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星草物語  作者: 東陣正則
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電鍵放送


     電鍵放送


 着るものを全て着込んで寝袋に入っていても、明け方には寒さで目が覚める。

 氷点下も二十度近くまで下がると、寒さが寝袋や衣類を通り越して皮膚の中に染み込んでくる。息をするために少しだけ開けてある寝袋の口からも、冷気は確実に忍びこみ、剥き出しの顔をチクチクと針のように刺す。とにかく寝袋の中で震えながら、早く朝になって日が差さないかと、そればかりを考えるようになる。寒さと闘いながらその闘いに疲れ、うとうとしかけては、また寒さで目を覚ます。それを繰り返すのだ。

 ホーシュは砂漠の育ちとはいえ、温水暖房のある家での暮らしに慣れていたせいか、寝袋での氷点下の夜は苦痛らしく、日に日に寝不足が酷くなっていくようだ。当初は歩きながらよく喋っていたのに、あっという間に無口になってしまった。

 見兼ねた氏が、一人用のテントをホーシュに提供した。

 その当のトゥンバ氏は、毯馬の背に掛ける当て布を寝袋に巻きつけ、砂の上にゴロリと寝転がって眠っている。北の国々にまで商品の買い付けに足を伸ばす氏にしてみれば、砂漠の凍てついた夜も、どうということのない寒さらしい。

 ホーシュがテントから出ては、砂丘の陰に向かう。寒さで腹を下しているのだ。

 夢うつつのなかで、氏はホブルの子育てを思った。この数日のホーシュの振る舞いを見ていると、思いのほか甘やかされて育っている。食事の食べ方一つみてもそうだ。

 食べ付けていないからだろうが、塩漬けの脂を残している。指摘すると、食べたふりをして、こっそりポケットに忍ばせるようになった。毛長牛の脂身は酸化した独特の臭みがあって、慣れないと喉を通り難い。しかし長路の行軍と夜の寒さを考えれば、塩分とカロリー補給のための塩漬け脂身は欠かせない。

 ホーシュは二人の弟たちと髪型も服装も違っていた。親への言動からして、長男のホーシュは我がままを許されてきた節がある。ホブルとチャビンの夫妻は、長女のチャミアを餅の過敏症で死の一歩手前に追いやった経験がある。おそらくは、その不手際が負い目となって、次に生まれたホーシュを、必要以上に手厚く育ててしまったのだろう。

 ただ今のところ、我はそれほど表に出ていない。閉ざされた家族だけの暮らしから外に出て、他人、それも父親よりも年上の男性に対して、どう振る舞っていいか計りかねているようだ。我が強くても、それをストレートに出せないということは、気が小さいということ。つまり理想だけが高い内弁慶といったところか。

 いずれにせよ、これから外の世界で暮らしていくには、肉体的にも精神的にも一度鍛え直さないと、とても一人ではやっていけないだろう。妹の病を治してあげたいという理想で生きていけるほど、世界は優しくできていない。

「まあ、セグロと同じで、しばらくは慣れるしかないな」

 そう呟くと、氏は寝返りを打って、もう一度浅い眠りの淵に落ちていった。


 空がしらみ始めた頃、春香は天幕の三角テントの外から聞こえてくる氏の読経の声で目を覚ました。いや正確には、まぶたはずっと前から開いていたのだが、寒くて起きる気になれなかったのだ。隣ではまだウィルタが軽い寝息をたてている。

 砂の表面を這うようにして、氏がお湯を沸かす準備を始めた様子が伝わってくる。その音にホーシュの声が混じる。春香は心の中で気合いを入れると、寝袋の口を開いた。

 呼気の中の水分が、寝袋の口に氷となって張りついている。それがパリパリと音を立てて剥がれ落ちる。気持ちを奮い立たせて寝袋から這い出すと、東の地平では藍色の空に星の輝きが滲み始めていた。

 足を折り、首を曲げ、地面に張りつくようにして体を寄せ合った毯馬たちの影から、白い息が吐き出されている。今朝はまた一段と冷え込んだようだ。

 テントの正面で、湯を沸かすコンロが赤い炎を上げている。

 火を見守る氏の手前で、ホーシュが恨めしそうに水筒を振っていた。寝袋に入れ忘れて、中の水を凍らせてしまったのだ。春香も前に同じ失敗をしたので分かる。

 ホーシュは、苛立たしそうに砂を蹴り上げると、砂丘の向こう側へと歩いていった。

 そのホーシュと入れ替わるように春氏の横にしゃがみ込むと、春香はコンロの火に手をかざした。体の大きな人が横にいると安心感がある。

「おはよう、トゥンバさん」

「ああ、おはよう」

「ホーシュ、水筒の水を凍らせちゃったね」

 氏が耳に付けたイヤホンを外すと、寝起きの少し擦れた声で言った。

「ホーシュは砂漠の生まれだが、水の扱いに雑なところがある。失敗を一度で終わらせるためには、周囲があまり親切にし過ぎないことだ」

 話す氏の視線が自分のお腹の膨らみに向けられているのを見て、春香はニッと笑った。眠る時、春香はそこに水筒を入れる。もちろん凍らせないためだ。

「分かってる、だって、水は貴重だもん」

 服の上から水筒を撫でる春香が、氏の革袋に目を向けた。長年使い続けた袋なのか、革の表面はひびだらけ。その擦り切れそうな革袋のなかに、スイッチとダイアルだけの、大昔のラジオのような受信機が覗いている。アンテナだろうか、受信機から引き出されたワイヤーが鞍の出っ張りに繋がれている。


 以前ユカギルの町でのこと、春香は連行された官舎の中で、通信機らしきものを目にした。そのこともあって、旅の道すがら、この時代の通信事情をウィルタに尋ねた。しかし何度聞いても、ウィルタから返ってくる答えは、要領を得ないものばかりだった。

 曠野育ちのウィルタにとって、電気や電波の解説は荷が重過ぎるかと、春香はウィルタの前でこの話題を避けるようになった。ところが昨日、ウィルタが同様の質問をホーシュにしていた。ウィルタとしては、春香に何度も尋ねられて気になっていたようだ。

 ホーシュは、自分の知識を披露できることが嬉しいらしく、電波や通信の話を、基礎的なことから遡って、逐一ウィルタに説明し始めた。

 その漏れ聞こえてくるホーシュの話に、春香も耳をそばだてた。

 そしてあることを理解した。それはこの時代の通信が、春香の時代とは異なる特殊な条件の元に置かれているということだ。その条件とは、世界の至る所に、唱鉄隕石と呼ばれる電波を放射する隕石が転がっているということだ。

 唱鉄隕石の出す電波は、兇電と呼ばれ、受信して音に変換すると、人の耳には聞くに耐えない音となって聞こえる。問題は、その兇電が、人が通信用の電波を発信すると、それに誘導されて強まるということだ。それも人が飛ばした電波の周波数に同調してだ。

 これまで兇電の混信を防ごうと様々な混信防止策が試みられてきたが、未だに有効な手立ては見出せていない。鍵となるコードを重ねて送信、受信側が目的とする電波だけを拾い上げようとしても、ほんの数秒もすれば兇電が覆い被さってくる。豚虫のようにどこにでも潜り込んでくるとは、この時代の兇電に対してよく使われる言葉だそうだ。

 兇電の存在によって、この時代の通信は、通信線を引いて行う有線通信が基本となった。それは晶砂砂漠でも同じで、砂漠の街道沿いの主要なオアシス間が、砂の下に埋設された通信線で繋がれている。またそれとは別に、有線放送の内容の一部が、無線電鍵放送の形で首府のヒシスから砂漠一円に向けて送信される。

 この電鍵放送……、

 兇電を誘導する度合いは、電波の周波数によって異なる。一般的な傾向として、周波数が高くなるほど兇電放射の誘導度は低下するが、その短波域での誘導度の落ち込むポイントが電鍵通信に利用される。理由は不明だが、兇電放射の誘導度は、アナログ信号よりもデジタル信号の方が低い。信号音を言葉に翻訳する手間を考慮した上でも、電鍵の信号通信を用いるのはそのためだ。

 無線電鍵放送は、街道から外れる小さなオアシスや発掘村、砂漠の只中にある巡検隊の駐屯地、あるいは旅の隊商などを対象に、一日に四回、六時間ごとに七分間の定時放送として流される。七分と時間が短いのは、電鍵放送の電波に誘導されて兇電放射が高まり、送信が始まってしばらくすると、兇電の混信が酷くなって電信音がほとんど聞き取れなくなってしまうからだ。この一度高まった兇電放射が低下するには、四〜五時間の時間が必要で、そのことがあって、六時間ごと七分という放送形式が取られるようになった。

 などなど。

 ホーシュは嬉しそうに説明を続けているが、聞く方のウィルタは居眠りでもするように同じ調子で首を振っている。どうやら理解しかねている。

 聞き耳をたてている春香にしても、昔パソコンの使い方に併せて電気や通信ネットワークの話を学んでいなければ、とっくに耳を塞いでいただろう。大体が電波を放射する隕石というのからにしてが、理解不能なことだ。科学の先生がこの話を聞いたら、目を剥いて怒り出すに違いない。それにしても電波を出す石とは、ヘンテコな隕石があったものだ。

 いったい、どこの神様が作った石だろう。

 そう思って春香が「何だか、トンデモ本の世界にでも、入り込んだ気分だわ」と呟くと、間髪いれずホーシュとウィルタが、「今、なんて言った」と、聞き返してきた。

「トンデモ」という言葉が耳に入ったようだ。

 春香は宙に手を差し伸べると、指先のさらに先にある虚空に話しかけるように言った。

「とっても不思議って言ったの。だって、音は風に乗るし、波は水に乗るわ。その兇電って電波は、何に乗って伝わってくるんだろう」

 顔を見合わせた二人だったが、意外やウィルタの方が先に口を開いた。

「荷物と違って、人や動物は自分の足で歩ける。きっと電波ってやつも、自分の足で歩けるのさ」

 すかさずホーシュが、その説を受ける。

「電波はあっという間に伝わる。ということは、動物みたいに二本や四本の足じゃないってことだよな」

「百本くらいかな」

「千本はあるんじゃないか」

「じゃ、一万本!」

 言ってウィルタが、拡げた指先を、ホーシュの肩にゾワゾワッと這わす。

「数じゃなくて、足を動かす速さの問題だろう」

 言い返して肩をよじったホーシュに「じゃ、見えないくらい、速く動かすってことかな」と、ウィルタが指先をブルブルと振った。

 勝手に喋り始めた二人の話を耳に、春香は、電波というムカデかゲジゲジが、何百本もある足を必死に動かしている姿を想像して吹き出した。

 そんなやり取りがあったのが、昨日の午後である。

 

 凍てついた夜明け前の大気の下で、氏は寒さを耐えるように腕を組み、再度イヤホンを耳に押し込む。春香は、脳裏に蘇ってきた急ぎ足のムカデに含み笑いを漏らしながら、氏に寄り添うように座りこんだ。

 革袋の中の受信機から伸びたコードは、荷に被せたプラスチックのような布に繋がれている。繊維状に太陽電池を織り込んだ布で、氏の話によると、古代の遺物市場で手に入れたものだそうだ。

 思い起こせば、春香が通っていた学校では、布製の光電池で作った帽子を電源に、イヤホン型の音楽再生装置で外国語の勉強をするのが流行っていた。もちろん夜間は発光して安全帽にもなる通学用の帽子だ。金属結晶の光電池ではなく、色素を使った光電池だと聞いた記憶がある。フィルム型の光電池が色々な所に使われていて、筆箱の蓋も、ランドセルの背のカバーも、みんな光で発電して電気を蓄える光電池だった。

 それはそれとして、昨日のホーシュの話では、電鍵放送の電波の流れる周波数は、春香の時代の短波域ということだった。受信機から伸びている五メートルほどのアンテナ線の長さからしてもそうらしい。

 春香は興味深げにピンと張ったワイヤに顔を寄せた。

「ねっ、トゥンバさん、電波って、この金属の糸にくっつくの」

 額に手を当てた氏が、「まあ、そういうことだな」と曖昧に答えた。

「じゃ、糸をずーっと長くすれば、いっぱいくっついて、それを集めれば電波が見えるようになるかな」

 氏が検波用のダイアルから手を離すと、頭を掻いた。

「申し訳ない、実はよく知らないんだ。聞いた話では、電波というのは言葉の通り波で、その幅によって、くっつく物の長さが決まるそうだ。試しに放送を聞いてみるかい」

 氏がくったくのない顔で、耳に填めているイヤホンを指先でトントンと叩いた。

「えっ、いいの?」

「放送の中身は、気象情報になっているが」

「気象って、こんなに毎日、青空ばっかしのところで?」

「天気続きだから、気を付けなければならないんだ、突然の砂嵐にね」

 氏が当然とばかりに声を強めた。

 言われてトゥカチの忠告を思い出す。この時期オーギュギア山脈東麓の岩漠地帯では、突然の強風に見舞われることがある。だから注意するようにとのことだった。岩漠地帯では突風で済むものが、砂漠の中では砂嵐に変わり、巻き込まれて亡くなる人が例年けっこうな数にのぼる。オアシスにいる時はいざ知らず、砂漠に出ている時は、電鍵放送の気象情報に耳を傾けるのが、砂漠を旅する者の心得なのだそうな。

「本日の天の扇風機が回る可能性は……、おっと放送が最後の経に変わったな」

 氏が外したイヤホンを春香に手渡す。

 受け取り耳に差し込むと、その瞬間、春香の耳の中に、切れ切れの甲高い笛のような電信音が飛び込んできた。放送といっても、声の放送ではなく電気信号の符丁音だ。古い白黒映画に出てきそうな、トンツー信号の音が繰り返される。

 その信号音と共に、耳障りなガラスをひっかくような音が、上下左右、前から後ろから、頭の中を突き抜けていく。ほんの数秒聞いているだけでも、こめかみを刃物で切り刻まれるような、不快を通り越して拷問を受けているような気分になる。

 電鍵放送は兇電放射の弱い周波数を使っているはずなのに、それでこの有り様なら、ほかの周波数では、イヤホンを耳に当てた瞬間に、脳みそに穴が空いてしまうだろう。

 それでも我慢して電信音に耳を澄ませる。

 まるで兇音の海で溺れそうになりながら、必死に息継ぎをするために水面に顔を持ち上げるように、信号音が鳴っている。

 七分間の電鍵放送は、経で始まり、オアシス短報、発掘市況、気象情報などを流して、最後をまた経で締めくくって終わる。経などは元来、意味の分からない暗号のようなものだ。それを信号に翻訳して聞いて、どんな意味があるのだろう。

 春香がイヤホンを耳に差し込んでから、ほんの二十秒ほどで、電鍵の信号音は兇音の海に溺れて聴き取れなくなってしまった。

 春香はイヤホンを外すとブルブルと頭を振った。

「これって、まるで悲鳴だわ。きっと隕石の中に閉じ込められたお姫様が、出してーって、叫んでるのよ」

 春香の身ぶり手ぶりの感想に、氏が至って真面目な顔で説明を加えた。

「唱鉄隕石は世界に何兆個も転がっている。晶砂砂漠は、それでも昔、徹底的に隕石の回収が行われて、兇電の影響の少ない地域なんだ」

「えーっ、何兆個も……。じゃあ隕石の中のお姫様をみんな助け出したら、世界中が、お姫様だらけになっちゃうわね」

 春香の冗談めかした話にニコリともせず、氏は張ってあるワイヤを巻尺のようにクルクルと巻き取り、ザックの中に押し込んだ。

「ヌドイ山系寄りの東部は、もう夜が明けた時刻だな」

 言って朝焼けの空を見やる氏に構わず、春香が手を叩いた。

「そうか、きっと隕石の中には、王子様の入ったものもあるんだ。王子様は悲鳴を上げたりしないから、分からないだけなんだ!」

 手を打ち鳴らして喜ぶ春香に、「それはそうと」と、氏が背を向けたまま切り出した。

「君は、昔からオオカミと話ができたのかな」

 さり気なく尋ねられたので、とっさに春香は何を聞かれたのか理解できなかった。しかし、すぐにその意味に気づくと、叩く手を途中で止め、氏の背中を凝視した。

 氏はカゴから取り出した苔の塊を、手で揉み解している。

 春香が返事をしないでいると、氏が背を向けたまま話を続けた。

「俺は人のことに興味を持たないタチだが、この先のオアシスや発掘現場にいる連中は違う。真っ先にそのことを聞いてくるだろう、そう思ってな」

 今までトゥンバ氏が自分やウィルタに個人的な質問を投げ掛けてこなかったので、何となく安心していた。でも普通に考えれば、オオカミと意思の疎通ができる子供がいれば、誰だって不審に思う。

 ホブルさんの家に滞在している間も、春香とウィルタは、名前や経歴や出身地をどうするか、折につけて話し合ってきた。何もかも微に入り細に入り検討した訳ではない。どちらかというと、大ざっぱなことだけを決めて、後はその都度気がつく度に問題になりそうな点を詰めれば、ということにしてあった。シロタテガミと自分たちの関係もだ。ところが予想外の展開で、知らない人と一緒に旅をすることになってしまった。

 行きずりの人にならどうとでも取り繕えることが、一緒に旅をすると誤魔化しが効かなくなる。今までは、つい自分たちの名前や経歴のことばかりに気を取られていたが、まず真っ先に怪しまれるのはシロタテガミのことだろう。

 氏は毯馬の朝食作りを続けている。その淡々とした手つきは、詮索という言葉とは無縁のもののように見える。だけど……、

 春香は、いま気づいたとばかりに大げさな声を上げた。

「ほんとだーっ、オオカミと話ができるなんて、不思議ね。いつから喋ってたんだろう。でもわたし、オオカミよりも、小鳥さんと話がしたかったんだけどなっ」

 あえて子供っぽく喋りながら、氏の横顔を盗み見る。

 相変わらずの生真面目な表情、仏頂面といっていい。

 どんなに言葉を選び、装って喋っても、食事を共にし、二十四時間一緒にいると、人の個性というものは見えてくる。滲み出てくるものだ。岩船屋敷にいる時、冗談を言って頻りに空笑いを付いていた坊商のダルトゥンバ氏は、実際は寡黙で笑わない人ということだ。氏の方から話し掛けてくることは、ほとんどない。ただこちらが問い掛けた事には、丁寧に答えてくれる。几帳面で黙々と黒板に文字を書き連ねる学校の先生といった感じだ。

 そんなことを頭に思い浮かべながら、春香は気づいた。氏の方から自分に話し掛けてきたのは、これが初めてだということ。それに自分と氏が二人だけで話をするのもだ。

 もしかしたら氏は、ウィルタやホーシュがいる時を避けて、二人にだけになる機会を待って、シロタテガミの問題を尋ねてくれたのだろうか。

 春香は取り繕うように話すのを止めて、率直に答えてみた。

「別に隠すようなことじゃないんだけど、あの白いオオカミは、わたしたちが他のオオカミに襲われたところを助けてくれたの。それが縁で一緒に旅をしてるんだけど、でもそういう説明じゃ、みんな納得してくれないんだろうな……」

 なんだか相談するような喋り方になってしまった。

 苔を揉み解す手を止め「もっと興味を持たれるだろう」と、氏が感想を口にした。

「オオカミに育てられましたというのは、駄目かしら」

「人の輪を作るようなものだ」

 解した苔を脇に片し、ようやく氏が振り向いた。

「人前でオオカミと話すのは避けるべきだな。オオカミが犬のように人に飼われることは、ままあることで、問われれば『番犬だ』と答えればいい。それよりも、まずは彼が人前に姿を見せないようにすることだ。オオカミと分かれば銃を向けられることもある」

「そっか、やっぱりオオカミと人が一緒に旅をするのって、不自然か……」

 膝の上に肘を立て、手の甲に顎を乗せた春香が、ため息まじりそう零す。

 すると氏が「もっと不自然なのは、君の名前かな」と、真顔でそのことを口にした。

「お節介かもしれないが、お前さんの連れの『タタン』という名前はまだいい、西域によくある名前だから。だが『シーラ』という名は、曠野の巫女に付けられる名で、知っている者からすれば十分詮索の対象になる」

 指摘されて春香は目を見開いた。

 つまり氏は、もっといい偽名を考えた方がいいと言っているのだ。それは、自分とウィルタの名が偽名であるということを、知っているということだ。この様子だと、きっと自分が知恵遅れの子供を演じているということも、分かっているだろう。そういえば、こちらがいくら幼稚な喋り方で話しかけても、氏は大人に向かって喋る話し方を変えようとしない。春香は自分たちの使っている名前が、あまりにもあっさり偽名だと見破られていたことに情けなくなってきた。

「そうなんだろうな。わたしには、そんなこと分かんないもん」

 春香が気の抜けたような声を吐いた。

 足を抱え込んだ春香に、氏がその風雪を経た顔を向ける。

 厚ぼったいまぶたと、大きな瞳、長い鼻筋に、分厚い唇。顔つきだけでいえば、毬馬ちゃんと子供の頃にあだ名されたのではないかと思えるほど、毬馬に似ている。しかし動物の毬馬が、デカイ図体のくせにどこか軽々しくて、間の抜けた茫洋とした気分を漂わせているのに、氏の周りにあるのは沈むような重々しさだ。その岩か古木と見まごう風貌の氏が、声の抑揚を抑えて話しかけてきた。

「さっきも言ったが、他人のことに興味はない。岩船屋敷のホブルに頼まれたから、君たちを砂漠の外に連れて行く、それだけだ。まあベリアフの出身でいくなら、曠野の民の名よりも、囲郷の住人らしい名にするべきだろう。それにホブルの子供ということで身分証を発行してもらうのなら、ホブルの家族と同系の名前にするのが筋だろうな」

 まったく氏の言う通りだ。

 今後の旅のことを考えれば、どこかで身分証を手に入れる必要がある。その身分証については、ホブルさんから助言をもらっていた。

 ホブルさんは、ホブル家の子供ということにして証明書の申請をしなさいと、ホーシュの分と併せて申請依頼の書面を用意してくれた。それにトゥンバ氏を親権代理者として指定する旨の書面もだ。ところが、肝心の子供の名前がホブルさんと違う系列の名では大問題。氏はそのことを心配してくれているのだ。だからシロタテガミのことを含めて早く検討しろよと、忠告してくれたのだろう。

 鍋の湯をコップに注いで春香に渡すと、氏は苔の餌袋を手に立ち上がった。

 座り込んでいた毯馬が一斉に首をもたげる。

「三日後には通関所を通る、そこで身分証を発行して貰うことになるから、何かいい名前を考えておくことだ」

 教師が生徒に指図するような話し方だが、氏の話し方には、何かしら自分たちのことを気遣ってくれる響きがある。春香は「分かった、ありがとう」と素直に礼を口にした。

 気がつくと、夜の帳が東の空の下半分まで上がっていた。

 吐く息と同じくらいに白い湯気が、両手で包み込んだコップから立ち昇る。

 一口二口と湯を含むようにして腹の中に送り届け、そして三口目に口をつけたところに、ウィルタが大きなあくびを付きながら春香のところにやってきた。

「あーっ、一人で、いいものを飲んでる」

 寝惚けた目を盛んに擦っている。まだ寝足りない様子だ。

 春香はため息をついた。ウィルタが、これほど子供っぽく見えたのは初めてだった。

 春香は何も言わず、鍋の残りの湯をコップに注ぐと、ウィルタに差し出した。そしてウィルタの方を見ないように、コップに四口目の口をつけた。


 お湯と板餅だけの食事を済ますと、四人は毯馬に荷物を積み出発した。

 朝日が地平線に顔を出す時刻になった。大地と平行する朝の光が、影をどこまでも砂の上に引き伸ばす。日差しを体に受けることが、何物にも代えがたいほどに喜ばしく感じ、凍てつく夜が終わった安堵感で、神に感謝の気持ちを捧げたくなる。

 春香が朝日に向かって両手を合わせる横で、ウィルタが後ろ向きで歩きだした。日に当たる側の半身が暖まる一方で、反対側は凍りついたままだ。どうやら体の半身、陰の部分を朝日で暖めようということらしい。ホーシュも真似をして、後ろ向きに歩きだす。前を向いたり後ろを向いたり横向きになったりと、なんとも落ち着きのない歩き方で、ふざけているようにしか見えない。

 春香は本当にため息をついた。いつもの自分ならそれに参加していたかもしれない。でもその時はなぜか、意地でも自分は蟹歩きなどしないと、そう思う何かがあった。

 はしゃぎながら歩くウィルタとホーシュを見なくて済むよう、春香は隊列の前に出ると、地平線に向かって真っ直ぐ歩を進めた。


 午後も遅く、黒いキノコのような形の岩が、砂の間から顔を覗かせる一角に差しかかった。この頃には、春香は二人の男の子たちと離れて歩くようになっていた。

 ウィルタとホーシュが最後尾を並んで歩くのに対して、春香は列の真ん中である。

 氏がセグロの調教のために、隊列の前と中を行ったり来たりしているので、勢い春香は氏と話を交わす機会が増えてきた。それが見ようによっては、春香がウィルタと距離を取っているように見える。

 取り立てて春香とウィルタの間に問題があるのではない。が敢えてしっくり来ない部分を探せば、今朝春香が、シーラという名が偽名であることを、氏に認めてしまったことだ。ウィルタは嫌な顔をしたが文句は言わなかった。ウィルタにしても、自分がホブルさんに二人の正体をばらしたという後ろめたさがあるからだろう。

 春香とウィルタ、二人だけで旅をしていれば、ほかに話をする相手も、頼る相手もいないので、気持ちに擦れ違いがあれば直ぐにそれを修復しようとする。それが今は、ウィルタにはホーシュが、そして春香にはトゥンバ氏がいる。そして旅を続けることの不安は、氏と一緒にいる限りなかった。

 そんなことがあって、春香とウィルタは何となく離れて歩くようになった。

 するとこれが意外と居心地の良いことに、二人は気づいた。

 ウィルタにしてみれば、自分は春香よりもこの世界のことに詳しい。だからいつも春香からあれこれと質問を投げつけられる。ところが住み慣れた西の曠野を離れ、砂漠の只中に来てしまえば、自分はただの半端な知識しか持ちあわせていない子供に過ぎない。そのことが嫌というほど分かる。分からされる。

 春香にもそのことを理解して欲しいのだが、なぜか春香は相変わらず次から次へと質問を投げかけてくる。まるで知識や能力の無さを責めるようにだ。本来なら自分が春香を引っ張っていく立場なのに、ともすれば昔の知識を持ち、オオカミと話のできる春香に、自分の方が助けられてしまう。旅に出て以来、同じようなことが続いていた。

 そして今、人生経験の豊かな氏のような大人の男性と一緒に旅をしていると、ますます自分の未熟さが際立ってくる。

 そんなところに、春香が尊敬の眼差しを氏に向けたりするものだから、氏へのやっかみも手伝って、余計に春香と話をするのが面倒臭くなってしまった。

 一方、春香にしてみれば、ウィルタが曠野の狭い世界しか知らず、知識や経験が足りないということは百も承知のこと。ウィルタはそのことをマイナスに考え過ぎているように思える。子供なら知らないことはいっぱいある。それは当たり前で、その上で何かをやればいい。なのにウィルタは、いつも背伸びをしようとする。そして、そういう背を伸ばした状態の自分を評価して欲しいという目で、こちらを見る。

 背が短いのを分かっていて、伸びたように見てあげるのは、とても疲れることだ。それに質問だって、ウィルタが知らなさそうなことは、気を利かせてなるべく尋ねないようにしている。なのに答えられないことや知らないことがあると、すぐに質問したこちらを責めるように視線を返されては、困ってしまう。春香にとって遠慮なく何か聞くことのできる人といえば、やはりウィルタしかいないのだから。

 そう思って、ウィルタに気配りすることを少々煩わしく感じ始めていた時、氏と一緒に旅をすることになった。

 トゥンバ氏は、こちらの正体を詮索せずに付き合ってくれる。

 ホーシュが自分の知っていることを何でも喋りたがるのと対照的に、氏は知識や経験をこれ見よがしにひけらかしたりしない。話しているうちに分かったが、氏は教育にあたるものを受けていない。それでも苔茶の買い付けで大陸を巡り歩いているおかげで、見聞はめっぽう広い。なにより良いところは、知らないことは知らないと率直に口にできることだ。大人が子供に対する時、これはとても難しいはず、と思う。

 そして、その当のトゥンバ氏。

 五十に手が届きかけた、この坊商の男性は、オオカミと話のできる少女がいたく気に入っていた。春香はこの世界のことには無知でも、二人の男の子よりも圧倒的にたくさんの知識を持っている。それ故に物事の視点が違ってくる。どうしてもだ。おそらくは頭でっかちのホーシュと比べても、あるいはこの世界の全ての子供と比較しても、春香は際立っているだろう。仕方がないが、それは事実だ。

 坊商として各地を露行と行商を重ねながら旅をしてきた氏には、春香の質問そのものが新鮮で心地良かった。

 春香は、ウィルタとホーシュが楽しそうに話すのを耳に挟みながら、一方のウィルタはウィルタで、春香がトゥンバ氏と時に愉快そうに、時に突っ込んだ難しい話を交わすのを漏れ聞きながら、しばらくはこれでいいやと感じていた。

 これまでウィルタは、自分が春香を引っ張っていかなければという気負い込んだ想いで旅をしてきた。立場上、全ての責任は自分にあるからだ。それが大人のトゥンバ氏といれば、やっかみはあっても、自分はただの子供に戻ることができる。久しぶりに肩の荷を下ろして解放された気分に浸れるのだ。

 今朝のこともそうだろう。

 朝日を受けて蟹歩きをしながら、自分でもすごく子供っぽいことをやっていると思っていた。春香が自分をどういう目で見ているかということも、分かっていた。でも今までの責任を背負わされた旅のことを思えば、もっとはしゃぎたいくらいだった。きっと、はしゃぐような旅ができるのは、この一時に過ぎない。それならホーシュもいるし、子供っぽいと言われようが、その解放感に浸っていたい。それが本音だった。

 気がつくとキノコ型の岩が馬頭型の岩に変わっていた。傾き始めた日が岩に当たり、前方に細長く馬の形をした影を伸ばす。その影に自分の影を重ねると、自分が馬に乗っているように見える。また子供っぽいことをと春香には思われるだろうが、ウィルタはホーシュを誘って、影の馬に乗ることを楽しんだ。

 

 その馬頭型の岩の散らばる砂漠が後方に下がった頃、氏は先頭の黒毯馬の手綱を引いて隊を停止させた。そして毯馬の背に積んであった荷物をざっと見てまわった。

 数カ所を縛り直す。その作業の最中に、後方でシロタテガミが遠吠えを上げた。

 なるほどと頷いた氏が、春香に問いただす。

「どうせ立ち止まってないで、早く出発しろとでも言ってるんだろう」

 春香が意外そうな顔で氏を見た。本当にシロタテガミがそう言っていたのだ。

「お前さんの連れは、なかなか賢いやつだ。賢すぎるから荷役には向かんだろうが。なあ、そう思わんかクロ」

 氏が先頭の黒毯馬の首筋をパンと叩く。それを合図に、毯馬たちはまた歩きだした。左右で九十キロの荷物。確かに賢すぎる動物は荷役に向かない。黙々と重い荷物を運ぶ作業は、「なぜ」と考えていてはできない。それは砂漠を旅する人にも当てはまる。砂漠を歩くコツは、考えないこと、ただ黙々と足を運ぶことだ。

 頬に当たる夕日の温もりに、春香がぼんやりと気の抜けたように歩いていると、突然、毯馬たちの砂を蹴る音が辺りに響いた。毯馬が速足になっていた。

 ホーシュが声を上げた。

「水場があるんだね、そのことに毯馬たちが気づいたんだ」

 人は毎日水筒の水を飲んでいるが、毯馬たちはこの五日間、全く水を口にしていない。

 氏が黒毯馬の手綱を離した。前方に向かって走り始めた毯馬たちを見やりながら、氏がホーシュに指示した。

「ホーシュ、おまえは若いから走れる。毯馬を追いかけて泉に着いたら、あいつらの腹帯を緩めてくれ。もし泉に氷が張っていたら……」

「割ればいいんだね」と続けると、ホーシュは毯馬を追って駆けだした。

 あっという間に前方の小さな点になってしまった毯馬とホーシュを見ながら、ウィルタが指を鳴らした。

「そうか、さっきトゥンバさんが紐を点検したのは、毯馬たちが走りだすことを知っていたからだ」

「そういうこと。水に飢えた毯馬だ、水の匂いを嗅ぎつけると一気に駆けだす。遙々山脈を越えて運んできた荷が振り落とされて、台無しにされちゃかなわんからな」

 そう言って氏が久々の空笑いを空に響かせた。


 ほどなく三人は、毯馬とホーシュの後を追うように泉に到着。岩盤に囲まれた砂の窪みに水が湧き出ていた。たらい三つ分ほどの大きさの泉で、砂の一粒一粒が見分けられるほどに透明な水が、砂を巻き上げながら湧き出している。泉から溢れ出た水は、一頻り轍のような細い流れを作って流れた後、砂の中に吸い込まれて消える。毯馬たちは、その小さな流れに並んで首を突き出し、ホースで吸い上げるように水を飲んでいた。

 春香は手袋を外すと、湧き出たばかりの水を両手で掬ってみた。歯に沁みる冷たい水だ。革製の水筒の水には、革独特の臭いが染みついている。その水と較べて、かすかに甘味を感じるミネラルに富んだ味だ。

「ホブルさんの家の水と同じ!」と、春香が目を輝かせた。

 コップで水を掬いながら、氏が相槌を打った。

「そうだろう、この水もオーギュギア山脈から遠路はるばる地下の水脈を辿って、ここに湧き出したものだからな」

 目を細め味わうように水を飲み下したトゥンバ氏が、ホーシュの姿が見えないのに気づいて辺りを見まわす。すると水が砂に吸い込まれる辺りの岩の背後から、ホーシュの興奮した声が聞こえてきた。

「トゥンバさん、ちょっと、毯馬の死骸がある」

 氏が声のした岩の後ろに足を運ぶと、そこにミイラになりかけた毯馬が一頭、砂に半ば埋もれた状態で横たわっていた。痩せてあばらの浮き出た茶黒の毯馬である。

「死んで半月というところか」

「泉にたどり着いたところで、力尽きちゃったんだね」

 干涸びた毯馬と子供たちをそこに残し、氏は泉を囲む岩場をグルリと一周、特に変わったものは見当たらなかった。子供たちの側に戻ってくると、氏は腰に差してあったナイフで、毯馬の鞍から背当てのクッションを引き剥がした。

「弱って捨てられたんだ、それもよほど毯馬のことを知らない飼い主にな」

 クッションにナイフを突き立てると、中の詰め物がバラッと足元にこぼれた。

「鞍のクッションには、非常時のことを考えて、餌の苔を固めたものが詰めてある。それから旅の間に教えるが、家畜を生かすも殺すも荷の積み方一つだ。下手な積み方をすると、毯馬に負担がかかって、旅の日程が延びるし毯馬が体を痛める。ここを見ろ」

 氏が倒れた毯馬の背を示した。栄養不足で痩せた毯馬の背に、荷擦れなのだろう皮が抉れかけているところがあった。

「この毯馬を扱っていたやつは、ロープの掛け方も満足にできない素人だよ」

 不機嫌そうに言うと、氏は泉の湧き出し口に戻り、クッションの中の苔を毯馬たちの足元にばらまいた。

「さあ、毯馬たちが苔を食べ終わったら出発するぞ」

「えーっ!」とホーシュが声をあげた。

「トゥンバさん、日没まであと二時間、今日は水のあるここで泊まっても、いいんじゃないんですか」

 氏は顔に刻まれたしわを濃くすると、ホーシュに言いきかせた。

「砂漠という場所は、その厳しさを理解する者には優しいが、そうでない者には死を用意する。先に進める時には精一杯進む。いいかホーシュ、お前は砂漠生まれの砂漠育ちだ。しかしだからといって、砂漠のことを何でも知っている訳ではない。砂漠は広い、そして外の世界はもっと広い。それぞれの世界には、それぞれの世界で生きていくための掟がある。人と人の間に掟があるように、人と自然の間にも掟があるんだ。そのことをよく覚えておくことだ」

 氏は「それから」と声を強めて、自身の手をホーシュの前に突きだした。その手の平のものを見たとたん、ホーシュの顔色が変わった。塩漬けの脂だった。ホーシュが先ほど岩陰の砂の中に埋め込んだものだった。

 氏はそれを洗って夕食時に食べること、もし同じことを繰り返したら、即刻家に帰すと厳しい口調で言いたてた。抑えてはいたが、表情に抑揚の少ない氏としては、かなり険しい顔だ。しかし、神妙な顔で頭を垂れたホーシュに、氏は直ぐに表情を和らげた。

 そして強く言い過ぎた自分に照れたのか、「まあ、そう畏まることはない。それにこっちが出発しないと、白毛のオオカミが、いつまでたっても水が飲めない。特に毯馬の死骸は、あいつにとっては久々のご馳走だろうからな」

 取ってつけたようにそう話すと、氏は大きな空笑いを空に響かせた。

 ただこの脂身の一件以降、氏のホーシュへの態度が変わった。今までは見て見ぬふりをしていたホーシュの素行に、逐一注文をつけるようになった。



第四十二話「ブフエ」・・・・第五十話「ジンバ市」・・・・

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