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猫人大集落

「チャム……少し歩く速度を落とせ」

 ガイの声を聞き、チャムは足を止めた。

 ガイはチャムのすぐ後ろにいるが、他の男たちは、はるか後方を歩いている。

「なー? あいつら歩くの遅いにゃ……ニャンゲン人には困ったもんだにゃ」


 彼らは今、ケットシー村を目指し歩いていた。ニャントロ人のチャムを先頭に、木々の生い茂る中を、獣道に沿ってゆっくり進んでいる。

 さすがにバスで行くのは不可能だろう、ということになり、バスは乗り捨てている。全員で歩いてケットシー村に向かっていた。

 しかし――

 獣道はでこぼこで高低差があり、見づらく、歩きにくいことこの上ない。特に都会で育ったヒロユキにとっては、歩くだけでも苦行だった。

 しかも、道案内のチャムは、やたらと歩くのが早いのだ。

 ガイを除く四人は、あっという間に引き離されてしまった。


 ペースを合わせることを知らないチャムは後ろを振り返り、不思議そうな顔で首を捻る。

「なー……やっぱりニャンゲン人は歩くの遅いにゃ。でも、ガイはニャンゲン人なのに、凄く強かったし、歩くのも速いにゃ……不思議だにゃ」

 一方、ガイは……

 今にも死にそうな表情で歩いているヒロユキを睨んでいた。

「あいつ……足手まといな奴だな」


 カツミはギターケースと大量の肉や毛皮を背負いながらも、しっかりとした足取りで歩いている。顔に疲れは見えない。

 タカシは鉄製の鍋やコップなど、妙な物の入ったスポーツバッグをぶら下げて歩いている。ヘラヘラ笑いながら、あちこちキョロキョロしているその様子からは、疲労は全く感じられない。軽薄そうな雰囲気とは裏腹に、恐ろしいくらいのタフさだ。

 ギンジは自らのカバンを持ち、何とか歩いている。疲れの色は隠せないが、それでも、どうにか付いて来ている。

 しかし、ヒロユキは……一人、さらに遅れている。顔からは血の気が無く、目は虚ろ、口で息をしながら、かろうじて歩いている状態だ。

「あいつ……やべえかもな……」

 ガイは誰にともなく呟くと、その場に座り込む。

「仕方ねえ……チャム、休憩だ」


 ヒロユキは、その場にへたりこんだ。

 もう限界である。動くことは不可能だ。これ以上歩くなら、いっそ自分を置き去りにして欲しい。

 ヒロユキがそんなことを考えていた時――

「ヒロユキ、これを飲め」

 ギンジの声とともに、コップが突き出される。

 ヒロユキはコップを受け取り、貪るように飲んだ。

 そして、他の人の様子を見る。

 ギンジはヒロユキと同じように、疲れた表情で周りを見回している。だがヒロユキとは違い、まだまだ歩けそうだ。

 カツミは、タカシと話している。大きなギターケースと、大量の肉や毛皮を背負っているにも関わらず、元気そうである。タカシに至っては、何が楽しいのか、ヘラヘラ笑いながらカツミにちょっかいを出しているのだ。

 そして、ガイはチャムと何か話している。時おり、ヒロユキのことをチラチラ見ている。その目線が、体力のないヒロユキを責めているように感じられた。

「みんな元気だな……オレみたいなオッサンにはキツいぜ」

 苦笑しながら、呟くギンジ。

「ギンジさんはいいですよ……ぼくは、このメンバーの中では足手まといでしかない……」

 ヒロユキの表情が、さらに暗くなる。

「ヒロユキ――」

「みんな、凄い人たちばかりだ。でも、ぼくは違う……何で、ぼくはここにいるんでしょう……何でぼくみたいなクズが……」

 視線を落とすヒロユキ。その目からは、涙がこぼれ落ちる。

 洩れる嗚咽。

 ギンジは、その様子を黙って見ていたが……

 ややあって、口を開く。

「ヒロユキ……厳しい状況だがな、泣き言いっても始まらない。とにかく、オレたちはここを脱出する。そしてもう一度、元の世界に戻るんだ。その鍵を握っているのは……ヒロユキ、お前だ。お前がここにいるのには、大きな意味がある」

「ぼくが、ですか?」

 ヒロユキは驚いて聞き返す。

「そうだ。お前にはここの知識がある。お前はゲームの世界、と言ってたが……そのゲームを作った奴は、この世界に来たことがあるんじゃないか?」

「え? そんな事が……」

「ああ。昔から、違う世界に足を踏み入れてしまう話は世界各地で伝えられている。時代も文化も違う国で、なぜか似たような話が伝わっているんだよ。今、オレたちが体験しているようなことが、昔話として……オレは思うんだよ。実際に異世界に行った奴らがいたんじゃないか、ってな」

「ギンジさん……」

「だから……どんなに辛くても、前を向け。そして歩き続けるんだ。お前がいないと、オレたちはここから脱出できない。お前の知識が必要なんだ。一緒に家に帰ろう」

 ギンジがそこまで言った時――

 ガイがこちらに近づいて来た。

 ヒロユキを睨みながら、口を開く。

「おい、ヒロユキ……そろそろ行くぞ。暗くなるまでに村に到着しないとな」

 そう言うと、ガイは背中を向け、しゃがみこんだ。

 そして――

「おぶってやる。ワケわからねえうちに、こんな場所に来ちまった縁だ。放って行くワケにはいかねえが、お前のペースに合わせるワケにもいかねえ」

「え……ガイさん、何を……」

 唖然とするヒロユキ。

 しかし――

「いいから早くしろ! 死にてえのか!」

 ガイは前を向いたまま怒鳴りつける。

 ヒロユキは仕方なく、ガイの背中に乗った。

 すると、ガイはヒロユキを背負ったまま、いとも簡単に立ち上がる。

 そして、平然とした顔で歩き始めた。

「なー……凄いにゃ! ガイは強くて、優しいニャンゲン人だにゃ!」

 チャムは瞳を輝かせ、ガイに言うが――

「おら行くぞ」

 ガイは素っ気ない態度でチャムを急かした。

 そのやりとりを見て、タカシがギンジをつつく。

「ギンジさん、ガイくんは顔のわりに好青年ですな。ギンジさんも疲れたら言ってください。カツミさんがいつでも――」

「勝手に決めるな!」

 言葉の途中で、カツミが一喝する。

「オレはいい……まだ大丈夫だ」

 苦笑しながら、ギンジは答えた。


 ヒロユキを背負い、ガイは獣道を歩き続けた。無言のまま、チャムの後を付いて行く。

 その後ろから、他の三人も歩いて来る。

 日が沈みかけてきた頃、不意にチャムが立ち止まった。

 そして振り返る。

「見えてきたにゃ。あれがケットシー村だにゃ」




 原住民の集落……ケットシー村を言葉で表現するなら、それがもっとも適切だろう。

 ニャントロ人は皆、木でできた粗末な小屋のような物に住んでいた。村の中心には井戸、端の方には小さな畑もあった。村の周りは木の柵に囲まれている。

 そして――

 村のニャントロ人たちは、友好的な態度でみんなを出迎えてくれた。

 集まったニャントロ人たちの中から、ひときわ大きな体格の者が進み出る。

「な?! 旅人ですにゃ?! よくいらしてくれましたにゃ! 私は村長のタムタムですにゃ!」

 百九十センチで百十キロのカツミとほぼ同じ体格の強面なニャントロ人――大柄で強面の男だが、猫耳と尻尾はちゃんと付いている――が、ニコニコしながら一人一人に握手する。

「い、いや……これはどうも」

 しかめ面をしながら、タムタムと握手する一行。

 全員、必死で笑いをこらえている。

「な……皆さん、どうしましたにゃ? 肩プルプルしてますにゃ……あ、長旅でお疲れですにゃ! チャム、皆さんを宿にお連れするにゃ!」

 タムタムは威厳のある態度で、チャムに命令する。

「わかったにゃ! ガイ、こっちだにゃ!」

 チャムはガイの手を引き、嬉しそうな顔で村の中を歩く。

 その後を、しかめ面をしながら付いて行く一行。

 ニコニコしながら、一行に挨拶するニャントロ人たち。みんな、妙に嬉しそうだった。


 そして一行は、村で一番大きな建物に通された。

 火を起こし、大鍋の中にダイアウルフの肉と水、そしてニャントロ人から分けてもらった野菜と、タカシが持っていた調味料を入れて煮込んでいる。

 その大鍋をじっと見つめているチャム……とニャントロ人の子供たち。

「お肉いっぱいだにゃ……美味しそうだにゃ」

 チャムはタムタムから、一行の身の回りの世話を任命された……はずなのだが、大鍋の中身をじっと見つめている。さらに、旅人たちを一目見ようとやって来た子供たちも、大鍋の中身に興味津々のようだ。

「……あのー、皆さんも食べますか?」

 大鍋をかき混ぜるタカシが声をかけると――

「い、いいのかにゃ!」

「美味しそうだにゃ!」

「食べたいにゃ!」

 ニャントロ人たちは口々に叫ぶ。

「仕方ねえな。一宿一飯……いや、一宿の恩義だ。分けてやろうぜ、タカシ」

 カツミはそう言うと、ニャントロ人たちの方を向いた。

「お前ら、器持ってきて並べ!」


 村人が次々と集まってきた。

 ニャントロ人たちは器を手に行儀よく並び、タカシがいい加減なやり方で作った肉鍋をよそってもらっている。

 そして――

「なんなんなんなん!」

 あちこちから聞こえる、微笑ましい声。

 ニャントロ人たちは、本当に嬉しそうな顔で肉を食べている。

 もちろん、ニャントロ人たちもただ肉鍋をたかりに来ている訳ではない。てんでに野菜や果物、鶏肉、黒パンなどを持ち寄り一行に差し出している。

 さらに、自家製の果実酒まで持って来て――

 本格的な宴会の始まりである。




「いやあ! 君たちは実に楽しい! ケットシー村は最高だ! 私のロボットダンスを見ろ!」

 果実酒を大量に飲み、すっかり酔っぱらいと化しているタカシ。奇怪なダンスを披露し、ニャントロ人たちを楽しませている。

 カツミはその横で、黙々と果実酒を飲んでいた。飲みながらも、その大きな体にじゃれついてくるニャントロ人の子供たちと遊んでいる。


「なー……ガイは、お酒飲まないのかにゃ?」

「ああ……あんまり好きじゃねえんだ」

 ガイはチャムと二人で、集団の輪から少し離れた位置にいる。チャムはガイにまとわりつき、ガイもそれが嫌ではなさそうだ。


 ギンジはヒロユキの横にいる。二人は黒パンと肉鍋を食べながら、声をひそめて話していた。

「ヒロユキ……この先、何か事件はあるのか?」

「待ってください……そうだ! コボルドの群れがいるんですよ。奴らとニャントロ人は仲悪いです」

「コボルド……そいつらは怪物か? 強いのか?」

「ゴブリン……あ、あの緑の猿と同じくらいの強さです。犬人間みたいな見た目で――」

 ヒロユキがそこまで言った時――

「なー! 大変だにゃ! コルネオさんが襲われたにゃ!」

 見張り番をしていたニャントロ人が、大慌てで駆け込んで来た。

「なー! それは大変だにゃ!」

「な?! 誰がやったにゃ?!」

「なー! 許せんにゃ!」

 ニャントロ人たちは、次々と立ち上がる。

 やがて、そこにマントを羽織った小太りの中年男が入って来た。いや正確には、運ばれて来たのである。二人のニャントロ人の若者に両側から支えられ、ヨロヨロしながら歩いて来た。

「なー! コルネオさん、しっかりするにゃ!」

「な! 大丈夫かにゃ!」

 先ほどまでの楽しそうな雰囲気は一転、傷ついた中年男の周りを取り囲み、ぐるぐる回り始めるニャントロ人たち。

「ちょっとお前ら! 落ち着け!」

 突然、カツミが吠える。次いで――

「そうだにゃ! みんな落ち着くにゃ!」

 タムタムの一声。

 二人の大男の咆哮は、ニャントロ人たちを一瞬にして黙らせた。


 中年男はコルネオと名乗った。

 体のあちこちに傷を負っているが、命に別状はなさそうだ。

「私は行商人ですが……今しがたコボルドの襲撃に遭い、荷物を奪われてしまいました。護衛に雇った傭兵は皆、奴らに殺されました……私一人、かろうじて逃げてきて……」

「な! コボルドめ……コルネオさんによくも! 許せんにゃ!」

「なー! ブッ殺しにいくにゃ!」

「なー! 明日は殴り込みだにゃ!」

 ニャントロ人たちは、怒りの声を上げている。

 不謹慎な話ではあるが、その横で一行は笑いをこらえるのに必死だった。


「という訳で皆さん! 我々は明日、コボルドをブッ殺しに行きますにゃ! だから、今日はもう寝ますにゃ!」

 タムタムが一行にそう言ったとたん、

「待て待て。あんたらには世話になった。戦いなら、オレたちが行く」

 カツミの静かな声。

 そして、

「ああ、カツミさんの言う通りだ……コボルドが何者か知らねえが、オレたちが皆殺しにしてやるよ」

 ガイの顔には、殺意が浮かんでいる。

 ニャントロ人たちはその言葉を聞き、てんでに顔を見合わせた。

 口にはしないが、どうしたもんか……という表情になっている。

 その時、立ち上がった者がいた。

「バカなことを言うな! 君たちのかなう相手じゃない!」

 血相を変え、怒鳴りつけるコルネオ。

 しかし――

「バカはあんただよ」

 ガイはそう言いながら、そばにあったカボチャを掴む。

 そして、指に力を入れたとたん――

 一瞬にして、カボチャは砕け散る。

「な……」

「な!」

「な?」

 ざわめくニャントロ人たち。

 だが、それだけでは終わらなかった。

 さらにガイはリンゴを拾うと、宙に投げる。

 すると、いつの間に用意したのか、カツミの刀が一閃――

 リンゴは真っ二つの状態で床に落ちる。

「な!」

「何したか、見えなかったにゃ!」

「あの人たち、凄く強いにゃ!」

 ニャントロ人たちのざわめきは、いっそう大きくなった。

 そして、ギンジが前に出る。

「この二人は相当強いぞ。まずは、オレたちに任せてくれないか? 殴り込みは……オレたちが失敗した後でも遅くないだろう? コボルドと全面戦争になったら、勝っても無傷じゃ済まないだろうが。万が一にも負けたら、遺された女子供はどうなる……タムタムさん、あんたも村長なら、村人の安全を守るのも仕事だろう? だから……オレたちを雇ってくれ。そして、オレたちにやらせてくれ」

 ギンジの落ち着いた、しかし力強く語る声は、周囲のニャントロ人たちの気持ちを穏やかにさせ、冷静なものに変えていった。

 タムタムも例外ではなかった。

「わ、わかりましたにゃ……あなた方に頼みますにゃ……」






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