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8 無敵に絶倫、モエモエ草効果の散々な夜

 イヴンの身体のことを気遣ってか、旅の速度は昨日にもまして落ちた。

 杉並木を抜けたそこはワルサラ国のお隣の国、ポンフリング国。

 一行は、近くの町で朝食をとり、次の町で昼食。さらに三時のおやつをかねて休憩をとる。

 疲れているわけでもないのに町が見えれば一休み。茶屋を見つければ小休止。小腹が空いたと言っては軽食もかねて一服。と、そんな調子で旅はなかなか進まない。そうして、ポンフリング国の首都パレポレポーヤに到着したのは、すでに日も暮れようとする時分であった。

 予定では昼頃には到着する予定であったのだが。


「今夜はこの町に泊まるとしよう。イヴンも疲れたであろう。傷の具合はどうだ?」


「はい。だいぶ痛みも和らぎました。薬草が効いたみたいです」


「よかった。そうだわ、イヴンにも薬草わけてあげる」


 リプリーは薬草の入った袋からモエモエ草をひとつかみ取り出し、別の袋に入れてイヴンに差し出す。


「でも、モエモエ草は万能薬ですごく高価なもの……」

「お、ありがてえ!」


 遠慮するイヴンの横から、イェンがリプリーの手にしていた袋を受け取り、モエモエ草の葉っぱを一枚つまんだ。


「モエモエ草は精力増進剤でもあるんだぜ。無敵に絶倫に燃えまくる。だからモエモエ草って名前がついたとか、そうでないとか」


 しらけた雰囲気が辺りを包む。

 イェンを見つめる三人の目がとてつもなく冷ややかだ。

 そんな軽蔑の目で見つめてくる視線などまったく気にもとめず、イェンは手にしたモエモエ草をぽいっと口の中に放り込み、袋をイヴンに投げ渡した。


「信じられない! 生で食べるなんて、後でどうなっても知らないから!」


 頬に手をあて、リプリーは悲鳴にも似た声を上げた。けれど、イェンは聞いていない。


「お? 何か元気が腹の底からみなぎる感じ? もっとも、こんなもんに頼らなくても俺はいつだって元気すぎるくらい元気だけどな」


「くだらん」


 エーファは顔をしかめて吐き捨てる。


「じゃ、今夜は別行動ってことで」


 と、嬉々とした表情と軽やかな足どりで、イェンは賑やかな繁華街の方へと消えて行ってしまった。


「イェンお酒! お酒飲むだけだからね! 飲んだらちゃんと宿に戻ってきてよ! 絶対だよ。約束だよっ!」


 去って行くイェンの背にイヴンは声をかけるが、あの様子では耳に入っていないだろう。瞬く間にイェンの姿が人混みの中へと消えてしまった。


「イェンさん、行っちゃった……」


「放っておけ、あんなバカ。いなくなってせいせいするではないか。このままあいつを置き去りにして行くという手もあるぞ」


 イヴンは困ったように苦笑いを浮かべた。


「でも、イェンさんもあんな性格じゃなければ、素敵な男性(ひと)だと思うんだけどな」


「素敵だと?」


「だって、長身だし美形だし。存在するだけで華がある感じだし」


 問題発言だと、エーファは目を細め心底嫌そうな顔をする。


「リプリーはあんなアホが好みなのか?」


「そうじゃなくて。ここまで旅をしてきて、エーファは気づかなかった? 通り過ぎる女の人、みんなイェンさんを振り返っていくのよ。こっそり言い寄ってくる人もいたわ」


「たいしていい男でもないだろう。あのバカ面にみな呆れているだけだ」


「それに……森で私に魔術のこつを教えてくれたイェンさんは、怖いくらいすごく真面目だったわ。イェンさんってもしかして、わざとふざけてて、本当は……」


「ふん! あんなバカな男の話などこれ以上聞きたくもないね。それよりも早く今夜の宿を探そう」


「ね、私イヴンと一緒の部屋がいいな。いっぱい、お話しようよ」


「え! リプリーと一緒の部屋!」


「そうよ」


「だ、だめだよ!」


「どうして?」


「どうしてって、だって、あの……」


 耳まで赤くして、しどろもどろになるイヴンに、エーファは肩を震わせて笑った。


「私と一緒はいや?」


 イヴンはぶるぶると首を横に振る。


「そうじゃなくて……リプリーは女の子だし……僕はその……男の子で」


「だめ?」


「リプリー、あまり我がままを言うものではない」


 はーい、とちょっと残念そうにリプリーは肩をすくめ、イヴンはほっと胸をなでおろした。


「宿を探して荷物を置いたら、食事に行くとしよう」


「賛成」


 リプリーはふと、イェンの消えた方角へと視線を向けた。


「それにしてもイェンさん、どこに泊まるかも聞かずに行ってしまったけど大丈夫かな」


「たぶん、大丈夫だよ」


「そうなの?」


「うん、大丈夫」



 ◇・◇・◇・◇



 一方。

 イヴンたちと別れ、酒場へと直行したイェンはというと。

 酒場で口説かれた女とベッドの上だった。

 窓から射し込む月明かりが白いシーツに蒼い光を落とす。

 ベッドに腰掛け片膝に女を座らせる格好でイェンは女の唇に唇を重ねていた。


「すごいキス。力が抜けちゃいそう……」


 息を荒くさせ、女は熱いため息をこぼしてイェンを見上げた。


「あなた、そうとう遊んでるわね」


「まあね」


「あら、否定しないんだ」


「遊んでると思ったから俺に声をかけてきたんでしょ」


 女はうふふと笑った。


「やっぱり、あなたを誘って正解」


 女は艶めいた笑いを浮かべ、赤く染めた長い爪でイェンの胸をなぞる。


「酒場であなたを見たときから狙ってたの。絶対、口説き落とそうって。だって、あなた慣れてそうだし、上手そうだと思ったから」


「まあね。慣れてるし、俺、上手いよ。それもかなり」


 女はくつくつと笑って肩を震わせた。


「ずいぶんと自信家ね。なかなか自分でそんなこと言わないものよ」


「ほんとのことだから」


「ぞくぞくするわ。ねえ、わたしのこと、めちゃくちゃにして」


「可愛いこと言うね。いいよ。そのかわり……」


 イェンは女の耳朶を甘く噛みながら低い声で囁き、女の身体をベッドの上に押し倒す。


「覚悟して」


 これも無敵絶倫モエモエ草効果だ。

 女の両腕がイェンの背にしがみつく。長い爪が背に食い込み、その甘い痛みにイェンはわずかに眉をしかめた。


「もう、待てないわ。わたし、焦らされるの、あまり好きじゃないの」


 イェンはふっと笑って女の腰を引き寄せたが、その瞬間、うっ! と、唸って腹を押さえる。


「どうしたの? ねえ、早くきてちょうだい」


「いや……ちょ、ちょっと……ちょっと待って……はは」


 イェンは空笑いを浮かべ、トイレへと駆け込んでいった。



 ◇・◇・◇・◇



 そして、悲劇はおこった。


「うー激痛だー! 腹がいてえー!」


 夜遅く宿に戻ってきたイェンは、ベッドに倒れるなり朝までずっとこんな調子であった。


「大丈夫? 昨夜何か悪いものでも食べたの?」


「食べ損ねたんだよ!」


「食べ損ねた?」


 意味がわからないよ、とイヴンはため息をついて緩く首を振る。


「ほら、しっかりして。お薬もらってきたから飲んで」


 ベッドの上で身体を丸めてうずくまるイェンに、薬を差し出したり水を飲ませてあげたりと、イヴンは忙しく動き回っていた。


「あれ? どうしたの? ほっぺた赤いよ。誰かに叩かれたの?」


 よく見るとイェンの左頬にはくっきりと赤い手形がついていた。

 昨夜、酒場で知り合った女性といいところまでいったにもかかわらず、突然の腹痛で結局、何もできなかったのだ。

 激怒した女におもいっきり頬を引っぱたかれるし、しまいには不能! とまで言われてしまい。


 不能って……不能って……。

 腹痛さえ起こさなければ、一晩中、泣かせまくってやったのに。

 くそ……っ!


「うう……っ」


 情けねえ……とてつもない屈辱だ。


「イェン、泣いてるの?」


「お腹、いたい……」


 ベッドの端に腰をかけたイヴンは、丸くなってお腹を抱えているイェンの背中を優しくさすった。


「すぐに薬が効くと思うから、もう少しがまんしてね。僕、ずっとイェンの側についていてあげるから」


「煙草吸ってもいい? その方が気がまぎれそうな気がする」


「だーめ。お腹痛いの治ってからね」


「一本だけ」


 涙目でイェンはじっとイヴンを見つめる。


「僕のいうことちゃんときこうね。今はがまんするの。ね?」


「うん……」


 よほど体調が悪いのか、いつもなら思いっきり舌打ちが返ってくるところだが、今日のイェンはとても素直だ。

 そこへ、騒ぎを聞きつけたエーファとリプリーが部屋へと現れた。


「何だ、朝っぱらから騒々しい! 廊下までそいつの聞くに堪えない呻き声がもれているぞ」


「それが、夜遅く帰ってきてからずっと、お腹の調子が悪いらしくて」


「うう……っ!」


「悪いものでも食べたのか?」


「うあああっ!」


 さあ、と首を傾げながらも、イヴンの手は休むことなくイェンの背をなでなでしている。

 一定の間隔で襲ってくる腹痛に耐えきれず、イェンは何度も呻き声を上げた。


「食べ損ねたんだって」


「うあ……っ!」


「食べ損ねた? 意味がわからんな」


「でしょう?」


「うぐ……っ!」


「それにしても、何とも無様だな。リプリー、これのどこがいい男なのだ? いい男がこのような醜態をさらすか?」


 腕を組んで、エーファは意地の悪い笑みを刻みイェンを見下ろす。


「モエモエ草のせいよ。モエモエ草は生で食べると下剤効果抜群なの」


「それを早く言え!」


「だって、言う前に口に放り込んで去って行っちゃったじゃない。それにしても」


 苦しそうね。大丈夫? とリプリーはイェンの顔をのぞき込む。


「は! 天罰がくだったのだな」


「うるせえよ! うっ、やべえっ!」


 叫ぶや否や、イェンはベッドから転がり落ち、イヴンとエーファとリプリーを押しのけ、宿の共同トイレへと猛烈な勢いで駆け込んで行ってしまった。


「つくづく間抜けだな。一生そこにこもっていろ。二度と出てくるな」


 すかさず、トイレから部屋まで響くイェンの叫び声。


「俺、ここから離れられねえから、今日の出発は取り消しなっ!」


 三人は深いため息をついた。

 結局、もう一泊この町にとどまる羽目となったのであった。

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