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4 不機嫌なイェンと新たな旅の仲間

 翌日の朝、場所は昨夜と同じ食堂。

 あれから目が覚めてしまって、結局眠ることができなかったイヴンと、部屋で一人飲み直したのか、二日酔いで顔を青ざめさせているイェン。よほど気分が悪いのか、不機嫌そうにひたすら水を飲んでいる。しかし、不機嫌なのはどうやら二日酔いのせいだけではないらしい。

 イェンは視線だけを動かし、リプリーとエーファを一瞥する。

 他にも席が空いているというのに、向かいの席にちゃっかりと座って二人は朝食をとっていた。


「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私はリプリー」


 肩に落ちる栗色の巻き毛に、栗色の大きな瞳。年齢は十六、七か、小柄で華奢な身体、思わず守ってあげたくなる可憐な少女だ。だが、会話をしてみるとすぐに気づくであろう。溌剌とした声の響きも仕草も、少々勝ち気そう印象があることに。


「そしてこっちが」


「エーファだ」


 イヴンに向かって微笑むエーファは、昨夜イェンに接した時とは違い、優しく頼れるお姉さんという雰囲気だ。


「僕は、イヴンでこっちはイェンだよ」


「イヴンにイェンって、何か似た感じの名前ね」


 ようは、まぎらわしいと言いたいのだろう。


「うん。僕の名前はイェンがつけてくれたんだ」


 リプリーはあっ、と短い声を上げた。

 名づけた本人を前にして、失礼なことを言ってしまったという気まずい表情をする。


「そ、俺様のように賢く健やかに育つようにってね」


「は!」


 エーファは鼻であしらいイェンを睥睨する。


「ふざけたことを! よくもそんなことが言えたものだな。昨夜の貴様の行動を思い出すだけでも虫唾が走る。いったい、貴様みたいな男のどこがよいのか、私にはさっぱりわからないな」


 椅子の背もたれに肘をつき、イェンはふふん、と薄い笑いを浮かべた。


「そうか? ま、俺に抱かれたら俺のよさがすぐわかるさ。何なら、お試しで俺と寝てみるか? 一晩であんたを……」


 イェンの言葉は途中で喉の奥へと飲み込まれてしまった。

 咄嗟に抜かれたエーファの剣先が、イェンの喉元にあてがわれたからだ。


「一晩で私をなんだ?」


「いえ……なんでも……」


「それと、切り刻まれるのと八つ裂きにされるのと、どちらがいいか選べ」


 イェンは喉元の剣に視線を落とし、ごくりと唾を飲み込んだ。

 どっちも同じ意味だし、そもそも、こんな場所でそんな危ないもの抜くなよ、と言いたかったが声にならなかった。

 少しでも首を動かしたら、ぱっくりといってしまいそうで。

 他のテーブル客が、こちらをちらちらと盗み見しながら冷ややかな笑いを浮かべている。


「どちらも嫌です……」


「ほんとうに最低な男だな。もう、黙れ。おまえは一言も口をきくな。私たちの会話に割り込むな」


 と、吐き捨て、エーファは剣を鞘に戻して椅子の背にたてかける。


「ま、俺も俺より強い女は好みじゃ……」


 間髪入れず、エーファの鋭い視線がイェンを貫く。


「あ、あの、イヴンとイェンさんってどういう関係なんですか? 兄弟って感じでもなさそうだし」


 すかさずリプリーは話題を変えたが、どうやらそれもよくなかった。


「うん。いろいろとあって。僕、生まれてすぐ、イェンの家にいったん引き取られたんだ」


 一瞬、重く沈んだ空気が流れる。

 そう、とリプリーは呟き一口お茶を飲む。

 何か深い事情がありそうだと察したのか、それ以上の詮索はしてこなかったものの、どうにも雰囲気が気まずくなってしまった。そこへ、今度はエーファが会話をつないでいく。


「イヴン殿はこれからどこへ行くのだ?」


「殿はいらないよ。イヴンでいいよ」


 慣れない呼び方をされて、イヴンは照れながらエーファの問いに答え始めた。


「僕たち、ヴルカーンベルクに行くんだ」


 リプリーとエーファは目を見合わせた。


「奇遇! 実は私たちもなの。ほら、ヴルカーンベルク国の王女様の結婚式が数ヶ月後にあるって聞いて、見てみたいと思ったの。ねっ、よかったら一緒に旅をしない?」


「却下」


 即座にイェンは拒否する。


「黙れと言っただろう」


 エーファもまた、すぐさま切り返す。


「それで、イヴンはどういう道筋でヴルカーンベルクへ行くつもりか?」


「はい。案内人を雇って最短距離で大雪山を越える予定だったんですが、この時期に登るのはやっぱり危険かなって。だから、遠回りになるけど、大雪山を迂回して行こうと思っています。あ、でも」


 途中で気が変わるかもしれないし、とイヴンは最後につけ加える。

 つまり、すべては相方であるイェンの気分次第で、旅の行程は随時変更有りということである。

 不意にエーファは大仰に深いため息をつく。


「気の毒だな。そいつが腕のいい有能な魔道士なら、空間移動の術でヴルカーンベルクまで一気に飛ぶこともできたであろうに」


 そいつと言い捨て、エーファはあごでイェンを示す。しかし、当の本人は知らん顔。そして、イヴンは返す言葉に困ってただ笑うだけ。

 エーファの言う空間移動とは、その名のとおり自分の行きたい場所へ瞬時に移動できる魔術だ。

 だが……。


「空間移動って高位中の高位魔術なのよ。だから使える魔道士だって、ほんとごく一握りで限られているの」


 イヴンにイェンにエーファと視線を目まぐるしく動かし、リプリーは早口でまくし立て、最後に肩をおろして息をつく。

 彼女なりに、ずいぶんと気を遣っているらしい。


「そもそも、貴様のようなへっぽこ魔道士が、この子をヴルカーンベルクまで連れて行けるのか?」


「うるせえぞ! へっぽこへっぽこってほんの少し実力がないだけだ!」


「ほう? 自分で実力がないとわかっているのだな」


「う……」


「ま、まあまあ……二人とも喧嘩はやめてよ。仲良くして。ほら、イェンも落ち着いて」


 すぐにイヴンが、このまま放っておいたら間違いなく言い争いを始めたであろう二人の間に割って入る。


「そういうわけで、それでよければだけど」


「じゃあ、一緒に同行してもいいのね? ありがとう! 嬉しいわ。旅が楽しくなりそうな予感。ねえ、そう思わないエーファ?」


「俺はいいなんて一言も言ってないぞ!」


 そんなこんなで、到底、穏やかには物事がすすまなそうな四人の旅が始まるのであった。



 ◇・◇・◇・◇



 とにもかくにも、ヴルカーンベルク国へ向かうにはひたすら北上だ。

 だが大雪山を回避するとなると、まずはワルサラ国からぐんと東に移動するという方法をとらなければならない。西の国は今ひとつ治安が悪い。そして、海の幸も美味しい港町エレレザレレ国へと入国したら、やや西へ戻る感じで北上し、ガルテン王国に入り大雪山よりは標高が低い小雪山を越えるという、気の遠くなる行程を踏まなければならない。

 たとえ大雪山を迂回したとしても、ヴルカーンベルク方面に向かうとなれば、どこかで雪山越えは必須というわけである。

 とりあえず、一行の目指すべき最初の目的地はエレレザレレ国。


「よい眺めだ。ワルサラ国が見渡せるぞ」


「それはワルサラ国が見渡せるくらい小せえ国っていう嫌みですか?」


「何もそこまで言っておらぬではないか」


「ふん、どうだか」


「まったく、小さいのは貴様の心ではないのか?」


「何!」


「そうやって卑屈になったり、むきになったりするところがな」


「ちょっと、二人ともまた……」


 言い合いを始めたイェンとエーファ、間に入ってそれをなだめるリプリー。そんな仲間たちの騒ぎを背後に、イヴンはただ無言で故郷に目を凝らしていた。

 国境沿いの小高い丘『夕日が見える丘』から見下ろすワルサラ国は、本当に小さな国であった。

 冗談抜きで国の端から端までもが一望できるのだ。

 夕日の光を受けて建つ小さなワルサラ城。

 その城のすぐ隣にそびえたつ〝灯〟。

 二つの建物を中心に取り囲んで家々が並び、小さな街をつくっている。

 あちこちの家からたち昇る炊煙。

 〝灯〟の最上部に設置された巨大な時計は、もうじき晩鐘の音を告げようとしていた。

 もしかしたら、二度とこの光景を見ることはできないかもしれない。

 寂しげに瞳を揺らすイヴンの細い肩に、がしりとイェンの腕が回された。後方ではリプリーがエーファに、お願いだから喧嘩はやめて、といまだお説教中。


「ほんと小せえ国だよな。だけど、俺たちちょっと前まではあそこで暮らしてたんだよな」


 うなずいて、イヴンはそっと目を閉じた。





 そう、あれはたった数日前の出来事──

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