10 間抜け盗賊四人組、再び
「すごくおいしかったね、エーファ」
「そうだな。鍋料理とはなかなか楽しいものだ。悪くない」
「最後の雑炊も絶品だったね。私、初めて食べたわ」
宿へと向かう帰り道。
女性二人はかなりご機嫌でご満足な様子だ。とくに、リプリーは足取りも軽やかに大はしゃぎである。しばし、鍋の会話で盛り上がっていたが、ふいに、イヴンがそわそわと落ち着きのない様子で背後を気にかけ、そろりとイェンを見上げた。
目を細めるイェンの表情も真剣であった。
かとおもいきや……。
「あ! すっげえ美女発見っ!」
突然大声を上げ、エーファたちが振り向くや否や、路地裏の方へと走り去ってしまった。
いきなりの出来事にエーファとリプリーはただ目を丸くする。
「や、やだなーイェンったら、ちょっと綺麗な女の人見るとすぐああなんだもん。僕、連れ戻してくるから、エーファさんとリプリーは先に宿に戻ってて」
宿はもう目の前である。
「まったく、どうしてあいつはああなのだ? 自分勝手で我がままで、これで、いざという時に役にたつのならまだしも、そういうわけでもない。イヴンも気苦労が絶えないな」
同情の目を向けるエーファにイヴンはあはは、と笑う。
「イェンが自分勝手で我がままなのはいつものことだから、僕は全然慣れっこだよ」
「イヴン……何なら、この私があいつの首根っこをひっつかんで連れ戻してきてやろう」
「う、うん、大丈夫だから……僕ちゃんと連れてくるから」
「でも、こんな夜遅くに歩いたら危険よ。私たちも一緒に行くわ」
「僕、男の子だから大丈夫だから! ほんと、ごめんなさいっ!」
エーファとリプリーがそれ以上何か言うよりも早く、イヴンも慌ててイェンが去って行った方へと走って行ってしまった。
残された二人は目を見合わせ首を傾げた。
◇
「あいつらは?」
「うん、先に宿に帰ってもらったよ」
イヴンとイェンはうなずき合い、せーの、でくるりと振り返った。
ぎょっとして立ち止まる、四人の男たち。
「ねえ、さっきから僕たちの後をつけてるみたいだけど何かよう?」
「き、気のせいじゃないっスか?」
でぶの男がおどおどして口ごもる。
「おれっちたちも帰り道がこっちの方角なんですよね」
ちびの男があさっての方向を向いて白々しく口笛を吹く。
「星がきれい……」
のっぽの男が白々しく夜空を見上げる。
「へー、店にいる時も、ずっと俺たちに熱い視線を送ってたよな」
腰に手をあて、イェンはまなじりを細めて四人の男たちをざっと見る。そして、うへっ、と眉をひそめた。
そろいもそろって冴えねえ面構えだぜ、と肩をすくめる。
「それは……あんたたちの食ってた料理が美味そうだなと思って見てたんだ。そうだろ? な? な?」
ひげ面の男が苦しい言いわけをして、他の仲間に同意を求める。仲間たちもそうそう、とうなずき合う。
「なあイヴン、俺たちの記念すべき旅立ち初日、確かおまえ宿屋で寝込みを襲われたよな。間抜けなこそどろ四人組に」
「ごめん……僕、眠ってから……」
「ほら、そっちのガキも知らないって言ってるじゃないっスか」
「こいつが知らなくても、俺には何もかもお見通しなんだよ。なんたって俺は魔道士だからな」
どうしよう……といった表情で男たちはそれぞれ目を見合わせた。
「ちっ、バレてしまっちゃあ、仕方がねえ。俺たちは泣く子も黙る風の盗賊団……」
相手の言葉を最後まで聞かず、突然イェンが吹き出した。
「たった四人で何が盗賊団だよ。アホかこいつら」
「う、うるさい! とにかくだ! こぞう! おまえの持っている剣を寄こせ。おとなしく従えば命だけは助けてやる」
「え、剣? これ?」
突然何を言いだすんだろうこの人たちは、と不審な顔で、イヴンは腰に下げていた剣を素直に男たちの前に差し出した。
「こんなのでよければどうぞ」
「ちがーう! そんな安っぽいのじゃなくて、パンなんとかの剣ってやつだ!」
「なんとかの……ねえ、君たち。どうして僕がその剣を持ってることを知っているの?」
驚きに目を見開き、男たちに問いかける。
「やっぱり、そのパン何とかの剣を持ってるんだな」
「うん、持ってるよ」
だから何? とイヴンは首を傾げる。
「この子、素直というか、バカなんですかね」
「あっさり、剣を持ってること認めたっスね」
「ねえ、どうして知ってるの?」
「それはですね、君」
ちびの男が人差し指をたてて説明しようとしたが、すぐさま頭に(かしら)頭をど突かれる。
「知りたいか? しかし! 依頼主の秘密は厳守だ!」
「ってことは、どこかの誰かに頼まれたってことだな。誰に頼まれた?」
腕を組みイェンは男たちに問いただす。
「それは……」
男たちは再び顔を見合わせ、しどろもどろになる。
「いらいらするな……おまえら四人で相談しねえと自分の意見もまともに言えねえのかよ。まあいい、依頼料はいくらだ?」
「ご、五万ゼニゼニだ」
イェンの迫力に押されて頭は口ごもりながら答える。
「……安すぎる。四人で山分けしたら一万二千五百ゼニゼニ……飯食って、ちょっと遊んだら終わりじゃねえかよ。よく引き受けたな。で、そのせこい依頼主は誰だ?」
「う、うるせえ! とにかく絶対秘密だ!」
「あ、そう。別に無理に喋らなくてもいいんだぜ。おまえらの思考に忍び込んで、あれこれ探るっていう方法もあるんだ」
イェンは意地悪く口の端を上げて笑い、手のひらを男たちに向ける。
「おまえらの頭の中のぞかせてもらうぞ」
「ひいいいっ!」
「イェン、他人の記憶を操作したりとかって〝灯〟の掟に違反するんじゃないの?」
「バレなきゃいいんだよ。バレなきゃ」
「リプリーみたいなこと言うんだね……」
イヴンは呆れた声で言う。
「ばか野郎、おまえら怯むんじゃねえ! はったりに決まってんだろ!」
頼もしいかしらの一喝に、仲間たちがはっとなって我に返る。
「そ、そうだ。そうだった。おいらたちがなーんにも知らないと思ってたら大間違いっスよ」
でぶが鼻の下を指でこすりながら得意顔で言う。
「そうそう! おまえ、さっきからすっごっく偉そうにしてっけど、実はおまえが初級魔道士だってことは、おれっちたち、下調べ済みなんですよねー」
ちびが腰に手をあて、へへんと笑う。
「おちこぼれ無能魔道士……」
のっぽがぽそりと呟く。
「さあこぞう! なんとかの剣とやらこっちに寄こせ!」
子分たちの後ろで居丈高にひげ面の頭は声を張り上げる。
「うん、ごめんね。悪いけど、今手元にないんだ」
「なら、どこにある! 素直に隠し場所を吐かねえと痛い目みるぜ。泣いちゃうぞ」
「うーん、なんて説明すればいいのかな?」
イヴンはイェンを見上げ答えを求める。
「そうだな、ちょっと口で説明するのは難儀だなあ。ま、見つけにくいとこ、とでも言っておくか」
「ふ、ふざけやがって……おまえら!」
頭の男が仲間に目配せをする。その合図で三人の子分がいっせいに腰の剣を抜いた。が、でぶだけは身体の脂肪が邪魔をして、なかなか剣を抜けずにいた。見るにみかねて仲間が手伝ってやる。
「こうなったら力ずくだ!」
三人の子分たちが駆け寄ってくる。
まずはのっぽの男が剣を振り上げた。
イヴンはひょいっ、と相手の攻撃を軽くかわすと、のっぽの男は前につんのめって、地面に激突した。
今度はちびが不抜けた声を上げて飛び込んでくるが、イェンに足を引っかけられて転倒。でぶは駆け出したと同時に足をもつれさせて戦闘不能。
「こいつらものすごく強いですよ」
「ひざすりむいたっス。痛いっス」
「歯が立たない……」
「おまえらふざけてんのか? いい加減にしろよ」
イェンは足下にいたちびの頭を足蹴にする。
「くそ! ここはいったん退却だ」
「待てよ。このまま黙って帰れると思ってんのか」
「何?」
「今度はこっちが攻撃する番だぜ。俺様の強烈な攻撃魔術を一発食らわせてやる」
イェンは胸の前で両手をかまえる。
「おまえら、覚悟しろよ」
手と手の間に真っ赤な炎が膨れあがっていくのを見て、四人の間抜けな男たちは慌てふためいた。
生身の人間が攻撃魔術を受けたら、怪我だけではすまない。
「くそっ! 外道魔道士めっ」
「今度はこうはいかないです」
「寝込みを襲ってやるっス!」
「退散……」
思い思いに捨てぜりふを残し、男たちは悲鳴とともに、逃げ去ってしまった。
「なんてな」
イェンの手の中の炎が、右往左往と風に流され虚空をさまよう。次の瞬間、吹きつけた風に炎は散らされ、かき消されてしまった。
イェンは手を払いイヴンに向き直る。
「おまえ、狙われてんな。目的はパンプーヤの剣。で、おまえがその剣を持っているってことを知ってんのは誰だ?」
この世界でパンプーヤと呼ばれる者はただひとり。
世界三大大魔道士、刻を操るパンプーヤだ。
何故、イヴンが大魔道士の剣を持っているのかは、話は十年前にさかのぼる。
当時、ワルサラを襲った大干ばつのある日、道ばたで行き倒れかけていた身なりの汚い老人に、イヴンは持っていた自分の分の水とパンを与えたのだ。
その老人こそ実は大魔道士パンプーヤで、イヴンは秘められた魔力を宿すという大魔道士パンプーヤの剣を、水とパンのお礼にと、大魔道士本人から譲り受けたのだ。
さらに、剣には逸話がある。
剣と対をなす杖が存在するということを。
だが、そもそもパンプーヤ自身が伝説の存在。その話を父王に話したイヴンは、おまえはからかわれているのだと最初は一笑されてしまったのだが……。
「王家の者なら誰でも。お城で働いている人ももちろん。その人たちが他の誰かに喋り国中に広まったってことも。それにあんな小さな国だし、あっという間に隣国に……」
嘘か本当かは定かではないが、イヴンが大魔道士パンプーヤの剣を手に入れた。そんな噂がワルサラ中を駆け巡った。
「そんで、瞬く間に世界中にか? 違うだろ。あの剣を欲しがっていた奴がいただろう?」
イェンの放つ威圧的な態度に耐えられなくなったのか、イヴンは視線を落とした。
「聞いてんのか?」
うつむいてしまったイヴンのあごに手をかけ上向かせる。
「すぐに下を向いて黙り込む。言いたいことも最後まで言わない。おまえの悪い癖」
そして、イヴンの頬を軽くつまむ。
「それにしても、あんな間抜けな男たちを、たった五万ゼニゼニで雇うとは、せこいにもほどがあるぜ。っていうか、俺たち甘く見られてる?」
「まだ、ヘムト陛下の仕業だとは……」
イェンはすっと目を細めた。
イヴンは言葉を飲み、あっ、と目を見開く。イェンは一言もヘムト陛下の名前を出してはいない。
唇を引き結んで涙を浮かべるイヴンの頭を、やれやれと苦笑混じりに呟いて、くしゃりとなでる。
「そんな顔すんな。どのみち剣は秘密のところに隠してあるし、いずれは白黒つく」
「ごめんなさい。僕のせいで……」
あ? とイェンは空とぼけた顔をする。
「おまえが謝ることじゃねえだろ。そもそも、悪いのはあのパンプーヤのくそじじいだ。勝手にあれこれ押しつけやがって」
イェンにかかれば伝説の大魔道士もただのくそじじい呼ばわりだ。
イェンは迷惑この上ないと不機嫌に吐き捨てた。




