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6 イェンの魔術?

 故郷への思いを断ち切り、新たな地へと踏み出したイヴンたちであった。

 が──

 初っぱなから旅は進まなかった。

 故郷を見渡した『夕日が見える丘』から杉並木道を抜け、隣国ポンフリングの一番近い町までたどり着く予定が、いまだに右も左も後ろも前も見渡す限り杉、杉、杉。

 さらに、とっぷり日も暮れ、木々の合間から、わずかに射す月明かりだけを頼りに歩いている状態であった。

 どこかでふくろうが鳴いている。


「で、貴様、ひとつ気になることがあるのだが」


 みなの後ろをのらりくらりと歩くイェンを振り返り、エーファが問いかける。

 いかにもだるそうな表情でイェンは何? と視線を上げた。


「杖はどうした?」


「俺が杖を必要とするお年に見えるか?」


 エーファは苛立たしげな表情もあらわに眉をひそめたが、どうにかこらえたようだ。


「魔道士の杖のことを言っているのだ」


「ああ、そっちの杖ね」


 イェンは立ち止まってイヴンにこっちへ来いと手招きをする。

 イヴンの背負っている荷から数本の棒きれを取り出し、その棒を手際よくつないで組み立てていく。最後に棒の先っちょに丸い玉をちょんと乗っけ、得意げにエーファの前に突き出した。

 エーファの眉がぴくりと動く。


「へー、携帯用の杖かあ。便利ね」


 本気にしたのかどうなのか、リプリーが感心した声でイェンの杖をまじまじと見る。


「それが貴様の杖だと言うわけだな?」


 何かのはずみで怒りが爆発しそうな、低く押し殺したエーファの声。


「だって、この方が持ち運びに便利っしょ? だいたい、あんな長ったらしいもん四六時中持ってみろ、いろいろ不便……」


 エーファはイェンの手から杖だと言う棒きれを奪い、ばきりと二つに折ってしまった。


「ひっ! 俺の大事な杖を!」


「黙れっ!」


 折った棒きれを地面に投げ捨てイェンの胸ぐらをつかむ。


「貴様は本当に正真正銘の魔道士か! 魔道士と偽っていないか!」


「ええい! この腕輪がその証だ!」


「その腕輪も実はまがい物ではないのか? もう一度、よく見せてみろ」


 確かめてやる、とイェンの腕輪を手首から外そうと強引に引っ張る。


「痛い! 痛いってば!」


 強く力を入れて引き抜こうとしても腕輪は外れる様子もない。まるで、手首にぴたりとくっついているみたいだ。


「石鹸よ、石鹸をつけて、ぬるぬるにして外れやすくするの」


 横から口を挟んできたリプリーをイェンはじろりと睨む。


「おい! おまえも〝(とう)〟の人間なら、この腕輪の意味知ってるだろ!」


 すると、リプリーは真剣な目でくるりとエーファに向き直る。


「エーファ、この腕輪はね〝灯〟でも最高位といわれる魔道士の特別な術がほどこされていて、それを解いてもらわない限り自分では絶対に外せないの。〝灯〟に属するということは〝灯〟の規律や誓約に一生縛られるっていう意味なのよ」


「おい……」


 なかば呆れてイェンはリプリーを見下ろす。

 と、こんな風にイェンとエーファは立ち止まっては些細なことで喧嘩をし、時にはリプリーが横から茶々を入れたりと、なかなか先に進んではくれないのだ。


「あ、あのね、エーファさん、イェンに杖は……」


 しかし、エーファはいや、と言ってイヴンをとどめる。


「イヴン、魔道士は己の杖に自分の魔力を込めていく。杖は魔道士にとって命と同じく大切な物。杖がなければ術は使えない。魔道士ではない私だってそれくらいは知っている」


「そうさ。この俺の魔力がたっぷりつまった大事な杖をこの怪力女は」


 目を鋭く凝らすエーファに、イェンは肩をすぼめておとなしくなる。


「こんな杖でも、イェンさんにとっては大切な杖だったのでしょう?」


 折れたこんな杖を拾い、リプリーはイェンに手渡した。


「どうしよう。これ……」


 申し訳なさそうにうなだれるリプリーに、イェンは気にするなと手を振る。


「何故なら、俺様にはもうひとつ、立派な杖がある」


「そうなの? どこにあるの?」


「それは……」


 得意げにイェンは両手を腰にあてた。

 きょとんとした顔で小首を傾げるリプリーに、イヴンははっとなって顔色を変える。


「イェン! お願いだからリプリーさんの前で変なこと言うのやめてっ!」


 慌ててイヴンはイェンをたしなめる。と同時に、イェンの首筋にエーファの抜き身の剣が添えられた。


「ひっ! な、何?」


 首筋にあてられた剣のひやりとした感触にイェンは身を強張らせる。


「貴様が何を言おうとしたか想像ついたからだ」


 下品な奴め、といまいましげに吐き捨て、エーファは剣を鞘におさめ辺りを見渡す。


「あのね、エーファさん、魔道士は必ずしも杖を持っているわけではなくて……」


「そうなのか?」


 エーファはあごに手を添え首を傾げる。


「リプリーさんも杖、持っていないでしょう?」


 確かに、とエーファは納得したようにうなずく。


「イェンもふざけてばかりいないで、どうしてそのことをきちんと説明しないんだよ!」


「めんどくせえし」


「そんなこと言って……」


 余計、面倒くさいことになっちゃったじゃないか、とイヴンはため息交じりにぽつりとこぼす。


「まったく、貴様のせいで余計な時間をくってしまった」


 エーファは空を見上げた。


「これ以上進むのは危険だな。今夜はここで野宿をする」


 エーファは背負っていた荷を地面に降ろした。


「野宿? おい、本気かよ!」


「私は本気だが、何か問題でもあるのか?」


「さっき森の入り口の看板に『野犬注意!』って書いてあったの読まなかったのか」


「さあ、知らないな」


「ほら、ここに書いてあるだろ」


 目を見開いてよく見ろ、とエーファの眼前に『野犬注意!』の看板をイェンは突きつけた。

 エーファは頬を引くつかせる。


「どこからそれを引っこ抜いてきた。何故、そんな物を持ち歩いている」


「こういう事態を予測して念のためにね。やっぱ、俺の読みは、ひっ!」


 イェンは短い悲鳴を上げた。

 持っていた看板が目の前で真っ二つに割れて地面に落ちたからだ。

 咄嗟に繰り出されたエーファのこぶしが、見事看板を割ったのである。

 まるで秒速の早業であった。


「器物破損!」


「貴様の頭も割ってやろうか」


「エーファの特技は板割りなの。板を十枚割るのよ」


 顔色を変え、イェンは一歩後ずさる。


「交代で見張りをすれば問題はない」


「俺はいやだぞ! 柔らかいベッドの上でないと眠れないんだ。腰を痛めたらどうしてくれる。俺の大事な腰を」


「案ずるな。その時は私がじっくりと貴様の腰を揉み砕いてやる」


 指をぱきりと鳴らし、エーファは口の端を上げて嗤う。


「エーファは素手でリンゴを握りつぶすのよ」


 イェンの顔が引きつり、さらにもう一歩片足を引く。


「あと指でクルミも割っちゃうの」


「野宿大賛成。はは……」


「僕はたきぎを集めてくるよ。野犬よけに、たくさんあった方がいいよね」


「じゃあ、あたしたちは食事の下準備ね」


「お、俺もたきぎ集めしようかな」


 後ずさりながらイェンはそっとイヴンの近くに寄って耳打ちをする。


「聞いたかあの女、素手でリンゴを握りつぶすってよ。もはや、女じゃねえな」


 慌ててイヴンは口許に人差し指を立てた。


「聞こえるでしょう。それに、冗談に決まってるじゃないか。エーファさんは女性だよ? あり得ないよ」


「いや、百歩譲ってくるみは冗談だとしても、素手でリンゴは間違いねえな。危ねえ、危ねえ。危うく俺の大事なとこまで握りつぶされちまうとこだったぜ」


「もう、お願いだから女性の前でそういう下品な話はやめてよね」


 イヴンは頬を膨らませイェンを睨みつけた。



 ◇



 たきぎも集め食事の下準備もできた。後は火をおこして湯を沸かし、食材を煮込むだけ。

 ふいにエーファはにやりと笑い、真っ直ぐに人差し指をイェンに突きつけた。


「さて、貴様の魔術を拝見させていただく絶好の機会だな。初級魔道士とはいえ、火をおこすくらいはできるであろう?」


「ひとつ!」


 今度はイェンがにっと笑って、エーファに向かって人差し指を立てた。


「私利私欲のため、みだりに術を使ってはならない。これは〝(とう)〟の絶対なる規則だ」


 どうだ、とイェンは得意げな顔をする。

 〝灯〟の掟を突きつければあきらめるだろうと思ったのだ。が、返ってきた言葉は見事予想を裏切った。


「安心しろ、誰も見ていない。私たちが黙っていれば済むことだ」


「そうそう、バレなきゃいいのよ。あたしもイェンさんの魔術見てみたいし、イェンさんの詠唱ってどんな感じなのかしら。とても興味があるわ」


 リプリーは両手を胸の前で組み、期待に目を輝かせている。


「いや、だから規則だし……」


「いいから、やれ」


 何だよ、と口の中で文句をたれ唇を尖らせるが、エーファの鋭い視線に射貫かれ根負けし、観念して従うことにした。

 軽く準備運動をして身体をほぐすと、人差し指を積み上げられたたきぎに突き出し、目を堅くつむり眉根を寄せた。

 精神統一を始めたのであろう。

 魔術を使うにはとてつもない精神力を必要とする。

 待つこと数分。

 そろそろ術の詠唱が流れる頃だと、エーファとリプリーはごくりと固唾を飲む。

 そして。


「えいっ! えいっ! えーいっ!」


 イェンの気迫のこもった詠唱、いや、かけ声が夜の静寂に響く。

 同時にイェンの指先に小さな炎が灯り、ぱちぱちと燃えた。と、思った次の瞬間、そのわずかばかりの炎が地面にぽとりと落ちて消えた。


「ちょっと待って。詠唱は? それに、詠唱なしで術は発動しないわよね」


「んなもんいるか、めんどくせえ。よし、もう一度」


 イェンは意識を指先に集中させ再度試みる。


「えいっ!」


 今度は指先に微かな橙色の光が数回点滅し、それもやがてぼんやりと消えていく。

 イェンはちらりとエーファの様子をうかがう。

 すぐさまエーファはリプリーに向き直った。


「リプリー、火を頼む」


「でも、イェンさん頑張ってるわ」


「もういい」


 結局、イェンの魔術でたき火をおこすことはなかったのであった。

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