02
秋を呼び止める声が聞こえたのは、優が内履きからローファーに履き替えた時だった。頬を少し染めながら秋に少しいいかと尋ねる男子生徒に、秋は困った様子で優の顔を伺った。優はそんな秋に気にすることはないと伝わるように笑った。
「私、先に帰るよ。また明日ね」
「え、あ、うん。ごめんね?」
そう言うと、秋は手に持ったローファーを下駄箱に戻し、男子生徒と一緒に校舎の中に戻っていった。学校を後にした優は先ほどのような出来事には慣れっこであった。秋のことは小学校の時から知っているが、その時から彼女は学校中の男子から注目されるほどの美少女であった。それが中学、高校と進んでいき益々彼女の美しさには磨きがかかっているように思う。サラサラの長い髪にパッチリ二重の大きな目、スラッとした体形は優から見ても理想であった。そして何より、彼女は人がいい。昔は人見知りだった秋が、いつの間にやらそんなこともなくなり、誰にでも分け隔てなく接し、ハキハキと喋るようになった。そんな彼女に、もしかしたら手が届くのでは?と考える男子は少なくはない。
これで告白は何回目だったか。見慣れた通学路を歩きながら、優はそんなことを考えた。恐らくもう、両手では足りない回数に達したはずだ。それほどまでにモテる秋であったが、彼氏がいたことは優が把握する限り一度もない。思えば、好きな人がいたことすら秋の口から聞いたことがない。明日は秋の恋愛についての話を聞こうと決め、優はその話題を振られ、真っ赤に顔を染めた秋を想像しながらクスクスと笑うのであった。
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優は朝起きるのが得意ではない。理由は自分でもわかっている、夜更かしの所為だ。しかし寝つきも悪ければ寝起きも悪い優は、どう頑張っても自分一人では早寝も早起きもできなかった。おかげでいつも遅刻ギリギリで教室に滑り込み、授業もほぼ夜寝れなかった分を貪るかのように寝るため、教師からも呆れられている。
「優ちゃん、ボーっとしてたら落としちゃうよ」
秋の声にハッとするが、すでに遅く箸でつまんだはずの卵焼きは弁当箱に戻っていた。形のよかったそれは落ちた衝撃で崩れてしまっている。だから言ったのに、と秋は苦笑した。
寝つきが悪いのはいつものことだが、昨日はいつもよりも寝つきが悪かった気がする。優は崩れてしまった卵焼きを再びつまみ、今度こそ口の中へ放り込んだ。崩れてしまっても、味は変わらない。今日あんまり眠れなかったとこぼす優に、秋はまた布団の中でスマホいじってたんでしょう?と返す。事実を言われてしまって何も言い返せない優はぐぬぬと唸るだけであった。
「優と秋は友達っていうより、親子みたい」
そんな二人の様子を観察していた、一緒に弁当を囲んでいた友人の一人がポツリと呟いた。それに賛同するように残りの友人達がわかるーっと声を上げた。
「秋がお母さんで、優が出来の悪い息子って感じだよね」
「そんな感じ。秋苦労してるよね~」
「ちょっと待って。せめて娘にして」
「出来の悪い、とかは認めちゃうの……」
そう言われ、優は慌てて全部違う!と訂正を求めるが、友人達はそれに応じてはくれなかった。変わらずに優と秋の親子設定の話で盛り上がる友人達の話題を変えようと、優はそう言えば!と秋の顔を見た。
「秋、昨日はどうだったの?」
「え……?」
優の言葉に、友人達は興味を惹かれ全員で何々?秋何かあったの?もしかして……また告白?と秋に詰め寄った。秋はそんな友人達に困った様子で眉を下げる。その顔を見て、優はしまったと思った。話題を変えたくて、秋を使ってしまった、失礼なことをしてしまったと。しかし秋は眉を下げながらも笑った。
「告白されたけど、断ったよ」
「ええー、もったいなーい」
「今度は誰に告白されたの?」
秋は次々に質問してくる友人達にすべて答えていた。友人達はその答えにキャーキャーと騒いでいたが、優だけは沈んだ表情で自分がしてしまったことを反省していた。そんな優に気づき、秋は優に声をかける。
「優ちゃん、大丈夫だよ」
秋のその言葉に、優は確かに励まされた。しかし同時に、どうして大丈夫なんて言うのかとも思った。秋はどうしてこんな自分を責めることもしないのだろう、勝手に告白されたことを告げられ、嫌な思いをしたはずなのに。いつも秋は、私を甘やかすのだ。