎樹の種が晶砂砂漠で発見されるのとタイミングを合わせたようにだ。

 種そのものを人工的に増殖させる技術が、北のアルン・ミラ国で開発されたのだ。

 振動培養法と呼ばれるその方法を用いると、母種自体が生長分裂を始める。元来が火炎樹は樹木のような形を取っているが、餅菌と同様、微生物を基に作られた人造の擬似生命体である。特殊な誘導タンパクを処理すると、一定の振動数に反応して、微生物が持っている単純な生長分裂の能力が引き出される。アルン・ミラ国の研究者は、この振動培養法を改良発展させ、火炎樹の母種を大量生産することに成功した。

 ただし母種から母種を作ることは出来ない。母種はいったん分裂を止めると、もう二度と分裂しなくなる。分裂増殖した母種から生長した火炎樹は、種子を結実することなく晶化枯死する。つまり分裂増殖してできた種は、生長すると不稔の火炎樹になるのだ。

 この母種の分裂によって作り出された不稔の種は、固い殻を持つために、母種とは異なる呼び方で殻種と呼ばれた。

 不稔の殻種、商売を考えればこれほど都合の良いものはない。

 不稔の種であるがゆえに、殻種を入手した国は、自前の種を採ることができない。火炎樹を育てるためには、種を買い続けなければならない。それは殻種を売る側からすれば、殻種を売り続けることができるということだ。もちろんそのためには、殻種が母種よりも格安であるという条件が付くが、大量生産できる殻種に価格面での問題はない。六十年かけて次の世代の火炎樹を育てるよりも、そして樹冠を切り落として強制的に種を実らせるよりも、廉価な殻種を購入して育てる方が、効率良く火炎樹農園の経営を行える。

 アルン・ミラ国が廉価な殻種の販売を始めると、あっという間に、それまで高価に取り引きされていた母種の流通は途絶え、アルン・ミラ国の生産する廉価な殻種が、大陸の火炎樹種子の流通市場を席巻することになった。

 振動培養法を用いれば、一年で一つの母種から数千の殻種を作ることができる。実はこの技術なくして、ドバス低地の火炎樹農園の集中的な開発は不可能だった。

 その振動培養法の技術はアルン・ミラ国において門外不出とされたが、のちに他の国々でも近似の技術が開発され、品質を問わなければ殻種を生産することができるようになった。この殻種を自前で生産する国々が増えたことと、ドバス低地での火炎樹の農園開発が峠を越えたために、アルン・ミラ国の殻種産業は減産を余儀なくされる。

 余談になるが、斜陽化した殻種ビジネスの代替産業としてアルン・ミラ国が手を出したのが、同じフラスコ産業と呼ばれる製薬業である。そしてその後アルン・ミラ国は、製薬業の先達であるユルツ国と、熾烈な新薬の開発競争にのめり込んでいく。

 それはさておき、塁京の国々も、アルン・ミラ国の水準には及ばないものの、十五年ほど前に振動培養の技術を懐中のものにしていた。たった一個でも母種さえ入手できれば、理論的には、そこから無限に殻種を生産、火炎樹の苗を作り続けることができる。母種は人口子宮と呼ばれる培養基のスープの中から出さない限り、ひたすら分裂増殖を繰り返すのだ。

 そのこと故に、バドゥーナとゴーダムの塁京の二大国は、母種を求めてゲルバ護国に要人を派遣したのであり、その事情を熟知している裏商人たちは、母種が高額で売買できると踏んで、はるばる彼の地より母種を運んできたのだ。

 一個の母種の存在が、ドバス低地の開発の行方を左右する。そのことを、入札の件を議論する両国の指導者たちは、十分過ぎるほどに理解していた。

 そして日輪洋行なる団体も、そのことを十分に理解した上で、母種売り込みの最低入札額を設定したに違いない。二億ボルは、決して高い金額でない。

 もちろん、それがその金額に留まるならの話だが……。


 対立する塁京の二大国に、日輪洋行なる団体から、耐塩性火炎樹の母種の売却話が持ちかけられた翌日。

 クルドス分水路を挟んで相対する盤都バンダルバドゥンと濠都ゴルの二つの繁都をつなぐ一本の橋、幣舎共栄橋の下を、エンジン付きの小型の機船が走り抜けた。機船は分水路の流れを半刻ほど下ると、グンバルディエルの本流に出た。河岸は見渡す限り茶色に立ち枯れたヨシの草原である。対岸から対岸まで三キロメートルはあるゆったりとした流れを、機船は枯れたヨシ原を眺めながら、下流のデルタ地帯に向かって下っていく。

 しばらくすると、ヨシ原に混じって湖沼と水路と岩山の点在する地域が、河岸左手に現れた。人の立つのがやっとという小さな岩から、船で周りを一周するのに数分はかかりそうな小山のようなものまで、無数の岩山が湖沼地帯に撒き散らかされたように点在している。人はこの地域を万越群島と呼ぶ。

 ある程度の高さと広さを持つ岩山には、船着場が作られ、船が係留されている。

 都のある砂洲を除けば、ひたすら泥地とヨシ原の続くこの地で、足元のしっかりとした大地は貴重だが、惜しむらくは、万越群島の周辺は汽水域で水が手に入り難く、大きな集落が作られることはない。

 万越群島の岩山は、ドバス低地で小型の荷船業を営む人たちが、倉庫を設置する場所として利用していた。ちなみに、ハン博士が常宿を確保していたティムシュタット国は、この万越群島の北にある湧水の湧く中型の砂洲で、火炎樹栽培と併せて、造船・荷船業を営む人たちの暮らす小国になる。

 湖沼とヨシ原と水路と岩山が織りなす万越群島の迷路を、様々な帆を張った小船と荷船が行きかう。そこに時折エンジン音を響かせる機船も混じる。

 いま一艘の手漕ぎの船が、ゆっくりとヨシに挟まれた狭い水路を進んでいた。先ほどグンバルディエルの本流を、エンジン音も軽快に疾走していた小型の機船で、櫓のように長いパイプの先についたスクリューは、ヨシが絡むことを考え、船の上に引き上げられている。

 船尾で櫓を漕ぐ船頭の手前、中板に客らしい人物が腰かけていた。巻きつけた寿蓮柄の派手なショールから、細かくカールした金髪がはみだし風になびく。女のようだが、姿に似合わぬ男物の丸眼鏡をかけ、半紙を綴じた冊子に目を通している。ドバス低地で発行されている奏海通報と呼ばれる通商情報誌だ。

 丸眼鏡の女は、風に煽られるページを手で押さえると、懐から懐中時計を引き出した。

「なんとか、会議に間に合うな」

 丸眼鏡の女が顔を上げた前方に、沼からそそり立つ岩山が見えていた。

 船頭がその逆台形型をした岩山に舳先を向けた。

 鉄を打つ鉄床に形が似ていることから、鉄床島と呼ばれる高さ九十メートル、長さ二百メートルほどの、反り返るような断崖に囲まれた岩山だ。万越群島の中では中堅サイズの岩山で、岩山の裾の張り出し部分に、船着場、その後ろに倉庫が三棟、身を寄せあうように並んでいる。船頭は、船着場ではなく屏風のような断崖の側面に、船をまわした。

 鉄床の頂上が角のように迫り出しているので、見上げると岩山が大波のごとく覆い被さってくるように見える。ただそのことよりも、この島が異形なのは、側面から見ると、岩山がナイフで二つに切り分けたように、左右に離れていることだ。岩山と岩山の間に、ちょうど大人の背丈ほどの幅の隙間が空いている。とても自然にできたとは思えないスリットのような割れ目だが、船頭は器用に船を操り、その狭い割れ目に船を漕ぎ入れた。

 上方から差し込む光に、割れ目内側の岩の表面が、ガラスのように照り映える。その艶やかな岩の肌理とは対照的に、所々にごつごつとした空洞が穴を開け、中に怪物の牙のような石筍が林立している。石灰岩の島なのだ。

 一際大きな空洞が現れた。船頭はその空洞に船を漕ぎ入れると、天井から垂れ下がった石筍の一つを、船の水垢取りで叩いた。呼応するように、岩壁の中から音が返される。待つこと数分、空洞奥の岩壁がギリギリと動き、後ろに船着場が現れた。

 船頭が桟橋に船を寄せロープを投げる。岸壁の縁に立っていた細身の男がロープを受け取った。ひょろりとした体形、甲冑の中の目のように、眼窩が落ち込んでいる。翔蹄号に乗っていた兜目の坊商である。ただし今は石黄色の僧衣ではなく、革の半外套を着ている。その兜目の男が、船の上の丸眼鏡の女に挨拶した。

「小頭、今日は一段とお美しい。やはり、小頭にはその姿がお似合いです」

「当たり前だ。二カ月もむさ苦しいひげ面をしていたので疲れた。当分は女で通すぞ、それよりもボスは?」

「幹部たちと、ホールでお待ち兼ねです」

「そうか」と、丸眼鏡の女は太い声で答えると、機船からヒョイと桟橋に上がった。

 細かくカールした金髪は銀細工でまとめ、寿蓮柄のショールに鏡片を縫い込んだ長衣を着流す。もちろん、ひげはない。薄く紅を引いた頬といい、胸の膨らみといい、外見は女だが、声は明らかに男、女装をしているのだ。

 この女装の小頭グリビッチを迎える兜目が、桟橋の左、赤毛の老人を叱りつけた。

「こら、赤鬼、船が水路に入ってきたら、水門は開けて待っておくもんだ」

 直径が人の背丈の倍はあろうかという円形のハンドルを、背中の曲がった赤毛の老人が、息を切らせながら回していた。

「申し訳ないです、最近、ハンドルの錆が酷くて」

 言い訳する息が切れている。

 この赤毛の老人、額に瘤カビ病の名残の大きな瘤があるために、赤鬼と呼ばれている。その赤鬼のジイが、赤い顔をさらに真赤にしてハンドルを引く。ところが、歯車の噛み合わせが悪いのか、ハンドルはキシキシと音をたてるだけで一向に動かない。見かねて、兜目の後ろに立っていた青年、白と茶と黒の三色の髪が混じり合った、まだら髪の青年が、ハンドルを掴んだ。

 青年がハンドルに力を込めると、ようやく水門の扉が動きだした。

 ゼエゼエと息を切らせる赤鬼に、船頭が皮肉混じりの笑いをぶつける。

「新入りに助けられるようになったら、もう引退だな」

「そんな、あっしゃ、まだまだ働けますぜ」

 言い張る赤鬼の手が、青年の動かすハンドルに逆に引っ張られる。華奢に見える体形ながら、まだら髪の青年は、ぐいぐいとハンドルを回していく。

 そのまだら髪の青年の背を、女装のグリビッチが叩いた。

「新入り、年寄りの手伝いが終わったらホールへ来い。おまえは筋がいい。特例だが仕事の打ち合わせを横で聞いていろ」

 青年にそう申し付けると、グリビッチは、兜目と一緒に狭い洞窟の階段を上がっていった。階段を上がりながら話す声が、下にも伝わってくる。

「あの保衛官が、おまえの数珠を調べ始めた時は、心臓が止まるかと思ったぞ」

「はは、小頭、あれは怪我の功名でさ。今回はヤクの買い出しが目的じゃないんで、仕込みのない普通の数珠でしたから……」

「なら、それを俺に教えておいてくれ」

「いいじゃないですか、泡壺を見向きもしてくれなかったんですから」

「それはそうだが……」

 声が急に小さくなり途切れた。階段から横穴にでも入ったのだろう。と同時に、まだら髪の青年と赤鬼の背後で、両開きの水門がぴたりと合わさる。

 ここは裏商人の根城、一味の名はビアボア商会、別名を日輪洋行という。


 鍾乳洞のホールに男たちが集まっていた。

 銭湯ほどの広さだが、天井が高いために閉塞感はない。それに意外なほど乾いている。ホール中央、ストーブを囲むように積み上げられた樽に、男たちが腰かけていた。

 一つだけある古代の本物の酒樽に座を占めた男、まさに樽のような体格の男が、ここの大ボス、ビアボアである。隣に控えているのが女装姿のグリビッチ。

 そのグリビッチを含む九人ほどの男たちが、儀式のように杯を回していた。

 その場にいる誰もが、グリビッチの女装を当たり前のように見ている。

 あの情報局員のラジンは、グリビッチの変装を見て素性を怪しんだ。しかし実のところ、グリビッチは素性を隠すために変装をしていたのではない。

 この時代、女性が一人で旅をするのは何かと不都合が多い。それに町や都での商いならともかく、遠路はるばる女が商品の買い付けに出向くことは有り得ない。そのこともあって、グリビッチは不承不承男に戻り、優男である自分の顔をそれに合わせて荒々しく見せていたのだ。それをラジンに、同業者が変装しているのではと思わせたのは、女装で培われたグリビッチの化粧の技にあったろう。

 杯が三巡して、ボスのビアボアが指を鳴らすと、商会内で小頭の順位にあるグリビッチが、今回入手した新種の火炎樹、耐塩性火炎樹の母種の件について報告を始めた。晶砂砂漠での種の入手から塁京までの搬送の顛末、母種を塁京のバドゥーナとゴーダムの二国に入札方式で売り込んだこと、そして今後の二国との交渉予定などをだ。

 みな感心した面持ちで、グリビッチの話に耳を傾けている。

 居並ぶ面々は、商人以前の賊上がりのメンバー。脅し集り詐欺まがいの荒っぽい取引しか経験のない連中では、国相手の正規の交渉事などまずもって不可能、論外である。女装趣味はあるが、この商人崩れのグリビッチの独壇場だった。特に質問もなく、グリビッチによる母種の売り込みに関しての説明が終わる。

 ビアボア商会の構成員は総勢二十五名。だが一味の仕事の全容を把握しているのは幹部だけで、この裏稼業の情報交換会に顔を出すのも、幹部クラスの九名のみ。構成員の割に幹部が多いのは、裏稼業の業務を事業部制、独立採算制にしているからだが、ただその個別の事業とは別に、全員参加で行われる共同事業、裏商人風にいえば大仕事が時々企画される。今回の耐塩性の母種の件がそうだ。

 情報交換の会議は続く。

 小頭のグリビッチに続いて、筋肉質の刺青男、中頭のボッシュが、担当している銃器の売却に関して、仕事の進捗状況の報告を始めた。

 この一味の扱う商品は、武器弾薬と裏流れの医薬品、麻苔麻薬が三大品目で、中でも塁京内に緊張が高まっているこの時期、武器は今が商機だった。

 ボスのビアボア以下幹部たちは、骨杖を手にした大番頭のハオ、刺青の中頭ボッシュ、女装の小頭グリビッチと続き、あとは、兜目の坊僧、十文字傷の武人、鈎腕、狐目、鎧肩と平の幹部が下に控える。顔つきや体格だけからしても、みな一癖も二癖もありそうな連中ばかりだ。

 その幹部たちが、それぞれに担当している事業の経過を報告。話の内容だけに耳を傾けていれば、企業の円卓会議と何ら変わりない。もし違いがあるとすれば、損失や被害を出した場合は、首が飛ぶということだ。そう、紛れもなく本物の首が飛ぶ。

 報告も終わり、質問が交わされ、これから本格的に酒を酌み交わそうという段になって、小頭のグリビッチが、あることを願い出た。新入りが何やら耳寄りな情報を手に入れたので、この場で報告させたいというのだ。

 グリビッチが、自分の後ろに畏まって立っているまだら髪の青年を指名した。

 やくざな連中がほとんどの鉄床島に、つい半年ほど前に、黒と茶と白の三色髪の青年が転がりこんできた。奇異な髪をしているが、グリビッチは、新入りの機転の利く立ち振る舞いを見て、商売を仕込んでみようと考えた。晶砂砂漠まで足を伸ばす今回の大仕事にも助手として帯同させようとしたが、さすがにそれは時期尚早と、幹部会で注文を付けられ断念したいきさつがある。

 大番頭のハオが、金属製の重い杖をドンと床に打ちつけ、「話してみろ」と、新入りを促した。杖の先端に取り付けた白い蛇紋石の飾り物が髑髏に見えることから、大番頭のハオは別名を髑髏杖のハオと呼ばれる。

 まだら髪の青年は、幹部たちを前にしても臆することなく「耳寄りな話を聞いたもので」と、話を切り出した。その内容とは……、

 ティムシュタット国の宿屋街でのこと。まだら髪の青年は、聞き込みをしている不審な連中を発見、さっそく首を突っ込んだ。すると、その連中はバドゥーナ国の情報局員で、ある人物を探していた。それがハンという名の学者、大陸中北部の大国ユルツ国が懸賞金を懸けて捜している人物である。どうやらバドゥーナ国の情報局は、ハン博士がティムシュタット国にいるという情報を手に入れたらしい。ただこの情勢下、バドゥーナ国の情報部が、わざわざ大所帯の要員を派遣して、ユルツ国のお尋ね者を捜しているということが不可解だった。

「バドゥーナ国としては、小頭に掠め取られた母種を捜し出すのが、急務だろうに」

 下っぱ幹部の鈎腕の男が疑問を挟むと、すかさずグリビッチが、「掠め取ったというのは余計だ」と怒鳴りつけ、補足するように説明を加えた。

「バドゥーナ国は、ユルツ国から武器弾薬を購入しようとしている。大方、ユルツ国が捜している人物を見つけ出して、交渉材料の一つにでもと考えているんだろう」

 小頭の口添えに軽く目で謝意を示すと、まだら髪の青年は話の先を続けた。

「その武器購入ですが、どうもバドゥーナ国が狙っているのは、ユルツ国が秘匿している古代兵器のようです」

 幹部たちが「オッ」と、声を揃えた。

 賊上がりの男たちの耳目を集めようと思えば、金、武器、女と言葉を並べればよい。特に武器、兵器の類に寄せる男たちの目つきは、マニアのそれである。新入りの話をぼんやりと話半分に聞いていた十文字傷や狐目までが、ぐいと身を乗り出してきた。中でも武器通で鳴らす中頭、刺青のボッシュは、「例のやつだな」と話に合いの手を入れた。

「その古代兵器というのは、六年前に北方の氷床地帯で発見された物だ。この鉄床山が二つに割れているのも、オーギュギア山脈中部のキアック峠ができたのも、ユルツが隠し持っている古代兵器と同類の物が使われた結果ということらしい」

 鈎腕と狐目が、まさかという顔でボッシュを見た。

 兵器といえば銃器以外は、古典的な榴弾砲止まりの時代である。山脈を中央で二つに切り裂いてしまう兵器など、余りに荒唐無稽。担がれたと思ったのだろう、鈎腕が眉に唾する仕草をする。

 とたんボッシュが服の袖をめくり、腕に絡みつく大蛇の刺青をさらして怒鳴った。

「なんだその目は、お前らも都の馬闘場通いのついでに、文書館で古代科学の本の一つでも、ひもといてみろ」

「でも中頭、山を二つに切り裂くなんて。この岩山ならまだしも、キアック峠ですぜ」

 冷ややかな目つきの狐目に加勢するように、隣の兜目が「本当でさ」と膝を打つ。

 狐目の発言に皆が頷いているのを見て、ボッシュも困ったように腕の刺青を爪で掻いた。

 ボッシュ自身、口に出してはみたものの、キアック峠の話については、少なからず首を傾げていたのだ。ボッシュが助言を求めるように大番頭に目を向けた。

 大番頭のハオ、この長身の筆頭幹部は、ビアボア商会の情報参謀である。情報の真偽を確かめたければ、まずは大番頭というのが、ビアボア商会でのお決まりのコース。

 ボッシュの視線を受けるや、大番頭のハオが手にしていた杖を床に打ちつけた。

 ハオの自信に満ちた声がホールの天井に反響する。

「中頭の話に間違いはない。光の世紀には、兵器の破壊力を利用して大規模な土木工事が行われたそうだ。キアック峠は、オーギュギア山脈を東西に抜けるトンネルを造ろうとして、誤って山その物を吹き飛ばしたもの。ユルツ国が秘匿しているのは、その土木用兵器の小型のものだ」

 そう明快に言い放つと、ハオは骨杖を目の前に差し上げた。大番頭が杖を上に掲げるのは、何か重要な事を口にする合図である。面々が体を前がかりにする。

 それを見て「ヨシ」と頷くと、ハオが重石の効いた声を解き放った。

「ユルツ国の古代兵器は、近いうちにバドゥーナ国に売却される」

「して大番頭、その理由は」

 心得たように兜目が持ち上げる。

「聞きたいか?」 

 ビアボアを除く幹部たち全員が、座学の生徒のように頷く。

 それを満足そうに見て取ると、ハオはまるで講義でもするように、古代兵器を媒介としたユルツ国とバドゥーナ国の現状の解説を始めた。

 つまり、こういうことである。

 現在ユルツ国の懐は、国土復興計画のあおりで破綻寸前にある。何とか傾いた財政を立て直したいが、国の経済の柱である製薬業は、北の大国アルン・ミラに押されてふるわない。粗悪品も混ざった二級品で安売り攻勢をかけるアルン・ミラに、屈した形である。長年、良薬ならユルツというイメージを売ってきたユルツ国としては、値段だけを考えて安易に品質を落とすわけにはいかないのだ。

 今のユルツ国にとって金を生み出すことのできるのは、ユルツ国の陰の産業と言われる兵器産業だけ。ところが銃器などの通常兵器は、ユルツ国の専売特許ではない。それに小型の銃火器を売却した程度では、傾いた国の台所を支えるだけの利益は得られない。必要なのは、劇的に国の置かれた状況を改善できる『何か』。

 そこで国家機密の『古代兵器』が登場する。ユルツ国としては、その秘中の秘たる古代兵器を売却することで、この難局を乗り切れないかと考えた。売却先は当然のこと、繁栄の地の塁京、中でも関係の深いバドゥーナ国になる。売却に当たっての最大の課題は、切り札の古代兵器を使って、バドゥーナ国からどれだけの条件を引き出せるかということ。

 そして、交渉相手のバドゥーナ国。

 バドゥーナ側からすれば、ユルツ国の所有する古代兵器は、水を開けられたゴーダム国との軍事力の溝を埋める切り札である。ゴーダム国の避難民受け入れの要望を当座は撥ねつけることのできたバドゥーナ国だが、国力の差からして、ゴーダム国はいずれまた力に任せた避難民受け入れの要求を突きつけてくるだろう。そのゴーダム国の要求を断固として拒否するためにも、バドゥーナ側としては、相手を凌駕することのできる古代兵器の譲渡の交渉をまとめたい。ところが、この交渉がなかなか進まない。

 理由は、ユルツ国側が『移民の受け入れ』を兵器譲渡の条件にしているからだ。ユルツ国としては、万が一北方での復興計画が失敗に帰した時の保険として、移民受け入れの確約を取りつけたいが、バドゥーナ国側としては、これ以上の移民の受け入れは国民感情が許さない。それに、ゴーダム国の避難民受け入れの要請を撥ねつけた手前もある。

 しかしユルツ国もバドゥーナ国も、双方ともに国が生き残るために使えるカードが古代兵器しかない以上、どこかでこの交渉を、まとめざるを得ない。それも早急にだ。

 そして、新入りが拾ってきた情報のハンという人物。

 ハン博士は、北方での国土復興計画の遂行に不可欠な人物だと喧伝されている。

 バドゥーナ国がユルツ国に代わってハン博士の探索に力を注いでいるのは、当然その人物を手中にすることで、古代兵器の売却交渉を少しでも自国に有利に運びたいからだ。

 それは当然として、実はそれ以上にバドゥーナ国としては、ユルツ国に是が非でも北方の復興計画に成功して貰いたいという思惑がある。もしユルツ国の持ち出してきた移民受け入れの要求を呑んだとして、万が一にも、ユルツ国十七万の市民を受け入れなければならない事態になって貰っては困るのだ。だからこそバドゥーナ国は、国土復興計画に必要不可欠とされるハン博士を見つけ出し、ユルツ国に差し出そうと走りまわっている。複数の要員を派遣してまでだ。

 大番頭のハオが、話に区切りを付けるように足元に杖を打ちつけた。

 詰めるように話を聞いていた幹部たちが、ふーっと長い息を吐く。いつもながらの大番頭の分析力、ビアボア商会の戦略参謀と言われるゆえんである。

 ところが大番頭の話を聞いて、火薬類の取引を担当している十文字傷がぼやいた。

「ですが大番頭、もし本当に山を切り裂く化物のような兵器が現れた日にゃ、俺たちの扱ってる小物の銃器の出番がなくなっちまいますぜ」

「まったくだ」と、隣の鈎腕が鉄の義手を樽に打ち付ける。

 とたんハオが二人を睨み据えた。そして中頭のボッシュに視線を走らせた。次はお前が説明しろという目だ。

 すかさずボッシュが、ドスの効いた声を面々に叩きつけた。

「お前ら何年この商売をやっている。きな臭くなればなるほど、裏の商売は繁盛するってのが分からねえのか。バドゥーナが強力な兵器を手に入れそうなら、それに匹敵するものを探すんだ。そうすれば、喧嘩相手のゴーダムはすぐに飛びつく。それも法外な値段でな。それに、バドゥーナがハンという男を捜すことに執着しているなら、その男を俺たちが先に捜し出せばいい、そうすれば……」

 幹部なり立ての鎧肩が、ボッシュのご機嫌を取るように話の先を取る。

「まったくで、そのハンとやらを捕まえれば、バドゥーナに目玉の飛び出す値段で売りつけられまさあ」

 とたん、ボッシュの割れるような声がホールを揺るがした。

「馬鹿野郎、売るのはゴーダムへだ。いいか、バドゥーナとしては、その学者は武器譲渡の熨斗ほどの役だろうが、相手のゴーダムにしてみれば、ユルツがバドゥーナに古代兵器を譲渡しないように迫る切り札として使える。悪くて、そのハンという学者を亡き者にすれば、バドゥーナはユルツの復興計画が不首尾に終わって、大量の移民を受け入れることを、本気で検討しなければならなくなる。その程度のことは、お前の脳味噌でも分かるだろう」

 鎧肩を睨みつけるボッシュに代わって、ハオが、これが眼目だとばかりに声を強めた。

「いいか、裏商売の極意は、社会に不安と怯懦の種を蒔き続けることだ」

 ボッシュとハオの話に気押された新米幹部もいるなか、女装のグリビッチが脇で畏まって立っているまだら髪に、「どうだ、いい勉強になるだろ」と、小声でささやく。

 それが聞こえたのか、ハオが骨杖の先端を、そのまだら髪の青年に向けた。

「そう思ったら、そこの三色頭、こっちへ来て肩を揉め、賊に堅い話はくたびれる」

「本当でさ、大番頭」

 幹部の中ではお調子者の十文字傷が頭を抱えて見せたところに、それまで黙って話を聞いていたボスのビアボアが、蛇腹状のまぶたを開き、抑揚のない声をまだら髪に突きつけた。

「おい新入り、お前、そのティムシュタット国にいるハンという男に関して、まだ何か掴んでいるだろう」

 兵器の話題に幹部たちが次々と口を突っ込んだために、新入りの話が中途半端になっていたのを、ボスのビアボアはしっかりと見ていた。それにまだら髪の落ち着いた素ぶりに、手にしたネタが金になるということを計算しているはずと踏んだのだ。幹部会は単に世情の情報交換の場ではない。

 幹部たちが勝手に古代兵器の話に盛り上がり、そこに大番頭の講話めいた話まで始まって、途切れた話をつなぐタイミングを失いかけていたので、まだら髪の青年は、ほっとした表情を浮かべると、大番頭の肩に当てた手を離した。

「ええ、そのハンという男の写真を手に入れたんです」

 まだら髪の青年が懐から封筒を取り出す。中から数枚の写真が出てきた。



次話「耳飾り」

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