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星草物語  作者: 東陣正則
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スポットライト


     スポットライト


 質量転換炉の上部に光の柱が出現してから、一時間が経過。ファロスサイトの管制室では、スタッフが天上から降り注ぐ光の分析を進めていた。

 データブースのロンフィアが、皆に解析結果を報告する。

 炉から上空に向けて放射される直径二メートルの光柱は、高度三万六千キロメートルの上空で反転、大地をスポットライトのように照らしている。スポットライトの内側は、どこも光のスペクトル、照度共に均一で、単位面積当たり毎分、二カロリーのエネルギーが降り注いでいる。ただし大気圏面での反射や、途中の大気での吸収を考慮すると、地上に届くのはその八割。それでもこの熱量は、かつてこの惑星が温暖な気候であった時代に、大地が受け取っていた太陽の輻射熱とほぼ同じ熱量になる。

 特筆すべきは、この巨大なスポットライトのスペクトルは、可視光と赤外線領域では太陽光とほぼ同じだが、波長の短い電離放射線領域の紫外線などを全く含んでいないということだ。また、太陽光では太陽由来の元素によって特定の電磁波が吸収されるために、スペクトルの所々に暗線が入るが、それが全く見られない。

 スポットライトの照射範囲は、当初サイトを中心に同心円状に降り注いでいると思われたが、実際には、サイトから南方三百八十キロ地点と、北方六百二十キロ地点を結ぶ直径一千キロの範囲が円形に照射されている。当然ながら、サイト南方三百五十キロに位置する霜都ダリアファルも照射圏内にある。

 霜都の政府機関から連絡が入る。深夜にも関わらず市民が町に出て歓声を上げているという報告に、期せずして管制室のスタッフから、どよめきが起きた。

 管理室長のバッカンディーが、モニターの数値を見ているジャブハ部長に聞いた。

「これがこの炉の本当の役割だったということですかね」

「そういうことだろう、さっき屋上で浴びた光が、今後も同じように降り注ぐなら、人類は太陽、それも無害な太陽を手にしたことになる」

 ジャブハ部長は、ロンフィアから回ってきた分析のチャートに目を通しながら、ため息をついた。

 どのような仕組みになっているのか分からないが、物凄い量の光が炉の上部から天空に向け光の柱となって伸びている。これはエネルギーの柱といってもいいもので、光の柱として見えているのは、柱と接している大気中の塵や大気の分子そのものが、エネルギー柱に励起されて光を発しているからである。

 上空三万六千キロメートル地点で反転拡散する光の柱は、大地に垂直ではなく南方向に傾いている。その傾きの方向と、上空の反射点の位置からして、惑星の赤道面上空に、何らかの光の柱を反転拡散照射する装置があることが予想された。

「上手く行く時は、全て上手く行くものなのかな」

 車椅子の上でハン博士が呟いた。

 統括ブースの一番後ろで、スタッフが情報のやりとりするのを見ていたダーナは、博士の独り言を聞き流すと、つい今し方入った議会の非常事態対策本部からの一報を思い起こしていた。

 反対派の襲撃が発生した直後、直ちに政府閣僚は緊急の呼び出しを受けた。官邸に集められた要人一同は、サイトから帰還したばかりの大臣ズロボダの報告を受けると共に、事態の推移を固唾を呑んで見守っていた。そして核力炉が無事停止して炉心溶融の危険がなくなり、事態が収束に向かうのを確認すると、今後の対応は明日以降の現場の報告を待つことにして、非常事態を解除、散会とした。

 その直後、官邸から皆が立ち去ろうとした時にそれは起きた。突如、官邸が真昼のような明るさに包まれたのだ。誰もが腰を浮かせ身構えた。

 何か重大な事故が起きたと、そう思ったのだ。十年前の惨事の時も、その瞬間には、都を初め、国全体が烈光に包まれたからだ。ところが強烈な光に続いて、体を揺るがす衝撃音と振動が伝わってきた前回と比べ、今回はただ明るい日差しが窓から室内に差し込んでいるだけだ。一瞬の烈光ではなく、たおやかに街を照らし続ける明るい日差し。

 みな恐る恐る窓を開け、ドアを開いて外に出る。

 深夜というのに町は真昼の明るさに包まれている。十分経ち、二十分経ち、明るさに変化はない。やがてサイトからの報告で、ファロスサイトから上空に打ち出された光の柱が、地上の遙か上空で反転、スポットライトとなって大地を照らしているということを知る。残念ながら、光を散乱しない幅二メートルの光柱は、都からは距離があり過ぎて肉眼で見ることはできない。それでも降り注ぐ光は、それを見つめる目にも、受けとめる肌にも、全く太陽の日差しと同じに感じられた。

 遮光眼鏡をかけて空を見上げると、この光が空の一点から発しているのが分かる。太陽のように円形には見えない。さらに太陽との違いがもう一つ。それは光源が動かない、固定しているということだ。

 天空に固定された小さな点のような擬似太陽は、ほんの少し南に偏ってはいるが、あまりの上空のために、見上げる人々には、ほとんど真上で光り輝いているように見える。

 暖かな日差しがユルツ国だけでなく、連邦の小国や、囲郷、宿郷……、ドゥルー海北方の広範な雪と氷の大地を包んでいた。

 光が点灯して二時間半、反対派の妨害によって切断された通信ラインが復旧、最初の交信で大臣のズロボダは、ダーナに向かって開口一番、「知っていて黙っていたのか」と、叫んだ。気色ばんだ一言だった。

「古代の施設が、人工太陽のシステムであるということを、どこまで知っていたのだ。成功するまで伏せておこうという方針だったのか」

 ズロボダが興奮気味にまくしたてる。

 大臣に指摘され、ダーナも初めてその言葉を思い浮かべた。言われてみれば、確かに人工太陽という言葉を使ってもおかしくないシステムである。光を生み出すということが、そもそもそういう意味を含んでいるからだ。

 質量転換炉が無事に稼働し光を生産できるようになれば、活用方法、利用方法は無限にあるはずと、ダーナ初め関係者一同、漠然とそのことは思っていた。しかし当面の目標は、サイトに付随して設置された人工照明の植物育成プラントに光を送るという、そこまでしか考えていなかった。まずは乾壺を飽和充填させ、質量転換炉を臨界状態にして素粒子の各種反応を引き起こすこと、それを成し遂げればそれで十分、いやその段階に持っていくことで手一杯と考えていた。

 全てはそれが成功してからのことだ……と。

 それが、まさか自分たちがファロスサイトと名づけた古代の施設が、物質の質量をエネルギーに転換、その中から光だけを取り出し、その光を上空に射出した後、反転させて、太陽に代わって大地を照らし出すように設計されたシステムであるとは、想像だにしていなかった。電気のエネルギーを圧縮貯蔵する技術、原子核をばらばらの素粒子に解体する技術、多種の素粒子からそれぞれの素粒子に対応する反粒子を作り出す技術、それを間違いなく対消滅させる技術、生み出された雑多なエネルギーから光だけを取り出す技術、光を散乱させずに直進させる技術、それをさらに反転させて大地に均等に照射させる技術、どれ一つを取っても、ダーナには想像もつかない技術だった。

 先ほど、光の照射圏外にある南部の復興院分室から、新たな事実が報告された。

 上空三万六千キロメートルで光柱は反転する。その反転した位置から光は真っ直ぐに照射されているのではない。反転位置から光は一旦カーブを描いて放散、五千キロの地点で半径五百キロの円を形成した後、大地に降り注いでいるという。

 しかし実際に天の照明が灯ってみると、質量転換炉が生み出す光の量と、植物育成プラントに使用される光の量に、あまりの隔たりがあったことに納得がいく。植物育成プラントに使われる光など、炉から生み出される光の量からすれば、誤差といってい。それを、質量をエネルギーに転換する反応は小規模に行うのが難しいからなのだろうと、こちらは勝手に解釈していた。だが実際は、天に照明を灯すためには、これだけの規模の施設と光の量が必要なのであって、植物育成プラントの方が全くの付け足しの施設だったのだ。

 自分たちは、施設内の情報バンクに残された膨大なデータを全てチェックした訳ではない。チャクラチップに電子化されて保存されているデータというものは、人の目で俯瞰することのできる情報、たとえば図書室で並んでいる書架をざっと見て回るという、そういうことのできる情報とは全く異質の情報である。

 チャクラチップに記録された情報は、人の身体感覚の外にある情報で、映像モニターの画面上に呼び出すことができなければ、それはチップの中にその情報があることさえ気づかずに終わる、深い藪に埋もれたような情報なのだ。

 それは人の遺伝子でも同じだろう。遺伝子は肉体という実体を伴って初めて理解できるものであって、無数の分子の配列だけでは、それが意味していることを人は理解できない。一種の暗号であり、翻訳されない限り、ただの意味不明の信号の羅列に過ぎない。チャクラチップとは、ブラックボックスの塊のような物なのだ。

 素粒子の質量をエネルギーに変える。発生した雑多なエネルギーから光だけを取り出し、その光を使って植物育成プラントで植物を育てる。その有効性を実証することが、サイトの作られた目的だと考えた。誰も宇宙にまでこの施設のシステムが展開されているなどと考えもしなかった。その情報の入ったチャクラチップの扉に、気づかないで通り過ぎてしまったからだ。

 人は目に見えるもので考える癖がある。悪くいえば、それが発想を檻の中に閉じこめる。もっと根底からこの施設の意味を問うべきだった。

 通信機からズロボダの怒鳴り声が漏れた。

「統首や集まっている閣僚連中に何と説明する。皆さんを驚かそうと、極秘裡に計画を進めていましたとでも言えばいいのか。それに、この光に危険はないのだろうな」

 怒鳴り上げながらも声が弾んでいる。計画がこれほどの成果をもって現れるとは、誰も想像していなかった。これで担当大臣として、いや政治家としての自分の評価が盤石のものとなる。その宝クジにでも当たったようなはしゃいだ声に、ダーナは眉をひそめると、込み上げてくるあくびを抑えて進言した。

「大臣、ご安心を。いま大地を照らしている光は、安全な光、有害な放射線を一斉含まない、太陽の光よりも安全な光です。反対派の襲撃によって、びっくり箱が思ったよりも早く蓋を開けてしまったと、そう皆様にはお伝えください」

「分かった、それから、この光の照射時間はあとどのくらいなんだ」

 一瞬、ダーナは言葉に詰まったが、

「必要事項を確認し終えたら消します。あと数時間は昼寝のつもりでお休みください」

「分かった」と大臣は声を張り上げた。大臣のズロボダは、まだ一言二言何か口にしていたようだったが、ダーナはもうその言葉を聞いていなかった。


 通信を切ったダーナに、施設の外で作業をしていたオバルから連絡が入った。

 サイトの全景映像を中継できるようサイトの外部に中継カメラを設置、その作業が完了したという。飛行機の離発着場の鉄塔に取り付けたカメラからの映像が、正面のスクリーンパネル一杯に映し出された。急勾配の階段状に掘り下げられた氷床と、その下の剥き出しになった競技場のような岩盤、さらには、刳り貫かれた岩盤の中にあるサイトの諸施設が一望になる。

 好天時に飛行機でサイトを訪れた者以外は、サイトの全体を俯瞰するのは初めて。多くの者が新鮮な目で映像に見入るなか、スタッフの一人が映像のある点を指さした。

 映像の一番端に、離発着場付近が引っ掛かっている。目を凝らすと、到着したばかりの双発機の前で、検問所の保衛官と操縦士らしき人物が、何やら押し問答をしている。

 その操縦士と保衛官の間を擦り抜け、小柄な人物が走り出た。子供だ。その子供を検問所から出てきた別の保衛官が捕り押さえる。

 スタッフの一人が「女の子ですね」と口にした。

 ハン博士と話をしていたダーナが、その言葉に顔を上げた。

 気を利かせたように、映像スタッフが端末を操作して、レンズをズームアップ。保衛官が少女を後ろ手に絞め上げる様子が大映しになる。

 ダーナには、すぐにそれがシャンの診療所にいた古代の少女だと分かった。少女が何か叫んでいるが、残念ながら少女と鉄塔のカメラとは距離があるため、マイクが音声を拾えない。保衛官が、羽交い締めにした少女の手から、何かむしり取った。

 銃だ。

 ダーナが、施設内通信の通話機を手に、検問所を呼び出した。

 繋がった通話機の保衛官の声に、少女の甲高い声が被さる。紙片片手に少女は必死に何か訴えようとしているが、保衛官の男は紙片を取り上げると少女の口を塞いだ。

 ダーナが通話機を通して、「娘を、ここに連れて来い」と命じた。

「この娘をですか、銃を持っていました。危険ではないでしょうか」

「銃に家紋が付いているだろう、その銃は私の祖父の銃だ。覚えている。浄化措置を大急ぎで済ませて連れて来い。銃は私が引き取る」

 保衛官が首を傾げた。保衛官は自分や、娘を捕えた同僚の姿が、映像を通して管制室に送られていることを知らないのだ。ダーナは苦笑して「さっさとしろ」と声を荒げた。

「了解」という畏まった声が、通話機の向こうから届いた。

 二十分ほどして、保衛官に背を押されるようにして、春香が管制室に連行されてきた。

 浄化室の洗礼を受けたのだろう、水色の衛生服を着せられている。保衛官はダーナに向かって敬礼すると、銃と少女を差し出し、一歩後ろに下がった。

 ご苦労といって銃を受け取ると、ダーナは春香が何か言おうとするのを制して、「この娘から取り上げた紙片があるだろう」と、保衛官に向かって寄越せと手を伸ばした。

 保衛官が慌てて紙片を取り出し、弁解がましく言いたてる。

「いま、お渡ししようと思っていたところで……、しかし総監、その手紙には」

「湖宮のヴァーリさんからの緊急のメッセージが書かれています、書いたのはシャン先生です」

 春香が声を張り上げた。

「こら、総監の前でベラベラ喋るな」

 怒鳴って春香の首根っこを引っ掴もうとする保衛官に、「用が終わったらすぐに部署に戻ること、まだ反対派が潜んで妨害を企てているかもしれんのだぞ」

 ダーナがピシャリと申しつける。

「はっ、分かりました総監」

 敬礼をして管制室から出て行く保衛官には目もくれず、ダーナは紙片の文面に目を走らせた。電送郵便用の文章で簡潔に書いてある。読み終えると、ダーナは春香の目を見た。

 泣き出しそうな目をした少女が、そこに立っていた。

「手紙を届けてくれたこと、礼を言う」

 手紙を折り畳むと、ダーナはそれを春香に差し戻した。

 しかし春香は受け取りを拒否するように首を振る。

「手紙に書いてあることは本当です、わたしが湖宮でヴァーリさんに会って直に聞いたことです」

「分かっている。サインはシャンの物だし、馬鹿正直な姉のヴァーリが、わざわざ嘘をつくはずもない。サイトに何か致命的な欠陥があるということは理解した。この手紙に付け足すことがあれば話せ、無ければ下がっていい」

「でも……」

 ぐずるように何か言おうとする春香に、ダーナが突き放すように言う。

「見れば分かるだろう、すでに炉は稼働している。時間を巻き戻すことはできない。ここに到着するのが少し遅かったようだな」

 春香の手に強引に手紙を握らせると、話は済んだとばかりに、ダーナは守衛に少女を連れていくよう命じ、そのままモニターの画面に目を戻した。

 春香のことなど忘れたかのように画面の数値を追いかけるダーナに代わって、二人のやりとりを聞いていたハン博士が、車椅子の車輪を自分で回して春香に言い寄る。

「娘さん、手紙を見せてくれ。それから、さっきの話をもう一度聞かせてくれ。炉に欠陥があると……、稼働させると十年前の惨事を繰り返す恐れがあると、そう湖宮のヴァーリは言ったのだね」

 春香は、チラッとダーナを見た。仮面の側の顔しか見えない。仮面に映ったモニター画面の数値が、チカチカと点滅を繰り返している。

 仮面の下に覗くダーナの端正な唇が動いた。

「ハン博士、ウィルタの父親だ、話してやれ」

 そう言い捨てると、ダーナは椅子から立ち上がり、下のブースへと下りていった。

 春香は一瞬沈黙して、自分の前のやつれた坊主頭の男性を見た。

 頭の中に「ハン」という言葉が蘇る。ウィルタと旅をしている間、幾度となく耳にした名だ。ウィルタの父親、この人がウィルタのお父さんなのか。体調が優れないのか顔色が悪い。まぶたも腫れているし、痣らしき痕も。ただ体は崩れ落ちそうになりながらも、黒い瞳だけは、しっかりと自分を見据えている。

 促すようにハン博士が「聞かせてくれ」と繰り返した。

「ハイ」と返事をすると、春香は博士を労わるように車椅子に寄り添った。

 春香は手短に自分がヴァーリさんに会った経緯と、そこで聞いた事を説明した。

 身を堅くして話に耳を傾けていた博士は、一通り話を聞き終えると、突き刺すような視線を春香に向けた。

「ジュールがチップをすり替えた、確かにヴァーリはそう言ったのだね」

 車椅子から身を乗り出し、博士が春香の肩を鷲づかみにする。

「すり替えた場所は、そのチャクラチップの番号は聞いていないのか」

 病人とは思えない真檄な目と腕の力に、春香はたじろいだ。それ以上の具体的なことについては、何も聞いていなかった。おそらく、ヴァーリさんも細部までは調べられなかったのだろう。分かっていれば、絶対に教えてくれたはずだからだ。

 春香は首を振るしかなかった。

 博士はがっくりと肩を落とした。

 情報処理室下部の情報バンクには、チャクラチップが十万単位で組み込まれたユニットが、さらに万の単位で詰め込まれている。その中の一つを短時間で探し出すことは不可能だ。険しい顔つきのハン博士に、春香が言った。

「ヴァーリさんは、十年前の事故も、夫のジュールが仕組んだ罠だと話していました」

 外で映像機器の設置をしていたオバルが、いつの間にか春香の後ろに来て、二人の会話を聞いていた。そのオバルが、今まで春香が見たこともない恐い顔で、「仕組んだ、ジュールがか」と、大きな声を上げた。手にしたコードの束がブルブルと震えている。

「それは、予想していたことだ」

 声が上擦っているオバルと好対照に、博士が冷静な口ぶりで春香に答えた。

 オバルが、ギョッとしてハン博士を見た。

 ハン博士は小さく頷くと、そのまま運用情報の画面に戻されたスクリーンパネルに目を戻し、映し出された情報をざっと眺めて異常がないのを確認した上で、オバルの方を振り返った。管制室の中の手の空いた者が、ハン博士と春香、そして長身のオバルの周りに集まっていた。みなサイトに致命的な欠陥があるという春香の声を耳にしたのだろう、表情を堅くしている。

 スタッフの視線を集めるなか、ハン博士が荒い息をつく。具合が悪いのか呼吸を整えるように大きく胸を上下させると、ようやく声を絞り出した。

「ジュールが前回の惨事を引き起こした犯人ではないかと疑うようになったのは、ごく最近のことだ。しかし確証となる物は何もなかった。だから、それを確かめるために湖宮に潜入しようとした。残念ながら失敗してしまったが……」

 集まっているスタッフたちを見まわし、ハン博士が呼びかけた。

「とにかく今は、炉だ。欠陥が仕組まれているとしたら、一刻の猶予もならん。すぐに、炉を停止させる作業に入ったほうがいい」

 席を立つことなくモニターを注視していたジャブハが、博士に問いかけた。

「当初の予定では、炉の臨界実験は六時間に設定してあります。今はちょうど午前三時、あと二時間ほどで、点灯から六時間になりますが」

「勝手に稼働し始めた炉だ、こちらが設定した通りに停止するとは限らない。ほっぺたを引っぱたいてでも、早く停止させて、検査に入った方がいいだろう」

 博士の指摘を受けるようにジャブハが、「総監、炉を停止する作業に入ります」と、ダーナに了承を求めた。

 ダーナは手の平を見せて、しばし待つように答えると、正面のスクリーンパネルを調光ガラスに戻した。調光ガラスが透明になるにつれ、巨大な『黒い竜のはらわた』と呼ばれる炉が、視界を塞ぐように見えてくる。

 ダーナが春香に問いかけた。

「古代の娘、これが、私たちが蘇らせようとしていた古代の炉だ。この炉は、おまえの生きていた時代にあったものなのか。物質を光に変え、その光で夜を昼に変えてしまうという装置だ」

 地球が災厄に見舞われたであろう時から、遡ること推定で十余年。春香の生きていた時代に、物質から光を発生させる炉や、ましてや地球を宇宙から照らし出すような装置などなかった、いや研究や開発の話さえ聞いたことがない。

 春香は知らないとばかりに、大きく首を振った。

 ダーナが「許可する、質量転換炉を停止しろ」と、声高に命じた。



次話「羊背山」

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