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エンドリア物語

「予測の魔術」<エンドリア物語外伝53>

作者: あまみつ

「おはようございます」

「おはようしゅ」

 早朝5時、ニダウの老舗古魔法道具店のロイドさんの店で働くリュウさんが、桃海亭にやってきた。オレとムーにロイドさんの店に来て欲しいと言った。

 眠っていたムーをたたき起こして2人でアロ通りにあるロイドさんの店を訪ねた。立派な店の裏側にある従業員用のドアから2階の事務所にあがる。

「よく来てくれた」

 土系魔術師のロイドさんが立ち上がってオレ達を迎えてくれた。

 その後ろにいた長身で革の黒いロングコートを着た男も立ち上がった。

「ヒィ!」

「ほよしゅ!」

 逃げようと後ろを向いたオレとムーの前に、男が立ちふさがった。

 魔法による高速移動。オレには絶対まねできない技だ。

「なんで、ここにいるんですか、ロウントゥリー隊長」

 魔法協会本部の戦闘部隊の隊長だ。

 いつもの紋章の入った銀の胸甲と厚手のローブではなく、銀色のタンクトップに黒の革のズボンとブーツ。黒いロングコートをはおっている。

 凶悪な若者集団のヘッド、反社会的な歌詞を喚く地下バンドのボーカル、近づいてきたら絶対逃げる怪しい風体だ。 

「ロイドさんに頼みごとがあって来た」

「ロイドさんにですか?」

 向かい合っているオレとロウントゥリー隊長の間にロイドさんが入った。隊長が数歩下がった。

「ブライアンの私的な用事だ。つきあってやってくれないか」

 ブライアン……。

「私のファーストネームだ」

 ブライアン・ロウントゥリーという名前は覚えていた。”ロウントゥリー”が切り離されたのでわからなくなったのだ。

「いやです」

「イヤしゅ」

 ロイドさんがいつものぶっきらぼうな口調で言った。

「時間は今日の17時まで。命の保証はするそうだ」

「ロイドさんのことならオレは喜んでやります。でも、隊長の仕事は遠慮させてください」

「今日、ラルレッツ王国のキォフスで古魔法道具関係者限定の古魔法道具市が開かれる。かなりの規模だ。ここに桃海亭の3人が入られるように手配した」

「ラルレッツ王国の古魔法道具市にムーとシュデルを入れてもらえるのですか?」

 オレもムーもシュデルもラルレッツ王国は入国禁止、ムーとシュデルはエンドリア王国を含め各国の古魔法道具市入場禁止だ。

「ムーとブライアンだ」

「へっ?」

「ウィル・バーカーとムー・ペトリの入国は1日限定で許可された。ムーの古魔法道具市参加はラルレッツ王国の古魔法道具店の店主の勉強のためという理由で許可を取った」

「ありがとうしゅ!」

 ムーの目がキラキラと輝いている。

「あとはブライアンに説明させる」

 ロイドさんと隊長の位置が入れ替わった。

「私的に追っている人物がいる。その人物がキォフスの古魔法道具市に現れるという情報を手に入れた。同行してもらいたい」

「オレ達は何をすればいいんですか?」

「何もしなくていい」

「はい?」

「ほょしゅ?」

「何もしなくていいと言っている」

 隊長の右の口角がわずかにあがっている。

「オレ達、囮ですか?それとも、餌ですか?」

「餌だ」

「ターゲットの名前を聞いてもいいですか?」

「カナリアの知らない名だ」

「私的な頼みなら、断っても問題ないですよね?」

「かまわない。ただし、金貨30枚だ」

「金貨?」

「30枚しゅ?」

「キォフスの古魔法道具市で桃海亭が買った古魔法道具の代金、金貨30枚までは私が払おう」

 金貨30枚。

 ムーの目の数倍、いや数百倍、脳内がキラキラと輝く金額だ。

「急いでいる。いますぐに決めてもらおう」

 桃海亭は貧乏だ。

 いつも貧乏だが、今は浪費家の爺が居座っていて、さらに貧乏だ。

 協力した代金が金貨でもらえなくても、ムーが厳選した魔法道具金貨30枚分あれば、財政はいっきに豊かになる。

「本当に何もしなくていいんですよね?オレとムーは買い物をしていていいんですよね?」

「約束しよう。何もしなくていい」

 オレとムーはうなずいた。




 キォフスまでは魔法協会の大型飛竜。そのあとは徒歩で10分。古魔法道具市の会場に着いた。関係者のみということで、屋根こそないが会場全体は布で囲われて中が見えないようになっている。

「なぜ、私を見る」

「いえ、なぜその色なのかなと思いまして」

 古魔法道具店の店主は魔術師だ。関係者もほとんどが魔術師。だから、ロウントゥリー隊長も魔法協会に登録してある色のローブを着たのだが、それが白。

 ロウントゥリー隊長には、ファイアボールを打たれたことも、風魔法で切り刻まれそうになったこともある。他にも多彩な攻撃魔法を使っていたから、攻撃魔法の多い黒とか二色とかで登録してあると思っていた。

 治癒系でも貧乏でもない隊長が使う色としては違和感がある。

「他の色だと面倒くさいからに決まっている」

 わかりやすい理由だった。

 時刻は10時を過ぎている。開場して時間が経ったせいか、入り口付近は空いていた。

 顔を隠すために隊長がフードを目深にかぶった。

 オレが先頭で会場に入った。ロイドさんから受け取った入場許可書を受付の人に提示する。

「桃海亭の方ですね」

 オレを見たのは1秒で、あとはムーを見ている。

「あのムー・ペトリさんですか?」

「そうしゅ」

「あとでサインを貰ってもいいですか?」

「してあげるしゅ」

 ムーが胸を張った。

「ほれ、行くぞ」

 ムーを引っ張って中に入った。

 入場許可証にはブライアン・ロウントゥリーと本名が書かれていたのだが受付の人は気に留めなかった。隊長の風貌は有名だが名前は知られていないのかもしれない。

「オレ達は品物を探します」

 無言でうなずいた隊長の姿が消えた。

 人混みに紛れたのだと頭ではわかるのだが、魔法を使わず、己の存在を極限まで消せる技に背筋が寒くなる。

「ムーだ」

「ムー・ペトリがいる」

「本当に来たんだ」

 ショッキングピンクの服を着たチビが歩いていれば目立つ。

 すぐに後ろにゾロゾロと人がくっついた。

「ほよっしゅ?」

「気にするな。さあ、今週の飯代を稼ぐんだ!」

 ロウントゥリー隊長から金貨30枚はすでに受け取っている。この金で買う品はオレ達のものになると思うと、顔が自然と緩んでくる。

 ムーが側の露天のところにかがみ込んだ。

 後ろに人が群がる。

「この壺しゅけど………」

「金貨50枚です!」

 おおぉーー!と感嘆の声が挙がる。

「……ヒビが入っているしゅ」

 シーンとした。

「次、行くしゅ」

 後ろのゾロゾロを引き連れての露天まわりだ。売り手はムーが買おうとするものに高額をつける。ムーもわかっているから、店を次々に移動していくがひとつも買わない。売り手も一攫千金を夢見て、値をさげない。広い会場を3時間ほど回ったのにも関わらず、ムーはひとつも買っていなかった。

 そして、オレは。

「どうしゅ?」

 ムーが近寄ってきた。

「これでいいんだよな?」

 オレが持っている木箱には20個ほどの魔法道具が入っていた。

「ばっちりしゅ」

 会場に入る前にオレとムーで色々と決めていた。

 ムーが掘り出し物を見つける。あらかじめ決めた単語で買うべき品物と価格を露天商との会話の中に組み込んでオレに伝える。しばらくしてから、オレがこっそりとその品物を買いに行く。記憶しにくいオレの容貌からムーの連れだとは気づかれず、通常価格で売ってくれる。

「どれくらいになる?」

「どれも10倍以上になるしゅ」

 箱の中のものを手にとって、ムーがチェックを始めた。

 からくりに気づいた見物人達がムーの周りを取り囲んだ。

「それはなんですか?」

「そちらの石版には特に魔力を感じないのですが」などと質問をしている。

 ここへの入場許可条件が『店主達の勉強の為』なので、ムーはひとつひとつに丁寧に答えている。

 オレはさっぱりわからないので、人混みから数歩離れた。

 背中がゾワッとした。

「ムー!」

 人混みが弾けた。

 弾いたのはチェリースライム。ドーム状になってムーを防御している。中にいるムーはオレが買った魔法道具が入った箱をしっかりと抱えている。

「偉いぞムー!」

 Vサインをしているムーをほめた後、次は攻撃した人間に怒鳴った。

「てめー、何をしやがる!」

 痩せた男だ。40歳前後に見える。

 裾の長い黒のローブを着ており、右手には飛び出しナイフを持っていた。

「あれはムー・ペトリだな」

 抑揚のない低い声。

「違うぞ、よく見ろ、偽物だ!」

 男の左手が持ち上がった。

「逃げろ!」

 叫ぶと同時にオレは側に置かれた露天の看板の陰に入った。

 男の手から焦げ茶の光が四方に散った。人々が悲鳴を上げた。

 餌に獲物が食いついた。

 となれば、ロウントゥリー隊長が捕獲にくるはずだ。だが、その気配はない。

「別人かよ!」

 男がオレの方を見た。

「貴様は誰だ」

「ウィル・バーカー」

 オレを凝視した。

「偽物だ」

 男の手があがった。

「待て、本物だ。本物なんだぁーー!」

 男の手が止まった。

「金の匂いがしない」

「普通に『貧乏そうだ』と言えよ。そうだよ、貧乏だよ。金がないんだよ。浪費するクソ爺が居座っているんだ。なんとかしてくれよ」

「そいつを殺したら、いくら払う?」

「えっ、殺してくれるのか?」

「殺して欲しいのだろ」

「もしかして、あんたはフリーの殺し屋で、これは『殺しの仕事請け負います』のデモンストレーションなのか?」

 男がコクリとうなずいた。

「ムー・ペトリをしとめれば、名が上がる」

「それでムーを………」

 飛び退いた。

 閃光が走り、男の右前腕が弾け飛んだ。血が吹き出す。

 悲鳴が一斉にあがった。大音量の悲鳴があちこちからあがる。出口に向かって逃げ出す客の群。商品を守ろうとする売り子達。

 会場はパニックに陥った。

 オレは男に駆け寄って、脱いだ上着で上腕を縛った。

「誰でもいい!治癒系の魔術師がいたら、ここに来てくれ!怪我人がいるんだ!」

 パニックになっている人々の頭の上を飛び越して、白い影が降り立った。

「道具屋、なんでいるんだ?」

「ダップ様、お願いします」

「こっちはオレが診る。お前は前腕を取ってこい」

「はい」

 腕を取って戻ると血は止まっており、オレが施した上着もはずされていた。

「寄こせ」

 ダップがなにやら唱えると上腕部と前腕の切断面がもりあがった。くっつけると見る間について、元通りになった。

 ダップがオレの上着を取り上げた。

「あぁーーー!」

「どうした」

 ダップの手の中にはオレの裂かれた上着がヒラヒラとしている。

「オレの最後の上着!」

 ダップは手早く、オレの上着で作った包帯を接着部に巻いた。ついで、スリープをかける。

「こいつは賞金首だ。治療費は賞金で我慢してやる」

「オレの上着」

「金持ちの爺さんがいるんだから、買ってもらえよ」

「爺さんの服も食事も桃海亭が払っているんです」

 ダップがブッと吹き出した。

「つくづく不幸を呼ぶ…………なるほど」

 ダップが真顔になった。

「お前たち、誰に連れてこられた」

「企業秘密でして」

「察しはつくがな」

 ダップがオレを背中から胸に腕を回すと、右脇に抱え込んだ。

「わっ、ちょっと待ってください。オレも男ですからこれはかなり…」

「黙れ」

 静かだったが、いつものダップとは迫力の違った。

 オレは黙った。

 客がほとんどいなくなった会場で、ムーはチェリードームの中で箱を抱えている。

 オレを脇に抱えたまま、ムーのところに歩み寄った。

「チビ、セルザムが絡んでいる。絶対出るなよ」

 ムーがうなずいた。

「飛ぶぞ」

 上空に浮かび上がった。方向を確認してから飛翔に移ったのだが、ダップにしては速度が遅い。

「道具屋。ある魔術師の話をしてやる」

 真剣な声だ。

 小脇に抱えられているオレは、豊満な胸が左頬に密着していて、気持ちよくて嬉しくて、バレたらどうしようと複雑な心境の中にいた。

「【予測の魔術】という言葉を知っているか?」

 黙っていろと言われたので、返事をしていいか迷った。

 顔を横に振って否定すると、胸に頬が密着していることがバレそうだ。

「知らないか。まあ、そうだろうな」

 悩んでいたら、勝手に納得してくれた。

「未来のことを予測する魔術だ」

「予言のことですか?」

 反射的に聞いてしまった。

「違う。ほんのわずか先の未来を予測する魔術だ。たとえば、細い道を歩いている人間がいる。1秒後、その人間は同じ細い道を同じ速度で歩いている確率が高い。広い道を不規則に蛇行して歩いている人間の次の1秒後は予測しにくい。だが、不規則に蛇行している人間が同じ広い道を歩いているデータを百万回歩いているデータを取れば、その人間の1秒後を当たる確率は高い。わかるか?」

「なんとなくですが」

「これを魔術でやってのけるのが【予測の魔術】だ」

「つまり、1秒くらい先の行動を予測できるということですよね?」

「理論上では可能だ。だが、実際にやってみるとうまくいかない。今でも多くの魔術師が研究しているが、成功例はひとつもない」

 ダップの声が厳しい。

「成功とは言えないが、成功に近い状態までいった例がひとつだけある。それがセルザムという魔術師が考え出した方法だ」

 キォフスは遠ざかり、眼下には森が広がっている。飛んでいる方向の先には海が見える。

「セルザムは戦闘に【予測の魔術】を使えば、必ず勝てると考えた。研究者を使い、自らも研究して、戦闘に特化した【予測の魔術】を作り出した。この戦闘に特化した【予測の魔術】は実用化の一歩手前まで完成していた。そして、セルザムはその最後の一歩を進めるためにある実験を行った」

 海が間近に迫ってきた。だが、ダップは同じ速度で飛び続けている。

「完成に必要な情報を集めるため、セルザムは魔法協会の戦闘魔術師100人を犠牲にした」

 背中に冷や汗が流れた。

 ダップの話が本当なら、オレは勘違いしていたことになる。

「方法は道具屋が想像しているとおりだ。オレでもむごい話だと思うぜ。事件は11年前におこった。その時の魔法協会本部の戦闘魔術師の隊長だったのが虐殺実験をしたセルザムだ」

 ロウントゥリー隊長が私怨だと言っていた。

「実験はただ一人の生き残った戦闘魔術師のせいで失敗した。そいつがロウントゥリーだ」

 陸が遠くなり、小島が見えてきた。

「あそこに降りるぞ」

 ダップが小島に降りた。脇に抱えていたオレを下ろした。

 木も草もない。大きい岩の塊だ。

「道具屋、やけにおとなしいな」

「ダップ様」

「なんだ?」

「金貨30枚支払いますから、桃海亭に連れて行ってください」

 オレの考えが当たっていると恐ろしいことになる。

「ここまで進んだら引き返すのは無理だ。あきらめろ」

「死にたくないです」

「グダグダいうんじゃねぇ!」

 殴られそうになったので、身体をそらせた。

「ダップ様、オレとムーがいて餌が必要だと言われたら、100人が100人ムーが餌だと思います。オレを食べても絶対に美味しくないです。餌としては粗悪品です。だから、桃海亭に帰してください」

 ダップがブッと吹き出した。

「餌かよ。ぴったりな表現じゃないか」

 現在いる島から陸は見えるが、泳ぐには遠すぎる。

「あそこまで行ければ……」

 何かを感じて、右に飛んだ。止まらず、さらに右に連続して飛ぶ。

 オレが移動したあとには、点々と小さな穴が開いている。

「これは欲しい」

 地獄から響いてくるような重厚な男の声。

 いつの間にか、オレ達の頭上5メートルほどのところに男が浮かんでいた。

「よお、セルザム。久しぶりだな」

 呼びかけたダップを一瞥すると再びオレの方を見た。

 40歳くらいの男性だ。ラルレッツで着られる、ゆったりとした形の白いローブを着ている。

「私と来ないか?」

「行ってもいいですが、働かされるなら無給はイヤです。先に給料を払ってください」

「いくら欲しい」

「金貨50万枚」

 死ぬまで贅沢三昧できる夢の金額だ。

「極上の餌だよ、ブライアン」

「お久しぶりです。セルザム隊長」

 20メートルほど離れたところにロウントゥリーが浮かんでいた。

「戦闘魔術師の隊長は、今はお前だろう」

「あなたを倒すまでは、私にとってあなたが隊長だ」

 ロウントゥリー隊長がゆっくりと近づいてくる。

「ウィル・バーカーをどのように手に入れようか考えていた。キォフスまで連れて来てくれて感謝している」

 ダップがセルザムに向かって怒鳴った。

「殺される前に聞いておいてやる。キォフスでの連続行方不明事件の犯人はお前か!」

「ダップ、魔法協会の依頼か?」

「ラルレッツ王国の依頼だ。オレが調べて魔法協会に正式な捜査願いを出す予定だった」

「そうだ。私が実験に使った」

「あっさりゲロするってことは、オレも殺す予定だな」

「貴様は実験材料にはならない」

 感情をどこかに置き忘れたような話し方だ。

「おい、ロウントゥリー。手伝ってやろうか!」

「ダップ様の手伝いは、必要ありません」

 ロウントゥリー隊長はセルザムから目を外さずに、静かに答えた。

 ダップがブハハと笑った。

「そういうことかよ。さすが戦闘魔術師の隊長様だ。今日も元気に汚ねえな。そう思うだろ、道具屋」

 うなずいたらロウントゥリー隊長にどんなめにあわされるかわからない。

 オレは曖昧な笑顔を浮かべた。

 頭をバシッとはたかれた。

「カピパラは笑うな!」

 ダップが怒鳴った。

 その怒声が戦闘開始の合図になった。

 ロウントゥリー隊長の対人戦闘を見るのは初めてだ。強いだろうと思っていたがオレの想像をはるかに超えていた。

 オレとムーが逃げようとしたときに高速で移動、静止した。あの技を多用して、ありとあらゆる場所に出現する。魔法の種類も多彩だ。複合技も使っている。それなのにセルザムにはまだ一撃も与えられていない。

「あれが【予測の魔術】だ。オレも見るのは初めてだけどな」

 攻撃が当たるほんのわずか前に、回避する、防御する、反撃する。それだけではない。攻撃もその方法だ。通常に戦っている時に当たる攻撃場所とはわずかにずれた場所で当たる。攻撃を避ける距離と方向をあらかじめ予想して、そこを攻撃しているとしか思えない。

 隊長が大量に出現させた火球で全方向から攻撃した。逃げ場がないはずなのに簡単な結界数個で攻撃をしのいだ。

「そろそろだな」

 強力な結界に入っているダップが言った。

 セルザムがダップを『実験材料にならない』と言っていたが、近くにいると無理だというのがわかる。

 完全パワー型だ。攻撃重視。逃げることはせず、危なくなれば結界を張る。今回もセルザムを殴りにいっても無駄だとわかっているから、結界で身を守ることに徹している。

「ダップ様」

「なんだ」

「オレも結界に入れてくださいよ」

 結界を強力にするため小さく作っているが、それでもオレを入れるくらいのスペースはある。

「餌が入ったらダメだろ」

「餌が食われたら終了です」

「道具屋」

「はい」

「そろそろだって、わかっていて言っているな?」

「わかっているから言っているんです」

「なら、自分の役割をやってこい」

 結界の一部が振動した。その波動でオレは地面に転がった。

 セルザムがオレを見た。

 オレは動かなかった。わき腹を光線がかすめた。

「やはり、必要な試料だ」

 そのセルザムにロウントゥリー隊長が襲いかかった。銀色の軌跡がものすごい早さで空中を走っている。長剣をもっていることはわかるのだが、どのように動いているのか見えない。

 セルザムは後退しながら、隊長の攻撃をしのいでいる。隊長が手をとめた。隊長の息が荒い。戦いが始まってから、ずっと高速で動いていた。使った魔力の量はダップの全魔力より多いだろう。深手はないが、かなりの傷を負っている。それに引き替えセルザムは余力がある。無傷で魔力もかなり残っているようだ。

「11年前、お前を殺しそこねたせいで実験は失敗。私の犯行だということが公になり魔法協会という強大なバックを失った」

 セルザムが左手を挙げた。

「ここで終わりにしよう」

「終わるのはあなただ、セルザム隊長」

「ブライアン、お前が負け惜しみを言うのは初めだな」

「あなたの失敗は、ウィル・バーカーを手に入れようとしたことだ。あれは【予測の魔術】には関係ない」

 セルザムがオレを見た。

 オレは一生懸命うなずいた。何度も何度もうなずいた。

「奇跡的に生き延びている。誰にも殺せない。その理由をあなたはウィル・バーカーの能力だと考えた。勘はいい。だが、生き延びている最大の理由はそれではない」

 隊長が手から何かを放った。小さなそれは、セルザムと隊長の中間点の空中にとどまった。

 数秒後、魔法陣が開いた。

 浮かび上がったものを見て、オレは驚いた。

「桃海亭の食堂だ」

 シュデルがお茶とお菓子の準備をしている。

「私だ」

 隊長の声が聞こえたらしく、シュデルが顔を上げた。こちらが見えるのか、シュデルはうなずくと、店の方に向かって声をかけた。

「ハニマンさん、お願いします」

「わかった。今いくぞ」

 爺さんの声がした。

「すぐ戻るからな。わしが戻るまで動かすなよ」

 また、店でチェスを打っているらしい。

 爺さんの姿が入ってきた。

「久しぶりだな、セルザム」

 声をかけられたセルザムが爺さんを見た。

「わしを忘れたのか?レフォダで大陸会議襲撃事件の時に会っているであろう」

 セルザムの表情が初めて大きく動いた。

「………リュンハ皇帝ナディム・ハニマン」

 驚愕している。

「この件、わしも手伝うことになった」

「待て!どういうことだ」

「行くぞ。自慢の【予測の魔術】で避けきってみろ」

「待ってくれ!」

 叫ぶセルザムの前に黒い塊が押し寄せた。塊を結界で防御したが、塊が瞬時に弾けた。散った無数の粒がUターンをしてセルザムに向かっていく。

「ブライアン、どういうことだ!」

 元戦闘魔術師隊長だけあって、体術もロウントゥリー隊長並だ。【予測の魔術】も使っているようだが、爺さんの魔法弾の数の多さ、動きの複雑さに、避けきれない。ローブが破れ、血で赤く染まっていく。魔法弾がなくなったときには、セルザムは血にまみれていた。爺さんの一撃で、ロウントゥリー隊長より重傷だ。

「おのれ、ウィル・バーカー」

 セルザムが血を滴らせながらオレをにらんだ。

「違うだろ!恨むなら、爺さんを恨めよ」

「ふむ、少々衰えた。久々に大技でも打ってみるか」

 映像の爺さんは軽い口調で言うと、片手で空中に魔法文字を書き始めた。

 セルザムが爺さんをにらんだ。

 逃げようとしても、ロウントゥリー隊長が足止めをする。

 セルザムが爺さんの真正面に移動した。

 その瞬間、硬直した。何度も痙攣を繰り返して、意識を失った。落ちていくセルザムをロウントゥリー隊長が受け止めた。

「バカだな」

 ダップが笑った。

 隊長はセルザムに魔力封じの手錠をかけたあと、捕縛縄で巻いている。

「ダップ様ですか?」

「いや、ロウントゥリーだ。セルザムに気づかれないように暗号を使って位置とタイミングを送った。こういうとき、チビの頭がいいのは助かるぜ」

 大筋は途中で読めた。

 セルザムの【予測の魔術】は対象の相手、放たれる魔法、など、予測するものを見ていないと発動できない。

 隊長がまずセルザムの現在の状態を把握するために戦う。次に爺さんにリンクして、セルザムを攻撃。追いつめられたセルザムが、爺さんに気を取られた隙にムーが背後から攻撃して気を失わせる。

 殺すだけなら爺さんだけで済んだはずだが、捕獲するためにムーを使ったのだろう。

「お、しまった。逃げてくれ」

 リンク先の爺さんの声が聞こえた。

 魔法文字が光っている。

「クソ爺!!!」

 オレは海に飛び込んだ。無我夢中で腕を動かして、ひたすら潜る。

 海面全体が沈む感じがした。次の瞬間、オレは海水ごと持ち上げられた。浮き上がった海水が大波に変化して巻き込まれるようにして、海面にたたきつけられた。それを数回繰り返して、海は穏やかになっていった。

 波にもまれて疲れたオレは、力を抜いて海にプカプカ浮かんでいた。そこにロウントゥリーが泳いで近づいてきた。捕縛したセルザムを抱えている。

「銀目に返しておいてくれ」

 紫の石を渡された。

 これで桃海亭とリンクしたらしい。

「ナディム・ハニマン殿に感謝の意を伝えておいてくれ」

 そういうとロウントゥリー隊長はセルザムを抱えて、飛び去った。

「あの、オレ、飛べないんですけれど」

 隊長が消えていった方向に向かって呟いた。

 オレ達がいた小島は、影も形もない。遠くに見える陸は遠すぎて、オレのいまの体力だと泳ぎ着くかわからない。

 オレの隣に金色の髪が浮かんできた。

 顔を出して、プハァとダップが息を吐いた。

「道具屋が残ってやがる」

 心から嬉しそうに笑った。

「おい、陸までなら連れて行ってやるぜ」

「ありがとうございます、ダップ様」

「代金はお前らがキォフスの古魔法道具市で買ったやつでいい」

「1つでよろしいですか?」

「全部に決まっているだろ」

「オレの最後の上着がダップ様に破かれて、オレの着る服がなくなって……」

「………1つだけ、残してやる」

「道具は全部譲りますから、オレの欲しい上着を買っていただけませんか?」

 飛び上がったダップがオレの両腕をつかんだ。

「1枚だけだぞ」

「はい」

 1枚でいい。それで今回の収支は合う。

 ダップにつり下げられて陸に向かって飛びながら、オレは笑顔を浮かべた。




「道具屋、ほらよ」

 ダップはオレがリクエストした上着をカウンターに投げた。

 キォフスから帰った翌日だ。

「早いですね」

「別に着るもんじゃねえから、それでいいだろ」

 開けてみると、金塊にペンで【上着】と書かれている。

 オレが頼んだのは金でできた上着。使用する金は金貨30枚分と良心的な価格設定でお願いした。

 ムーが選んだ古魔法道具は購入価格の約10倍。購入に使った金貨は10枚弱だったから、オレの上着を買ってもダップの手元には金貨60枚近く残ったはずだ。

 ダップがお気に入りの赤い椅子に腰掛けた。

「昨日は事件のあとに、魔法本部に仕事でいったから疲れたぜ」

「仕事……ダップ様、仕事しているんですか?」

 いつもフラフラしていて、働いているようには見えなかった。

 割と贅沢な生活をしているので、生活費は稼いでいるとは思っていた。

 誰かの弱みを握って脅しているとか、頼まれて治療した時に不当な高額請求をしているとか、深夜の路地でこっそりかつあげしているとか、だ。

「魔法協会本部で週1回3時間、診察治療で月給は金貨20枚」

 まじめに働いているとは予想外だった。それも短時間労働で高額所得。

「セルザムの処分が決まった」

「やけに早いですね」

「プリズンアイランドの最下層にある特別房に収監される。その前に記憶をさらわれるようだがな」

「記憶をさらう?記憶をのぞくんですか?」

 ダップが頬杖をついた。そして、冷たい目でオレを見た。

「脳内にある記憶を見ることは大陸法で禁じられている。割と簡単な魔法で見られるんだけどな。犯罪に関しては、迅速かつ正確な解決の為、抜け道が作られている。紙や石版などに記憶の一部を転写する『写す』、記憶専用の魔法道具に必要と思われる記憶を移動させる『移す』、訓練を受けた専門調査員が脳にコンタクトして事件に関係する記憶を調査する『さらう』、この3つが認められている」

「『さらう』で、11年前の事件のことを調べるわけですね」

「11年前の事件は、ロウントゥリーの証言ですべて明らかになっている。表向きは11年前の事件を『さらう』で、実際に『さらう』のは【予測の魔術】だろうな」

 さすが魔法協会本部、裏も闇もてんこ盛りだ。

「100人近い魔術師を殺して処刑されないのは、その知識のせいですか?」

「道具屋、相変わらず素敵にバカだな」

「はい?」

「【予測の魔術】の知識は『さらう』で魔法協会本部に渡る。そうなると、セルザムは不要品だ。生ゴミだ。いるだけ邪魔な存在だ。通常なら処刑だ。処刑されないのは誰か圧力をかけたからだ」

 イヤな想像が頭をよぎる。

「まさかなのですが……」

「ロウントゥリーに決まっているだろ。あいつがセルザムを楽に死なたりするものか」

「想像したら、吐きそうになってきました」

「吐くならオレのいないときに吐け」

 ダップはいつも通り冷たい。

「そうだ。ロウントゥリーに伝言を頼まれていた。『次の休暇に桃海亭を訪ねるから、カナリアは必ず店にいるように』だとよ」

「あの、オレを追い回していたのは【予測の魔術】の為ではなかったのですか?」

「何を言っているんだ?」

「オレは、隊長がセルザムに対抗するため、オレがどのように攻撃回避するのか知りたかった。だから、オレで殺せるか試していたと考えたのです。セルザムは捕まりましたから、オレを殺す必要ないですね?」

「だから、何を言っているんだ。ロウントゥリーは、お前を殺したいだけだろ。執務室の机にお前の姿写しの水晶板を飾ってあって、『私が殺すカナリア』と言っているのは、協会本部では知らない奴はいないぞ」

「実は11年前の事件で、ロウントゥリー隊長は精神に傷を負ってあのよう性格になったとか?」

「道具屋、本当に大丈夫か?直接会ったことはなかったが、あいつは10代の頃から戦闘狂として有名だったぞ。15歳で戦闘部隊に入隊。そのすぐあと、たった一人でブラック・ドラゴンをしとめたと噂になった」

「11年前の…………」

 ダップがカウンターをバンッとたたいた。

「現実逃避もいい加減にしろ!」

「オレは…………」

「真面目で善良な道具屋で、戦闘狂の隊長に狙われるのは理不尽だというんだろ。その理由をオレが教えてやろう。お前がウィル・バーカーだからだ。わかったな!」

「ダップ様………」

「ロウントゥリーに狙われているのは前からだろう。今さら目を背けてどうする。それより、意識を戻したセルザムがずっと叫んでいたそうだ。『ウィル・バーカーに会わせろ』だとよ」

「オレに…………」

「なんで、お前に会いたがったのはわからないが、セルザムにはお前に会いたい理由があるんだろ。プリズンアイランドの地下房は脱出不可能と言われているが、100人の戦闘魔術師を殺害した元戦闘魔術師の隊長様だ。覚悟はしておけよ」

「覚悟………」

「簡単には死ぬなよ」

「ダップ様……」

 ダップが立ち上がった。

 店の扉を抜けるとき振り向いた。

「道具屋がいなくなると、オレもつまらないからな」

 そういって、笑った。

 扉は乾いた音をたてて閉まった。

 オレはダップが出て行った扉を見た。

 ダップの言うとおりだ。ロウントゥリー隊長がオレを殺したがっているのは前からだ。セルザムは牢だ。まだ、逃げていない。

 いままでと変わることは何もない。

「今回は金貨30枚も稼げたからいいか」

 頑張っても赤字になることもある。今回、餌の役目はしたが、それ以外は何もしていない。

 目の端に何かが動いた。

 ハニマン爺さんが店から食堂の方に戻っていくところだった。

「爺さん?」

 カウンターがすっきりしている。

「あっ!」

 食堂に飛び込んだ。

 爺さんとシュデルとムーが椅子に座っている。

 そして、テーブルにドンと置かれているのは、ダップが持ってきた金貨30枚分の金塊。

「おい、それは」

 爺さんがニンマリと笑った。

「今から、こいつを分けるところだ」

「わける?」

「それぞれの功績に応じて金塊をわけようという話になった

 シュデルは特殊魔法陣を描ける魔法石を貸し出した。

 わしは黒魔法でセルザムを攻撃した。

 チビは遠距離攻撃でセルザムを痺れさせた」

「オレの分は?」

「何か功績をたてたのか?」

 功績………。

 功績と言えるかどうかわからないが、働きはした。

「餌」

 爺さんが腕組みをした。

「ふむ」

 腕組みをといて、右手を軽く振った。

「これくらいだろう」

 金塊の表面に書かれていた【上着】という字の部分が浮き上がった。

「ほれ」

 差し出されたのは【上着】と書かれた金の紙。

 受け取った。

 ペラペラで普通の紙より薄い。

 爺さんの芸術的な魔法技術に感嘆すべきなのか、オレの功績がこれしかないのかと嘆くべきなのかわからない。

「僕は石をお貸ししただけですから、先月コリングウッド社が出しました新型蜜蝋と、レウタ印のブラシセットを買っていただければそれで十分です」

「それだけでいいのか?」

「はい」

「ボクしゃんはメデラ鉱石が欲しいしゅ」

「メデラは高いから少量しか手に入らんと思うがいいのか?」

「はいしゅ」

「ハニマンさんは何に使われるつもりなのですか?」

「決まっておる」

 立ち上がって、Vサインをした。

「ニダウ中のルタを買い占めて、ルタパーティをする」

「それで、よろしいのですか?」

「ルタの旬は今だけだ。いま食わずして、いつ食う。もちろん、チェスも打つ」

「わかりました。では、その手配は僕がしましょう」

 シュデルが立ち上がって食堂をでていった。

「わしは蜜蝋とブラシと鉱石を買いに行くとしよう」

 爺さんが出て行った。

「ボクしゃんは………」

「店番を頼む」

「ほよぉしゅ?」

「すぐに戻る」

 オレは店に行った。

 右手にもった【上着】と書かれた金の紙を、壊さないよう慎重に左手の手のひらに乗せた。

 売れば、古着の上着くらい買えるだろう。

 カレンダーの丸印まで7日間。

 リュンハから爺さんの迎えが来る日だ。

 爺さんには絶対に帰ってもらう。

 そして、平穏で堅実な生活(いらないけれど、ムー、シュデルつき)を取り戻すのだ。

 決意を新たにして、オレは店の扉に手をかけた。



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