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18 ポンポコ村へ

「お世話になりました!」


 イヴンは長い間お世話になった親方と漁師仲間、そして、浜辺で一緒に働いたお姉さんたちに、深々と頭を下げた。


「おう、おまえらも気をつけてけよ! それと、これは給料だ」


 親方は数枚の紙幣をイヴンとイェンに手渡した。


「あ、ありがとうございます……」


 イヴンは両手でお給料を受け取る。

 初めて自分の力で稼いだお金の重みに、イヴンの表情は感無量という様子であった。おまけに目に涙まで浮かべている。


「僕……僕、働いたの初めてで……嬉しくて」


「初めて? ははは、おまえさんはいったいどこのお坊ちゃんなんだ?」


 親方が笑ってイヴンの頭をぐるぐりとなで回す。それでもイヴンの素性を聞かないところがこの親方のいいところだ。


「だけど、イヴンくんがいなくなるのは寂しいねえ」


「エレレザレレに来ることがあったら、必ず顔を見せるんだよ。また、イヴンくんの好きな鯛飯作ってあげるからね」


「じゃあ、あたしはアワビの踊り焼きを食べさせてあげるよ」


「イヴンくんはウニも気に入ってたよねえ。いつでも食べにおいで」


「なんだよおまえ、いつの間にそんないいもん食ってたんだよ」


 イヴンの横で、イェンが羨ましそうな声をもらす。


「はい! ぜひ寄らせていただきます! 本当にありがとうございます!」


「よ、新入り。おまえもまあ、よく頑張ったな」


 漁師のひとりが、たくましい腕をイェンの肩にがしりと回してきた。


「いてて……そこ、肩、傷なんだけど」


「実は俺たち、おまえがすぐに音を上げて逃げ出すんじゃないかって思ってたんだぜ」


「ほーれ、見た目と違って、意外に根性ある奴じゃないかって俺が読んでた通りだったろ? ま、賭は俺の勝ちだな。おまえら晩飯おごれよ」


「賭けんなよ……」


「ま、寂しくなるが、おまえさんも頑張れ」


 と、別の漁師がごつい手でばしりとイェンの背中をおもいっきり叩く。


「そこも傷だから!」


 イェンは顔をしかめて再びいてて……と声をもらす。


「はははは!」


「笑い事じゃねえよ……」


「また釣りしようぜ」


「おまえの自慢の竿さばきを見せてくれよ」


 何だかんだで、漁師仲間に気に入られていたイェンであった。


「それと、これは土産だ。持ってけ」


 親方から大きな袋を手渡される。中身はぎっしりと魚の干物がつまっていた。当分、食料に困ることはないだろう。さらに昼飯に食べなさいと、お姉さまたちに巨大握り飯を持たされた。


「落ち着いたら、必ず手紙を書きます!」


 何度も後ろを振り返っては手を振るを繰り返し、イェンとイヴンは無事エレレザレレに入国したのであった。



 ◇



 エレレザレレは活気にあふれた街だった。行き交う人々の表情も生き生きとして明るい。

 国王五十歳誕生記念祭の時は、これ以上に賑やかだったであろう。

 お祭りを見ることができなかったのが残念だ。

 イェンはちらりと後ろを振り返る。

 物陰に隠れてこちらの様子をじっと、うかがう四人の姿。


「あいつら、ほんとについてきやがる」


「ずいぶんと気に入られたみたいだね」


 ちっ、と舌打ちして、イェンは四人組を無視して歩き出す。その後ろをぼんやりとした顔で続くイヴンの歩みが次第に遅くなり、やがて止まってしまった。


「どうした?」


「イェン、傷の調子はどう? 痛みは?」


「何ともねえよ」


「つらくない……?」


 くるりとイヴンに向き直り、イェンは右手を腰にあててイヴンを見下ろす。


「で? 何だ? 俺に何して欲しいんだ?」


 うん、とイヴンは言いずらそうに言葉を濁すが、やがて決心したようについっと顔を上げイェンを見上げる。


「あのね、イェン。僕、すごく急いでポンポコ村に行きたいんだ」


「だからこうして、寄り道もしねえで向かってんだろ」


「違うよ、今すぐ行きたいんだ」


「今すぐ?」


「うん、今すぐ」


 イェンはなかば呆れた顔で口を開けた。


「だったら、必要なかったじゃねえか、これ!」


 俺の今までの苦労は何だったんだ、とイェンは手にしていた通行券でイヴンのひたいをぺしぺしと叩く。


「それはそれでこの先必要でしょう? ねえ、いいでしょう? もし、イェンがつらくなかったらだけど……」


 こんな我がままなお願いをしてくるイヴンは珍しい。


「お願い、イェン」


 イェンは頭をかいてため息をつく。


「そんな目で俺を見るな。わかったよ、今すぐポンポコ村に行けばいいんだろ! 今すぐにな!」



 ◇・◇・◇・◇



「今日も来なかったね」


 ガルテン王国ポンポコ村は、小雪山の麓にある小さな村である。

 山奥の寒村かと思いきや、この村には万病によく効く温泉があると評判で、他所から湯治に来る者も多く、村はそこそこそれなりに賑わっていた。

 その小さな村の広場でリプリーは、折り畳み式の椅子と机を持ち込んで、手相占い屋を開いていた。

 占いはよく当たると村中に広がり、さらに、湯治にやってくる常連の口こみでよその村にも知れ渡り繁盛した。

 もっとも、一回百ゼニゼニという値段だ。たいした儲けにはならない。それでもリプリーは村人相手に占いと世間話をしながら、イヴンたちの到着を待ち続けた。

 寒いという難点を除けば、この場所なら村の入り口も見渡せるので都合がいい。

 ちなみにリプリーたちがこの村に到着したのは一ヶ月前のことである。


「エレレザレレからこの村までは十日以上もかかる。それに、あのばかが足を引っ張って手こずっているのだろう。さ、リプリー、日も暮れてきた、マイヤーさんも待っている。今日はもうお終いにしよう」


 懐にしのばせたイヴンの通行券に手をあて、リプリーはうなずき帰り支度を始める。


「さ、行くぞ」


 折りたたんだ机と椅子をエーファは軽々と肩にかつぎ、再度リプリーをうながしたその時。


「リプリー! エーファさーん!」


 二人は声のした方へと視線を向けた。

 村の入り口へと続く、緩やかな勾配の坂道を駆けてくる二つの人影。

 大きく手を振るイヴンと、その後をずいぶんと遅れてついてくる何やら肉団子のようなかたまり。


「イヴン!」


 リプリーは走り出した。

 何度も雪に足をとられ、転びそうになっても走る速度を緩めなかった。あと少しで触れあうという瞬間、リプリーは大きく飛んでイヴンの首に抱きついた。

 目を丸くしながらも、イヴンはしっかりとリプリーを抱きとめる。


「リプリー、待たせてごめんね」


「待ったわ! すごく待った……」


 涙目で頬を膨らませるリプリーに、イヴンはもう一度ごめん、と繰り返す。


「もう来ないかと思ってた」


「どうして? 約束したじゃないか」


 抱きついていたリプリーが離れ、今度はイヴンの両手をしっかりと握りしめ、まじまじと見つめる。


「何か顔つきが変わったみたい。雰囲気もちょっと違う感じ」


「そうかな?」


「そうよ。少し大人っぽくなった気がするわ」


 大人っぽくと言われてイヴンは照れている様子だ。


「疲れたー、きつい」


 そこへ、ようやくイヴンの元へと追いついたイェンは、膝に両手をつき身をかがめて肩を上下させる。

 肉団子の正体はイェンだった。


「貴様、その格好は何なのだ?」


 エーファの視線が、イェンの足元から頭のてっぺんへと上下する。

 重ね着に重ね着を重ねたイェンの身体は異常なまでに膨らんでいた。さらに毛糸のマフラーを首にぐるぐると巻き、頭には毛糸の帽子、さらに耳あてとかなりの重装備だ。


「寒いの苦手なんだよ。悪いか」


「着込むにも、限度というものがあろう」


 が、ふとエーファはにやりと笑い、イェンの肩をとんと突く。


「あ! 何てことしやがる」


 あまりにも着込みすぎているため均衡を崩したイェンは、足を滑らせ尻もちをつき、そのまま今来た雪の坂道を滑っていく。


「ここまで登ってくるのにどんだけ苦労したと思ってんだよ!」


 転がり落ちていくイェンの叫び声が遠ざかっていく。


「こんなところで立ち話も寒かろう。私たち、今マイヤーさんのところでお世話になっている。イヴンのことも話してある」


 ついておいで、とエーファはリプリーとイヴンの背中を押し歩き出した。

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