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金と銀〜異世界に降り立った無頼伝〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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若者大展望

 ベルセルムの地で必要な物を補充した一行は、しばし休息した後に旅を再開した。リンが加わってから、一行の雰囲気はさらに変わった。ますます賑やかになっている。ヒロユキはふと、初めてこの世界に来た時のことを思い出した。ギンジ、タカシ、カツミ、そしてガイ……何という男くさくも凄まじいメンバーなのだろうか。最初は皆の人相だけで震え上がっていたのだ。しかし今は……。

「にゃはははは! ニーナは本当にお絵かき上手だにゃ!」

「ニーナさん上手ですにゃ! 凄いのですにゃ!」

 ニーナの周りで、手を叩いてはしゃいでいるチャムとリン。二人はとても楽しそうだ。ニャントロ人とは本当に善良で、陽気な種族らしい。もっとも、チャムよりはリンの方が賢いし、しっかりしていそうだが……ヒロユキの頭に、ひょっとしたらニャントロ人には肉体派のファイタータイプと頭脳派のマジシャンタイプがいるのかもしれない、などとバカな考えが浮かんだ。

 ヒロユキは微笑み、そしてニーナに視線を移す。しかし、ニーナの顔はどこか暗い。チャムとリンに対し笑みを浮かべてはいるが、固さの残る表情だ。いや、ニーナだけではない。上手く言えないのだが、一行を包む雰囲気がいつもと違う気がする……違和感を覚えたヒロユキは、まずニーナに話しかけようとしたが――

「そういやヒロユキ、街で聞いたんだが……滅びの山は相当ヤバいらしいな。魔王の祭壇って場所には、何人もの生け贄が捧げられたらしいぜ。お前、知ってるか?」

 いきなり声をかけてきたガイ。ヒロユキは引っかかるものを感じながらも、ゲームの記憶を辿ってみた。

「そうでしたね。ゲームの中でも、そこはありました……ただ、それは単なる迷信だという設定でしたよ。主人公たちは、その魔王の祭壇を破壊するんですよ。それ以来、下らない迷信に迷わされることはなくなったとか……」

 そう、ゲームの中の世界では……バカな言い伝えに惑わされ、何人もの人間が生け贄として捧げられていたのだ。それを知った主人公が滅びの山に行き、魔王の祭壇を破壊する……権力者たちに、二度とバカな儀式をさせないために。ゲームをプレイしていた時には、さほど気にも止めなかった。本当に小さなイベントだったと記憶している。数あるイベントの中の一つでしかなかった。

 しかし、それもまた、こちらの世界に存在しているものだったとは……魔王の力を得られる、などという下らん迷信のために生け贄として捧げられた人々。権力者の一存で簡単に命を奪われてしまう、この世界は一体何なのだろう。

 いや、自分たちのいた世界も大して変わらないのかも知れない。権力者たちの思惑一つで、自分などは即座に消されてしまうのだろう。実際、巨大な企業にとっては労働者一人の命などゴミみたいなものだ。ましてや、国が戦争でも始めれば……。

 結局、力なき者は……虫けらのように、いとも簡単に踏み潰されてしまう。


「じゃあ同じだな。街で聞いた話じゃ、魔王になれるって噂はデマだったみたいだ……魔王になれた奴は一人も居なかったらしい」

 ガイは普段より口数が多い。魔王という存在に興味を抱いているようだ。ヒロユキは苦笑する。魔王……そんな単純な者が相手ならば、どれだけ楽だろう。

「ゲームでも、デマだったということになってましたね。人間を生け贄に捧げれば、魔王の力が得られるという古い言い伝えが残っていたために……」

 そこまで言った時、ヒロユキははっとなった。ベルセルムでのギンジとの会話を思い出したのだ……ハザマの圧倒的な強さを前に、為す術もなく逃走したギンジ。子分が二十人以上いた、と言っていた。恐らく素人ではあるまい。さらに、全員が銃器で武装していただろう。にも関わらず、それらを易々と皆殺しにしたのだ……。


 今のヒロユキにはわかっている。ギンジはどんな状況下においても、最善手を打てる男だ。いや最善手ではないにしろ、合格ラインの手を打つはず。少なくとも、最悪の選択だけは絶対にしない男である。力で敵わないのなら、話し合いに持ち込み丸め込んでしまうであろう。

 そんなギンジが、子分を見捨てて逃げる……あり得ない話だ。だが、そのあり得ない最悪の選択をさせた怪物こそがハザマヒデオなのだ。ヴァンパイアやライカンスロープの群れを相手にしても怯まなかった、あのギンジを敗走させ、心に生涯消えない傷を負わせた最悪の怪物……しかし、そこで一つの疑問が浮かび上がる。

 ハザマはどうやって、その力を手に入れたんだ? ぼくらと同じ世界から、この世界に来たはず。だが、ぼくらにはチート能力はない……ガイさんやカツミさんやタカシさんは別だが、それでもハザマに比べれば劣る。それ以前に、この世界に来て間抜けな神からチート能力を授かったわけではないのだ。もともと異能力を持った者たちが、何らかの力で運ばれてきたのである。

 ハザマは……どうやって力を得たのだ? まさか、魔王の祭壇で? いや、あり得ない話だ。


「おいヒロユキ、どうしたんだ?」

 ガイの声。ヒロユキは我に返った。だが、その瞬間……先ほどからの違和感の正体に気づく。チャムとリンのはしゃぎっぷりに誤魔化されていたが、他の三人がさっきからずっと黙りこんでいるのだ。もともと、口数の多い方ではないカツミやギンジはともかくとして、タカシまでもが静かなのだ。ヒロユキは不審に思い、話しかけようとした時――

「ところでガイくん、君は帰ったら何をするんだい? やっぱり、カツミさんと一緒にヤクザでもやるのかい?」

 そのタカシから、いきなりの問いかけ……御者台から前を向いたまま、いつもと同じく陽気に話しかけてくる。ガイは一瞬、面食らったような表情になったが、ややあって、恥ずかしそうに語り始めた。

「オレは、どっかの田舎で暮らそうかと……自給自足の生活も悪くないんじゃないかな、って思い始めてるんだ。チャムやリンと一緒に、牛でも飼おうかなって――」

「な、なー!? 牛かにゃ! チャムは牛は大好きだにゃ! 牛はとっても美味しいにゃ! 豚も鶏も大好きだにゃ! いっぱい飼うにゃ!」

 いきなり話に乱入してきたチャム……目を輝かせてガイを見ている。ガイは困った顔になった。

「あ、あのなあ……お前は食べるのが好きなんだろうが。オレは牛を世話するんだよ。飼って、育てて、殖やして、そして町まで売りに行くんだ。オレは昔、施設に居た時に動物の世話をしてたし……」

「なー!? 牛を育てるにゃ!? 任せるにゃ! チャムはケットシー村で鶏を飼ってたにゃ! オオトカゲも飼ったことあるにゃ! ガイと一緒に牛も豚も鶏もいっぱい育てるにゃ!」

 言いながら、誇らしげに胸を張るチャム。すると、リンまではしゃぎ始めた。「チャム姉さんは、本当に凄いですにゃ! リンも手伝いますにゃ!」

 楽しそうにはしゃぎ始めたニャントロ人の二人……見ているヒロユキの顔も、自然と優しい表情になっていく……すると、ガイがこちらを向いた。

「なあ、ヒロユキ……お前は帰ったらどうするんだ? 何かやりたいことでもあるのか?」

「え? ぼくですか? いや、特にないですよ……強いて言うなら、ニーナの暮らす場所を探すくらいですね」

「そうか……もし良かったら、オレの仕事を……しばらく手伝ってもらえないかな?」

「え!?」

 ヒロユキは驚き、ガイの顔を見つめる……だが、ガイの表情は真剣そのものだった。

「ヒロユキ……チャムもリンも、オレたちの世界に慣れるには時間がかかると思うんだよ。だから……二人が生活に慣れるまでは、お前に助けてもらいたいな、って思ったんだが……お前なら信用できるし、頼りになるからな。ただ、金は出せねえ……当分の間は……食べていくのがやっとだと思う……だから……あ、もちろん嫌ならいいんだよ――」

「嫌なわけないじゃないですか……むしろ、こっちからお願いしたいくらいですよ……ニーナだって、チャムやリンと一緒に居たいだろうし……ガイさん、やりましょうよ。ぼくもできる限りのことはします」

 ヒロユキは感激した……生まれて初めて、他人から必要とされたのだ。ガイやチャムと一緒ならば、人里離れた場所で暮らしても構わない。ヒロユキは異世界での体験を経て、不自由な野外生活も全く苦にならなくなってきている。それに、ガイやチャムの力にもなってあげたい……すると――

「ほう、ガイくんにはそんな目標があったのですか……それは面白いですね。ならば、私もお手伝いしましょう! 私はこう見えても、小さな貿易会社の社長でしたから! 私がガイくんの育てた牛や牛乳なんかを、べらぼうに高く売りつけてやりますよ!」

 黙っていられなくなったのか、不意にタカシが話に割って入ってきた。ガイは驚き、戸惑いの表情を浮かべる……だが、また別の乱入者が現れた。

「おいおい……タカシみたいなのが絡んだら、業者もビビって取り引きしてくれなくなんだろ……売れるものも売れなくなるぜ」

 それまで黙りこくっていたカツミの、呆れたような声……ヒロユキは思わず笑ってしまった。確かに、タカシのハイテンションな動きから繰り出されるマシンガントークは、大概の人間を引かせてしまうだろう。

 いや、それがタカシの狙いなのかもしれない……マシンガントークで相手の思考力を低下させ、その隙に商談をまとめる。ありそうな話だ……ヒロユキがそんな事を考えていると、ガイが口を開いた。

「マジかよ……じゃ、じゃあタカシさんも頼む……ついでに、オレに商売を教えてくれよ」

 そう語るガイの表情は、真剣そのものだ……よりによって、タカシから商売を学ぼうと思っているらしい。そして、ガイの視線はカツミに移る。

「なあ……カツミさんは帰ったら何をやるんだよ?」

 ガイの問い……だが、カツミは武器の手入れをする手を止めない。視線を武器に向けたまま答える。

「そういう話はな、実際に生きて帰ってからするもんだ……今はまだ言えねえし、言いたくねえよ。縁起が悪いぜ。しかし……」

 カツミはそこで顔を上げた。そして、チャムとリンの方を見る。二人は楽しそうに、ニーナを交えて遊んでいた。

「ガイ……今のお前には目標があるんだな。良いことだよ。頑張れよ」

 カツミの言葉に対し、頷くガイ。そして、ためらいながらも口を開く。

「なあカツミさん……良かったら……カツミさんにも……」

 言いかけたガイ……しかし、カツミは片手を上げて制した。

「すまんが、そいつは無理だ……オレには出来そうもねえよ。だがな、オレの力が必要な時には……必ずお前らの所に駆けつける」

 そう言った後、カツミは武器の手入れを再開する。ガイは寂しげな表情で、カツミを見つめた。


「なあギンジさん、あんたはどうするんだ? あんたは……やっぱり、ヤクザになるのか?」

 ややあって、ガイは今度はギンジに、呟くような口調で尋ねる。だが――

「その件に関しては、オレもカツミと同意見だ。ガイ……まずは、この世界からおさらばしなけりゃ話にならねえよ。今は何を言おうが、しょせんは皮算用でしかない。オレが何をするつもりか……そんな事はどうでもいい。それよりも、お前が何をしたいのか……肝心なのはそれだ。お前に目標があるなら……いや、夢があるなら、そのためにはまず生き延びることだ」

 そこでギンジは言葉を止めた。苦笑しながら頭を振る。

「参ったね……オレは夢だの希望だのって言葉が大嫌いだった、はずなんだがな……そんな言葉が口から飛び出すってことは、オレもいよいよヤキが回ったってわけかい……」





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