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星草物語  作者: 東陣正則
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ドバス低地



     ドバス低地


 ドルゥー海北岸のユルツ連邦が、天の照明によって大混乱に陥り始めた頃、ドバス低地では、塁京二都、バドゥーナ国とゴーダム国の二つの国の争いが、さらに激しさを増していた。いや、すでに事態は単なる二つの国の争いという単純なものではなくなっていた。両国の紛争に乗じて、最大の避難民キャンプの螢火杭だけでなく、長杭その他、塁京周辺の避難民キャンプというキャンプで足止めを余儀なくされていた人々が、どっと水路を渡って火炎樹の農園地帯に侵入を始めたのだ。

 流入する避難民と農園の住民が衝突、各所で農園労働者として仮の居住権を確保していた元避難民と、流入する新たな避難民の間に争いが勃発する。

 郡部の囲郷の住人と農園労働者、牧人系の人々と北部の熱井戸に依存して暮らす人々、川沿いの窮民街の住人と流れこむ新参の避難民、同じ新参の避難民でも北からの避難民と南からの避難民、対立の芽は至るところにある。日頃水面下に隠れていた諍いの種が、津波のような大量の避難民の流入によって一気に噴き出してきたのだ。

 雪の舞うなか、混沌とした状態がドバス低地全域に拡がろうとしていた。


 開戦当初、両国の争いは、戦乱の火蓋を切ったバドゥーナ国が攻勢を取った。

 バドゥーナ国は、突然の開戦によるゴーダム国の混乱に乗じて、次々と隣国の港湾施設や精油貯蔵施設を爆破した。しかし開戦後半日が過ぎ、互いに相手側の榴弾砲陣地、それも長距離射程の榴弾砲陣地の潰し合いが終了。その後、警邏艇の船舶数で圧倒的に優位に立つゴーダム国が両都間の分水路上の覇権を握るや、風向きが変わる。

 ゴーダム国は、まずは相手国の都、盤都の西南西半馬里にある、ニーカングの丘と呼ばれる高台の警邏隊駐屯地に攻撃を集中。狙いは、郡部に温存している中距離射程の榴弾砲を、そこに搬送設置することである。そうすれば、水路上の甲機船の小砲と合わせて、盤都の全域を砲弾の射程圏に納めることができる。

 むろんそれは、バドゥーナ国側も織り込み済みで、対抗すべく、ニーカングの丘に精鋭部隊と虎の子の機砲車を配備。ニーカングの丘周辺では、盤都側に上陸してきたゴーダム国の移動迫撃砲隊と、盤都騎走隊の激しい鍔迫りあいが続けられた。

 開戦三日目、ニーカングの丘がゴーダム国側に落ち、盤都全域が砲弾に曝されることに。

 開戦後四日が過ぎると、戦況は圧倒的にゴーダム国が優勢となる。

 またそれとは別に、塁京の全域で黒い煙が上空に噴き上がっていた。この時代、紛争が起きて最初に狙われるのは、樹油の貯蔵施設である。それがあらゆる物資の生命線だからだ。各所で樹油の貯留タンクが爆発炎上、その炎に煽られるように、暴徒化した避難民が郡部の囲郷を襲撃占拠する。暴徒はタンクなどの貯油施設だけでなく、火炎樹にも火を放つ。いたる所で火炎樹が巨大な松明となって凍土の大地を赤く照らし上げた。

 塁京には、およそ三万の貯油タンクがある。戦役勃発後四日で、その三割が炎上、上空に撒き上げられた黒煙によって、低地帯では塵埃とタールを含んだ黒っぽい雪が舞い、雪と氷の白い大地は灰色に変わった。


 十二月十七日、戦役勃発五日目、午前十時。

 情勢は都、郡部を問わず、ゴーダム国がバドゥーナ国を圧倒していた。そんななか、盤都の最南部に、ユルツ国から飛来した小型の単発機が一機、翼を休めていた。三日前に双発の貨物機とともに飛来した、単発の高翼機である。双発の貨物機が荷を下ろすや直ぐに飛び立ったのに対して、小型の高翼機は盤都に居残ることに。ユルツ国へとトンボ帰りした双発の貨物機が、古代兵器の搬送を担った機で、単発機は同乗してきた兵器担当の技官を国に連れ帰る機になる。

 対立するゴーダム国は、バドゥーナ国にユルツ国の古代兵器が到着したことを察知、小型機が盤都に留まっていることから、運び込まれた古代兵器が、組み立てあるいは整備途上にあると見ていた。

 古代兵器はまだ使える段階にない。

 ゴーダム国側としても、古代兵器が具体的にどのような威力を持ったものなのか、内容までは掌握していない。何しろユルツ国の機密として秘匿されてきた兵器である。ゴーダム国としては、古代兵器の配備が完了する前に、兵器自体を破壊するか、あるいはバドゥーナ国をねじ伏せてしまいたい。そう考えて、一斉に攻撃の手を強めた。

 ゴーダム国の移動迫撃砲隊が、盤都の塁壁越しに猛烈な勢いで油弾を撃ち込む。盤都の騎走隊と塁壁上の守備隊が、必死になって応戦するが、迫撃砲隊は神出鬼没に塁壁の外を移動しながら、油弾を放ち続ける。

 油弾は投擲距離が短いために、火災は都の塁壁からほぼ一キロ以内で起きている。

 その火災を避けるように、一般の市民は、着弾の怖れのない都の南部か、もしくは、地下の水路に避難していた。

 だがこのまま油弾の投擲が続けば、いずれ盤都は焦土と化してしまう。

 ゴーダム国は、さらに相手政府を威圧するように、盤都の象徴ともいえる経閣門に狙いを定め、突入の準備を進めていた。

 ゴーダム国による一斉攻撃を知った警邏隊総統のガンボジは、工兵隊を総動員して経閣門の封鎖作業を進めると同時に、盤都周辺に散っていた騎走隊を経閣門前に呼び戻した。


 午後三時、

 盤都南部の広場に駐機していた高翼の単発機が、争乱の都から逃げるように飛び立った。

 すわ古代兵器の設置が完了したかと、ゴーダム国の警邏隊司令部に緊張が走る。ところが、バドゥーナ国側に目立った動きはない。

 盤都に忍び込ませた情報局員からの連絡では、飛び去った単発機には、確かにユルツ国の技官らしき人物が乗り込んだという。それも引き留めようとするバドゥーナ国高官の手を振り切るようにしてだ。それが本当なら、榴弾と油弾の降り注ぐなか、ユルツ国の専門家が、身の危険を感じて、保身のために逃げだしたのかもしれない。

 しばしバドゥーナ国側の反応を窺った後、ゴーダム国警邏隊司令部は、盤都に届いた古代兵器はまだ設置不十分で稼動可能な段階に至っていないと判断、この間に一気に盤都を陥落させてしまおうと、経閣門攻撃の決定を下した。経閣門を突破すれば、あとは大通りを一瀉千里に突き進み、都を二分するように串刺しにすることができる。

 午後四時、盤都バンダルバドゥン。

 バドゥーナ国警邏隊総統のガンボジは、盤都地下某所の排水坑を部下の兵器廠の長官に案内されながら急いでいた。時折、鈍い振動が伝わってくる。どこか近くに榴弾が着弾したのだろう。下水道の中の急ごしらえの石の階段を上がると、崩れかけた作業用の通路に出た。さらに階段を上へ……。

 その階段が途中から幅広の真っ赤な絨毯に変わったと思うと、焼け焦げた臭いの漂う大広間に出た。厚い絨毯が水を吸ったまま凍りついている。迎賓館の大ホールだ。薄暗い室内の床一面に砕けたシャンデリアが散乱、壁に開いた穴から射し込む外の光で、キラキラと輝く。しかし、そんなものに目を奪われている余裕はない。

 ユルツ国の兵器廠の技官が、工具を取りに行くと言って、そのまま待機していた飛行機の乗り込み、ユルツ国に帰還。あろうことか、それをこちらの担当官が懲罰を怖れて、報告を怠ったまま雲隠れしてしまった。

 なかなか戻ってこないユルツ国の技官と、連絡の取れなくなった担当官に、兵器組み立ての補助をしていた盤都の技官たちが、不審に思い問い合せて事態が発覚。急遽こちらの技官だけで、古代兵器の最後の組み立てと、試験発射のための調整を始めたところだ。

 今は一刻を争う時である。日没までに古代兵器を使えるようにしなければ、盤都はもたない。ゴーダム国は、こちらの経閣門を突き破るための準備を、もう一息で終えるところなのだ。本来なら古代兵器の試験運用を行える段階になっているはずが、まだ組み立てをやっているとは……、

 警邏隊総統のガンボジは歯噛みしながら階段を上った。

 ユルツ国から入手した古代兵器の設置作業は、迎賓館の展望塔五階で行われている。

 兵器をどこに設置するかについては議論があった。南部の一部を除けば、榴弾がどこに着弾するか分からない状況である。移動できる台車に乗せて都を取り囲む塁壁上の通路に配備するのが、敵に場所を特定されず、かつ相手を攻撃するのに最適ではないかとの意見が大勢を占めた。だがそれを押し切って、ガンボジは崩れかけた迎賓館の展望塔に、古代の兵器を設置するよう指示した。

 すでに展望塔は開戦直後に榴弾の直撃を受けて、最上階の六階が七割方崩落、階下の壁にも、ばっくりと抉られたような大穴が開いている。ところがガンボジは、あえてその砲弾が開けた五階の穴に兵器の設置を命じた。理由は、今そこが都で一番高い場所であり、かつ厚い天井と左右の壁で守られているということ。つまり榴弾がその穴に飛び込まない限り、その場所が安全で攻撃にも最適と判断したのだ。

 とにかく古代の兵器を使える状態にし、最初の攻撃で、盤都西南西のニーカングの丘に設営されたゴーダム国側の榴弾砲陣地を叩けば、展望塔に設置した古代兵器が敵の攻撃で破壊される怖れはほとんどなくなる。

 とにかく今は一刻も早く、古代兵器の設置を完了させることだ。

 総統のガンボジは、地下の移動政府で古代兵器設置完了の報を待つことに痺れを切らし、兵器廠の長官に案内させて、直々に現場の状況を確認しに足を運んだのだ。

 階段を上り、瓦礫の散らばる展望塔の五階の一室に入ると、そこでは兵器廠の機械科の技師たち数人が、技官長の指示で兵器の図面を前に格闘していた。

 技官の一人が、天井から剥がれ落ちる石を防ぐために、樹脂製のシートを天井に張りめぐらせている。そのシートの真下に兵器はあった。

 ほぼ組み立てを終えたように見えるその装置は、中型の馬車ほどの大きさである。土台となる回転式の台座の上に、制御盤のついた操作台と還元増幅機なる本体が乗り、本体前部の三本の円筒型の爆縮管の間から、細身の砲身を束ねたようなものが前方に槍のように伸びている。弾が飛び出す穴がある訳ではないので、一見すると特殊な工作加工機器のように見える。

 とにかく早く発射試験に漕ぎ着けろというのが上からの命令で、技官たちは懸命に作業を続けていた。部屋の入り口に立ち、しばし様子を眺めていたガンボジは、技官たちに声を掛けないまま、兵器廠の長官を促し部屋を後にした。自分が声を掛けることで仕事を中断させる、その時間が不要と見たのだ。自分の為すべきことは、古代の兵器が使用可能になるまでの時間を稼ぐこと、そう考え、ガンボジは足早に階段を駆け下りた。

 ガンボジの見立て通り、技官たちは必死に装置の組み立てに取り組んでいた。

 ところが、組み立ては終わっているように見えるのだが、まだ開封されていない箱が残っている。兵器は幾つかのブロックに分けて届けられている。しかし図面に完成図は出ていても、実際には誰も完成した兵器本体を目にしたことがない。それに性能や操作方法も知らずに、ユルツ国の技官に言われるままに組み立ての手伝いをやっていただけなのだ。そのため今がどの工程なのか、どこが未完で何をやれば完成するのか、その確認に手間取っていた。

 図面を片手に、残った部品をチェックしていく。

 それでも調べていくうちに、箱の中に残されていた部品は全て予備の部品であり、組み立ては終了していたことが判明した。ユルツ国の技官は最低限の義務は終えていたのだ。残された作業は、試験発射に向けた微調整と燃料管の装填である。

 再度、図面とマニュアルを見ながら、残された箱をチェックしていく。

 技官の一人が、これこれと言いながら、二つの細長い箱を両腕で抱え上げた。

 積み重ねられた箱には、それぞれ古代の言葉で内容物が明記され、その表記の上に翻訳した部品名が貼り付けてある。一抱えほどもある細長い箱には、アイソトープ電池と書かれたシールが貼られ、機械の駆動電源と但し書きが添えられていた。

 中のカートリッジを取り出し、ケースごと機械の側面の穴に差し入れ蓋をする。手引書を見ながら制御盤の幾つかのボタンを押すと、自動的に機械が動きだした。

 制御盤前面の映像パネルが明るくなると同時に、画面が緑に変化、そこに数字と文字が表示される。見ると、緑の画面のなかに赤く点滅している項目がある。点検整備の指示で、量子燃料が未装着であることを指摘している。

 兵器廠の技官長が、手引書を制御盤の上に放り投げた。

「まったく、こんな紙を見ながらチェックしている自分が、原始人に思える」

 すべての手順が映像パネルの画面上に表示されるようになっているのだ。民間人が家庭で使う機械ならそれも分かる。それが……、兵器までもが赤ん坊でも使えるように至れり尽くせりの形で作られていることに、技官長は軽い嫌悪感を覚えた。

 その不愉快な顔で映像パネルを覗き込んでいる技官長に、部下の技官が抱えた箱を見せた。映像パネルに表示されている番号と同じ番号の箱で、開けると、両端を金属管で挟まれた筒型のカートリッジ十本、セットで収納されている。カートリッジは透明なシリコン状の容器で、中にピンクのゲル状の物質が透けて見える。

「これが量子燃料とやらのカートリッジか」

 そう口にしながら、技官長は部下から受け取った淡いピンク色のカートリッジを、制御盤手前の四角い窪みの中に置いて、装着ボタンを押した。

 カートリッジが内部に引き入れられると同時に、盤面がクルリと動いて開口部が閉鎖。先のアイソトープ電池と同じく、カートリッジが自動的に機械の中に組み込まれていく。

 天井に張り付きシートを張り巡らせていた技官が、「技官長殿、なんだか不気味です。生き物が餌を喰っているみたいに見えます」と、おどけた声を上げた。

 続けて、台座の調整していた技官が、「本当にそうです、技官長殿、こんなオモチャみたいな機械で、ゴーダムの横面を引っぱたくことができるんですかね」と、軽口を叩く。

「小さくても良く働くということがあるだろう。何でも、オーギュギア山脈のキアック峠の造成に使われた装置というのが、これの大型のものなんだそうだ」

 放り投げた手引き書をもう一度手にした技官長が、分厚い手引書をパラパラと捲りながら説明、その技官長の言葉に、機械の上と下から驚きの声が返された。

「とても信じられないです。技官長、早く一発試し打ちでもして、そのご利益を見てみたいものです」

 量子燃料の装着を示すランプが緑に変わり、充填量の表示が、ガソリンが充填されるように一段階ずつ増えていく。それが最大値に達すると、画面全体の表示が作動可能を示す緑に変化、点滅を始めた。

「なんだか、満腹になって、デザートを要求しているみたいです」

「食い過ぎて、トイレにでも行きたいんじゃないか」

 技官長が書類でパンと膝を叩くと、「無駄口を叩いてないで早く作業を終わらせろ、頭の上に人がぶら下がっていると、どうにも落ちつかん」

「了解、技官長殿」

 天井の技官が声を返した直後、ズンと地響きのような音がして、建物がビリビリと震えた。近くに榴弾が着弾したようだ。そしてまた一発。

 その爆撃音に呼応するように、ドッと音がして、天井に張り付き作業を進めていた技官が、制御盤の上に落下した。その際、技官の靴が、操作台にいた上官の眼鏡を引っ掛け、弾き飛ばされた眼鏡が、床に落ちてレンズが砕け散る。

「こら、馬鹿者、気をつけんか」

「も、申し訳ありません、技官長殿」

 身を縮めて制御盤の上で起き上がりかけた技官の顔の上に、今度はシートを張るための鉄のポールが倒れる。ポール先端の金具が技官の頭を直撃、技官は気を失って制御盤の上に突っ伏した。

「まったく、何をやっておるのだ」

 怒鳴りつける技官長に、台座の調整をしていた技官が同僚を庇うように言った。

「技官長殿、彼は偉いです」

「何が?」

「彼は身を呈して、制御盤をポールから守ったのであります」

 確かに、技官の上には鉄のポールが圧し掛かっている。あれが装置を直撃していたら、ただでは済まなかっただろう。技官長が苦笑いした。

「分かった、分かったから、早くこいつを操作台から引きずり降ろせ。作業が……」

 そう言う技官長の目が大きく見開かれた。

 眼鏡を掛けていないので、ぼやけてしか見えないが、制御盤の映像パネルに映し出されていたはずの作業手順の説明が消え、細かな数字が画面を埋めている。

 慌てて気を失った部下を制御盤から引きずり落とし、ポケットから予備の眼鏡を取り出す。眼鏡を掛け直した技官長の面前で、パネルの数値が、これで決定したとばかりに次々に赤から緑に変化。全ての数値が緑に変わると、数値は画面の下に移動、画面中央に見慣れた画像が浮かび上がった。

 何事かと技官長の周りに集まってきた部下の技官たちが、パネルの映像を見て、オッと声を上げた。それは崩れた壁面の向こうの風景だった。

 技官長が映像パネルから顔を上げ、壁の穴の外に目を向ける。映像は間違いなく装置の前方に見えている風景。とその画像上で、二本のラインが上下左右に動き始める。

 何か感じることがあったのか、冷静な技官長が慌てて手引書を捲り始めた。

 その間にも、フレームの中の二本のラインが交点を結んで、ピタリと停止。

 技官長のいつにない緊迫した様子に、取り囲んでいた部下の一人が「どうされたんですか」と横から技官長の手元を覗き込む。

「うるさい、黙っていろ!」

 手引書を捲る技官長の指が強ばっていた。部下の技官たちには分からなかった。だが古代の機械に接する機会の多い技官長には予感があった。先程の技官の落下で、兵器の操作にゴーサインが入ったのだ。それもおそらく自動モードで……。

 画像の下に新たな数字と文章が現れる。

 まさか最後の発射操作まで自動になってはいないだろうと思いつつも、勝手に動き出した装置を早く停止しなければと、そう思って手引書を捲る。ところが初めての装置、初めて目を通す手引書で、目的の項目がなかなか見つからない。

 気がつくと画面上では、最終確認を要請するように黄色いランプが点滅を始めていた。目的のページが開いた。乾いた唇を舌で湿らせながら眼鏡を近づける。ところが表記は古代語、残念ながら技官長でも、古代語の知識は数字と単語がいくつかだ。

 黄色いランプが点滅を停止。

 技官長は顔を起こすと、装置の前方で作業を続ける部下に向かって叫んだ。

「作業停止、すぐに機械から離れろ」

 キョトンと顔を上げ、技官長の方を向いた部下のすぐ先、兵器の三本の筒が交わる先端で、小さな光の輪がポッと灯る。その刹那、輪の真ん中に光の玉が現れ、それが白い光芒となって前方にほとばしった。

 どんよりと雪雲の垂れ下った夕刻の大地を、一条の白い光芒が突き走り、到達点でオレンジ色の光球となって脹らむ。雪と氷しかない灰色の世界が赤い光彩に染まり、その光彩の中からオレンジ色の玉が次々と沸き上がる。群雲のような光彩は、周りの大地を巻き込みながら、最後上空に盛り上がる黒い雲の波を残して消えた。

 数秒後、光芒の後を追いかけるように、地鳴りのような爆発音が、衝撃波と共に迎賓館の展望塔にも伝わってきた。

 金縛りにあったように立ち尽くす技官長の前方、装置の前で作業をしていた部下が、顔を押さえて足をばたつかせている。烈光を直接目に入れてしまったのだ。

 我に返った技官長が、振り返りざま声を張り上げた。

「目をやられた技官を階下に運び、医務官を要請。一人は警邏隊本部に連絡を。ニーカングの丘の、敵榴弾砲陣地への攻撃を依頼するんだ。先ほどの光芒で、兵器をここに設置したことが敵方に知れたはず。展望塔を標的に爆撃が始まる。次の発射までの時間、ここが爆弾の雨に曝されないよう、援護してもらうんだ。残りの者は、すぐに兵器の設置を最終確認、それが終わり次第照準を合わせる。目標は……」

 部下の技官が、思わず口を挟んだ。

「技官長、お言葉ですが、兵器の使用は警邏隊本部の許可が必要では」

 技官長が血走った目で部下の襟首を掴んだ。

「そんなことは、戦争に勝ってから言え、勝利は目の前にあるのだ!」

 怒気を含んだ声を後押しするように、ゴーダム国の榴弾が迎賓館の近くで炸裂。

 技官長が不敵な笑みを浮かべた。

「敵榴弾砲の照準機の計算プログラムは、我が方の手の者によって書き替えられている。あれは、めくら撃ち、それに気づかないような砲手など、恐くもないわ。さあ分かったら、さっさと調整を終わらせるのだ。一度砲弾の当たった場所など、まずもう一度当たることはない!」

興奮して喋る技官長は、使い慣れていない予備の眼鏡を目に押し当てながら、古代兵器の手引書を捲った。さっきは全く機械まかせの射出だった。だが今度は慎重に、かつ間違いなく操作する。そして目標は……。

 技官長は三本の砲身に沿って壁に開いた穴の縁まで歩を進めると、前方に広がる世界に目を向けた。盤都バンダルバドゥンの塁壁の先、三キロのところで、赤い炎と共に白煙が上がった。ニーカングの丘に設営された敵の陣地から、榴弾が発射されたのだ。

 空気を裂いて飛ぶ弾の音が、ヒーッと喉に穴を空けたような音をたてて上空を過ぎていく。直後、迎賓館のやや後方でズンッという爆裂音が轟き、伝わってきた振動で、天井からばらばらと壁屑が剥がれ落ちる。それを頭や肩に受けながら、技官長が嬉しそうに口の中で呟いた。

「量子砲の目標は、前方塁壁外半馬里、ニーカングの丘、敵、榴弾砲陣地!」

 しばらく後、崩れかけた展望台の割れ目から、一筋の光芒が塁壁の先に向かって射出された。さらにその十分後には、クルドス分水路対岸の隣国に向かって……。


 夜の地平線を明るく照らすオレンジ色の光球を、何事かと不安げに見上げる人たちのなかで、おそらくこの男だけが笑い声を上げていた。

 湖宮の奥の院の赤い屋根の家、枯葉の舞うテラスで、長身の僧衣の男が、ワインを傾けながら机の上に置かれたモニターの画面を見ていた。湖水を取り巻く山系に設置されたカメラからの中継映像である。ちょうど画面が、発射された量子砲の爆発の画像から、展望塔の拡大画像に切り替わったところだ。

「ハハハ、始まった、世紀のショーだ。どうした盤都の腰抜け役人、どうして次の量子砲を発射しない。早く撃たないと、ゴーダムの砲弾がその塔に飛び込むぞ。ゴーダム側には、移動迫撃砲隊も甲機船の榴弾砲も残ってる。それに、後ろには、ゴミのような貧民たちも迫っているんだ」

 笑いながら話す僧衣の男ジュールが、飲みかけたワインの手を止めた。後ろに立っている妻のヴァーリに気づいたのだ。

「なんだいたのか。いたのなら、ワインを付き合え。この世界では、奥の院のドームの中にしかない、本物の葡萄で作られたワインだ。この液体の赤い色を見ろ。光を通してみる赤いワインの色は、血の色よりも赤い。人が血を流す様を楽しみながら飲むのに、最適の飲み物じゃないか」

「あなたは、狂ってます」

 ジュールが口元に近づけたグラスをピタリと止めた。

「どこが、モニターの画面で人の死ぬのを見ていることがか。映像で見るのと話で聞くのとどこに違いがある。人は自分に関わりのない争いは楽しいものなのだ。それがどんなに悲惨なものであろうとな」

「関わりがないなんて、バドゥーナ国が使用している古代の兵器は、あなたが湖宮から持ち出し、古代の遺物を装ってユルツ国に発見させたものじゃないですか。あなたがそんなことをしなければ、こんな戦争にはなっていないわ」

「ハハ、武器がなければ戦争が起きないだと。人はこん棒一つだって争う。こん棒がなければ素手で相手を殴り倒す。武器など有ろうが無かろうが、人は殺し合いを何万年と続けてきたんだ。おっ、量子砲の光だ。やっと使ったな。見ろ、あのオレンジ色の爆発の美しい輝きを。あの光の下で、何百何千という命が燃えている。あれは命の炎だ」

「もう止めて下さい」

 悲壮な顔でヴァーリがモニターのラインを引き抜いた。そのヴァーリをジュールは片手で張り倒すと、苛ついた表情でラインを繋ぎスイッチを入れた。そして床に倒れているヴァーリの髪を鷲掴みに引き上げると、モニターの画面に顔を押しつけた。

 モニターの中でまた明るいオレンジの光が瞬く。盤都の対岸、濠都ゴルで巨大なオレンジ色の玉が膨れ上がる。

「あれを見ろ、ヴァーリ。あのオレンジの業火でたくさんの人が死ぬ。それをバドゥーナの連中は分かってやっているのだ。量子砲の光の矢は、四十キロ先まで届く。そこで飛び散る血飛沫は絶対に自分には降り掛かってこない。あれは痛みも何も感じない兵器だ。人差指一つで幾らでも人が殺せる。見ろ、幾らでも引き金を引くだろう。他人の死など、人にとって指を引く程の重みしかないのだ。お前の善人ぶった顔で良く見るがいい」

 ジュールが甲高い勝ち誇ったような声を上げた。

 と、その笑い声を上げるジュールの前に、ジュールと同じ丈の長い僧衣姿の面々が現れた。湖宮の公師と呼ばれるメンバーである。

「どうした、お歴々が顔を揃えて」

 ジュールが馬鹿にしたような声を投げつける。

 代表らしい相貌の老人が前に進み出ると、口を開いた。

「プライベートの時間に失礼かなとは思ったが、早急に伝えた方がいいと思ってね。湖宮の運営委員会は、本日をもって君を議決権のある評議委員から解任することを決定した。君のご両親のここでの功績を考慮して、居住権は保証するが、一切の決定権は剥奪、当分の間、妻のヴァーリさんと共に、この奥の院に幽閉させてもらう」

「理由は?」

 刺すような目つきで、ジュールが自分を取り囲んだ僧衣の面々を睨む。

 代表の隣、年配の女性が怒りを抑えて言った。

「説明の必要はないでしょう、問題はあなたの人格よ。我々は前の世紀から細々と生き永らえてきた種族、表に出ることは極力避けるのが私たちの掟だったわ。来たるべき世紀の変わり目の日までね。だからあなたが、西方の国に留学する時も、外部の女性を妻に娶る時も、そしてユルツ国に兵器を見つけさせた時も、私たちは反対した。ジュール、あなたは外部の世界と交渉を持ち過ぎたのよ」

「ふん、ではどういう状況になれば世紀の変わり目だと言うのだ。それを誰が判断する。そうやって時を待つ間に、この施設は錆びて朽ち果てていくのだ。現に俺がここの駆動炉を再生しなければ、今頃ここは、枯れ木の原野だ」

「そのことに関しては、我々は君に感謝している。しかし君を解任することは全会一致の決定なのだ。君さえ変わってもらえば、いつでもまた評議委員に迎える用意はある」

 そう言い置くと、十名の僧衣の評議委員公師たちは、ジュールに背を向け、奥の院の赤い屋根の家から出ていった。

 怒りで拳を握り締めて立つジュールの横で、モニターの画面が淡々と戦争の様子を映し出していた。



次話「波崙台地」

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