2 間抜け盗賊四人組
適度なお酒と美味しい食事に緊張もほぐれたのか、ベッドに入ったと同時にイヴンはぐっすりと眠り込んでしまった。
規則正しい寝息がすやすやと聞こえる。
そのすぐかたわらで──
「あにきぃー金目の物なんてないですよ」
ちびの男がイヴンの荷の中をあさる。
「兄き、財布の中身も小銭数枚だけっス」
太った身体つきの男が財布の中の小銭を数え始めた。
「安っぽい服……」
のっぽの男がイヴンの服をぱたぱたと払い、何故か匂いを嗅ぎ出した。
宿屋の暗く狭い部屋。
四人のこそどろがうろうろ歩き回っては、イヴンの持ち物を物色していた。
「てめえら、そんなもんはどうでもいいんだよ。言われたブツだけを盗み出せば大金が手にはいんだ。さっさと探せ。ったく」
ひげ面の頭と(かしら)おぼしき男が、子分たちを叱咤する。
「でも兄き、なんとかの剣なんてないっスよ。あるのは、ふつーの剣っス」
「そんなはずはねえ。よく探せ!」
「よく探してるです。でも、ないものはないです。いてっ!」
ちびが仲間の誰かの足に引っかかり、もつれて倒れ、チェストの上に置かれていたアルミの洗面桶をひっくり返してしまった。
ガラン! カランカランカラン、と桶は回転し、派手な音を部屋中に響き渡らせる。 急いで桶を拾い上げればよいものを、こそどろたちはそろって耳をふさいで硬直したまま動かない。
桶がようやく静まるのを待って、頭の男はかっと目を開いた。
「ばか野郎っ! でっけえ音出すんじゃねえよ! 起きちまうだろ!」
男たちはすぐさまベッドの上のイヴンを見る。が、イヴンが起きる気配はないようだ。先ほどと変わらず気持ちのよい寝息をたてている。
「でも、あにきぃー、例のパンなんとかの剣がないとなると、もう一人のあの優男が持ってるんじゃないですか?」
「あの男の部屋は……?」
「ちょうど向かいの部屋っスよ。ひとり部屋はここと、そこの二つしかないっス」
「きみ、やけにくわしいですね。で、あにきぃ、どうします?」
ちびの問いかけに頭は腕を組み、右手であごひげをなでうーん、と唸った。
「だめだ、あの男は何かヤバい」
「強そうには見えないっスけど」
「いや! いいか、あいつは見るからに口が達者そうだ。ヘタに話をそらされて、言いくるめられて、あれこれ探られたらかなわん」
へー、と半分口を開けて子分たちは一様にうなずいた。それにしても、そろいもそろって、賢そうとはいえない面構えだ。
「とにかくだ! ガキを起こして隠し場所を吐かせる」
「結局、起こすんっスか?」
さっきは起こすなと怒鳴ったくせに、とでぶが唇を尖らせるが頭の命令は絶対だ。
みなでぞろぞろとイヴンのベッドに近寄って行ったその時。
「そこまでだ!」
「覚悟しなさい」
壊れるのではないかという派手な音をたて、部屋の扉が開け放たれた。
「ひいっ!」
男たちは肩を跳ね振り返る。
廊下から射し込む灯りに照らされて、二人の女性が戸口に立っていた。
◇
「ち、よけいなことを……ま、いっか」
独り言を呟き、グラスに残った麦酒を飲み干し、煙草を消すとイェンはついと席を立つ。
客の去ったテーブルの後かたづけをしていた女とすれ違いざま、ちらりと意味ありげな視線を送り、食堂から立ち去った。
◇
「な、何でぇ女かよ」
相手が女とわかった途端、こそどろの頭は強気な態度を取り戻す。
「っていうか、あにきぃー、この少年全然起きないですよ」
ちびがイヴンをのぞき込む。
これだけ騒ぎを起こしているにもかかわらず、それでもイヴンは静かな寝息をたてて眠っていた。
「ちょっと、その子から離れなさい!」
背丈の小さい少女が腰に手をあて、語気を強めて言う。
「この部屋から出て行け」
もうひとりの大柄な女が、左手でマントを払いのけ、腰の剣に手をかける。
「ふん! こんな狭い部屋で剣なんか振ってみろ宿の備品、壊しちまうぜ」
女はおもしろそうに片方の眉を上げた。
「ほう? なら、ここはリプリーの出番だ」
剣の柄から手を離し、連れの少女の肩をぽんと叩く。
「まかせて」
「おいおい……ちびっこが相手かよ」
へらへらと笑い出す男たちの嘲笑など気にもとめず、リプリーは両手を頭上へとかかげる。その左手首には〝灯〟に属する証の腕輪がはめられていた。
『風の精霊よ、あたしの喚び声に応えて』
リプリーの声に突如ふわりと空気が震えた。
「な、何だ?」
「何ですか?」
「何っスか?」
「何……?」
異質な気配を感じて、男たちが身を寄せ合い脅えた様子で回りを見渡す。
『束縛のない自由な羽で空と大地を吹き渡る……』
さらに続けられる詠唱に、リプリーの髪が揺れマントの裾が緩やかに波打ちだした。まるで彼女の回りに風が集まっていくように。
「このちびっこ、魔道士ですか?」
「精霊魔道士……」
「お、おまえら! こういう時は呪文を中断させるんだよ!」
ほら行け、と頭は三人の子分の背中を突き飛ばした。
「ぎゃっ!」
突然身体を押されて体勢を崩し、両手を広げてリプリーに抱きつかんばかりの格好で三人の男が前へとつんのめる。
「い、いや! 来ないでっ!」
男たちから目を背け、リプリーは両手を前に突き出す。その両手のひらから凄まじい突風が放たれた。
「じょ、冗談だろー」
「飛ばされるですー」
「ありえないっスー」
「助けて……」
強風によって開け放たれた窓から、男たち四人が吐き出され、吹き飛ばされていく。
あっという間の出来事だった。
再び取り戻された夜の静寂に、リプリーは肩を上下させ息をつく。大柄の女は、なかば呆れた顔でそんなリプリーを見下ろしていた。
「相変わらず加減というものがないのだな。どこまで飛ばされたのだ?」
「……呼び出した精霊の気分次第かな。呪文の詠唱中断しちゃったし……」
「で、どうするのだ? あの子まで巻きぞえになって飛んでいってしまったぞ」
見れば、ベッドの上にはイヴンの姿も布団も枕もなくなっている。おまけに、結局、宿の備品のいくつかも飛んでいってしまった。
さすがのリプリーもこれには慌てた様子で青ざめた。
「エーファ、どうしよう……」
「どうしようって、探しに行くしかないだろう」