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ミモザアカシア  作者: みりん
1▽ ミモザアカシア
1/4

01

橙に染まった教室で、カーテンが風に揺られている。そのカーテンがスクリーンとなって、二人の少女が重なった影がゆらりゆらりと映っている。


ちゅ、とわざとリップ音を立てて一人の少女の顔が遠ざかった。自分から顔を近づけてきたくせに、離れた彼女は自分の口に手を当て辛そうに眉を下げる。もう一人の少女――優はただ、さっきまで起こったことを飲み込めずボーっと彼女の顔を眺めるのだった。真っ白になった頭で考えた優の「なんで」と蚊の鳴くような声で言った言葉を彼女は拾ったらしい。


「なんでだろうね」


初めて見る彼女の顔と、震える声が焼き付いて離れない。


「おんなのこどうし、なのにね」


彼女はとても優しい、女の子らしい女の子で、大雑把で不器用な優とは正反対の子だった。出会ったのはずっと昔、小学生の頃に友達になって中学も高校も一緒にいようと約束した仲だった。きっとこれからも一緒にいられると思っていたし、ずっと親友でいられるのだと思っていた。


彼女は静かに教室を去って行く。その背中を見ながら、優の世界が滲んだ。


******


「優ちゃん」


聞き慣れた声が聞こえて、優は顔を上げた。ぼやけた視界に映るった友人の顔は、一瞬目を丸くしてそれからクスクスと笑いながら優の頬に触れた。


「ほっぺ、跡ついてるね」

「あー……」

「寝ぼけた顔。授業終わったよ?起きて」


体を起こして欠伸を1つする優の頭をぽんぽんと撫でながら言った。午後最後の授業なんて眠いに決まっているのに、よりによって世界史で、世界史担当の先生の声は凄く心地いい子守唄のようなものなのだ。寝るに決まっている、私の他にも多くの生徒が机に突っ伏して寝ているのを何度も確認している。と優は毎週同じ考えを授業で寝る言い訳として心の中に潜めている。

グーッと伸びをして彼女の方に向き直る。ん?と首を傾げる彼女、秋はいつも優しい笑みを浮かべていた。


「秋はこの後用事あるの?」

「ううん、何もないよ。真っ直ぐ帰る予定」

「じゃあ一緒に帰ろー」

「いいよ。じゃあHR終わったらね」


そう言って手を振り自分の席に戻っていく秋を見て、優は自分の机に広げられた教科書と、途中からミミズが這ったような字が書いてあるノートを閉じて机の中に適当に突っ込んだ。それと同時に先生がやって来て特に大事な話もなくHRは終わり、本日の学校は終わりを告げた。

ろくに勉強道具など持ち帰りもしない優は、ぺったんこの鞄を片手に秋のもとへ近づいた。「かーえろ」と秋に声をかけると、秋は「はやいね」と笑いながら優とは違う膨らんだ鞄を肩にかけ立ち上がった。


******


優と秋は所謂幼馴染と呼ばれる関係である。幼稚園の頃から男子に混ざって外に飛び出し木登りや戦隊ものの戦いごっこをするのが大好きだった優と、大人しく、誰もが想像する“可愛らしい女の子”を体現した秋が出会い、友達となったのは小学校二年のときだった。当時人見知りが激しく誰にでもオドオドとした態度を取っていた秋は、いじめっ子男子集団の格好の餌食であった。冷やかしても、物を取っても、スカートを捲っても目にいっぱい涙を溜め反抗してこない秋は、いじめっ子にとって何をしてもいいおもちゃと思われていたし、秋の友達はいじめっ子には何も言い返せない大人しい子が揃っていた。


その日も、いじめっ子は秋の私物を奪い取り、何だこれー!変な柄だな!返して欲しかったら奪い返してみろよー!と秋が何もできないのを知りぎゃあぎゃあと騒いでいた。秋は小さな声で返してよと呟くだけで、いじめっ子達には何の効果もなかった。そんなとき、いじめっ子の手からそれを奪い返した少女が現れた。それが優である。


「奪い返したから、これ、この子に返すね!」


突然現れた少女に、いじめっ子は呆気にとられたがすぐさま、なんだお前!お前には関係ないだろ!それ返せよ!と標的を秋から優に移した。いじめっ子の大将とその取り巻きにも臆せず、優は彼らに「かっこ悪い」と一言だけぶつけた。


「さっきから見てたけどあんた達かっこ悪いね!ママも先生も、女の子には優しくするものって言ってたのに。素直にこれ返さないなら先生に言っちゃうから!」


この年齢の子供にとって、親に言いつけてやると先生に言ってやろうは恐ろしい呪文である。悪いことをしてると自覚はあるが叱られるのはごめんである。ぐっと言葉に詰まったいじめっ子はそんなもんいらねーよ!と捨て台詞を残してバタバタと去って行った。その背中にやっぱりかっこ悪いと言葉を投げつける優の背中を、秋はじっと見つめていた。


「……大丈夫?」


優は振り返り、自分を見つめる秋に近づいて取り返したそれを秋に手渡した。


「あ、りがとう……」

「わっ!」


突然大きな声を出した優に驚き、秋は肩を震わせる。優の顔を見れば、彼女はキラキラとした表情で秋のことを見つめていた。


「君、とっても可愛いね!そんなに泣いてるのもったいないよ」


これが秋と優の出会いであり、優は当時髪も短く男の子と間違えられるような恰好をしていたためしばらく秋に男子だと思われていた。だがその誤解も解け小学二年生の冬休み前から彼女たちは共に過ごし、仲よく遊ぶようになり、高校生となった今でも続く親友となったのであった。

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