03
「お昼は、ごめんね」
優の謝罪に秋は目をパチクリとさせ、その意味を理解しフフッと笑った。大丈夫といったはずなのに、謝らないと気が済まなかったのだろう。優はそういう子だと、秋はわかっていた。秋が笑ったことに優はなんで笑うのと頬を膨らます。
「ごめん。だって、あんなに深刻そうな顔で放課後残ってなんて言われたと思ったら、まさかそんなことだとは思ってなくて……ふふ」
「……もー。秋も、大丈夫だとか気にしてないとか、そうじゃなくて嫌なら嫌だって言ってよ。私甘やかすの、多分秋の悪いとこだよ」
秋は優を甘やかしているつもりはなかった。ただ本当にそう思ったから言っただけなのに、優にとっては自分を甘やかしていると思われていたのだろうか。それがまたおかしくて、優がとても可愛くて、秋は堪えきれずに笑い声を漏らしてしまった。
「ねえー!私真剣なんだけどー!?」
「だって、甘やかしてるだなんて……そんなことないよ。私だって、嫌なことはハッキリ言えるわ。優ちゃん、気にしすぎ」
そうかなあ、そうなの?と眉を八の字にした優が首を傾げる。秋は何も言わずに笑顔で返せば、優は秋が言うならそうなんだよねと勝手に納得したようだ。そして、今度は恐る恐るといった様子で秋に話しかけてきた。
「ねえ、秋って好きな人いないの?」
「……どうしたの、突然」
「だって、そういう話聞かないから。どうなの?」
優は純粋に疑問だったのだ。優も思春期の女の子であるから、色恋沙汰には興味がある。当然、自分も好きになった人ぐらいいるし、それを秋にも話したことがある。しかし、秋からそんな話は聞いたことがない。しばらく秋は黙っていたが、やがて堪忍したように口を開いた。
「いるよ」
頬を染め、たった一言呟いた目の前の少女は、物語に出てくる恋する乙女そのものだった。秋の目は愛しい人を見つめているようで、染まった頬はそれをより一層際立させていた。秋のそんな表情に見つめられ、優もつられて頬が染まっていくように感じた。それを感じさせないよう、誤魔化すようにへえー!と優は声を上げた。
「秋が好きになるんだもん、きっと素敵な人だよね」
「うん。とっても。私、ずっとその人のことが好きなの」
「……ずっと片思いしてるの?」
「そうだよ。きっと気づいてくれないまま、その人は私から離れて行っちゃうかも」
えっ!?と思わず声が出てしまった。秋のような子に好かれているのに、離れて行ってしまうとは、それよりも近くにいる人間なのか、いろいろな考えが浮かび優が出した答えは、秋の気持ちに気づかないなんて、なんて野郎だ!というものだった。
「告白とか、したの?」
「ううん」
「しなよ!秋に好きですなんて言われたら、誰だって断んないよ!」
「……そうかなあ。優ちゃんは、そう思うの?」
当然じゃん、だって秋だよ。私が男だったら、絶対好きになってる。秋の問いにそう答えると、秋はふっと下を向いて、そっかと呟いた。そして、机に手をつき、優に近づく。秋の様子が変わったことに気づいた優は、秋?と彼女の名前を呼んだ。次に秋の顔が見えたと思った瞬間、優の口が何かによって塞がれた。それが秋の唇であることに気づくのは、そう長くは掛からなかった。
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ちゅ、とわざとリップ音を立てて秋の顔が遠ざかった。自分から顔を近づけてきたくせに、離れた彼女は自分の口に手を当て辛そうに眉を下げる。優はただ、さっきまで起こったことを飲み込めずボーっと秋の顔を眺めるのだった。真っ白になった頭で考えた優の、「なんで」と言う蚊の鳴くような声で言った言葉を秋は拾ったらしい。
「なんでだろうね」
初めて見る秋の顔と、震える声が焼き付いて離れない。
「おんなのこどうし、なのにね」
それだけ言うと秋は鞄を手にして教室を去って行く。優は椅子から立ち上がることも出来ずに、深い溜息をついた。さっきのなんだったのか、私の夢なのだろうか。夢ならどれだけよかっただろう。不幸なことに、優の口にはさっきまでの感触がはっきりと残っているのだ。
きっとこれからも彼女と仲良く過ごしていくのだと思っていた。私は確かに彼女が大好きだ、でもそれは友情であって、彼女も私のことを友情で好きでいてくれると優は思っていた。だけどそれは優の一方的な勘違いであり、秋の言っていたことを考えると、秋はずっと優のことを恋愛感情で見ていたのだろう。そう考えると優に目には自然と涙が溢れていた。
優には、これから秋とどう付き合っていけばいいのかなど、考えられなかった。